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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
58/146

戦う理由

 強制収容施設からドルメロイを奪取してから二時間後、ヴィクトルヴィアの馬車で『リーザ・トランシバ』の市民区に戻ってきたヴィショップとエリザの二人は、強制収容施設の職員の制服の上にフード付の外套を着込んで、着替えの入った袋を片手に各々のねぐらへの帰路についていた。


「随分と冷え込んできやがるな。こんなことなら、野郎の馬車に最後まで遅らせればよかったよ」


 呼吸の度に口元から姿を覗かせる白い息を見てヴィショップは、ヴィクトルヴィアの馬車を途中で返したことを後悔し始める。

 ちなみに、今回の戦利品であるドルメロイはヴィクトルヴィアが引き取っていった。下手に市民区でこそこそさせておくよりは、貴族であるヴィクトルヴィアの家で使用人として堂々と使った方が良い、と考えた末の決断だった。


「ふん、この程度でへばっていては、到底この国では生きていけないな」


 隣を歩いていたエリザが、ヴィショップの弱音を嘲笑う。


「別にこの国に永住する訳でもねぇんだから、構うもんかよ」

「是非ともそうしてくれ。お前の凍死体を片付ける手間が省けて済む」


 ヴィショップがそれに軽口を返すと、エリザも軽口で応えてくる。ヴィショップはエリザに聞こえないように「可愛げの無さならお前の勝ちだよ」と呟いて、懐から煙草とマッチを取り出した。


「呆れたな。忍び込んでる最中も持ち歩いてたのか」

「特に不都合も無かったし、別にいいだろ」


 袋を脇に挟んで両手を空けつつマッチを擦って口に咥えた煙草に火を灯すヴィショップの姿を見たエリザが、呆れた混じりの声を発する。

 ヴィショップは煙を吐き出しながら適当に返事を返すと、煙草の入ったケースとマッチを懐にしまおうとした。すると、隣を歩くエリザがヴィショップの顔の前に右手を突き出してきた。


「何だよ?」

「私にもくれ」


 自分の顔の前に突き出されたエリザの右手を見てから、ヴィショップは彼女の顔へと視線を移して訊ねる。エリザはヴィショップの問いに対し、ぶっきらぼうな短い返事を返した。


「だったら、少しはその気にさせる頼み方でもして欲しいもんだね」

「お前には、これで充分だ。いや、むしろこれでも贅沢な方かな」

「ほざいてろ」


 溜め息を吐いて、ヴィショップは彼女の右手の上にマッチと煙草の入ったケースを置いた。エリザは右手を引っ込め、からかうような笑みを浮かべながら煙草を一本ケースから取り出して加え、マッチを擦って火を灯した。


「……お前、既婚者なのか?」

「あ? んだよ、今更気付いたのか」


 煙草の入ったケースとマッチを返そうとした際、それらを受け取ろうとしたヴィショップの左手の薬指に指輪が填められていることに気付いて、エリザは意外そうな声を上げた。

 ヴィショップは左手で受け取ったケースとマッチを右手に持ち替えると、左手をエリザの顔の前で軽く振って見せる。それを見たエリザは、小さく鼻を鳴らしてヴィショップに言葉を投げかけた。


「よく、お前みたいなならず者が結婚出来たものだ。で、どんな女なんだ? お前の妻っていうのは」

「……まぁ、お前よりは可愛げの有る女だな」


 エリザにそう訊ねられたヴィショップは一瞬答えに窮してから、とりあえず頭の中に浮かんできたエリザと記憶の中の人物の相違点だけを答えておいた。いくらなんでも、「お前そっくりな女」とは口が裂けてもいえないだろう。


「あぁ、そうかい。そりゃあ、さぞかし可愛い女なんでしょうね」

「あぁ。この世で最高に可愛いくて、美しい女だ」


 ヴィショップの返事を聞いたエリザが面白くなさそうに返事を返したので、ヴィショップはそれを更に助長させるような返事を返した。

 すると、案の定エリザは益々面白くなさそうな表情を浮かべて口を閉ざしてしまった。その素振りが予想通り、記憶の中の妻が拗ねた時の素振りにそっくりで、ヴィショップは思わず苦笑を浮かべた。


「…何が面白い?」

「いや? お前が何かつまらなそうなんで、ついな」

「惚気話なんぞ犬も食わない。ただそれだけだ」


 苦笑を浮かべているヴィショップに気付いたエリザが、睨み付ける様に視線を向ける。だがヴィショップは顔に浮かんだ苦笑を浮かべたまま、エリザの顔を真向から見つめて返事を返した。するとエリザは、一瞬だけムッとした表情を浮かべた後、ヴィショップから視線を逸らした。

 その素振りがやはりというか記憶の中の妻の素振りにそっくりで、ヴィショップは笑い声を上げそうになるのを堪えながら道を歩く破目になった。


「っと、いつの間にかもうそこまで来てたな」


 そんなことをしている内に、ヴィショップは『リーザ・トランシバ』における拠点である、『ゴール・デグス』の姉妹店の前に辿り着いていた。


「じゃあ、今日はここまでだな。そんな物好きが居れば会ってみたいが、夜道で襲われないよう、精々気を付けて帰れよ」


 ヴィショップは短くなった煙草を道端に投げ捨ててエリザに別れの挨拶を告げると、店の扉に向かって手を伸ばそうとする。しかし伸ばされた手は、取ってを掴んだところで動きを止めた。


「…何で、動かないんだ?」


 ヴィショップは取っ手を握ったままゆっくりと振り返った。そこには、短くなった煙草を未だに咥えているエリザが動こうとする素振りすら見せずに突っ立っていた。

 振り返ったヴィショップと目が合ったエリザは、加えていた煙草を地面に投げ捨てると、夜空に向かって煙を吐き出してから、ヴィショップの質問に答えた。


「お前が言ったんじゃないか。今回の件が片付いたら、私の過去を教えろと」

「…いや、言ったは言ったが、まさか日を置かずに話すとは思わないだろ」


 エリザの返した返事に、ヴィショップは思わず呆れ混じりの表情を浮かべた。もっとも、最初に遭った時のやり取りといい、彼女がかなり義理堅い性格であるのは薄々理解出来てはいたのだが。


(本当にカタが付いた後すぐに話すとはね…)


 ヴィショップは心中でそう呟くと、溜め息を吐いて扉を開いて、一歩横に身体を動かした。エリザは「何で溜め息を吐くんだ」と漏らしながら、訝しげな表情を浮かべて店の中に入っていく。ヴィショップは彼女の後に続いて店の中に入ると、後ろ手に扉を閉めた。


「やっと帰ってきたと思ったら、女連れでのご帰還か、米国人」


 店に入ると、カウンターで水を飲んでいたヤハドが、エリザの姿を見て意外そうな表情を浮かべていた。その奥では、カウンターについているプルートがニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている。


「ただ、少し話があるってだけだ。余計な勘繰り入れてんじゃねぇよ」


 ヴィショップはフードを下ろしながらそう返すと、酒をピックアップするべくカウンターへと近づいていく。


「着替えたいんだが、部屋はどこを使えばいいんだ?」


 すると、カウンターに近づくヴィショップを含めた三人に冷たい視線を向けていたエリザが、着替えの入った袋を頭の上に揺らしながら訊ねた。


「俺の部屋使え」

「分かったよ」


 プルートから酒瓶を受け取りながら、ヴィショップは自分の部屋を使うように告げた。エリザは短い返事を返すと、奥の階段をへと姿を消した。


「男の部屋で着替えるというのに、謙遜も恥じらいもないとはな、あの女」

「むしろ、明らかに二十は超えてる女がそんな素振り見せた方が気持ち悪いわ」


 エリザが姿を消した階段に視線を向けながらそう漏らしたヤハドに、ヴィショップは呆れ混じりに言葉を漏らす。次いで、プルートからグラスを二つ受け取ると着込んでいたフードを脱ぎだした。


「で、貴様はここで着替えると」

「野郎の着替えを摘みに酒を飲むか。この世の終わりだって、きっともう少しマシだろうよ」


 身に着けていた強制収容所職員の制服を脱いで白いシャツと黒いズボンに着替え始めたヴィショップを見て、ヤハドとプルートが好き放題に言葉を発する。ヴィショップは中指を立てて二人に突き付けると、さっさと着替えを終えた。


「はいはい、お粗末さまでした」

「気持ち悪ぃ台詞を吐くな、カマ野郎」

「それはそうと、ドルメロイとかいう人間の確保の方はどうだったんだ、米国人?」


 軽口を叩くプルートにヴィショップが悪態を吐いていると、グラスを傾けていたヤハドがヴィショップに今回の作戦に結果を訊ねてきた。ヴィショップは視線をプルートからヤハドへと移して、その質問に答える。


「結果は成功だ。ついでに、面白いもんも見つけられた」

「面白いものだと?」


 ヴィショップの言葉を受けたヤハドが、怪訝そうな表情を浮かべる。

 その表情を見たヴィショップは先程脱ぎ捨てた制服の懐から何かを取り出して、カウンターの上に置いた。


「これは…鍵か?」


 ヴィショップがカウンターの上に置いたのは、ヴィショップが収容所内で手に入れた鍵束から外して失敬していた非常通路に抜ける扉を開く為の鍵だった。


「こいつは、強制収容所で使われていた鍵だ。で、こっちがヴィクトルヴィアの野郎から渡された鍵」


 ヴィショップはヴィクトルヴィアから受け取った、古ぼけた方の鍵束を取り出してカウンターの上に置いた。

 ヤハドとプルートは、机の上に置かれた二種類の鍵を見比べる。少しの間その二種類の鍵を見ていた二人だが、結局ヴィショップが言おうとしていることが掴めず、肩を竦めて説明を求めた。


「まぁ、これだけじゃ分からないだろうな。だがこれに、収容所の奴から聞いたある話を添えてやると、中々面白いことになってくる」


 ヴィショップはそう言うと、二人に顔を耳を貸すように指示し、声を潜めて強制収容所の職員から聞き出した話を語り始めた。







 着替えを済ませ、ロングスカートとシャツの姿に戻ったエリザは、窓枠に腰掛けながら夜空を眺めていた。


「まだ着替えてるか?」


 不意に扉をノックする音がエリザの耳朶を打ったかと思うと、ヴィショップの声が扉越しに聞こえてくる。


「もう終わった」


 エリザが短く返事を返すと、爪先で扉を小突いて開いたヴィショップが酒瓶と二つのグラスを持って部屋に入ってきた。


「飲むだろ?」


 部屋に入ってきたヴィショップはグラスを机の上に置くと、そこに酒を注ぎ始める。エリザがヴィショップの問いに首を縦に振って答えると、ヴィショップはもう一つのグラスにも酒を注いでエリザに向かって突き出した。


「こういう時は、私の手の届く範囲まで運んでくるんじゃないのか?」

「そんなに気が利く男に、俺が見えるのか?」


 グラスを受け取りながら軽口を叩いたエリザに、ヴィショップは軽口で応える。ヴィショップの軽口にエリザは微笑を浮かべると、グラスを口元に運んで軽く煽った。そして天井を見ながら軽く息を吐き出す。


「…ずっと昔のことだ。私が、まだ何も知らない子供の頃のな」


 エリザに視線を向けながらヴィショップがグラスを傾けていると、ぽつりぽつりとエリザが語り始めた。


「私はこの国の生まれじゃない。両親と一緒にこの国に移住してきたんだ。この国の北に済む人々と別れて」

「お前、まさか…」


 何かに気付いた表情を浮かべたヴィショップが、エリアの言葉を遮って何かを言おうとする。しかしエリザは自主的に言葉を切ると、天井に向けていた視線をヴィショップへと戻した。


「私は、二年前まで続いていた内戦でこの国と争っていた部族の一つ、カルトリコ族の血を引いているんだよ」


 エリザは、どこか悲しげな笑みを浮かべてそう告げた。

 ヴィショップは驚きの余り、思わず腰を浮かしてエリザの姿をまじまじと眺める。確かにエリザがこの国に何らかの遺恨を抱えているのは予想が付いていたが、首都に堂々と店を開いている彼女がまさか内戦において敵対していた部族の出身だったとは予想出来なかったからだ。


「そこまで驚いたお前は、初めて見るな」

「そんな台詞が出てくる程、長い付き合いでもねぇだろ」

「それもそうだな」


 そんなヴィショップの様子を見て、エリザがクスクスと笑った。ヴィショップが浮かしていた腰を椅子の上に下ろしつつ言い返すと、一瞬きょとんとした表情を浮かべてから、エリザは呟くようにして返事を返す。


「しかし、よく移住なんて出来たな。聞いた話だと、あんたが生まれる前から内戦は続いてたんだろ?」

「確かにそうだが、だからといってずっと殺し合っていた訳じゃない。一年やそこらの間だが、休戦協定が結ばれていた時期もあったんだ。私達家族は、その頃に移住してきた」

「どうしてだ?」


 ヴィショップが訊ねると、エリザは懐かしむ様な表情を浮かべながら答える。


「カルトリコ族は元々かなり好戦的な、筋金入りの戦士達の部族でな。基本的に男児は戦士として育てられ、女児であっても素質が認められれば半ば強制的に戦士として育てられる。そんな部族なんだ。内戦の時も最後まで戦い、《スチェイシカ》に最も被害を与えた部族だと言われている。だが、そんなカルトリコ族のにおいて私の母は異端の存在だったらしい。部族の中でも五つの指に入る程の美貌に加え、同年齢どころか、数歳上の世代の男児ですら叶わない程の才能の持ち主だったらしい。にも関わらず、部族の中で並ぶものがいない程の平和主義者だったとか」


 懐かしそうに語るエリザの話を、ヴィショップは黙って聞き入る。右手に握られたグラスは机の上に置かれたまま、動くことはなかった。


「そんな母の子供の頃の生活は、お世辞にも幸せといえるものではなかったらしい。突出した才能を持つ母に周囲の人間は期待を抱き、一人前の戦士に育てようとする。誰かと争うことが嫌いだった母は、ただ一人の女として生きたかったにも関わらず、表だって反発することも出来ずに心を殺して戦士としての修練に耐えていたらしい。そんな母に、手を差し伸べたのが母より二つ年下の父だった」


 自分の目で見たこともない自分の両親の馴れ初めを語るエリザの姿は、楽しそうであった。


「父は、周囲の人間が軟弱だと切り捨てて押さえつけてきた母の本心を、優しい人だと言って受け入れたらしい。…私が馴れ初めを聞くたびに、母はこれが殺し文句だと言っていたよ。それで二人は友人になり、やがて父が成人した頃には互いに愛し合うようになった。だが、戦士としての道を歩む女は部族の掟で妻となることは許されていない。たった一つの例外を除いてはな。…何だと思う?」


 そこで一旦話しを切って、エリザはヴィショップに問いかけた。ヴィショップは無精髭を擦りながら数秒考え込んだ後、答える。


「部族内の男に一騎打ちで負けた時、とかか?」

「…正解だ。どうして分かった?」


 つまらなそうな表情を浮かべて、エリザが訊ねる。ヴィショップは微笑を浮かべて、その問いに応じた。


「完全実力主義の奴等が作る制度なんてもんは、単純明快だと相場が決まってる。少し頭を捻ってみればゴリラにだって分かるさ。で、お前の親父はお前のお袋に勝てる程強かったのか?」


 ヴィショップが質問すると、エリザは首を横に振った。


「いや。実力でも経験でも、完全に母に劣ってたそうだ。もっとも、だから部族の人々も母との一騎打ちを認めたのだろうけど」

「そいつはまた情けない話だが…やることやらないとお前は産まれてこないわけだから、夜這いでも掛けたんじゃなければお前の親父が勝ったことになるよな。どうやったんだ?」


 ヴィショップがそう問いかけると、エリザは彼に白けた視線を向けてから答えた。


「どうもしなかったらしい」

「…何?」


 エリザの返した答えに、ヴィショップは思わず聞き返す。するとエリザは、どこか得意げな笑みを浮かべてヴィショップへと向けた。


「何てことは無い、根性論だよ。父は母に何度木剣で打ちのめされようとも、絶対に倒れなかったらしい。母の腕から、木剣を振るう力すら無くなるまでずっと。それで、最後に母が木剣を取り落した時、こう言ったんだと。「これで貴方は私のものだ」って」

「…クサい台詞だ」


 ヴィショップは微笑を浮かべて、そう発した。エリザも釣られて微笑を浮かべ、「そうだな」とだけ漏らした。


「それで、二人は正式に夫婦となった」

「だが、部族から去ったんだろ? なら、話はここで終わりじゃない訳だ」


 ヴィショップの言葉にエリザは頷いた。


「でも、部族の人間の中には表面的には二人の結婚を認めても、本心では認めていない人達が居たらしい。父は「数十年に一人の逸材を反則紛いのやり方で台無しにしたんだから、仕方ないことさ」と言っていたよ。それで、そういった人達は父と母を別れさせるべく、様々な嫌がらせをしたらしい」

「それに嫌気が差して、部族を出た訳か」


 ヴィショップがそう言うと、エリザは首を横に振ってその言葉を否定した。


「でも、その一方で父と母の結婚を祝福しようという人々も居てな。彼等と父と母の結婚を認めない連中とで、部族内でのいがみ合いが始まってしまったらしい。それを憂いた母は、内戦の休戦協定が結ばれた頃合いを見計らい、父と産まれて二年程の私と一緒に部族を出たんだ」

「他の部族に逃げるってのは駄目だったのか?」

「…カルトリコ族は『スチェイシカ』政府との内戦で先陣を切って戦っていた部族だったからね。他の部族に対してかなり顔が利く。だから他の部族に逃げたところで、連れ戻されるかその部族も諍いに巻き込むだけだと思ったらしい」

「その点、『スチェイシカ』政府の庇護下なら、部族の威光も届かないってか」

「そういうことだ」


 エリザはヴィショップに言葉を返すと、手に持っていたグラスを口元に運んで傾けた。

 ヴィショップはそれを見た瞬間、確信した。今までの様な単なる思い出話ではなく、この話の肝である部分がエリザの口から語られるまで、もう幾ばくも無いということを。


「この街に移住した私達は、持ち合わせを使って酒場だった建物を買い入れ、食堂を始めた。今は私が継がせてもらっている、『雪解け亭』だよ。最初は、今まで最も内戦で刃を交えてきたカルトリコ族の出身ということもあって、色眼鏡で見られていた。何度か悪質な悪戯をされることもあったよ。でも、年を重ねるにつれて次第に周囲の目は温かくなり、四年が経つ頃には完全にこの街の一員として打ち解けられていた。…幸せだったよ。父も母も、そして私も。内戦が再開したり、嫌なことが無かった訳ではないけど、とても幸せだった。四年前の、あの日までは」


 その刹那、エリザの表情が急変した。

 先程までは、楽しそうにしろ得意げにしろ穏やかな表情がその相貌に浮かんでいたのだが、今彼女の相貌にに浮かんでいるのは、同じく過去を思うが故に浮かんでいるにも関わらずそれらとは真逆の形相であった。

 ヴィショップはその形相を知っていた。それはかつて、ヴィショップがこと有る毎に視界に何度となく視界に納めてきた形相であった。


「四年前…現国王が王座に着いたとき、国を挙げての大規模な粛清が行われた。その粛清は、内部で不正に溺れて腐り果てた貴族すらその対象に入れたことで有名だが、その裏ではそれより遥かに多くの民衆が粛清の対象にされた。ある者は問答無用で死刑台に消え、ある者は強制収容所に放り込まれて未だに出ることが叶っていない」


 エリザの握るグラスに注がれた酒の表面に波紋が奔る。彼女の手は、小刻みに震えていた。その震えが恐怖からくるものではないことは、誰の目にも一目瞭然であっただろう。


「私達の許にも役人が来た。兵士を引き連れて。役人は、私の両親がレジスタンスの人間と通じている、といって両親を連行していった。…今でもはっきりと思い出せるよ。泣き叫ぶ私に、兵士に引きずられる様にして歩かされていながらも必死に言葉を掛けてくれた両親の姿を」

「…本当に、お前の両親はレジスタンスと?」


 荒々しくグラスの中身を飲み干したエリザにヴィショップが問いかけると、嘲る様にして彼女は鼻で笑った。


「実際は、レジスタンスに加担していると思われる人間が、店の常連だっただけだ。その常連にしろ、実際はレジスタンスとは何の関係も無かった。だが奴等は、そんなことはお構いなしに両親を連行した…!」

「それなら、すぐ戻ってくるんじゃないか?」


 吐き捨てる様に告げるエリザに、ヴィショップは問いかける。だがエリザが返してきた返事は、否定だった。


「返ってきたのは、傷一つ無い母の死体と、袈裟懸けに切り殺された父の死体だったよ」


 その答えを聞いたヴィショップの顔に、訝しげな表情が浮かんだ。切り殺された父親の方はまだ説明がつくとしても、無傷で死んだ母親の方はなぜ死んだのかが分からなかったからだ。

 そんなヴィショップの表情を見たエリザは、彼が考えていることを理解したのか、空虚な笑みを張り付けて母親の死の要因を語った。


「当時、母親の中には私の兄弟が居たんだよ。兵士に連れ去られていくとき、既に母の腹は普段の倍以上大きくなっていたよ」


 その一言で、何が起こったかをヴィショップが察するには充分だった。

 厳しい取り調べに耐え切れなかったエリザの母親が破水するなりなんなりし、死亡した。それを見て怒り狂ったエリザの父親が兵士に向かっていき、切り殺された。

 恐らく、そのヴィショップの見立ては間違っていないだろう。だが、ヴィショップはいつものように途中で口を挟むような真似はしなかった。

 何故なら、彼女の決意の深さを知る為にも、その言葉だけは彼女自身の口から吐き出されたものでなければいけなかったからだ。

 故に、ヴィショップは待った。エリザの相貌に浮かんだ空虚な笑顔が、段々と歪んでいく様を見守りながら。


「…何があったのかは、すぐに分かった。父と母の尋問を行った兵士を見つけ出して、抱かせてやるといって部屋に連れ込んで酒に酔わせてやったら簡単に喋ったんだよ。「何度問い詰めても白を切ろうとする女を殴りつけていたら、股の間から水を流して苦しみだした。何が何だかわからない内に水に赤いものが混じりだして、気付いたらくたばってたんだ。で、今まで喚き散らしながらそれを見ていたそいつの夫が暴れ出したんで、仕方なく切り殺した」…当時の私より少し年上ぐらいの若い兵士は、酒に酔って笑いながらそう話したよ。そいつの話を聞いた瞬間、私の頭は真っ白になった。それで…気付いたら私はそいつの喉を搔き切ってたって訳さ」

「それから、どうしたんだ?」

「当時ずっとふさぎ込んでいた私を心配して顔を出してくれていたテメウスが騒ぎになる前に現場に現れて、動揺しながらもレジスタンスの皆と協力して死体を隠滅してくれた。そこで本当の意味で初めてレジスタンスの存在を知った私は、両親を殺したこの国に復讐する為にレジスタンスの一員になった。後はそれだけだ」


 そこまで話すと、エリザは思い出したかの様にグラスを口元へと運ぶ。しかしグラスの中身は既に飲み干されており、彼女の喉には数滴の残りが落ちてきただけだった。エリザは空になったグラスを見て苦笑を浮かべると、グラスをヴィショップに向けて突き出した。

 自分に向けて突き出されたグラスを見たヴィショップは、酒の入った瓶を掴んで立ち上がり、エリザに歩み寄って彼女のグラスに酒を注ぐ。そして短い礼の言葉を述べて微かに笑顔を見せた彼女に、冷淡な声音で言い放った。


「心底下らない理由で戦ってるんだな、あんた」

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