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Bad Guys  作者: ブッチ
Four Bad Guys
16/146

Empress Buster

「…ジイサン達も忙しそうだ。つーことは、虫野郎の頭はこっちでやらねぇと駄目か」


 ヴィショップとゴルトが、空中に浮かぶバウンモルコスの後ろ半分に相対している一方で、振り落とされたものの、ミヒャエルの魔法で事を得たレズノフとフランクは、二人と同様に、真上に浮かぶバウンモルコスの前半分と相対していた。


「って訳だから、ここは一つ、休戦といこうじゃねぇか」


 バウンモルコスから視線を外し、隣で立ち上がっているフランクに向かって、相も変わらずのニヤニヤ笑いと共に右手を差し出す。だがフランクは、レズノフの右手にチラッと視線を移すと、鼻で笑いながら右手を弾く。


「オイオイ、つれねぇなァ」

「ウッセー。誰が、テメェなんかと組むか」

「じゃあ、どうする?目の前のデカブツ無視して、このままやり合うか? まぁ、それも楽しめそうではあるがよ」

「へぇ、そうかい。じゃあ、楽しめるかどうか、試してみるか? アァ?」


 互いに顔を近づけ、フランクは額に血管を浮かび上がらせながら、レズノフは意地に悪い笑みを絶やさずに、睨み合う。

 すると、そんな二人の睨み合いに、割って入る声が存在した。


「ちょ、ちょっと、ホモみたいに見つめ合ってる暇ないですよ、前、前!」


 毒を含んだ、ミヒャエルの叫び声。その言葉を聞いた二人は、横目で前方を確認しつつ、咄嗟に地面を蹴ってその場を離れる。その次の瞬間、二人の行動から一瞬遅れて黒と白の物体が、高速で二人の居た場所に突っ込んできた。


「芸が無ェんだよッ!」

「害虫がッ!」


 二人は、上空から、先程と同じように地面スレスレの高さを猛スピードで突っ込んできたバウンモルコスの巨体を躱すと同時に、その手に握る剣を振り上げ、透明で筋の入った薄羽目掛けて剣を振り下ろす。構えもへったくれも無い、無造作な一撃。だがそれでも、そこらの昆虫の薄羽を単に大きくしたような見た目の羽を、充分な重さと切れ味を持った二振りの剣の刃が通らない筈が無かった。

 だが、


「うおッ!?」

「堅ッ!」


 そんな予想はあっさりと覆され、ガギン、という鈍い音と共に刃は弾かれてしまう。衝撃で剣は二人の手から離れて飛んでいき、少し離れた地点に突き刺さった。そして、薄羽を剣越しで受けたとはいえ、相当なスピードでつっこんできたバウンモルコスの突進を受けたレズノフとフランクはそのまま吹っ飛ばされてしまった。が、二人は二回ほど転がってから、地面に手を着いて体勢を立て直すと、すぐに立ち上がって顔を上に向け、再び上空に飛び上がって雄叫びを上げているバウンモルコスを睨み付ける。


「で? どうするか決めたか?」


 空中で蜷局を巻くバウンモルコスを睨み付けたまま、レズノフが問う。


「……仕方ねぇ。兄貴もテメェんとこのやつと組んでることだし、強力してやる」

「そうそう。兄貴は見習わねぇとなァ」

「減らず口を止めねぇと、テメェから殺すぞ」

「やれるならな。…強姦魔ァ!」


 フランクの憎まれ口を笑って受け流すと、レズノフは声を張り上げて、ミヒャエルを呼ぶ。


「…ハァ。何ですか~!」

「剣をこっちに寄越せ! 早くだ!」


 レズノフはそう言うと、バウンモルコスを睨み付けたまま右手を横に差し出す。フランクもそれに倣い、レズノフより一拍遅れて左手を突きだした。

 そんな二人の仕草を見たミヒャエルは、「自分で取ればいいのに…」などと呟いていたが、上空のバウンモルコスが突撃体勢に入っているのを確認すると、顔色を変えて呪文を詠唱した。


「四元魔導、大地が第二百八十八奏“ウィップ・パリゲン”!」


 呪文の詠唱が空間に木霊する。そして次の瞬間、地面から、人の腕程の太さのある、二本の植物の蔦のようなものが生えると、地面に突き刺さっているレズノフとフランクの剣の柄に向かって伸びる。意思を持ったかの如き動きで二人の剣の柄に巻き付いた二本の蔦は、レズノフとフランクの剣を地面から引き抜くと、まるで腕を振りかぶるかのようにしなった後、投石機よろしく、二人に向かって剣を投げつけた。


「ヘタクソが…!」

「キラーパスだなァ、オイ…!」


 車輪のように回転し、空気を切り裂きながら、大きさの違う二振りの剣が唸りを上げて宙を舞う。

 タイミングを一秒間違えるどころか、一コンマ間違えただけで、掴むべく突き出された手を切り落としかねない、そう言っても過言ではない有り様で飛んでくる二振りの剣を無傷で掴む。そんな大道芸師も真っ青な所業を、二人は涼しい顔でやってのけた。悪態を吐くという、余裕すら見せて。


「っと、ビビんなよ、金髪ゥ!」

「誰がァ!」


 二人は、己の手に戻った剣を握りしめ、そして構える。

 眼前には耳障りな羽音と共に急降下してくる、バウンモルコスの姿。腐臭を放つ両顎と鋏が二人を捉えるまで、もう幾ばくも無い。甲高い叫び声と共にバウンモルコスの頭部が迫る。そしてバウンモルコスが、二人を喰らおうと顎と鋏を開いた瞬間、二人は動いた。


「ラァッ!!」

「シッ!!」


 大地を蹴りつけ、バウンモルコスの鋏の懐に、二人は飛び込む。そして、待ってましたとばかりに鋏が閉じ、二人の身体を両断するのを遥かに凌ぐ速さで、両手で握りしめている自らの剣を、短い掛け声と共に振り下ろす。

 唸りを上げて、白銀の刃がバウンモルコスの鋏に振り下ろされる。羽の時とは違い、万全の体勢で十全の力を籠められて振るわれた二振りの剣は、堅牢なバウンモルコスの鋏に深々と食い込む。


「おっと…」

「チッ!」


 だが、それ以上刃が進むことはなかった。鋏の三分の二にさしかかった辺りで刃は止まり、鋏を切断することは敵わなかった。


「ヒュアアアアアアアアアアアアッ!!!」

「うおっ!?」

「クソッタレェェェ!!」


 鋏に刃を喰い込ませたバウンモルコスが、痛みからの苦悶の雄叫びを上げつつ、羽をはばたかせて飛び上がる。だが、深々と喰い込んだ刀身が鋏から抜けることはなく、バウンモルコスは鋏に二本の剣を喰い込ませたまま飛翔し、剣を握っていたレズノフとフランクも一緒に引っ張り上げられ、宙に身を躍らせる破目に。


「クソが! またかよッ!」


 フランクが剣の柄からぶら下がったまま、悪態を吐く。その向こう側では、レズノフが同じように柄からぶら下がったまま、何かを考えていた。


「オイ、何黙って…うおッ!?」


 そんなレズノフの態度に業を煮やしたフランクが声を荒げて問い掛けるが、全てを言い切る前に、唐突に身体を襲った衝撃によって、言葉を切らざるおえなくなる。

 フランクの言葉を遮った衝撃の正体、それは当然のことながら、鋏からレズノフとフランクをぶら下げているバウンモルコスだった。バウンモルコスは鋏に突き刺さった剣の柄からぶら下がっている二人を振り落とすべく、空中で狂ったように暴れていたのだ。


「クソッ、このままじゃ振り落とされるぞ!」

「よしっ、これでいくかァ!」


 猛烈な衝撃に身体を弄ばれながらも、何とか柄にしがみ付き続けているフランク。すると逆側の鋏からぶら下がっているレズノフが、いきなり声を上げる。


「どうしたっていうんだ、銀髪野郎!?」


 怒鳴るようにして発せられたフランクの問いに、レズノフが声を張り上げて答える。


「とりあえず、こっちに飛び移れ! 話はそれからだ」


 そのレズノフの発言に、フランクは思わず自分の耳を疑った。

 狂ったように暴れているバウンモルコスによって、まるで竜巻にでも放り込まれたかのようになっている今の状態で、別の場所に飛び移る。例え飛び移る先までの距離が2mもないといっても、そのような行為は自殺行為以外のなにものでもないということは、流石のフランクでも充分に理解することが出来た。


「アホか、テメェ! 俺を殺す気か!?」

「んだよ、無理だってのか?」

「当たり前だ! 出来るか、んなモン!」


 罵声を上げて、レズノフの要求を拒否する、フランク。

 だが、人間というものの本性はそう簡単には変わらないのが、現実だった。


「ったく、しょうがねぇなァ。じゃあ、テメェが代案出せよ、玉無し野郎」

「アァ? 今、何ツった、コラァ!」

「うっせぇな、事実だろうが。たったこれだけの距離も飛べないんだからよォ」

「上等だ、テメェ! 今、そっち行って、タマ切り落としてやるから、動くんじゃねぇぞ!」


 フランクはがなり立てると、身体を揺らして勢いをつけ、そして、


「オラァッ!」


 柄を掴んでいた手を離し、その身を宙に躍らせた。


「うおっとォ!」


 バウンモルコスのよって振り回され続けているレズノフに向かって、フランクの腕が伸ばされる。レズノフは慌てて、自分に向かって伸ばされた手に向かって足を振り上げる。そしてフランクの手は一回宙を掻いた後、しっかりとレズノフの太腿を掴んだ。


「ッアァァイッ!」

「いやァ、マジで飛び移るとは、ヤルねェ、お前」


 フランクがレズノフの両足に腕を絡ませてしがみ付き、盛大に息を吐き出す。その様子は見ていたレズノフがニヤニヤと笑みを浮かべて賞賛の言葉を贈ると、フランクは口の端を吊り上げながらフランクの顔を見るべく、顔を上に向ける。


「言っただろうがァ! テメェのタマを切り落とすってなァ!」

「そういや、言ってたなァ、そんなこと。まぁ、そいつは下に降りてからにしようぜ」

「降りるったって、じゃあ、何で飛び移らせ…うおぁッ!?」


 フランクの言葉は、唐突に襲い掛かった浮遊感によって遮られる。上を見上げれば、大剣を握りしめているレズノフと、フランクがレズノフにしがみ付いたことで重量が増加、その結果喰い込んでいた刃が更に深く突き刺さり、最終的に切り落とされてしまったバウンモルコスの鋏が同じように落下しているのが確認出来た。


「落ちるぞォ! ま、魔術師ィ!」


 上方で、鋏の片側を切断されたバウンモルコスが苦しげに吠える中、フランクはミヒャエルに魔法を使わせるべく、声を張り上げる。

 一方のミヒャエルは、大音量で轟くバウンモルコスの悲鳴に驚き、両手で耳を塞いでいたが、レズノフとフランクが落下しているのを見ると、慌てて先程と同じ呪文を詠唱する。


「四元魔導、疾風が第二十二奏“トート・フラッペン”!」


 地面まで残り3m有るか無いかのところで、魔法が発動。魔力によって生成された突風が吹き出し、レズノフとフランクの落下速度を殺す。が、それでも落下速度は完全には殺し切れず、地面に着地後、ゴロゴロと転がった後に、手を地面について立ち上がった。


「クソッ…もっと早く詠唱出来ねぇのかよ…」

「んなこと言うんだったら、予め何やるか教えてから……って、やばくないっすか、アレ…」

「ん?…おっと」


 フランクの文句に対して言い返していたミヒャエルの顔から血の気が引いていく。そこで初めて、バウンモルコスの悲鳴が止んでいることに気付いたレズノフが、バウンモルコスの方に向き直ると、そこには切り落とされた鋏から緑色の血を垂れ流し、無数に存在する足を、威嚇でもするかのように小刻みに動かしながら、空中で突撃体勢をとりつつ、レズノフ達を睨みつけているバウンモルコスの姿があった。


「どうすんだよ、オイ…!」


 レズノフに顔を向け、額に汗を浮かべながら、フランクが問う。

 手元にある武器は、ナイフと手斧のみ。ロングソードは依然として鋏に突き刺さり、大剣は着地の際に手から離れ、少し離れた所に転がっている。ミヒャエルの魔法は初歩的なものしか使えず、バウンモルコスをすぐにどうこう出来るようなものは無い。


「………アレだ!」

「アレって……アレかァ!?」


 そんな状況の中、レズノフは視界に入ったある物体に向かって走り出す。フランクはレズノフが進む方角にある物体を見て信じられないような声を上げると、駆け足でレズノフの跡を追った。


「よぉぅし、そっち持て」

「持て、つったって、どうやって使う気だよ…?」


 フランクは不平を漏らしつつ、棘を持ち手に見立てて両手を回す。

 レズノフが目を付けた物体、それはつい先程斬り落とされ、二人と一緒に落下した後地面に突き刺さっていた、バウンモルコスの片側の鋏だった。


「アレが突っ込んできたタイミングに合わせて、こいつをブチ込む。無論、手動でな」

「…有り得ねぇよ、イカれてんのか?」


 棘に両手を回しつつ、レズノフが平然とした様子で告げる。それに対し、フランクは引きつった笑みを浮かべながら反対するが、レズノフは浮かべた笑みを一切濁らせずに言い返す。


「じゃあ、アレの糞になるか?ケツがどっか飛んで行ってるから、どっちから出るか分かんねぇが」

「……ケツから出るのも、クチから出るのもお断りだな」


 レズノフの軽口に、小さく笑みを漏らすと、フランクは両腕に力を籠める。逆側ではレズノフも同じように力を籠め、怒張した筋肉から血管が浮かび上がっていた。そして力を籠め始めて数秒後、地面に突き刺さっていたバウンモルコスの鋏がゆっくりと持ち上がり、地面から抜けていった。


「抜けた…か…?」

「あぁ…!」

「二人とも、そろそろ来ますよ!」


 鋏が地面から抜けたことを確認する二人の耳に、ミヒャエルの声が突き刺さる。バウンモルコスの方に顔を向ければ、既に頭部を軽く引いて、突撃を始めようとしていた。


「いくぞォ!」

「おう!」


 互いに声を上げると、二人は鋏の向きを変えて、鋭く尖った先端部をバウンモルコスの方へと向ける。二人の視界に、口を大開にして急降下しているバウンモルコスの姿が入る。二人は足を広く開き、バウンモルコスに肩口を向け、両腕を引いて鋏の切断面を上に持ち上げて、先端部分を低く下げた状態でバウンモルコスを待ち構える。


「待てよ…」


 二人の腕から汗が流れ落ち、棘を握りしめる両手を濡らす。眼前では大口を開いたバウンモルコスが、途轍もない速度で二人に向かって頭から突っ込もうとしていた。


「待てよ……!」


 そしてバウンモルコスの頭部との距離が数メートルとなった瞬間、二人は動いた。


「ブチ込めェッ!」


 レズノフの咆哮と同時に、二人は身体を前方に投げ出すようにして一歩踏み出しつつ、両腕を振るう。黒く、ぬらぬらと光るバウンモルコスの鋏が振り子のようにして突き上げられ、大口を開けて突っ込んできたバウンモルコスの口に、その先端が吸い込まれていく。そして、


「があぁっ!!」

「ぐおぉっ!!」


 まるで爆発でも起きたかのような轟音を轟かせながらバウンモルコスの頭部が地面に突っ込み、その衝撃でレズノフとフランクが吹き飛ばされ、二人の身体が地面をバウンドする。そして一回バウンドした後、地面を転がっていき、バウンモルコスが突っ込んだ辺りから少し離れた位置まで転がって、ようやく二人の身体は止まった。


「っ痛ゥ…」

「クソッ…もうやりたくねェなぁ…」


 悪態を漏らしながら、二人はゆっくりとした動作で起き上がる。よろめきながら立ち上がろうとしている両者共に、額などの防具を着けていない部分から血が流れ、身に着けている物の中で布で作られている部分には破れている箇所も散在していた。


「大丈夫ですか、二人共~」


 膝に手を着き、肩で息をする二人の耳に、ミヒャエルの声が飛び込んでくる。レズノフがそれに対して、手を軽く上げて振ることで応えると、ミヒャエルは杖を肩に担ぎながら二人に向かって駆け寄った。


「あの蟲はどうなった…?」

「バウンなんちゃらなら……死んでますね。うん、死んでます」


 絞り出すようなフランクの問いに、ミヒャエルは、煙が晴れて露になったバウンモルコスの頭部を確認してから、返事を返す。

 煙が晴れた先で、最初に姿を見せたのは浅く抉れてクレーター状になった地面の有り様。そして次に姿を表したのが、口に突き刺さった鋏の先端を後頭部から覗かせ、突き刺さった鋏を己の体液でライトグリーンに染め上げている、バウンモルコスの死体だった。


「殺せた…か…」

「みてェだな…」


 まるで地面に動態を投げ出したかのような格好で息絶えているバウンモルコスの姿を確認すると、二人は大きく息を吐いてからその場に座り込む。


「向こうも、ケリが着きそうだな」


 そして、三人から離れた地点で、ヴィショップとゴルトが受け持ったバウンモルコスの後ろ半分が墜落していくのを眺めながら、レズノフは呟いた。






 バウンモルコスに振り落とされたレズノフとフランクが、一時的に協力体制をとり始めていた頃、ヴィショップとゴルトは、白い肌を粘液でぬらぬらとテカらせながら押し寄せて来るバウンモルコスの幼体達に向かって、魔弓の引き金を弾き続けていた。


「クソッ、どれだけ産む気だ、あの害虫野郎!」

「とんだアバズレだよ、ったく…!」


 互いに背を預け、続々と迫ってくるバウンモルコスに魔力弾を叩き込みながら、二人は悪態を吐く。その上方では、バウンモルコスの後ろ半分がグルグルと旋回しながら、尾の先端部分からバウンモルコスの幼体をボロボロと産み落としていた。

 ヴィショップとゴルトがバウンモルコスと戦闘を始めてから既に数分が経過していたが、二人は未だにバウンモルコスに傷すら負わせられずにいた。というのも、最初の銃撃で通常の魔力弾では倒せないことを悟った二人は、魔力の上乗せによる強化弾でバウンモルコスを仕留めることを考えた。が、その後バウンモルコスは二つに分離し、ヴィショップ達が相手取ることにした後ろ半分のバウンモルコスは二人が魔弓の狙いを定めようとするや否や、尾の先端部分から幼体を出産し始めたのだ。間髪入れずに続々と産み落とされる幼体の数は凄まじく、二人は止むを得なく上乗せしていた魔力を戻し、通常の威力の魔力弾で幼体の相手を始めたのだった。

 だが、かといって事態は全く好転していなかった。二人の射撃の腕は折り紙つきであり、迫りくるバウンモルコスの幼体を一発の魔力弾で仕留め続け、幼体の群れを殆ど近づけずに捌き続けている。だが、上方で旋回しているバウンモルコスが幼体を産み落とすスピードは、二人が幼体を撃ち殺すペースを凌いでおり、幼体の数が減る気配が無いどころか、徐々に増えて言っているのが現状だった。

 それに加え、バウンモルコスが旋回しながら産み落とすせいで、二人は幼体に囲まれ続ける立ち回りを強いられており、どちらかが上空のバウンモルコスに狙いを定める為に攻撃を中断すれば、そのまま押し崩されかねない状況になっていた。

 その上、


「装填する!」

「よし!」


 二人の武器が魔弓である以上、一定の攻撃の跡には装填作業(リロード)を行う必要がある。二人はこの問題を、魔弾の数を計算し、場にある三挺の魔弓の内、二挺以上が弾切れを起こさないようにすることで対応していた。だが、それもいつまでも続く訳ではなく、必ず二挺以上が弾切れを起こすタイミングが訪れる。その際、ヴィショップとゴルトはどちらか片方と自分の銃と弾を交換し、片方が装填している間、もう片方がバウンモルコスの幼体の足などを撃ち抜いて転倒させ、その転倒に他のバウンモルコスの幼体を巻き込むことで、一発の魔力弾で多くのバウンモルコスの幼体の動きを封じながら時間を稼ぐという荒業を使って切り抜けていた。


「終わったぞ!」

「よし、寄越せ!」


 装填が完了したヴィショップの二挺の白銀の魔弓と、ゴルトの漆黒の大型魔弓を互いに放り投げて交換する。そして二人はすぐさま背中合わせの状態に戻ると、交換の際に一瞬だけ途切れた弾幕の隙を縫って包囲の輪を狭めようとしてきたバウンモルコスの幼体に、魔力弾を撃ち込んで進撃を食い止める。


「おい、ヴィショップ」

「言うな、分かってる」


 魔弓を握るゴルトの右手の親指が動き、シリンダーを開いたかと思えば、弾かれたように動いた左腕が反射とも言える速度で動いて、クイックローダーをホルスターに押し込む。そしてヴィショップが、その一瞬の隙を突いて迫ってきたバウンモルコスの幼体を、背を向けたまま左の脇の下から右手の魔弓を突き出して引き金を弾き、撃ち殺す。


「いいや、言わせてもらうぜ。このままだだとジリ貧だ。どうにか手を打たなきゃならねぇぞ」

「だったら、テメェで考えろ。B1のギルドランクは飾りか?」


 迫りくるバウンモルコスに魔力弾を叩き込みつつ、軽口を混ぜ得て状況の打開策を相談する、ヴィショップとゴルト。だが、二人は既に理解していた。この状況を打開するには、上方で幼体を産み落とし続けている、バウンモルコスの成体を排除しなければいけないことを。


「これ以上増えれば、一人で抑え込むのは無理になる。やるなら、さっさと始めねぇと」

「…仕方ねぇか」


 上方のバウンモルコスを撃ち落す為には、一人が魔力を上乗せした強化弾でバウンモルコスを狙い撃ち、もう一人がそれまでの時間を稼がなくてはいけないことを。そして時間を稼ぐ役は、自らの全力を以てバウンモルコスの幼体の群れに立ち向かう必要があることを。


「……ゴルト、頼む」

「嫌だね。お前がやれよ」


 ヴィショップの要求を、ゴルトは即答で突っぱねる。

 ヴィショップは小さく溜め息を吐くと、ゴルトにそっと耳打ちした。


「……その条件なら乗るぜ」

「よし。じゃあ、始めるぞ。タイミング、外すなよ?」


 ヴィショップの言葉を聞いたゴルトは、態度を一変させてヴィショップの要求を呑む。ヴィショップはゴルトの態度に、頷きを一つ返すと、再び前方に意識を集中させ、バウンモルコスに魔力弾を撃ち込み続ける。


「いくぞッ!」

「あいよッ!」


 そしてバウンモルコスの進撃が一時的に停滞した瞬間、二人は互いに声を上げると、持っていた魔弓を上方に向かって放り投げる。

 この行動…つまり、互いの魔弓を交換するという行動こそが、ヴィショップが耳打ちで提案した行動であり、ゴルトが幼体の相手を引き受けることを決めた理由だった。

 漆黒と白銀の三挺の魔弓が、ゆっくりと回転しながら宙を舞う。ヴィショップは右手を真上に突き上げ、上昇を終えて降下してきた漆黒の魔弓を右手でキャッチする。ヴィショップは、自分の背後でゴルトが同じ様に二挺の白銀の魔弓をキャッチし、向かってくるバウンモルコスの幼体の群れに向かって引き金を弾き始めたのを感じつつ、馴染みの無い漆黒の魔弓のグリップに左手を伸ばし、両手で真上に向かって突き上げるかのように構える。そして親指で魔力弁を起こすと、シリンダーに納められた魔弾に向かって魔力を流し込んだ。


「チッ!」


 舌打ちを打ち、ゴルトは両手の白銀の魔弓をズボンに突っ込むと、左手を腰に伸ばし、腰に佩いた短刀の柄を掴む。次の瞬間、ゴルトの左手が獲物を見つけた蛇のように蠢き、前方から押し寄せてきたバウンモルコスの幼体の首元に伸びる。短刀を逆手に握ったゴルトの左手が振り切られ、それに追従するようにして三体のバウンモルコスの幼体の頭部が宙を舞う。更にゴルトは、左手を振り切った勢いのまま身体を反転させ、ヴィショップに襲い掛かろうとしていたバウンモルコスの間に、身体を投げ出すようにして割り込ませると、ヴィショップに向かって伸ばされた何本もの細腕を一振りで切り落とす。


「良い仕事だ、ゴルト・ウォーマッド…」


 魔弾に充分な魔力が注ぎ込まれたのを感じ取ると、ヴィショップは小さく呟く。真上で旋回しているバウンモルコスに視線を集中させているヴィショップには、ゴルトがどのようにしてバウンモルコスを退けているのかは分からなかった。だが、自分が引き金を弾くべきタイミングが無事に訪れたという事実は、実際にゴルトの戦いぶりを目にするよりも雄弁に、ゴルトの優秀さをヴィショップに語っていた。


「幕引きの祝砲は任せておけ…!」


 最後にそう呟くとヴィショップは人差し指に力を籠め、いやに重く感じられる漆黒の魔弓の引き金を弾いた。


『しゅおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 轟音。一拍置いてからの破裂音に似た“何か”。次に起こった音は、強化弾によって身体を二つに喰い千切られたバウンモルコスの後ろ半分が地面に落下していく音。そして、落下していくバウンモルコスから流れ出る夥しい体液が、まるで雨のように地面を打つ音と、女王を失ったバウンモルコスの幼体が半狂乱になって上げる、叫び声のような咆哮だった。


「…やったか?」


 真上に向かって突き出すようにして構えていた魔弓を降ろし、ヴィショップが問う。


「…やったみたいだな」


 呼吸機能を正常に働かせるフェロモンを分泌する存在が斃されたことで満足に呼吸が行えないようになり、ばたばたと倒れていくバウンモルコスの幼体を眺めながら、ゴルトが答える。


「…そうか」

「…そうだ」


 ヴィショップが大きく溜め息を吐きながら、小さくつぶやく。ゴルトは律儀にもその呟きに対して答えると、ヴィショップに悟られないように短刀を腰の鞘に収め、そして


「終わったのさ」


 右手でズボンに突っ込んでいた白銀の魔弓を抜き取り、ヴィショップの後頭部に向かって突きつけた。

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