断頭台への導き手達
宙を舞い、地に叩き付けられて数瞬闇の中へと落ちたヴィショップ・ラングレンの意識が蘇った時、彼の五感の内で真っ先に働き始めたのは視覚だった。
地平線の果てまで続く砂漠。褐色の大地から生える古の遺物。周囲にばら撒かれた無数の木の破片と、砂の上でもがく四つの人影。そして少し離れた所でひっくり返って前足で宙を掻いているヴォルダー。それらをヴィショップの脳が認知し始めるに連れて、肌を焦す砂漠の大気や掌から伝わる砂の感触や、人の呻き声とヴォルダーの上げる切なげな咆哮を五感が感知し始める。
そうして五感が機能を取り戻していく中で、直前の記憶もまた蘇り始めた。
レズノフの叫びが耳朶を打ったと思った直後、砂船の真下から押しあがってきた強大な衝撃。それに為す術もなく砂船は砕かれ、砂船を曳いていたヴォルダーもろとも宙に浮かび上がる五人の身体。この世界に渡ってきてからはさして珍しくもなくなってきた、強烈な浮遊感に身体を包まれる中で目にした、腹の辺りまで真っ二つに裂けた巨鳥の姿。翼は無残に折れ曲がり、身体の至る所から何本も伸びてその身をくねらせている蛸の足の様な姿の触手。尾翼を始めとした身体の後ろ半分は、鱗に包まれた魚の尻尾の様な姿へと変わっていた。
「シンドバッドの次は海底二万マイルか。クソッタレが」
悪態を吐いてヴィショップは視線を手元へと落とす。吹き飛ばされる直前に両手に握っていた二挺の魔弓の内、片方は右手に握られたままだった。もう一挺の方はヴィショップから少し離れた所で、グリップを覗かせて砂漠の中に突き刺さっていた。
「お前等、無事か!」
他の四人に向かって声を飛ばしながら、ヴィショップは砂漠に突き刺さっている魔弓に近づいて引き抜く。すぐに返事が返ってきたのはレズノフだけで、他の三人は少しの時間を空けてぽつぽつと返事を返してきた。
ヴィショップは砂漠から引き抜いた方の魔弓をホルスターに収めて留め金をとめた。それから姿の見えない巨鳥を探して周囲に視線を向ける。見落とす筈のない異形の怪物の姿はどこにも見えなかった。あるのはただ、風化して脆くなった廃墟群だけだった。
「気を抜くなよ。あの化け物、下に潜ってやがる」
ヴィショップがそう発すると、彼の許に集まろうとしていた四人の歩みが止まり、一斉に視線が真下へと向く。
砂漠の風が廃墟の壁面を撫でる音だけが聞こえる静寂の中、五人と一匹が動きを止めたまま一分が過ぎる。既にヴィショップの右手に握られた魔弓の魔力弁は起こされ、彫り込まれた装飾からは純白の光が放たれていた。しかし肝心の怪物は一向に姿を見せようとはしなかった。
「あの……何で、出てこないんでしょうかね?」
やがておずおずと顔を上げたミヒャエルが、ヴィショップの方を向いてそう問いかけた。
「向こうも頭の中に何も入ってないって訳じゃないんだろ。俺達を食い殺そうとして出てきたところで、こいつで撃たれてお終いだってことを分かってるのさ」
そう答えて、ヴィショップは右手の魔弓を軽く振って見せた。
今の巨鳥の大きさが一体どれ程でどのような形をしているのかは、ヴィショップには最早想像が付かない。しかし確実に言えるのは、どのような形になっているにせよ純白の魔力弾を身体のどこかに撃ち込めば殺せると言うこと。そして例え巨鳥が足元から飛び出してきたとしても、殺される前に巨鳥に向かって引き金を弾くことはヴィショップには可能だということだった。
結果としては、王家の谷を走っていた時と同じ状況が生まれつつあった。巨鳥の方から下手に仕掛けることも出来ず、同時にヴィショップ達からも下手に仕掛けることの出来ないという状況が。
「なら、どうします? このまま街に向かって歩いて帰ったりしてみますか?」
「距離が有り過ぎて難しいな。途中で野たれ死ぬか、疲労で集中力が切れたところをこいつに襲われるかだ。そもそも、歩いて帰ったところで何もかも終わってるって可能性もある。……連中が何を企んでいるのかは知らんがな」
「なら、ヴォルダーに乗っていくってゆーのは? 全員は流石に無理だけど、オレとあと一人ぐらいならいけると思うぜ」
「駄目だ。さっきの二の舞になる」
純白の魔力弾についてヴィショップが分かっていることは多くない。一つは片桐やマジシャンと名乗る男が作り出したらしい、不死身染みた生命力の怪物を殺すことが出来るということ。そしてもう一つは、純白の魔力弾には物体を貫通する能力が無いということだった。目標に当たればその時点で霧散して消失してしまう。それは相手が生物ではに無機物の際も同様だった。
その為、ヴォルダーを貫通してその下にいる巨鳥を狙うといったような真似は出来ない。相手が直接ヴィショップを食い殺したり触手で叩き殺したりするならば、白銀の魔力弾をぶち込んでやるだけの自身がヴィショップにはあった。しかし先程の砂船のように、ヴィショップの乗っている乗り物だけを狙って真下から攻撃を加えられた場合、ヴィショップはそれを防ぐことが出来ない。先程の様に落ちても済む程度の高さで済ませてくれるなら良いだろうが、今度もそうなるといった保証はどこにもなかった。
「なら、どうすんだよ! このままここで、干からびるまで待ってろってゆーのか!?」
癇癪を起して地団駄を踏むクァルクの姿を、ヴィショップは静かに見据える。
実は彼の中では、既に一つの解決策が導きだされていた。
巨鳥の知能は全く無い訳ではないものの、かといって高いという訳でもない。先程の攻防で分かったのは、対策を練ることが出来るのは精々一つぐらいが限度だということだった。
王家の谷を進んでいた時に、巨鳥がヴィショップ達に対して行った対策は崖の上を飛行することだけだった。一見すると上手く機能したように見えるが、それに続く策が無かった為に攻撃に転じることは出来なかった。そして遺跡群の中に入ってからの攻防では、砂煙を巻き上げて視界を潰しつつ瓦礫で押しつぶす作戦に出たが、撃ち落とされるに至っている。
つまりは、巨鳥に行える作戦は所詮その場しのぎのものでしかない。それを不死身の肉体を持った怪物が行うが為に、脅威に成り得ているだけに過ぎない。その為、それを打ち破る打開策は決して複雑なものではない。衝撃で動きを止めて狙い撃って見せたように、状況を打開するのはシンプルな一手になる。
今、ヴィショップの頭の中に浮かんでいる策も同じ様にシンプルなものだった。ただシンプルに、一人の命と引き換えに巨鳥を殺し得る作戦。それがヴィショップの頭の中に渦巻いていた。
(俺とレズノフとミヒャエルは論外として…クァルクかノルチェか、あのデカブツか…)
ヴィショップの視線が、クァルク、ノルチェ、ヴォルダーへと動く。
(デカブツは駄目だ。こいつが居なきゃ砂漠を出られない。となると、そいつを操れるクァルクも無しだ。残るは…)
ヴィショップの双眸がノルチェへと向けられた瞬間、彼女とヴィショップの視線が交わった。
二人は一言も発しないまま、黙って視線を絡ませた。ゆっくりと、だが着実に魔弓を握るヴィショップの右手に力が籠められていく。一方でノルチェは、槍を構えることもなくヴィショップの姿を見つめていた。まるで彼を値踏みするかのようにじっと見据え続けると、今まで固く閉じていた口を開いた。
「あんたの考えていることを当ててやろうか?」
「ほう?」
「あんたはあたいを切り捨てようとしてる。そうだろ?」
刹那、ヴィショップとノルチェを除いた三人の視線がヴィショップに集まる。だがその中で、今の言葉が否定されることを願っている者は一人しか居なかった。
「な、何言ってんだよ、そんなことする訳…」
微かに震えた声で言葉を発したクァルクの唇は、ノルチェへと魔弓を突き付けるヴィショップの姿を見て凍りついた。
「そこまで分かってるんなら、話は速いな。俺が何をして欲しいかも見当は付いてるんだろ?」
ヴィショップの問いかけに、ノルチェは静かに首を縦に振った。
「お、おい、何やってんだよ、ヴィショップ。それを下ろせよ」
震えた声に怒気を滲ませて、クァルクはヴィショップを止めようとする。しかしヴィショップはそんな彼女に視線を向けることすらせずに、冷淡な声音で返事を投げかけた。
「あいつを誘き出す餌がいる。俺達三人はここで死ねない理由がある。お前とデカブツは砂漠を抜けるのに必要だ。ここで死んでも先に支障が無いのは、この女しか居ない」
「待てよ。何かある筈だろ? ここから五人揃って生きて帰れる、いいアイデアがよ?」
「無いな。これしか術は無い。というより…」
縋る様なクァルクの言葉を一蹴すると、ヴィショップは横目で彼女の姿を視界に捉えた。
「何をそんなに必死になってるんだ? こいつは元々チームでも何でもない。普通にレースが続いてれば、その過程で撃ち殺していたかもしれない女だ。そんな女の命を、何故助けようとしている?」
一瞬、クァルクの表情から感情が消えた。怒りも哀しみも驚きもない、真っ白な表情が彼女の顔を満たす。そして次の瞬間、まるで火山の爆発の様に、彼女の内側から吹き上げてきた激情が表情を一色に染め上げた。
「んなもん、当たり前だろうが! あー、そーさこの女は少し前まで殺し合うかもしれないよーな中で、一緒の砂船に乗ったのだって単なる偶然だったさ! でもな! でもだ! 少しの間、たった数十分の間とはいえ、一緒の砂船に乗って一緒に戦ったんだぞ! ほんのちょっぴりの間だったとしても、一緒の砂船で共に戦った奴を、いきなり化け物の餌にしますなんて言われて、はいそうですかと頷ける訳ねーだろうが! それで例え生き残れたとして、あー良かったって、ヘラヘラ笑いながら先に進める訳ねーだろうが! そんな胸糞悪い真似が出来るのは、頭のイカれたクソッタレのカス野郎ぐらいだ! 別にアタシは自分が聖人君子様だと思ってる訳じゃねー。でもな、そもそもこいつは善いとか悪いとかそれ以前の問題だ! あんたが言ってるのは、ほんの少しでもまともな頭を持ってる奴なら、ぜってーにやらないような真似だ! そうだろ! 違うか!? アァ!?」
足元に潜む怪物のことなど忘れて、自らの想いの丈をクァルクはヴィショップにぶつけた。ヴィショップはそれを黙って受け止める。彼が口を開いたのは、全てを吐き出し切ったクァルクが肩で息をし始めてからのことだった。
「お前の言う通りだな、クァルク。例え少しの間でも、背中を預けて戦った奴を囮に使おうとする奴は、頭がイカれてる」
「そうだろ、なら……」
「つまりは、そういうことだ」
ヴィショップの発した言葉の意味が分からず、クァルクが言葉に詰まる。そんな彼女に、ヴィショップは無慈悲に言葉を投げかけた。
「お前が目を付けて仲間に引き入れたのは、そういう連中だったってことさ」
ヴィショップが発したその一言は、一瞬にしてクァルクから反論する意思を奪い去った。
そのたった一言で、彼女は思い知らされたのだ。例え幾千の言葉を重ねたとしても、自分では目の前の男の意思を覆すことが出来ないことを。
一言も発することが出来ずに、クァルクはその場に立ちすくむ。ヴィショップは既に彼女から視線を外して、ノルチェの方に向けていた。
無意識の内にクァルクの顔は俯き、まるで目の前の光景から逃げるかの様に視線が地へと向かう。
「顔を上げな、クソガキ」
それを止めたのは、そんな彼女の姿を黙って見ていたノルチェの一言だった。
彼女の発した言葉がクァルクの耳朶を打った瞬間、クァルクの顔が弾かれたように持ち上がって、ノルチェの方を向く。ヴィショップに向き合った体勢のまま、顔をクァルクの方へと向けたノルチェは諭すように語りかけていく。
「別にこいつは、あんたが気に病むようなことじゃないよ。ここから生きて出ようと思ったら、誰かを犠牲にしなきゃならない。んでもって、ここを出た後にクソ野郎の心臓をぶち抜いてやろうと思ったら、あたいが犠牲になるしかない。それだけの話さ。それこそ、善いも悪いもない」
そう語りかけるノルチェの顔には、微笑が浮かんでいた。クァルクには分からなかった。何故このような状況で笑っていられるのかも、何故その笑顔が自分に向けられているのかも。尤も、後者に至ってはこの場に居る全員が分からなかったが。
「あたいはあたいの、あいつ等はあいつ等の、そしてあんたはあんたのやるべきことをやる。それで世は全て事もなしってね」
ノルチェはクァルクにそう告げると、ヴィショップに視線を戻す。手にしていた槍を肩に担ぐと、吠える様にしてヴィショップに声を飛ばした。
「あたいの命をくれてやる代わりに、一つ条件がある! あのクソッタレの化け物の飼い主を、絶対にぶち殺しな! いいかい!」
「安心しろ。言われなくてもそのつもりだ」
その返事を受けたノルチェの顔に、未だに笑みが浮かんでいた。それはこれから死のうとしている人間の者とは思えない程、晴れ晴れとした笑顔だった。
「しくじるんじゃないよ。あの世でウチの馬鹿共と一緒に見張ってるからね」
「安心しろ。すぐにお前の許に送り届けてやるさ」
「おいおい、あたい達は地獄行き確定かい?」
「むしろこの面子の中で、神様に愛されてる奴がいるのか?」
「ハッ! それもそうだね」
取るに足らない軽口のやり取りを交わす中で、ヴィショップは右手の魔弓の照準をノルチェから外す。
ノルチェが踵を返して、ヴィショップ達に背を向ける。彼女は広大な砂漠に向き直ると、大きく息を吐き出した。
「じゃあ、行ってくる」
「あぁ」
そう言い残して、クァルクは歩き始めた。目の前にぽっかりと開いた、死の淵に向かって。
ヴィショップは、遠ざかっていく彼女の背中から目を離さなかった。彼は静かに、自分が死地へと送り込んだ女性の後姿を捉え続けた。
そして莫大な量の砂が宙に浮かび上がり、ノルチェの姿が掻き消えた瞬間、ヴィショップは手にした魔弓の引き金を引いた。
弔砲の如く響き渡った魔弓の発射音は長く尾を引き、やがて息絶えるかの様に風の音に呑まれて消えた。
「おい、こっちで本当に合ってるのか!」
「あぁ、間違いない! 間違いないから、少し黙っててくれ!」
砂漠を突き進む一隻の砂船の上で、ヤハドは手綱を握るダリに向かって吠える。それに対してダリが怒鳴り返し、砂船を曳いているオルートが煩わしそうに短く鳴いた。
『ミッレ・ミライア』市街地で対峙した巨狼を退けたヤハドが次にとった行動は、街の外れに住んでいるダリとの合流だった。目的は現在ミライアス・ラグーヌに参加しているヴィショップ達との合流である。巨老は街の守備隊に任せることで退けることが出来たものの、彼等が巨狼を殺し得る手段を持っていない以上、まず間違いなく存命している。それを抜きにしても、片桐が新たに不死の怪物を投入してくる可能性は無視出来ない程に高い。このままヤハド一人で片桐を追いまわしたところで埒が開かない。その埒を開ける為に、不死の怪物を殺すことの出来るヴィショップとの合流を目指していた。
カーミラの協力もあって、ダリの家までは殆ど時間をかけずに辿り着くことが出来た。ダリと合流した後は、クァルクが危ないとだけ言えばそれで動いてくれた。そうしてダリの協力を取り付けたヤハドは、リリーヌ達と合流して安全な場所に避難しているようにカーミラに念を押して、ヴィショップ達の許に向けて砂船を走らせ、今に至っていた。
「レースは中止になってると思うか?」
ヴィショップ達の姿を求めて砂漠に視線を巡らせながら、ヤハドは問いかける。
現在どのような状態になっているのか分からないミライアス・ラグーヌのコースを避けて砂船を走らせている為、ヤハドにはレースが中止になったのかそれともまだ続いているのかすら分かってはいなかったのだ。
「さぁね。でも、多分中止にはなってないと思うよ。何たってミライアス・ラグーヌは、これだけで一年間の国家予算の五割を埋める、『ミッレ・ミライア』最大の収入源だ。冗談みたいな額の金だって動いているし、よっぽどのことが無い限り中止になんて出来ないさ」
「金、金、金か。どこの世界も一緒だな」
ダリの返答を聞いたヤハドは吐き捨てる様に呟く。ダリが怪訝そうな表情を浮かべて振り向いたが、それを無視してヴィショップ達の姿を探す作業に戻った。
「しかし、信じられないね。ヴィショップの放つ魔力弾じゃなければ殺せない化け物がいるなんてさ」
「俺だって信じられんさ。だが、実際についさっき殺し合ってきたからな」
『ミッレ・ミライア』の市街地とミライアス・ラグーヌに現れた二頭の怪物に関しては、砂船に乗った後でダリに説明していた。依然として彼は半信半疑といった様子ではあるものの、幸いなことにクァルクの許に向かうのを躊躇っているような様子は見られなかった。
「で? 彼等と合流した後はどうするんだい? 街の方に戻るのかい?」
「恐らくはな。ただ、レースの方にも気になる奴がいる。そいつをどうするかが問題だ」
ヤハドの脳裏を過ぎったのは、予選だ合い見えた金髪のアメリカ人の姿だった。片桐曰く、ハンフリー・ヘイルマンという名のその男が彼の仲間であることは殆ど間違いない。到底看過出来る存在ではないが、片桐を追うならば放置せざるを得ない。おまけに『ミッレ・ミライア』とミライアス・ラグーヌのどちらが彼等の本命なのか、全く分かっていないのも頭を悩ませていた。
「見えて来たよ。時間帯的にも、居るとしたらここから先のどこかだろう」
しかし無情にも、ダリが遺跡群が近づいてきたことをヤハドに告げる。
どちらにしろ自分一人では結論付けることは出来ないと考えて、ヤハドはヴィショップ達の捜索に専念する。だがすぐに、無意識の内にヴィショップの意見を一つの指針として考えている自分に気付いて、思わず苦笑を浮かべた。
(俺が米国人風情の考えに頼るとはな)
そして改めて、ヴィショップ達の姿を求めて視線を巡らす。
しかし彼等を見つけるのは、思っていた程難しいことではなかった。崩壊したいくつもの廃墟やその残骸、そして廃墟群のど真ん中に横たわる巨大な鳥とも蛸ともつかない怪物が、二人をヴィショップ達の許まで導いてくれた。
「残念なことに、無事なようだな」
砂船を止めたヤハドは船体から飛び降りて、廃墟の影に隠れて日差しから逃れているヴィショップ達に声をかける。
声をかけられたヴィショップ達は、立ち上がってヤハドの方へと向かった。しかし彼等の顔は仲間との再会を喜んでいるようには見えない。それどころか重々しい雰囲気が漂っていた。
ヤハドはすぐにその雰囲気を生み出しているのが、ヴィショップとクァルクの二人であることに気付く。怒りとも悲しみともつかない混沌とした感情をクァルクが抱える一方で、ヴィショップは底の見えない冷淡な表情を浮かべて彼女が時折向ける視線を無視している。それが近づきがたい、重々しい雰囲気を生み出していた。
「……何かやったのか? 見たところ、誰かが死んだ訳でもなさそうだが」
「別に。それより、そっちの方はどうなってるんだ? まさか今まで朝からあのガキを犯してたから来れませんでした、って訳じゃないんんだろ?」
地面に唾を吐いてから、ヤハドはヴィショップにミライアス・ラグーヌに参加出来なかった理由、そして今までの出来事を話す。その最中ヤハドは、クァルクがダリの方に向かって歩いていったのを思わず横目で追ってしまったが、ヴィショップにこれ見よがしに目の前で指を鳴らされて視線を戻した。
「……という訳だ。片桐と例の米国人、どちらを追う?」
ヤハドがその質問を投げかけた瞬間、指すようなクァルクの視線がヴィショップに向かった。
ヴィショップは一瞬だけ、視線をクァルクへと向けた。それからすぐに視線をヤハドに戻すと、一切の迷いを含まない声音で答えた。
「ハンフリーを追う」




