老人ヴィショップ、暗黒の塔に至る
窮奇との会合から約一日後。曇天の空から降り注ぐ雨粒が車体を叩いて無秩序なリズムを刻む中、ヴィショップと黎、そして両者の部下数名が乗った車は、前と後ろを行く他数台の車と共に、煌びやかな上海の中心地区を外れ、くたびれたコンクリート造りの建物が建ち並ぶ、上海の一角に訪れていた。
『龍天飯店』での会合、そして撃ち合いの後、生き残ったヴィショップと黎は互いに部下を呼びつけると、窮奇のメンバーの中でも黎とその腹心しか場所を知り得ない隠れ家へと向かった。そこでヴィショップは黎から彼の知りうる事実…ヴィショップを上海に呼びつけ、クラブ・ネメシスと手を組むことを言い始めたのが劉であること。その裏で劉の孫がカタギリによって誘拐されており、孫を人質に劉が脅されてそのようなことを言い出していたということ。唐突にクラブ・ネメシスと手を組むなどと言い出したことを訝しげに思った黎が劉の身辺を秘密裏に洗った結果、黎は事実に辿り着いていたが、ここで明らかにすれば窮奇の当主として確かな権力と人望を持つ劉によって消されかねないのと、劉を殺す大義名分を手に入れる為に今日まで泳がせていたこと。そして、劉に当てて送られてきた脅迫用のDVDから、カタギリの潜伏先を割り出すことに成功しているということを聞かされていた。
そして今、一日を使って襲撃の準備を整えたヴィショップと黎は、カタギリを抹殺すべくカタギリの潜伏先へと向かっていた。
「あとどれくらいで着くんだ?」
「もう数分といったところでしょう」
車体を打つ雨粒の音を聞きながら手持無沙汰に弾丸を磨いていたヴィショップが、運転席に居る黎の部下に目的地までの場所を訊ねると、黎と同じく流暢な英語で返事が返ってくる。
今回、カタギリの潜伏先を襲撃するにあたって集めた人員の中で、英語が喋れない人間は一人も居ない。というのも、これはクラブ・ネメシスの指揮を執るヴィショップが中国語を話せず、英語でなければコミュニケーションがとれないが故の処置だ。もっとも、そのせいで襲撃の人員の選抜基準が歪んでしまったのだが。
「そうか……。全員、準備は出来てるな?」
黎の部下の返事を受け取ったヴィショップは磨いていた弾丸をパイソンのシリンダーの中に納めると、車内に居る人間の顔を見回して問いかける。彼等は手にしている安価な短機関銃や突撃銃を構えてみせると、ある者は返事を返し、またある者は返事を返さずにヴィショップに少し視線を向けて見せた。
ヴィショップはそんな彼等の態度を見て満足気に笑みを浮かべると、パイソンのシリンダーを音を立てて閉じた。
「ところでミスター・ラングレン。貴方の武器はそれだけでよろしいのですか?」
するとヴィショップの隣で、ガムテープで二つに連結したマガジンを差し込んである短機関銃を持った黎が、パイソン以外の武器を持っていないヴィショップに視線を向けて問いかける。
「あぁ、これだけで充分だ。年取るとフルオートの武器は腰に響くんでね」
「そんな調子なら隠れ家で待ってていただいた方が助かるんですがね。こう見えて私、年上の人間に対して無礼な態度を取る一面があるので、足を引っ張るようなら見捨てかねませんが」
「ハッ、んなこたぁ、さっきの中華料理店でいやという程実感したから構わねぇよ」
その眼に挑発の色を宿す黎の発言に、ヴィショップは小さく笑みを浮かべて返事を返した後、シリンダーを閉じたパイソンを手元でクルクルと回転させて弄んだ後、ホルスターに納めてから答えた。
「それに……奴はカインを殺しやがった。その落とし前だけは付けなきゃならねぇ。命に代えてもな」
虚空を見つめながらそう告げたヴィショップの瞳には、確かな殺意が宿っていた。文字通り、刺し違えてでもカタギリを殺そうとする、純粋で濃厚な殺意が。
そんなヴィショップの瞳を見た黎は、枯れ果てる目前の老人にしか見えないヴィショップが放つ殺意に感嘆しながらも、それと同時に疑問を抱いていた。
(カイン・チェンバースはクラブ・ネメシス創立時からのメンバー。殺した相手を刺し違えてでも殺したくなる程に思い入れがあってもおかしくはないが…何だ? 何かが違う…)
黎に返事を告げた後はすっかり黙りこくってしまったヴィショップの姿を横目で眺めながら、黎は思考を巡らせる。
(何というか……まるで生きようという意志が感じられない…。これじゃあ、例えカタギリを殺して生きて返ってこれたとしても…自殺しかねない様な…)
黎がヴィショップの姿を横目で捉えながらそのようなことを考えていると、不意に身体に振動が奔り、車が動きを停めた。
「つきました、ボス」
「…分かった」
運転席に座っていた部下が振り返ってそう告げる。
黎は返事を返すと部下達に車を降りるように伝え、ヴィショップも同じ行動をとる。そして部下達が車から降り切った後、ヴィショップと黎もそれぞれの得物を手に車から降りた。
空から降り注ぐ雨粒がスーツを濡らすのも構わず、ヴィショップは目の前に鎮座する古びたビルを見上げる。日の光が差さぬ中、所々にひびの入ったコンクリートの壁面を雨粒で濡らすその姿は、言いようのない威圧感を帯びていた。
「ここで間違いないんだな?」
「はい。数日前から部下に見張らせていますが、ここを出払った形跡はありません」
ビルを見上げながらヴィショップが訊ねると、黎がそれに答える。
「襲撃から一日が経っているにも関わらず部下から連絡が無い。そんな状況にも関わらず住処を変えないってことは…」
「住処が割れていないと思っているか…あるいは罠でしょうね」
「…フン」
黎の発した言葉を聞いてヴィショップは鼻を鳴らすと、視線をビルの入り口へと向け、自分の部下達に指示を下す。
「第一陣、突っ込め」
ヴィショップが指示を下すと、ヴィショップの部下の内、半分程が各々の得物を構えて入り口に向かって走り出す。黎はその光景を横目で確認すると、顎で入り口を指し示して自分の部下達にも同じ行動をとらせる。
ヴィショップと黎の部下達、十数人程がビルの入り口に向けて殺到。そして入り口の扉の蝶番を散弾銃で吹き飛ばすと、扉を蹴破ってビルの中へ次々と姿を消していった。
「これで殺せると思います?」
「カタギリが馬鹿ならな。そうじゃなければ…」
部下達が消えていったビルの入り口へと視線を向けながら、黎がヴィショップに訊ねる。それに対しヴィショップが返事を返そうとした瞬間、ビルの二階辺りから爆発音が上がった。
「始まったみたいだな」
「…ですね」
突如上がった爆発音に部下達が目を見開く中、ヴィショップと黎は冷淡な表情を浮かべたまま会話を続ける。
爆発音が上がった直後、ヴィショップと黎が見つめる中で、今度は複数の銃声が上がり始めた。銃声は最初の数秒程こそ絶え間なく鳴り渡っていたが、次第にその数は減っていき、三十秒程したところで完全に潰えてしまった。
「連絡」
「は、はい」
急に静寂が戻ってきたビルを茫然とした様子で眺めている部下に、ヴィショップが指示を飛ばす。指示を受けた部下はハッとした表情を浮かべると、懐から無線機を取り出して中に入っていった連中と連絡を取り始めた。
「オイ、そっちはどうだ? 大丈夫か?」
『…………………』
「オイ、聞いてるのか!? そっちの様子はどうなんだ?」
『…………………』
「…応答、ありません」
だが、いくら声を荒げて返事を返すように要求しても、無線機から流れてくる音声はザーッというノイズのみ。そのことを部下がヴィショップに伝えると、ヴィショップは小さく鼻を鳴らし、ショルダーホルスターからパイソンを抜き取った。
「行くぞ。カルロとフライが先頭、俺と黎が殿だ。…それでいいな?」
「えぇ、構いませんよ」
「よし。んじゃ、行け」
ヴィショップは黎から確認を取ると、部下二人に先頭を進みように指示を出す。
「わ、分かりました」
先頭を進むように言われた部下二人は額に大粒の汗を浮かべ、唾を呑みこんでからヴィショップの言葉に返事を返すと、短機関銃を構えてビルの入り口へと向かう。その後ろを残りの部下達が続々とついていき、最後にヴィショップと黎が最後尾について歩き始めた。
部下達の後に続いてヴィショップと黎がビルに入ると、まともな家具が一切置かれていない廃墟の様な光景が彼等の目に飛び込んでくる。
奥の方から臭ってくる確かな血の臭いをしっかりと嗅ぎ取りつつ、ヴィショップはパイソンを、黎は短機関銃を構えながら一通り部屋の中に視線を巡らせて、特に目ぼしいものが無いことを確認すると、部下に手で先に進むように指示を送る。部下はヴィショップの指示を確認すると、手に持った得物を構えながら奥へと進んでいき、ヴィショップと黎はそのあとを追って歩き始めた。
「ボス!」
そうしてビルの一回を探索していると、先頭を歩いていた部下が声を上げる。
「どうした?」
「死体です!」
部下の返事を聞いたヴィショップは黎と一瞬視線を合わせてから、部下の許へと歩いていく。二人は先頭の部下が屈みこんでいる場所…二階へと続く階段がある所まで辿り着くと、階段の目の前でスーツを血で濡らしながら死んでいる男の姿を確認した。
「…見ねぇ顔だ。そっちは?」
「ふむ、どうやら私の部下で間違いないようです」
血まみれで死んでいる男の死体を見下ろしながら、ヴィショップと黎は言葉を交わす。
「そうか。ところで、他の死体はまだ見つけられてないのか?」
「はい。恐らくはこの上にあると思うのですが…」
ヴィショップに訊ねられた部下が、返事を返しながら恐る恐る顔を上げる。その視線の先には、夥しい量の血で足の踏み場も無い程に汚れた踊り場が存在していた。
「ありゃ、一人やそこらの血じゃねぇな」
「そうですね。恐らく、爆弾は階段を上った先にでも仕掛けられていたんでしょうね」
すっかり赤一色で塗りつぶされた踊り場を見つめながら、二人は言葉を交わす。そして会話を終えると立ち上がり、部下に先に進むように指示を出した。
先頭を歩くヴィショップの部下の男はその指示を受けると、明らかに躊躇いを孕んだ表情を浮かべていたが、やがて覚悟を決めると階段を上り始めた。その後を他の部下達も進み始め、最後にヴィショップと黎が階段を上がり始める。
「随分と派手にやったな」
「みたいですね。明るくないから分かりにくいかもしれませんが、探せば肉片の一つでも落ちてそうです」
踊り場近まで登ってきたヴィショップと黎は、壁はおろか天井にまで血液が付着しているといった有り様を見て、無感動なやり取りを繰り広げる。
「に、二階…到達。敵の姿は特に…うっ…ありません」
「分かった。じゃあ、中に入れ」
すると、先頭に立っている部下の嗚咽混じりの声が聞こえてくる。その先に何があったのかを悟ったヴィショップは呆れ混じりの笑みを浮かべると、部下にそのまま進むように命じた。
「は、はい…」
部下の気弱な声が返ってきて、列が前へと動き始める。ヴィショップと黎は水たまりを踏みつけたような音を立てながら、そのあとについていった。
一段一段階段を上がっていくにつれて、壁等に付着した血液が深く、そして多くなっていく。その上途中の手すりには内臓らしきものまで付着していたが、ヴィショップはついうっかり手で触れてしまったそれを何でもない様な表情を浮かべながら手すりから叩き落として、階段を上っていった。
そして、自分と黎以外には目の前の二人の部下を除いた全員が階段を上り切って二階へと辿り着き、あと三段程で二階に辿り着くといった時だった。
「ボス、この部屋は特に異常……来やがった!」
階段を上り切った先の、一階と同じく廃墟然とした殺風景な部屋を確保していた部下達の怒声が、突如としてヴィショップ達の鼓膜を揺らす。と、同時に銃声が響き渡り、銃撃戦が始まった。
「クソッ! 援護に回ってきます!」
「ボス達はここで!」
銃声を聞いた黎とヴィショップの部下二人が、悪態を吐いて階段を上り切ろうとする。だがその瞬間、ほぼ同時ともいえるタイミングでヴィショップと黎の手が二人の服に向かって伸び、銃撃戦に参加しようとする部下達を引き留めた。
「何ですか!?」
「待て。お前達はここで待ってろ」
状況が状況だけに荒々しい口調で返事を返してきた部下に対し、ヴィショップは冷静な態度のままそう告げる。その隣では黎とその部下が、言葉こそ発していないものの似たようなやりとりを行っていた。
「黎、コンパクトミラー持ってるか?」
部下を後ろに引かせて前に出て来た黎に、ヴィショップが問いかける。
「持ってますよ」
「なら、貸してくれ」
「貴方は持ってないんですか?」
「持ってるが壊したくないんでね」
「あぁ、そうですか…」
黎は呆れ混じりに呟くと、懐から取り出したコンパクトミラーをヴィショップに向かって軽く放る。ヴィショップはそれをキャッチすると、右手でパイソンを構えながら階段を上がっていく。途中、踏みつけた血液がビチャビチャと音を立てたり、床に転がっていた人の腕らしきものに躓いたりしたものの、ヴィショップは一気に二階まであと一段というところまで辿り着くと、壁に背を着ける。そしてコンパクトミラーを持った左手を壁から僅かに突き出して、二階の様子を確認し始めた。
「どうです?」
「ちょっと待てよ…。うん。どうやら押してるみたいだな」
自分の後を追ってやってきた黎の質問に答えながら、ヴィショップはコンパクトミラーを使って二階の様子を確認する。
コンパクトミラーを通してヴィショップの目に移ってきたのは、あちこちに血液やら身体の一部やらが飛び散っている以外は、一階と同じ様に廃墟同然の姿の部屋で、隣の部屋へに向かって銃撃を加える四人の部下と、その足元に転がる三人の部下の死体。そして隣の部屋から撃ち返している一人の少年と、その近くに転がっている少女の死体だった。
「あっ…」
そんな中、部下の一人が放った弾丸が少年の肩を抉る。少年の手から拳銃が離れて宙を舞い、少年は見えないてに突き飛ばされたかの如く背中から床に倒れ込んだ。
「よしッ!」
その光景を見た部下の一人が歓声を上げ、引き金から指を離して銃口を真上に上げる。それを見た他の部下達も同じように銃撃を止めて銃口を上げると、大きく息を吐き出した。
「ふぅ…。ったく、ガキが手間掛けさせやがって…」
「どうする? まだ生きてるみてぇだし、カタギリの野郎の居場所でも聞き出すか?」
「それがいいだろ。とりあえずボス達を呼んで…なんだ?」
少年から目を離し、部下達が少年をどうするかについて話していると、不意に足音のような物音が部下達の耳に飛び込んでくる。
それに気付いた男達が視線を物音の方向へと向けると、そこには肩を撃ち抜かれて使い物にならなくなった右腕をブラブラと無気力に揺らしながら部下達に向かって駆け寄ってくる、少年の姿があった。
「あぁん? 何のつもりだ、野郎?」
「……まさかッ!?」
到底脅威など感じられない遅々とした速さで、まるで親の胸元に飛び込んで甘えようとしているかの様に駆け寄ってくる少年を見て、部下の一人が怪訝そうな声を出す。だが別の部下は、少年の無事な方の腕が彼の服の下に伸ばされていることを見て取ると、焦りを露骨に表しながら銃口を跳ね上げ、引き金を弾いた。
「お、おい…!?」
短機関銃から吐き出された無数の弾丸が少年の身体に次々と突き刺さり、少年は身体のあちこちから鮮血をまき散らしながら風に弄ばれる木の葉の様に身体を回転させる。部下の一人が唐突に発砲を始めた仲間に驚き、止めさせようとして声を掛けようとするものの、彼の言葉が最後まで語られることはなかった。
何故ならその時既に、少年は何発もの銃弾をその身に受けているにも関わらず、服の下の素肌にガムテープで直に巻きつけていた“物体”から伸びている紐を引っ張っていたからだ。
「不味い…!」
その光景を見たヴィショップはそう呟くと、黎に向かって顎をしゃくって後ろに下がるように示し、急いで階段を駆け下りる。その行為でヴィショップが言わんとしていることを悟った黎も、その後を追って階段を駆け下り始めた。
そして、何が起きているのか分からない、といった表情を浮かべている部下二人にも下に向かって動くように告げたヴィショップと黎が踊り場まで降りてきた瞬間、
「クソッ!」
「クッ!」
耳をつんざく様な爆発音と共に建物が大きく揺れ、その衝撃でヴィショップは思わず踊り場の壁にもたれ掛った。
「おい、大丈夫か?」
「えぇ、まぁ…。にしても一体何が…」
「カミカゼだよ。時代錯誤もいいとこだが…効果的ではある」
「冗談じゃないですよ、まったく…。恐らく、二階で私の部下が壁の染みになったときも、今と同じ状況だったんでしょうね」
「だろうな」
「はぁ……あれだけ連れてきて今じゃたったの一人だけ。まったく、頭が痛くなりますよ」
振動が収まると、ヴィショップは壁に手をついて身体を離しながら、壁に手をついている黎に声を掛ける。黎はヴィショップの返事に答えると、少しずれ落ちた眼鏡を元の位置に押し戻してから視線を二階へ続く階段へと向けた。
「…行くぞ。んなところでガキみてぇに座り込んでねぇで、さっさと立て」
「す、すいません、ボス」
ヴィショップは黎の安否を確認すると、階段の途中で座り込んでいる自分の部下に立ち上がるように言う。ヴィショップの言葉を受けた部下は頭を二、三度振ってから立ち上がると二階に向かって歩き始め、ヴィショップはその後に続いた。その隣では、自分と同じく部下を先行させた黎が短機関銃を構え直して歩き始めていた。
「どうだ?」
「うっ……ヒデェもんですよ…」
「そうじゃなくて、敵が居るかどうか訊いてるんだ」
「…居ないようです、ボス」
改めて二階に辿り着いた部下が、周囲を警戒しながら二階の部屋へと足を踏み入れる。
その後ろに続いて階段を上っていたヴィショップが部屋の様子を訊くと、嗚咽交じりの返答が返ってくる。その具体性に欠ける返答にヴィショップは心内で舌打ちを打ちながらもう一度訊ねると、弱弱しい声音で返事が返ってきた。
「だとよ」
「分かりました」
ヴィショップは返答を効くと、後ろを歩いていた黎へと視線を向ける。視線を向けられた黎は小さく頷くと、前を歩いていた部下にヴィショップの部下と合流するように指示した。
黎の部下は無言で頷くと、手にした短機関銃を構えながら階段を上っていき、既に二階に到達しているヴィショップの部下の許に向かう。
「お前等、先行して階段までのルートを確保してこい。確保出来たら連絡しろ。いいな」
「了解、ボス」
「……」
黎の部下の足音が止まったことで二人が合流したことを悟ったヴィショップは、二人に三階への階段を見つけてくるように指示を送る。
だがヴィショップの部下はともかく黎の部下からは返事が返ってこず、ヴィショップが小さく溜め息を吐いて黎の方に視線を向けると、黎が呆れ混じりの笑みを浮かべながら部下へと指示を送った。
「ラングレンさんの指示に従いなさい。いいですね、鳩?」
「…了解」
一瞬の沈黙の後、黎の部下が返答を返してくる。そして返答が返ってきたかと思うと、その次の瞬間には二人分の足音が聞こえ始め、そして段々と遠ざかっていった。
「ボス、三階への階段、見つけました」
「よし、敵は?」
「居ませんでした」
「よし、行くぞ。案内しろ」
「はい」
ヴィショップの部下が二人を呼びに来たのは、それから三分後のことだった。
既に無線機を所持していない為に、わざわざ三階へと続く階段から戻ってきてヴィショップ達を呼びに来た部下の言葉を聞いたヴィショップは、呼びに来た部下を先頭に二階へと足を踏み入れる。
足を踏み入れてすぐに、少年の自爆によって殺された部下達、そして少年自身の血肉で彩られた凄惨な光景を目にすることになったが、ヴィショップはそれらの光景を見ても眉一つ動かさずに歩き続け、三階へと続く階段へと辿り着いた。
「自分が先行し、上への階段までのルートを確保してきます」
「当たり前だろ。何を高らかと宣言してやがる」
ヴィショップの方に振り向いてそう告げてきた部下に、呆れ混じりの表情を浮かべながらヴィショップは返事を返す。返事を聞いた部下は引きつった笑みを浮かべると、同じ様な指示を受けた黎の部下と共に三階に向かって上り始めた。
先程までの銃撃戦とは打って変わって静まり返っている建物内に、二人分の足音が微かに響く。そして二人の足音は段々と遠ざかっていく中、それは起こった。
「なっ、てめ…!」
「!?」
階段の前で待っていたヴィショップと黎の耳に、部下のものらしき叫びが飛び込んでくる。
二人は瞬時に視線を三階へと向け、不自然に途切れた叫び声の続きを待ったが、それ以上何か言葉が聞こえてくることはなかった。
「…刃物か?」
「でしょうね全く銃声がしなかった。それに、あの様子だと殆ど碌な反応も取れずに殺されたようですね」
銃声がしなかったこと、二人の耳に飛び込んできたのが殺される間際に上げたと思われる叫び声のみなことから、二人は三階で部下を殺した人物を予想していく。
つい先程まで会話を交わしていた部下が死んだにも関わらず、言葉を交わす二人からは動揺の類いは一切存在しなかった。彼らの中にあるのは、ただただ敵を滅ぼすことのみを冷徹に思考する、苛烈で陰惨な意志のみだけった。
「凄腕だな、きっと」
「でしょうね」
「数は恐らく一人だろう。多くても二人か」
「少なくとも、一人目を叫び声すら上げさせずに殺した後、もう一人を殺すまでに、刺客の姿を確認して叫び声を上げるまでのタイムロスがあるわけですからね。恐らく、それくらいが妥当でしょう」
「そしてこのビルは四回建て。となると…」
そこまで結論付けたヴィショップは、薄ら笑いを浮かべながら告げた。
「恐らくそいつがカタギリの切り札か」
「まぁ、そうなるでしょうね」
黎も同じように薄ら笑いを浮かべて言葉を返す。
そして二人は、確実に獲物を追い詰めていることを実感すると、各々の得物を構えて三階へと続く階段を上り始めた。




