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Bad Guys  作者: ブッチ
Four Bad Guys
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Welcome to The Another World

「………んっ…クソッ……」


 瞼越しでもはっきりと感じられる眩しさ、どこかデジャヴを感じるその感覚によって、ヴィショップ・ラングレンの意識は無理矢理の覚醒を余儀なくなれる。


「……何だァ、ここ?俺は刑務所に…」


 そこまで言いかけて、ヴィショップは口の動きを止める。そして黙ったまま周りの光景を再確認し、そして先程まで自分の身に降りかかっていた出来事を想起する。


「…まさか、夢じゃなかったのか…」


 はっきりと頭の中に残っている、あの不思議な空間での経験。あれは夢だったのだ、そう切り捨ててしまいたい気持ちを、目の前のに広がる光景は許してくれはしなかった。

 ヴィショップが辺りを見渡せば、温かみの無い牢獄の風景などではなく、生命の息吹を嫌という程感じさせる無数にそびえ立つ木々が。上を向けば、薄汚れたコンクリートの天井などではなく、太陽の温かみをダイレクトに体へと伝える雲一つ無い青空が。そして下を向けば、囚人達の落書きやら便器から漏れた小便やらで汚れた床ではなく、道と呼べる程度に手を加えられ、それ以外の人の手はいっさい感じられない砂利道が存在していた。


「……とりあえず、あのアバズレの話が本当なら他の奴等もここに居る筈だ。これが夢じゃないと判断するのはそれからでも……さっそく見つけちまったよ、クソッタレ…」


 ヴィショップは最後に残った希望にしがみ付き、それを支えに立ち上がろうとするが、数秒も経たない内に地面に倒れている三人の人間を見つけてしまい、最後に残った希望もあっけなく打ち崩される…かに見えた。


「って、よく見たら服装が違う上に、禿げているやつが居ないじゃねぇか。どうやら神はまだ俺を見捨てて………ん?」


 ヴィショップは気を取り直すと、外套を身に纏った三人組に近づく為に改めて立ち上がろうとするが、その際に自らの両目がヴィショップが動きを止める理由として充分な二つの要素を捉え、ヴィショップは立ち上がろうとしていた動作のまま固まる。

 まず一つ目の要素は、立ち上がろうとした際に視界に映った自らの恰好が倒れている三人組に酷似していたこと。

 そしてもう一つは、同じく立ち上がろうとした際に視界に映った、地面に着かれている己の両手。その手の甲に本来なら刻まれているべきである老いの象徴が存在しなかったことである。


「………は?」


 その二つの要素を目の当たりにして固まっていたヴィショップは、間抜けな声を上げるとそのままストンと地面に座り込む。そして暫くの間、呆けた表情でしわの無くなった自分の両手を眺めると、微かに震えている両手を顔の前から退かして自分の頭へと動かし、自分の髪をつまみ上げて自分の顔の前へと持っていく。


「な、何なんだ、こいつはァァァァッ!」


 そして視界に映る自分の髪が、生気を失くして枯れ果てた白髪ではなく、大した手入れもされずに無造作に伸ばされた黒髪であることに気付いた瞬間、ヴィショップの絶叫が空に響き渡った。





「では、さしあたって現在の状況の整理から初めていきたいと思う」

「了解」

「あぁ」

「分かりました」


 無造作に伸ばされた黒髪に、無精髭を生やした男…ヴィショップ・ラングレンの言葉に、三人の男達が肯定的な返事を返す。

 現在の時刻はヴィショップが叫び声を上げて、その叫び声によって倒れていた三人が目を覚ましてから数分後。誰一人として時計を身に着けていないので具体的な時間は不明だが、日の登り具合からしてまだ朝と呼べる時刻だろう。

 ヴィショップの目の前には三人の男が座っており、ヴィショップを入れた四人で円を描いて座っている。左から、銀髪を刈り込んでいる大柄の男、黒髪のアラブ系の男、そして女性と言っても通用しそうな程に整った容姿の金髪の男という順番だ。

 ヴィショップは彼等の顔を見回すと、顔に手を置いて溜め息を吐いてから、右から順番に名前を確認していく。


「とりあえず、メンバーの再確認だ。まず、お前がミヒャエル・エーカー」

「はい」

「そしてお前がアブラム・ヤハド」

「そうだ」

「んでもって、あんたがウラジーミル・レズノフ」

「あぁ。そして、あんたがヴィショップ。ラングレン。だろ?」

「…あぁ、そうだ、エクスボールダー(“元”禿げ頭)


 ニヤニヤしながら言葉を返してきたレズノフに、ヴィショップは呆れ顔で返事を返すと、もう一度顔に手を置いて溜め息を吐く。


「はぁ…つまり何か?俺達は若返っちまった、そういう事か?」

「そういうことなんじゃないか?自分の顔を見れるわけじゃないからどうともいえないが」


 どこか投げやりなヴィショップの問いに、レズノフが自分の顔をぺたぺたと触りながら答える。


「オォウ、ジーザスッ!何だ、そりゃあ!いきなり訳分かんねぇぞ!何で若返ってる!そしてここはどこだ!」

「知るかよ。落ち着け、ジーサン。せっかく若返ったのにまたくたばっちまうぞ?」

「黙ってろ、レズノフ!それより、テメェはどうしてそんなに呑気に構えてられるんだ!?」

「さぁな。例のカミサマの贈り物ってやつかもな」

「贈り物だぁ…?………贈り物…まさか“こいつも”なのか…?」


 ヴィショップは、例の空間で地面に呑み込まれる寸前に神を名乗る女性が言っていた言葉を思い出し、視線を四人の中心へと向ける。そこにはナップザックに酷似した造りの袋が四つ置いてあった。


(てっきりこの中身が“贈り物”かと思っていたが、まさかこの若返りも“贈り物”なのか?だとしたら、あのアバズレはマジもんの…!)

「おい!確認は済んだだろう!だったらとっととこの中身を確認するぞ!」


 荷物を見ながら考え込んでいたヴィショップの思考に、ヤハドの苛立った声が割り込んでくる。ヴィショップは小さく舌打ちをすると、苛立ちを隠そうともしないヤハドを宥める。


「分かってるから、少しは落ち着いたらどうだ?」

「落ち着け?落ち着けだと?これが落ち着いていられるか!俺のターバンが無いんだぞ!?」


 ヴィショップの言葉に、指で自分の頭を指しながら怒鳴り返す、ヤハド。他の二人はその様子をつまらなさそうに眺めている。

 ヤハドがこの状態に陥ったのは、ヴィショップの叫び声で目覚めてから少し経ってのことだった。自分達が若返っていることに気付き、しばらくの内は罵声を飛ばしながらパニックに陥っていたヴィショップ達(レズノフを除く)が冷静さを取り戻した際に、ヤハドが頭に巻いていたターバンが無いことに気付いたのだ。それ以降、ずっと苛立ちながらターバンを見つけようと躍起になっており、それを何とか沈めて今に至るという訳である。


「まぁ、落ち着けって。大切なモンだってのはお前の態度で重々承知したからよ」

「フン!貴様等にあれの価値が分かってたまるか!あれは俺の…!」

「うるせぇな、いい加減に少し黙れ。ほら、お待ちかねの開封のお時間だぞ。てめぇの薄汚い布っ切れが入ってることサンタさんに祈りながら、さっさと“プレゼント”開けやがれ」


 レズノフとも言い争いを始めたヤハドを苛立ちが篭った口調で諌めると、ヴィショップは目の前に置かれている、目覚めた時に自分の手元にあった袋を開き始める。

 ヤハドは何かを言い返そうとしたが、それを呑み込むと袋を手許に引き寄せて乱雑に開き始め、レズノフとミヒャエルもそれに続く。


「えっと…手帳に小さい袋…中身は硬貨か。こっちで流通してる金なのかね?」

「そうじゃないんでしょうか?あと他には…洋服ですね。上下と下着合わせて三セットありますね」

「それとォ……こいつは食糧か。干し肉やら何やら保存が効くものばっかだな。それと水もあるな」

「………………」


 一心不乱に袋の中身を掻き出していくヤハドを除いた三人が、互いに取り出した物を確認しながら袋の中身を取り出していく。どうやら中身は四人共変わらないようである。


「さて、この手帳には何が書いてあんのかね……おい、マジかよ」

「どした?」

「見ろよ。使われてる文字に全く見覚えが無い」

「でも読めるな。どういうことだ、ジイサン?」

「さぁね。これも“贈り物”ってやつじゃないのか?若返りがあるくらいだし、今更驚かねェよ、タコ野郎」

「あの、お二人とも?」


 手帳に書かれている未知の文字。それが意図も容易く理解出来ることについて意見を交わしていたヴィショップとレズノフに、袋の中身を漁っていたミヒャエルが声を掛ける。


「どうした、連続強姦魔?」

「だからそんなことしてませんってば!それより、まだ袋の中身があったみたいで…」

「あったぞォォォ!」

「うるせぇなぁ…」


 袋から小箱を取り出し、それをヴィショップとレズノフに見せながら話すミヒャエルの言葉を、ヤハドの歓喜の雄叫びが遮る。


「おい、どうした、テロリスト。ガキの時分に散らした純潔でも見つけたか?」

「違うわ!見ろ、俺のターバンだ!」


 そう言いながらターバンを見せつける、ヤハド。それを見てうんざりとした表情を浮かべるヴィショップだったが、それとは対照的にレズノフは驚いた表情を浮かべながらヤハドに質問する。


「よかったじゃねぇか。で、どこにあったんだ、それ?」

「袋の底にあったこの小箱に入っていた。どうみてもターバンなど入りそうにないから諦めていたが、まさか入ってるとはな…」

「「「小箱の中?」」」


 ヤハドの返答に、思わず三人の声が被る。そして三人の視線が交錯すると、小箱を取り出していないヴィショップとレズノフが急いで袋から小箱を取り出す。


「まさか、これの中身全部ターバンってことはねぇよなァ?」

「いくらなんでもそれはないでしょう。こんな箱の中にしまってあるぐらいだし。というか、これでターバンだったら神様を恨みますよ」

「俺の勘から言えばそれはない。恐らくこの中に入っているのは俺達が個人的に執着しているものだろう。大切な物と言い換えてもいい」


 ヴィショップの言葉を受けて、レズノフとミヒャエルが手許の小箱に視線を落とす。そして再び視線を上げて三人が互いに目配せすると、殆ど同時に三人が互いに背を向け合い、小箱が他の人間の視界に入らないように抱える様にして小箱の蓋を開ける。


「「「…………」」」


 中身を確かめ、そのまま黙り込む三人。少しの間そうしていたが、やがてゆっくりと向きを戻して小箱の中に入っていた物を見せ合う。


「どうやらジイサンの意見が正解ってことでよさそうだな」

「ですね」


 三人が互いに手に持っているものを確認すると、レズノフとミヒャエルが呟くように言う。

 三人が小箱の中から取り出したものは互いに全く異なる物だった。ヴィショップは銀色の飾り気のない指輪。レズノフは先程の空間の中でも持っていた鉈程の大きさのある大振りのナイフ。そしてミヒャエルは革製のポーチだった。


「……とにかく、これで袋の中身は全て確認し終わった訳だ。出発するぞ」


 ヴィショップは手に持った銀色の指輪を“左手の薬指”に嵌めると、荷物を袋の中に無造作に放り込んで立ち上がる。


「何だ、結婚してたのかよジイサン」

「黙れ。さっさとしないと置いていくぞ。ヤハドォ!テメェもだぞ!」

「というか、出発するっていってもどこに行く気なんですか?僕達、地図すら持ってないんですよ?」


 未だに浮かれているヤハドに罵声を飛ばすヴィショップに、ミヒャエルが解せないといった表情で質問する。

 それに対しヴィショップは、袋に放り込まずに手に持っていた手帳を掌でペシペシと叩きながら答える。


「心配すんな。この手帳に地図が載ってたし、ご丁寧に現在地と思わしき場所に丸までしてあった。んでもってこれによると、結構近くに町があるみたいだ。とりあえずそこを目指すぞ」


 ヴィショップはそう言うと、中々出発の準備を始めようとしないレズノフの尻に照準を定め、右足を振り抜いた。





「んで?その“町”とやらにはまだ着かねぇのか?」

「うるせぇな、黙って歩け。こんなもん、ジャングルの中駆けずり回るのに比べたら屁でもねぇだろうが」

「そうじゃねぇんだよ、ジイサン。とにかく退屈なんだ、分かるか?つーか、あんたジャングルでの行軍なんてしたことあるのか?」

「ねぇよ」

「何だよ、それ、説得力ねぇな。ヒャハハハハハッ!」


 ヴィショップは、肩をバシバシと叩きながら、どこがツボに入ったのとも知れないレズノフの馬鹿笑いに辟易しつつ、歩を進める。

 ヴィショップ達四人は、現在手帳に書かれた地図を片手に目が覚めた場所から最も近い場所に存在する(と書かれている)町『クルーガ』に向けて歩を進めていた。

 だが、既に日は真上に上るぐらいには時間が経っているものの未だに『クルーガ』に辿り着けていなかった。かといって今のヴィショップ達にはこの手帳を信用する以外の道は無いので、引き返す訳にもいかない。

 かといって全く進展が無いということも無かった。

 まず一つに手帳に書かれている内容。歩きながらざっと目を通した結果、主にこの世界の事と思しき情報を読み取ることが出来た。例えばヴィショップ達が飛ばされてきた世界の名が『ヴァヘド』という名である事、通貨は主に金、銀、銅の三種類があり、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚に相当し、銅貨二枚でパンが一つ買えてお釣りがくるぐらいの相場である事、『ヴァヘド』には『魔法』が存在し、人間と同等の知性を持った種族が存在する事などである。もっとも、適当に目を通しただけなので魔法やそれらの存在がどういったものなのかはまだ分かっていないが。

 そしてもう一つはヴィショップ達がはたしてどのくらい若返ったのかという事。レズノフが小箱から取り出したナイフを鏡代わりに各々の顔を確認して意見を纏めた結果、大体二十代前半、最大限若く見積もっても十代後半といったところだった。


「おい、いい加減少し黙ったらどうだ?貴様の品の無い声を聞いていると、苛立ちで天に召されそうだ」

「何言ってんだ、俺達全員死んだら仲良く地獄行きだろうが。なぁ?」

「フン、貴様等のような(アッラー)を信じぬ者共はともかく、俺は……何だ、あれは?」

「あ?どうしたよ?」


 レズノフと言葉を交わしていたヤハドが、不意に言葉を切ると、目を細めて遠くを見る。レズノフが怪訝そうな声を出しながらヤハドを真似ると、疲れた態度でトボトボと歩いていたヴィショップとミヒャエルもそれに続く。


「…!おい、あれって…!」

「…待てよ、どれが何だって?……クソッ、引っ張るなハゲ野郎…!おっ!?」


 レズノフに無理矢理首の向きを変えられたヴィショップが不満気な声を上げるが、それも視界に映った物体を見て霧散する。


「……どうやら、もう少しで着くようだな」

「やっとですか…。疲れましたよ…」


 その物体を視界に捉えたヤハドが満足気な声を出し、ミヒャエルがどっと息を吐く。

 遠くを見るために細くなった彼らの目は森の出口、そして巨大な城を中心に展開する一つの山のような町をはっきりと映していた。


「よっぉうしッ、いくぞテメェ等ァ!目標まであと僅かァ!前進あるのみだぜェイ!ヒィッハァァァ!」

「ったく、何で一番愚痴垂れてたテメェが指揮執ってんだよ」

「同感、だな。珍しい事もあるものだ、米国人」

「あぁ、やっと休める…」


 こうして四人は思い思いの言葉を口にしながら、ラストスパートを掛けたのであった。





 ヴィショップ達が遠方に『クルーガ』を確認してから数十分後。遂に彼等は城壁都市『クルーガ』の目の前に辿り着いていた。


「…近くで見ると、スゲェな…」

「…そうだな」

「…本当に凄いっすね…」


 城壁都市の名の通り、地球上ではお目にかかることなどないであろう、都市を囲う巨大な防壁を目の当たりにし、茫然とする三人。怪獣でも襲ってくるのかと疑いたくなる程に巨大なその城壁は、彼らに改めて今居る世界が地球ではないことを実感させるに足り得る存在だった。ただ一人を除いては。


「オイ、何突っ立てるんだ、早く行こうぜ!」

「…なぁ、ヤハド。俺はあいつがエレメンタリースクールを卒業してきたのか疑いたくなってきたよ」

「同意しかねるな、米国人。それ以前に奴が人間かゴリラかを疑う方が先だ」


 二人は呆れた混じりのやり取りを交わすと、防壁の一角に設けられているこれまた巨大な門へと進むレズノフの後を追う。


「止まれ。ここから先に進むには住民証か滞在許可証を呈示してもらう必要がある」

「あ?んなモン持ってね…」

「黙ってろ、ヒトゴリラ。俺が話す」


 レズノフは、開ききっている門の近くに立っている鎧姿に槍を携えた兵士と思われる男の呼びかけに、足を止めて答えようとする。ヴィショップは慌ててその間に割り込むと、レズノフを押し退けて話を引き継ぐ。


「すいませんね。あいつ、少し頭が弱くて。それで、住民証か滞在許可証ですか?」

「聞こえてんぞ、ジイサン」

「あ、あぁ。といっても、その様子じゃ住民証なんてもってなさそうだな」


 兵士は、ヴィショップ達をジロジロと無遠慮に眺めながら応対する。その視線は、まさしく不審者に向けるそれであった。


「えぇ。私達、辺境の村から出稼ぎにやってきたばかりでして。あまり都会の常識に明るくないのですよ。それで、この町の中に入るにはどうしたらいいんですかね?」


 ヴィショップはへつらいの表情を浮かべ、人畜無害な人間を演出しながら兵士に訊ねる。

 その行動は功を成し、ジロジロとヴィショップ達を眺める兵士の視線からは警戒心が薄れていった。


「外からの訪問者なら滞在許可証が必要だ。発行料は一人当たり銀貨三枚だ」

「分かりました、銀貨三枚ですね」


 ヴィショップは兵士の言葉に素直に頷くと、近くで様子を見守っている三人の許に近づき、小声で滞在許可証の旨を伝える。


「ハァ?何で町に入るのに金払わなきゃいけねぇんだよ?」

「どうやら町というよりも国に近いみたいですね。まぁ、パスポートの発行みたいなモンだと思って諦めましょうよ」

「俺は他の国に行く為のパスポートに金を払った憶えはないぜ?」

「それは貴様が戦争犯罪人だったからだろうが…って、偽装パスにしても金は払うだろう」

「いや、だって俺は自作だったし」

「……お前が伝説扱いされてるのは伊達じゃないってことが今理解できたよ。とにかく、さっさと金出せ。こんな所で金を惜しむ暇があったら、中に入ってからどうやって稼ぐかを考えろ」


 ヤハドの問いに対するレズノフの答えに、驚きを取り越して呆れを感じつつも、何とかヴィショップは三人から銀貨を三枚づつ預かることに成功する。


「えっと、これでいいんですか?」

「…あぁ。四人分、銀貨十二枚確かに受け取った。あとは君達の名前を教えてもらうだけだ」


 銀貨の数を確認した兵士が言った言葉を聞いて、ヴィショップの表情がほんの一瞬だけ固くなる。もっとも、他人を観察するという行動に長じた人間でなければ見破れない程の変化だったが。


「それって…何か身分証みたいな物が必要なんですか?」

「いや、名前を教えてくれるだけで構わないよ。身分証なんてものを持ってるのは、それこそこの城壁都市『クルーガ』みたいに大きな町に住んでる人間ぐらいだからな」

「あぁ、そうなんですか。私達の村では身分証なんて無かったので、もし必要だったらどうしようかと」


 兵士の言葉を聞いて、ヴィショップが嘘偽りの無い安堵の笑みを浮かべると、それに釣られたのか、兵士も小さく笑い声を漏らす。小さく笑う兵士の視線には、最初に含まれていた警戒の色は欠片も無かった。

 人を欺くのに自分の全てを偽ると、大抵の場合は途中で破綻する。程よく仮面に隠された素顔を覗かせるという行為が出来て初めて、人を欺き通すことが可能になるのだ。


「で、あんたがヴィショップ・ラングレンと…」

「えぇ」

「ん、分かった。今作ってくるから待っててくれ」


 兵士は鎧に着けてあるポーチから手帳を取り出してヴィショップ達の名前をメモすると、近くの詰所の中に引っ込む。そして少し経って詰所から出てくると、四つのパスポートの様なものをヴィショップに手渡す。


「それが滞在許可書だ。そいつはパンフレットの役目も果たしている他、施設や状況によっては呈示を求められるから失くさないように。有効期間は四週間だ。それ以上滞在する場合は、町の中にある役場に行けばいい。ここまで来る必要はないからな」

「分かりました。いやぁ、親切にしていただいて有難うございます。出来れば一杯ご馳走したいぐらいですよ」

「ははは。そいつは嬉しい申し出だが、今は勤務中だからな。もし非番の日に酒場で会うようなことがあったら、また声を掛けてくれ」

「では、そうします。本当に色々と有難うございました」

「あぁ。この町で過ごす貴方がたに幸福を」


 ヴィショップは兵士から全員分の滞在許可証を受け取ると、兵士に頭を下げてから、既に扉の前で待機している三人の許に向かう。

 ちなみに『ヴァヘド』における“週”は地球と同じ七日間である。その一方で“月”という概念は存在せず、代わりに季節ごとに振り分けられた四つの“節”がその役目を果たしている。


「オラ、貰ってきたぞ」

「ふん、演技が上手いじゃないか米国人。さりげなくあの兵士の非番の日を聞かずに帰ってきているようだしな」

「組織のトップなら、これぐらい出来て当然だ。それより、さっさと町の中に入るぞ」


 ヴィショップはヤハドの意外そうな言葉に適当に返事を返すと、壁の分厚さのおかげで小さなトンネルと化している門に向かって歩く。

 十数秒程歩いたところで、四人は門を抜けて城壁都市『クルーガ』の内部を目の当たりにする。


「へぇ、こいつは予想より凄いな」

「まったくだぜ。おかげで色々おっ勃ってきやがった」

「便所の糞便レベルの感想だな。だが、壮観ではある」

「や、やっと着いた…」


 目の前の光景に対し、それぞれ感想を口にする、四人。

 その四人の目の前には煉瓦で作られた建物が立ち並んでおり、さらに遠くに目をやれば、先程まで眺めていた防壁によく似た物体までもがあった。


「よぉ、ジイサン。何だか知らねェが、奥にまた壁があるぜ?しかもその上に建物やら城やらありやがる」

「あ~、何でもこの町は平民区、貴族区、王族区の三つに分かれているらしい。町の中心に近づけば近づく程、地位が高いんだと。ちなみに、貴族区と王族区には専用の許可証が無ければ入れないらしい」

「ふん、貴族だの王族だのと下らん。(アッラー)の前では、信徒か信徒でないか程度の違いしか生まれぬというのに」


 視界に映る物体を話題に喋りながら、町の中を徘徊する、四人。その調子で数分程歩き続けると、四人が『クルーガ』に入る際に利用した門は既に見えなくなっていた。


「そんなことより、早く宿を見つけましょうよぉ。もう、僕、疲れて歩けないですよぉ」

「だってさ、お二人さん。どうするよ?」


 懇願するかのようなミヒャエルの提案に、レズノフがニヤニヤと笑いを浮かべながらヴィショップとヤハドにこれからの進路を問う。


「そうだな…とりあえず、どこか人気の無い所に行くか」

「そうだな。それがいいだろう」

「えぇ~!?な、何でそんな所に行くんですかぁ?もう、疲れたし、さっさと宿を見つけましょうよぉ」


 一瞬顔を見合わせてからのヴィショップとヤハドの答えに、ミヒャエルがうんざり口調で抗議する。

 だが、その隣を歩くレズノフは楽しそうに表情を歪めると、不自然ではない程度に声をトーンを落として話しかける。


「流石だな、お二人さん。“あっち”での経歴は伊達じゃないって訳だ」

「まぁな」

「当たり前だろう」

「え?えっ?何ですか?どうしたんですか?」


 いきなり雰囲気の変わった三人の会話に、ミヒャエルが目を白黒させる。

 それを見たヴィショップはミヒャエルの肩を掴んで引き寄せて、なるべく不自然じゃないように装いながら耳打ちする。


「いいか、よく聞け。今俺達はツケられてる」

「えっ?……ちょっ…それってやば…ごふぅ!」


 ヴィショップの言葉に、思わず大声を上げそうになる、ミヒャエル。ヴィショップは冷静に肘をミヒャエルの腹に捻じ込んで黙らせると、話を続ける。


「喚くな、馬鹿が。奴等に気付かれるだろ」

「で、でも、気付かれた方がいいんじゃ…?」

「この状況を切る抜けるだけならそれが正解だ。ツケてきてる奴等がただのチンピラなら、適当に撒けば諦めるだろう」

「ち、チンピラじゃないんですか…もしかして…?」

「それを確かめるのさ。あのアバズレの言ってた“問題”ってのも気になるしな。もっとも、この素人臭さ満天のツケ方を見るに、十中八九ただのチンピラだろうけどな。…とりあえず、あそこで始めるとするか」


 ヴィショップはミヒャエルの肩を放すと、丁度見つけることの出来たいかにもな裏路地を顎で指す。


「殺すのか?」

「チンピラじゃなくて、狙いを俺達に絞ってるなら、殺す。そうじゃないなら適当に切り抜ける」

「殺しちまった方が早ぇえだろ?」

「チンピラまで皆殺しにしてたんじゃ、こっちの世界でも電気椅子送りだ。アバズレ曰く、俺達の使命はこの世界を救うことらしいからな。悪名を轟かせてフットワークが鈍くなるのは避けたい」


 ヴィショップはレズノフの意見にそう言って返すと、ヴィショップは淀みない足取りで裏路地に入っていき、他の三人もそれに続く。その背中に、段々と剥き出しになっていく悪意をしっかりと受けながら。


「おい、待てよ」


 そして、それは裏路地に入ってある程度歩いた所で起こった。


「…何ですか?」


 背後から掛けられた声に、四人はゆっくりと振り向く。振り向いた視線の先には二人組の男。背は二人とも標準的で、レズノフよりも小さい。右の男の手には反りの入った大振りのナイフ(レズノフの所有するものの方が大きいが)、もう一人の手には標準的な大きさのナイフが握られていた。


「有り金だしな、田舎モン」

「…滞在許可証の料金なら払いましたが?」

「うるせぇよ、バァカ。これだから田舎モンは」

「その通りだぜ。フハハハッ」


 左の男がそう言うと、右の男が図ったようなタイミングでナイフを手の平で叩きながら笑う。ヴィショップは男達のそんな一連の行動を見て悟った。


(成る程、こいつ等はただのチンピラ。付け加えるならそれなりに手慣れてきた連中か…)


 ヴィショップがそう判断した理由、それは二つ存在する。

 まず一つは、ヴィショップ達と対峙してからの態度。その態度は非常に堂々としたものであった。自分達より大柄な人間(レズノフ)が居るのに加え、人数でも男達の方が負けている状況にも拘わらずである。そしてヴィショップの反論にも、一切の躊躇いなく言葉を返してきた。

 これらから導かれる男達の人物像。それは、このようなカツアゲ行為を何度もこなし、自分達の腕に自信を持っているチンピラ、である。自信を付けたチンピラは往々にして警戒心が薄い。それ故に、武器さえ持っていれば素手の人間になどまず負けないだろうと考える。見るからに体格負けしてる人間を前にしても、だ。

 そしてもう一つは、裏社会に名を馳せてきたヴィショップの勘、ただそれだけである。

 ヴィショップがチラリとレズノフとヤハドに視線を送ると、二人も視線を返してくる。その目を見るに、どうやら二人も目の前の男達の格に気付いたようである。

 それを確認したヴィショップは、指の動きだけで手招きして三人を近づかせると、目の前の男達に背を向けて、この状況を切り抜ける為の“作戦”を話し始める。


「おい、てめぇら、何コソコソやってやがる!」


 男の苛立った声が飛んでくるが、当然無視する。無論、それで男達が苛立つことも織り込み済みだし、背を向けているからといって全く警戒していないという訳でもなく、意識はちゃんと男達にも向けているしいつでも動けるように意識も鋭敏化させている。


「てめぇら、いい加減に…」

「いや、どうもすいません!少し兄弟と相談してまして!」


 そして、男達の内一人が苛立ちに負けてこちらに歩いてくる、まさにその瞬間に合わせて背中を向けての会話を止めると、ヴィショップはテンションを高めで、向かってきた男に話し掛ける。


「お、おう」

「いやぁ、兄弟を納得させるのに手こずってしまいまして!ほら、あの大きいの!分かります?」

「あ、あぁ」

「それにしても、すいません!そういう規則とは知らなかったもので!それで、どれくらい払えばいいんです?」

「お、おう。それはだなぁ」


 ヴィショップの妙に高いテンションに出鼻を挫かれた男は、先程までの余裕綽々の態度を崩しながらヴィショップの質問に答えようとする。

 だが、そこでまたしても邪魔が入った。


「俺は認めねぇぞォ!」

「ぐおっ!?」

「うおっ!?な、何しやがる!」


 ヴィショップの後ろに立っていたレズノフが、突如大声を上げながらヴィショップを壁に押し付け、その首元にナイフを当て始めたのだ。


「て、てめぇ!何やってやがる!」

「お、落ち着け、兄貴!」

「ふざけんな!これが落ち着いてられるか!町、入るのに金取られて、町、入ってからも金取られるだとォ!ふざけんじゃねぇぞォ!役人だかなんだか知らねェが、ビタ一文たりとも払うか、クソボケェ!」

「な、な…!」


 いきなり目の前で始まった仲間割れ(?)に、思わず言葉を失う、男二人組。

 すると、そんな男達にヤハドが近づいて話し掛ける。


「あの、すまないんだが」

「な、何だァ!?」


 間の抜けた声で答える、男。ヤハドは笑い出したくなる感情を抑えて話を続ける。


「出来れば、このまま去ってくれないか?けが人は出したくない」

「んだとォ!?俺達が負けるっていうのか、田舎モン!?」

「そうじゃないが、あの男…俺達の兄は危険な人間だ。恐らくは母の胎の中に脳ミソの一部でも落っことしてきたのだろうが、あの通り情緒不安定のイカレポンチなのだ」

「強くなりたきゃ、牡牛をファックだ!ヒャハハハハ!」

「…ほらな」


 何やらよく分からないことを喚き散らす、レズノフ。

 男二人組はそんなレズノフにかなり引いた視線を向けると、ヤハドの方を見て告げる。


「…分かった。今日の所はとりあえず見逃しといてやるから、あのイカレ野郎をちゃんと見張っておけよ」

「あぁ。そうするよ」


 男二人組はそれだけ告げると、小走りでヴィショップ達の前から姿を消す。ヤハドは男二人組の姿が完全に消えたのを確認すると、その旨をヴィショップとレズノフに告げる。


「行ったぞ」

「…だとよ。放せ、ブルファッカー」

「あいよ」


 レズノフはヴィショップの言葉に素直に返事を返すと、ヴィショップを壁に押し付けていた手を放す。そして、服装の乱れを整えるヴィショップに拳を突きだす。


「上手くいったなァ」

「そうだな」


 ヴィショップはそれに応えて、突き出されたレズノフの拳に自分の拳を軽く打ち付ける。もっとも、レズノフとは対照的に作戦が成功したことにたいしての喜びはあまり感じられなかったが。


「それにしても、こんな回りくどい方法する必要はあったのか?普通に気絶させた方が早いと思うが」

「冗談じゃない。向こうは武器を持ってた。危ない橋は渡るべからず、だ。それに時間の方はたっぷりあるしな」


 ヤハドが、わざわざこんな寸劇を繰り広げる価値があったのかを問うと、ヴィショップはそれに対してさも当然そうに答える。


「ふん、臆病者が」

「何とでも言ってろ。蛮勇を振るうどっかの愚か者よりゃマシだ」

「それより、あのチンピラ達も追い払ったんですし、早く宿に行きましょうよぉ」


 ヴィショップがヤハドの言葉につまらなさそうに返事を返していると、チンピラ二人組とのやりとりによる緊張でより一層疲弊したミヒャエルが、今度こそ宿に行くように懇願する。


「いや、その前に買う物がある」

「えぇ~!?これ以上、何やろうっていうんですかぁ~!?」


 ヴィショップがミヒャエルぼ提案を一言で切り捨てると、ミヒャエルの表情が絶望に染まる。ヴィショップはそんなミヒャエルが弱弱しい声で発した問いに、唇の端を吊り上げながら答える。


武器(エモノ)さ。お前等も、そろそろ腰の辺りが寂しくなってきたころだろう?」

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