北海を超えて
しん静まり返った、くすんだ白色で構成された一室。その中央に置かれたベッドの真横に、青年は立ち尽くしていた。
何をするわけでもなく、ただ茫然と立ち尽くしたまま眼前のベッドを見据える青年の瞳には、凡そ生気と呼べる存在が微塵も無かった。青年の瞳は底なしの黒で塗りつぶされており、その双眸はベッドの上の人の形に膨らんだシーツをじっと眺めていた。
青年は遅々とした動作で右腕を持ち上げシーツを鷲掴みにする。そして重力に任せたかのような力無い動きで右手を下げて、シーツを取り払った。
純白のシーツが床に落ち、シーツの下にある存在が青年の視界に飛び込んでくる。それは、一人の女性だった。一糸纏うことなく、ベッドの横たわる女性。彼女の両目は閉じられたまま動かず、口もまたしかり。胸が呼吸に合わせて上下することも無ければ、肌は青白く、そして氷のように冷たかった。しかし、彼女の肌の全てがそうであった訳ではない。腹や腕、顔等といった身体中の所々は気味の悪い青色になっていたし、特に首元の前面の殆どは青に染まっていた。
青年は一糸纏わぬ女性の身体を茫然と眺めていき、最後に首元の痣へと視線を向ける。その痣の形は、正気を失いかけていた青年ですらはっきりと理解出来る程に、明確な意味を孕んだ形をしていた。
すなわち、人の手の形に。
青年は女性の首元に右手を伸ばし、痣の形に合わせて人差し指を動かす。そうする内に、いつのまにか青年の相貌からは涙が零れ落ちていた。もっとも、それを青年が自覚することはなかったが。
やがて青年は女性の首元から右手を離すと、身体を屈めて女性の唇に自分の唇を押し当てた。だが、そこには青年が嘗て感じていた温もりは欠片も残っていなかった。あるのはただ、非常なまでの冷たさのみで。
たった数瞬、されど青年にとっては今までの自分と女性の物語を思い返すには充分な時間を経た後で、青年は唇を離し、顔を上げた。そこには、先程までの生気を欠いた面影は無く、彼の相貌には爛々と輝く妖しい光が宿っていた。
「起きろ、米国人。時間だ」
丸い円形の小さな窓から、見渡す限り青一色の光景と同時に地平線に沈んでいく太陽の放つ橙色の光が差し込んでくる、体裁だけを整えたようなベッドと机だけがある狭い一室で、色も艶も無い無骨な声音によってヴィショップは意識を覚醒させられると、無言で上体を起こし、ズボンの尻ポケットに手を突っ込んで懐中時計を取り出し、蓋を開いて時刻を確認する。文字盤の上に鎮座する二本の針のうち、短い方は数字の5を、長い方は数字の2を指しており、『ダンルート』のを訪れて『コルーチェ』の人間と話してから、優に十時間が経過していることをヴィショップに教えてくれた。
「よし、交代……どうした?」
懐中時計の蓋を閉めて尻ポケットに突っ込んだヴィショップは、先程声の聞こえてきた方向に顔を向ける。そしてその先で飛び込んできたヤハドの青ざめた表情を見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
「なに…少し気分が優れないだけだ…」
「船酔いか。だらしねぇ奴だな、おい」
ヤハドの言葉と有り様で、今現在彼が陥っている状況を理解したヴィショップは、呆れ混じりの表情を浮かべる。
今、ヴィショップ達は陸ではなく、海の上に居た。
『グランロッソ』国内に侵入していた『コルーチェ』のメンバーのリーダー(名前はプルート・ニマイツェンらしい)と、ヴィショップが『スチェイシカ』への密入国とレジスタンス組織との接触の手引きをするように契約を結んだ後、その足で港へと向かい船出の準備を進め、そのまま出航して現在に至っている。ちなみに、契約を結ぶ際のいざこざで死亡した女の死体は出航してしばらくした後、重りをくくりつけて海に沈めた。
「黙れ、米国人。今の今まで寝ていただけの癖に」
ヴィショップの言葉に対しヤハドが不機嫌そうに返事を返す。ヴィショップはそれを聞きつつ立ち上がると、外套と片方のホルスターのみが埋まったガンベルトを身に着け、枕の下から細緻な装飾を施された白銀の魔弓を取り出して空いているホルスターに突っ込んだ。
「先にベッドを譲ったのはお前だろうが。交渉事は苦手だから、貴様の頭が働かない方が面倒臭いことになる、とかなんとかいって」
「黙れ。今俺は、あの時の自分の考えを殴ってでも変えさせたい気分なんだ。……待て」
カウボーイハットを被って入り口に向かって歩き出しながらそう告げると、ヴィショップとは反対にベッドに座り込んだヤハドが、手に持っている瓶を傾けてから苛立ち混じりで返事を返す。ヤハドが手に持っている瓶の中身は透明だったが、まさかこの状態でジンを飲む程の気力は残っていない筈なので、恐らくは真水だろう。
ヴィショップは、返事を返すや否やそのまま背中からベッドに倒れ込むヤハドを見て苦笑を浮かべつつ、部屋の外に出ていこうとする。するとヤハドがヴィショップを呼び止めたので、ヴィショップは部屋から踏み出そうとしていた右脚を引っ込めた。
「何だ? 吐きたいから袋くれってんなら、俺の答えはこうだ。窓から吐け」
「あまり俺を苛立たせるな、米国人、吐き気が増す。そうじゃなくて、傭兵からの言付けだ」
頭を押さえながらヤハドは、言葉と共にブレスレット型の通信用神導具を投げ渡す。ヴィショップは妙に強めに投げられた神導具をキャッチすると、左手の手首に着けながら返事を返した。
「頼むからベッドの上には吐くなよ」
「吐く時は貴様の荷物の中に吐いてやるさ」
ヴィショップは返ってきたヤハドの言葉に苦笑を浮かべて部屋を出ると、扉を閉めて歩き出した。
部屋を出て、狭い廊下を抜けて階段を上る。そうする一方でヴィショップは神導具を操作し、レズノフとの通信を繋いだ。
『よォ、ジイサン。こうして連絡が来るってことは、死んでる訳でも一足先に“向こう”に戻った訳でもねェ訳だ』
階段を上り切り、その先の扉を開いた所で、レズノフの声が神導具から発せられる。ヴィショップは潮の香り混じりの風が吹くデッキに出てくると周囲に視界を動かして、舵を取っている男と船べりにもたれ掛って酒を飲みながら舵を取っている男と話している男以外にはデッキに人が居ないことを確認すると、空を突かんばかりにそびえ立つマストにその二人から隠れるような位置取りでもたれ掛りながら、会話を交わす。
「お前の予想通りって訳だ。それより、俺が寝てる間に連絡を寄越したそうだな。なんだ?」
『んなもん、決まってんだろォ? 説明だよ、説明。ジイサンの言ってた小屋は燃えてるが、ガキも御者も血吐いてくたばるわで、色々と大変なんだぜェ?』
「俺としてはそっちの状況の方が気になるが、まぁいいだろう。説明してやる」
ヴィショップは苦笑を浮かべてそう返事を返すと、レズノフに今回の件についての説明を始めた。
最初から、『コルーチェ』と繋がりを持って『スチェイシカ』に密入国するためにドーマを嵌めようとしていたこと。小屋を焼き、レズノフ達が屋敷に突入する為の理由作りの為に雇った浮浪者だけでなく、当日屋敷に居た子供までをも毒殺し、ハインベルツを殺すようにレズノフに言ったのは、ドーマと『コルーチェ』の繋がりを確定的なものにさせる時間を稼ぐことで、『コルーチェ』の人間の国外逃亡を助けると同時に、つまらない横槍が入り始めるのを遅める為だということ。そして自分達はこれから『スチェイシカ』で、革命を起こして政権を民衆側に奪取させる計画であること等を、ヴィショップはレズノフに話した。
『成る程ォ、確かにまだそっちの方が“可能性”は有るなァ。で、正直どれぐらい期待してんだァ?』
「向こうに着いて、色々調べてみないと分からないが、まぁ、四割有れば良い方だろう」
ヴィショップがレズノフの質問に答えると、レズノフは楽しげな声音で更に質問をぶつけてくる。
『へェ、ってことは、当てが外れたら無駄足かァ?』
「安心しろ。戻れなかったとしても、無駄足になどしないさ」
『計算高いこったなァ、ジイサン。ヒャハハッ!』
「…それより、そっちはどうなってる?
ヴィショップの言葉を受けて、レズノフが下卑た笑い声を上げる。ヴィショップは神導具から流れてくるその笑い声に思わず顔をしかめると、神導具を少し顔から遠ざけてから、逆にレズノフの現在の状況を訊ねた。
『凡そジイサンの考えてる通りだぜェ。今はギルドのメンバー全員で騎士団を詰所に集めて監視してる。人数的には不足してるが、騎士団の奴等、予想もしてなかった領主様の御趣味のせいで混乱しまくってて、逃げ出す素振りも見せやしねェ。まッ、数日後に『クルーガ』から騎士団の連中がやってきて引き継ぐまでは持つだろうよ』
「やはり騎士団の動きはかなり遅いな」
『そりゃそうだろ。なんせ唐突に、領主と騎士団が結託して敵国の犯罪組織からガキを買ってました、なんて話が飛び込んできたんだ。足並みが揃わねェのも当然の話さ。実際、事実確認の為に駆けつけた連中は、青ざめた顔して引き返してったしなァ。ってか、そこまで折り込み済みだろォ、ジイサン?』
「お前の判断に任せるよ。他にはないか?」
実際問題、騎士団の動きが早かったのは事実確認の為の人間を派遣してきた時だけだった。だがそれも仕方のない話だろう。世が世ならば政権保持者の頭が吹き飛ばされかねないようなスキャンダルが唐突に飛び込んできた上に、そのスキャンダルが民間組織に漏れたどころかあろうことにその民間組織にスキャンダルを解決されているのだから。
しかも『コルーチェ』に責任を擦り付けようにも、証拠らしき証拠は殆ど残っておらず、あるのは他国の人間と、主犯格の証言のみ。その証言にしたって、肝心の『コルーチェ』の潜伏先は一切出ておらず、有力な証言となり得た小屋の位置も、小屋自体が焼失していた意味を為さない。
かといって、『コルーチェ』は敵対国に本拠地を構える組織。いくら『スチェイシカ』国内で迫害を受けている組織だとはいえ、敵対国にわざわざ味方してやることもないので、確実な証拠を突き付けなければ、『コルーチェ』を全く追わないことはないだろうが、少なくとも『グランロッソ』からは庇う様な行動を取ったり仮に捕まえても自国内で勝手に裁判にかけてしまうことは間違いないだろう。それどころか、自国民を証拠も無しに犯罪者扱いしている、として国民の反『グランロッソ』感情を煽るなど、今回の騒動に乗じて何らかの利益を産み出そうとする可能性も容易に考えられた。
そのため、恐らく『クルーガ』では現在、どう動けば最も痛手を負わずにすむかどうかの話し合いの真っ最中だろう。
ヴィショップは、恐らくはニヤニヤと笑みを浮かべながら発せられたであろうレズノフの言葉を流すと、それ以外のことがなかったか訊ねる。
『そうだなァ……そういや、黒坊主が馬車の中の死体を見て発狂しかかってたぜェ』
「んな意味の無い情報を教えられても困る。もっとマシなのはないのか。例えば、騎士団がコルーチェとドーマの関係を断定するまでの時間とか」
『ヒャハハハハハッ! だったら最初っからそう言やいいじゃねェかァ。っと、そうだなァ…』
呆れ混じりの声音でヴィショップが返事を返すと、レズノフは何が面白いのか笑い声を上げてから、ヴィショップが求めてきた情報の算段を付ける。
そうしてヴィショップが神導具を更に顔から遠ざけてから数秒程経ったところで、神導具から再びレズノフの声が聞こえてきた。
『一応証言だけなら確保出来てるし、ジイサンが隠しといた書類も強姦魔が上手い具合に話を作って騎士団に渡してる。国を跨ぐが、連中からしてみれば最後の縋れる存在だしィ? 速くて二週間ぐらいで確定的になるんじゃねェかァ?』
最後に、多分なと付け加えて、レズノフが言葉を切る。
ヴィショップが屋敷の地下室に隠しておき、ミヒャエルに取りに行かせた証拠とは、子供達を処理していた小屋で見つけた書類だった。その書類には、『コルーチェ』が攫ってきた子供達の精巧な似顔絵付のプロフィールが書かれていた。それが何に使われていたかは定かではないものの、恐らくはドーマに予めどんな子供が用意でているか知らせておく、“メニュー”のような使われ方をしていたであろうことは、想像に難くない。
その書類がどんな使われ方をしていたにせよ、その書類を使って子供達が本当に攫われてきたのかどうか、そして攫ってきたのが『コルーチェ』の人間なのかどうかを明らかに出来る。場合によっては、他国に潜伏中のメンバーを捉えることも出来るだろう。そうなれば、晴れて『コルーチェ』が今回の件に絡んでいることを立証出来る。『コルーチェ』の関与を確実なものに出来たなら、いくらなんでも『スチェイシカ』国内に乗り込んで捜査を行う権利を獲得する、なんてことは不可能に近いだろうが、最低でもいくらかは今回の事件に乗じる『スチェイシカ』の動きを封じることが出来る筈である。また、『コルーチェ』をダシにこちらが国民の士気を上げたり、周辺国を味方に付ける足掛かりにも出来る。
とにもかくにも、『コルーチェ』の関与をどれだけ確定的に出来るかどうかで、『スチェイシカ』と『グランロッソ』の関係の変化に、大きな差が生まれるのは確かである。そしてどういう結果で終わるにしろ、騎士団がある程度『コルーチェ』関与の確証を掴むのと今回の騒動の対処に意識を集中させてしばらく動かないのは確定的であり、『コルーチェ』が今回の事件の関与していたことが正式に発表されることで二か国間の政治抗争に巻き込まれ、『グランロッソ』からは元より『スチェイシカ』からも目を付けられるようになるまでにはしばらく時間がかかるのは、決まったも同然だった。
「そんなもんか……まぁ、いいだろう。他のはどうだ?」
『そういやァ、今回の襲撃の際、俺等以外にも動いてた奴が居るんじゃないかって、ギルドの中で話題になり始めてたなァ…』
ヴィショップが訊くと、思い出した様なレズノフの声が神導具から発せられる。
ヴィショップは、真っ先にそれが出てきてもおかしくはないだろうに、と心中で呆れ混じりに呟くと、その件について詳しく話すようにレズノフに求めた。
「その考えが出て来た経緯は?」
『燃やされた小屋に、毒殺された二人、その他証拠を満載してやってきた馬車とか、そこいらを不審に感じた奴等が居たってだけさ』
そう告げるレズノフの声には、特に焦り等の感情を含まれておらず、至って平静な、まるで世間話でもするような口調で発せられており、それはレズノフの話を無言で聞いているヴィショップも同様だった。 何故なら、両者共ギルドにしろ騎士団が、屋敷での騒動の裏で動いている存在に気付くことは予想が付いていたからである。というよりも、レズノフが言った通り、その可能性を連想させる証拠があちこちにばら撒かれていることから考えて、まずばれないことはないだろと確信を抱いていた。故に、二人は裏で動いていた存在が居ることを早々に見抜かれようと、特に動揺を覚えることは無かった。問題はその一歩先、その裏で動いている存在の正体を、ギルドや騎士団が何者だと判断するかの方にあった。
「で、連中はその“裏で動いていた存在”とやらの目星を付けてるのか?」
『まァな』
顎の無精髭を擦りながらのヴィショップの問いかけに、レズノフの平淡な声が答える。そして一拍の間の後に、レズノフはヴィショップが欲している答えを告げた。
『『コルーチェ』の人間が火消しに走っていた、って感じで大体検討を付けてるみてェだ。もっとも、変態が連絡係としても機能していた二人組が途中で変わった旨を話したら、『コルーチェ』側が変態共と手を切ろうとして嵌める為に動いてただとか色々と意見が出てきたが、どのみち『コルーチェ』に属する人間が動いてたってことは揺るぎ無いと思うぜェ』
神導具を通してレズノフの声がヴィショップの耳朶を打った瞬間、ヴィショップは微かに口角を吊り上げ、薄ら笑いを浮かべる。薄ら笑いを浮かべてヴィショップは無精髭から手を放すと、念押しの意味合いを込めてレズノフに訊ねた。
「つまり、俺達が関与しているとは考えていない訳だな?」
『まァ、そうなるなァ。もっとも、この状況下でそう結び付けられたらかなりのもんだと思うぜェ?』
レズノフが言葉の端に笑みを含めつつ返事を返す。
確かにレズノフの言葉通り、今回の件の裏でヴィショップとヤハドが動いていたを仮定付けるのは至難の業といえるだろう。魔法や偽名を使って身分を隠し続けてきたことに加え、『クルーガ』で行動を共にしていたレズノフとミヒャエルを、ドーマと『コルーチェ』を追う側といて動かしてきた。それにより、最終的に取った『コルーチェ』を庇う行動が、ヴィショップの真意を知らない限りレズノフとミヒャエルの取ってきた行動と相反するものになる為、いつのまにかレズノフとミヒャエルの許からヴィショップとヤハドが消えていることや、処理係の人間が交代した時期がレズノフとミヒャエルの『パラヒリア』入りの直後だったことに注目して、仮に二人が裏で動いていた可能性を疑うことが出来たとしても、それによって二人が裏で動いていた可能性を放棄させることが出来る。
かといって、国家転覆の為に『コルーチェ』を利用する、などというヴィショップの真意は、それこそ件の女神が四人の課した“罰”の内容を知らない限り、予想することも出来ない。とどのつまり、ギルドにしろ騎士団にしろ、ヴィショップとヤハドが今回の件に関与していると判断する可能性は、かなり低いものとなっていたのだ。
ただ、それでも可能性は零ではない。一応ヴィショップとヤハドが今回の件に関係していると疑えないこともないし、『パラヒリア』では身分証の提示こそ必要はないものの、それでも人手をかければ二人が街に訪れたのか、それとも訪れていないのかを確実とまではいかないまでも絞り込むことが出来るだろう。そうなればヴィショップとヤハドの足跡が『パラヒリア』でぱったりと途切れていることにも気付き、確実性には欠けるものの、ヴィショップとヤハドの関与という考えが可能性の一部として頭の隅に残り続けることも充分に考えられる。
その為、裏で動いていた存在についての現在での目星は、レズノフから切り出さなかったとしてもヴィショップ自ら訊いておこうとは考えていた話題であった。
「まぁそうだが、念のためだ、念のため。こういうのが案外、後で足を引っ張ったりするからな」
『経験上ってやつかァ?』
「そんなところさ。それより、そっちはこれからどう動くつもりなんだ?」
一通り聞きたかったことを聞き出したところで、ヴィショップはこれからの予定についてレズノフに訊ねる。
『そうだなァ……特には考えてねェし…っと、そういやァ、坊主共が妹の墓作りに国に帰るとか言ってたから、それについて…』
「駄目に決まってんだろ、間抜けが」
ふと思いついたような声音のレズノフの言葉を遮って、ヴィショップはレズノフが言おうとしたことを先んじて却下する。すると神導具から、レズノフの不満気な声が発せられた。
『おいおい、何でだよォ。ジイサン達だってバカンス決め込んでんだから、俺が楽しんじゃいけねェ道理はねェ筈だぜェ?』
「てめぇのことだから、どうせ国出たらそのまま女漁るなりなんなりして消息不明になるだろうが。いいか、俺等が返ってくるまで、てめぇのお袋に誓って『グランロッソ』から出るんじゃねぇぞ」
『俺のお袋は、アル中の親父が片っ端から鼻なり歯なりを折ってったおかげで、一年に一回は変わってたからなァ。どれに誓えばいいのか、いまいち分からねェ』
「てめぇの何人居るかも知れねぇ母親だろうが父親だろうが、そいつらのケツの穴だろうがてめぇのケツの穴だろうが、てめぇが誓う対象なんて知ったこっちゃねぇ。最もピックアップすべき点はそこじゃなくて、絶対に国を出るな、と俺が言った所だ。分かるか?」
からかうような調子のレズノフの言葉に、拭い切れぬ不安を感じて思わず言葉を荒げつつ、ヴィショップはレズノフに釘を刺す。
『分かったよ、ジイサン。国を出るような真似はしねェ。適当に国内で遊んでるさ。それに、騎士団の姉ちゃんもその内来るだろうしなァ』
「分かればいい。それと、羽目を外し過ぎて厄介を起こすなよ?」
『安心しろよ。ジイサンが返ってきてみたら、俺が妻子持ちになってました、なんて展開にはならねェようには気を付けるからよォ。ヒャハハハハ!』
「ったく……向こうに着いたら連絡する」
耳にガンガンと響くレズノフの笑い声に顔をしかめつつ、ヴィショップは通信を切断すると、顔の近くまで上げていた左腕を下ろして溜め息を吐く。気付けば既に太陽は沈みきっており、辺りには夜の闇が広がりつつあった。
ヴィショップは、潮の香りが混じった冷たい風に微かに身体を振るわせると、マストから身体を離して船室に向かって歩き始めた。
そしてそれから数時間後、自国にして日付の変わったH02頃、ヴィショップ達の乗る船は『スチェイシカ』の港町にして嘗ての玄関口『オートポス』に停泊した。




