表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bad Guys  作者: ブッチ
Children play
26/146

同盟者たち

『こんな所で会う破目になるなんてね……』


 冷房から流れ出る冷気が、吹き出した汗で濡れた首筋を冷やしていく。

 視界に移るのは、あちこちに弾痕が穿たれ、誰の者とも分からぬ血で汚れた壁と、“彼と彼の率いる者達”の攻撃を防ぐためにバリケードとして積み重ねられ、今や跡形もなく吹き飛んだ家具の破片。そして、ある者は身に着けたタクティカルベストを真っ赤に染め、ある者は装備していたヘルメットごと頭部を失った兵士達の死体と、その死体の山の中で唯一息のある、恐らくはこの兵士だった死体の山の指揮官だと思われる女だった。肌は日に焼けて浅黒く、短く切り揃えられた黒曜石の様な髪は血で濡れている。エメラルドを思わせる緑色の目には恐怖は無く、そこには目の前の“彼”に対する増悪だけが渦巻いていた。

 綺麗な瞳なのに勿体無い。目の前で横たわる女の瞳を一身に受けながら、“彼”はそう思う。


『……辱めを受けるぐらいなら、死を選ぶわ』


 “彼”のことをより一層睨み付けながら、女はそう吐き捨てた。


『でかい口を叩くなよ、売女(ビッチ)が。そんなにお望みなら…!』


 相も変わらず、目聡い女だ。“彼”はそう思って唇の端を吊り上げながら、自分の真横に立つ、女に向かってアサルトライフルの銃口を突き付けようとした部下を片手を上げて制する。


『安心しろよ。そう頼まなくても、ちゃんと俺が殺してやるからよ』


 負い紐から吊り下げたアサルトライフルの銃身を左の人差し指でこつこつと叩きながら、“彼”は太腿に取り付けたホルスターから拳銃を引き抜く。ホルスターから姿を現したのは、彫刻(エングレーブ)の施された、最早旧式となった鈍い銀色の拳銃。“彼”は引き抜いた拳銃のトリガーガードに指を引っかけてくるんと回転させると、銃口を女の顔面へと向けた。


『古い付き合いだ。遺言ぐらい聞くぜ?』


 “彼”は拳銃の撃鉄を起こして、そう女に問いかける。女は少しの間、じっと“彼”の顔を見つめたかと思うと、口を動かし始めた。


『それなら、一つ訊いてもいいかしら?』

『何だよ?』

『どうして貴方は、反政府軍に加担するの?』


 心の底から理解出来ない、それと同時に理解したくもないといった、疑問と増悪の入り混じった視線で女は問いかける。


『反政府軍が何を行っているかを知らない訳じゃないでしょう? 彼等は付近の集落で虐殺と略奪を繰り返し、子供達を薬漬けにして少年兵(チャイルドソルジャー)に仕立て上げてる。なのに、何で貴方はそんな屑共に力を貸すの?』


 “彼”の瞳から一ミリたりとも視線を逸らさずに、女は問いかける。そう、例え理解などしたくなくても、彼女は訊かずにいられなかったのだ。

 その時、“彼”は目の前で自分に問いかけてくる女の瞳に、一瞬だが影が差したのを見逃さなかった。“彼”はその影の名が“悲しみ”であることをしっかりと理解していた。だからといって、それで“彼”の心を動かされることも揺さぶっれることもなかったが。


『理由なんて下らねェもんだし、憶えてもいねェな。ただ、どっちについた方がより多くの人間を殺せるかっていうのは考えた気はするがなァ』


 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら“彼”がそう告げた瞬間、彼の背後で暇を弄んでいた部下達が下卑た笑い声を爆発させる。そんな“彼”と部下達の姿を見つめる女の視線には、より一層の増悪がにじみ出ていた。しかし“彼”はその視線に応じることなく、女から視線を外して耳に填めているインカムに入ってきた通信に応じ始める。


『さて、雇い主もそろそろ来るそうなんでなァ。終わりにさせてもわうぜ』


 “彼”はそう言うと、ゆっくりとした動作で改めて女の方に向き直る。そして、


『ふざけないで! 貴方は人を殺すのを楽しんでるとでも言う気なの! 貴方が……貴方が私達から離れたのは、そんなことの為……!』


 まるで一生分の感情を吐き出すかのような女の叫びを、まるでラジオのスイッチを消すような気軽さで引き金を弾いて消し飛ばした。


『そうさ。それの何が悪い?』


 眉間に穴を開けて仰向けに倒れたまま動くことのない女の死体を見下ろしながら、“彼”はそう呟くと、ハンドシグナルで部下達に先に進むように指示を送る。その指示を受け取った部下達は、つい先程までの馬鹿笑いが嘘の様に俊敏な動作で銃を構え、死体を跨いで先へと進み始めた。そして“彼”も拳銃をホルスターに納めると、女の死体を跨いで先へと進み始める。


『大義を掲げようが、大それた目的を持とうが、人を殺せば誰かに恨まれるんだ。なら…いっそ楽しんだ方がイイだろう?』


 足元に転がる女の死体に視線を落とし、そう呟いて“彼”は部下達の後を追い始めた。







「ァン……朝か……」


 閉じられた瞼越しからでも分かる太陽の日差しと温かさによって、ウラジーミル・レズノフはその目を覚ました。


「…懐かしいモン見たな…」


 レズノフは瞼を擦りながらそう呟くと、白いシーツを払いのけてベッドから降りる。もちろん、かれの服装はかつて恒常的に身に着けていた戦闘服などではなく、頑丈そうなズボンを身に着けているだけとなっていた。

 レズノフは首を鳴らして立ち上がると、差し込む朝日に数多の傷が刻み込まれた上半身を晒しながら、部屋の中を歩き始める。部屋の作りは先日までのフレスの屋敷とは比べるべくもなかったが、それなりに整っていた。少なくとも扉がちゃんと閉まり、灯りとなる神導具が一つ備え付けられて時計があり、安っぽいながらもベッドが二つ存在する程度には。

 レズノフは未だベッドから出てくる気配の無いミヒャエルを一瞥すると、部屋の窓際に設置された机に近づいてその上に置かれた飲みかけの酒瓶を手に取る。


「しかし…流石にこれはジイサンも予想してなかったんじゃねェかァ…?」


 そしてすっかり温くなってしまった中身を喉に流し込みながら、レズノフは昨晩のことを思い返す。

 強盗達を騎士団に引き渡して騎士団達が立ち去った後、レズノフとミヒャエルは、ナターシャとその仲間の二人組と自己紹介も含めて食事をした。

 二人組はどうやら、青年の方がルイス・マクハーバー、少女の方がゼシカ・セピスといい、三人共ギルドメンバーらしい。彼等の話によると、どうやらこれにあと一人を加えた四人組としてナターシャ達は、『グランロッソ』に隣接する『ヘイルホーク』という国を超えた先の、『レーフ地方』という多種族の小国がひしめき合う場所からやってきたとのことだ。最初は四人全員で旅をしていたのだが、『レーフ地方』の一国でのごたごたで一人と逸れ、三人で何とか『パラヒリア』まで辿り着いてきたのだが、その途中で『パラヒリア』への興味に負けたナターシャが一人でふらふらと何処かに行ってしまい、昨日に至ったらしい。

 互いに食事を交わし、自己紹介等を終えると、話題は当然これからの動向へと移った。ナターシャ達の話だと、どうやら『パラヒリア』に来ることが旅の目的だったらしく、このまま最後の一人が到着するのを待つとのこと。そこでレズノフは三人に一緒に仕事をしないかと持ちかけたところ、すんなりとOKをもらうことが出来たのだった。


「到着初日で“候補”を確保出来るたァ、中々にツイてるよなァ」


 昨日の強盗達との一戦を思い返して、レズノフは口角を吊り上げる。

 レズノフがあの三人を誘ったのは、何も戦闘能力が高いからではない。無論、戦闘能力についても全く考慮しなかった訳ではないが、それ以上にレズノフの心を動かしたものがある。

 それは、単純な好奇心だった。


(悪人を見かけたら、自らの力を奮わずにはいられないタイプの人間か…。“向こう”じゃ、あんまし見かけねェタイプの人間だ…)


 無論、レズノフはそんな人間を一人も知らない訳では、断じてない。事実、今や屍とかした知人の中には彼等のように、進んで悪人に自らの武器の矛先を向ける者も居た。ただそんな彼等と比べても、ナターシャ達はあまりにも若すぎた。恐らく、彼等はまだ二十歳にすらなってはいないだろう。もしかしたら18歳にも。そんな若さで、確かな正義感を持って悪行に立ち向かい、己の暴力を躊躇いなく振るって他人を制圧する人間を、レズノフは知らなかった。

 レズノフが、彼等程の年齢で他人に対して躊躇いもなく暴力を振るえる人間は? と訊かれて思い浮かぶのは、薬漬けにされてヘラヘラ笑いながらカラシニコフの弾丸をばら撒く少年兵(チャイルドソルジャー)か、既に人生を積みかけているストリートギャングの若者連中しか思い浮かばなかった。そしてそのどちらにも、正義感なんてものは微塵も無い。

 つまり、レズノフにとって彼等は初めて出会う類いの人間だったのだ。故に、彼等の存在はレズノフの好奇心に火を点けた。

 レズノフは持っていた酒瓶の中身を自身の喉に最後の一滴まで流し込むと、空になった瓶を机の上に置いた。そして部屋の端に置いてあった荷物の方に向かって歩き、てきぱきと装備を身に着けていく。


(確か、手頃な仕事でもやろう、って話だったよなァ…)


 洋服を身に着け、鎖帷子と胸当てを着けながらレズノフは昨日の会話を思い出す。


(まっ、適当にギルドに行けば何かあるだろォ。奴さん達の実力を見るのに、打って付けな仕事がよォ…)


 ベルトを身に着け、大剣を背中に背負って帯剣してから、黒塗りの手甲を左手に嵌める。そして最後に装備を確認してから、ヴィショップから渡された通信用の神導具を身に着けた。


「時刻はH0822か。こっちの奴等の生活リズムはまだよく分からねェが、起きてることを願うとするかねェ」


 そして部屋の壁に掛けられた時計を確認すると、未だに眠ったままのミヒャエルをベッドから蹴り落とすべく、腰から下げた手斧や左手の手甲の音を鳴らしながら歩き始めた。







「痛ッ…。別に蹴らなくてもいいじゃないですか…」

「別に起きれたんだから構わねェだろォ? それとも、でけぇパイオツのネェちゃんに頼んだ方が良かったかァ?」


 質素なフード付きの修道服に身を包み、右手で杖を持ちつつ左手で頭を擦りながら、ミヒャエルは『ホテル・ロケッソ』の一階へと続く螺旋階段を下り、それに軽口を叩きながらレズノフが続く。


「出来るなら、次からはそれでお願いしますよ…」

「悪いが、無理だ。強姦魔に回す分のオンナが居るなら、自分で抱くからなァ。ヒャハハ!」

「じゃあ、言わないで下さいよ…っていうか、笑い声でかいですって。頭に響く!」


 ミヒャエルは、相変わらずの品の無い笑い声を上げるレズノフを呆れたような視線で睨みつつ、耳を塞ぐ。


「あっ、起きたんですね。おはようございます」


 そんな他愛もないやり取りをしながら階段を下っていると、一階の広間が見えてきた辺りでナターシャの声が二人の耳に飛び込んでくる。二人が螺旋階段の柵の隙間から声のした方を覗くと、そこには既に着替えを済ませてテーブルに着き、朝食を口に運んでいるナターシャ達三人の姿があった。


「おはようございます。いやぁ、皆さん早いですねぇ」

「って言っても、もうH0900に近いわよ? そんなに早くもないと思うけど?」


 瞼を擦りながら階段を下り切り、三人の座るテーブルに着いたミヒャエルに、スクランブルエッグを口に運ぼうとしていたゼシカが微笑を浮かべながらそう告げる。

 テーブルに座ってフォークを動かす彼女は昨日のフード姿とは違い、青いジーパンの様なズボンに白いタンクトップ、その上に茶色の革製のジャケットを着ていた。また、恰好が違うのはルイスも同じで、彼はやや袖が長すぎるきらいがある、ゆったりとした上下白の服を着こんでいた。


「いやぁ、僕は昼近くに起きるのが普通だったんで、この時間帯でも充分早いんですよ」

「…それ、ギルドメンバーじゃなかったら生きていけないわよ」


 欠伸交じりに返事を返しつつ席に座るミヒャエルを見て、ゼシカが呆れ混じりの笑みを浮かべる。


「ほォ、中々旨そうだななァ。それ、何てやつだ?」

「普通に朝食を貰えるか、って訊いたらくれたぞ。しかも無料でな」


 席に座りつつ、レズノフが皿に盛られたパンやらベーコンやらに視線を向けながらルイスに訊ねると、ルイスは食事の手を止めてその質問に答える。


「無料だァ? そいつはまた、どうして?」

「ほら、昨日の騒動の件のお礼だとさ」


 ルイスの言葉を聞いて、レズノフは初めてそこで昨日の自分の行動が結果的にこの店を助けていたことに気付いた。何分、昨晩はナターシャ達三人組、そしてこの街の常駐騎士団の団長であるハインベルツに対する興味に思考は囚われており、店のことなど微塵も脳裏に浮かんではこなかったのだ。

 レズノフの質問に答えながら、ルイスがケチャップの付いたフォークでカウンターの方を指し示す。レズノフがその方向に向けて身体を逸らすと、こちらに向かって律儀にもお辞儀を返してくる店員の姿が視界に入った。


「成る程、そういう訳か」

「そういうこと。少し不謹慎だが、強盗が入ってくれて助かったな。おかげでこんな上手い料理が無料で頂ける」


 レズノフが小さく笑みを浮かべてルイスの方に向き直ると、ルイスはニヤッと笑ってフォークを二枚あるベーコンの内一枚に突き刺し、自分の口へと運んでいく。その光景を見てレズノフも同じようにニヤッと笑みを見せる。そして手甲を填めていない右手をテーブルの上に置いたかと思うと、素早い動作で右手をルイスの皿に向かって伸ばして残りのベーコンを掠め取った。


「あっ、何すんだ!」

「確かに、こいつは悪くねェなァ…」


 その動きを見たルイスが思わずフォークを取り落して声を上げるが、既に手遅れ。ベーコンはレズノフの口の中へと消え、レズノフは指に付着した油とブラックペッパーを舐め取っていた。


「何だよ! 無料なんだから、自分で頼めばいいだろ!」

「まァ、いいじゃねェか。無料なんだから、代わりでも貰えばよォ」

「……はぁ。おい、あんた。こいつとの旅は疲れるだろ?」

「まぁ、胃にクレーターの一つや二つが出来始めてもおかしくはないですね…」


 へらへらと笑いながら、反省の素振りなど微塵も見せる気配の無いレズノフの姿を見て、ルイスは呆れながらミヒャエルに問いかける。それに対しミヒャエルは、彼の予想を裏切らない答えを返していた。


「ったく、行儀悪いわよ、アンタ達」

「そ、そうですよ。行儀良く食べないと、作ってくれた人に失礼ですよ」


 そんな男三人組のやり取りを見て、ゼシカが呆れたような口調の声を上げ、ナターシャが若干真剣味の籠った声を出す。


「おうおう、随分と可愛らしいこというなァ、オイ」

「え、えっと、私はその…」


 からかう様な口調でレズノフが言葉を返す。が、どうやらナターシャはレズノフの言葉を言葉通りに受け取ったのか、おろおろと狼狽えながら次の句を言えずにいた。だがレズノフがそんな彼女の様子に気付くことはなく、さっさと視線をナターシャから近くに居たウェイトレスに向けて料理の注文を始める。なので仕方無しにミヒャエルがナターシャの誤解を解こうとするが、


「あ~、大丈夫ですよ、ナターシャさん。あの人、ナターシャさんのこと褒めてませんから」

「えっ!? でも、可愛らしいって…」

「……ゼシカさん。これからこの人、一人にしない方がいいです。多分、変質者に攫われるのに数分も必要ないですよ…」

「…大丈夫。あなたに言われるまでもなく、充分過ぎるほどにに痛感したわ。今、この一瞬で」


 結局、ゼシカと揃って嘆息する破目となった。


「で、これからどうするよ? 飯食ったら、取り敢えずギルドに行って、依頼でも探すかァ?」


 呆れ顔を浮かべる彼等にレズノフが、ウェイトレスが持ってきた水の入ったグラスを片手に尋ねる。


「そうだな。“アイツ”が来るまで特にやることもないし、それでいいんじゃないか? ギルドに伝言でも残しておけば、“アイツ”も分かるだろうしな」

「“アイツ”って、ルイスさんの仲間の最後の一人の…?」


 ドレッシングのかかったサラダをフォークで突き刺しながら、ルイスがレズノフの問いかけに答える。その際ルイスの口から出た“アイツ”という単語に興味を持ったミヒャエルが訊ねると、サラダを租借しているルイスに代わってゼシカが質問に答えた。


「そうよ。私達の仲間の一人でジェードっていって、やっぱりそいつもギルドメンバーなの」

「ジェード? ただのジェードですか? ファミリーネームは?」

「…本人は忘れてしまって、もう思い出せない、とか言ってたわ」

「へぇ…どんな人なんですか?」

「うーん、そうねぇ…」


 ミヒャエルが興味深そうに“ジェード”なる人物についてさらに訊ねると、ゼシカは顎に指を当てて考える素振りをしてから、ミヒャエルの問いかけに答え始めた。


「歳は私達と同じぐらい。髪は黒で、瞳の色も黒。服装は、最後に見た時は黒いロングコート姿のままだったわね。性格はクールというか冷めてるというか…まぁ、冷徹とまではいかないわね。少し、お人良しなとこもあるかしら。そんなこと言うと、本人は嫌がりそうだけど」

「へぇ、そうなんですか…じゃあ…」

「で、武器は何使ってるんだァ?」


 “ジェード”なる人物について一通りの話を聞いたミヒャエルが他にも質問をぶつけようとするが、それは横から口を挟んできたレズノフに遮られる。ミヒャエルは当然、レズノフに向けて不満そうな視線を向けるが、レズノフはそれを完全に無視してゼシカの返答に耳を傾けた。


「そうね…心変わりしてないんだったら、ファルクスを使ってる筈よ」

「ファルクス?」


 ゼシカの口から出て来た聞き覚えの無い名前の武器に、視線をレズノフに向けていた不満そうな視線を無産させてミヒャエルが聞き返す。すると、ミヒャエルの質問を受けて難しそうな表情を浮かべたゼシカの代わりに、ナターシャがその質問に答えた。


「え、えっと、ファルクスというのは、シミターとかの一般的な曲刀と同じ様に湾曲した刀身を持つ剣なんです。ただファルクスの場合は、鎌とかみたいに刃が内側にあるのが特徴的なんですよ」

「つまり、面白いモンを武器にしてる、そういう訳だなァ」

「えっと、まぁ、使ってる人は多くはないですね…」


 納得したような表情を浮かべて、そう言葉を発したレズノフに、ナターシャは思わず苦笑を浮かべる。だが当の本人は全く意に介さずに質問を続けた。


「で、どうなんだ? そいつは強いのかよ?」

「そうですね…私としてはとても強い人だと思いますけど…」


 ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべるレズノフに少し怯えながらもナターシャは返答を返すと、他の二人へと視線を向ける。


「…まぁ、弱くはないと思うわよ」

「そうだな…そんじょそこらのゴロツキよりは遥かに強いと思うぜ」


 ナターシャの視線を受けた二人は少し考えた後、彼女の言葉を肯定するような言葉をレズノフに告げる。その言葉を聞いたレズノフは口元を手で隠しつつ、口角を大きく吊り上げる獰猛な笑みを浮かべると、


「へェ…そいつは結構だ…」


 と小さく呟いた。


「…少しは自重して下さいよ」

「何だよ、別に何もしてねェだろォ?」


 すると、そんなレズノフにミヒャエルが呆れたような視線を向ける。それに対しレズノフは浮かべていた笑みを取り払って、からかう様な口調でミヒャエルに反論するが、


「どうせ、ナターシャさん達が、“ジェード”さんとかいう人の腕が立つとか言ってた時、ジャック・ニコルソンも真っ青な笑顔を浮かべてたんでしょう? いくら僕でも、それぐらい分かりますよ」

「ハッ、人をアル中みたいに言うのは止せよ。それに俺は、悪霊の住処と化したホテルとも接点はねェよ」


 呆れた表情を浮かべながら、ミヒャエルが軽口混じりにレズノフの反論をはねつける。そしてそれを聞いたレズノフはククッ、と小さく笑いを溢して同じように軽口混じりの返答を返すと、二人のジョークの意味が分からずにきょとんとしているナターシャ達三人へと視線を向けた。


「まァ、取り敢えずこれだけ聞ければ充分だなァ。で、そいつはいつぐらいにここに着くんだァ?」

「えっと……そうね、多分数日以内には着く筈よ。乗り物が使えるように、お金も多めに渡してきたし」


 ナターシャ達一行の最後の一人である“ジェード”という人物がいつ到着するのかをレズノフがゼシカに訊ねると、ゼシカが少し考えてから答える。


「ふゥん…。そいつァ楽しみだなァ。着いたら、俺にも紹介してくれよォ?」

「まぁ、別にいいけど…」

「約束だぜ?」


 最後に、不思議そうな表情のゼシカにそう告げると、レズノフは両手を頭の後ろに持っていき、椅子に深く腰掛けて注文した朝食が運ばれてくるのを静かに待ち始めた。来たるべき楽しみに思いを馳せ、唇の端を軽く吊り上げて笑みを浮かべながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ