表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bad Guys  作者: ブッチ
Bring On Revolution
49/146

Dirty Work

「おい、そこのお前」


 先程までの騒がしさが嘘の様にしんと静まり返った店内に、軍服に身を包んだ二人組の片割れが発した威圧的な声が響き渡る。

 カウンターの前に立つヴィショップは、二人組の片割れが発した言葉が己に向けられている言葉であることは理解していた。だが彼はその呼びかけには答えずに、二人組に背中を向けたまま手元のグラスを弄んでいた。


「そこの黒い外套の男。お前のことを言っているんだ」


 先程より若干苛立ちの混じった声と共に、二人分の靴音が段々と近づいてくる。

 ヴィショップはそこでようやく二人組の方にゆっくりと向き直った。軍服に身を包んだ二人組は、ヴィショップが振り向いた時には既にかなり近くまで来ていた。


「何か用か?」

「…『スチェイシカ』王国軍、治安維持部隊の者だ。一緒に来てもらおう」


 ヴィショップが煙草の煙を吐き出し、カウンターに寄り掛かりつつ訊ねると、二人の内の片方が表情を強張らせつつそう返した。


「連行の理由は?」

「理由は取り調べの席で教える。お前にこの場で理由を知る権限は無い」


 ヴィショップの質問を冷たく突き放すと、話していない方の男がヴィショップの腕を掴んで無理矢理引き寄せる。その際、ヴィショップの口から煙草が零れて床に落ちた。


「煙草が落ちたんだが?」

「……」


 ヴィショップは床で煙を上げている煙草を一瞥する。するとヴィショップの腕を引き寄せた方の男が、無言で足を動かして床に落ちた煙草を踏みつけた。


「…どうも」

「歩け」


 男はヴィショップに冷たい視線を向けると、背中を突き飛ばして歩き始めるように命令した。もう一人の男は懐から小さな袋を取り出してバーテンに投げ渡すと、今しがたヴィショップの背中を突き飛ばした男と一緒にヴィショップの左右に立って脇を固める。

 ヴィショップは自分の左右の男を一瞥すると、振り返ってカウンターに立っているバーテンの顔を見た。バーテンの視線は男に投げ渡された袋の中へと向けられており、表情はにやついていた。ヴィショップはそんなバーテンの表情を見て小さく笑みを浮かべると、バーテンに向かって言葉を投げかけた。


「今度来た時は、“紛い物”じゃないマトモな酒を出してくれよ」


 ヴィショップがそう発した瞬間、バーテンの視線が弾かれるようにして持ち上がってヴィショップへと向けられる。その表情には、強い戸惑いが浮かんでおり、数瞬前までの笑顔は跡形も無く消え去っていた。

 ヴィショップは一瞬で豹変したバーテンの顔を視界に納めると、男に背中を突き飛ばされる前に自在扉に向かって歩き出す。店内を横切る間、様々な人間の視線がヴィショップへと注がれたが、結局、背中に注がれるバーテンの視線に勝るものはなかった。

 店を出ると、ヴィショップは男達に挟まれながら、『オートポス』の町役場兼軍の詰所となっている建物のある方角に向かって歩き始める。幸い、既に地図で場所を確認していたので、歩き始めるのに時間は要さなかった。

 左右の男の視線を感じながらヴィショップは歩き、段々と港から遠ざかっていく。町役場に向かえと二人から言われた訳ではないものの、特に何も言ってこないことから察するに目的地はあっているのだろう。ヴィショップは、視線だけを動かして周囲の様子を確認しながら、一言も発さぬまま黙々と歩き続ける。そうして住宅地まで歩を進め、目的地である建物が段々と見えてきた頃、ヴィショップは視界の端に人の全く居ない路地裏を捉えると、唐突に歩みを止めた。


「どうした? 早く歩かないか」

「悪いんだが、小便がしたい。そこの路地で済ませてくるから、ちょっと待っててくれないか?」


 急に立ち止まったヴィショップに訝しげな表情を向けつつ背中を小突く男二人組に、ヴィショップは振り返ってそう告げつつ、路地裏を指差す。

 男達は互いに顔を見合わせ、少し考えた後に溜め息を吐いて言葉を発した。


「仕方ない、行ってくるといい。ただし、逃げようとしても無駄だからな」

「逃げるなんて、滅相も無い。ただちょっとばかし、飲み過ぎただけだよ」


 腰に差したロングソードの柄に右手を置いた男に、ヴィショップは微笑を浮かべつつ返事を返すと。路地裏に入る。路地裏に入ると男達に背を向け、口笛を吹いてズボンを下ろすふりをしつつ、懐から水筒を取り出して蓋を開けて地面に垂らす。そして頃合いを見計らって、声を上げた。


「あーっと、と、と、ちょ、ちょっと来てくれ! 少しマズイことになった!」

「何だ。何があった」

「ちょ、これは、マズイな…。は、速く来てくれ!」


 通りの方から、男の呆れ混じりの声が聞こえてきたかと思うと、靴音が段々と近づいてくる。

 ヴィショップは適当に声を上げつつ男がすぐ近くまで来るのを待った。そして男が肩に手を置いた瞬間、水筒を持つ左手を振り上げた。


「うわっ…なん…ぐっ!」


 水筒に入っていた水が男な顔の直撃し、不意を突かれた男はロングソードを抜くこともままならぬまま一歩後退する。そこに更に、ヴィショップの振り向きざまの蹴りが見舞われ、鳩尾に足裏を捻じ込まれた男は堪らず膝を付いた。


「神導魔法黒式、第二十八録…」


 振り向いた先には膝を付いた男の姿と、異変に気付いてこちらに向かってくるもう一人の男の姿。

 ヴィショップは呪文を口走りながら膝を付いた男の側頭部を右手で掴み、壁に強かに打ち付けて失神させた。


「貴様、何を…うおっ!?」


 路地裏に入ってきたもう一人の男が、ロングソードを抜き放って切りかかろうとしてくる。

 ヴィショップはもう一人の男に向かって左手の水筒を投げつけつつ、右の掌を彼の脚に向けた。


「“グラートル・チェーン”」


 その瞬間、呪文の残りを詠唱して魔法を発動させる。ヴィショップの右手から伸びた漆黒の鎖は、水筒に気を取られている男の足首に難なく巻き付いた。

 足首の辺りで足を縛られた男は、ぎょっとした表情で自分の足元を見つめてバランスを崩す。ヴィショップがそのまま鎖を引き寄せると、男は何も出来ぬまま仰向けに転倒した。

 転倒した際に後頭部を打ったらしく、ぐったりと力無く気絶している男を一瞥すると、ヴィショップは右手から伸びている鎖を手繰り寄せて自分の方に引き寄せる。足元まで引き寄せるとヴィショップは屈みこみ、男の握っていたロングソードを蹴り飛ばしてから、手慣れた手つきで男の身体を物色し始める。そして懐に納められていたロケットを見つけると、蓋を開いて中身を確認した。中には女性の肖像画が納められており、蓋の内側には肖像画のモデルとなった女性と思しき女性の名前が彫り込まれていた。

 ヴィショップは薄笑いを浮かべてロケットを左手に握り込むと、魔力を送り込むのを止めて右手から伸ばしていた鎖を消失させる。そして全身に残っていた軽い倦怠感が消えるのを待ってから、右手でナイフを引き抜き、左手で男の胸ぐらを掴むと、引きずり上げるようにして身体を持ち上げて壁に叩き付けた。


「うっ……貴様…!」


 背中を壁に打ち付けられた男は、一瞬苦しげな表情を浮かべてから正気に戻り、ヴィショップを睨み付ける。しかし男に出来たのはそこまでで、指一つ動かす前に彼の首筋にはヴィショップの持つナイフの刃が押し当てられていた。


「安心しろ。別に殺そうって訳じゃない。ただ、頼みがあるんだ」


 小さく笑みを浮かべて、ヴィショップは男に語りかける。それに対し男が返事を返すことはなかったが、無視してヴィショップは話を続けた。


「俺が探している三人組みを……そうだな、『ゴール・デグス』に向かわせてほしい。時刻は今からH0100頃だ」

「誰のことを言っているのか分からないな」

「おいおい、お前等が俺をしょっ引こうとしたのは、そいつ等の為だろ? 今更誤魔化すなよ、時間の無駄だ」


 険しい表情を浮かべて返してきた男の言葉を一笑に付すと、ヴィショップは男の喉仏をナイフの刃で撫でる。

 男は思わず視線を下へと下げた後、無理矢理吐き出す様にして言葉を発した。


「断る、と言ったら?」

「この女が、恐らく世界の中でも上位に匹敵する不幸な目に遭う破目になる」


 そう言ってヴィショップは男の胸ぐらから左手を話すと、握り込んでいた左手を開いてロケットを男に見せた。

 男は、鎖がヴィショップの指に絡まり、空中でふらふらと振り子の様に揺れているロケットを穴が開かんばかりに見つめた後、視線をヴィショップへと戻した。


「彼女か何かか? 綺麗な顔をしてる。だがそんな綺麗な顔も、鼻が無かったら成り立たないだろうな」

「もし彼女に何かしたら…」

「要求を呑めば何もしないさ。呑まないなら、しょうがない。俺がこの女の顔を、豚と見分けがつかなくなるようにするだけだ」


 ドスの効いた声を発した男を嘲笑うように、ヴィショップはそう言い放つ。

 男は呪詛の込められていそうな目でヴィショップを睨み付けていたが、やがて視線をヴィショップからロケットの中の肖像画へと向け、口を開いた。


「……分かった」

「ならいい。それに、こいつはお前にとっても悪い話じゃないんだぜ」


 男が要求を呑むと、ヴィショップは笑顔を浮かべながら男の肩を左手で叩き、耳元で呟いた。


「どういうことだ?」

「結論から言うと、俺はあの三人を殺す。そして三人の死体が見つかって、殺したのが誰かって時になったら、お前は上司にこう言うんだ。「あの三人は我々を強請ろうとしていました。潮時だと思い、私が処分しました」ってな。そうすりゃ、お前は命令されるだけの愚図じゃない、自分で動ける切れる奴だと上司に思われる。出世の道も切り開けるってもんさ」


 ヴィショップがそう告げて耳元から顔を話すと。男は驚いたような表情でヴィショップを見つめる。そして少しの間考えた後、おずおずとヴィショップに訊ねてきた。


「誰かが怪しまないか?」

「何を言ってる。連中は無法者で、金の為なら何でもする、教養の無い三流の盗人だ。そんな奴らが強請りを働いたとしても、誰も怪しまないさ。何故なら、野良犬がゴミを漁るのと同じで、そいつにはお似合いの行為だからな」


 ヴィショップは首筋に突き付けていたナイフを下ろし、男の目をじっと見つめながら語りかけた。


「良く考えろ。三流の盗賊なんぞを雇ったのは、いざという時切り捨てる為だろ? 今こそが、そのいざという時だとは思わないか?


 男は黙り込んで、じっと考える。口元を手で覆い、険しい表情で物思いに耽った。ヴィショップはそんな彼の姿を、左手でロケットを弄びながら眺める。

 やがて男は口元から手を放すと、意を決した表情でヴィショップに訊ねた。


「お前の目的は三人組を殺すこと、それだけなんだな?」

「ああ。それで俺の仕事はお終い、あとは金を貰って消えるだけだ」

「お前は殺し屋なのか?」

「まぁ、そんなとこだ。それより、答えを聞きたいんだが?」


 男はヴィショップをじっと見つめた後、溜め息を吐いて口を動かした。


「分かった、貴様の案に乗ってやる」

「いい決断だ、あんたは大成するよ」


 男の返事を聞いたヴィショップは、ヴィショップはニヤリと笑みを浮かべる。そして一言だけ告げると、外套を翻し男に背を向けて、表の通りに向かって歩き始めた。


「待てよ。俺のロケットを返せ」


 近くに転がっていた水筒を拾い上げ、ナイフと一緒に懐にしまったヴィショップの背中に、男の声が投げかけられる。


「海に落としたとでもいいな」


 ヴィショップ男に背を向けたまま右手を挙げてフラフラと左右に振ると、左に曲がって路地裏から姿を消した。

 残された男は少しの間、表の通りをぼうっと見つめていたが、やがて右手で喉仏に触れて異常が無いことを確認すると、溜め息を吐いて相方を起こす作業に取り掛かり始めた。





 治安維持部隊の男二人と別れてからしばらく後、ヴィショップは『ゴール・デグス』の厨房で壁に寄り掛かりながら、酔わない程度に酒を嗜んでいた。

 路地裏を後にしたヴィショップは、治安維持部隊の男達と出会った店まで引き返し、置いてきたままにいしていた、神導魔法初級編の入った袋を拾い上げてから、『ゴール・デグス』に戻ってきた。そしてレイアに、例の三人組がこの店に訪れることを教え、例の三人組みが訪れる間店内の客を空にすることと酒と商売女を用意するように告げた。無論、レイアはヴィショップの要求を拒否しようとしたが、金を出し、正式なサービスの一環として頼むと、含み笑いを浮かべながら引き受けてくれた。

 そして現在、ヴィショップは厨房に引っ込んで姿を隠しながら、三人組みが訪れるのを待っているのであった。


「なぁ、米国人」

「何だ?」


 厨房で同じように酒を飲んでいるヤハドが、ヴィショップに声を掛ける。その近くでは、二人の少女が小奇麗な服を身に着け、ぬいぐるみを手に持ってままごとに興じていた。恐らく、どれもヤハドが買い与えたものだろう。

 ヴィショップは、最初に出会った時からは想像もつかないような笑顔を浮かべている少女達をつまらなそうに一瞥した後、返事を返した。


「今更何だが、俺達は『パラヒリア』のように身分を隠すような行為を一切していない。大丈夫なのか?」

「何だ、何を言い出すかと思ったら、本当に今更だな」

「黙れ。とにかく、どうなんだ? 大丈夫なのか?」


 ヴィショップが苦笑を浮かべると、ヤハドは悪態を吐きながらも、ヴィショップに質問してくる。

 ヴィショップは空になったグラスに酒を注ぎながら、ヤハドの質問に答えた。


「俺達二人の名前が伝わってるのは、レズノフ達の報告が正確ならば『パラヒリア』のギルドメンバー止まりで、そいつ等も姿までは分かってなかった。となれば、外国である『スチェイシカ』まではまず伝わってないだろうから、隠さなくても問題はないだろ。実際、誰も俺のことなんて気に留めなかったしな」

「しかし、片が付いた後はどうするんだ? もし国家転覆が為されたとなれば、『グランロッソ』まで俺達の名は知れ渡るだろう」

「レズノフ達には、俺達は『パラヒリア』で別れた、ということにするように言ってある。むしろ辻褄が合うだろ。それに…」

「それに…何だ?」


 ヴィショップは一端言葉を切ると、グラスを煽って酒を喉に流し込む。

 待ちきれなくなったヤハドが答えを促そうとするが、その瞬間、厨房の扉が開いて『コルーチェ』のメンバーの一人が顔を覗かせた。


「頃合いだ」

「…リョーカイ」


 ヴィショップはグラスを置くと、ガンベルトとホルスターに納めている魔弓を確認してから、厨房の外に向かって歩き出す。


「オイ、それに何なんだ?」


 答えを言わぬままこの場を去ろうとしているヴィショップを、ヤハドが呼び止める。

 ヴィショップは首だけを動かしてヤハドの方に視線を向けると、微かに口角を吊り上げて答えた。


「全てが上手くいけば、そんなことは考える必要が無くなるのさ」


 ヴィショップはそれだけ告げると、厨房を後にして扉を閉めた。

 一回の店内には要求通り客は居なかった。代わりに居たのは、カウンターに立っているプルートと、プルートの目の前に座って酒を飲んでいるレイアだった。


「二階の手前三つの部屋に一人づつ、貴方の言いつけ通りに、女と一緒に居るわ。当然、女はその筋のプロよ。男の上に跨ってる状況で、いきなり男が血を吐き出して死んだとしても叫び声なんて上げない。ただ、男の持ち物から金目の物を持って去るだけよ」

「すばらしい。一夜を共にするには最高の、生涯の伴侶にするには最低の、まさに望んだ通りの女だ」


 ヴィショップはそう告げると、金貨を一枚レイアに向かって放り投げた。レイアはそれをキャッチし、自分のグラスの中に落とした。


「成功を祈ってるわ、インコンプリーターさん。女は傷つけないでね」

「分かってるさ」


 ヴィショップは微笑を浮かべて返事を返すと、右のホルスターから魔弓を引き抜き、右手でしっかりとグリップを握り込み、人差し指を引き金に掛けて、奥の階段に向かって歩き始めた。そして階段まで辿り着くと、殆ど音を立てずに、されど素早く階段を上り始めた。

 階段を上り切って二階へと辿り着く。ヴィショップは足音を殺しながら間近の扉に近づいた。

 視線だけを横に向けて他の扉の位置を確認する。扉の向こうからは薄らと嬌声が聞こえていた。ヴィショップは魔弓のグリップを握り直して、射出口を扉の蝶番へと向ける。そして最後に息をゆっくり吐き出して呼吸を整えると、魔弓の引き金を二度引いた。

 射出口から飛び出した魔力弾が蝶番を粉砕する。それと同時にヴィショップは右脚を前方へと突き出し、扉を蹴破って部屋の中へと一歩踏み込んだ。

 部屋の中では、二枚目の髪切れに描かれていた男…醜く変形した鼻を持つスキンヘッドの男が一糸纏わぬ姿で女の上に覆いかぶさっており、突如鼓膜に突き刺さったけたたましい物音に反応してヴィショップの方に振り向いていた。

 ヴィショップは瞬時に照準を男の頭に合わせて、引き金を弾いた。男は眉間と後頭部から血を撒き散らしながら仰け反り、そのままぐしゃりと崩れ落ちた。男の真下の女はレイアの言葉通り、悲鳴を上げなかった。


「オイ、何があった!?」


 男が崩れ落ちたのとほぼ時を同じくして、他の二つの扉が荒々しく開かれる音と、仲間の怒鳴り声が飛び込んでくる。

 ヴィショップはそのまま一歩後退して廊下に出ると、突如として飛び出してきたヴィショップの姿に驚いている、全裸の髭面の男の胸元に向かって魔弓を突き付け、二度引き金を弾いた。

 髭面の男の胸元から鮮血が飛び散り、男は何が起こったのか理解出来ていない表情のまま床に膝を突く。ヴィショップはそのまま、髭面の男の背後に居る、同じように生まれたままの姿の痩せた男に魔弓を向けて引き金を弾こうとした。


「チッ」


 しかし痩せた男の手に握られている物体を見た瞬間、ヴィショップは舌打ちを打って魔弓を手放し、スキンヘッドの男の部屋に身体を引っ込めた。その直後、つい一瞬前までヴィショップが居た位置を一発の魔力弾が通過していった。


(向こうも魔弓持ちか)


 身体を隠す寸前に捉えた、痩せた男の手に握られた二インチ程の大きさの魔弓を思い浮かべながら、ヴィショップは左手でもう一挺の魔弓を引き抜いて右手に持ち替えた。


「ハッ! 武器落としてんぞ、間抜けやろうがァ!」


 廊下からは、痩せた男のものと思しき怒鳴り声が聞こえてきた。だが、興奮し切った様子の声とは裏腹に、声に交じって廊下から聞こえてくる靴音からは慎重さが覗えた。

 ヴィショップはゆっくりとしゃがみ込むと、被っていたカウボーイハットを左手で持ち、廊下の方に向かって放り投げた。

 直後、轟音が炸裂し、放り投げたばかりのカウボーイハットが吹き飛ばされる。ヴィショップは轟音が鳴ると同時に身体を廊下へと投げ出すと、肩口から床に倒れ込みつつ魔弓の引き金を三回弾いた。

 虚空へと魔弓の射出口を向けていた痩せた男の、下腹部、胸元、喉元から鮮血が吹き出し、男は勢いよく、髭面の男の死体の上に仰向けに倒れ込んだ。

 ヴィショップは男が倒れたのを確認すると、魔弓を男に向けたままゆっくりと立ち上がる。そして両手で魔弓を構えながら、ゆっくりと痩せた男へと近づいた。

 男は虫の息だった。目からは生気の殆どが喪失しており、傷口からは夥しい量の血が溢れ、口は言葉を発さぬままパクパクと開閉するのみ。ヴィショップは冷淡な眼差しを痩せた男へと向けると、魔弓の射出口を男の眉間へと向けて引き金を弾いた。轟音が鳴り響き、返り血がヴィショップの頬を濡らし、男の頭から脳漿がばら撒かれて、頭ががくんと垂れてそのまま動かなくなった。

 ヴィショップは頬に付いた返り血を袖で拭うと、床に落とした魔弓、そして囮として新調したばかりにも関わらず風穴を穿たれたカウボーイハットを回収するべく歩き出した。


「三人とも、アンタが殺したの? 強いんだねェ」


 すると、髭面の男の部屋から一人の女がにょっきりと頭だけを出した。女の口調はどこか幼く、風貌にもそれが繁栄されていたが、目だけはしっかりと濁っていた。女は転がっている死体とヴィショップのことを交互に、品定めするかのように見つめると、妖艶な笑みを浮かべて話し掛けてきた。


「結局、まだ一回しかヤレてないんだよね。ねェ、アンタ、今からアタシと…」

「部屋に戻って、指示が出るまで酒でも飲んでろ、アバズレ。殺すぞ」


 ヴィショップがにっこりとほほ笑みながらそう告げると、先程の笑みは霧散し、一転して子供っぽい不貞腐れた表情を浮かべながら女は口汚くヴィショップのことを罵り、勢いよく扉を閉めた。

 ヴィショップは小さく溜め息を吐いて扉から視線を外すと、魔弓とカウボーイハットを回収する為に、血で塗れた廊下を歩き始めた。






 H0200頃、『スチェイシカ』の首都である『リーザ・トランシバ』、その中心部に建てられた国の戦力と政治の中心部であるトランシバ城。議事堂、居館、王座等、城として重要な機能が集約されている中心部から伸びる尖塔の内の一角に、男は居た。

 灯りは窓から差し込む月明かりとランプ型の神導具のみといった薄暗い部屋の中で、人間の骨格をモチーフに取り入れてデザインされた薄気味の悪い椅子に腰掛ける男は、非常に奇怪な格好をしていた。派手な金の刺繍が施された深紅の外套に身を包み、室内だというのにフードを目深に被った上に鳥を模した仮面を着けていた。

 そしてまた、男と椅子を取り囲む室内の光景も不気味なものであった。部屋の壁という壁を覆い尽くさんばかりに並べられた本棚には無数の本が納められているのだが、それら全てに何かの記号の様な物が書き込まれている。その記号の数々は、歴史的にも価値が有るであろう本の背表紙を蹂躙し、無数の線となって床に向かって伸びていた。床に伸びた記号群は、床に描かれた円形の記号で作られた陣の様なもので合流する。そしてその陣の上には、異臭を発する巨大な肉の塊が置かれていた。

 陣の中心に置かれた肉の塊は、青白い皮膚を纏っており、注意してみてみれば、それは人型で、頭を抱えて蹲っているような体型をとっていることに気付くことが出来ただろう。だが、それは決して人ではなかった。何故ならその肉の塊は、蹲っているというのに成人男性程の高さがあり、横幅は人間二人分程があった。その上、両手に抱えられている頭からは一対の角が生えていたのだから。

 そんな異様な雰囲気を醸し出している部屋の窓に、一匹の烏が舞い込んできた。烏は窓の淵にとまると、甲高い鳴き声を上げた。

 その瞬間、今まで椅子に腰掛けたまま身動き一つしなかった仮面の男の腕が持ち上がり、その手が烏へと差し向けられた。

 烏は自らに差し向けられた手をじっと見つめると、やがて翼を羽ばたかせて仮面の男の手にとまった。


「工場が一つ、潰れたか…。止むを得ん」


 仮面の中からくぐもった声が漏れたかと思うと、烏をとめている男の手が蛇の様に素早く奔り、烏の首を捕まえる。

 仮面の男は大儀そうに立ち上がると、手の中でもがいている烏に顔を近づけ、くぐもった声で何かを呟いた。すると、仮面の男の手の中でもがいていた烏は力無くうな垂れ、まるで死んだかのように動かなくなった。

 仮面の男は動かなくなった烏を足元に置いてあった鳥籠に放り込んで、この部屋の出口である扉に向かって歩き出す。そして扉の前まで来ると、木でできた扉に痩せ細った掌を押し当て、小声で何かを呟いてから扉を開いた。

 扉の先には、本来なら階下へと続く螺旋階段が存在している筈であった。だが、扉の先にあったのは石造りの冷たい螺旋階段ではなく、それだけで数百の民衆の腹を満たすことが出来る程の価値がある絨毯を敷き詰められた、城の中心部の一角だった。

 仮面の男は素足で絨毯を踏みしめた。仮面の男の背後、本来なら何もない筈の場所には、先程まで居た自室の光景が扉の大きさに切り取られてぽっかりと存在していた。だがそんな不思議な光景も、仮面の男が後ろ手で扉を閉めると一瞬にして消滅してしまった。

 仮面の男は扉を閉めると、右斜め前方の扉に向かって歩き出した。仮面の男は知っていた。この、自分の部屋の扉とは比べくも無い程に綺麗に装飾された扉の先にあるのが、国王の自室であることを。

 仮面の男は扉の前まで来ると、細緻な装飾が彫り込まれた取っ手を無造作に掴んで扉を開こうとする。しかし、仮面の男が取ってを握るより一瞬早く、取っ手が内側から回されて扉が開き、中から一人の少女が飛び出してきた。

 おおよそこの荘厳な城の雰囲気に相応しくない、あまりにも庶民染みた服装の少女は、その手に袋…恐らくは銀貨を詰め込まれたせいでパンパンに膨れ上がっている袋を大事そうに握りしめたまま、仮面の男のことを見上げた。そして怯えた表情を浮かべて、仮面の男の脇を足早に去っていった。


(…好き者め)

「トロイか。何の用だ?」


 仮面の男が心中でそう呟いたのと、部屋の中から威厳に満ちた声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。


「『スチェイシカ』第十二代国王陛下、ガロス・オーブリジュ閣下。夜分遅くに、失礼致します」


 仮面の男は室内でベッドに腰掛けている、バスローブ姿の男に向かった頭を下げた。ベッドに腰掛けている男は、仮面の男程ではないにしろ痩せていた。無駄な脂肪は付いていないが、かといって筋肉が十分についている訳でもない、肌は白く、女のようとまではいかないまでも、王としての威厳を削ぐには充分だった。

 だが、彼の眼光は、そんな要素を些細なものに変えてしまう程に鋭く、灰色の眼球からは強烈な自我の存在を感じることが出来た。そしてその鋭い顔つきに負けず劣らず、顎髭を生やした相貌は精悍であり、王に相応しい威厳を発していた。

 仮面の男はガロスが返事を返さないのを確認すると、頭を上げて室内に入った。ガロスは仮面の男が部屋に入ってくるのを眺め、仮面の男が自分の前に立って動きを止めてから口を動かした。


「もう一度言う。何の用だ?」


 なんてことはない、些細な一言だったが、もしここで言い煩えば首を飛ばされかねない、そんな圧迫感を仮面の男は確かに感じていた。

 仮面の男はガロスの視線から目を逸らさぬように努めながら、返事を返した。


「野暮用が出来ました。しばし、城を空けます」

「そうか。それだけか?」

「はい」

「では、下がれ」


 仮面の男がそう告げると、ガロスは特に表情を変えないまま訊ね、仮面の男がそれに返答すると無感動にそう告げて手を振った。

 それは羽虫を追っ払う時の仕草に酷似していたが、仮面の男は無言で頭を下げて扉に向かって歩き始めた。そして、あと一歩で取っ手に手が届くというところで、背後から声を掛けられた。


「時に、アレの首尾はどうなっている?」


 背後から発せられたガロスの声。

 仮面の男はゆっくりと振り向くと、返事を返した。


「上々に御座います」


 仮面の男がそう告げると、ガロスは改めて手を振って仮面の男に出ていくように伝える。仮面の男はもう一度ガロスに向かって頭を下げ、扉を開いて部屋をあとにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ