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Bad Guys  作者: ブッチ
Four Bad Guys
3/146

救済者との出会い

「ところで、ヴィショップさん」

「なんだ?」


 手許の滞在許可証で武器を取り扱っている店までの道を確かめながら歩くヴィショップに、路地を出てから黙りっぱなしだったミヒャエルが些か大きな声で質問する。

 チンピラ二人組との衝突を回避したヴィショップ等四人は、裏路地を抜けて人通りのある本通りへと戻り、武器や防具などを扱っている店を目指して歩を進めていた。日は既に傾き始めており、空も徐々にその色を青から紅へと変貌させようとしていた。


「さっき貴族の他に王族が居るって言ってましたけど、王族っていうのは文字通りの王様なんでしょうか?それとも、ただ単に“王”と付いてるだけで全く別の存在なんでしょうか?」

「えっと…どうやら前者っぽいな。何でも、この町は『グランロッソ』とかいう国の首都らしい。んでもって、王と大臣達で政治を執っているらしいな。最終決定権も王にあるみたいだ」

「へぇ~、そうなんですかぁ」


 ミヒャエルはヴィショップの説明に、感心している様に見えて、心ここに在らずといった感じの返事を返す。その口調は拗ねた子供のそれと似ていた


「…もう少しで着くから、それまでぶっ倒れるなよ?」

「さぁ、どうでしょうか?」

「倒れたら捨てていくからな」


 ヴィショップは溜め息を吐きながら、ミヒャエルに釘を指す。

 それに対して返事を返したミヒャエルの顔には、疲れがありありと浮き出た薄ら笑いが張り付いており、ミヒャエルの体力が限界に差し掛かっていることを示していた。恐らく、先ほどのいきなりの質問も、限界に差し掛かった精神を保つ目的があってのものだったのだろう。そうだと考えたら、先程の声の大きさだけ無駄に大きくて、実が一切入っていない返事をしたのも理解出来る。


「それは酷いですよぉ。ところで、今そこに宿みたいなのがあったんですけどぉ?」

「お前、結構肝据わってるな…」


 フラフラと歩きながらのミヒャエルの皮肉っぽい口調に、思わず青筋を浮かび上がらせる、ヴィショップ。流石にヴィショップの形相に気付いたミヒャエル、距離を取ろうとして少しづつ横に移動しようとしていると、少し前を歩いていたレズノフの声が二人の耳に飛び込んでくる。


「おーい、ジイサン!ここじやねぇのか?」


 レズノフはそう言うと、兜と剣が描かれた看板の下がっている建物を指差す。


「えっと…『ダッチハイヤー武具店』…。あぁ、ここみたいだな」

「よぉうしっ、では早速入ってみるとしようかァ」

「んじゃ、僕は外で待ってますんで…痛い痛い!」


 ヴィショップが滞在許可証に視線を落として目的の店かだうかを確認するや否や、レズノフは意気揚々と店の中に入っていく。ヤハドが溜め息を吐きながらそれに続き、ヴィショップも外で待ってようとするミヒャエルの襟首を掴んで引きずりながら、店の中へと入る。


「ダッチハイヤー武具店にようこそ。ここれじゃ見慣れない顔だね、お客さん」

「まぁな。田舎から出てきたばかりなんでね」


 ヴィショップは、店長らしき眼鏡を掛けた細身の青年の挨拶に返事を返すと、店の中に並べられている武器を品定めし始める。店内には、ヴィショップがスクリーンや趣味の悪い金持ち連中のレイアウトでしか見たことのないような、剣、楯、槍、杖、鎧などといったものが多数置いてあった。

 早速ヴィショップがそれらの物品を興味深げに眺めていると、隣に立っているヤハドがからかう様な口調で声を掛ける。


「敬語を使わないのか、米国人?てっきり、これからもあの調子で通すものだとばっかり思っていたぞ?」

「ケース・バイ・ケースだよ、ヤハド。誰が好き好んで四六時中あんな口調で生きていくんってんだ?」

「ハッ、裏表のある男という訳か。不誠実は悪徳だぞ?」

「へっ、裏表どころか上下左右もありありだ。六面体(サイコロ)みたいにな。だからこそ、俺は“此処”に立ってるんだぜ?お前はどうなのかは知らないがな」

「……ふん」


 最後のヴィショップの言葉に気分を害したのか、ヤハドはつまらなさそうに鼻を鳴らしてヴィショップから離れる。ヴィショップはそんなヤハドの姿を興味無さそうに一瞥すると、武器の品定めに戻る。そして目の前に置いてあった無骨な1m程の長さの剣を手に取ってみる。


(…やっぱ重いな)


 ヴィショップは心中でそう呟くと、手に取った剣を元の場所に戻す。

 ヴィショップは武術の心得が全くと言っていい程無い。確かにヴィショップはマフィアのトップであり若い頃にはかなり…というか相当無茶な事もやっていた。だがそんな裏社会での生活が長かった故に、ヴィショップは軍や警察などといった近代格闘術を教えてくれるような組織には属せなかったし、それ以外のボクシングやムエタイ、フェンシングや剣道などといったメジャーな武術を習うような機会も無かった。当然の如く、表に出ないような殺人拳やら暗殺拳のようなものとも全く縁が無いので、ヴィショップが近接戦闘で行えるのは喧嘩殺法と独学のナイフ術(喧嘩殺法の延長線上に過ぎないが)程度しか無い。

 銃という武器が氾濫している現代の地球であればそれだけで十分生き残ってこれた。だが、文明レベルから推測しても、この世界にヴィショップが最も慣れ親しんだ武器は無いだろう。あるのは使い方もまともに知らない斬り合いの武器のみ。そしてその武器が一朝一夕で身に着く程都合の良い武器でないことも、その手で触れて実感した。その一方で、これから命のやり取りをするであろう人間は、少なくとも元の世界の大多数の人間よりも剣や槍などの扱いに長けている人間ばかりだろう。元の世界で最も多くの人間に渡っている武器が銃であるように、この世界で最も流通しているのはそういった武器なのだから。

 つまり、ヴィショップの中で最も未熟な部分が最も重要視されるであろうこの世界において、ヴィショップは既にかなり大きなデメリットを背負っていると言えた。


「クソッ…。とりあえず身の丈にあった軽い武器にするか?でもどっちみちマトモな振り方なんて分からねぇし…。そういえば、ダメもとで魔法っていう線も……って、んんっ!?」


 この店の持ち主である眼鏡を掛けた細身の店主が、前日にその“武器”を賭けで奪い取っていなければ。


「おいおいおい、あんじゃねぇかよォ、銃がさァ!」


 ショーケースに入れられている二つの銃の“様な”物体を見て、ヴィショップがまるで生き別れの兄弟でも見つけたかの様な歓喜の声を上げる。


「何ィ、銃だとォ!」

「それは本当か、米国人!」


 ヴィショップの声に反応して駆け寄ってくるレズノフとヤハド。そしてショーケースの前にへばり付いているヴィショップを押し退けてショーケースの中に納められている物体を見た二人は、声を大きくする。


「オイ、マジであんじゃねぇかよォ!」

「半ば諦めていたが…まさかこっちでも銃が開発されていたとは…」

「ヘイ、お前等!そいつは俺が最初に見つけたモンだぞ!」

「ケチ臭いこと言うなよ、ジイサン。譲り合いの精神は尊いモンだって学校で教わらなかったのかい?」

「どっちみち、マフィアのような無頼者が使った所で銃が泣くだけだ。この俺が使った方が万倍マシというものだとは思わないか?」

「上等だ、テロリスト風情が。表出ろや。格の違いを、ガキのパイオツ並みに中身の無ェテメェの脳ミソに叩き込んでやるよ」


 ヤハドの物言いを受けたヴィショップが、青筋を浮かび上がらせ、中指を立てながら罵声を飛ばす。すると、ヤハドもこめかみを僅かに痙攣させながらそれに応じる。



「ハッ!それはこちらの科白だ。(アッラー)の存在を信じないような愚か者に、その威光を骨の髄まで分からせてやろう」

「ヘッ!さっきから神だ神だと、うるせぇんだよ!そんなにカミサマが好きなら、テメェのイチモツでも咥えてもらったらどうだ?ん?それともブチ込まれるほうがお好きかな?」

「…いい度胸だ、貴様。二度と子作りに励めない身体にしてや…」

「なんだい、あんた等。『魔弓』に興味あるのかい?」


 そんなこんなで一触即発の状況になっていた二人の会話に、呑気そうな店主の声が乱入してくる。


「「「『魔弓』だと?」」」」

「あ、あぁ。そうだよ。もしかして、知らないのかい?」


 店主の口から出た単語に、一触即発状態だったヴィショップとヤハド、そしてそんな二人を完全に無視してショーケースの中身を取り出そうとナイフの柄頭を振り上げていたレズノフが、素っ頓狂な声を上げて反応する。

 店主は三人の全く同じ反応に少し驚きつつも、先程までのスタンスを変えずに話し続ける。


「知らねェよ。さっきも言ったが、俺達は田舎から出てきたばっかなんでな」

「そう言えば、そんなことも言ってたね。でも、魔弓って結構凄い発明だから田舎の人でも知ってそうなものだけどなぁ?」

「人なんて殆ど来ない山奥だったんだよ。それより、魔弓って何なんだよ。俺にはどう逆立ちしてみても、こいつが弓には見えないんだがな」


 ヴィショップは、つい先程まで醜い言い争いを繰り広げていたヤハドを完全に放り出して、店主に質問をぶつける。その際、ヤハドの視線怒りの篭った視線がヴィショップに向けられていたが、当然の如くそれも無視だ。


「まぁ、そうだろうね。実際弓には全然似てないんだけど、用途は殆ど同じだからそんな名前になってるんだ」

「用途って?」

「単純明快なものだよ。装填した『魔弾』を発射する。ただそれだけ」


 店主はそう言ってカウンターの裏に姿を消したかと思うと、何やらゴソゴソやった後に何かを取り出すと、それをヴィショップに向かって放り投げる。


「お…っとぉ」

「それが魔弾さ」

「へぇ、こいつが…」


 ヴィショップは店主が放り投げた『魔弾』と呼ばれる物体をキャッチすると、指でつまんでまじまじと眺める。

 その魔弾と呼ばれる物体は、大きさは四センチ程で、形は銃弾に酷似していた。正確に言うならば、拳銃弾というよりはライフル弾に近いシャープな形状だ。

 だが、その一方でヴィショップのよく知る銃弾とかけ離れた部分も存在した。それは材質。通常の弾丸は鉄やそれに準ずる物体を使って作られているが、この魔弾のに使われているのは驚くべき事に“木”だった。これは比喩でもなんでもなく、文字通り木で作られた弾丸だったのだ。

 通常の銃弾と違うのはこれだけでは無い。他にも、薬莢部分に窓のようなものが存在し、そこからはどう見ても火薬には見えない紅く光る物体が覗いていたり、弾丸の底の部分には記号のようなものが書き連ねられているだけで雷管のようなものは見当たらなかったり、形状以外はヴィショップの知る弾丸と大きくかけ離れている部分が多々存在した。


「ホントに撃てんのか、これ?」

「オイ、ジイサン、俺にも見せろ!」

「一人でジロジロ見てるんじゃない、米国人!」

「おい、止めろ、テメェ等!落とすだろうが!」


 結果として、この物体をどうやって撃ち出すかの見当が皆目つかなかったヴィショップが頭に疑問符を浮かべていると、レズノフとヤハドがヴィショップの手から魔弾を奪い取ろうとする。

 そんな光景を見て、店主とミヒャエルがにこやかな笑みを浮かべながら言葉を交わす。


「いやぁ、何だか新しい玩具を買ってもらった子供を思い起こさせるねぇ、あの人達」

「いやぁ、あんなのばっかしですみません。ところで、何か座れるような物はありませんかね?」

「ん?じゃあ、カウンターにでも座ってていいよ。ただし、手癖の良い人限定だけどね」


 店主はミヒャエルにそう言うと、魔弾を取り合っているヴィショップ達三人に声を掛ける。


「ねぇ、あんた等、実際に撃ってみないかい?」

「「「いいのか?」」」


 店主の提案に、再び三人の息がピッタリと合った返事を返す。


「あぁ。ついてきてくれ」


 店主はそう言うと、ポケットから鍵を出してショーケースを開け、中に納められていた二挺の魔弓を取り出すと、カウンターの裏にある扉の向こう消え、ヴィショップ達もその後を追って扉を開ける。

 その先にあったのは、奥行き10m程の部屋だった。部屋の奥に置かれている人型の板や砂袋から察するに、どうやら射撃場のような役目でも持っているのだろう。


「いやぁ、いつもは普通の弓の為に使ってるんだけど、まさか魔弓の為に使う日がくるなんてね…。さてと、君に渡した魔弾を返してもらえるかな?」

「分かった」


 ヴィショップは店主の言葉に従って、右手で弄んでいた魔弾を店主に渡す。

 店主はそれを受け取ると、一挺をズボンのベルトに差し込み、もう一挺の魔弓に不慣れな動作で手に持っている魔弓に魔弾を装填する。

 店主の手に握られている魔弓は、二挺とも元の世界で言うところの回転式拳銃(リボルバー)そのものの形をしていた。銃身は気高さを感じさせる銀色で、目を凝らしてみると、銃身に彫り込まれている装飾を確認することが出来た。銃把(グリップ)に関しては特に塗装はされておらず、木という素材本来の色合いのままであったが、その無骨さが逆に銃身にマッチしており、その魅力をより一層引き立てていた。

 とどのつまり、現在店主の手に握られている物体は、銃を握り続けてきた三人の目を捉えて離さないようにするのに、充分すぎる完成度を誇っていた。


「さてと、これでいいかな…って、どうしたんだい?」

「ん、あぁ、ちょっとな」


 店主の声で現実に引き戻された三人は、慌てて呆けた顔を元に戻す。


「まぁ、別にどうでもいいけどさ。はい、どうぞ」

「どうも…って、これ一発しか装填されてないぜ?」


 そんな三人の態度に、不思議そうな表情を浮かべた店主だったが、すぐに元の表情に戻ると、魔弾が装填された魔弓をヴィショップに手渡す。

 ヴィショップはそれを受け取ったものの、魔弾が一発しか装填されていなかったことに気付いて店主に声を掛ける。

 自分の他に三人も後に控えているのにわざわざ一発づつ装填するのも手間だし、何よりヴィショップはたった一発で試射を終わらせるつもりなど全く無かったからだ。


「あぁ、そういえば知らなかったんだっけか。魔弓っていうのはね、使える人間が限られてるんだよ」

「限られてるだと?」


 店主の言葉に、ヴィショップの手に握られている銀色の魔弓をまじまじと眺めていたヤハドが、訝しげな声を上げる。


「そう。魔弓を使えるのはね、魔導魔法と神導魔法の二つが使える人間だけなのさ」

「何、それ?」

「…まさか、魔道魔法と神導魔法も知らないのかい?」


 レズノフから返ってきた言葉に、店主が呆れ顔を通り越して、人里に降りてきた熊でも見たような表情を浮かべながら聞き返す。

 レズノフが首を縦に振ると、店主の視線がヴィショップとヤハドにも向けられたため、同じように首を縦に振る。


「…ハァ。魔法の事も知らないなんて、あんた等は一体どんな所に住んでたんだい?」

「何ていうか、あれだよ、食人族でも出そうな場所さ」

「…よく分からないけど、とにかくとんでもない田舎から来たってことは理解出来たよ」

「そりゃあ、良かった。物のついでに、出来れば教えてくれると助かるんだけどな」


 レズノフの返答に、呆れた口調で返事を返す、店主。ヴィショップはレズノフから会話を引き継ぐと、頭が痛そうな表情を浮かべている店主に、魔法の事を説明してくれるようにそれとなく頼んでみる。


「はぁ、まったく、大したお客さんだよ。説明してもいいけど、絶対に何か買って行ってよ?」

「そりゃあ、もちろん」


 諦めたような店主の言葉に、ヴィショップが意気揚々と答える。

 店主はそんなヴィショップに訝しげな視線を送ると、もう一回溜め息を吐いてから魔法についての説明を始めた。


「えっと、まずさっきも言った通り、この世には大きく分けて二種類の魔法があるんだ。まず一つが、魔導協会が管理している魔導魔法。もう一つが、教会が管理している神導魔法」

「教会って、あの教会か?あのカミサマが住んでる、あの教会?」

「そう。女神ブリューナクの子羊達が住まう、あの教会さ」


 間の抜けた口調で語られたレズノフの言葉を、店主は肯定する。すると、今度はヤハドが店主の話題に食いついてくる。


「女神ブリューナク?何だ、そいつは?」

「えっと、そこからなのか…。女神ブリューナクっていうのは…」

「あ~あ~。大丈夫だ、ミスター。いくら俺達でも、かの女神様ぐらいは知ってるさ。ほら、あれだろ?女神ブリューナクっていうのは、安息日の朝に隣で寝てる、アイツだろ?分かったから、さっさと魔法とやらについて教えてくれ」

「おい、邪魔をするな米国人。俺にはこの国が偉大なるコーランの教えに従っているか、確かめる義務が…」

「黙れ、ムスリム野郎。そんなに教えに従いたきゃ、黙って太陽に向かって土下座でもしてろ。話が進まないだろうが」


 開始数秒で話題が逸れ始めたヤハドと店主の会話にヴィショップは割り込むと、そのまま無理矢理話の軌道を修正する。そして、話に割り込まれた上に無理矢理話題を変えられたことで文句を言おうとしたヤハドに指を突き付けると、有無を言わさずに魔法の話に戻る(その際ヤハドが「礼拝(サラート)を行う方向は太陽ではなく、カアバの方角だ…」などと言っていたが、興味が無いので無視した)。


「…とりあえず、君はそういった話に興味が無いということは充分に分かったよ。じゃあ、リクエストに応えて話を元に戻そう」

「あぁ。解り易い説明を頼むぜ、先生」


 店主はヴィショップの態度に苦笑いを浮かべると、コホンと咳払いを一つしてから再び魔法の話に戻る。


「とにかく、大きく分けると魔法はこの二つに分けられるんだ。それでもって、そこからさらに、魔導魔法は火、水、風、土の四種類。神導魔法は黒式、白式の二種類に分かれる」

「その二種類はどう違うんだ?」

「簡単に説明すれば、魔導魔法は四種類の属性に準じた他者を直接傷つける能力を持った魔法が多くて、神導魔法には他者を癒したり、呪いをかけて間接的に他者を傷つける魔法が多いといった違いがある」

「ふぅ~ん。色々出来るって訳か」

「その通り。でも、誰でも使えるって訳じゃなくて、魔法に関しての生まれ持った才能がなければ使えないんだ。その上、魔導魔法に必要な才能と神導魔法に必要な才能はそれぞれ別らしく、片方が使えるからといってもう片方が使えるとは限らない」

「ん?それだと、どっちも使える人間は何人ぐらい存在するんだ?」


 呟くようなヤハドの問いに、店主が「よくぞ聞いてくれました」とでも言いそうな表情で答える。


「実際のところ、かなり少ないね。元々一種類でも魔法が使える人間自体そこまでいないのが現状だから、どっちも使えるなんていうのは相当に少ない」

「成る程。だから俺に魔弓を渡した時、一発しか装填してなかったのか」


 店主の言葉を聞いて、ヴィショップが魔弾が一発しか装填されなかったことの意味に気付き、納得の声を上げる。


「その通り。偶然店に来た客が三人とも『インコンプリーター』なんてことは、太陽が爆発する可能性よりも低い」

インコンプリーター(半端者)?」

「魔導魔法と神導魔法、その二つを扱える人種の呼び名さ。もっとも、蔑称としての意味合いが強いけどね」

「何でだ?両方扱える奴の方が強いんじゃねぇのか?」


 魔導魔法と神導魔法、その二つの魔法が使える人間に蔑称が存在している理由が分からず、レズノフは店主に質問する。


「それがそう単純でもないのさ。さっきも言ったと思うけど、魔導魔法と神導魔法では必要な才能が異なっている。しかも、これはただ異なっているんじゃなくて、どうやら全く真逆の才能であるらしいんだよ」

「ははーん。何となく分かってきたぞ。つまり、真逆の性質を持つ才能が互いに反発しあっちまう訳か」

「…出来れば、最後まで僕に説明させてほしかったな」


 店主の言わんとしている事に気付いたヴィショップが、店主が結論を告げる前に言葉にして口から出した。どうやらそれは正解だったらしく、店主は肩を竦めながらヴィショップの言葉を肯定する。


「まぁ、あんたの言う通りだよ。二つの才能が互いに食い潰しあって、結果的にどっちの魔法を使っても中途半端な状態でしか発動できない。その上、それが影響してるかどうかは分からないんだけど、大抵のインコンプリーターは魔力の絶対量が少ないんだ。だから、インコンプリーターは無能な人種だ、っていうのが通説だったんだ。五年くらい前に“これ”が作られるまではね…」


 店主は何やら意味深げに言うと、ズボンのベルトに差し込んでいたもう一挺の魔弓を抜くと、三人の目の目に掲げて見せる。


「五年ぐらい前に魔導協会が開発した、この魔弓。これのおかげで、現在のインコンプリーターの立ち位置は、見下される存在から一気に畏怖の対象へと成り上がったんだ」

「ふぅん。そいつはスゲェや」

「…何だか、あんまり驚いてないように感じられるんだけど」


 ヴィショップの返答に、店主は不満気な声を漏らす。

 店主としては、この言葉にもっとヴィショップが食いついてくるのを期待していたのだろう。だが、既に姿形が酷似している武器を長年に亘って使い続け、その力を嫌という程理解しているヴィショップにとっては、今更の如く“銃は剣より強いです”とでも教えられたようなもので、驚きもなにも無かった。


「そうでもないさ。それより、歴史講釈は飽きてきたんで、スペックの説明に入ってくれると嬉しいんだけどな、先生?」

「俺も賛成」

「右に同じだ」

「とてつもなく教えがいの無い生徒がいたもんだよ…」


 三人の言葉を受けた店主は、呆れ混じりの溜め息を吐くと、三人の要求通りに魔弓本体についての説明に移る。


「とりあえず最大の特徴から話すと、さっきも言った通り魔弓は魔導魔法と神導魔法の二つを扱える人間、インコンプリーターじゃないと扱えない。そしてその理由についてだけど、実を言うとよく分かってないんだ」

「何だ、そりゃあ。仕組みが分かってないモンが出回ってるって言うのか?」

「まぁ、そういうことになる。というのも、魔弓も魔弾も表向きに生産しているのは開発主である魔導協会なんだけど、実際には数人の職人が辺境の地にある専用の工房で作っているらしいんだ」

「つまり、魔導協会とやらはその職人達に名前を貸しているだけで、開発には一切関係していないと?」

「そうみたいなんだ。だから魔弾は生産方法、魔弓に至っては仕組みさえも、殆ど表に出回ってない。一種のブラックボックスのようなものになってるんだ」

「でも、そんなんで供給は間に合ってるのか?」

「悪いけど、それは僕にも分からない。でも、唯一の使用者であるインコンプリーターはそんなにバンバン現れるものじゃないし、一年に何挺か製造すれば充分だと思うけどね。魔弾に関しては、どうやら一定のペースで補給しているみたいだよ」


 レズノフ、ヤハド、ヴィショップの質問に店主は澱み無く答えると、手に持っている魔弓を指差しながら使い方の説明をする。


「次に使い方だけど、特に難しい動作は必要ない。まずこの弾倉(シリンダー)を出して魔弾を装填する。あとは狙いを付けてこの引き金を弾けばいい。簡単だろう?」

「まったくだ。簡単すぎて涙が出てくるね」


 店主の説明を聞いたヴィショップは、口の端を吊り上げながら返事を返す。

 理由は単純明快、まさか他人から銃の撃ち方の手解き、それも既に何度引き金を弾いたかすら覚えていない回転式拳銃(リボルバー)の撃ち方の手解きを受けるなど、予想もしていなかったからだ。


「成る程、ダブルアクションか。ちゃんとシングルアクションも出来るんだよな?」

「ダブ…?シング…?何だい、それ?」


 レズノフが店主に撃ち方について質問すると、店主はレズノフの言葉の意味が分からなかったらしく、聞き返す。


「あ~、そういう趣向か…」

「?」

「いや、いいんだ、気にすんな。とにかく、俺が訊きたいのは撃鉄(ハンマー)を起こさなくても弾丸は発射出来るのか、ってことだ」


 その店主の態度で、レズノフはシングル・ダブルアクションの概念が存在しないことに気付き、質問を変える。

 その際、レズノフが店主の持ってる魔弓の、彼等が見知った銃でいうところの撃鉄の部分を指差しながら言ったのが功を成したのか、店主は得心してレズノフの質問に答える。


「あぁ、魔力弁のことが訊きたいのか」

「魔力弁?なんだそれは?」


 引き金のやシリンダーの時と違って、聞き慣れない撃鉄の呼び方に、ヤハドが訝しげな声を出す。


「魔力弁っていうのはね、文字通り魔力の出し入れを制御する部分さ。主な役目は二つ。一つ目は魔弾発射時の余剰魔力を外に出す役目。もう一つは魔弾に魔力を流し込んで強化する時の入り口の役目」

「強化って、威力をか?そんなこと出来んのかよ。そもそも、さっきからチラホラ聞こえる魔力って何だ?」


 店主の口から出た、見知った銃からかけ離れた機能に、ヴィショップが信じられないといった調子の声を出す。


「魔力っていうのは、魔法を使用する時に使うエネルギーみたいなものさ。それで魔弾の威力の強化っていうのは、魔力弁を起こして魔弾に魔力を注ぎ込んで発射される魔弾の威力を上げることを言うんだ。上位の魔法を発動させるのにより多くの魔力が必要になるのと同じ理屈でね。これは言ってなかったけど、魔弾っていうのは攻撃魔法を“器”に封じ込めてる状態のものを言うんだ。そして魔弾を発射するっていうのは、魔弾に封じ込められている攻撃魔法を発動すること。つまり、魔弓が発射している攻撃魔法自体に魔力を上乗せして、威力を上げるって訳さ」

「よく分かんねェが、つまり普通の弾丸の火薬を増やしてマグナム弾にして威力を上げるのと同じ理屈か…」

「僕にとっては君の解釈の方がよっぽど意味不明だけどね…」


 勝手に解釈して一人で納得しているレズノフに対し、店主は乾いた笑を浮かべる。


「まぁ、大体分かったけどよ。それって普通に撃つ時もその魔力とやらを消費するのか?」

「いや。魔力を篭めずに発射する分には魔力は消費しない。どうやら引き金を弾くことで魔弾に仕込まれた攻撃魔法が発動する仕組みになっているらしい。まぁ、普通に撃つだけで一々魔力を使ってたら、魔力の絶対量が少ないインコンプリーターじゃ、すぐに魔力を使い切ってしまうだろうしね。…とまぁ、こんな感じかな」


 店主はそう言って魔弓についての説明を締め括る。その言葉を聞いたヴィショップ達は、頭の中で今までの店主の話を反芻し、脳内に浸透させる。

 何故なら、彼らは忘れていなかったからだ。たとえ世界が異なろうと、武器が異なろうと、それが武器である以上は人殺しの道具であり、使い方次第で自分を含めた全ての存在にその矛先を向けられることを。


「よし、大体理解できた。礼を言うぜ、先生」

「それは良かった。ところで、ちゃんと何か買って行ってくれるんだよね?」


 いち早くその作業を終わらせたヴィショップが店主に礼を言うと、店主はニコニコ笑いながら、まるで釘を刺すような口調でヴィショップに告げる。


「まぁ、そいつは…“コイツ”が使い物になったらの話だ」


 ヴィショップはそんな店主の態度に苦笑いしつつ、右手に握られている、最初に手渡された魔弓に視線を落とす。


「何だ、ジイサン、あんたが一番手か?」

「止めておけ、恥を掻くだけだぞ?」

「うるせぇ、悪ガキ共。黙って見てろ」


 ヴィショップは、レズノフとヤハドの茶々を一笑に付すと、銀色の魔弓を構え、部屋の奥に置かれている人型の板に狙いを定める。左手は添えられずに無造作にダラリと垂れ下がり、右手も腰に引き付けている訳でもなく、これまた無造作に伸ばされているだけ。ヴィショップが行った構え方は、セオリーもへったくれもない、ただの片手撃ちそのものだった。軍人などの訓練を受けた人種からすればまさにお笑いものの構え方であるヴィショップの構え方。だがそれについて指摘する者はこの部屋には誰も居なかった。その構え方が間違いであることを知っているレズノフとヤハドですら、何も言わずにその光景を眺めている。何故なら…、


(へぇ…)

(ほぅ…)


 その光景が、あまりにも完成されていたからだ。

 それはまるで一つのパズルのようだった。銀色の魔弓(リボルバー)、未熟な構え方(フォーム)、そして無造作に伸ばされた黒髪の(ヴィショップ)。その三つの要素が、まるでそうなるように定められていたのではないかと疑いたくなる程に、違和感無く結びついていたからだ。その光景はまるで一枚の絵画を思わせた。

 故に、誰も言葉を発しない。

 そしてこの瞬間、この光景を見た三人は、この魔弓の使い手が誰であるべきなのかを悟った。

 誰一人言葉を発しない沈黙の中、ヴィショップの指が引き金を――弾いた。


「……………」

「……………」

「……………」

「……………」


 部屋の中に、三人にとって嫌という程聞いてきた音が反響する。その爆音が空間を支配したのはたった一瞬だったが、それでも部屋の中の四人の言葉を奪うには充分だった。


「………お見事」


 店主が人型の板の頭部に空いた風穴を確認して、賞賛の言葉をヴィショップに送る。

 その言葉を聞いたヴィショップは、大きく息を吐いてから魔弓を下げると、店主に向かって口を開いた。


「よかったな、先生。これで今晩の酒代は安寧だ」

「まいどあり、とでも言っておこうか?」


 店主はヴィショップの軽口に、ニヤッと笑みを浮かべて返事を返す。

 そして未だに一言も発していないレズノフとヤハドの方を向いて、声を掛ける。


「あんた等も、試してみるんだよね?」

「まぁ、ダメ元でやってみっか」

「ふん。米国人に出来て俺に出来ない訳がないだろうが。貸せ」


 店主はレズノフとヤハドに、魔弾を二発装填したもう一挺の魔弓を渡すと、受け取った瞬間にどちらが先に撃つかで揉めだした二人から離れて、壁ににもたれ掛かって魔弓を眺めているヴィショップに声を掛ける。


「見事なものだったね。初めて使ったとは思えないよ」

「まぁ、色々あんだよ」

「…?そういえば、その魔弓は特別製らしいよ」

「そうなのか?」


 店主の言葉を聞いたヴィショップが、顔を上げて興味深そうな声を出す。それを聞いた店主は気を良くしたのか、意気揚々と続きを口にする。


「うん。普通の魔弓には製品番号が彫られてるんだけど、その魔弓には彫られてなくて、代わりに銘が彫り込まれてるんだ。何て書いてあるかというと…」

「あぁ、銃身に彫り込まれてる文字のことか。それならもう見た」


 ヴィショップは、話し始めた時とは一転してつまらなさそうな表情を浮かべている店主を尻目に、ニヤリと笑いながら銃身に彫り込まれている文字を読み上げる。


セイバー(救済者)、か。人殺しの道具にこんな名前を付けるあたり、造ったやつの性格の悪さが滲み出て見えるな」

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