仕事を終えて
「危なっかしい戦いだな、米国人」
離れた所に転がっていた、黒塗りの大型魔弓を拾い上げたヴィショップに、弓を背中に背負ったヤハドは話しかけてくる。
「こちとら、一般人なんでな。お前みたいに、暴力的じゃないんだよ」
「フン、笑わせるな。そもそも、お前はマフィアだろうが」
「生き方こそ糞そのものだが、マフィアも一般人さ。金を稼ぐ方法が悪行ってだけで、それ以外は会社とやってることは似たようなもんだ。下げたくもない頭を下げて、組織の歯車に徹する。リーマンと大して変わらねぇよ」
ヴィショップは下らなさそうに告げると、地面に横たわっているバウンモルコスの死体に向かって歩き始める。ヤハドはそんなヴィショップの背中を追いながら訊ねた。
「お前はどうだったんだ、米国人? お前も組織の歯車だったのか?」
「………違うな。俺はどっちかっていうと…」
ヴィショップはそこで言葉を切ると、歩を止めてヤハドの方に首を向けた。
「自分勝手なクソガキってとこだな」
「……?」
「…まぁ、分かんねぇならいいさ。行くぞ。魂骨とやらをあの中から探し出さなきゃならねぇ」
ヴィショップはヤハドの怪訝そうな顔を見て小さく笑みを漏らすと、首をバウンモルコスの死体の方に戻し、再び歩き始めた。
「オーイ、ジイサン。探してるモンってコレじゃねぇか?」
ヴィショップとヤハドがバウンモルコスの身体の後ろ半分をを解体し始めて数分経った辺りで、レズノフが声を上げて二人を呼ぶ。二人は解体に使っていたナイフをしまうと、バウンモルコスの血液によってすっかりライトグリーン一色となった右手の上に、サッカーボール大の球状の物体を載せて、二人に向って突きだしているレズノフの許に歩み寄り、その物体を確認する。
「……血でよく分からんな」
「おい、レズノフ。水筒の水で血を洗い流せ」
「あいよ…っと。こいつでどうだ?」
「あぁ、それでいい。……決まりだな」
水によって血液を流し落とされ、より詳細な姿でレズノフの右手の上に載っている物体を見て、ヴィショップは満足気に呟く。
血液を洗い流されて姿を現したその物体は、表面を何本もの骨で覆われ、骨の隙間から肉塊を覗かせている姿をしていた。その姿は、出発前に見たバウンモルコスの心臓のスケッチと、殆ど差異の無い姿をしていた。
「んじゃ、こいつを持って行けばいい訳だ」
「そういうことだな。荷袋の中にそれを入れる袋があっただろ。そいつにしまっとけ…」
表面を覆う骨を指でつつきながら、背中に背負っている袋から心臓をしまう為の袋を取り出すように指示したその次の瞬間、ビショップは背後から複数の気配を感じ取ると、右手を魔弓に伸ばしつつ、身体を半身にして首を入り口の方へと向ける。
「ん? おぉ、剣士のネェちゃん達じゃねぇか。生きてたのか」
視線の先に居たのは、この大部屋の手前の部屋でバウンモルコスの幼体を押し止める役を買って出た、アンジェ達三人だった。
「まぁな。そちらこそ、無事にバウンモルコスを倒したようだな」
全身をバウンモルコスの幼体の返り血で汚したアンジェ達三人は疲れ切った足取りでヴィショップ達に歩み寄ると、バウンモルコスの死体を一瞥して微笑みを浮かべる。
「ッたりめぇだ。まだアンタの過去も聞けてねぇしな」
「そういえば、そんな約束も交わしたな」
「おいおい、ここまできて恍けるっていうのは無しだぜ?」
「分かっている。町に返ったら、酒でも飲みながら話すとしよう。無論、机を挟んでな」
互いに相貌に笑みを浮かべながら語り合う、アンジェとレズノフ。ヴィショップは顎の無精髭を擦りながら二人の話を聞いていたが、不意に手を無精髭から離すと、二人の会話に割って入る。
「っと、お話中のところ悪いが、お二人さん。続きはここを出てからにしねぇか?」
「ふむ。それもそうだな。では、外に向かって……あれは?」
ヴィショップの提案に乗り、出口に向かって歩き出そうとしたところで、アンジェはバウンモルコスとその幼体の死体に混じって、ウォーマッド兄弟の死体が横たわっているのに気付く。
「あぁ、あれか。アイツら、あの百足野郎を殺すや否や俺達に襲い掛かってきてな。返り討ちにしたって訳だ」
「…そうか。まぁ、そんなことを平気でやりそうな奴等ではあったしな」
誇らしそうに語られたレズノフの説明を聞き、アンジェは納得したように頷くと、ふと思い出したようにヴィショップに話し掛ける。
「あぁ、それと一つ言い忘れていた」
「何だ?」
「私達がバウンモルコスの幼体の相手をしている間、他のギルドの人間は来なかった。恐らく…」
「…全滅か。まぁ、そんなこったろうと思ったがな」
「あぁ…残念なことにな」
アンジェの言葉を聞いたヴィショップは、右手で無精髭を擦りながら溜め息を吐く。アンジェは表情を少し曇らせて呟くと、ビルとカフスと共に部屋の出口に向かって歩き出す。
(まさか生き残るとはな。思っていたより腕が立つらしい。まぁ…)
三人の後を追うレズノフとミヒャエルの背中を視界に捉える一方で、後を追わずにその場に立っているヴィショップは、右手をホルスターに納めた魔弓へと動かす。
(生かして返す義理もねぇよな…?)
そしてヴィショップの指が魔弓のグリップに触れた瞬間、ヴィショップの右手が俊敏な動作で動いて魔弓をホルスターから引き抜き、革製のホルスターから姿を現した射出口がアンジェに向かって跳ね上がる。
「何の真似だ…?」
だが、射出口がアンジェへと向くことはなかった。何故なら真横から伸びてきた黒い肌の手が、ヴィショップの右手を押さえつけていたからだ。右手を掴まれる感触と真横に立つ人間の気配、そして視線の向こうで歩いている人数で、右手を押さえつけている手の持ち主を察したヴィショップは、手の主に視線を向けぬまま、冷淡な声音で真意を訊ねた。
「俺は一から十まで貴様に従う気は無い。女を真後ろから撃つなどという、畜生以下の行為を見逃すなんてのは、特にだ」
「テロリストの吐くセリフか…?」
ヴィショップの右手を押さえつけたまま、ヤハドが告げる。それに対しヴィショップが軽口を叩くと、ヤハドは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「フン。貴様と同じにするな。俺達は高潔なる意思に従い、大儀の為に米国人共を屠ってきた。だが貴様は違う。貴様があの女共を殺すのは、薄っぺらいハリボテの名誉の為だ。違うか?」
真剣な顔立ちでヴィショップを問い質す、ヤハド。ヴィショップはそんなヤハドの表情を見て笑みを零すと、ヤハドの目を真っ向から睨みつけた。
「違わないね。だが、そんなコンドーム以下の厚さの名誉が、札束の山や小銃を抱えた兵隊の群れ以上に役立つことがあるのが“世界”ってモンだ。それに…」
ヴィショップはそこまで言うと、相貌から笑みを取り払った。
「大義掲げようが、欲望を剥き出しにしようが、殺しは殺しだ。そして人殺しなんていうのは、一部の漏れも無く屑野郎だと決まってる」
「…何だと?」
「違うと思うか? じゃあ、なぜお前は俺と一緒にこの世界に放り出されたんだ?」
ヴィショップの口から発せられた言葉に、ヤハドの口が動きを止める。ヴィショップはそんなヤハドを数秒程眺めていたが、やがて鼻を鳴らして視線を外すと、ヤハドの手を振り払って魔弓をホルスターに納めながら話しかけた。
「まぁいいさ。あの女は殺さないことにしよう。無理矢理とはいえ、俺達は仲間だからな。価値を感じない提案でも、仲間割れの予防だと思って聞き入れてやるよ。ただし…」
ヴィショップはヤハドの肩に手を置くと、耳元に口を近づけて耳打ちするような形で言葉を発した。
「本当に必要な時はお前の意見も曲げてもらうぞ。分かってるな?」
「これでも組織の長だぞ…?」
「そうか。ならいい」
ヴィショップはヤハドの返答を聞くと、顔を離して前を行くレズノフ達の後を追い始めた。ヤハドはそんなヴィショップの背中を険しい目付きで睨んでいたが、やがて地面に唾を吐き捨てると、ヴィショップの後を追って歩き始めた。
ヴィショップ達がバウンモルコスの成体が巣食っていた大部屋を離れてから数分後、部屋の中心に紫色に発光する魔法陣と共に突如として現れた、四つの人影が存在した。
四つの人影の内一人は、派手な刺繍の施されたフード付きの深紅の外套に身を包み、顔には鳥を模した仮面を被り、銀製の装飾品を首から大量にぶら下げた男だった。
「しかし…“成果”を身に来たら面白いものが見れたな。あそこまで清々しく仲間割れをする人間は久し振りに見た」
仮面の男は顎に手をやり、思い出すような口調で独りごちると、同意を求めるかのように傍らに立っている人物へ顔を向ける。
「…奇妙な巡り合わせもあったモンだぜ。それにしてもあのジジイ、若ェ頃からおっかねぇなぁ…」
だが仮面の男の視線の先に居る、白いロングコートに白いズボン、そして白いマフラーを巻かずに首に掛け、マフラーの二つの先端部分を腿の高さまで垂らした、染髪料で染めたと思われる派手すぎる色合いの金髪の男は、仮面の男へ返事は返さずに口角を吊り上げながら一人で呟き続ける。
「はぁ……」
仮面の男はそんな白コートの男に溜め息を吐くと、白コートの男の一歩後ろで沈黙を守り続けている、革製の鎧や武器を身に着けた、十代前半の容姿にそぐわない格好の二人の少女に話し掛けようと考えたが、途中で思い直して口をつぐんだ。
(あの二人の少女が、この男の言葉以外にマトモに反応したことなど、なかっただろうに…)
仮面の男が憂鬱そうに心内で呟いていると、やっと仮面の男に注意を向けた白コートの男が、仮面の男に話し掛ける。
「あぁん? どしたよ?」
「…まぁ、いい。それよりカタギリ、あのメンバーの中で知ってる奴がいたのか?」
仮面の男は今更な白コートの男の態度に呆れつつ、先程白コートの男が呟いた言葉に関して質問をぶつける。するとカタギリと呼ばれた白コートの男は、小さく鼻を鳴らして答えた。
「まぁな。ちょっとした腐れ縁さ」
「…そうか。まぁいい。さっさとサンプルを採取して返るぞ。転移の準備を」
仮面の男は一瞬だけ黙った後に返事を返すと、白コートの男に指示を出し、地面に横たわるバウンモルコスの死体の方へと歩いていく。白コートの男は、ナイフでバウンモルコスの肉片を切り取って瓶に詰めていく仮面の男を一瞥すると、傍らに立っている二人の少女にハンドサインで指示を出す。
『分かりました、カタギリ様』
二人の少女は声を合わせて返事をすると、地面に描かれた紫色に発光している魔法陣の端に向かって歩く。そしてナイフを取り出して自分の指先を斬ると、血が滴る指先を地面に押し当てて記号のようなものを描き始めた。
「フム。本来望んだ成果は出なかったものの、面白い現象が現れたな…。今度は人型ので試してみるか……よし」
仮面の男はぶつぶつと独り言を呟きながら肉片を回収していたが、やがて作業を終えると立ち上がり、魔法陣に向かって歩き始める。
「終わったのか?」
「あぁ。そっちは?」
円形の魔法陣の内側に足を踏み入れた仮面の男に、白いコートの男が問い掛ける。仮面の男がそれに応え、逆に白いコートの男に向かって問い掛けると、白いコートの男は黙って肩を竦める。
その次の瞬間、魔法陣が一際強く輝いたかと思うと、魔法陣が発する光が紫から青へと変化した。
「今終わった」
「みたいだな。さて、俺は転移後“スチェイシカ”に戻るが、お前はどうする?」
魔法陣の書き換えが完了したことを確認した白コートの男が二人の少女を呼ぶのを眺めつつ、仮面の男は白コートの男に訊ねる。
「俺はもう少しこの国に残る。手駒もまだ少ねぇことだしな」
「…そうか。まぁ、好きにすればいいさ」
二人の少女に視線を向けながら、白コートの男が答える。仮面の男はどこかぞんざいな態度で返事を返すと、右手を掲げて指をパチンと鳴らした。
すると魔法陣が再び輝き始め、空間を青い光で満たす。その光が消え去ると、そこには男達の姿も青く発光する魔法陣も跡形も無く消え去っていた。
「ったく、馬鹿みたいに騒ぎやがって…」
素材こそ上質なものの、飾り気の全く無い白い扉を開いて宛がわれた部屋に入ると、ヴィショップはカウボーイハットと外套を外し、ホルスターの付いたガンベルトを目の前の机の上に放り出し、黒いズボンと白いシャツ姿になって窓際の椅子に深く腰掛ける。
アンジェ達と連れ立って『世界蛇の祭壇』を後にし、日が沈み切った辺りでようやく『クルーガ』まで戻ってきたヴィショップ達を待っていたのは、所属ギルド『蒼い月』の主催の本人の意向を完全に無視した戦勝会だった。
五十人近い参加メンバーの中で生きて帰ってきたのが元々参加人数の少なかった『蒼い月』の人間、しかもその内四人が数日前にギルドに加入し、賄賂で依頼を受けた人間だったという事実は関係者の度肝を抜くには充分過ぎる事実だった。その為、『蒼い月』は流れるようにスムーズに宣伝の意味も込めた戦勝会の準備を行い、ヴィショップ達はそれに付き合わされていたという訳だ。
「まっ、抜け出してきても騒がれたがな」
ヴィショップは、戦勝会を切り上げて屋敷に戻ってくるなり、涙をぼろぼろと流して礼の言葉を発し続けたフレスの姿を思い出し、小さく笑みを漏らす。今頃、ヴィショップ達が持ってきたバウンモルコスの魂骨を使用して精製した薬を服用し、穏やかな息遣いで眠りについている両親の許に居るのであろう。
「にしても、レズノフの野郎。何考えてんだ…?」
屋敷に返ってくるまでの出来事を一通り思い返したところで、ヴィショップの思考は屋敷へと帰らずにアンジェ達に付いて行ったレズノフのに関してへと移る。
戦勝会の後、レズノフはそのままアンジェ達の寝床に向かって付いて行ってしまったのだ。当然、ヴィショップ達の制止など聞かずに。
「ったく、本気で去勢させて方が良いんじゃないかと思えてくるぜ…」
ヴィショップがレズノフの行動に頭を悩ませ、溜め息を吐く。すると、彼の溜め息を打ち消すようにして扉を叩く音が聞こえてきた。
「どうぞ…って、アンタか」
「…私では何か不満が?」
机の上のホルスターから魔弓を引き抜き、ヴィショップは訪問者を部屋に招き入れる。そして扉を開いて姿を現したのが、手に持った盆の上に酒瓶とグラスを置いた、メイド服姿のレムであることに気付くと、拍子抜けしたような声を上げて魔弓を机の上へと置く。
「何、疲れきった俺をこの世の天国へと誘ってくれる、麗しの女神が来たんじゃないかと期待しちまっただけさ」
「夜伽が必要なら娼婦を呼ばせますが?」
「……自分が相手をします、とは言ってくれねぇのな」
ヴィショップは軽口を叩きながら、部屋に入ってきたレムがグラスを机に置き、酒瓶の中身を注ぐのを眺める。
「私、無精髭の有る男は好みじゃないので」
「安心しろ。俺も無精髭の嫌いな女は好みじゃねぇ。それに、正直、女を抱く気はんてさらさら無ぇ」
ヴィショップは、美しい琥珀色の液体が注がれたグラスを手に取り、口に運んで半分程飲み干す。
「浮気は厳禁なんでね」
「……結婚出来たんですね」
「まぁな」
心底意外そうな表情のレムに、ヴィショップは左手の薬指を見せつけながら答える。
「ところで、報酬の方はどうなってる?」
「二日以内に準備が整う筈です。今暫くお待ちを」
ヴィショップがグラスを手で弄びながら訊ねる。レムはヴィショップの問いに答えると、椅子をもう一つ引っ張ってきてヴィショップの向かい側に腰を下ろし、そしてもう一つのグラスに酒を注ぎ、それを一気に飲み干した。
「……いい飲みっぷりだな」
「ふぅー…どうも」
レムは顔を仄かに朱に染めながら、手にしたグラスを机に置く。そして、驚いたような表情を浮かべたヴィショップの言葉に返事を返し、椅子に深くもたれ掛かって顔を天井に向ける。
そのまま互い言葉を交わすことなく、沈黙が続いた。その沈黙が破れたのは数分後、ヴィショップがグラスに向けて、酒瓶の口を傾けた時だった。
「……ぁりがとぅございました…」
「ん?」
まるで呟くようにして、レムの口から言葉が漏れた。
四杯目にあたるグラスに口を着けたヴィショップが、その言葉を聞き取れずにすと、レムはゆっくりと顔をヴィショップに向け、ヴィショップに聞こえるような大きさで声を発した。
「旦那様と奥様、そしてお嬢様を助けて頂いて、ありがとうございました、と申したのです」
「…酒が入らないと言えないのかよ」
目を合わせずに感謝の言葉を告げるレムに、ヴィショップは苦笑いを浮かべる。
「えぇ。私、貴方のことが嫌いですので」
「知ってるよ。そもそも仕事だし、礼を言う必要も無ぇだろ」
「しかし…」
「…?」
急に言葉を濁したレムに、ヴィショップは怪訝そうな表情を浮かべる。
レムは少しの間考える素振りを見せていたが、やがてその素振りを止めると、少し恥ずかしそうに切り出した。
「あんなに穏やかなお嬢様の寝顔を見るのは、その…余りにも久しぶりだったので…」
「……下らねぇ」
恥ずかしそうに切り出したレムの言葉を、ヴィショップは小さく笑みを漏らしながら一蹴する。
「そう言うと思ってました…。はぁ、言うんじゃなかった…」
むっとした表情を浮かべて、レムはグラスに酒を注ぎ、そして煽る。ヴィショップはそんな彼女の所作を面白そうに眺めながら、口を動かした。
「あのなぁ、依頼達成して依頼主の機嫌が良くなるのは、当たり前のことだろうが。そんなモンにまで恩義感じてんじゃねぇよ」
「それはそうですが……その…」
レムはどこか言いにくそうに視線を泳がすと、グラスを両手で持って口に運ぶ。その様を見つめていたヴィショップは、グラスの中身を飲み干すと、新しくグラスに注ぎながら、話を切り出した。
「まぁ、感謝してんなら、一つ教えてもらいたいことがある」
「…何ですか?」
「最近聞いたキナ臭い話、もしくはこれから起こりそうなデカイ事件の話さ」
ヴィショップは、中身が半分程になった酒瓶を傾け、レムのグラスに注ぎながら告げる。
「そうですね…。隣国の『スチェイシカ』と戦争が起こりそう、というのは?」
「悪くない。どんな内容だ?」
レムの出した話題に、ヴィショップが喰い付く。レムはグラスを手で弄びながら説明を始めた。
「そんな複雑な話でもありません。軍事国家として有名な、海を隔てた隣国『スチェイシカ』で繰り広げられていた内戦が終結したので、そろそろ『グランロッソ』に攻めてくるんじゃないか、という噂ですよ」
「何でそんな噂が?」
「確かなことは分かりませんが、前々から『スチェイシカ』と『グランロッソ』は関係が悪かったのと、四年前に王位を継承した現国王が、過激な政治思想を持つ人間だからではなかと…」
「過激な政治思考?」
ヴィショップが聞き返すと、レムは頭を縦に振った。
「えぇ。何でも、「全ての民は我が旗の下で生きることで、真の幸せを得るのだ」とか…」
「…馬鹿丸出しの発言だな」
レムの言葉を聞いたヴィショップは、思わず苦笑を浮かべる。それに対して、レムも同じように苦笑を浮かべるものの、彼女の相貌から苦笑が消えるのに時間はかからなかった。
「まぁ、そうなのですが……それに加えて現国王が優秀なのが更に問題で…」
「優秀なのか?」
「えぇ。前の代から燻っていた内戦もさっさと終結させてしまいましたし、内戦終結後、間髪入れずに行われた反政府組織狩りも、かなり順調に進んでいるようで」
「ふぅん…」
意外そうな表情のヴィショップに語られた、『スチェイシカ』現国王の実績。それを聞いたヴィショップは黙り込み、右手で無精髭を擦りながらグラスの中身を、じっと見つめていたが、少しすると顔を上げ、レムに新たな質問をぶつけた。
「礼を言うよ、面白い話だった。他には何かないか? 出来れば国内の話題で」
「国内の、ですか…」
ヴィショップに訊ねられたレムは、グラスを見つめながら記憶を漁っていたが、やがて顔を上げて話し始めた。
「そういえば、ルィーズカァント領の中心都市、『パラヒレア』近郊の森に、手足の無い少女の霊が出るとか…」
「手足の無い…少女の霊…?」
前の話と比べ、余りにも程度の低い、文字通り噂話としか考えられない話。だが、そんな話にヴィショップは何かを感じ取り、彼はグラスに伸ばしかけた手を止めた。




