シャンハイ・マフィア・ストーリー
扉を開いた先でヴィショップの眼に飛び込んできたのは、中華料理の並ぶ円卓に腰掛けた三人の男と、男達の後ろに一人につき二人組で立っている、計九人のスーツ姿の人物の姿だった。
ヴィショップは部屋の中の人物の顔を一通りぐるっと見回すと、ついてきた部下の内の一人が引いた席に腰掛けた。
「…遅かったな。連中、あまりいい顔はしないぞ」
ヴィショップが席に着くと、隣に座っている金髪のヴィショップと同じぐらいの年の男…カイン・チェンバーズが周りに分からないぐらいの声量で話し掛けてくる。
「いきなり呼びつけたんだ。それに、手を貸せと頼んできたのは向こうだろう? ならば、少しの遅刻は見逃すのが筋だ」
「確かにいきなりの話だったし、協力を申し出てきたのは向こうだがな。逆にこっちも連中の手を借りなきゃヤバいぐらいに追い込まれてる。共闘体制が設けられなきゃ不味いんだよ」
「会合の出席相手を待たせるのが、美国人の流儀なのですか?」
カインの言葉を、大して悪びれもしない態度でナプキンを取り付けながらヴィショップは対応する。そんな彼の態度にカインが少し苛立ちながら話を続けようとすると、入り口に立っていた男達をは違う、流暢な英語で横槍が入れられる。
ヴィショップはカインとも会話を中断して声が聞こえた方へと視線を向ける。その先には、メガネを掛けグレーのスーツを着た、いかにも出来るサラリーマン然とした男と、赤を基調としたデザインの長袍を着た、真っ白な髭を蓄えた八十代前後の男が座っていた。もっとも、どちらが言葉を発したのかは、スーツ姿の男の目から窺える挑発的な光のおかげですぐに分かったが。
「手を貸してもらう相手を自国に呼びつけるのが、中国人のやり口か?」
「…………フッ」
スーツ姿の男の言葉に対し、ヴィショップも挑発的な態度をとりながら返事を返す。
スーツ姿の男はヴィショップの言葉に返事を返さずに、じっとヴィショップのことを睨み付け、それにヴィショップも真っ向から応じる。そうして部屋の中の誰もが言葉を発しないまま十数秒程が過ぎたあたりで、急にスーツ姿の男が微かに笑みを漏らすと、今までとは打って変わって人当りの良さそうな笑顔を浮かべて口を動かし始めた。
「窮奇の黎精衛と申します。以後お見知りおきを、ヴィショップ・ラングレンさん」
「どうも、よろしく」
先程までの挑発的な態度からは想像もつかないような紳士的な態度で自己紹介を始める、黎。それに対し、ヴィショップも彼と同じように先程までの態度を潜めた、友好的な態度で接すると、黎は穏やかそうな、それでいて本心の見えない笑みを浮かべると、隣に座っている長袍を着た男を紹介し始めた。
「こちらが、窮奇の当主でございます、劉淵明殿です」
「よろしく、淵明殿」
ヴィショップは黎に紹介された劉の方に視線を向けて言葉を掛けるが、返事は返ってこず、ただじめっとした視線が向けられるのみ。
それでもヴィショップは不快そうな顔一つ浮かべずにいると、黎が笑みを絶やさぬまま言葉を発する。
「さて、チェンバースさんとはもう互いに自己紹介を済ませているので、本題に入るとしましょう。時間も押していることですしね」
さらりと皮肉を混ぜることも忘れずに黎はそう告げると、パチンと指を鳴らす。すると、黎の後ろに控えてきたスーツ姿の女性がリモコンの様なものを取り出して操作し始める。
「…派手だねぇ」
女性がリモコンのボタンを押した途端、室内の灯りが落ち、部屋は真っ暗とはいわないまでも互いの表情が読み辛くなる程度には暗くなる。そして、ヴィショップが苦笑を浮かべて呟く中、もう一回女性がボタンを押すと、天井からプロジェクターが姿を現し、部屋の壁に映像を映し始めた。
部屋の壁に映し出された映像は、白いスーツを身に纏い、一目で染めたと判別できる程に派手な金髪に二十代後半程度の男だった。
「レンノスケ…カタギリ…!」
暗くなった部屋の中で、誰かが映し出された男の名を呟く。ヴィショップが呟きの漏れた方へと視線を向けていると、映し出されている映像についての説明を黎が始めた。
「今映し出されている男の名は、レンノスケ・カタギリ。通称、チルドレン・プレイヤー。日本の暴力団、岸間組の若頭にして、二年前の新宿暴力団組員連続殺人事件の首謀者であり、そして…」
黎はそこで一旦言葉を切ると、映像からヴィショップ達の方に視線を向けた。
「現在、上海で我々窮奇と、クラブ・ネメシス上海支部を同時に相手取っている男です」
自分達へと注がれる黎の視線をはっきりと感じながら、ヴィショップとカインは金髪の男の映像へと視線を向け、数日前にしたように、映像の男について知っている知識を頭から絞り出す。
(二年前、岸間組に敵対している新宿一帯の暴力団の幹部連中を、大小問わず殺しまくった岸間組の若頭…。主に子供を使用しての手段を問わないやり口から、所属している岸間組からすら恐れられ、挙句の果てに裏切られて死んだ筈だが。ったく、カインから聞いた時は半信半疑だったが、こりゃ、年寄りにはキツい仕事になりそうだ…)
物思いに耽りながら映像を眺めること数秒後、ヴィショップは小さく息を吐き出すと視線を黎へと向け、念押しの意味合いを込めて言葉を発した。
「だが、こいつは死んだって話だ。なんでも、ジャパニーズ・ヤクザ共が殺して、バラバラに引き裂いて犬のエサにしたとか。俺はてっきり、こいつが化けて出るなら犬の糞の姿で出ると思ってたよ」
「我々もそのように聞いていましたが…どうやらこれは死鬼の類いではなく、本物の生者のようです」
黎はヴィショップの軽口に答えると、背後に控えている女性に支持を送る。女性は軽く頷くと、リモコンを操作して映し出されている映像を切り替えた。
金髪の男の姿が消え、代わりにどこか廃墟の映像と何やら武装した私服姿の男が数人、映し出される。女性がリモコンを操作すると映し出された映像が動き出し、ビニールに詰められた白い粉らしきものを取引する男達の光景が流れ出した。
「これは一か月前、我々と我々の下部組織の間で行われた取引の様子を写した映像です」
ヴィショップが映像に目を傾けていると、黎がご丁寧に映像に関しての説明を入れる。そして、ヴィショップがその説明に特に興味を示さずに聞き流しながら映像を見ていると、プロジェクターによって部屋の壁に投影された取引現場の様子が急変した。
唐突に唸りを上げた銃声。血を吹き出しながらバタバタと倒れていく男達。そして男達の血で真っ赤に染まった取引現場に現れた、アサルトライフルを手にした三人の子供と白いスーツを着込んだカタギリの姿が映し出され、カタギリが視線を監視カメラに向けて薄ら笑いを浮かべたところで、映像は終了した。
「成る程。で、あんたはコレをどう思う?」
「そうですね。挑発してる、としか考えられません」
後ろの女性がリモコンを操作してプロジェクターを格納させ、室内の灯りを点す。その明るさにヴィショップが目を細めながら黎に質問を投げかけると、黎は予め考えていたのではないかと勘繰りたくなる程のスピードで返事を返した。
「それが妥当なとこだろうな…お前はどう思う?」
「俺も同感だ。あの様子だと監視カメラにも気付いてるみたいだしな。なのに顔を隠そうとしないのは、こちらに対する挑発とみて間違いないだろう。それに、俺の縄張りでも似たようなことをしてくれたしな」
「そうか…ところで、このガキ共は何者だ?」
カインの返事を聞いたヴィショップは、すっかり白一色となった顎髭を擦りながら、黎とカインに訊ねる。
「政府の内通者を使って戸籍を調べましたが、ヒットは無しです。恐らく黒孩子でしょう。そこで、黒孩子を“取り扱っている”組織を当たってみましたが、そちらでもヒットはなしでした」
「こっちも同じだ。カタギリもあいつが連れてるガキ共も、知ってる奴は一人もいなかった」
「……まぁ、総数数億人とまで噂される存在だからな。どの組織とも繋がりの無い連中ぐらい、簡単に集められるか…」
二人の返事を聞いたヴィショップは、そう漏らすと顎髭を擦りながら考え込む。すると、その様子を見ていた黎がヴィショップに話掛けた。
「ですが、手詰まりという訳ではありません。実は、カタギリの居場所は既に割り出せているのですよ」
黎がそう告げた瞬間、その隣に座っていた劉が弾かれたように顔を黎へと向ける。
「我没听那样的话(私はそんな話は聞いてないぞ)…!」
「…是那样(そうでしょうね)。没因为说(言ってませんから)」
何てことはない態度で返事を返してきた黎の姿に、劉は思わず驚きで目を大きく見開く。そしてその目に宿る光が段々と驚きから怒りへと変わっていき、長袍に包まれた劉の身体が震えていくのを、黎はつまらなさそうに眺めていた。
「ヘイ、中国人。母国語で秘密のお話か?」
「…申し訳ありません。少々、無礼が過ぎましたね」
互いに一歩も譲らずに睨み合う、黎と劉。
そんな中、彼らが中国語で話すことも相まって現状を掴めなくなっているヴィショップが、溜め息を漏らして横槍を入れると、劉は先程と同じく弾かれた様に、黎は余裕を持った動きでヴィショップの方に顔を向けた後、黎は軽く謝罪の言葉を述べて、視線を劉からヴィショップへと戻した。
「ッ…!」
一方の劉は忌々しそうに舌打ちを打つと、視線を円卓の上の老酒の入った壺へと移し、荒々しく傾けた。
「さて。話を戻すついでに聞きたいんだが、もう居場所が掴めてるのなら何で俺達の手を借りようと思った? いくら俺達の進出を許したといえ、あんた等窮奇は上海じゃトップクラスの犯罪組織だ。居場所の割れてる日本人一人、容易く殺せるだろうが」
「それは…」
そんな劉の姿を横目で捉えたヴィショップは、彼とは対照的に落ち着き払った態度の黎に、共闘を提案してきた真意を問う。それに対して黎が答えを発しようとした、その時だった。
『ッ!?』
黎の発しようとした言葉を遮って突如唸りを上げた耳を劈く様な爆発音と、彼等の身体を襲った振動。そして爆発音と振動が収まったかと思えば、今度はけたたましい非常ベルの音が室内に鳴り響いた。
「クソッ…何が起こった…!」
容赦無く鳴り響いて鼓膜を揺さぶる非常ベルの音に顔を顰めつつ、ヴィショップは黎へと視線を向ける。床に落ちた眼鏡を拾い上げた黎は、ヴィショップの視線に気付くと背後で尻もちをついている女性に視線を投げかけた。
「少々お待ちを…。哎,有什么(おい、何があった)!?」
『…………』
女性が無線機を使って一階に居る連中と連絡を取ろうとするが、帰ってくるのは無機質なノイズのみ。
一向に言葉を発する様子の無い無線機に女性が苛立たしげに舌打ちを打つ。その瞬間、部屋の扉が開いて、扉の前に居た男二人が短機関銃で武装して様子を確認しにきた。
「不要紧,老板(大丈夫ですか、ボス)!」
「不要紧|(大丈夫だ)。那个…(それより…)」
安否を確認する部下の言葉に、黎が怒鳴る様にして返事を返そうとするが、彼の声は扉の向こうから上がった爆竹が連続して破裂するような音によって掻き消される。
「畜生ッ!」
黎の声が掻き消された刹那、扉の所に立っていた二人の男の身体が銃弾によって蹂躙され、いたる所から鮮血が吹き出す。
驚愕に目を見開きながら二人が膝を着いて倒れていく中、部屋の誰かが悪態を吐く。ヴィショップはその悪態に心中で同意すると、身体を床に向かって投げだした。
その直後、やっと膝を床に着いた二人の身体を蹴り倒すようにして、二人の子供が部屋に飛び込んでくる。一人は手にシンプルで安そうな造りの短機関銃を持ち、もう一人はメッキの落ちた小型拳銃を両手に持ち、フードで顔を隠していた。
「クソガキが…ッ!」
ヴィショップの後ろに立っていた部下の一人が、飛び込んできた子供を殴り倒そうとして子供に向かって突進する。子供に向かって行った男の身長は190程はあり、その筋肉質な身体から放たれる拳は子供の首など容易にへし折る力を持っているだろう。
だが、それも当たらなければ意味は無い。あと数インチで子供に手が届くというところで、彼は片方の子供が放った短機関銃の弾丸を身体に受けて倒れた。
「いい働きだ。墓は高いのを建ててやる」
部下が身体中から血をまき散らしながら倒れていく姿を見て、ヴィショップは薄ら笑いを浮かべて呟くと、自身の右腕を軽く捻る。
その瞬間、ヴィショップの右腕の袖口から超小型拳銃が現れる。ヴィショップは袖口から飛び出してきたそれを右手で握ると、床に肩口を着けた体勢のまま両手で構え、立て続けに二発発砲した。
部屋に響き渡っていた銃声に匹敵、或いは上回る勢いでデリンジャーが咆哮を上げ、四十一口径の弾丸が銃口を飛び出す。発射された二発の弾丸は寸分違わず二人の子供の頭を貫き、脳漿どころかその小さな身体をも吹き飛ばして壁に叩き付けた。
鈍い音を響かせて、子供達の身体が壁に激突し、床へと落下する。その際、フードで顔を隠していた方の子供の顔が露わになった。その子供の顔は、中国人の特徴を色濃く宿した、将来は美人になることが確約されているかの様な顔だったが、ヴィショップはその顔にまともに視線を向けることはなかった。
何故なら、
「チッ、後続が!」
部屋の飛び込んできた子供は二人だけではなかったからだ。
新たに部屋に飛び込んできた二人の子供は、目前で仲間が殺されているにも関わらず微塵の躊躇も無しに飛び込んでくると、その内一人が銃口をヴィショップに。もう一人が銃口を黎へと向けた。
「クソッ…!」
子供の手に握られた拳銃から放たれた最初の一発を、ヴィショップは悪態を吐きながら転がって避ける。その際、床に背中から倒れ込む黎と、壁の近くで物言わぬ骸と化している二人の子供を茫然と見つめている劉の姿が目に入ったが、それに対して何か考えていられる程の余裕はヴィショップに無かった。
子供の手に握られた拳銃の銃口がスライドし、ヴィショップへと合わせられる。ヴィショップはそれをもう一度転がって躱そうとしたが、既に年老いてスムーズに動かなくなった彼の身体では二撃目を躱すのは不可能だった。
(ここまでか…!)
若い頃と比べて絶望的に身体が言うことを聞かなくなったを改めて実感しつつ、ヴィショップは覚悟を決める。
だが、彼の予想は裏切られ、銃口から彼の命を奪う弾丸が放たれることはなかった。
「……ぁ……ぅ………」
子供の口から呻き声が漏れ、拳銃を握った手がだらりと下げられる。その喉元からは銀色の物体が突き出ており、その正体が円卓の上に置かれていたナイフだとヴィショップが気付くまでには一秒程必要だった。
「…相変わらず良い腕だな」
「そういうあんたは、少し鈍ったんじゃないか?」
ゆっくりと床に崩れ落ちた子供の姿を眺めながらヴィショップが呟くと、彼の背後から返事が返ってくる。ヴィショップが立ち上がって後ろを振り向くと、ナイフを投擲した際の体勢のままで立っているカインの姿があった。
「大丈夫ですか、ボス!?」
「あぁ、大丈夫だ。それより、中国人の方はどうなって……カインッ!」
生き残っていたもう一人の部下の手を借りて起き上がろうとしている途中、ヴィショップは猛烈な殺気を感じ取り、声を張り上げてカインの名を呼ぶ。
だがカインがその声に反応しようとした刹那、銃声が室内に響き渡った。
「ち、チェンバーズさん!」
カインの額に風穴が穿たれ、後頭部から脳漿が撒き散らされる。カインの頭が僅かに仰け反ったかと思うと、直後には彼の身体はゆっくりと後ろに向かって倒れていった。
「劉ッ!」
ヴィショップは背中から倒れていくカインの姿を、一瞬だけ目を見開いて見つめた後、すぐにこの凶弾を放った人物へと視線を向ける。
その瞬間、銃声が再び三回咆哮を上げたかと思うと、ケインの部下二人とヴィショップの部下が何かに殴られたかの様に仰け反り、カインと同じ様に床に倒れた。
「竟敢(よくも)…! 竟敢(よくも)…!」
ヴィショップが視線を向けた先では、血で汚れた小型拳銃を手にした劉がうわ言の様に中国語を呟きながら、ヴィショップに銃口を向けていた。今や彼の表情は怒りと悲しみに染まっており、その双眸からは涙さえ零れていた。
(今立ってるのは、奴一人…。他は全滅か…)
涙で濡れた壮絶な劉の瞳を真っ向から睨み返しながら、ヴィショップは劉を殺す手段を考える。
(奴を殺すには、初弾を避けて床に落ちている銃を広い、反撃するしかねぇ。だが…)
ヴィショップは僅かに視線を落とし、自分の身体を見つめる。
彼の胸元はスーツ越しでもはっきりと理解出来るくらいに大きく上下しており、袖口から覗くしわだらけの手は微かに震え、心臓の音は意識しなくても聞こえる程に大きくなっていた。
(この身体で…出来るのか、それが…?)
それらの事実は、ヴィショップの脳裏に一つの疑問を投げかけた。
劉がどこを狙って撃ってくるのかを、ヴィショップは手に取るように理解出来る。相手の微かな予備動作をも読み取る突出した動体視力には老いによる衰えが出ているものの、長い年月を経て積み上げてきた経験と殺気をいち早く察知する嗅覚がそれをカバーすることで、未来予知にも似た離れ業をこの歳になってなお可能にする。。
だが、その一方で彼の身体は違った。まともな訓練など何一つ受けていない彼の身体は老化と共に順調に衰えていき、今や、数時間のフライトと一分にも満たない撃ち合いでその体力の殆どを使い切ってしまう程に。もはや彼は、毎日の様に鉛玉を撃ち合っていた頃の様には動けなかった。
故にヴィショップは追い詰められていた。例えどこに銃弾が放たれるかを理解出来たとしても、身体がその銃弾を躱せるだけの動きを出来る自身が無かったからだ。
(だが…他に頼れる奴も居ない…。なら、やるしかねぇ…!)
だが、それでもやるしかなかった。そうしなければ彼はカインを殺した男を殺すことが出来ないのだから。
「竟敢、孙子(よくも、孫を)…!」
劉が呻く様にして言葉を発し、引き金に掛けた指に力を込める。
その際劉が発した言葉を、中国語の分からないヴィショップは理解することが出来なかった。だが、例え彼が中国語を理解出来ていたとしても、劉の言葉を理解しようとはしなかっただろう。
何故なら、今のヴィショップは劉の吐く言葉になど興味が無かったから。今の彼には、劉が自分を殺そうとしているという情報だけで充分であり、そして彼が今興味を向けているのは、自分の年老いた身体がどれだけ動くかだけなのだから。
そして、
(なっ…!?)
引き金が引かれ、銃声が室内に響き渡る。室内に響いた銃声は窓の外の悲鳴、そして頭から飛び散った脳漿が床や壁に付着した際の微かな音を容易く掻き消した。
「……谢谢、とでも言うべきか?」
直後、劉の手から拳銃が床に滑り落ち、側頭部を打ち抜かれた劉の身体が床へと倒れる。
身構えた体勢のままその光景を眺めていたヴィショップが、妙な発音の中国語を発した瞬間、黎の上に覆いかぶさっていた子供の身体が動いた。
「クソみたいな発音の中文ですね。子供だってもっとマシな発音をしますよ」
流暢な発音の英語を喋りながら自分の上に覆いかぶさっていた子供の死体を床に転がすと、黎は自分の顔に付着した血を左手で拭いながら立ち上がった。その右手に、銃口から硝煙の立ち込める拳銃を握ったまま。




