飛び込んできた厄介事
「……朝か」
『ゴール・デグス』の二階の一室で、硬いベッドの上で小汚い毛布に包まって眠りについていたヴィショップの意識を覚醒させたのは、窓から差し込む太陽の日差しとカモメ達の合唱だった。
起きてさっそく鼻をつく磯の香りに辟易しつつヴィショップは欠伸を一つすると、布団から降りて背を伸ばし、枕の下から魔弓を取り出した。
「ったく、面倒なことになったもんだよ」
取り出した魔弓をベッドの脇の台に置いたヴィショップは、『パラヒリア』での拠点に使っていた部屋と比べれば大分マシな広さを持っている室内を見回しつつ呟くと、つい数時間前へと記憶を遡らせた。
「へぇ、やるじゃない」
しんと静まり返った室内に、レイアの声が木霊する。興味深そうな彼女の視線は、自分とその傍らに立つプルートに向けられた、魔弓の射出口へと注がれていた。
ヴィショップの手に握られている白銀の魔弓へと視線を注いでいるのは、彼女だけではなかった。レイアの傍らに立つプルートはもちろん、その他の『コルーチェ』のメンバーはもちろんのこと、ヴィショップの真横に立っているヤハドの視線さえ、二挺の魔弓に注がれて逸れることはなかった。
だが、それはなにも魔弓の美しさに目を奪われてのことではない。二人の少女を除いた全員の視線がヴィショップの両手の魔弓に注がれているのは、ただ単に今しがた起こった出来事が信じられないからであった。
つい数瞬前、レイアが頭の上に掲げた右手の指を鳴らした瞬間、『コルーチェ』のメンバー全員が各々の得物を抜き放とうと腕を振るい、その動きを捉えたヴィショップとヤハドも各々の獲物へと手を伸ばした。にも関わらず、最初に抜き放ったれた得物は先に動いた『コルーチェ』のメンバーのものではなく、ヴィショップの腰に吊るされていたホルスターに納められていた筈の二挺の魔弓だったのだ。
そしてそれだけならまだしも、この場の誰一人として魔弓がホルスターから抜き放たれる際のヴィショップの動きを完全に追えていなかった。その為、この場の全員の視線がヴィショップの両手に握られた魔弓のみへと注がれるような事態が起こってしまっていた。
「まぁな。下のと違って、こっちの得物は速さがウリなんでね」
二挺の魔弓の射出口を、ピタリとレイアとプルートの頭に向けたまま、ヴィショップが微かに口角を吊り上げて返事を返す。
ヴィショップとレイア、そしてヤハドの後ろに隠れた二人の少女以外の全ての人間は、そのヴィショップの軽口で正気を取り戻したのか、呆けた表情を拭い去り、刀身を覗かせるだけに留まっていた得物を完全に抜き放った。
「ジョークは人柄を表すものよ、下劣なゴキブリ野郎」
「人の呼び方は人格を表すぜ、蛆が沸いた子宮をお持ちのクソアバズレ殿」
魔弓を突き付けられているにも関わらず、一歩も退いた態度を見せずに口を動かすレイアに、ヴィショップもまた一歩も退かずに応じる。
「ボス、どうしますか? やっちまいますか?」
「オイ、どうするんだ、米国人? 始めるのか?」
プルートとヤハドが互いに困惑した様子で、各々の傍らで睨み合う人物に声を掛ける。しかしレイアとヴィショップはそれを無視して睨み合いを続けた。
不意に、レイアが一歩横へと動く。それを見たヤハドが身構えるが、ヴィショップは一切の動揺を見せずに、ただ魔弓の射出口をレイアの動きに合わせてずらしてみせた。すると今度は『コルーチェ』のメンバーが身構えるが、レイアは眉一つ動かさずにヴィショップを睨み続けると、先程とは逆の方向に一歩動いて元の位置に戻った。無論、その動きに合わせてヴィショップの魔弓は動き続けた。
「……フッ。成る程、ただの頭が少々回るだけの能無しって訳じゃなさそうね」
「まぁな。そういうあんたも、ただの女狐じゃあなさそうだ」
微笑を浮かべてレイアがそう告げる。彼女はヴィショップが返事を返すと、再び微笑を漏らし、手を下に下げて他の面々に武器を下ろす様に指示した。指示をうけた部下達は、納得のいかなさそうな表情を浮かべたものの、素直に武器を納めていく。
「……犯罪組織にしては、統制が取れてる」
「お前もしまうんだ、ヤハド」
その光景を見たヤハドが、ヴィショップに耳打ちする形で話し掛ける。
ヴィショップはヤハドには視線を向けずに、ただそれだけを告げると両手の魔弓をホルスターへと納めた。
「さて、取り敢えずは貴方が狂人だという可能性は薄まったわね」
「話を聞く程度には?」
「えぇ」
驚いたような表情を浮かべた後、舌打ちを打って荒々しく曲刀を鞘に納めるヤハドを尻目に、ヴィショップはレイアと会話を交わす。
ヴィショップとの会話の傍ら、『コルーチェ』のメンバーの内数人が丸テーブルと椅子をレイアの近くへと運んでいく。全てが運び終わるとプルートが椅子を引き、レイアはその椅子に座り、ヴィショップも椅子に座るように促した。
「どう?」
「いや、自前がある」
「そう」
ヴィショップが自分で椅子を引いて席に座ると、レイアが懐から取り出した葉巻を一本進めてくる。ヴィショップがそれを断って懐から煙草を取り出すと、レイアは素っ気なく呟いて葉巻を吸い始めた。
「で、この国で革命を起こすんですって?」
レイアは懐から取り出したナイフで吸い口を作りつつ訊ねると、ヴィショップが返事を返す前に口に咥えた。
「あぁ。だから、あんた等にレジスタンスとの接触を手伝って欲しい」
ヴィショップは煙草を指の間に挟んで口から煙を吐き出すと、傍らに立つプルートが屈みこんで葉巻に火を点けるのを眺めながら返事を返した。
「まさかと思うけど、そんな話を…」
レイアがヴィショップに向けて煙を吐き出しつつ、返事を返そうとするが、不意に彼女の口が動きを止める。驚いたような視線をこちらに向けるレイアを訝しげに思ったのか、ヴィショップはレイアの視線を追って自分の右隣に視線を向けた。
「……お前、何やってるんだ?」
ヴィショップが向けた視線の先では、近くの丸テーブルの上に置いてあった椅子を引っ張ってきたヤハドが、今まさに椅子に腰掛けようとしていた。
何事も無いかのように椅子に腰掛けるヤハドを茫然と見つめたヴィショップは、数秒の間の後に何故当たり前のように椅子に座り始めたのかを問いかけた。無論、現在丸テーブルを囲む椅子に座って話の席に着いているのは、レイアとヴィショップの二人だけである。
「何って、座ってるんだ。女の奴が座っていて、男の俺が座ってはいけない道理は無いだろう」
ヴィショップに問われたヤハドは、逆にヴィショップに訝しげな視線を向けつつ返事を返した。
ヤハドの返事を聞いたヴィショップは、頭に手を当てて天井を仰ぎ、悪態を一つ漏らすと再びヤハドの方に顔を向ける。
「立て。今すぐにだ」
「何故だ。俺がここに座ってはいけない理由など…」
「いいから立て。俺は今、あいつと話してるんだ」
「なら、俺も参加する。俺とお前の立場は忌々しいことに同等だし、何よりあの女はああして話の席に着いている。俺が席に着くことには、何の不都合もない筈だ」
「黙れ。てめぇのクソどうでもいい宗教心を、今この場に持ち込むな。いいから、さっさと立って、そこでガキ共と戯れてろ、アラブ野郎が」
ヴィショップは、納得いかなさそうな表情で反論するヤハドに一方的に言葉を吐き捨て、彼の背中を叩いてさっさと後ろに引っ込むように促す。一方のヤハドは、未だに得心のいかない表情を浮かべていたが、ヴィショップの言葉に従って席を離れた。
「あー、悪かったな。あいつ、田舎もんなんだよ」
「……みたいね。ああいう手合いを引き連れているのを見る限り、底の浅さが知れるわ」
ヴィショップが苦笑を浮かべて謝ると、レイアは視線を、近くに居た『コルーチェ』のメンバーに何か子供でも飲める飲み物を持ってくるように要求しているヤハドへと向けつつ返事を返した。
「まったくもって悩みの種だよ。まぁ、そんな連中にいいように扱われたわけだがな、あんたの部下は」
「…口の減らない男ね。いいわ、本題に入りましょう」
ヴィショップが僅かに唇の端を持ち上げてそう返すと、レイアは視線をヴィショップへと戻した。そしてつまらなそうに呟いてから、先程言おうとしたことを口に出した。
「貴方達の目的は聞いたわ。確かに私達は、現在の体制には手を焼かされてる。だから、貴方達の目的の為に手を貸してあげてもいいわ」
「そいつはありがたい」
「でも、タダじゃ無理ね」
微笑を浮かべて発したヴィショップの礼を、レイアは一言で撥ね付ける。
「手を貸してあげてもいいけど、はっきり言って私達は貴方がただの物狂いにしか思えない。それに、現在の『コルーチェ』にとって生命線とも言えた商売を潰してくれた相手に、ハイそうですかと手を貸してやるのも、馬鹿のやることだとは思えないかしら?」
「…まどろっこしい真似は止めようぜ。何が望みだ?」
ヴィショップが冷淡な声音で問いかけると、レイアはにっこりと笑みを浮かべて告げた。
「実力を証明してもらいたいのよ、インコンプリーターさん。だから私は、貴方に殺しを依頼したい。その後ろに居る、頭の足らなさそうな武闘派クンを抜きにした、貴方一人で」
ヴィショップの双眸を真っ直ぐ見つめて、レイアがそう告げる。
彼女の口から発せられた要求を聞いたヴィショップは、小さく笑みを浮かべて心中で呟いた。
(このアマ…やってくれるよ)
レイアは見抜いていた。あれ程の早撃ちを可能にする腕を持っていたとしても、ヴィショップの立ち位置はあくまでも指揮官に準ずるそれに過ぎないことに。故に、彼女はヴィショップ一人での行動を条件に入れたのだ。ヴィショップが頭でっかちの無能なのか、それとも頭の回るタフガイなのかを確かめる為に。
ヴィショップは自分に向けられるレイアの視線を真っ向から受け止める。彼女の眼に宿る光は鋭く凶暴で、それでいて陰湿で狡猾だった。その光は、かつてヴィショップが渡り歩いてきた世界で生き残るには必須とも言える光だった。すなわち、無法者の持つ光だった。
「分かった。で、誰を殺せばいいんだ?」
どこか諦めた口調で、ヴィショップは返事を返す。
レイアはヴィショップが提案を受け入れたのを確認すると、プルートの方に視線を向けて指を二度鳴らした。プルートは僅かに頭を下げるとカウンターの裏へと回り、厨房へと続いていると思しき扉の向こうに消えると、手に三枚の紙切れを持って再び現れ、レイアに手渡した。
「殺してもらいたいのはこの三人よ」
プルートから紙切れを受け取ったレイアは、それをそのままヴィショップに向けて差し出す。ヴィショップは差し出された紙切れを受け取ると、さっそく目を通した。
紙切れに書かれていたのは、三人の男の似顔絵だった。一枚に一人づつ書かれており、一枚目には、髭面で髪を後ろで一纏めにした男。二枚目には、醜く変形した鼻を持ち、額から眉の辺りにかけてまで伸びる傷跡を持つスキンヘッドの男。三枚目には、ぼさぼさの髪に垂れ下がった目つきの痩せ気味の男の似顔絵が描かれていた。
ヴィショップは三枚の紙切れに書かれた似顔絵を一通り眺めて、男達の顔を頭の中に叩き込むと、レイアに質問をぶつけた。
「で、こいつ等は?」
「そいつらは、今この町を騒がせている三人組の盗賊よ。この前、私達のシノギの一つも襲われたわ」
「この国の軍隊はどうしてるんだ?」
ヴィショップが軽く相槌を打ちつつレイアに訊ねると、レイアは歯を覗かせてどこか含みの有る笑みを浮かべた。
ヴィショップはその笑みを見た瞬間、全てを理解して、確認の意味合いを込めてレイアに訊ねた。
「成る程、バックには政府がいるのか」
「その通り。こいつらは、政府に雇われて動いている」
ヴィショップの言葉を聞いたレイアは満足そうな笑みを浮かべて、彼の言葉を肯定する。
「狙うのは主に、私達のような犯罪組織の収入源になっている店、或いはレジスタンスのメンバーの疑いを掛けられている店よ。政府からの支援を受け、政府の指定した店を襲う。そして一通り金品を奪うと同時に、レジスタンスに所属している証拠となるものを奪っていくか、逆にそれらしき証拠を残していく」
「盗賊の被害を受けていってみれば、そこには何とレジスタンスとの繋がりを示す証拠が、って展開に持っていくためか」
「その通りよ」
背後から、ヤハドの忌々しげな舌打ちが聞こえる。レイアは一瞬ヤハドの方に視線を向けたが、特に何も言うことなく再び視線をヴィショップに戻した。
「そんな連中を、政府は国中の至る所で雇っている。で、こいつ等はこの町の町長が雇っている連中よ。貴方には、この連中を殺して欲しい」
「名前は?」
ヴィショップが問いかけると、レイアは微笑を浮かべて答えた。
「さぁね。まともな捜査が行われていないせいで、名前すら分かってないわ。この似顔絵も、襲われた時店に居た部下の言葉を基に作っただけのやつで、実際には手配書の一枚も作られていない。分かっているのは、この町に居ることだけよ」
「ハッ、成る程。これはまた、随分と厄介な仕事を押し付けてきたもんだ」
ヴィショップは苦笑を浮かべると、丸テーブルに手を付いて立ち上がった。
「あら、どうしたのかしら?」
部下達が咄嗟に身構える中、レイアは葉巻を吹かしながら余裕を持った態度で立ち上がったヴィショップに訊ねる。
ヴィショップは煙草を口に咥え、最後に一回だけ吹かして床に吐き捨てると、床に落ちた煙草を踏みつけて返事を返した。
「明日から動くよ。上の部屋、借りても構わないだろう?」
それだけ告げると、ヴィショップはヤハドについてくるように手で示してから、部屋の奥の階段に向かって歩き出した。
レイアは遠ざかっていくヴィショップの背中を見て面白そうに笑みを浮かべると、彼の背中に向けて言葉を投げかけた。
「期待させてもらうわよ、ヴィショップ・ラングレンさん?」
「まぁ、あんたを口説き落とせるよう、精々頑張らせてもらうよ」
背後から発せられたレイアの言葉に対し、ヴィショップは背を向けたまま手を振って返事を返すと、後は一言も発さずに階段を上って姿を消した。
「本当に、面倒なことになったよ…」
数時間前のレイア達とのやり取りを思い出して、ヴィショップは改めて溜め息を吐いた。
確かに、『コルーチェ』側が素直にこちらの要求を呑む筈がないことは予想が付いていた。だが、まさか自分一人で、素性も実力も分からない三人組、しかも国の支援を受けている三人組を仕留めなければいけなくなるとは、流石に考えてはいなかった。
もっとも、あそこで断れば殺し合いにもつれこむのは確定的だったし、仮にその殺し合いを無事に切り抜けられたとしても、結局はレジスタンスへと通じる道を閉ざしてしまうことになるので、断るという選択肢は初めからとれなかったのだが。
「その上、あの馬鹿まで余計なことしやがって…」
額に手を置いてそう呟くと、ヴィショップは椅子に掛けておいた外套とカウボーイハットを身に着ける為に歩き出す。
レイアとの交渉が終わって二階の部屋に移動した後、ヴィショップは『パラヒリア』に居るレズノフに神導具を使用して連絡を取ったのだが、その際にレズノフが報告してきた内容が、更にヴィショップの悩みの種として彼の思考に根付いていた。
その報告の内容とは、無論レズノフが独断の内に決定してしまった、ジェードとしばらく行動を共にする、といった旨である。船の上での報告でジェードが、自分達が裏で動いていたことにこそ気付いてはいないものの、妹を無残に殺した今回の件に関わっている人間に強い復讐心を抱いていることは、ヴィショップには容易に想像出来ていた。実際、その通りであり、そんな状態のジェードと行動を共にすることは命の危険が増すことさえ有れど、有益にはなり得ないのは自明の理だった。
にも関わらず、レズノフはジェードと行動を共にすることを決めた。しかも、ヴィショップには理解するのが相当に難しい理由で。
「ただ楽しませてくれる奴を待ってるのもアレだから、趣向を変えて自分で作ってみることにしてみた、じゃねぇよ、ウォー・ジャンキーのイカれ戦争屋が…。ったく、目を離したと思ったら、すぐにこれだ」
ホルスターの付いたガンベルトを着けながら、ヴィショップは溜め息を吐く。
深夜にも関わらず怒鳴るような口調での説得することによって、何とかジェードと行動を共にする期間を、ヴィショップ達が戻ってくるまでに限定することが出来たが、それでも心をかき乱す苛立ちは消えなかった。
「頼むから、帰ってみたらくたばってた、なんて展開だけは勘弁してくれよ…」
一通り準備を済ませたヴィショップは、最後にそう呟いて部屋を出る。部屋を出ると狭い廊下を抜けて階段を下り、酒場となっている一階に降りた。
「随分と寝てたわね。もう昼過ぎよ」
一階まで降りてくると、丸テーブルの内の一つを囲む椅子に座ってカップを傾けているレイアが、丸テーブルの上に置いた懐中時計の盤面を見ながら声を掛けてくる。店内には客の姿は見えず、どうやら店がまだ開いていないか、今日は店を開く気が無いのかのどちらからしい。
「俺の連れがどこに居るか知らないか?」
「子供を連れて外に出たわよ。何でも、辛い記憶を忘れさせてあげたいとかで。紳士よねぇ」
この場にヤハドの姿が居ないことを確認したヴィショップがレイアに質問すると、彼女は嘲る様な笑みを浮かべながら返事を返す。
ヴィショップはレイアの言葉を受けて、ヴィショップは三度目になる溜め息を吐いて、レイアの目の前に腰掛ける。そしてカウンターに立っている男にコーヒーを持ってくるように告げた。
「で? 今日はどう動く気なのかしら、インコンプリーターさん?」
丸テーブルに肘を突き、真意の覗えないミステリアスな笑みを浮かべ、こちらの顔を覗き込むようにしてレイアが訊ねてくる。その仕草は昨晩の行動が幻に思えてくるような艶めかしさを持っており、男の大多数を劣情を掻き立てるには充分な魅力を持っていた。
そんなレイアの姿を目の前にして、ヴィショップはつまらなそうに鼻を鳴らすと、レイアに向かって右手を伸ばす。ヴィショップの指先はレイアの顔に近づき、艶々と輝く少女の様な滑らかさを持った頬のすぐ横を通って、彼女の肘の近くに置かれていたカップの取っ手を掴んだ。そしてレイアが少し意外そうな眼差しを向ける中、カップを口元まで運んで中に注がれていたコーヒーを一気に飲み干してから、彼女の質問に答えた。
「グダグダと時間を掛ける気も無い。だからとりあえずは…」
ヴィショップはそこで一旦言葉を切ると、懐から昨晩手渡された三枚の紙切れを取り出し、口を動かした。
「酒場でも巡るとするかな」




