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Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
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新たなる力

 レズノフがその光景に出くわしたのは、酒場を何軒かはしごした後、『タル・ティル・スロート』でのドーマの今日の監視役が女性だったことを思い出し、ナンパしながら酒でも飲もうかと考えて足を運んだ時のことだった。

 『タル・ティル・スロート』の扉を開こうと扉に手を伸ばした瞬間に聞こえてきた野太い絶叫、それで只ならぬ事態を感じ取ったレズノフが中に踏み込んでみれば、そこには檻の向こう側とこちら側で一つずつ、計二つのミイラ状の死体と、その二つの死体の間に立つ、金色の刺繍を施された深紅のローブを身に纏った人物が視界に飛び込んできた。その人物が檻の方を向いていなければ、その顔を覆う奇妙な仮面も見て取ることが出来ただろう。

 それらの光景を見た瞬間、酒に酔っていたレズノフの思考回路は、一瞬で冷水を直接脳髄にぶちまけられたかの様に切り替わった。そして左手の酒瓶、そして右手の、現在唯一身に着けている装備である、折れた大剣の代わりのハインベルツの使用していた長剣を右手で握り込むと、足元のミイラ状の死体を爪先で小突いた。


「ったく、勿体ねェ。この女、中々上玉だったんだぜ?」


 足元の死体が、身に着けているものからしてお目当ての女性であったことは、容易に想像が付いた。レズノフは、今や片方だけとなった視線を仮面の人物から逸らし、おどけた口調で話し掛けて誘いを掛けてみたが、仮面の人物がそれに乗ることはなかった。


「成る程ォ、無口なタイプって訳だ。とにかく、面白い手品使うじゃねェのよ。こっち来て、酒のツマミに種明かしでもしてくんねぇかなァ?」


 身じろぎ一つしない仮面の人物に、レズノフは心中で面白そうに溜め息を吐くと、口調はおどけた調子のまま、鞘に収まっている長剣の柄を右手で握って構えた。

 しかし、それに対しても仮面の人物は無反応を貫く。そのまるで壁にでも話し掛けている様な感触を訝しがりつつも、レズノフは仮面の男に向かって一歩近づいた。


「…ッ、そういうことかよ!」


 ぎしっ、と音を立てて床の軋んだ直後、レズノフはある音を聞き取った。それは、かなり小さい上にくぐもっていて大変聞き取りにくかったものの、戦場において銃声と爆発音によって鼓膜を蹂躙されながらも仲間との無線のやりとりをしながら生きていた彼の耳は、確かにその音を聞き取ったのだった。

 小さな小さな、何かを呟くような人の声を。


「レフイム・スペリア」


 レズノフの左腕がしなり、手に持っていた酒瓶を仮面の人物に向かって投擲した。

 しかし、酒瓶が仮面の人物に命中する間際、先程と比べれば幾分かはっきりとした口調で仮面の人物が何かを呟いたかと思うと、酒瓶は仮面の人物をまるで霧か煙にでも当たったかの様に貫通し、その先の鉄格子に命中して粉々に割れ、中身を床にぶちまけた。


「どうなって…!?」


 酒瓶の命中した位置にぽっかりと風穴を開けた仮面の人物を前に、思わずレズノフの口から呆気に取られた言葉が出てくる。しかし、風穴が空いたといっても血も何も出てはおらず、本人は至って平然とレズノフに向き直ろうとしていた。

 そして、レズノフが言葉を言い終わるのを待つことなく、突如レズノフに向き直った仮面の人物の背後が燃え上がった。


「何…!?」


 一瞬にして現れた巨大な光源を前に、レズノフの目が微かに細められる。

 仮面の人物の背後で立ち上がった炎はどんどんと周囲に燃え移り、すぐにレズノフの身体をチリチリと焦がし始めた。


(早い内にケリ付けねェと、こいつと心中だな……ん?)


 すぐ真後ろで炎が踊り狂っているにも関わらず、平然とした様子の仮面の人物に視線を向けつつ、レズノフは心中で舌打ちを打つ。

 するとその時、レズノフは仮面の人物の身体にぽっかりと空いた風穴に起きた、ある異変を目にした。


「……オイオイオイオイ、そんなんアリかよ」


 レズノフの口から、呆気に取られた様子の声が漏れる。

 それもその筈、何故ならレズノフは目にした異変とは、周囲の炎の一部が仮面の人物の風穴に吸い込まれるようにして向かって行ったかと思うと、その次の瞬間には仮面の人物に空いていた風穴が消滅していたのだから。

 その超常的な光景に目を奪われながらも、レズノフの脳裏にある仮設が浮かび上がる。そしてそれが、この世界の常識に当てはめて考えてみれば、決して仮説止まりのものではないということも、瞬時に悟った。


「アンタまさか…身体を炎に変えちまったのか?」


 レズノフは震える声で、そう問いかけた。仮面の人物はその問いに答えることはなかったが、返事等無くともその他の状況が、レズノフの考えが正しいことを物語っていた。


「ハハ、ヒャハハハハハハハッ! スゲェなァ、オイ! んなことも出来んのかよ、魔法ってやつはよォ!」


 レズノフは天井を仰ぎ、左手で顔を抑えながら後退する。

 すると、仮面の人物の人物が初めて声を発した。


「逃げるのか」


 その声は低く、どこか挑発的な声音を帯びた、男性の声だった。

 レズノフは視線を仮面の人物へと戻すと、出口へと下がる足の動きを止めずにその問いに答えた。


「炎相手じゃ殺せないからな。確かに俺は好き好んで死地に向かってスキップしてく様な人間だが、いくらなんでも無駄死には好きじゃねェよ。それより、喋れたんだなァ、アンタ」


 仮面の人物のシンプルな挑発を軽くいなして言葉を返してみたもの、仮面の人物がそれに答えることはない。

 レズノフは肩を竦めて見せると、仮面の人物の一挙一動に注意を向けつつ扉に向かって近づいていく。しかし、背中へ回したレズノフの左手が扉の取っ手に触れる直前、仮面の人物がその重い口を開いた。


「ヴィショップ・ラングレンとアブラム・ヤハドはどうした?」


 不意を突いた質問に、扉を開こうとしたレズノフの手が動きを止める。レズノフは取っ手を握る手を下ろすと、微笑を浮かべて返答を返した。


「ここに来る前に別れた。そっから先のことは知らねェ」

「…そうか」


 レズノフの答えを聞いた仮面の人物は、納得したのかどうか不明瞭な返事を返す。仮面を着けていることも相まって、仮面の人物がレズノフの答えをどう受け取っているのかは全くと言っていい程に分からなかったが、それでもレズノフは、自分の返した答えが真実ではないことを仮面の人物は見抜いている、という考えが脳裏に浮かんでくるのを止めることは出来なかった。


(…マズッたかねェ)


 レズノフは心中で悪態を吐くと、仮面の人物から目を離さぬまま、何か反撃に使えそうなものはないかと、思考を働かせる。やられっぱなしは彼にとって、気持ちの良いものではなかった。

 すると、レズノフの脳裏にある一人の人物の名前が浮かんできた。それは、ドーマを確保した翌日に行った尋問の時、案の定減刑をちらつかせた瞬間にベラベラとしゃべり始めたドーマの証言の中に出て来た、ある一人の男の名前だった。


「…まぁ、ちょっと待とうぜ」


 レズノフは底意地の悪い笑みを浮かべると、仮面の人物に話し掛けた。手を持ち上げ、何かを始めようとしていた仮面の人物は一瞬だけ動きを止めたが、すぐにレズノフの言葉を無視して再び手を動かし始める。

 腰の辺りまで持ち上げられた仮面の人物の右手の指が動いたかと思うと、先程と同じ様に周囲の炎が仮面の人物に向かって吸い込まれるようにして動き始める。しかしそれらの炎は、今度は仮面の人物の周りに円を描いて留まると、そのまま空中で静止した。そして仮面の人物の指の動きに合わせて、それらの炎は幾つかの小さな塊に分かれ、そして文字の様なものへと姿を変えていった。

 そこまで行けば、魔法の使えないレズノフにも充分に理解することが出来た。仮面の人物が何らかの魔法を発動させようとしていることが。そして状況から考えて、この場から離れる為にその魔法を用いようとしてることも。


「まぁ、マジック見せてくれんのもありがたいんだけどよ、一つ訊かせてくれや」


 仮面の人物は無視して指を動かし続ける。

 いくつかの塊に分けられて仮面の人物の周りを囲っている炎は、今やその全てが何らかの文字の様なものに姿を変えたばかりか、段々とその色を赤から青へと変えていっていた。


「カタギリって奴、知ってるか?」


 レズノフがその言葉を発した瞬間、今まで淀みなく動いていた仮面に人物のピタリと動きを止めた。

 レズノフは動きの止まった仮面の人物の指を見て、満足気な笑みを浮かべる。一方の仮面の人物は

一言も発さぬまま三秒程固まっていたが、やがて呟く様にして言葉を発した。


「さぁ、知らないな」


 答えるや否や、仮面の人物は指を鳴らした。すると仮面の人物の周囲に浮かんでいた炎の塊が青白い光を放ち始める。その光はあっという間にレズノフの視界を奪う程に膨れ上がり、そして唐突に消失した。光が消え去った後、レズノフの視界の先には仮面の人物もその周囲に浮かぶ青い炎も、跡形も無く消え去っていた。


「……まったく、つくづく飽きさせないなァ、この世界はよォ…」


 周囲一面火の海と化した中で、仮面の人物が居た場所を見ながら、レズノフは面白そうに呟いた。そして長剣を肩に担ぐと、振り返って扉に向き直り、右脚を思いっきり突き出して扉を蹴破って、焼け落ちかけている『タル・ティル・スロート』をあとにする。

 建物の外には、ようやく騒ぎに気付いた街の人々、そして『タル・ティル・スロート』の人間達と、ジェード達四人が集まっていた。そしてそれら全ての視線は、一瞬にして燃え盛る建物から平然と出て来たレズノフへと向けられる。


「おい、オッサン! こ、これは一体…!」

「あの糞野郎はどうなったんだ!?」

「アイリーンは!? 今日牢屋の番をしていた女はどうなった!?」

「見りゃ分かんだろ、火事だ。水でもぶっかけて火ィ消すんだな。ほら、動け」


 全方向から炙られたレズノフの肌を、心地よい夜風が冷やす。しかし、それを楽しむ間も無く集まっていた面々がレズノフの許に集まって、ルイスを筆頭にして何が起こったのかを訊ねはじめた。

 なので、レズノフが仕方なく返事を返して手を叩くと、よっぽど動揺しているのか、詰め寄った人々の大半は火を消す為に動き始めた。


「そうじゃなくて、何が起こったのかって、訊いてんのよ」


 火を消す為に奔走し始めた大部分の人々と一緒に走り去っていったルイスを、呆れ混じりの視線で一瞥してから、ゼシカは改めてレズノフに問いかけた。


「その前に訊くことあんだろォ? 「身体は大丈夫なの?」とかよォ?」

「茶化さないでよ。それに、あなたの常識外れの丈夫さは領主の屋敷でもう見てるから」

「つれねェなァ」

「あのねぇ……今は、そんな冗談言ってられるような状態じゃないでしょ?」


 のらりくらりと躱すばかりで一向に答えようとしないレズノフに業を煮やしたゼシカが、苛立ち混じりの口調で問いただす。


「それよりよ、身体を炎に変える魔法なんてのは、誰にでも使えるもんなのかァ?」

「ハァ? 何よ、いきなり」

「いいだろォ、別に。とにかく教えてくれよ」


 しかしレズノフはそれも無視して、逆にゼシカに質問をぶつける。

 唐突な質問にゼシカは訝しげな表情を浮かべるものの、この問いに答えなければレズノフが何かを語ることも無い、ということは容易に予想出来たので、渋々彼の質問に答えた。


「簡単に使える魔法じゃないわね。少なくとも、私が今協会から渡された中級編、つまり五段階中三段階までの魔導書には載ってないわ。戦闘に出る魔導士なら中級編を手に入れて一人前、上級編を手に入れて一流ってところだから、そんな魔法を使える人間は一流かそれ以上ってことになるわね」

「一流か、それ以上…ねェ」

「さぁ、もういいでしょ。早く何があったのか教えてよ。とりあえず、その身体を炎に変える魔法とこの火事が関係してるのは分かっ…」

「もう一つ訊かせてくれ。言葉じゃなくて、こう、魔法陣みてェなの書いて発動させる魔法ってのは、どうなんだァ?」


 ゼシカの言葉を遮って、レズノフはもう一つ質問をぶつけた。

 ゼシカは一瞬言葉を失った後、表情に露骨な苛立ちを滲ませたものの、やがて溜め息を吐いて表情をもとに戻し、再び渋々といった様子で質問に答えてくれた。


「別に技術自体は難しいものじゃないけど、呪文を書く必要があるから言葉での詠唱より遥かに面倒な上に、書いた呪文も一度発動させると消滅してしまう使い捨て式だから、使ってる人は少ないわね。せいぜい、呪文が極端に長くなるものとかぐらいかしら」

「呪文が長くなるもんっていうと?」

「呪文に現在位置や転移先まで組み込まなきゃいけない転移魔法とか、封じ込める対象によって呪文を追加する必要がある封印魔法とかね。特に転移呪文は相性がいいわね。書いた呪文が発動の際に消滅するから、どこに転移したのかも分かりにくくなるし」

「転移魔法かァ……多分、それだなァ」


 ゼシカの説明を聞いたレズノフは、頭の中で先程の光景を思い浮かべる。消失した炎の塊、そして仮面の人物自身から考えて、あの時仮面の人物が使用したのが転移魔法であるのは、最早疑いようが無かった。


(もっとも、どこに飛んでったのかまでは分からねェか…)


 そこまで考えた所で、レズノフは小さく溜め息を吐いた。

 結局、仮面の人物が使用したのが転移魔法だったと分かったところで、それを追う術は今のところ無いも同然だった。


(とりあえず、あの仮面野郎がスゴ腕の魔法使いってことが分かっただけでも良しとするかァ)


 レズノフは心中でそう呟いて思考にケリを付けると、指で手首に巻いているブレスレット型の通信用神導具の存在を確かめてから、消火作業に勤しむ人々から離れる様に歩き始めた。


「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ!?」

「少し、一人で歩いてくるわ」


 いきなり立ち去ろうとし始めたレズノフを、驚いて呼び止めたゼシカだったが、そんな彼女に返ってっ来たのはたった一言の言葉と、無気力に振られた手だけだった。

 背後から、見なくても分かる程に納得のいっていなさそうなゼシカの声が飛んでくるが、レズノフはそれを無視して歩き続ける。


「ちょっと待て」


 すると今度は、有無を言わせぬ声音のジェードの声が、レズノフの背中に投げかけられた。

 レズノフは溜め息を吐いて足を止めると、振り返って肩を竦めて見せた。


「何だよ?」

「ドーマの奴はどうなったんだ? それだけ聞かせてくれ」


 真剣な面持ちで、ジェードは問いかけた。レズノフは仕方なさそうに鼻を鳴らすと、彼の質問に答えた。


「くたばったよ。残念ながら、帰国前の死刑鑑賞ツアーは中止だなァ」


 レズノフがそう告げると、ゼシカは悔しそうな表情を、ナターシャは驚いた表情を浮かべる。そしてジェードは小さく息を吐き出すと、まるで冷静を装おうかとしているのかの様に数秒の間瞼を閉じた後、言葉を発した。


「どうして死んだんだ?」

「殺されたよ」

「殺したのは、今話しに出てた魔法を使う人間か?」

「そうだ」

「……どんな死に方だった?」

「馬鹿みたいに叫びながら、ミイラみてェになってくたばったよ」

「…そうか」


 レズノフからドーマの死に様を聞いたジェードは、口を閉じ、燃え盛る『タル・ティル・スロート』の方へと振り向いた。

 レズノフは、ジェードが背中を向けると同時に振り向き、騒ぎに気付いてぽつぽつと灯りが灯り始めた街並みに向かって歩き始めた。






 ドーマが死亡してから数十分後。ヴィショップは、レジスタンスの主要メンバーが会合を行っている部屋を隔てる扉の目の前で、部屋から持ってきた椅子に腰掛けながら、神導具を使ってレズノフと会話を交わしていた。

 何故、彼がレジスタンスの会合の席に立ち会わずに部屋の外でこんなことをしているかというと、それはひとえにヴィクトルヴィアの書いた推薦文のせいだった。『サウマン州』の『ララルージ』に建つ強制収容施設、そこに居る前国王ドルメロイ・オブリージュの確保を実行するメンバーに、ヴィクトルヴィアはヴィショップを推薦した。そのおかげで、現在レジスタンスのメンバーは賛成派と反対派に分かれて紛糾、結果としてヴィショップは、話し合いにケリが付くまで部屋の外で待たされることになったのだった。

 そうして仕方なく部屋の外に出たヴィショップに、レズノフの通信が舞い込んできて、今に至る。


「………とにかく、お前の見立てだとその仮面の男は、カタギリと繋がってるんだな?」


 レズノフからドーマの吐き出した情報と、ドーマ殺害の部屋から出ていく際に渡されたカンテラ型の光源用神導具を地面に置き、自身もその隣に腰を降ろしながら、ヴィショップはレズノフにそう訊ねる。その顔つきは険しかった。


『確証はねェが、多分そうだろうよ。名前出したら、動きが止まったしな』

「そうか…」


 レズノフの考えを聞いたヴィショップは、深い溜め息を吐いた。


(カタギリ…レンノスケ・カタギリ、あの野郎が、まさかこの世界にいなんてな…)


 ヴィショップの脳裏に、かつて上海で対峙した日本人の姿が浮かび上がる。

 確かに頭を撃ち抜いて殺した筈の男が、今この世界で生きて、前回の『ルィーズカァント領』での一件に関わっていた。普通なら、にわかには信じられない出来事だが、自分がこの世界を訪れた経緯を考えれば、否定など出来なかった。


(あいつがこの世界で生き返ってるのはいいとしよう。だとすると、あいつを生き返らせたのはどこのどいつだ?)


 そうして自分の感情に一端ケリを付けると、次に浮かんできた疑問はそこだった。

 真っ先に頭の中に浮かんできたのは、自分達をこの世界に移動させた女神なる存在だったが、それはすぐに消えた。というのも、もし女神が死んだカタギリをこの世界に飛ばしたとするのなら、ヴィショップを含めた四人が集められた時にあの場所に居た筈だからだ。確かに死んだ時間には差があったが、それを言うならばヴィショップ達四人も死んだ時間はバラバラである。


(となると…これが例の“問題”ってやつか…?)


 となれば、次に浮かんでくるのは当然、この世界に送る前に女神が言った“世界の存在を左右する問題”という線だった。そして同時に、今のところそれが最も現実的ではあった。


(死者の復活、俺達の世界との繋がり、そして手駒を増やそうとするカタギリの動きに、国の有力者との接触……もしかして大当たり(ジャックポット)か…? となると問題は、どこのどいつがカタギリを生き返らせたかだが…)

『オイ、ジイサン聞いてんのかァ?』


 無精髭を擦りながらのヴィショップの思考は、手首の神導具から発せられるレズノフの声で遮られる。

 ヴィショップは舌打ちを打って一回思考を中断すると、レズノフの呼びかけに応えた。


「うるせぇなぁ、なんだ一体?」

『何だ、ちゃんと起きてんじゃねーか。てっきり、年寄りには厳しい時間だから寝ちまったのかと思ったぜ、ヒャハッ』

「考え事してただけだ、ゴリラモドキ。ゴリラに毛が生えた程度の脳の面積しかねぇてめぇには、無縁の行動だよ」

『そうカッカすんなよ、ジイサン。それで? ジイサン、カタギリのこと知ってんのかァ?』


 悪びれもしないレズノフの口調に、考え事を邪魔されたこともあって苛立ちを募らせながらも、ヴィショップは苛立ちを抑え込んで彼の質問に答えた。


「大したことは知らねぇよ。知ってんのは、奴が子供を使う変態だってことと、腕が立つってことと、マカロフの九ミリ弾に頭ブチ抜かれて死んだってことだけだ」

『ア? あいつ殺したの、ジイサンだったのかよ』

「まぁな。お前は?」

『ジイサンと一緒だよ。マカロフの下りを除いてな』


 生き返っていることを知って初めて、殺した相手にも関わらずカタギリのことを殆ど知らなかったことに気付き、ヴィショップは小さく苦笑を漏らした。そして幸か不幸か、それにレズノフが気付くことはなかった。

 レズノフの言葉に返事を返す前に、ヴィショップは耳を澄ませて、扉の向こう側の状況を確かめる。扉の向こう側では部屋を出る前のような喧騒はナリを潜めており、それはヴィショップの件に関する話し合いの終わりが近いことを表していた。


「とりあえず、もうすぐ話し合いが終わりそうなんで、切るぞ」

『例の、レジスタンスとかいう奴等のかァ? 大変だねェ』


 ヴィショップがそう言うと、他人事のような口調でレズノフの返事が返ってきた。


「全くだ。お前、傭兵だろ。何かアドバイスくれよ」

『悪ぃな。俺ァ、大体レジスタンスとかを殺す側だったんでなァ。レジスタンスの燻り出し方なら知ってんだけど』

「使えない情報を、どうも。次は、もっと早くその手の情報を送ってきてくれることを祈るよ」


 ヴィショップは最後に皮肉を漏らして通信を切ると、袖の中に神導具を隠す。

 それから少しして、会合の行われている部屋へと続く扉が開き、ヴィショップの協力に否定的な意見を示していた、大柄な老人が、左手に先程ヴィショップが円卓の上に放り投げた魔弓を持って、姿を現した。


「話し合いは終わったのかい?」

「貴様の作戦の参加を認めるとよ……わしは認めたくないがのう」

「そいつはどうも」


 ヴィショップが老人に声を掛けると、老人は不貞腐れた様な態度で返事を返す。そんな彼の態度に苦笑を浮かべつつ、ヴィショップは老人の隣を抜けようと壁際に寄ろうとしたが、その動きは魔弓を握る老人の左手によって遮られた。


「あんまりこういったもんを粗末に扱うんじゃねぇぞ、若造。んなことばっかしとると、いつか自分に跳ね返ってくる」

「そいつは、実体験からくる教訓かい?」


 若造と呼ばれたことに思わず笑い声を上げそうになりながらも、ヴィショップはそれを押し殺して老人から魔弓を受け取った。


「そんなところじゃ。わしはこう見えて鍛冶屋なんでのう。もっとも、扱ってるのは基本的に農具じゃが」

「基本的にって言うと?」

「レジスタンスに関わるようになってからは、武器も手掛け始めたんじゃよ」


 老人は魔弓から手を離してそう返すと、身体を壁際に寄せてヴィショップが通れるようにスペースを空けた。ヴィショップはそのスペースに身体をすべり込ませて、若干無理矢理気味に老人の横を通っていく。


「にしても、犯罪者風情が良いモンもっとるのう」

「言ってくれるね、ジジイ。やっぱりこれ、出来が良いのか?」


 何とか老人の横を通り抜けたヴィショップが訊ねると、老人は驚いたように目を白黒させた。


「何じゃお前、自分が持っとる得物が何かも知らずに振り回してるのか?」

「あいにく、売ってくれた奴がいい加減な性格でね。特別製らしいってことしか教えてもらえなかったんだよ」


 ヴィショップは手元の魔弓に視線を落としつつ、返事を返した。老人は呆れた様に溜め息を吐くと、ヴィショップの手の中の魔弓を指差して、口を動かした。


「そいつ…というか、その装飾を施された魔弓は、魔弓の中でも特注品中の特注品よ」

「特注品?」

「あぁ。通常の魔弓には無い機能……魔弾に魔力を上乗せして強化するだけでなく、四元魔導の四属性の力を付与して更なる強化を施す機能が追加されている、基本的には貴族や一部の軍人にしか手にすることの出来ない、通常の魔弓とは一線を画す代物じゃ」


 老人がそう告げると、ヴィショップは驚きに目を大きく見開いた後、口角を吊り上げ、隠し切れていない興奮を滲ませた表情を浮かべた。そして魔弓の表面に彫り込まれた装飾を親指でなぞりつつ、ぽつりと呟いた。


「あの……メガネ野郎…! なんてもん、寄越しやがる…!」

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