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Bad Guys  作者: ブッチ
Children play
44/146

商談~ある犯罪組織の場合~

 ジェードが地下へと降りて行った一方で、気絶しているナターシャと共にドーマの私室に残されたレズノフとミヒャエルは、ハインベルツによって全身に受けた傷の治療を行っていた。


「う…おオォォ…!」


 革鎧と洋服を脱いで上半身には何も身に着けず、下半身もズボンの傷口部分を破いて大きく肌を露出させているレズノフの脇腹に、魔法によって橙色に光る程に熱されたミヒャエルの杖の先端が押し付けられる。流石にこれを受けて顔色一つ変えずにいるのは出来ないのか、レズノフの額には汗が浮き出ており、肉を焼く臭いと音に混じって彼の発する呻き声が部屋に浸透していた。

 だが、かといってレズノフの表情に浮かんでいるのは苦痛に耐える際のソレだけではなかった。焼いて塞いだ傷口を見つめる彼の顔にはその表情に混じって、どこか誇らしげな、まるで勲章でも貰い受けたかの様な表情が混じっていたのだ。


「はい、終わりました。次は逆いきます」

「オウ」


 傷口から杖の先端を遠ざけたミヒャエルが、眉をひそめながら次の傷口に取り掛かろうとする。レズノフはそれに短い返事を返すと、傷口の治療を始める前に棚に置かれていたものを失敬したワインのボトルを口元に持っていき、中身を喉に流し込む。そんなレズノフの周囲には、レズノフの身体から引き抜いた武器の数々と、流れ出る血を拭き取るのに使用したカーテンの切れ端の他に、空になったワインのボトルが何本か転がっていた。


「にしても、よく我慢出来ますね。普通、こういうのって、もっと本性ぶちまけて叫びだすようなものだと思うんですけど?」


 レズノフが中身を呑みきったワインのボトルを脇に投げ捨てるのを待って、改めて傷口の位置を確認しながら、ミヒャエルがレズノフに訊ねる。


「鍛え方が違ェんだよ、ヘタレ強姦魔」

「そういうもんですかねぇ…。あと、僕は強姦魔ではないで…」

「待て、強姦魔」


 レズノフの言葉に、ミヒャエルが釈然としない表情を浮かべて返事を返したその時だった。二階へと続く階段の方から聞こえてきた荒々しい足音を、レズノフが聞き取ったのは。


「誰…でしょうかね…?」


 口を動かすのを止めることでミヒャエルも足音を聞き取ることが出来たのか、レズノフに近づきつつある人物が敵か味方かを訊ねる。

 ここにくるまでに姿を現した騎士は一通り倒してきたとはいえ、まだ残りが居ないとは限らない。そもそも倒してきた騎士も命を取らずに気絶させるに留めているので、それらが意識を取り戻してやってきたという可能性もまた、有り得る。どちらにせよ、この足音が敵のものである可能性は見過ごせない程にはあった。


「数は二人だ。敵だったとしても、何とかなんだろォ」


 レズノフは足音で敵の数を見切ると、つい先程まで全身から血を流していたとは思えない程簡単に立ち上がってハインベルツの死体に近づき、彼の左手に握りしめられている使い込まれた長剣を捥ぎ取る。そして拾い上げた長剣の、茶色く変色した布が巻きつけられた柄を右手で確かめるように握り込むと、顎をしゃくってミヒャエルにドーマの事務机の裏に隠れるように指示する。

 ミヒャエルは小さく頷いて、レズノフに指示された通りドーマの事務机の裏に隠れる。レズノフはそれを見届けると、扉を粉砕された部屋の視線を部屋の入口へと向け、長剣の柄を両手で握りしめて構えると、あとはひたすらに近近づいてくる足音に意識を集中させた。


(ハッ、無駄な小細工を…)


 しかし足音は、ドーマの私室の入り口のすぐ近くまで来たところでぱったりと止んでしまう。

 レズノフは謎の二人組が、この部屋の様子を確認しようとしていることを察すると、つまらなさそうに鼻を鳴らして、声を張り上げた。


「オォイ! こっちは今、踊ってくれる相手も無しに、一人で酒かっくらってるボンクラが一人だァ! タマ付いてるんなら、とっとと出てきて相手してくれよ、なァ!」


 数分と満たない間に脇腹に突き刺さっていた剣を引き抜いた人間とは思えない大声を上げて、レズノフは謎の二人組を挑発する。

 しかし返ってきたのは、レズノフにとっては拍子抜けと感じざるおえない返事だった。


「オッサン? オッサンなのか!?」

「んだよ、坊ちゃんかよ。てことは、脇のはキツめな感じの方の嬢ちゃんかァ」

「……ちょくちょくそう言うけど、その呼び方止めてくれないかしら?」


 レズノフの挑発を受けて帰ってきたのは、本来屋敷の前で馬車の見張りをしている筈のルイスの声だった。その声でもう一人が誰かを理解したレズノフがゼシカのことを呼ぶと、呆れ混じりの声と共にルイスとゼシカは姿を現す。


「…凄い格好ね、あなた」

「セクシーだろォ? 惚れるなよ? それより、何でテメェ等がここに? 下の方はどうしたんだ?」


 部屋の中に入ってきたゼシカがレズノフの有り様を見て、引きつった笑顔を浮かべながら開口一番に告げる。それに対しレズノフはからかうような笑みを浮かべながら軽口を返すと、二人がここに居る理由について訊ねた。


「下なら、援軍としてやってきた『タル・ティル・スロート』もギルドメンバー達に任せてきた。それより、ヤバいことになったんだよ、オッサン!」


 レズノフの質問で本題を思い出したのか、ゼシカの横で呆気に取られた表情を浮かべていたルイスが、焦りを滲ませた口調で話し始める。


「なんだァ? まさか、馬車の中の死体がいきなり起き上がったとかいう、オカルト・ムービーみてぇな展開でも起きたかァ?」

「おか、む? えぇい、とにかくそうじゃなくてだな!」


 レズノフの軽口の意味を掴めず、一瞬まじめに考えかけてしまったルイスは声を上げて逸れかけた思考を引き戻すと、本来の目的を果たす為に声を大にしてレズノフに告げた。


「あの馬車に乗ってた男が、いきなり血を吐いて倒れたんだよ!」

「……何ィ?」


 ルイスの言葉を聞いたレズノフは、大げさにならない程度に驚きを声に滲ませて返事を返す。何故ならルイスがこの言葉を発した時、レズノフは微塵も驚いてなどいなかったからだ。

 というのも、レズノフはドーマの屋敷に突入する前の最後の通信で、既にヴィショップからこの旨を聞かされていたからだ。踏み込む為に充分な証拠を積んだ馬車を送る。その馬車に乗っている奴はそこら辺で捕まえた浮浪者で、始末はこちらでつけておく、と。


「で、そいつの様子は?」


 ヴィショップの言葉を思い返しつつ、レズノフは幾分か真剣味を帯びさせた口調でルイスに訊ねる。


「援軍として来てくれたギルドメンバーの中に神導魔法が使える人が居たからその人に任せてきたけど…多分無理だってさ…」

「…そうか」


 悔しそうな表情を浮かべるルイスに、レズノフが床に座り込みながら返事を返す。

 すると、ルイスの隣に立っていたゼシカが、周囲をキョロキョロと見回しながらレズノフに訊ねた。


「ねぇ、そこの死体って…」

「今気付いたかァ。例の騎士団長様だ」


 うつ伏せに倒れているハインベルツの死体に視線を向けるゼシカの質問を、レズノフは近くに置いてあったワインのボトルを手繰り寄せながら肯定した。


「というか、落ち着いて見てみれば凄い有り様だな、ここ。一体何があったんだ?」

「騎士団長の奴と殺し合った、ってだけの話だよ」


 言うべきことを言って冷静さを取り戻したのか、ルイスもゼシカと同じ様に周りを見渡して、改めてこの部屋の状況に驚くと、規則的に胸を上下させながら床に横たわっているナターシャに視線を向けつつレズノフに何が起こったのかを訊ねる。

 レズノフはそんな二人に戦士としての未熟さを感じつつ、かといって説明するのも面倒臭かったので適当に返事を返して済ませた。


「それじゃ分からないって…。というか、その傷、大丈夫なの?」

「あぁ、そういやそうだったな。オイ、強姦魔ァ!」


 レズノフの簡略化され過ぎた説明に呆れていたゼシカは、潰されたレズノフの左目と、未だに治療を施されていない脇腹のもう一つの傷を見て、心配そうに訊ねる。

 だが当のレズノフは彼女の言葉で傷を塞いでいる最中だったのを思い出したのか、声を張り上げてミヒャエルを呼びつけた。


「そういえば居ないな、神父のオッサン」

「そういえばそうね」


 レズノフがミヒャエルを呼んだことでミヒャエルの不在に気付いた二人も、周囲に視線を移してミヒャエルの姿を探す。


「…流石にそれはあんまりだと思いますよぉ~…」


 すると、ドーマの事務机の裏から恨めしそうな表情をありありと浮かべたミヒャエルが姿を現した。


「これ、明らかに僕のこと忘れてましたよねぇ…。というかルイスさん、僕はオッサンじゃありま…」

「うっせェなァ、傷の手当の続きだ、とっととしろ」

「ふごっ!?]


 事務机の裏から現れ、恨めしげな表情を声音でルイスとゼシカににじり寄っていくミヒャエル。レズノフはそんな彼の右脚を掬い上げて転倒させると、鼻を押さえているミヒャエルの脚を引っ張って無理矢理自分の所まで引き寄せた。


「ふぁにふふんでふかぁ!」

「まともな言語喋れ、強姦魔。梅毒でももらって脳みそやられたかァ?」

「それはどっちかっていうと、レズノフさんの方が確率高そうですけどね!」


 面白そうに笑いながら軽口を叩くレズノフを睨み付けながら、ミヒャエルは脚を振ってレズノフの手を振り払うと、大儀そうに立ち上がった。


「何だ、元気そうじゃないか、神父のオッサン」

「だからオッサンじゃないですって」

「それより、何があったのか説明してくれよ。そっちのオッサンじゃ要領得なくてさ」

「……何で僕の発言は軽視される傾向が非常に強いんですか? 教えてください、我らが主よ…」


 天井に向かって組み合わせた両手を掲げ、神に祈りを捧げる格好でミヒャエルが己の待遇を嘆く。

 その他三人がそんな彼の姿を胡散臭そうに眺めていると、不意に階段を駆け上がってくるような足音が四人の耳朶を打った。しかも先程のとは違い、より固い材質の階段を駆け上がってくるような音が。


「何の音だ?」

「アァ、きっと黒坊主だろ。そこの階段から、地下室に向かってった。領主追っかけてなァ」


 自分たちが上がってきたとは明らかに違う物音を耳にしたルイスがレズノフに質問を求めると、レズノフは親指を地下へと続く階段の方に向け、返事を返した。

 すると、それを訊いたゼシカが驚いたような声音でレズノフに問いかける。


「まさか、一人で行かせたの?」

「はい。何でも、お姫様を助け出すのは王子の仕事、なんですって。クッサいですよ…ぐへっ!」


 レズノフが答える前に、ミヒャエルが嫌味をありありと込めた口調で答える。

 ミヒャエルから事情を聞いたゼシカは、レズノフの投げたワインの空ボトルを額に受けて悶絶しているミヒャエルから、視線をレズノフへと移して説明を求める。


「残るはあの変態一人だったからな。まァ、大丈夫だろうと思ったんだよ」

「でも…」

「おっと、来たみたいだぜェ」


 言い返そうとしたゼシカを手で制して、レズノフは地下へ続く隠し階段へと視線を向ける。ゼシカは何か言いたそうにしながらも、レズノフに倣って視線を階段に向け、他の二人も階段に視線を向けたあたりで、息を荒げたジェードが姿を現した。

 だが、その姿は彼等の予想していたものとは大きく異なっていた。


「じ、ジェード、どうした、何があったんだよ、オイ!」


 階段を駆け上ってきて姿を現したジェードの姿は、思わずルイスが声を荒げてしまうような姿だった。コートの下に身に着けている衣服のあちこちを鮮血が濡らし、そこからさらに流れ出た汗が衣服を濡らしている。武器の類いは一切身に着けておらず、両手には彼が身に着けていた黒いコートで身体を包まれた少女が抱かれていたが、少女の口元は血で汚されており、黒いコートから覗く彼女の顔には生気が感じられずに、頭は力無く垂れ下がっていた。


「ナターシャは!? ナターシャはどうした!?」

「ま、まだ気絶してますよ。命に別状はありませんけど、多分肋骨をやられて…」

「クソッ!」


 駆け寄ってきたルイスを無視して、ジェードはミヒャエルにナターシャの状態を確かめる。そしてミヒャエルからナターシャが未だに意識を取り戻していないことを知ると、声を大にして悪態を吐いた。


「オイ、黒坊主。何があったのかさっぱり分かんねェんだが、説明はいつしてもらえんのかね? それとも、予約無しじゃ聞けないクチかァ?」


 そんなジェードの有り様を見たレズノフが、呆れ混じりの表情でジェードに問いかける。

 一方のジェードは、レズノフの軽口混じりの質問に、思わず刺すような視線をレズノフに向けたが、すぐに頭を振って苛立ちをある程度抑え込んでから、レズノフだけでなくこの場の全員に訴えかける様にして言葉を発した。


「下で見つけた女の子なんだが、いきなり血を吐いて苦しみだした! 身体もどんどん冷たくなってきているし、早く手を打たないとヤバいかもしれない!」








「……着いたぞ、ヤハド」


 太陽が段々とその全貌を現し始めた明け方近く。ドーマの屋敷を後にしてから数時間は経った頃合いで、御者台に座っているヴィショップは軽く馬車の車体を叩いてヤハドに声を掛ける。

 そんなヴィショップが手綱を握る馬車の周りの風景は先程までのような、“元の世界”では未開の地と揶揄されてもおかしくはないような自然の息吹を飽きる程に感じさせる若草色の風景から、石造りの建物が建ち並ぶ、灰色の風景へと様変わりしていた。

 その風景は『ルィーズカァント』領の中心都市、『パラヒリア』を彷彿とさせたが、はっきりした相違点が存在した。それは街としての規模が『パラヒリア』と比べて小さなものであることだったり、石造りの建物が中心だったりといった点が挙げられたが、それよりも遥かに大きな相違点が存在した。それは、ヴィショップの鼻孔をくすぐる潮の匂いだった。

 そう、ヴィショップ達は今、『ルィーズカァント領』最北端の街、『ライアード湾』に隣接する港町『ダンルート』に訪れていたのだった。


「分かった」


 ヴィショップの言葉から一拍遅れて返事が返ってきたかと思うと、背後から小声で話し声が聞こえてくる。恐らくはヤハドが、連れてきた少女たちにこれからのことを説明しているのだろう。


(ったく、妙な所で甘い奴だ…)


 ヴィショップは微かに聞こえてくるヤハドと少女達の話し声を聞いて苦笑を浮かべると、視線を目の前の二階建ての建物へと向ける。その建物には『フィティッシュ』という文字の書かれた看板が掲げられていた。


(あの連中の言ってたことに間違いが無いのなら、ここで会ってる筈だな…)


 数日前に『コルーチェ』のメンバーから引き出した情報を思い浮かべながら、ヴィショップは微かに口角を吊り上げる。

 彼等の情報によればこの建物の中に、ドーマとの契約の責任者…つまりはこの土地に忍び込んでいる『コルーチェ』の統括者とその仲間達が潜んでいる筈であった。

 ヴィショップはゆっくりと進ませていた馬車を『フィティッシュ』の入り口の前で停めると、御者台から飛び降りる。周囲には開店準備を進めているいくつかの店の人間が居たが、彼等はこちらに視線を向けることは無く、黙々と己の作業を行っていた。

 御者台から飛び降りたヴィショップは、ホルスターに差し込んでいた白銀の魔弓を一挺取り出し、シリンダーを開いて魔弾が装填されていることを確かめる。今、ヴィショップの恰好は神導魔法を使用した変装時のものから、いつも通りの黒の外灯と黒いカウボーイハット姿へと戻っていた。


「よし、気を付けて降りるんだ……そうそう」


 ヴィショップが二挺目の魔弓のシリンダーの中身を確認していると、ヴィショップと同じ様にいつも通りの恰好に戻ったヤハドが、二人の少女が馬車から降りるのを手伝っている所だった。

 ヴィショップは少女達が完全に降り切るのを無言で眺めながら待つと、少女たちが下りたのと確認して車体から荷袋を取り出し、左手に持ったヤハドに声を掛けた。


「フェミニストと呼ぶべきか? それともペドフェリアか?」

「下らないことをほざくな、米国人。行くんだろう?」


 ヴィショップの軽口に顔をしかめつつ、ヤハドは顎をしゃくって『フィティッシュ』の扉を指し示す。


「まあな」

「なら無駄口叩かずにさっさと行くべきだ」

「そう言うなよ。長めのドライヴでちょっとばかし疲れてるんだ」


 ヤハドの言葉に対して、ヴィショップは首を鳴らしながら返事を返す。

 もっとも、例の小屋から『ダンルート』までの道筋では、慣れない馬車の運転に気を遣う以外では特に困難があったわけではない。というのも、屋敷の騒動こそあったとはいえ、電撃的に行われた作戦のおかげで屋敷以外では殆ど騒ぎになっておらず、『ダンルート』に続く道に出る為に『パラヒリア』を横断しても特に人の目に留まることは無かった(無論、道は選んだが)し、それからの道のりも魔獣避けの効力を持った神導具を組み込まれた外灯のおかげで魔獣に会うこともなかったからだ。


「やはり老人(ロートル)か。寄る年波には勝てないと見える」

「安心しろ、それでもてめぇよりは役に立つさ。そのガキ共もつれてこいよ」


 馬鹿にしたような笑みを浮かべて軽口を叩くヤハドに対し、ヴィショップは大して気にも留めてない様子で軽口を返すと、ムッとした表情のヤハドに背を向けて『フィティッシュ』の入り口へと歩いていく。そして準備中の札が掛けられた扉の前に立つと、ヤハドが少女達に自分の後ろを付いてくるように言い聞かせるのを待った。


「なぁ、米国人」

「なんだ、テロリスト」


 少女達との会話を終えたヤハドがヴィショップの隣に立ち、話しかける。


「あの豚以下の畜生は……ちゃんと断罪されるだろうか?」

「安心しろ。奴の頭がギロチンの錆になるぐらいには証拠を残してきてる。ただ…」


 一瞬顔を覗かせた苛立ちの表情を押し込めてのヤハドの質問に答えつつ、ヴィショップは目の前の扉の取ってに手を掛ける。どうやら鍵は掛かっていないようだった。


「それ以上を求めようと思えば、骨を折らなきゃならん程度には証拠を潰してきたがな」


 ヴィショップは最後にそう付け加えると、扉を押して『フィティッシュ』の中へと足を踏み入れる。


「……表の看板が見えなかったのかい?」


 扉を開いた先でヴィショップ達を出迎えたのは、一つに付き四脚の椅子が逆さまにされて乗っけられている丸テーブルがいくつかと、腰に届く程度の高さの椅子が十脚程並べられたカウンター。そしてカウンターの前の席に三人、裏に一人の計四人で木製のカウンターを挟んでカードに興じる男女の姿と、カウンターの裏に立っている三十代前半の男性の不愉快そうな声だった。

 四人の視線がヴィショップとヤハドへと集中する。ヴィショップは入り口の前で無言で立ちつくし、四人がヤハドの背後に隠れるようにして立っている二人の少女の存在に気付いて視線をそちらに移すのを待ってから、口を動かしつつカウンターに歩み寄り始めた。


「見えたさ。ただ、お宅んとこのボスと話がしたくてね。お宅がやっているビジネスについて」


 四人の視線が再びヴィショップへと集中する。ヴィショップの言葉を受けた四人は互いに一瞬視線を交錯させると、一番右側に座っていた痩せ気味の男が立ち上がってカウンターに向けて歩いているヴィショップに近づいてきた。


「そうかい。だが、こっちはテメェの話なんぞ聞きたくねぇんでな。とっととケツ捲って帰るか、それとも…」


 男はヴィショップに脅しめいた文句を吐きながら、右手を伸ばしてくる。その瞬間、ヴィショップは男に向かって一歩踏み込むと、左手で男の右手を掴んで動きを封じ、右手をホルスターに伸ばし、右手で魔弓のシリンダー部分を逆手で持つようにして引き抜くと、男の鼻っ面に魔弓のグリップをハンマーのように振るって叩き付けた。


「ッ! テメェッ!」


 男が鼻孔から鮮血を噴出させる様を見て、残りの三人が動き出そうとする。

 しかしヴィショップは男の右手を掴んでいる左手を離してホルスター収められているもう一挺の魔弓を引き抜きつつ、右手の魔弓を手の中で躍らせ、グリップを逆手で握り引き金に小指をかけると、両手に納まっている二挺の魔弓の射出口をカウンターの前の二人に向けた。

 魔弓の射出口を向けられ、腰のナイフに手を伸ばそうとしていた男女の手がピタリと止まる。だがそれで退く気は無いのか、残るカウンター裏の一人が肉切り包丁を振り上げ、ヴィショップに向けて投げつけようとした。

 しかし男の手から肉切り包丁が離れるよりも早く、背後のヤハドの手から離れた曲刀が並べられていた酒瓶を派手な音を立てて割りつつ男の顔の真横の壁に突き刺さった。男は自分顔から数センチと離れていない場所で自分の横顔を反射している曲刀の刀身を横目で見ると、ゆっくりと投擲しようとしていた肉切り包丁を下ろした。


「ナイフを床に落として、こっちに向かって蹴れ。蹴ったら、両手を頭の後ろに回して跪け」


 ヴィショップは自分のすぐ隣を横切ってから壁に突き刺さった曲刀に一瞬だけ視線を向けてから、自分の足元で気絶している男以外の三人に命令する。

 三人は言われた通り、ナイフと肉切り包丁をカウンターの前の男の足元に落とすと、ヴィショップに向けて蹴りつけた。


「今回は随分と強引だな」


 自分の足元に滑ってきたナイフと肉切り包丁を入り口に向けて蹴りつけていると、少女達をあとに引き連れたヤハドがヴィショップに声を掛けた。


「手合いと目的によってやり方も変えるさ。今回はこういうやり方の方が話が早い。それより、曲芸ごっこに興じるならもうちょっと上手くやってくれないか?」

「感謝するといい。もし俺が下手だったら曲刀は貴様の真横を抜けて壁に突き刺さるのではなく、貴様の背中の突き刺さっていたのだからな」

「あぁ、そうかい。お前、こっちに来い」


 手放した曲刀の代わりにナイフを抜き放つヤハドの軽口に引きつった笑みを浮かべつつ返事を返すと、ヴィショップは左手の魔弓の射出を動かして、カウンターの前で跪いている女にこっちにくるように命令する。

 女は最初、じっとヴィショップを睨み付けたまま動かなかったが、ヴィショップが溜め息を吐きながら歩み寄り、女の顔を蹴り飛ばすと、より一層の殺意を込めた視線を向けつつも要求通りに動き始めた。


「じゃあ、俺は連中のボスと話を付けてくる。ガキを一人こっちに回せ」


 逆手でグリップを握っている右手の魔弓を左のホルスターに納めると、ヴィショップは左手の魔弓を右手に持ち替え、射出口を女の背中に押し当てながらヤハドに少女を一人渡す様に告げる。

 ヤハドは二人の少女の内片方に顔を向けてしゃがみこむと、ヴィショップについていくように言いつける。ヴィショップはその光景を横目で確認してから、右手を持ち上げ、魔弓の射出口を女の肌を撫でる様にして動かすことでブロンドの髪を退かして耳を露出させると、魔弓の射出口を耳の輪郭に合わせて這わせつつ口を開いた。


「お宅のボスの所まで案内しろ。代わりが三人も居ることを忘れるなよ?」


 ヴィショップがそう告げると、女は舌打ちを打った後、微かに首を縦に振る。それを確認したヴィショップは微かに口角を吊り上げると、振り向いて少女が自分の後ろに立っているのを確認してから、ヤハドに向かって指示を飛ばした。


「そこの三人を見張ってろ、いいな?」

「しくじるなよ、米国人」

「お前よりはスマートにやってのけるさ。進め」


 ヴィショップは小さく笑みを浮かべて軽口で返事を返すと、女の視線が床に向く程に魔弓の射出口を女の後頭部に押し当て、動くように命じ、もう一度舌打ちを打ってから、店の奥の扉に向かって進み始めた女のあとについていった。


「ここだな?」


 店の奥にあった扉を抜け、一つの神導具と窓から差し込む明け方の日差しだけが光源となっている階段を上って少し進んだ先の扉の前まできたヴィショップは、女に訊ねる。

 女は一瞬だけ視線をヴィショップに向けた跡、微かに首を縦に振って質問に答えた。


「よし。退いてろ」


 ヴィショップは女と少女を脇に退かせると、指を動かして魔弓のグリップを握り直してから、右の足裏を目の前の扉に向けて叩き込んだ。

 派手な音と共に蝶番が吹き飛び、扉が蹴破られる。その瞬間、ヴィショップは脇に退かせていた女の髪を掴んで引き寄せると、身体の前面に引きずり出して盾の様に扱いながら部屋の中に踏み込んだ。


「かはっ…!」


 部屋に入るや否や、ダブルベッドの上に腰掛けていた下着姿の男がヴィショップ目掛けてナイフを投擲してくる。ヴィショップは引き寄せていた女で投擲されたナイフを受けると、女を真横に突き飛ばしつつ男に向かって突進した。

 男は立ち上がると、ベッドの上で一糸纏わぬ姿で固まっていた女を引き寄せ、ヴィショップに向かって突き飛ばす。ヴィショップはその女を左の裏拳で殴り飛ばして脇に転がし、更にその隙を突いて繰り出された男の前蹴りを姿勢を低くしつつ顔を逸らして躱すと、男の腹に肩を突き刺す様にして突っ込み、両手を男の腰に回してそのまま押し倒した。


「ぐっ…!?」


 男が呻き声を漏らしながら背中から床に倒れ込む。一緒床に倒れ込んだヴィショップは機敏な動作で身体を起こし、左腕を男の筋肉質な胸元に押し付けて身体を抑え込みつつ、右手の魔弓の射出口を男の額に突き付けた。


「女とヤッてる最中にお邪魔されるのには同情するがな、いきなり殺しにかかるのは酷いんじゃないか?」

「……何者だ?」


 ヴィショップが苦笑を浮かべつつ軽口を叩くも、金髪を短く刈り込んだ男はそれに答えることはなく、灰色の目でじっとヴィショップを見据えつつ短い言葉で問いかける。


「何、あんたと取引したくてきただけさ。…入ってこい」


 ヴィショップは笑みを浮かべつつそう答えると、外で待たせていた少女を呼ぶ。

 数秒後、少女は怯えきった様子で恐る恐る部屋の中へと入ってきて、入り口近くで胸元にナイフの柄を生やして苦しげに喘いでいる女の姿を見て、腰を抜かす。

 ヴィショップは鼻孔を刺激するアンモニア臭に小さく悪態を吐いてから、男に問いかけた。


「見覚えがある筈だ」

「知らない顔だ」


 ヴィショップの問いかけに対し、男は一瞬の間も置かずに返事を返してくる。

 そんな男の態度にヴィショップは小さく笑みを漏らすと、男の胸元から左腕を離し、外套のポケットに伸ばして中から掌に納まるほどの円形上の物体を取り出した。


「ならこっちはどうだ? あんたんとこの馬鹿達が持ってたやつだ」


 ヴィショップが男の顔の横で、処理係の男達が定期連絡様に使用していた神導具を振って見せる。

 男は視線だけを動かして神導具を見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「ウチの馬鹿三人が世話になったようだな?」

「使い古された手だな。あんたんとこの馬鹿は二人だ」


 男の質問に対しヴィショップがそう答えると、男は小さく舌打ちを漏らす。そして少し思案した後に、渋々といった様子でヴィショップに問いかけた。


「何が望みだ?」


 男がそう問いかけた瞬間、ヴィショップは軽く口角を吊り上げて薄笑いを浮かべると、その薄笑いを浮かべたまま言葉を発していく。


「まず話を聞いてもらおう。要求はそれからだ」

「ならさっさと話せ」


 男がそう言うと、ヴィショップは左手に持っていた神導具を外套のポケットに納めてから語り始めた。


「簡潔に行こう。まず、あんた等が契約してたドーマ・ルィーズカァントがその変態趣味を暴かれてギルドに抑えられた。今日の日付が変わってすぐにな」

「……それで?」

「証拠は揃っているから処刑台行きは免れないだろう。だがその一方で、あんた等との繋がりを持つ証拠は殆ど無い。ガキの死体処理に使ってた小屋は燃やしたし、死体もまた然り。生き証人のガキもこっちで押さえてる。抑えたギルドが弱小な上に、あんたなら知ってるだろうが騎士団自身が事件に絡んでたこともあって本格的な動き出しには時間が掛かるだろう。だから、恐らく今からあんた等が自国に逃げ帰るだけの時間はたっぷりある筈だ」

「お前が連中の側に回らなければ、だろう?」

「そういうことだ」


 男の言葉を、ヴィショップは満足気に頷いて肯定する。

 男は冷淡な表情を浮かべたままヴィショップを睨み付けた後、何を求めているのかを訊ねた。


「お前が切ろうとしている“カード”は分かった。で、俺はどんな“カード”を切ればいい?」

「『スチェイシカ』入国、及び反政府組織との接触の手引きをしてもらいたい」


 ヴィショップがそう発した瞬間、眼下の男の両目が驚きに大きく見開かれる。そして男は何かを言おうとして口を動かし掛けると、結局動揺を振り払えぬまま言葉を発した。


「…目的は何だ?」

「国家転覆」


 疑惑に満ちた視線を向ける男の問いに、ヴィショップは間髪入れずに答える。すると、つい先程崩れたばかりの男の鉄面皮が、いよいよ原型を留めない程に崩れ去ってしまった。


「……正気か?」

「恐らくはな」


 狂人でも眺めているような表情で男が問いかけてくると、ヴィショップは苦笑を浮かべながら返事を返す。男は呆気に取られた表情を浮かべた後、出来る限り表情を淡白なものに変えて(それでも当初の表情には及んでいなかったが)ヴィショップに訊ねた。


「入国の手引きは分かる。だが、何故レジスタンスとの接触の手引きが俺に出来ると踏んだ?」

「簡単な話だ。あんた等は現体制下、正確には現国王の代になってから国内での活動を著しく制限されてるからさ」


 ヴィショップの言葉を受け、再び男の瞳が驚愕に大きく見開かれる。ヴィショップはその様を見て薄笑いを浮かべると、そう考えた根拠について話し始めた。


「考えれば分かりそうなもんさ。わざわざ外国、しかも仮想敵国の貴族相手にガキを商品にした取り引きする理由なんぞ、国内で活動が出来ないか、もしくは政府からのバックアップを受けてるかくらいしかねぇ。んでもって、後者の線はわざわざ『グランロッソ』を超えた先の国にまで手を伸ばしてガキをかき集めてる時点で消える。政府が後ろ盾についてるなら自国内でいくらでも集められるからな。ってことは…」

「分かった、もういい」


 淀みなく発せられるヴィショップの言葉を遮って、男が声を上げる。

 ヴィショップは男の要求通り口の動きを止めると、手を額の上に載せて大きく溜め息を吐く男の姿を見てからゆっくりと立ち上がった。


「お前の要求も目的も意味不明だ。はっきり言ってただの狂人にしか思えん。…だが、言っていることが的を得ているのも事実だ。確かに俺達は国内で満足に活動出来ていないし、レジスタンスとのコネクションもある」

「ということは?」


 立ち上がったヴィショップは、眼下の男に向かって左手を差し伸べる。男は視線を動かして差し伸べられた左手をじっと見つめると、最後にもう一つ大きな溜め息を吐いてから、額の上に載せていた手でヴィショップの左手を掴んだ。


「いいだろう契約成立だ」

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