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Bad Guys  作者: ブッチ
Four Bad Guys
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Brothers Impact

「やるじゃねぇか、あんちゃん!」

「アリガトよ!あんたのお陰で儲からせてもらったぜ!」

「あ~、ハイハイ、分かったから道開けてくれ」


 鹿の剥製によって壁に縫い付けられた状態で気絶している大男から離れ、ヴィショップはホクホク顔で話し掛けてくるギャラリーを押し退けて、レズノフ達が座っているテーブルまで戻ってくる。


「よぉ、ジイサン。負けるかと思ってヒヤヒヤしたぜ。結構稼げたけど、見るか?」

「黙れ、クソ野郎。俺の得物を返せ」


 テーブルに近づいてきたヴィショップを確認すると、レズノフがやはりホクホク顔で話し掛けるが、ヴィショップはそれを突っぱね、額に青筋を浮かび上がらせながらレズノフに手を差し出す。


「何だよ、ムカついてんのか?やっぱし、人間、年取ると短気になんのかね?」

「歳は関係ねぇよ、この大バカ野郎が!」


 ヴィショップは、レズノフの呆れた口調と共に差し出された二挺の魔弓をひったくるようにして受け取ると、声を荒立てて文句を飛ばす。


「テメェはこのツラが見えねェのか!?いいか!?テメェが余計な真似しなけりゃ、俺はこんな羽目に合わずに済んでたんだぞ、分かってんのか、アァ!?」


「まあまあ、いい運動になったじゃねぇか。それに、他人に責任を押し付けるよりも、自分の何処が悪かったのかを考えた方が、建設的じゃかいか?」

「んなモン、テメェに言われなくとも分かってるわ!正解はテメェを殺さなかったことだ、アバヨ、クソ野郎!」


 ヴィショップは罵声を飛ばしながら、レズノフに魔弓の射出口を突き付けて、引き金を弾く。その光景を見ていたギャラリーに動揺が走るが、ヴィショップはそんなことお構い無しだった。


「………テメェ」

「イッツ・ア・イッリュージョン♪」


 だが、その場の多くの人間が予想していたであろう轟音は、いつまで経っても鳴らず、鳴ったのはカチリという乾いた音と、ヴィショップの低い声、レズノフのおどけた口調の一言、そして指を開いたレズノフの右手から零れ落ちた魔弾が床に落ちた際に奏でる、コツンという音だった。


「…上等だ…」

「そこまでだ、米国人。少し落ち着け。それより、せっかく助けたお姫様がほったらかしになってるぞ?」

「チッ…。次、同じことしたら、マジで殺すからな」


 ヴィショップは捨て台詞紛いの言葉を吐くと、魔弓を二挺ともホルスターに納め、ハンカチを取り出し、近くにあった酒瓶の中身をかけて濡らすと、血で汚れた顔を大雑把に拭き、乱れた髪と服装を整えてから、呆然とヴィショップ達のテーブルを眺めている、フードを目深に被った少女の許へ向かって歩く。


「よぅ、お嬢ちゃん。大丈夫だったか?」

「えっ、あっ、えぇ。助かったわ。ありがとう」


 今のレズノフとのやり取りをみていたのか、どこか怯えた表情の少女に対し、ヴィショップは先程までとはガラリと声音を変えて、まるで実の娘を慈しむかのような暖かみのある口調で少女に話し掛ける。そして少女が驚きながらも述べた感謝の言葉に、ヴィショップは明確な拒絶の意思が無いことを感じ取り、心中で胸を撫で下ろす。


「そうか。それは良かった。いやぁ、あの大男に絡まれているキミを見たら、放って置けなくてね。俺は父親から“女性の危機は見過ごすな”って言われて育ったものだからさ」

「そ、そうなの?それは素敵な家訓ね」


 にこやかな笑顔を浮かべながら話し掛けるヴィショップに、少し戸惑いながらも返事を返す、少女。その声音にヴィショップは確かな手応えを掴むと、心中での安堵の笑みが、獲物を見つけた狩人のほくそ笑みへと変貌する。


「まぁね。自慢の父親さ。ところで、キミは一人で来たのかい?もしそうなら、用を済ませたら、早く帰った方が良いよ?」

「そ、それは…」


 ヴィショップがそう訊ねると、少女はヴィショップの予想を裏切り、途中で言い淀む。

 ヴィショップは、そんな少女の反応で少女がまだ目的を達していないのを悟るのと同時に、予想外にも目的を話そうとしない少女の態度に疑問を感じる。普通の人間なら、先程のような言葉を掛けられば、自分の目的もポロッと喋ってしまうものだ。その目的が話せないようなものか、話している相手に不信感でも抱いていない限り。にも関わらず、少女は目的を漏らさなかった。

 まず、前者の理由はないだろう。自衛能力皆無の少女が、他人においそれと話せないような目的をこんな治安の悪い場所で果たそうとすると考えるのは些か無理がある。少女が絡まれていた際に、ヴィショップ以外の誰も助けに入らなかったことから考えても、協力者や取引相手が存在しないことが窺える。一人で行う後ろめたい行為と言えば、それこそ殺しや盗みだが、それは少女から漂う気品の良さとそぐわない。

 となると、残りは少女がヴィショップに対して不信感を抱いている可能性である。

 ヴィショップは最初は自分の言動に間違った部分を見出だせなかった。少なくとも、全力で善良な男を演出したつもりであった。

 だが、すぐに少女の態度の原因が先程のレズノフとのやり取りにあることに気付き、心中で舌打ちを打つ。


(チッ…!あのゴリラめ、馬鹿なマネさせやがって…!)


 その舌打ちは、レズノフに向けてのものではなく、早まった真似をした先程の自分に向けられたものだった。

 嘗てのヴィショップ…そう、刑務所に入る前のヴィショップなら、あのような罵詈雑言や仕打ち受けても冷静さを保っていることが可能だったし、寧ろ殺されかけようと、偽りの仮面を被り続けられていた。それは一種の才能と言ってもよい程にまで徹底されており、それ故にヴィショップは裏社会で確かな地位を築くことが出来た。

 にも関わらず、先程のヴィショップは完全に冷静さを失っていた。そればかりか、予め魔弾を抜き取っられていたことから考えても、レズノフはヴィショップが逆上することを予想していたのであろう。つまり、ヴィショップは完全にレズノフによって踊らされていたのだ。その事実は、自分の力を知り尽くしていたヴィショップにとって、自分の精神的な衰えを実感させるのに充分な役割を果たした。


(やっぱし、“やることやったから”気が抜けてんのかね…。ここらで一つ、褌締め直さねぇと…)

「ちょ、ちょっと、聞いてるの?」


 そんなヴィショップの思考を中断したのは、目の前に居る少女の声だった。

 少女の言葉からして、どうやらヴィショップは完全に上の空だったらしい。

 ヴィショップは「ハナッからこの様か…」と、自嘲気味に呟くと、再び表情に笑顔を張り付ける。


「あぁ、悪いね。気分を害したかな?」

「いや…その、私の顔をジッと見てるから、どうしたのかな、っと…」


 そう言うと少女は、恥ずかしそうにフードの端を掴んで引き下げる。

 一方のヴィショップは、そんな自分の迂闊な行動に対して、喉まで出かかった舌打ちを飲み込みつつ、話を続ける。


「いやぁ、そのフードの下はどんな顔なのかな、ってね。俺の予想だと、そうはお目にかかれない美人だと思うんだけど、どうかな?」

「な、な、何を言ってるのよ!」


 ヴィショップの言葉に、少女が上擦った声を上げる。

 ヴィショップはそんな少女に対し、笑いながら謝ると、心中であることを決める。


(こっちから仕掛けるか…)


 それは、先程少女から聞き出すのに失敗した少女の目的、それの聞き出すやり方を変更することに対しての決意だった。

 最初は、少女に自分の口で自ずと語らせようと考えていた。何故なら、例えそれが仕向けられた結果だったとしても、明確に促されて話すより遥かにヴィショップにとって有益だからだ。どうしてかというと、それは“自分で判断し、自分の決定で話した。”そう思わせることが出来るだけで、ある程度の不信感を払拭することが出来るからだ。自分の決定すら全く信用を置けない人間など、この世に居ないのだから。

 だがその最初の機会も、先程のレズノフとの騒動からきた不信感によって失われてしまった。もし二度目の機会を欲すれば、さらに言葉を重ねなければならない。

 そうするぐらいなら、寧ろこちらから少女に目的を話すように促した方が楽に済ませることが出来る。

 確かに警戒心を煽る結果になる可能性も存在するが、それもやり方次第でどうにでも出来るだろう。それに、幸いなことにもヴィショップには、“場所”と“少女の年齢”という二つのカードも揃っている。


(まぁ、やれないことはないさ…)


 ヴィショップは方針を定めると、幾ばくか真剣味を増した口調で少女に訊ねる。


「ところで、一つ訊いてもいいかな?」

「な、何かしら?」


 少女の声音には未だに羞恥の色が混ざっている。それは先程のヴィショップの失態が産んだ産物だが、少女の警戒心を上手い具合にわすれさせているという点では、先程の失態もあながち無意味ではなかったと言えるだろう。何故なら…


「キミの目的についてなんだけどさ。キミは何かギルドに依頼があってここに来たんだと思うんだが、間違ってるかい?」


 不意打ちとは、仕掛ける相手がの警戒が薄ければ薄い程、効果を発揮するものなのだから。


「な、何で分かるのよ!?」


 途端に少女の声音に剣呑さが増す。

 ヴィショップは、そんな少女のあまりにま素直な反応に苦笑しながら理由を話す。


「だって、ここにくる用事といったら、宿をとるか、食事をするか、ギルドに対しての依頼を持ち込むかしかないだろう?」

「うっ…」


 ヴィショップの言葉を受けて、少女が言葉を詰まらせる。

 もちろん、ヴィショップはこの『水面の月』でギルドに斡旋してもらう依頼を持ち込めることなど知らない。

であるのに、何故ヴィショップが少女の目的が依頼の持ち込みであることに気付いたのか。その理由は単純なものだ。

 発端となったのは、ヴィショップ達がこの店の無料宿泊券を貰った時の店主の言葉。あの時店主は、この店はギルド『蒼い月』の傘下であり、『蒼い月』に対して様々な便宜を図ってくれると言った。

 これだけならヴィショップも、この『水面の月』に依頼をどうこうする機能があるとは思わなかった。その後の店主の言葉もあって、精々、ギルド加入の際に何かしてくれる程度だと思うに留まっていた。

 だが、そこにこの少女が現れた。衣食住に困った様子も無く、荒事に精通しているとも思えない少女がここに現れたことによって、ヴィショップはこの店には自分が予想していたこと以外の機能が存在するのではないか?と考えた。そして大男との乱闘を終え、冷静になった頭で考えたことと、少女との対話の結果、その疑問に“不信感を理由に目的を話さない少女”、そして“この店がギルドの傘下”という二つのピースが結びつき、この店がギルドが斡旋する依頼の受付を行なっていると考えたのだ。この答えなら、“店が図っているギルドへの便宜”にも、“少女がおいそれと他人に話さない、店にきた理由”のどちらにも当てはまる。依頼を持ち込んだ時点で他人の目に触れることは決まっているとはいっても、信用が置けない人間に自分の口で頼み事をするのは、よっぽどの能天気でない限り躊躇うものだ。


「……そうよ。あなたの言う通り、私はギルドに依頼を持ち込む為にここにきた」


 少女は少しの間何かを考える素振りを見せていたが、やがて決心したような口調で口を開いた。

 ヴィショップは何も語らず、沈黙を貫く。彼には分かっていた。これ以上自分が言葉を重ねる必要がないことを。


「あなた、インコンプリーターなのよね?」


 少女の問いに、ヴィショップはゆっくりと頷く。そしてそれを確認した少女は、意を決して口を動かす。


「これから私の家に来てほしいの。さっきのお礼と……それに頼みたいことがあるの」


 その一言を聞いたヴィショップは、不自然に吊り上りそうになる口角を必死で抑え込む。


(よし…それでいい)


 今や少女の目的はギルドに依頼を持ち込むことから、ヴィショップに依頼を受け入れてもらうことへとすり替わっていた。何故なら、少女はヴィショップが高い実力を持ったギルドメンバーだと感じているからだ。

 無論、それは勘違いである。そもそもヴィショップはギルドへの加入すらしていない。だが、少女がその決断を下すのに必要な要素は充分に揃っていた。絡まれていた自分を助け、相手となった大男に対しても一歩も退かない態度。インコンプリーターの証である魔弓。自分の目的を意図も簡単に言い当てたという事実。そしてそれを、多くのギルドメンバーが集まるこの店で行ったという舞台効果。それらの要素は、もしも少女が歳を重ねていたならば、逆に警戒心を抱かせる要素にもなりえた。だが、まだ幼さの抜けきらない少女にとってはただ単にヴィショップへの憧れを抱かせ、レズノフとのいざこざなど問題でもない程にヴィショップへの信頼を高める結果しか生まなかった。そう、ヴィショップに依頼を託すことを決心させる程に。

 そしてヴィショップはニヤリと笑みを浮かべながら、少女の申し出を受け入れる。


「こんなむさ苦しい男でよければ、よろこんで、お嬢様(レディ)

「え!?ど、どうして…!?」


 すると、少女が驚いたような声を出す。それはヴィショップに目的を言い当てられた時の口調にどこか似ていた。

 最初はヴィショップもこの反応に意味が分からなかったが、そう言えば少女の身分が特別なものだと当たりを付けていたことを思い出し、どうやらその考えが当たっており、社交辞令で言ったつもりの少女への呼び方に対して少女が反応したのだと悟る。


(おいおい、大丈夫かよ…)


 図らずも少女が自分の身分を漏らしたこといついて、ヴィショップは心中で苦笑する。どうやら、この少女はヴィショップが考えていたよりも素直な…もとい愚直な性格らしい。


「いや、その立ち振る舞いを見ればわかるさ。キミがそれ相応の身分の女性だってことはね」

「はぁ…あなたは何でもお見通しなのね」


 さしあたって返したヴィショップの返事を聞いて、少女はヴィショップを憧憬の眼差しで見つめる。


「さて。となれば、仲間にも声を掛ける必要がある。少し待っててくれ」

「仲間?」


 少女は意外そうな声を上げる。どうやら、ヴィショップに仲間が居るとは思っていなかったようだ。恐らく、ヴィショップが助けに入った際も今までの少女との会話の中でも一度として他人の影が見えなかったからであろう。一応、ヴィショップとレズノフとのやり取りは見ている筈だが、ヴィショップがレズノフに魔弓を突き付け、引き金まで引いたシーンが強烈すぎたのか、その後のやり取りやヴィショップが魔弓を受け取ったところは脳内に残っていないようである。


「あそこに座っている奴等さ」

「あれって…、さっきあなたが魔弓を突き付けてた人達じゃない?」

「まぁな。どいつもこいつも変わり者だが、悪い奴じゃない。さっきのあれもじゃれ合いみたいなモンさ」


 「犯罪者ではあるけどな」と心中で呟くと、ヴィショップは少女から離れて三人の座っているテーブルへと向かう。周りにいたギャラリーは既に解散していたようで、テーブルの近くには三人程の男女が居るだけだった。


「よぉ、ジイサン。口説くのは終わったのかい?」

「そんなところだ。実家へのお誘いがきたから、移動の準備をしろ」


 先程と変化なしのニヤケ顔で訊いてきたレズノフに返事を返すと、ヴィショップはテーブルの上に置いてあった袋を持つ。


「何だ、いきなり大した進展じゃねぇかァ。ひょっとして、ジイサン、ジゴロか?」

「うるせぇな、んな訳ねぇだろ。さっさと準備しろ」

「え~!まだ飯食べてないんですよ~!」

「さっき、場所変えたがってただろうが。ほら、さっさと動け」

「…ハァ。仕方ない…」


 ヴィショップは三人の口から出てくる言葉に適当に返事を返すと、背中を叩いて移動しる準備を急がせる。


「忙しいところ悪いんだが、少しいいか?」

「あ?なんだ?」


 そんなこんなで三人が大義そうに椅子から立ち上がるのを、ヴィショップが眺めていると、近くに居た男女三人組の中から女性が一人進み出てヴィショップに声を掛ける。


「キミはインコンプリーターなんだよな?」

「だったら何だ?不都合でもあるのか?」


 女性の問いかけに、素に近い口調で対応する、ヴィショップ。その脳内では、魔弓を購入した際の店主の言葉が渦巻いていた。あの時店主は、“力無き者として蔑まれていたインコンプリーターは、魔弓の誕生によって畏怖の対象へと変わった。”と言った。だが、結局その二つの評価共、インコンプリーターが厄介者であるという点では変わらない。

 確かに、ついさっきまで話していた少女のように、インコンプリーターであることを実力の証明だと捉える人間もいるだろう。だが、そうでない人間がいるのもまたしかり。なんせ、今まで圧倒的に弱者だった存在が、いきなり自分達を圧倒する程の力を手に入れたのだから。

 魔弓と銃の性質はかなり似通っている。故に、ヴィショップには魔弓という存在が剣や槍を振るう人間を意図も容易く屠る光景が容易に想像出来た。屈強な武芸者が魔弓を握る農民に容易く殺される様が。そして武芸者達がそんな状況を快く思わないであろうことも。

 故に、ヴィショップは相手の思想を見極める必要があった。話しかけてきた女性は、はたしてインコンプリーターという存在に対してどのような感情を抱いているのかを。素に近い口調で対応したのもその為だ。彼の猥雑で粗暴な口調は、受け取る人間の思想によって大きくその意味合いを変化させる。ヴィショップと波長が合う人間ならば好意的に受け止め、敵対心に近い感情を抱く人間には神経を逆撫でされたように感じるといった具合で。

 目の前の女性はヴィショップの口調に一瞬驚いたような表情を見せた後、口を開いた。


「あぁ、別に危害を加えようという訳ではないから、安心してくれ。さっきの君の姿勢に惚れ込んだので、名前を聞かせてもらおうと思ってね」


 小さい笑みを浮かべながら、女性がヴィショップに言葉を返す。

 そんな女性の発言からヴィショップが読み取れた要素は二つ。一つは女性がヴィショップに対して敵対心を抱いていないこと。もう一つは、この女性が実直な性格だということだった。


「そうか。俺はヴィショップ・ラングレンだ。後ろのはアブラム・ヤハドとウラジーミル・レズノフとミヒャエル・エーカー」


 ヴィショップは女性の要求に答えて自らの名前を告げると、他の三人の名前も教える。


「ヴィショップか。悪くない名前だ。私はアンジェ・フローリアンという。後ろの二人はカフス・デイモンとビル・ロットだ」


 女性の紹介に合わせて、後ろの男性二人が手を軽く上げる。そしてヴィショップが手を上げた二人組に視線を移し、そして目の前のアンジェへと戻すと、アンジェが右手をヴィショップに向かって差し出していた。


「どうやら移動するようだからな。とりあえず、これでお別れとさせてもらおう」

「ふっ、気遣いが出来る女は好きだぜ」


 ヴィショップは軽口を叩くと。差し出された手を取る。


「そうか。なら、名前を覚えておいてくれ。いつか、いっしょに仕事をしよう」

「嬉しいお誘いだな。まっ、その時が来たら決めるさ」


 ヴィショップはアンジェと握手を交わすと、レズノフが飛ばしてくる冷やかしを無視しながら受付の近くで律儀に待っていた少女の許へ行き、少女にと共に『水面の月』を出た。空きっ腹で動くのを拒否しようとする身体を動かして。





 ヴィショップ達が『水面の月』出てから数分後、先程の騒ぎがほぼ収まりつつあった店内に、二人の男が現れた。

 一人は腰に一振りのロングソードを刺した、がたいの良いやや長めの金髪の男。もう一人は、ロングソードの男と同じ金髪を短めに切り揃えた男で、腰にはこれ見よがしに魔弓入りのホルスターが存在していた。


「ふっ……変わらねェな、ここも」

「全くだぜ、兄貴。いつきても、酒と飯と金の匂いに包まれてやがる」


 二人は入り口の部分でそう呟くと、適当に空いているテーブルを探して腰を下ろす。そのころには、既に店内の雰囲気は新たな刺激の存在によって一変して静かなものになっていた。誰も彼もが見定めようとしているからだ。魔弓を隠そうともせずに堂々とした立ち振る舞いを貫くこの男が、自分達にとって災いに転じるのか、そうでないかを。


「フランク。飯と酒を頼んできてくれ」

「あいよ。いつものでいいんだよな、兄貴」


 フランクと呼ばれた男の問いに、兄貴と呼ばれている男は首を縦に振って返事をする。そして、それを見たフランクは軽い足取りで受け付けえと向かい、二人分の料理と酒を注文すると先に出された酒を受け取り、再び軽い足取りでテーブルへと戻っていった。店内の人間の殆どの視線を受けているにも拘わらずに。


「行ってきたぜ、兄貴」

「あぁ。お前は何を頼んだんだ?」

「兄貴と同じものさ。あれはうめぇからなァ」


 フランクはそう答えると、ガハハハと豪快な笑い声を上げる。

 それから数分後。二人が酒を飲みながら歓談し、店内の人間がさり気無く注意を払いながらも二人に対する興味を失ってきたその時、店内に流れる雰囲気が唐突な変貌を遂げる。


「おっ、兄貴、来たみたいだぜ」

「お待たせしました、こちらがバ…」

「おい、テメェ」


 ややスカートが短すぎのきらいがある制服姿のウェイトレスが、鳥の卵らしきものが数個ほど並んだ皿を机に置いたのと、野太い声が二人の頭上に降り注いだのはほぼ同時だった。


「…何か、用か?」


 魔弓をホルスターからぶら下げている男が、顔を上げずに声の主に問い掛ける。


「用だと?んなモン決まってんだろうが。何で、インコンプリーター風情がテーブルで飯食ってんだよ?」


 声の主は、先程ヴィショップによって気絶させられた大男だった。その後ろにはヴィショップとの乱闘時には姿を見せなかった三人の仲間と思われる男達が控えている。


「悪いのか?」

「当たり前だろうが。インコンプリーターみてぇな、卑劣極まるゴミ虫野郎が、人間様と同じ席で飲み食いして良い訳ねぇだろうが」


 そう告げる大男の目には確かな増悪の炎が灯っていたが、それは目の前の男に向けられたものではなかった。その矛先は他の誰でも無い、ヴィショップただ一人。

 ただ殴り合いで気絶させられただけなら、この大男もここまで執着はしなかっただろう。だが仲間から自分を気絶させた男がインコンプリーターということを知らされれば、話は別だった。大した努力もせず、産まれ持った才能がどこの誰とも知れない人物が作った武器に適合した。それだけで、自分達は強者だと考えているいけ好かない奴等。それが大男にとってのインコンプリーターの評価だったからだ。

 それ故、この目の前の男に食ってかかっているのは、煮え切らない自分の苛立ちに任せたただのいちゃもんでしかない。大男自身、たとえ挑発に乗ってきても、数発殴って気絶させれば済むだろうぐらいにしか考えていなかった。だが、その考えは、大男に災いをもたらす結果となる。それもとびっきり大きな災いを…。


「おっ?何だ、やるのかよ?」


 ゆっくりと椅子を引いて立ち上がったフランクの姿を見て、大男が挑発的な声を出す。だがフランクはそれを全く意に介さない素振りを見せると、一言だけ自らの兄に向かって質問した。


「やっていいか、兄貴?」

「俺の食事の邪魔はするなよ」


 その一言を聞くと、フランクは大男へと向き直る。どうやら臨戦態勢に入っているようだが、両者の体格差ははっきりとしている。フランクも確かにガッチリとした体付きをしてはいるものの、眼前の大男はその更に上を行っているのだ。確かにヴィショップと一戦交えているとはいえ、普通に考えれば勝率が濃いのは大男であるし、それを見越しているからこそ大男も喧嘩を吹っかけたのであろう。だがその見越しは甘かったと言わざるを得ない。今回の場合は。


「上等だ、インコン…」


 大男の言葉はその全てを言い終わることはなかった。何故なら、先程まで威圧的な言葉を発する為に活動を続けてきた大男の喉に、フランクの手刀が鈍い音と共にめり込んでいたからだ。


「ゴ…オエァ…」

「なっ…!」


 大男が呻き声とも悲鳴ともつかない声を出しながら、床に膝を着く。

 その際、取り巻き三人の目は驚愕に支配されて見開かれ、その内一人だけが声を出すことに成功した。その理由はフランクの手刀が彼等の目では視認出来なかったことともう一つ。手刀を打ち込んだ張本人であるフランクがそのまま流れる様な動作で大男の首に腕を回していたからであった。


「フンッ」


 フランクの口から音が漏れるのに続いて、大男の首からボキッという音が鳴る。そしてフランクが満足気な表情で腕を離すと、大男はまるで糸の切れた人形の様に力無く床に倒れた。


「う、うおおおおおっ!」


 地面に倒れ、ピクリともしない大男を見て、取り巻きの三人が固まること数秒後、取り巻きの内一人が奇声を上げながらフランクに向かって突進する。その姿はおおよそ冷静という言葉からかけ離れた姿ではあったが、きちんと武器であるショートソードを抜いているあたり、取り巻きの男も荒事に生きる人間であることを証明していた。


「…うるせぇな。兄貴の食事の邪魔だろうが」


 もっとも、それはフランクの前では何の意味も為さなかったが。


「っと」


 フランクは、取り巻きの男が袈裟懸けに振るってきたショートソードの刃が自らの身体を切り裂く前に、ショートソードを握る腕を掴むことで斬撃を止めると、空いた右手を限界まで引き付けて溜めを作り、取り巻きの男の喉に拳を叩き込んだ。


「オガァッ!」


 取り巻きの男の奇妙な悲鳴と共に、グシャッという音が空間に響き渡る。

 喉に余りにも強烈な一撃を喰らった取り巻きの男は、口から血と舌を出し、首をくの字に曲げ、真っ二つに叩き折られた頸椎が皮膚を突き破って飛び出した状態のまま吹っ飛ぶと、そのまま仰向けに床に倒れ、大男と同じようにピクリとも動かなくなった。


「く、クソったれェ!」


 残った取り巻きの内一人が、罵声を飛ばすと、懐からショートソードを抜いてフランクに向かって突進してくる。

 フランクは取り巻きの男の一撃を体の軸を僅かにずらして回避すると、既に床で死体となっている取り巻きの男の手から零れ落ちたショートソードの柄を踏みつける。すると、ショートソードは回転しながら宙に浮かび上がり、フランクの手へと収まった。


「なっ…!」


 大道芸染みたフランクの行動に、取り巻きの男が驚きの声を上げながら数歩後ずさる。

 フランクは手にしたショートソードを右手で握ると、腰の辺りで構え、挑発するように切っ先を微かに上下に振る。


「な、舐めんじゃねェッ!」


 取り巻きの男が咆哮を上げ、手にしたショートソードを両手で握りながら振りかぶり、フランクに向かって斬りかかる。体の正中線目掛けて振り下ろされるショートソード。それは中々の速度を伴った一撃だったが、そんな一撃を前にしてもフランクはどこか退屈そうな表情を張り付けたままであった。


「…遅ぇ」


 微かにフランクがそう呟いたかと思うと、フランクの右手に握られたショートソードが凄まじい勢いで動き、フランク目掛けて振り下ろされていたショートソードを捉え、取り巻きの男の手から弾き飛ばす。

 それは取り巻きの男から見れば、いきなりショートソードが消失したようにしか見えなかったであろう。事実、取り巻きの男の両目は大きく見開かれていた。

 そんな取り巻きの男を尻目に、フランクはショートソードを振るった勢いをそのままに体を反転させ、武器を弾き飛ばされて茫然としている取り巻きの男の右胸に背中を軽く押し付ける。


「へっ…グボォアッ!」


 取り巻きの男の思考がフランクの行動に対する疑問へと移った時には、既に手遅れだった。いつの間にか逆手に持ち変えられたフランクの右手に握られるショートソードが、フランクの腰の左横を通って、取り巻きの男の下腹部に深々と突き刺さっていた。

 取り巻きの男が口から血を吐いてから一拍置いて、フランクはショートソードを捻り、水平だった刃を垂直にする。それに伴い取り巻きの男の下腹部から夥しい量の血が流れ、床に溜まっていく。


「兄貴のな、食事の邪魔をするなよ」


 取り巻きの男の口から吐き出された血が己の肩を濡らすのを感じながら、フランクは静かに、それでいてはっきりとした声音で取り巻きの男に告げる。だが、それを聞いた取り巻きの男の口から零れるのは言葉にならない呻き声のみ。


「…返事ぐらいしろや」


 フランクはつまらなさそうに呟くと、ショートソードの柄に左手を添える。


「フッ!」


 そして短く息を吐き出したかと思うと、下腹部に突き刺さっていたショートソードを一気に取り巻きの男の胸の辺りまで引き上げる。

 取り巻きの男はより一層目を見開くと、そのままフランクの背中に力無くもたれ掛かる。下腹部から胸にかけて切り裂かれたその身体から、内臓をボロボロと零れ落としながら。


「よっと…」


 フランクは取り巻きの男からショートソードを引き抜くと、身体を翻して取り巻きの男から離れる。支えを失った男はそのまま床へと倒れ、何かを押し潰すようばグシャッという音だけを残すと、他の三人と同じ運命を辿った。

 フランクはそんな取り巻きの男にチラリと視線を落とすと、持っていたショートソードを喉に突き立て、満足気な表情を浮かべてテーブルに座っている魔弓を携えた男に向き直る。


「どうだ、兄貴。静かになったぜ?」

「あぁ、よくやったフラ…」

「う、うあああああああっ!」


 魔弓を携えた男がフランクに労いの言葉を掛けようとした次の瞬間、腰を抜かしていた、取り巻きの男の最後の一人が涙混じりの叫び声を上げながら立ち上がり、店の出口に向かって一目散に駆け出す。

 だが、この時取り巻きの男の最後の一人は大きなミスを犯した。乃ち、テーブルで黙々と卵料理を食している、フランクから兄と呼ばれる男の肩にぶつかってしまったことだ。


「…チッ!」


 その際の衝撃で手から零れて床に落ち、中身をぶちまけている卵料理を見て男は舌打ちを打つと、フランクに勝るとも劣らない動作で椅子から立ち上がり、ホルスターから漆黒の魔弓を引き抜く。


「なっ、何だありゃあ…!?」


 男の手に握られている魔弓を見て、この惨劇が始まって以来静まり返っていた客の中から驚きの声が上がる。何故なら、その手に握られている魔弓は通常の魔弓よりも一回り以上大きい、鈍器か何かと勘違いしそうな姿をしていたからだ。


「死ねよ」


 男の口がそう告げたかと思うと、次の瞬間には店内の空間を、怪物の咆哮のような爆音が支配する。


「勿体ねぇ、真似しやがって…」


 その爆音が完全に収まると、店の出口に近くで頭を吹き飛ばされて死体となっている取り巻きの男を見て、男が忌々しげに呟く。


「悪ぃ、兄貴。そいつのこと忘れてた」

「ったく、しょうがねぇ弟だな。仕事は最後まで、スマートにこなすもんだぞ?」


 フランクが頭を掻きながら謝ると、男は仕様が無さそうにフランクを諌める。


「おいおい、また派手にやってくれたなぁ、ウォーマッド兄弟。死体を片付けるのもタダじゃねぇんだぞ?」


 二人が、目の前に広がる惨状とは到底似合わない歓談をしていると、受付の奥から禿げあがった頭に中年太りの隻眼の男が姿を現す。


「久し振りだな、オッサン。何で俺達だと?」

「ハッ!この店に来てこんなゲテモノ頼む二人組といったら、お前等しかいねぇだろうが。それより、噂じゃ『ウースダム』の騎士団に追われてるって話じゃねぇか。まさかと思うが、金魚の糞みてぇに追手を連れてきてねぇだろうな?」


 フランクの問いにさも当然そうな口調で答えると、『水面の月』の店主である隻眼の男は二人に面倒事を持ち込んでないか訊ねる。その問いに対し、魔弓を携えた男は顔を真上に向けると、皿に盛られた卵を一つ手に取り、軽くテーブルに打ち付けてヒビを入れ、上を向いている顔の上に持って行きながら答えた。


「安心しろ。追手は皆殺しにしてきた」


 男はそうとだけ答えると、片手で器用に卵を真っ二つに割る。そして中から零れ出た雛鳥を丸呑みにすると、ゆっくりと咀嚼した。

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