革命者達との邂逅
レイアの要求通り、国の後ろ盾を得て盗賊行為を行っていた三人組を殺してから、一眠りの後の昼近く。ヴィショップは、『スチェイシカ』の首都である『リーザ・トランシバ』へと向かう一台の馬車の中で、窓の外の光景を見ながら煙草を吹かしていた。
五人は座れそうな長椅子に腰掛け、左側にはしかめ面を浮かべているヤハドと身体を丸めて怯えた表情を浮かべる二人の少女。目の前にはレイアとプルートが腰掛け、残りの空いた席全てにレイアの部下達が座っていた。そして残る部下達の内三人は、何やら文字がずらずらと書き込まれた木箱を抱えていた。
「もとから涼しすぎると思ってたが、一気に冷え込んできたな」
「むしろこれが日常よ。この国は基本、どこに行っても寒いわ。まだ、これなんかマシな方よ」
曇天の空を見上げながらヴィショップが呟くと、レイアが葉巻を口から離して煙を吐き出しつつ、ヴィショップの呟きに答える。その際、曇天の空模様と似た色の煙に少女たちが微かにむせ、ヤハドがレイアを睨み付けたが、彼女がそれに対して何か反応することはなかった。
「アレか?」
そうしている内に、ヴィショップの視界に空へと登る黒い煙が入ってくる。
「何が見えたのかしら?」
「煙だ。あんたや俺を着々と墓の下に送ろうとするような奴じゃなく、真っ黒な方の煙だ」
「なら、もうあと少しで着くわね」
ヴィショップが軽口混じりに答えると、レイアは微笑を浮かべて煙をヴィショップに吹きかける。ヴィショップはその煙を、つばに指がすっぽり入るぐらいの穴が開いたカウボーイハットで防いだ。
「向こうに着いたら、プルートが手引きするわ」
「あんたは来ないのか?」
「今回私が来たのは、私達の商売を潰した挙句、国を転覆するなんてほざいてる稀代の大馬鹿野郎を見る為。これ以上貴方に付き合う気はないわ」
レイアの言葉に対してヴィショップは「そうかい」とだけ返すと、視線をプルートへと向けた。
「じゃあ、あんたに訊こう。向こうに着いてからの予定はどうなってるんだ?」
ヴィショップが訊ねると、プルートは横目でレイアを見た。レイアが肩を竦めて見せると、プルートは視線をヴィショップに戻した。
「既にこの旨は向こうに伝えてある。その結果、レジスタンス側が場所を決めてもいいなら会ってもいいという答えが返ってきた」
「返事は何て?」
「一昨日来い、豚の餌共、とでも返した方が良かったか?」
ヤハドが溜め息を吐き、ヴィショップは小さな笑い声を零した。
「いや、結構。それで?」
「市民区にある食堂『雪解け亭』で、閉店の三時間後。つまりはH02頃に、お前とそこの色黒、そして俺だけで来いと。それまでは向こうにある『ゴール・デグス』の姉妹店で過ごす」
「“手土産”も持って行くんだろう?」
ヴィショップは周囲の『コルーチェ』のメンバー達が抱えている三つの木箱に視線を向けながら訊ねる。プルートはヴィショップと同じ様に三つの木箱を見てから返事を返した。
「その通りだ。でなければわざわざ持ってきたりしない」
「連中に煮え湯を飲まされてきたのは、レジスタンス共も同じだからな。喜んでくれるだろうよ。で、感触は?」
ヴィショップが訊ねると、プルートは小さく笑みを浮かべて返答した。
「まず間違いなく警戒されている」
「だろうな」
「まぁ、元から好かれてはいないがな」
ヴィショップが苦笑を浮かべて呟く。その表情には焦りはなく、むしろ予定通りだ、とばかりにいつも通りの表情を浮かべていた。
そんなヴィショップの目の前でプルートが、話は終わりだ、とばかりに視線を離そうとした。しかしその瞬間、今度はヤハドが声を掛けてくる。
「子供達の方はなんと言っていた?」
「そっちははっきりと答えが返ってきた。ちゃんと責任を持って面倒を見る、だとよ」
ヤハドの真剣味の籠った問いかけに、プルートは面倒臭そうに返事を返した。
実はヤハドは、ヴィショップのしていた取引とは別に、レジスタンスに子供の面倒を見てもらえるよう頼んでみてくれ、とレイアやプルートに言っていたのだ。最初こそ、自分で言えばいいと返されて相手にされなかったが、何回も頼んでいる内に(なお、その頃ヴィショップは治安維持部隊の男ともめたり何だりしていた)、根負けしたプルートが言うだけ言っておいてやる、ということで話の決着が付いたのだった。
「俺への反応に比べて、随分と温かみのある対応だな」
「目の前にお前とこのこの少女達が居て助けを求めてきたとして、どちらを助けるか、という話だ」
ヴィショップが呆れ混じりに呟くと、ヤハドが当たり前のことを聞くな、とでも言いたげな表情を浮かべて言葉を発する。
「俺は俺を助けるよ」
「俺なら、この少女達を助ける。他の人間も同じだろう」
「だが、最終的に全員俺を助けるさ」
「どうしてそう言い切れる?」
ヤハドの返した返事に対して、ヴィショップは煙草を吹かしつつ言い返す。ヤハドがそう言い切る根拠について訊ねると、ヴィショップはからかうような笑みを浮かべて答えた。
「まず金で釣る。これで大半が釣れる。それでも釣れない奴等には、コイツをそのガキに突き付けながらこう言ってやるだけだ。「助けなきゃ、引き金を弾く」。これで全員が全員、俺を助けに来る」
ホルスターに納められた魔弓のグリップを撫でつつ、ヴィショップはそう返した。それに対しヤハドは嫌そうな表情を浮かべ、レイアは違いないと呟いて笑い声を漏らした。
曇り空に浸食していく黒い煙との距離は、いつのまにかその煙を吐き出している煙突の姿が見え始めるまでに近づいていた。馬車が『リーザ・トランシバ』に到着するまで、もういくばくも無かった。
『スチェイシカ』の首都である『リーザ・トランシバ』は大まかに分けて四つの区に分かれている。トランシバ城を中心とした王族区。貴族の住居のある貴族区。首都を守護する最精鋭部隊の拠点や、武器職人が集っている軍事区。そして一般市民の生活の場である市民区の四つである。もっともこの内、王族区、貴族区、軍事区の三つは殆ど一体化しており、実際には二つに分かれている、といった方が正しいのだが。
馬車が『リーザ・トランシバ』に到着していから数時間後、約束の時間まであと数分といった頃合い。ヴィショップとヤハド、そしてプルートと少女二人の五人は、木箱の入った袋を肩に背負い込みつつ、指定された場所である食堂『雪解け亭』に向かって歩を進めていた。昼の時刻で既に肌寒かった気温は更に悪化し、雪が降っていてもおかしくはない程になっていた。
「これから会う奴はどんな奴なんだ?」
石で舗装された通りを歩きながらヴィショップはプルートに訊ねた。
「向こうが何人で来るかは分からんが、一人は俺の知っている奴が入っている筈だ。だが、どちらにしろレジスタンスにいる人種など一種類だ」
「ほう、どんなのだ?」
煙草を燻らせながらヴィショップが問うと、プルートはつまらなそうに鼻を鳴らして答えた。
「革命という大義さえあれば、何をしても許されると思ってる人種さ」
「……それは偏見だ」
プルートの返した返事にヤハドが噛みついた。プルートは視線をヤハドに向けると、挑発的な口調で訊ねた。
「偏見じゃないさ。俺も奴等も大した違いはない。国王なんてくたばっちまえと思いながら、兵士の眼に怯えつつコソコソと法を犯す。やっていることに大した違い何ぞないんだ。なのに奴等は、俺達はクズで自分達は未来の英雄だと思ってる。子供の頃の妄想が抜け切らない、哀れな奴等なのさ」
「明白なちがいなら有るぞ」
馬鹿にしたような声音でプルートが告げると、ヤハドは少しだけ声を荒げた。
「ほう、何だ?」
「子供畜生以下の変態に売る、なんていう糞以下の行為に手を染めるか染めないかだ」
「ハッ。なら、革命の大義なんていうハリボテを振りかざして、兵士でもなんでもない一般人に武器を握るように煽るのはアリなのか?」
「……それが自分で選んだことならばな」
「成る程。それなら、詐欺師はどうどうと大手を振って通りを歩けるな。全く、良い時代になったもんだよ」
歩きながら互いに言葉の応酬を繰り広げる、ヤハドとプルート。
傍らの少女達が不安げにヤハドの顔を見上げる中、ヴィショップはわざとらしく溜め息を吐いた。しかし、それでも二人が言い合いを止めないので、今度は小さく舌打ちを打つと右足を伸ばしてヤハドの足にひっかけた。
「っと、ととっ! オイ、何をする!」
「別に。ただ、あんまりにも仲良さ気に話すもんだから、嫉妬しただけさ。ジェラシーってやつだよ。気にしなくていい。決して、ベラベラベラベラ阿呆みたいにくっちゃべってるのが気に喰わなかった、とかじゃねぇからよ」
ヴィショップの足に躓きながらも、咄嗟に体勢を立て直して転ばずに済んだヤハドが、ヴィショップに文句を言おうとするが、ヴィショップはうんざりした表情を浮かべながら軽口を吐いて取り合おうとしない。
ヤハドは自分の行いに気付いてバツの悪そうな表情を浮かべた後、再びプルートの方に向き直る。しかしプルートは、ヤハドと同じ様に自分の行動に気付いたらしく足早に歩いて先に行ってしまっていた。ヤハドは納得のいかなさそうな表情を浮かべながらも、前を向いてヴィショップとヤハドについていく。無論、不安げな表情を浮かべている少女二人に「大丈夫だ」と声を掛けるのも忘れなかった。
「お前はどう考えるんだ?」
ヴィショップに追いついてきたプルートが前を向いたまま訊ねた。
「何がだ?」
「今の話だ。他に有るか?」
プルートがそう告げると、ヴィショップは鼻で笑ってから答えた。
「どう考えるもクソもあるか。どんな理由つけようと、盗みなり強姦なり殺しなりは正当化でねぇ。そいつをやりゃあ、やった奴はただのクズだ」
「フン。お前まであっちの男みたいな考え方だったら、本気で手を切ろうと思ってた…」
「ただ」
満足げな笑みを浮かべるプルートの言葉を遮って、ヴィショップは言葉を続けた。
「他人に「それは悪いことです」って言われる度に一々ムキになって反論するような奴や、正当化出来る理由が無いと動けないような奴には、百年足掻いたって何も成し遂げられねぇよ」
前を見たまま、ヴィショップは淡々とそう告げる。
プルートは自分の真横のヴィショップに視線を向け、黙りこくった。
「…この店じゃないか?」
「……あ、あぁ、そうだ。この店だ」
前方に見える看板を指差してヴィショップが訊ねる。彼の言葉に意識を奪われていたプルートは慌ててヴィショップの指差した方向に視線を向けると、首を縦に振ってヴィショップの言葉を肯定した。
「じゃあ、さっさと行こうぜ。中に入れば誰かしら人が居るだろうし、酒でも出してくれんだろ」
ヴィショップはそう言うと、すたすたと歩いて『雪解け亭』方に歩いて行った。プルートとヤハドもそれを追って歩調を速め、やがて五人は『雪解け亭』の中へと足を踏み入れた。
「今日はもう閉店だよ」
あまり広くは無い店の中は薄暗かった。ランプ型の神導具がいくつかのテーブル、そして店の奥のカウンターに置かれていた。広さとしては『ゴール・デグス』の一階の方が広かったが、逆に『ゴール・デグス』にあったいかがわしさはなく、小奇麗に纏められており、若干の上品さも感じられた。
ヴィショップ達が店内に入ると、カウンターの方から女性のものらしき声が飛んできた。ヴィショップが視線をカウンター席に向けると、そこには椅子に腰掛け、煙草を吹かしながら神導具の灯りで本を読んでいる、所々裁縫の跡が見えるベージュのシャツとロングスカートを身に着けた女性が居た。肌は褐色で、髪の色は黒。綺麗な緑色の瞳は、あまり友好的ではない光を宿してこちらに向けられていた。
「約束をしてる。矢じりの先端は鷹の頭へ」
プルートが女性の言葉に応対し、最後に予め定めておいた合言葉を告げる。
「墜ちた鷹の喉笛に猟犬の牙を。そこで待ってな。直に来る」
女性もそれに合わせて合言葉を返すと、顎をしゃくって近くのテーブルを指し示し、再び視線を手元の本へと落とした。ヴィショップ達は木箱の入っている袋をテーブルの脇に置いて、指示通りそのテーブルに腰掛けた。
「外は冷えるな、え? こういう時は、何か温かいものがあると助かるんだが」
ヴィショップは女性に視線を向け、わざとらしい口調でそう言葉を発した。しかし女性は視線だけを動かしてヴィショップを睨み付けるだけで、立ち上がって何かを作ろうとはしなかった。
「嫌われてるな」
「薄々分かってたんだろう?」
「まぁな」
ヴィショップが苦笑を浮かべてプルートに話し掛けると、プルートは大して興味も無さそうに返事を返す。ヴィショップは短く返事を返し、隣に座っているヤハドが女性の態度を咎めようとするのを、踵で彼のつま先を踏みつけることで防いだ。
「ここは禁煙だ」
つま先を踏みつけられたヤハドがヴィショップに食って掛かるのを無視してヴィショップが煙草を咥えた瞬間、女性が本から視線を離してヴィショップにそう告げた。
「だが、あんたは吸ってるぜ」
「私は店主だからいいんだ」
女性の指の間に納まっている煙草に視線を向けてヴィショップが訊ねるが、返ってきたのは冷淡な返事だけだった。
ヴィショップは仕方が無さそうに肩を竦めると、女性の言葉を無視して煙草を吸い始めた。それを見た女性はこれ見よがしに舌打ちを打ってみせたが、それ以上何かすることはなかった。
そうして少しの間沈黙が場を支配した。そしてその沈黙は数分後、扉が開かれる音によって打ち砕かれた。
店内に入ってきたのはフードの付いた外灯を着込んだ二人組だった。店内に入ると二人組は、顔をすっぽりと覆っていたフードを下ろして素顔を見せた。
一人は額に真一文字の傷跡のある中年の男、もう一人は真っ白な髪に真っ白な口髭の年輩の男だった。
二人はテーブルに座っている五人を一瞥すると、カウンターに近づいて女性に話し掛けた。
「矢じりの先端は鷹の頭へ」
「墜ちた鷹の喉笛に猟犬の牙を」
女性と二人組は互いに合言葉を言い交す。その際、女性の声にはプルートの時には無かった温かみが、確かに存在していた。
合言葉を言い交した二人組は無言でヴィショップ達の座るテーブルに近づくと、ヤハドの隣に座る二人の少女に視線を向けた。そして少女をまじまじと見つめると、やがて口を開いた。
「この子供たちが例の?」
「そうだ。この子達を、あんた等に預かってもらいたい」
年配の方の男がそう問いかけると、ヤハドがそれに一速く反応して返事を返した。
ヴィショップはその光景を眺めながら、心中で呟く。
(ガキの話の方が先か。ハッ、お優しいこって…)
ヴィショップが心中で男達の行動を嘲笑う中、中年の方の男が屈みこんで少女達に視線を合わせ、こちらにくるように呼びかけていた。しかし少女達は、あからさまに怯えた態度を見せるだけで全く動こうとしない。
異様ともいえる怯え方を見せる少女達を前に、年配の男の表情に悲しみの色が映った。やがてその表情は怒りへと変わり、視線は少女達からヤハドへと向けられようとしていた。
ヴィショップはそんな年配の男の姿を見て溜め息を吐くと、投げやりな声音で言葉を発した。
「てめぇの顔が不細工過ぎるからじゃないのか?」
「何…?」
ヤハドへと向けられようとしていた中年の男の視線が、ヴィショップへと向けられる。
明白な怒気の篭ったその視線には一般人とは思えい程の凄みがあったが、ヴィショップはそれを真向から受け止め、更には男へ向けている視線に、男の怒気と同じぐらいはっきりとした侮蔑の色を孕ませていた。
当然、男はヴィショップの視線に込められているものに気付き、より一層怒気を膨張させてゆっくりと立ち上がる。ヴィショップはそのさまをじっと眺めながら、口を開いた。
「俺達がここに集まった理由はガキの引き取りの為じゃねぇだろう。俺達がここに集まったのは…」
ヴィショップは一端言葉を切ると、足元に置いてあった袋の紐を解き、中の木箱の蓋を開いて中へと右手を突っ込んだ。そして中に納められていたものを一気に取り出すと、腐臭を放つそれを中年の男に向かって投げつけた。
「ッ!?」
ヴィショップが投げつけたそれを咄嗟にキャッチした中年の男は、ヴィショップが投げつけたものが何だか理解した瞬間、表情を驚愕のみに染め上げ、慌ててキャッチした物体を床に落とした。
ヴィショップが投げつけ、今男が床に落とした物体の正体、それは痩せた男のものと思しき頭だった。しかも、頭の右半分が欠損した。
床に転がったそれを見た少女が悲鳴を上げ、年配の男が息を呑む中、ヴィショップは痩せた男の頭を左足の靴裏で踏みつけながら口を動かした。
「果たして俺をレジスタンスの一員としてくれるかどうか、って話の為だろう? だったら、先に話すべきはそっちの筈だ」
ヴィショップはそう告げると、信じられないものを見る表情を浮かべている年配の男に視線を向けた。
「こっちの男から話は聞いてると思うが、こいつは政府から金貰って馬鹿やってた男だ。そいつの仲間も、そこにある。これが俺達の実力の証明だ。で、どうなんだ? 俺達を仲間として迎え入れてくれるのか?」
ヴィショップは年配の男の顔をじっと見つめながら、そう訊ねる。
ヴィショップと年配の男の視線が交錯し、その瞬間、年配の男の表情に怯えの色が浮き出てくる。
そう、この瞬間彼は恐怖したのだ。脳漿を垂らした人間の頭を投げつけ、それを足蹴にしているにも関わらず、その表情に自分達に対する呆れしか見せていない、目の前の男に。
「……何が目的だ?」
ここで震えた声を出さないように努められたのが、年配の男の地力の限界であった。先程の行動に対して声を荒げて糾弾するだけの力は、今の彼には残されていなかった。それは隣の中年の男も同じらしく、彼もまた視線をヴィショップへと向けることで背一杯だったらしい。
ヴィショップは、プルートの呆れ混じりの視線と、少女達を宥めるヤハドの批難の視線を無視しつつ、年配の男の問いに答えた。
「何、別にあんた等の革命に心から賛同した、とかじゃないさ。ただ、俺達にはあんた等に勝ってもらう必要がある、というだけの話だ」
「……誰かに雇われたのか?」
「まぁ、そんなところだ。雇い主は言えないがな」
足先で痩せた男の頭を弄びながらヴィショップは年配の男の質問に答えていく。
ヴィショップの足先によって左右に転がされる度に、痩せた男の頭から脳漿がぽろぽろと零れ落ちる中、年配の男は口元を手で覆いつつ必死に思考を働かせる。
普通に考えれば、こんな男を仲間に引き言えれることなど願い下げである。ヤクザ者の手引きで現れたあげく、いきなり人に生首を投げつけるような人物が近くに居ては、おちおち眠ることも出来ない。その上こちらに見方する理由もひどく不透明だ。
だがその一方で、この男が政府に雇われている盗賊を殺したのも事実。しかも話しによればたった一日で成し遂げたという。
件の三人組についてはレジスタンスの方も『スチェイシカ』から情報を買い取って、その行方を追っていた。だが、一節かけて探し求めたにも関わらず、行方を掴むことは出来なかった。にも関わらず、目の前の男はたった一日で三人を仕留め、証拠として首まで持ってきている。それはもう、疑いようのない事実だった。
現在、レジスタンスは政府から姿を隠すだけで精一杯の状況に追い込まれている。故に、もし自分たちが追い続けてきた人間に一日で辿り着けるような実力の持ち主が居るなら、是が非でも欲しい状況下にあった。
個人の感情と、組織の実態に板挟みにされた思考の中、年配の男の額には大粒の汗が浮かび上がっていた。
(今私の目の前に居るのは、待ち望んだ救世主か、それともただの狂犬か…)
心中で苦悶の声を漏らす年配の男。そんな彼の姿をじっと見つめていたヴィショップは、尻ポケットから懐中時計を取り出すと、蓋を開いて時刻を確認する素振りを見せた。
「必要な時に決断を渋る奴は、何やっても上手くいかないものだ。で、答えは出たか?」
そう訊ねたヴィショップに対して、年配の男の返事は返ってこない。
今や、年配の男に出来るたった一つの抵抗は口を閉ざしてじっとヴィショップを睨み付けることだけだった。蛇に睨まれた蛙が、ただただ蛇の視線を受け止め続けるだけのように。
何も返事を返さない年配の男、そして視線を伏せるだけであとは同じの中年の男に、ヴィショップはうんざりしたような表情を向ける。だが、その表情の裏には満足気な笑みを浮かべていた。
(いくら革命家などと気取ってみたところで、所詮は必要に駆られて武器を取っただけの一般人。少し脅かしてやるだけで、このザマか…)
ヴィショップが、相手に向かって生首を投げつけるなどといった、必要以上に荒々しい行為に及んだ理由、それは相手を威嚇することで話の主導権を握る為だった。
今回の場合、ヴィショップが頼った先である『スチェイシカ』は犯罪組織だった。その為、いくら協力関係にあったとしても、圧政からの解放という大義名分を掲げ、正義を語って国に反抗するレジスタンス組織とは根本的なところで馬が合わない。故に、その紹介でやってきたヴィショップは色眼鏡で見られ、いくら実力を示したところで仲間にはしてもらえない可能性が無視できない程にあった。
このような場合、話を自分の望む方向に纏めるにはいくつかのの方法がある。その中でも最もオードソックス、自分への悪印象を出来るだけ打ち消し、必要最低限の友好的な関係を結ぶことだが、初対面の相手にこれを実行するにはよっぽどの切り札を持っていない限りは難しい。フレス・バレンシアの時の彼女の置かれている状況然り、ドーマ・ルィーズカァントの時の彼自身の性癖然り。そして今回に至っては、それらのような切り札は持っていなかった。唯一切れるカードは、己の実力のみである。
故に、今回ヴィショップがとった方法は、ともすれば狂人ともとられかねないような行動によって相手に自分の存在を実際より大きく見せ、逆らえない存在へと変える方法、つまりはブラフである。先の方法よりも確実性は大幅に劣り、関係も修復不可能なレベルに至る可能性があるものの、殆ど切れるカードが無くても効果を発揮し得るが故に、ヴィショップはその方法を採用したのだった。
(まぁ、それなりに博打なところもあったが…この調子なら大丈夫そうだな…)
目の前で黙りこくる年配の男を眺めながら、ヴィショップは心中でそう呟く。後はただ、年配の男が言葉を吐き出すのを待つだけだった。
「…………分かった。お前を…」
そして、ようやく年配の男の硬く閉ざされた口が、ゆっくりと、ためらいがちに開かれた、まさにその瞬間だった。
「駄目だ。あんた等は、私達の仲間になるに値しない」
カウンター席に腰掛けて成り行きを見守っていた褐色の肌の女性が、毅然とした声でヴィショップの要求を突っぱねたのは。




