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Bad Guys  作者: ブッチ
Children play
20/146

北に舵を取れ

 バウンモルコス討伐から三日後の早朝。ヴィショップは自分に割り振られた部屋の窓際の椅子に腰掛けていた。

 目の前のテーブルには、昨日レムから渡された報酬の金貨五枚と、四人分の身分証。この三日間の間に教会に足を運んで手に入れた、『神導魔法初級編』と表紙に記された本と、ページが破られた状態の辞書と、瓶に詰め込まれた煙草の葉とマッチが置いてあった。


「こんなモンか…」


 窓から差し込む光をカウボーイハットを被って遮断しながらヴィショップは呟くと、辞書のページを使って作った手巻きの煙草を日に当て、出来を確かめる。

 巻紙として使った辞書に記された単語が、日の光に照らされてぼんやりと浮き出る。ヴィショップは少しの間煙草を眺めると、煙草を咥える。そして机の上のマッチを取って、煙草に火を点けた。


「まぁ、悪くはねぇな…」


 口の中に広がる、懐かしい風味を味わいつつ、ヴィショップは煙を吐き出す。

 刑務所の中では、買収済みの警官から煙草を貰って吸っていたとはいえ、ヴァヘドに来てからは一度も吸っていない。愛煙家ではないヴィショップだが、それでも数日ぶり、しかも別世界での喫煙は、どこか感慨深いものがあった。


「ヘイ、ジイサン。もう全員下に集まってる…って、手巻きか、それ?」


 ノックも無しにドアが開かれ、身支度を整えたレズノフが入ってくる。どうやら中々下に降りてこないヴィショップを呼びに来たようだが、部屋に入った瞬間に鼻孔を擽る煙の匂いに気付いたレズノフは、すぐに感心をヴィショップの口元へと向ける。


「まぁな。煙草を吸いたいと言ったら、クライアントの親父が葉をくれたんでな。辞書を使って巻いてみた」


 ヴィショップはレズノフの方に顔を向けてそう告げると、椅子の肘掛に置いておいた完成済みの煙草と、机の上に戻しておいたマッチをレズノフに向かって放り投げる。


「っと、悪いねェ」


 レズノフは破顔させてそれをキャッチすると、煙草を口に咥え、マッチで火を点ける。


「悪くねェ葉を使ってるな。良い趣味だ」


 口から煙を吐き出しつつ、煙草を右手の人差し指と中指で挟んで口元から離すと、レズノフは満足気な表情で言葉を漏らす。

 ヴィショップはその言葉に、「そうだな」とだけ返すと、椅子から立ち上がって荷物を纏め始める。


「次の目的地は、騎士のネェちゃんの故郷だったよな? どうやって向かうんだ?」


 レズノフが再び煙草を口に咥え、煙を吹かしながら訊ねる。

 レズノフがアンジェ達からの頼みを引き受けた後、レズノフは翌日の朝、他の三人に昨晩の出来事を伝え、そして話し合った。レズノフとしては、誰か一人ぐらいは反対の人間が出るだろうと考えていたのだが、意外なことに反対の人間は現れず、そのまま『ルィーズカァント領』が次の目的地となった。

 だが、そうした場合、一つ問題が生じる。『ルィーズカァント領』は隣国『スチェイシカ』とを隔てる『ライアード湾』を含む、『グランロッソ』の北端の土地。徒歩で向おうと思えば、かなりの時間を要してしまう。


「それなら、心配するな。クライアントから馬車を借りれることになった」


 故にヴィショップは、次の目的地を決めた際にフレスに相談していた。そしてフレスから馬車を借りる約束を取り付けていたのだ。


「相変わらず、手回しが早いねェ」

「本来なら、言いだしっぺのお前がやる筈の手回しだがな…」


 ヴィショップは呆れた口調で言葉を返すと、荷袋を背負って部屋から出る。すると、後ろからついて来ていたレズノフが、思い出したように声を上げた。


「そう言えば、ギルドの方はどうしたんだ? 確か、俺達に対しての仕事がわんさか有るとかはしゃいでたが?」


 酒の席で上機嫌になっていた、でっぷりと太っていたギルドマスターの姿を思い浮かべる。

 バウンモルコスの討伐から唯一帰還したアンジェ達とヴィショップ達は、今や『クルーガ』では時の人だった。実際、アンジェ達はB1へ、ヴィショップ達はC2へとランクも上がり、彼等を指名しての依頼もかなりの量が来ていた。そんな明らかな金儲けのチャンスを放り捨てて、ヴィショップ達が他の土地へ向かうのを許可する程、あのギルドマスターがお人よしとは、レズノフには思えなかったのだ。

 だがヴィショップは、そんなレズノフの問いかけに対し、小さく笑みを漏らすと、立ち止まって懐から四枚の羊皮紙を取り出し、レズノフに向けて振って見せた。


「それは?」

「推薦書だ。ギルドマスターのオッサンから貰ってきた」


 ギルドメンバーは基本的にギルドでの依頼を受けて食いぶちを稼ぐ。その為、依頼を受けられない状況に陥るのは死活問題なのだが、一部の例外を除いてギルドメンバーは、他のギルドの依頼を受けることが出来ない。もし他のギルドの依頼を受けようと思ったら、所属を変更するか所属するギルドから推薦状を貰い、それを呈示する必要がある。逆に、推薦状を貰えば、所属しているギルドに拘らずとも、世界中のギルドで仕事をすることが出来る。その為、下手をすると戻って来ない場合もあり得るし、そうでなくともいつ戻ってくるかは分からない。


「ヘェ、でも、どうやって手に入れたんだ? あのオッサンが渡してくれるとは、思わないんだがなァ」


 それ故に、著名なギルドメンバーに推薦状を渡すギルドマスターは、殆どいない。

 一応、推薦状を渡した人物が他のギルドの依頼を解決すれば、所属しているギルドの名は売れる。だが、ギルドの収入源は依頼主の依頼料と、報酬の二割。その為、肝心の収入が所属先のギルドには入らないことになる。

 つまり、今現在が最も稼ぎ時なヴィショップ達に推薦状を渡したところで、待っているのは圧倒的なハイリスク・ローリターンな結果。少しでも頭が働く人物なら、今ヴィショップ達に推薦状を渡したりはしない。

 にも関わらず、ヴィショップは四人分の推薦状を手にしている。その為、レズノフが疑問に思うのも当然といえた。


「何、身代わりを一つと、一言置いてきただけさ」

「身代わり? 一言? 何だ、それ?」


 そんなレズノフの問いに、ヴィショップは微笑を漏らして返事を返した。


「身代わりは、あの騎士三人組。奴等も知名度じゃ似たようなモンだし、奴等をこきつかえと言ってきた」

「ネェちゃん達は了承したのか?」

「あぁ。まぁ、文句言える立場でもないだろ」


 ヴィショップ達と同じく、『世界蛇の祭壇』から帰還したアンジェ達もまた、『クルーガ』における知名度はうなぎ登りになっている。ヴィショップ達の代わりとしても、十分機能するだろう。


「で、一言ってのは?」


 ヴィショップの言葉を聞いて納得したレズノフが、次の質問へと移る。

 ヴィショップはその質問に対し、ニヤリと笑みを浮かべると、レズノフの方を振り向いて答えた。


「“上の連中を見上げる生活に飽きたんなら、俺に賭けろ。同じ舞台まで押し上げてやる。”そう言ってきたのさ」


 ハッタリにしか聞こえないような言葉。だがそれを聞いたレズノフは、その言葉に言い様の無い説得力を感じていた。

 その説得力がどこから生み出されたものなのかは分からない。言葉そのものか、或いは表情か、身振りか。もしかしたらその全てかもしれないし、そのどれにも当てはまらないかもしれない。

 だが、それでもレズノフは感じ取ることが出来た。漠然としていて、それでいて強固極まりない説得力を、ヴィショップの言葉から。


「ジイサン、そいつは一言じゃなくて二言だ」

「うるせぇ、揚げ足取るんじゃねぇよ、ゴリラの癖に」


 レズノフが小さく笑いながら、軽口を叩く。ヴィショップはそれに軽口で返すと、再び歩み始めた。






「ったく、いつまで掛かっているんだ…!」


 さんさんと朝日が差し込むバレンシア家の屋敷の庭で、ヤハドは天気とは不釣り合いな苛立ちを隠そうともせずに、ヴィショップとレズノフが来るのを待っていた。

 ヤハドの隣には、ミヒャエルとフレスが歓談を繰り広げ、少し離れた所ではレムが馬車の御者と話し合っている。そんな中、ただ一人で苛立ちを募らせているヤハドの姿は些か周囲から浮いていたが、本人はそんなことはお構いなしに、苛立ちを更に募らせる。


「悪い、遅れた」


 そしてヤハドの苛立ちがそろそろピークに達しようとした瞬間、ヴィショップとレズノフが屋敷の正面玄関から姿を現す。


「遅いぞ、米国人! 貴様、何をしていた!」

「そう怒鳴るな、朝っぱらから。それより、ほらよ」


 ヤハドの叱責を軽く流すと、ヴィショップは紐で丸めたギルドの推薦状を二人に向って放り投げた。


「何だ、これは?」

「ギルドの推薦状だ。詳しいことは馬車で説明するから、無くすなよ」


 紐を解き、羊皮紙に記された内容を眺めながら訊ねてきたヤハドに答えると、ヴィショップはフレスの方に顔を向ける。


「世話になったな、フレス。親父さんとお袋さんは、まだベッドか?」

「えぇ。お医者様が、まだ安静にしてた方が良いって…」


 ヴィショップの質問に、フレスは母親が目を覚ました二日前の感動が消え切っていないような嬉しそうな表情を浮かべて、返事を返す。

 父親の体調は、バウンモルコスの魂骨を使用した薬を服用した翌日には回復に向かい、今ではしっかりと肉も付き始めている。母親も同様で、服用した翌日の深夜には目を覚まし、今では会話も普通にこなし、食欲も充分に出ている。

 両親がみるみると回復していく様を見たフレスの喜ぶ様と、涙を流して四人に向けて感謝の言葉を送る姿は、ヴィショップ達の記憶にも新しい。


「そうか。まぁ、親は大切にしてやれよ。子供は産めば増やせるが、親はどうやっても増えないんだからな。精一杯愛してやれ」

「う、うん。分かったわ」


 ヴィショップがそう言って頭をぽんぽんと叩くと、フレスは恥ずかしそうな素振りを見せつつ、返事を返す。

 その様子を見て笑みを漏らしたヴィショップが、背後から飛んできたヤハドの「増えるからって問題じゃないだろう…」という呟きを無視してレムの方に向おうとすると、フレスが咄嗟に手を伸ばし、ヴィショップの外套の裾を掴んで引き止める。


「…どうした?」


 ヴィショップが振り向いて、問いかける。その先には、ヴィショップを上目遣いで見上げている、フレスが居た。


「本当に…行っちゃうの…?」


 訴えかける様な瞳で、おずおずとフレスは切り出す。


「今、屋敷には騎士は誰も居ないし…集め直すにも時間が掛かる…。だから…!」


 声を次第に大きくしていく、フレス。だが、彼女が言おうとしていることを察したヴィショップは、彼女の言葉を遮ってしゃがみこみ、視線の高さを合わせる。


「そいつは無理な相談だ、フレス」

「…どうして?」


 ヴィショップのその一言で、一瞬にしてフレスの表情が凍りつく。

 何故ならば、しゃがみこんで彼女の瞳を見つめているヴィショップの瞳には、彼女でも分かる程に、妥協を許さない決意の炎が灯っていたからだ。

 それを目にしてなお、吐き出されたフレスの問いに、ヴィショップは視線を絡ませたまま答える。


「それは、俺達全員にやらなければならないことがあるからだ。それは長く険しい道程になるであろうものでな。ここでのんびりしてる訳にはいかないんだ」

「なら、アタシも…」

「いや、駄目だ」


 ヴィショップはフレスの言葉を遮る。そして、納得いかなさそうな表情のフレスに、語りかけた。


「そいつはな、言ってみれば俺達の今までの行動が招いたようなモンなんだ。端的に自業自得と言い換えてもいい。だからこそ、俺達自身の手で取り組まなきゃならない」


 言い聞かせるような口調でそう告げると、ヴィショップはフレスの答えを待つ。

 フレスは視線を下に向け、少しの間沈黙を貫いた後、口を開いた。


「分かった……でも、また会えるわよね?」

「あぁ、会えるさ」


 答えの後、若干の感覚を開けて、フレスが訊ねる。彼女の目の端には、水滴が溜まっていた。

 ヴィショップはその問いに微笑を浮かべて答えると、立ち上がってフレスに手を差し伸べる。


「さて、馬車までエスコートしてもらおうか、レディ?」

「…ふふっ、逆でしょ、普通」


 クスリと笑って、フレスはヴィショップの手を取ると、馬車に向かって引っ張って行く。


「やっぱし、ジゴロじゃねぇか、ジイサン」

「うーむ、悪くはない光景の筈だが、あの米国人がやると、どうも裏があるように見える…」

「…僕には手を出すなとか言ってたくせに」


 その後を、三人が思い思いの言葉を呟きながらついてくる。

 そして馬車の前まで来ると、ヴィショップはレムに話しかけた。


「数日間、世話になったな」

「いいえ、助けてもらったのはこちらですから。後は、貴方が握っているお嬢様の手を即刻離していただければ、それだけで充分です」

「ハッ、一貫してつれない女だな」


 ヴィショップはレムの言葉に首を竦めると、自分の手を引いていたフレスに視線を向ける。

 その視線を受けたフレスは、自分の手の中にある、黒い革製の手袋を填めたヴィショップの右手を名残惜しそうに見つめ、


「…がんばってね」


 と一言発して、手を離した。


「おう。また会いに来るさ」


 フレスに返事を返すと、ヴィショップは馬車の扉を開いて中に乗り込む。


「あばよ、嬢ちゃんにメイドのネェちゃん」


 それにレズノフと、


「では、去らばだ。あぁ、今度会う時には、もう少し淑やかな女性になっておくのだぞ」


 ヤハドが続き、


「じゃ、お世話になりました。あと、フレスさん。数年経って相手が居なければ、ミヒャエル・エーカーの名を思い出して下さいね」


 最後にミヒャエルが乗り込み、馬車の扉を閉めた。

 そして御者の握る手綱が、馬車を引く二頭の馬の身体を叩き、空気を震わせる。馬は嘶きを上げると、ゆっくりと動き始め、バレンシア家の屋敷から遠ざかっていく。


「絶対、また会いに来なさいよ~!」


 フレスは段々と小さくなっていく馬車の背が見えなくなるまで、その小さな手を振り続けたのだった。





 ヴィショップ達がフレス達に別れを告げたのと、ほぼ同時刻。『ルィーズカァント領』の中心都市『パラヒリア』に居を構える、領主ドーマ・ルィーズカァントの屋敷に一台の馬車が訪れていた。

 ゆっくりとした動作で動く馬車は門の前で停まる。そして御者が門の両脇に立つ二人の鎧と槍を身に付けた騎士に、ルィーズカァント家の家紋である鳩と十字架の掘り込まれた板を見せると、騎士達は一礼の後に門を開いた。

 御者は帽子を取って騎士に頭を下げて、再び馬車を進ませる。のんびりとした動作で動き出した馬車は、屋敷の庭を真っ直ぐに進み、溢れんばかりの水を噴き出している噴水を迂回し、三分程かけて屋敷の正面玄関に辿り着いた。


「着きましたで、旦那様」


 すっかり還暦といった様子の御者が、後ろを振り返ってそう告げる。その次の瞬間、


「遅ェよ、ジジイ」


 たった一言だけ返事が返ってきたかと思うと、その一言を掻き消さんばかりの轟音が轟き、悩みの無さそうな笑顔を浮かべていた御者の顔の上半分が跡形もなく吹き飛んだ。

 その突然の惨状に、正面玄関の両脇に立っていた騎士は、呆然して立ち尽くしたままだらしなく口を開き、バランスを崩して馬車から落下する頭部の半分が欠けた御者の死体を、目で追っていた。


「何だ、何事だ!?」


 すると、轟音を聞き付けたのか、正面玄関が開き、数人の騎士を引き連れて、高そうな衣服に身を包んだ肥満体の男と、周りの騎士と同じような鎧を身に付けてはいるものの、兜を着けず、背中に大きな盾を背負った、鼻の下に髭を生やした男が姿を現した。


「何があったのか、領主様に説明しないか!」

「す、すいません、騎士団長! しかし、我々にも何が起こったのか…」


 髭を生やした男が玄関に立っていた騎士を怒鳴りつけるも、返ってきたのは意味の無い答え。それに苛立った髭を生やした男がもう一度怒鳴りつけようとした矢先のことだった。


「団長! 馬車の扉が開きます!」

「何ッ!?」


 部下の騎士の言葉に反応して馬車の方に視線を向けると、部下の言葉通り馬車の扉が開こうとしていた。

 髭を生やした男は声を張り上げ、部下に臨戦態勢をとらせると、自らも腰に差していたロングソードを抜き放ち、肥満体系の男…ルィーズカァント領、領主ドーマ・ルィーズカァントの盾になるような位置をとって、馬車から人が出てくるのを待ち構える。

 そして、こつこつという靴音と共に、白いロングコートに白いズボン、白いマフラーを腿の辺りまで垂らし、右手に精巧な彫刻が装飾された黒金の魔弓を握りしめた、派手な金髪の男が降り立ち、その後に続いて二人の武装した少女が降りてきた。


「よう、久しぶりだな、兄弟」

「カタギリ? カタギリではないか!」


 槍を手にした騎士に囲まれ、白いコートの男…カタギリは、『世界蛇の祭壇』に居たのと同じ少女を後ろに控えさせ、開口一番にそう発した。すると、髭を生やした男の背後に隠れていたドーマが驚いた表情を浮かべて顔を出し、カタギリの顔を見るや、嬉しそうな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。


「全員、武器を下ろせ。領主様の御友人だ」


 馬車から降りた男の顔を見て、自分の主の友人であることを確認すると、髭を生やした男は部下達に武器を下ろすように命令する。そして部下の騎士達が戸惑った様子でゆっくりと槍を下ろす中、髭を生やした男は手の届く範囲にある槍を無理矢理下げさせながら、ドーマと歓談しているカタギリの許に向かって歩く。


「これはこれは、カタギリ殿。本日はどのようなご用件で?」

「よう、ハインベルツ騎士団長。賄賂で上手い汁は吸えてるのか?」


 髭を生やした男…ハインベルツ・ヒューゲルの存在に気付くや否や、カタギリは皮肉を発する。ハインベルツが苦笑いを浮かべながら適当に返事を返していると、カタギリの代わりにドーマがその質問に答えた。


「カタギリはガキを預かりにきたそうだ。ハインベルツ、地下牢から例のガキ共を連れてこい。それと、酒の準備だ」

「かしこまりました」


 ハインベルツは返事を返すと、部下の騎士を一人連れて屋敷の中へと戻っていった。カタギリがその後ろ姿を目で追っていると、隣に立っているドーマが話しかけてくる。


「しかし、また会えて嬉しいぞ友よ。ところで、先程の発砲は何だったのだ?」

「あぁ、あれか」


 カタギリは右手に握っていた魔弓をコートの懐にしまいながら答える。


「あのジジイが手綱を握った馬車、阿呆みたいに遅くてな。思わず撃っちまった」

「そ、そうか。なら、仕方ないな。そんなことより、屋敷の中にはいろうでないか」


 さも当然の如く告げるカタギリに、思わず度胆を抜かれる、ドーマ。それでも何とか取り繕うと、自らの屋敷に向かって歩き出す。カタギリはその背中を、二人の少女を引き連れて追い始めた。


「相変わらず、大した屋敷だな、ここは」

「であろう? 何せ、我ルィーズカァント家が代々引き継いできた屋敷に、私が更に手を加えたものなのだからな」


 正面玄関を抜けてすぐに目に飛び込んでくる、煌びやかなシャンデリアを始め、贅の限りを尽くしたかの様な屋敷の姿に、カタギリは感心したように呟く。

 そこから先はドーマの自慢話を適当に聞き流しながら歩き続け、四方八方に節操無く置かれた高級調度品の数々に適当に視線を向けながら歩く。そして数分程して、甲冑や絵画、さらには戦車(チャリオット)らしきものまで置かれた、より一層統合性の無くなった応接間へと到着する。


「さぁ、座りたまえ。おい、酒を持て!」


 ドーマは装飾として宝石が埋め込まれた椅子に腰掛ける。そしてカタギリが、少女二人を後ろに控えさせたまま席に着いたんを確認すると、入ってきたのとは違う扉の横に立っている女中に声を飛ばす。

 女中は返事を返し、扉の向こうに姿を消す。かと思えば、数秒程で盆の上に二つのワイングラスとボトルを乗せて現れた。


「では、久しぶりの再会に」

「あぁ。一節ぶりの再会に」


 女中によって真っ赤な液体が注がれたワイングラスを掲げ、互いに言葉を紡ぐ。そしてグラスを軽くぶつけて小気味の良い音を立てると、ワイングラスを口につけて傾けた。


「あぁ! やはりワインは国産に限る!」

「俺はビールの方が好きだがね」

「ふん、あれは庶民の飲み物だ。力を持つものは、やはりそれに見合ったものを口につけなければなぁ!」


 ドーマがワインについて力説していると、不意にカタギリ達が入ってきた扉が開き、ハインベルツが姿を現した。


「領主様、連れてまいりました」

「おぉ、待っていたぞ」


 ドーマはハインベルツの言葉を聞くと、手を振って女中を部屋から追い出す。ハインベルツは女中が部屋から出たのを確認すると、ボロボロの布切れを纏った三人の子供を引き連れて部屋に入る。


「カタギリ。これが、今回の“生存者”だ」

「へぇ、こいつ等がね…」


 カタギリはワイングラスを持ったまま立ち上がると、ハインベルツの隣で一列に並んでいる三人の子供に近づく。子供は三人の内一人が少女で、他の二人が少年。どの子供も目に光が無く、死人のような目をして突っ立っていた。

 カタギリはその三人の許まで歩み寄ると、しゃがみこんで目を覗き込みながら品定めでもするかのように眺めていく。一人数十秒程度かけて眺めていき、三人目を眺め終わったら最初の一人に戻って同じことを繰り返す。そして今度は一人十数秒程度で終わらせると、立ち上がって一人の子供の手に頭を置いた。


「こいつにするわ」


 カタギリはドーマの方を向いてそう言うと、緑色の目をした少年の頭をガシガシと荒っぽく撫でる。

 ドーマはその言葉を受けると、ハインベルツにカタギリが選んだ少年の身体を綺麗にしてくるように命令した。


「意外と早く決まったな。それで、残ったガキはどうするのだ?」

「ん、まぁ、別に要らねぇしな」


 ハインベルツが緑色の瞳の少年を連れて部屋を後にするのを見ながら、ドーマが尋ねる。するとカタギリは残った二人の子供を興味無さそうに見下ろすと、


「こうするか」


 ロングコートの懐から黒金の魔弓を取り出し、二度引き金を引いた。


「なっ…!」


 屋敷内に再び轟音が鳴り響く。カタギリの目の前に立っていた二人の子供は、脳髄をまき散らしながら地面に膝を着いて崩れ落ちた。

 ドーマはその光景を呆気に取られた表情で眺めていたが、カタギリが魔弓を懐にしまって席に戻った頃には正気を取り戻し、怒鳴り声を上げた。


「う、撃つ時には何か言ったらどうだっ! 心臓が止まるかと思ったぞっ!」

「言ったじゃねぇか」

「あれが言った内に入るかっ!」


 不思議そうな表情のカタギリにひとしきり罵声を飛ばすと、ドーマは瓶を引っ掴み、そのまま直接口に付けてワインを喉に流し込み、冷静さを取り戻す。


「行儀悪ぃな」

「やかましい!」


 そしてカタギリの軽口に再び怒鳴り声を飛ばすと、大きく溜め息を吐いた後にカタギリに問いかける。


「おい、カタギリ。一つ聞いてもいいか?」

「あ? 何だよ?」

「お前は私に“あの娯楽”を教える時に条件を出した。次に来るときまでにガキどもを殺し合わせて三人の生存者を決めろ。そしてその三人の中から一人を選んで連れて行くと。…私には、あのガキは三人とも同じにしか見えなかったのだが…どうしてあのガキに決めたんだ?」


 納得のいかなさそうな表情で、ドーマは訪ねる。

 ドーマは、カタギリが訪れた一節前から条件に従って子供達を殺し合わせてきた。最初は感情とモラルに従って殺し合いを拒否していた子供達も、殺しあわなければ食糧を与えないようにしてやれば、食糧を与えられずに飢えで死んでいく他の子供達の姿の前に感情とモラルを放棄して殺し合いを始める。そうして人として重要な部分を根こそぎ削り取っての殺し合いの末に生き残ったのが、先程連れてこられた三人の子供達だった。

 だがドーマには、あの三人の子供達の違いが分からなかった。容姿こそバラバラなものの、身に纏っている陰惨な雰囲気も、光が灯っていない虚無の瞳も、三人全員寸分違わず変わらなかった。

 それ故にドーマは、連れて行く子供をあっさりと決めたカタギリに決めた理由を訊ねた。だが、返ってきたのは予想もしていない答えだった。


「理由? んなモン、緑色の目がカッコイイからに決まってんだろ」

「……は?」


 当然のように吐き出された言葉に、思わずドーマの思考が停止する。

 そんな彼の様子を見たカタギリは、やれやれといった様子で苦笑を漏らすと、少し身を乗り出してドーマに語りかけた。


「いいか、兄弟。先に言っとくとな、あの三人なら誰でも良かったんだ」

「誰でも…良かったのか…?」

「あぁ。そもそも、同じ環境に放り込まれて同じ行動を強いられた人間の間で、劇的な差なんて出る訳ねぇだろ? つまり、あの三人の中身は殆ど同一だ。なら、あとは見た目で決めるしかねぇ。だろ?」


 カタギリはそう言うと、空のワイングラスをドーマの方に差し出す。ドーマは差し出されたワイングラスに瓶を傾けながら、質問を続けた。


「じゃ、じゃあ、何で三人共連れて行かないんだ? 何に使うのかは知らんが、多い方が良いだろう?」


 ドーマの言葉を受けたカタギリは、肩を竦めて返事を返す。


「それがそうでもないんだな」

「…何故だ?」

「俺がガキを引き取ってやろうとしているのは、使える手駒を作る為なんだよ。んでもって、極上の一駒を作ろうと考えたら、一人に意識を集中させた方が良いのさ」

「そ、そうなのか…」


 そう答えたところで、ドーマはあることに気付く。


「な、なら殺す必要はあったのか? 別に殺さずに次の候補として取っておいても良かったのではないか?」

「あー…」


 ドーマからぶつけられた問い。カタギリはその問いに対し、気の抜けた声を上げた後に答えた。


「さっき言っただろ? 要らないしって」

「なっ…!」


 カタギリの口から放たれた答えに、ドーマは再び絶句する。

 カタギリはその様子を無感動な瞳で眺めた後、ワイングラスの中身を飲み干して立ち上がった。


「ちょっと屋敷の中歩いてくるわ。案内してくれ」

「あ、あぁ、分かった」


 そして未だに呆気に取られた表情のドーマを伴って、応接間を後にした。

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