猟犬を射抜く者
「“仲間になるには値しない”、か…」
褐色の肌の女性の発した明確な拒絶の言葉に店内の人間が言葉を失う中、ヴィショップは小さな笑みを浮かべながら彼女の言葉を呟いた。そしてカウボーイハットの淵の下から覗かせる双眸を女性へと向けると、試すような口調で彼女に問いかけた。
「威勢が良いのは認めるが、こいつは俺とこの爺さん達とで決めることだ。場所を提供してるだけの協力者殿は、すっこんでてもらえないかね?」
「協力者じゃないさ」
それに対して返ってきたのは、たった一言だけの言葉。そして、身を乗り出してカウンターの下に伸ばされた彼女の右手に握られている、装飾の彫り込まれた黒い魔弓の先端部分だった。
「エリザ・オコーネル。れっきとしたレジスタンスの一員で、あんた等の処遇に対して口を挟む権利はちゃんと持っている」
驚いたような表情を浮かべながら短く口笛を吹くヴィショップを睨み付けつつ、女性…エリザはそう告げると、椅子を引きずってヴィショップ達の座るテーブルまで近づくと、テーブルを挟んでヴィショップの目の前に座った。
ヴィショップは自分の目の前に腰を下ろしたエリザと彼女の手の魔弓をまじまじと眺めた後、視線を先程まで会話していた年配の男へと向ける。そして視線を受けた彼が微かに頷いたのを確認すると、これ見よがしに溜め息を吐いてエリザに問いかけた。
「オーケー、じゃじゃ馬…」
「オコーネルだ。今名乗っただろうが」
「分かったよ、じゃあ親しみを込めてエリザと呼ばせてもらおう。でだ、エリザ。栄えあるレジスタンスの一員であるあんたの意見を聞かせてくれないか?」
「あんたみたいなクズ…」
「ラングレンだ。それとも、親しみを込めてヴィショップと呼んでも構わないぜ」
「いや、ラングレンと呼ばせてもらう。で、ラングレン殿。私としてはあんた等みたいな人間とは一緒に戦いたくない。だから、今すぐ持つもの持ってこの店から出て行ってもらいたいね」
ヴィショップの軽口に対して苛立つ様子も見せずに、エリザはヴィショップに要求を呑まない旨を告げた。その際、ヴィショップは外套の間からわざとホルスターに収めた魔弓のグリップを覗かせ、エリザもそれを視界に収めておきながらも、微塵も臆することはなかった。
そんな彼女の豪胆さに内心で舌を巻きつつも、ヴィショップは挑戦的な態度を貫いたまま口を動かした。
「そうか。なら、これで多数決だな。そこの爺さんの意見は既に決まっているとして、残りはあんただぜ」
「お、俺か!?、そ、そうだな…」
年配の男の隣に座っている中年の男へと視線を移して、ヴィショップは彼に意見を求める。
唐突に話を振られた上に、重大な決断の決定権まで渡された中年の男は狼狽しながら必死に頭を働かせるものの、その健気な努力が実るより遥かに速く、エリザの口の方が動いていた。
「迷う必要はない。こいつ等の様なヤクザ者の力を借りる必要等無いんだからな。それに、テメウスも考え直せ。物資だけでなく戦いにまで犯罪者共の協力を仰ぐつもりか? 本当にそこまで墜ちていいのか?」
揺るぎない態度で中年の男にそう告げると、エリザは今度は年配の男の方に視線を向けて、意見を翻すように説得する。
ヴィショップはその光景を見て、エリザ達にもはっきりと聞こえるように鼻で笑った。すると、当然の如くエリザが怒気を孕んだ視線を向けてきたが、ヴィショップは怯んだ様子など欠片も見せずにそれを真向から受け止めた。
「ハッ、犯罪者とは関わり合いになるのも耐えられないってか? そいつは随分と高潔こったな。だがな、はっきり言って俺等が手を貸さなきゃ、あんた等が足腰立たなくなる歳になるのを待たずに、ケリが付いちまうぜ? 無論、あんた等の負けって終わり方でな」
「へぇ、何を根拠にそう言い切る?」
ヴィショップの発言に対して、同じぐらい挑発的な態度でエリザが問い返してくる。
もはや、この場でまともに会話を交わしているのはヴィショップとエリザのみとなっていた。他の人間、年配と中年の男、そしてヤハドとプルートと二人の少女は一言も発せぬまま、二人の会話を傍観するのみとなってしまっていた。
「簡単な話だ。ボディチェックの一つもせず、相手の人数が分かってて特に条件も出されていないのにわざわざ人数を相手に揃える。にも関わらず、すぐに取れる位置に武器を置かない。極めつけに取引を感情論で左右させる。そんな骨の髄までアマチュア根性がしみ込んでる素人軍団が数年やそこらで、国をひっくり返せるものかよ。まず間違いなく、百年単位の時間が必要だ」
「なら、老若男女問わず暴力の対象にするあんた等のやり方なら、すぐにでも国を転覆させられるとでも? いいだろう、もし仮にそれで上手くいったとしよう。だがそれでは成功したところで、ただ暴君の名前が変わるだけだ、何も変わらない。いいか、これはあんた等のやっているような下劣な商売じゃないんだ。やり方を吟味し、決してクズに身を墜とさずに事を為さねばならない。だから、あんた等のような無法者はお呼びじゃないんだよ」
「くだらねぇな。甘っちょろいことぬかしてんじゃねぇよ、アバズレが。一切の汚れ仕事無しに成し遂げられるようなもんか、革命ってのは?」
「革命を成功させた所で思考が停止している時点で、あんた等はと私達は根本的に違うんだよ、分からないのか? 革命ってのはあくまで手段であって目的じゃない。私達の目的はあくまで、この国をより良い方向へと導くことだ。そういうあんたこそ、革命が成功すれば国は勝手に良い方向に回っていく、なんていう甘い考えを抱いているんじゃないのか? 革命はあくまで始まりにすぎない、本番は革命が終わった後にくるんだ」
「ハッ、どのみち死人を出す気でいるくせに何言ってやがる。革命が起これば戦いが起き、戦いが起きれば人を殺すんだ。結局最大のタブーを犯すのは決まっていることなのに、今更やり方がどうこうだなんて拘るのは馬鹿のやることだぜ。そもそも、俺が言ってるのはてめぇ等の動き方があまりにも杜撰だってことを言ってるんだ。やり方云々以前の問題なんだよ、分からねぇのか?」
六対十二個の眼が茫然と見守る中、二人は互いに睨み合い、ずるすると激しい言葉の応酬を繰り広げていった。エリザとヴィショップは両者譲ることなく意見をぶつけ合い、そして最終的には睨み合ったまま黙りこんだ。
そうして気まずい沈黙が店内を支配した中、その沈黙を破ったのは、あまりにも場違いな笑い声だった。
「クッ…フフフ…フハハッ、ハハッ」
店の中の人間の視線が、笑い声を上げた人間に集中する。
それらの視線の中心に居たのは他でもない、今しがたエリザと激しく論戦を繰り広げていたヴィショップだった。
「…何がおかしい?」
いきなり笑い出したヴィショップに、エリザは怪訝そうな表情を浮かべる。
しかしヴィショップはそれを意に介さずに少しの間笑い続ける。そして口の端が微かに吊り上った表情のまま、彼女の質問に答えた。
「いや、あんたが昔の知り合いに似てたもんでな。つい、懐かしくなっちまっただけさ」
「知り合い?」
怪訝そうな表情を崩さぬままエリザは聞き返した。ヴィショップは被りっぱなしだったカウボーイハットを机の上に置いて、返事を返した。
「あぁ。あんたみたいに頑固な奴でな、一度決めたら俺がどんなにこっちの方法の方が良いと言っても聞き入れなかった。例え全世界の人間がノーと言っても、そいつだけはイエスと言い切って譲らない、そんな奴だったよ」
今のヴィショップには先程までの挑発的な表情は無く、昔を懐かしむ穏やかな、それこそこれまでの人生を思い返している老人の様な表情を浮かべていた。
エリザはそんな表情を浮かべるヴィショップに驚いたような表情を浮かべる。そしてその陰で、ヤハドも同じように驚いたような表情を浮かべていた。何故なら、ヴィショップと出会ってこの世界に訪れてからの期間の中で、このような表情のヴィショップを見たことは一度も無かったからだ。
「ったく、年甲斐も無く熱くなっちまったよ…。まぁ、今は若いんだが…。とにかく、これもそれもあんたが“あいつ”に似てるせいだ」
ヴィショップは苦笑を浮かべてそう言うと、すっかり短くなった煙草を床に捨てて踏みつける。それから懐より新たに一本煙草を取り出して、口に咥えて火を点けた。
「言わなかったか? 禁煙だ」
「俺が煙草を吸うと嫌そうな顔をするのも同じだな」
エリザの言葉に対して、ヴィショップは煙草を吹かしつつ答える。そしてエリザの表情に苛立ちが募っていくのをじっと見つめた後、加えていた煙草を床に落として踏みつけた。
「何本も煙草を床に捨てるな。汚れるだろ」
「なら灰皿くれ」
「そんなことはどうでもいい! 話を元に…!」
ヴィショップがエリザの方に左手を差し出して灰皿を求めると、彼女は苛立った声を上げてヴィショップの左手を叩こうとする。
しかしヴィショップは、自らの左手目掛けて振るわれたエリザの褐色の右手が当たる前に、左手を動かして彼女の右手首を掴む。そして掴んだエリザの右手をそのまま引っ張り、驚く彼女を自分の方に引き寄せた。
「何の真似だ?」
バランスを崩してテーブルに左手を突いたエリザの顔と、彼女を引き寄せる際に身体を椅子から浮かび上がらせたヴィショップの顔が数センチの距離まで近づく。
互いの瞳に映った自分の姿をはっきりと見て取れる距離にまで互いの顔が近づいた中で、エリザが問いかける。ヴィショップは顎に魔弓の射出口を押し当てられる感覚を感じていたが、全く動じることなく彼女を見つめていた。
そしてそんな二人の周りでは、各々武器を抜き放った四人が一触即発の空気を醸し出していた。
「オイ、どういうつも…」
「なぁ、エリザ。俺には一つだけ分かってることがある」
ナイフを手に立ち上がり、焦りを滲ませた表情で問いかけてきたプルートを無視して、ヴィショップはエリザに話し掛けた。
「何だ」
「俺達の考えはどちらも間違ってて、どちらも正しいってことさ。あんたの言ってる理想は正しい。だが、その一方で俺が言っている現実にもまた、理が有ることは分かってる筈だぜ。だから、あんたはそんなにムキになって反論する」
「…………」
ヴィショップの発した言葉に対して、エリザは何も返さなかった。そんな彼女を見たヴィショップは、微かに口角を歪めた。
「だからこそ、俺とあんたじゃどれだけ話し合ったところで決着は付かないのさ」
「じゃあ、どうすると?」
ヴィショップは空いている右手を外套のポケットへと伸ばす。それに応じて、顎に突き付けられている魔弓の射出口にかけられている力が強まったのと、周囲の四人の緊張が膨れ上がったのを感じ取ったが、ヴィショップは一瞬たりとも動きを止めることはなかった。
「こいつで決めよう」
ヴィショップは外套のポケットから取り出した、一枚の銅貨をエリザの顔の横で振ってみせた。
「運で決めるつもりか?」
エリザが固い声音でそう問いかける。その努めて冷静を装うとしているその表情の端々に現れている緊張を見抜くのは、ヴィショップにとっては難しい作業ではなかった。
「いや、決めるのは…こいつだ」
微笑を浮かべてヴィショップがそう発した瞬間、今の今までエリザの右手首を掴んでいた彼の左手が、凄まじい速さで懐のホルスターへと奔った。
エリザが右手首を掴んでいたヴィショップの左手の感覚を喪失したことに気付いた頃には、既に遅かった。まるで一本の矢の様に一直線に、それでいて滑らかな動作でホルスターに向けて動いたヴィショップの左手は、ホルスターに納められていた魔弓のグリップを握って引き抜き、引き抜いた魔弓の射出口をエリザの顎の喉元に突き付けていた。
流石に今の早業には驚きを覚えたのか、エリザの目が大きく見開かれる。それに合わせて中年と年配の男が息を呑んだ。
ヴィショップは、彼女のエメラルドの様な瞳が再び自分に集中するのを待ってから、口を開いた。
「この銅貨を上に向かって放り上げる。それでもって、これをあんたが先に撃ち抜けばあんたの勝ち、俺達は潔く立ち去ろう。だが、俺が勝った時は…」
「仲間にしろ、か。下らない。そんな酒の場で行う遊びみたいなことで決めるような問題ではないぞ、これは」
エリザはヴィショップの言おうとしていることを先んじて言うと、下らなそうに吐き捨てた。しかしヴィショップは、特に焦った様子は見せずに話を続けた。
「なら、実際に撃ち合うでも何でもいいさ。だがあんたが譲る気は無いように、俺も譲る気は無い。だからさっき言ったように、これは話し合いじゃ解決しない。なら、後は力で結果を捥ぎ取るしかないだろうよ」
「だけど…」
「まぁ、勝つ自信が無いっていうなら降りても構わない。そうした場合、あんたはこの場で手を汚す覚悟を決める必要がある。それも、俺達より先んじて、だ」
エリザが反論しようとした直前を見計らって、ヴィショップは口を動かした。すると、今しがた動いていたエリザの口はピタリと動きを止め、彼女は再び表情に緊張を滲ませながら黙りこんだ。今のヴィショップの言葉の意味が理解出来ない程、エリザは鈍くはなかった。
「…そういう手でくるのか」
「こっちもそれなりに切羽詰まってるんでね。どうする?」
忌々しげにヴィショップを睨み付けながら、エリザはそう問いかけた。そしてその問いかけに対して、ヴィショップが飄々とした態度で返事を返すと、数秒考え込んだ後に口を開いた。
「あんた等が負けたとして、約束を守る保障はあるのか?」
「それは約束するさ。どのみち、あんたに勝てないようじゃ国なんて落とせないだろうしな。とっとと船に乗って国外に逃げるとするよ」
互いに互いの顎に魔弓を突き付けたまま、片や額に汗を浮かべた真剣な表情で、片や本心の読めない微笑を浮かべて言葉を交わす。
そしてエリザは再び口を噤んで考え込むと、大きな溜め息を吐いてから、椅子を引いて立ち上がった。
「約束は守れよ。守らなかったら、その時は…」
「あぁ、好きにしろ。これで取り引きは成立だな」
仕方なさそうにそう告げたエリザの姿を見て、ヴィショップは満足気な笑みを浮かべた。
しかし、この時彼の浮かべた笑みに含まれていたのは、些か予想外のことがあったものの、大方思惑通りに物事が進んでいることに対して浮かべた安堵の笑みだけではなかった。
(まったく、つくづく似てるぜ、この女…)
かつて、遠い昔。数こそ少なかったものの、ヴィショップがエリザとよく似た人物に対して、自分の意見を貫き通せた時にその人物が見せた時の素振りと、今目の前でエリザが見せている素振りは、まさに瓜二つだった。
心の底では自分の意見を曲げてなど全く居ないものの、それでもヴィショップの意見を認めて渋々受け入れた、あの少し拗ねた子供っぽい素振りと。
「……爺さん。あんたがやってくれ」
ヴィショップにとって幸運だったのは、彼がその手の自分の本心を隠すことに慣れていたことだった。ヴィショップは他の誰かが、彼の浮かべた笑みのもう一つの意味に気付く前にその笑みを取り去ると、年配の男に向かって右手の銅貨を弾いた。
年配の男は弾かれた銅貨を危なげにキャッチした。ヴィショップはそれを確認すると、椅子を引いて立ち上がった。エリザは既にテーブルから離れてカウンターの前に立っていた。彼女が顎をしゃくって入り口の方に下がるように促したので、ヴィショップは大人しくそれに従った入り口の方に下がった。
二人は十メートル程の距離を挟んで対面した。互いにじっと視線を交錯させながら、手に持っていた魔弓をホルスターへと納めていく。そして魔弓が完全にホルスターの中に納まった辺りで年配の男が歩いてきて、二人のちょうど真ん中辺りの位置に、二人の直線上から外れて立った。
ヴィショップから受け取った銅貨を親指の上に乗せて、年配の男はエリザに視線を向ける。ヴィショップとエリザは、腰を落としてホルスターに収めた魔弓のグリップの上に右腕を持っていく、オーソドックスな構えをとった。
「テメウスが弾き上げた銅貨を先に撃ち抜いた方が勝ち、それでいいんだな?」
「あぁ、そうだ。あんまり数やると近所迷惑だろうし、一発でケリを付けようぜ」
「元よりそのつもりだ」
エリザは短く返事を返すと、視線をテメウスの方に向けて小さく頷いた。
それを確認したテメウスがヴィショップの方を向く。ヴィショップがエリザと同じ様に視線を向けて頷いて見せると、テメウスは視線を自分の手元の銅貨へと落とした。
(さて、と…悪いな、じゃじゃ馬。この勝負、負けたら色々面倒なんでな…)
この時この瞬間、ヴィショップを除いたこの場の全ての人間が、この勝負が両者にとって公平な勝負だと考えていた。ただ弾き上げた銅貨を撃ち抜くだけの単純な勝負。銅貨は何の変哲も無いもので、銅貨を弾き上げるのは他でもないエリザの側の人間。両者共に何かイカサマを仕込むような時間も無く、両者共に一切のアドバンテージの無い、ただ純粋に早撃ちの技術のみが問われる勝負である筈だった。
そう、ほんの数瞬だけとはいえ、未来予知染みた精度で相手の動きを予測出来るヴィショップただ一人を除いては。
(勝ちにいかせてもらおうか…!)
年配の男の右手親指の筋肉が強張り、銅貨を真上に弾き上げるべく力を込める。その時点で既に、ヴィショップの右手はホルスター目掛けて、獲物を見つけた鷹の様に急降下していた。
そして一瞬遅れてエリザがその動きに気付いた時には、キーンという甲高い音をヴィショップの抜き放った魔弓の上げた咆哮が掻き消していた。
「なっ…!?」
ヴィショップの魔弓によって撃ち抜かれた銅貨は、魔力弾によって中心に風穴を穿たれたまま吹き飛び、壁に当たって床に落ちた。
床に落ちた銅貨が二、三度床を跳ねる音が鼓膜を揺さぶる中で、銅貨を弾き上げた年配の男の口から思わず言葉が漏れる。その先に立つエリザもまた、驚きに目を見開いていた。彼女の右手に握られた魔弓は、ホルスターから抜かれてこそいたものの、射出口の先端はまだ床を向いていた。それと同時に、その様子を眺めていた中年の男とヤハド、そしてプルートも目の前で起こった出来事に目を奪われていた。
何故なら、弾き上げられた銅貨が最高点に達することすらなく撃ち抜かれたのだ。ヴィショップの特技を知らぬ彼等が驚くのも無理はない話だった。
その中でただ一人、ヴィショップだけが驚きに感情を支配されることなく、魔弓を手元でクルンと一回転させてからホルスターに納めていた。
「……」
その次に動いたのは、エリザだった。
全員の視線が今度はエリザに注がれる中、彼女は無言で魔弓をホルスターに突っ込むと、靴音を響かせて銅貨の当たった壁のとこまで歩き、ヴィショップ達に背を向けた状態で床に落ちていた銅貨を拾い上げた。そして風穴の穿たれた銅貨を数秒程じっと見つめる。
エリザがこの時、どんな表情を浮かべていたのかは、彼女が背を向けていたせいで分からなかった。だがヴィショップは、エリザがどんな表情を浮かべているのかを何となく理解していた。何せ、この世界に来たばかりの頃のに近い勢いで冷静さを失う程に、エリザは酷似していたのだ。だから恐らくは、今この瞬間に彼女が浮かべている表情が自分の思い出の中の表情と同質のものであろうことは、もはや想像に難くなかった。
「……約束は約束だ」
やがてヴィショップの方に向き直ったエリザが、風穴の穿たれた銅貨を投げ渡しながら口を開いた。その表情には、先程までの勝気さが、完璧とは言えないまでにも戻っていた。
ヴィショップは放物線を描いて飛んできた銅貨を、右手でキャッチした。
「と、いうと?」
「お前を仲間と認めるよ、ラングレン。レジスタンスへようこそ」
ヴィショップがそう問いかけると、エリザは何とか取り繕った表情を拗ねた様に歪ませて、ぶっきらぼうに返事を返した。




