Sleepy Hollow
『レーフ地方』唯一にして最大の賭博国家、『ミッレ・ミライア』。同国最大規模の賭博であるミライアス・ラグーヌの本戦が行われるこの時期は、貧富の差に関わらず誰もが、街の各所に設置された映像投影用の神導具や、専用の会場に集まって最高峰の刺激に酔いしれる。
しかしこの日は違った。外国の富豪や国の重鎮といった富裕層の集う地域が例年通りの盛り上がりを見せる一方で、貧民層の集中する街の外周部分の地域では、悲鳴や怒声が轟いていた。
住民達は我先にと逃げ出し、武器を手にした兵士達が闘争心と恐怖が綯い交ぜになった表情を浮かべて街路を駆ける。そしてその先では、異形の巨狼が待ち構える。巨狼の進行に合わせて戦火が上がり、道々は血で染め上げられる。年に一度の祭りの舞台である筈の街は、地獄同然の光景へと変貌していた。
そんな街並みを見下ろす男が居た。元々背の高い建物が集う『ミッレ・ミライア』の中でも、頭一つ抜けて背の高い建物の屋上。男はそこに、一人の子供を引きつれて立っていた。
純白のコート、その下に着込んだ白いスーツ、そして派手な金髪。片桐蓮之介は、自分が放った怪物の生み出す地獄を静かに見下ろしていた。
「……どうだ? そろそろ終わったか?」
不意に手首の辺りに振動が奔る。それが手首に付けている、ブレスレット型の通信用神導具によるものであることに気付くと、片桐は袖を捲って神導具を出して話しかける。
『いや、まだだ。ただ、一つ伝えておこうと思ってな』
神道具から聞こえてきたのは、彼をこの世界に呼び寄せたパートナーの声だった。性格上、つまらない冗談を言うようなやつではないことを知っている片桐は、黙って神道具から聞こえてくる声に耳を貸した。
『連中だが、ハンフリーを追うこと決めたようだぞ』
「へぇ、そいつは意外だな。てっきりこっちに来ると思ってたが』
待っていた存在が自分ではなくもう片方を選んだことに、驚きと共に一抹の失望を覚える。すると途端に、あれ程輝いて見えた街の惨状が急にくすんで見え始めて、片桐は目を逸らした。
『そう驚くことでもない。連中はこちらの目的も知らない以上、街に居るお前がどのように動くのかも予測が出来ない。ならば、確実に尻尾を掴めるヘイルマンの方を狙うだろう』
「はっ、理にかなった選択ってやつか? 下らねぇ」
吐き捨てるように片桐はそう告げる。神導具からは呆れ混じりの声が返ってきた。
『元々予定していた展開に戻っただけだろう。それに今回の件で言えば、油断して連中に見つかったお前の方が問題だ。ヘイルマンよりもな』
「おっとぉ、なら俺を首にしてあいつを二人に増やすか? それはそれで面白そうじゃねぇか。二日と待てずに、二人とも殺しちまいそうだよ」
形だけの笑みを浮かべて、片桐は軽口を叩いた。彼が身に着けている神導具に映像をやり取りする機能は無く、その為今の彼の様子が通信相手に伝わることもない。ただ姿が見えずとも、通信相手は彼の声音で大体の様子を察したようだった。
『殺すにしても、片方だけにしてくれ。折角折り返し地点まで来たのに、またやり直して無駄な時間を費やしたくはないだろう?』
「なら、今度あんたの雇い主に言っといてくれよ。次に寄越す奴は少なくとも、日に三回は撃ち殺してやりたくならないような奴にしろってな」
片桐はそう告げると、一方的に通信を切った。そして街の向こう側に見える砂漠をじっと見つめる。
「頼むぜ、ジジイ。衰えたからって、あんなカスに負けてくれるなよ?」
そう呟くと、片桐は通信用の神導具に再び手を伸ばし始めた。
巨鳥を屠ったヴィショップ達は、ダリの乗ってきた砂船をヴォルターに付け替えて、前進を再開していた。彼等の乗る砂船は王家の谷を超え、次の難所と言われていた船の墓場の只中を進んでいた。
前に聞かされた説明の通り、船の墓場はあちこちに打ち捨てられた住居が建ち並んでいた。風化が進んで倒壊してしまったものもあるが、まだ多くの住居が何とか原形を留めている。進行方向の先には、解体途中で見捨てられたと思しき大型の砂船の姿がいくつも見え、この町の歴史の終わりが唐突なものであったことを物語っていた。
地面には砂船が通った跡がいくつか残っており、他の参加者は既にこの地を訪れたと見て間違いはなさそうだった。他にも戦闘の後と思しきものがいくつも周囲には残っていて、中でも一際目を引いたのは半径三メートル程の大きさの巨大な血溜まりだった。
「止めろ」
ヴィショップがそう告げると、クァルクは無言で砂船を止めた。二人の間には遺跡群を抜けて以降、一言の会話もなかった。
右手に魔弓を持ってヴィショップは砂船から降りる。ヤハドとミヒャエルに援護を任せて、血溜まりに近づく。手前で立ち止まると、しゃがみ込んで血を吸った砂の上に手を下ろした。
「どうだァ?」
「まだそう時間は経ってない。死体が見えないのは、魔獣共にでも持ってかれたからだろうな」
レズノフに返事をして、ヴィショップは立ち上がり砂船に乗り込む。ヴィショップが乗り込んだのを横目で確認すると、クァルクは砂船を動かし始めた。
「にしては魔獣の姿が見えないが?」
「そこまで分かるかよ。野生の勘とやらに従って、どっかに行っちまったんじゃねぇのか?」
ヤハドの問いかけに対するヴィショップの返答はぞんざいなものだったが、誰もそれを責めなかった。少なくとも今自分達が追っている連中の有する戦力を考えれば、ヴィショップの推測はあながち的外れなものでもなかったからだ。
「ダリさんから連絡はないんですか?」
自分のオルートの背に乗って『ミッレ・ミライア』へと帰っていたダリから連絡がないか、ミヒャエルが訊ねる。彼には『ミッレ・ミライア』での現状を確認してもらうように頼んであった。尤も、ミヒャエルが彼からの連絡を気にしているのは、砂漠から離れて街に向かう理由を求めてるだけだったが。
「無い。というか、まだ街に戻れてる訳がねぇだろう」
呆れを滲ませた声音でミヒャエルに言葉を返して、ヴィショップは自分の水筒の栓を抜いて口元に運ぶ。乾いた喉に潤いを与えていると、レズノフが声をかけてきた。
「でよォ、ジイサン。ぶっちゃけた話、アンタの考えにはどれ程の勝算を見込んでるんだァ?」
ヴィショップは水筒を口元に付けたまま、レズノフを睨みつける。
王家の谷でヴィショップに迫られた二択は、この先に居るであろうハンフリーと呼ばれているアメリカ人を追うか、『ミッレ・ミライア』のどこかにいる片桐を追うかの二択だった。そしてその二択の内、ヴィショップが選んだのは前者だった。
理由は酷く単純なものだ。ハンフリーは紛いなりにも居場所が分かっているのに対し、片桐に関しては『ミッレ・ミライア』のどこかに潜んでいるということしか分からない。ならば時間をかけて見つけられるかも分からない片桐を追うよりは、ハンフリーに追いついて彼を捕まえ、仲間の居場所や目的を吐かせた方が遥かにマシだ。そう考えての決断だった。
その決断自体に、ヴィショップは後悔はなかった。しかしレズノフに問い掛けられた彼の顔は、不機嫌そうな険しい顔付きをしていた。
「俺に聞かなくても、大体分かってるんだろうが」
「さァ、どうかなァ?」
「……ふん」
水筒の蓋を閉め、ベルトの金具に吊るして懐から煙草を取り出す。レズノフが手を突き出してきたが、それを無視して手巻きの煙草を咥えて火を灯した。
「少なくとも、こうして追ってればその内何らかの動きを見せる。もし相手が馬鹿なら、のこのこ出向いてくるかもしれねぇ。そこから引きずり出してやるしかねぇだろ」
紫煙を吐き出しながら、ヴィショップはそう告げた。しかしレズノフから下らない軽口は返ってこない。不思議に思って彼の方に視線を向けると、レズノフは虚空を見つめて固まっていた。
訝しげな表情を浮かべて、ヴィショップはレズノフの見ている方を見る。砂船の既に周囲は住居ではなく、途中で作業を放棄されて野晒しになっている大型砂船の群れに変わっていた。だがどちらにしろ、レズノフの興味を引きそうなものがあるようには見えなかった。ヴィショップは左手をレズノフの顔の前に伸ばそうとする。
その瞬間、ヴィショップの背中を冷たいものが奔った。そしてそれと同時に、今まで固まっていたレズノフが勢いよくクァルクの方を向いて、声を張り上げる。
「加速だァ、嬢ちゃん!」
「え? あ、ちょ……」
唐突に指示を出されたクァルクの動きは鈍かった。ヴィショップは舌打ちを打つと、ヴォルダーの顔の真横を狙って魔弓の引き金を弾いた。
魔力弾が顔のすぐ横を掠め、驚いたヴォルダーは咆哮を上げて加速を始める。クァルクは暴れ出したヴォルダーを宥めようと手綱を操るが、直後に砂船のすぐ背後に突き刺さった三本の光り輝く槍の姿を見て、その手を止めた。
「あれは…!」
「野郎だ! 案の定だな、仕掛けてきやがった! レズノフ!」
ヴィショップが名前を呼ぶと、レズノフは頷いて神経を研ぎ澄ませる。周囲にはハンフリーが乗っていると思しき砂船の姿はない。恐らくは、予選での最後でヴィショップ達の前から姿を消した時に使ったのと、同じ類の魔法を用いているのだと思われた。
しかし前回と違い、未だにヴィショップは己へと向けられた殺気を感じ続けていた。このことからかつて自分が立てた、姿を消す魔法を用いているという仮説を確信し、時分より先に何かに気付いていたような素振りを見せていたレズノフに、ハンフリーの捕捉を任せようと、ヴィショップは考えたのだ。
「……七時方向だァ、距離約二十ゥ!」
一言で全てを悟ったレズノフは、自分達の砂船が砂漠を進む音に混ざって聞こえる、別の砂船の走行音を聞き取って大まかな位置を割り出す。ヴィショップは身体を翻してレズノフの告げた方向に向き直り、持っていた魔弓の魔力弾を、シリンダー内に一発だけ残してばらまいた。
放たれた四発の魔力弾は、虚空に向かって飛んでいく。その内三発は何も捉えなかったが、右寄りに放った一発だけは何かに当たって虚空に火花を散らした。
「そこか、玉無しのカマ野郎…!」
火花が散った直後、その周囲の砂漠の風景がゆっくりと崩れていき、オルートに曳かれた一隻の小型の砂船が姿を現す。船上には三人のフード付きの外套を着込んだ者の姿があった。三人共フードのせいで顔は見えなかったが、手綱を握っている者以外の二人は、それぞれ手に大斧と年代物の拳銃を握っていた。元よりハンフリーの顔など知らない五人にとっては、彼等の持つ武器こそが自分達の獲物であることを指し示す何よりの証しだった。
後方を走る砂船を睨みつけて、ヴィショップが魔力弁を持ち上げる。それに反応してハンフリーが、持っていたコルトをヴィショップに向けようと右腕を動かす。その直後にヴィショップの頬を掠めて、ヤハドの矢がハンフリーへと飛び、かつてレズノフが片腕を落した大斧の男が、持っていた大斧の腹をハンフリーの前へと突き出して、ヤハドの放った矢を防いだ。
突き出された大斧はハンフリーを矢から守ったものの、同時に彼から射線と視界を奪っていた。ヴィショップはスッと口角を吊り上げると、青白い光を放つ魔弓の引き金を弾いた。発射された強化魔力弾は男が持っている大斧、そしてその先に居るハンフリー目掛けて猛進する。そして彼等の乗っていた砂船を、木っ端みじんに打ち砕いた。
無数の木片と臓物混じりの鮮血が衝撃で宙に跳ね上げられ、日の光を受けて輝く。それらが重力に従って落下し、砂に呑み込まれるよりも速く、ヴィショップの視線は上空へと向けられていた。
日の眩しさの前に細められたヴィショップの双眸の先には、地上から十メートル程の高さを舞う人影があった。ヴィショップは左のホルスターから魔弓を引き抜き、ハンフリーを小脇に抱えた大斧の男に魔弓の矛先を向ける。そのすぐ後ろでは、ヤハドが弓に矢を番えて同じように大斧の男に狙いを定めていた。
「躱せっ!」
空中に居る大斧の男の、かつては左腕があった部分から何かが勢いよく伸びてきたのは、二人が魔力弾と矢を放つ直前のことだった。
ヴィショップの声に合わせて、クァルクが砂船を横に動かす。動きを止めきれなかったヤハドの放った矢が、空中の大斧の男目掛けて飛んでいく。大斧の男の左腕の部分から伸びてきた物体は、ヤハドの放った矢を難無く呑み込んで、ヴィショップ達の砂船が一瞬前まで居た場所に深々と突き刺さった。
「オイ、これって…」
顔だけを動かして背後を振り返ったクァルクが、ヴィショップに問いかけようとする。ヴィショップは彼女の問いを無視して、左手の魔弓の撃鉄を起こし純白の魔力弾の発射準備に入る。
だがその直後、依然として空中に浮いていた筈の大斧の男のハンフリーの姿が、一瞬にして掻き消えた。
「なっ……!」
僅かに残った下方への残像を追って、ヴィショップは視線を落とす。しかし彼の視線が地上へと戻るのを待たずに、大斧の男の着地によって舞い上げられた砂塵が彼とハンフリーの姿をヴィショップ達から隠してしまった。
「何したんだ、あいつ!?」
「集中してろ!」
先程の巨鳥が翼を使って巻き上げた砂塵もかくやと言わんばかりの砂塵の量にクァルクが思わず声を上げ、ヤハドが即座に怒鳴り返す。今しがたの大斧の男の行動が、地面に突き立てた身体の一部を使って自分の身体を力任せに引き寄せた結果だということを理解する間もなく、砂塵の中から大量の細長い触手状の物体がヴィショップ達に迫った。
「レズノフ、ヤハド!」
魔力弁を戻し、船の縁を蹴って触手の伸びてくる側とは反対側にヴィショップは移動する。名を呼ばれた二人は、彼と入れ替わるようにして触手に向かっていき、長剣と曲刀を振って迫る触手を切り伏せていく。彼等とは反対側の縁に背中を当てて身体を横たわらせているヴィショップは、立ち込める砂塵に魔弓を向けつつ、ミヒャエルの肩を左の拳で叩いた。
「痛ッ!」
「魔法だ、射線を開け!」
肩に奔った鈍い痛みで、ミヒャエルはヴィショップの方を向く。そして文句を言う暇すら与えられずに怒鳴りつけられると、手にしている杖の先端を砂塵に向けて狙いを付け、呪文を詠唱した。
「四元魔導、疾風が第百二十二奏、“ルァース・フラッペン”!」
呪文の詠唱終了と同時に、ミヒャエルの魔力によって作り出された突風が砂塵を一瞬で吹き飛ばす。それだけに収まらず、突風はその中に身を潜めていた大斧の男の外套をも剥ぎ取り、宙高く吹き上げた。
外套を剥ぎ取られた大斧の男の姿を見て、ヴィショップは眉をひそめる。薄々五人が予想していた通り、それは人間の姿をしていなかった。ただ今まで見てきた中では、『ウートポス』で相見えた青肌の女性に続いて、人間の原形を保ってはいたが。
上半身は一見した限りでは普通の人間と大差ない。精々首から上が無く、かつてレズノフに切り落とされた左腕の断面からは幾本もの触手のようなものが伸びている程度である。右手には大斧を持ち、その脇には顔を黒く染めた金髪の男を抱えていた。その一方で下半身は、人間のものとは大きく異なっていた。真っ黒な毛で下半身全体が覆われており、腰の辺りからは尻尾の様なものが生えている。足先には蹄があり、関節の向きは人間のそれとは真逆であり、馬や山羊を連想させる姿をしていた。
「悪魔…?」
クァルク以上に、半人半獣という呼び方が相応しいその姿を見たヤハドが、曲刀を振るう手を止めて呟く。ヴィショップは舌打ちを打って、彼の首元へと伸びてきた触手を撃ち抜いた。
「横の馬鹿ですら堪えてるんだ。神様への愛とやらは分かったから、目の前の出来事に集中したらどうだ」
「…そいつと俺を信者で一括りにするんじゃない。神への冒涜だぞ」
ヴィショップに視線だけを向けたヤハドは、微笑を浮かべて彼の軽口に応えると、曲刀を二閃させて新たに伸びてきた触手を切り伏せる。
「そいつは悪かったな。先に死んだら向こうで謝っといてくれ」
肩を竦めて軽口を叩きながら、ヴィショップはホルスターに戻していたもう一挺の魔弓を引き抜く。
今回の相手は今までの相手と比べて的が小さく、おまけに今は距離も離れている。だが一方で何も気にせずに戦うことの出来た今までとは違い、今回はハンフリーという守らなければいけない対象がいる。そのような分かりやすい弱みを、抉ろうとしないヴィショップではなかった。
両手の魔弓の装飾から光が漏れだす。右手の魔弓からは純白の光が、左手の魔弓からは青白い光が漏れだして、ヴィショップの額に浮かんだ汗を照らしていた。
(チッ、そろそろきつくなり始めたか…!)
このレースで既にヴィショップは、魔力弾の強化の度重なる使用に加えて通常の魔法の行使も行っている。彼の内包する魔力は既に半分近くが消費されており、その影響は徐々にヴィショップの身体に現れ始めていた。
汗が滲み、砂漠の真っただ中にいるのに暑さをそれ程感じられなくなり、身体は平生よりも重く感じられる。しかしそれらにいつまでもかかずらっている訳にもいかない。ヴィショップは大きく息を吐いてこきゅを整えると、両手の魔弓をハンフリーと彼を抱える化け物の方に向けた。
「ミヒャエル、魔法を使う準備をしとけ」
当人の方は見ずにそう告げると、返事を待たずにヴィショップは右手の魔弓の引き金を弾いた。
彼が両手の魔弓に魔力を込め、魔弓が光を帯び始めた時点で怪物は触手を引っ込ませて回避行動に移る準備を整えていた。
ヴィショップが放った純白の魔力弾を、怪物は真横に大きく跳躍して避ける。不安定な砂漠において一気に五、六メートルは移動しており、怪物の脚力の凄まじさが窺えたが、幸か不幸か今まで散々常識外の相手と戦わされたおかげで、ヴィショップ達が一々それに驚くことはなかった。
「四元魔導、大地が第六十二奏、“クレバース・ニダル”」
ヴィショップに肩を小突かれたミヒャエルが、魔法を発動させて岩石の杭を怪物目掛けて飛ばす。未だ着地出来ていない怪物は、先程跳躍した時とは逆の足を地面に叩き付けて、一気に真上へと飛び上がった。
高々と飛び上がった怪物の姿を追って、ヴィショップの魔弓が動く。翼を持たない怪物に、空中で攻撃を避けることは出来ない。よしんば生やせたとしても、それを行うだけの余裕を与えてやるつもりは、ヴィショップには毛頭無かった。
瞬時に上空の怪物へと狙いを付けたヴィショップは、青白い光を放つ魔弓の引き金を弾く。これで怪物を殺すことは不可能だが、それに抱えられているハンフリーの方は別だった。彼が今までの怪物共と同じように、片桐と仮面の人物の手によって実は不死の怪物にでも作り変えられていない限り、身体を木っ端みじんにされて生き続けることは出来ない。もしこの状況でハンフリーが生き延びようと思ったら、彼が怪物の手元から離れる以外には無い筈だった。
「ッ!?」
ヴィショップが引き金を弾いた直後、彼等の眼前の砂漠が盛り上がり巨大な何かが飛び出してくる。その正体が、先程までハンフリー達の乗っていた砂船を曳いていたオルートだと彼等が気付いたのは、ヴィショップの放った強化魔力弾がオルートの頭を粉々に吹き飛ばしてからだった。
「うおっ!」
強化魔力弾の直撃を受けたオルートの頭が吹き飛び、骨の欠片と脳髄の混ざった大量の血液がヴィショップ達に降り注いで視界を塞ぐ。
オルートの死が彼等にもたらした隙は、ほんの一瞬だった。クァルクやミヒャエルはともかく、他の三人は多少の差こそあれど数多の視線を潜り抜けてきた男達。オルートの頭が吹き飛ばされた時点で、次に起こり得る出来事を予期して腕で両目を庇っていた。その為、クァルクはミヒャエルのように大慌てで視界を塞ぐ血液を拭う必要ななく、ただ顔の前に運んだ片手を退ければよかった。
だが相手は、その一瞬の隙に為すべきことを為していた。
「レズノフッ!」
「あァ!」
腕を退けた直後の三人の視界に入ったのは、こちらに向けて回転しながら飛んでくる、怪物の持っていた大斧だった。
それが怪物の手によって投擲されたものだと気付く時間すら、今の彼等には惜しかった。顔を拭っているクァルクに手を伸ばしつつ、ヴィショップはレズノフの名を呼ぶ。名前を呼ばれた方も同じことを考えていたようで、片手でミヒャエルの後ろ襟を掴み、もう片方の手を砂船の縁にかけていた。
クァルクとミヒャエルを引き摺るようにして、ヴィショップとレズノフ、そしてヤハドは砂船から躊躇なく飛び降りる。そして彼等の身体がが砂船から離れた直後に、飛来した大斧が船体を真っ二つに断ち切って砂漠に突き刺さった。
高速で動く砂船から飛び降りる破目になった五人は、痕を残しながら砂漠の上を転がる。三人は片手を砂漠に突き立てて、無理矢理勢いを殺して体勢を立て直す。
「ハッ、おいヤハド、レズノフ。お前等の得意分野だぜ」
クァルクを脇に置いて身体を起こしたヴィショップは、砂漠の上に立つ怪物の姿を見て、口角を引きつらせる。最初は言っている言葉の意味が分からなかった二人も、怪物の姿を見て納得した様子で表情を歪めた。
オルートの死体を挟んで、何事もなかったの様に立っている首無しの怪物。その脇には、先程まで抱えられていた筈のハンフリーの姿は無かった。




