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Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
142/146

誰が為に獣は鳴く

『これは一体、どうしたことでしょうか!? あの巨大な魔獣は一体どこから現れたのかァ!』


 住民のすっかりいなくなった広場に木霊する男の声に耳を貸しながら、ヤハドは片桐を睨みつける。

 片桐の魔術と思しきものが伝えたのはミライアス・ラグーヌ本戦の実況の声のみであり、その光景が眼前に映し出されることはなかった。しかし実況者の声から溢れる当惑の感情と狙い澄ました様なタイミングが、ミライアス・ラグーヌ本戦の舞台において、ヴィショップ達が今の自分と同じような状況に陥っていることをヤハドに確信させた。

 確信を得ると同時に、ヤハドの胸中には一つの疑問が浮かぶ。正確にはそれはこの土地を訪れる直前から抱き続けてきたものだった。ただ、いずれ答えは自ずと分かるだろうと考えていた為に思考を過ぎらせることはなかったのだ。

 だがそう言っていられる状況ではなくなりつつあった。ミライアス・ラグーヌ本戦での行動に合わせる様に、むしろミライアス・ラグーヌ本戦がこちらに合わせたかの様に行われた片桐によるヤハドへの襲撃。単にヤハドとヴィショップ達を殺してしまいたいのならば、全員が揃っていない状況で個別に狙う必要性は薄く、今の状況は余りにも不可解だった。


(俺一人をわざわざ分断しなければならないような理由も見当たらないしな)


 片桐を睨みつけたままヤハドは自嘲的に心中で呟く。限りなく不死に近い怪物を屠る力を持ったヴィショップならともかく、わざわざヤハドだけを他の仲間から分断して殺そうとする理由が彼には分からなかった。


「貴様…何が目的だ?」


 魔弓の矛先を突き付ける片桐に向けて、ヤハドは臆せず言い放つ。まともな答えが返ってくるとは期待していないものの、何らかのボロを出す可能性もある。そう考えての行動であった。


「何、直に分かるさ。パーティの始まりはもうすぐそこまで迫ってる。気長に待てよ、ムスリム・メン」


 軽い口調で答えると、片桐は右手に持っている漆黒の魔弓をショルダーホルスターの中へと戻した。

 ヤハドは武器を収める片桐の姿を、特に驚くでもなく眺めていた。何故ならば彼の耳は、風と砂の音に混じってこちらに近づいてくる大量の足音を捉えていたからだ。


「何だ、大層な啖呵を切ったわりには尻尾を巻いて逃げるのか?」

「戦略的撤退ってやつさ。少しばかり遊び過ぎたらしくてな、羽音の煩い蝿共の相手をするのも煩わしいし、あとはこいつに任せようと思ってな」


 片桐がそう言うと、黒い体毛に覆われた巨狼が二人の間に割って入る。つい先程まで巨狼の身体を焼いていた炎は完全に消えており、体毛の毛先からはどす黒く粘ついた液体が滴っていた。大きく避けた口や身体の右側面から浮き出ている巨大な顔の口からは、大量の舌が自我を持つかのように蠢いている。


「…チッ」


 殆どダメージの無い巨狼の姿にヤハドが注意を奪われたのは、ほんの一瞬の出来事だった。しかしその後に視線を片桐の方へと戻した時には、純白の衣服に身を纏った派手な金髪の男の姿はなかった。

 方法はともかくとして逃げられたことを察したヤハドは小さく舌打ちを打つ。そして意識を前方の巨狼へと集中させた。


「もう近いぞ!」

「いいか、相手はかなりのデカブツだという話だ。ぬかるな!」


 片桐の姿が消えてからすぐに、広場から伸びる路地の内の一本から複数の男の声が聞こえてくる。その数の多さからして、その声の主達こそが片桐がこの場を離れる前にヤハドが聞いた足音の主に違いなかった。


「警備隊か何かか。どちらにせよ、大した重役出勤だ」


 路地からぞろぞろと赤と青緑の制服に身を包み、片手で振るうサイズの剣と盾を持った兵士と思しき男達広場になだれ込んでくる。ヤハドは彼等の姿を見て呟くと、右手のナイフをゆっくりと腿の鞘に伸ばし、左手を背負っている弓に向けて動かし始めた。


「なっ!? こ、これは…何と醜悪な…!」


 広場へとなだれ込んだ兵士達は、その殆どが広場の中央に佇む巨狼の姿を見て絶句していた。巨狼の背中側から出てくる恰好となった彼等には、巨狼の口内を見ることは出来ない。それでも身体の右側面から浮き出ている巨大な子供の顔と、その口から伸びている数多の舌、そして背の部分から突き出ている大きな人の腕だけで、彼等がその生物に嫌悪感を抱くには充分過ぎた。

 想像していたよりも遥かに常軌を逸したその姿に、武器を構えるのも忘れて兵士達は凍りつく。巨狼は二、三度鼻をひくつかせたかと思うと、初めて背後の兵士達に気付いた様に首だけを動かしてゆっくりと振り向こうとした。

 だが巨狼が頭を六十度程動かした所で、一本の矢が橙色の巨狼の瞳に突き刺さった。

 一瞬にして視界の半分を潰された巨狼はけたたましい咆哮を上げて、痛みにもがく。未だ衝撃の抜けきらない兵士達は咄嗟に耳を塞ぐと、右足で叩きつけるようにして右目をこすっている巨狼の姿を見上げた。


「素人か、貴様等! これがマルチーズにでも見えるのでなければ、とっとと武器を構えろウスノロ共!」


 その言葉で兵士達の視線が一気にヤハドへと集中する。何人かの兵士が互いに顔を見合わせ、指揮官らしき兵士は怪訝そうな表情を浮かべた。

 だがそれらも、巨狼が周囲に響かせる咆哮と地響きの前では長続きはしなかった。自分達を叱咤する謎の男に眼前の異形の魔獣、それらへの理解は依然として及ばないままではあったものの、今自分達がするべきことと、それを行わなかった場合に待っているであろう未来の光景は充分に理解出来た。


「後衛は弓で援護に回れ! 前衛共、魔獣の触手らしき器官に注意して俺に続け! あの化け物が他に移動しないように封じ込めるぞ!」


 広場に指揮官の兵士の声が木霊し、部下達は手にした盾に剣の柄頭を叩きつけてそれに答える。

 剣を振り上げて指揮官の兵士が魔獣へと駆け出し、背中に槍を背負った部下達がそれに続く。兵士達の上げる雄叫びに惹かれたのか、もがくのを止めて巨狼は鼻先を彼等へと向けた。

 直後に巨狼の身体に後衛の兵士達が一斉に放った矢が降り注ぐ。降り注いだ矢は次々と巨狼の身体へと突き刺さるが、その大半は身体を覆う黒い体毛に阻まれて鏃が深く肉の中に潜ることはなかった。だが、巨狼の意識を前衛の部隊から離すことには成功していた。その隙を突いて、前衛の部隊は統率のとれた動きで巨狼の周囲にを取り囲む。そして指揮官の兵士の号令に続いて、剣を鞘に収め背負っていた槍を構え始めた。


(この程度の規模で国を名乗るだけはあるようだな。案外動きの練度が高い)


 流れるような動きで巨狼を取り囲んだ兵士達の動きを見ていたヤハドは、統制のとれた彼等の動きに感心する。しかしいくら兵士達の練度が高かろうと、ただの魔獣ならばともかくこの巨狼相手では時間稼ぎ以上の結果は期待できなかった。

 ヤハドの双眸が動き、巨狼の右目へと向けられる。先程まで矢が突き刺さって潰れていた筈の右目は、まるで何事もなかったかのように眼窩に収まっていた。持ち前の回復能力が傷を癒し、あろうことか突き刺さっていた矢を盛り上がる肉が押し出してしまっていたのだ。


(あの巨体に手数の多さだ。いつまでも封じ込めることは出来ん…。決め手がなければ…)


 巨狼を倒す決め手、ヤハドの脳裏に浮かんだ存在は一人だけだった。


「おい、貴様が指揮官か?」


 ヤハドは考えをまとめると、巨狼を取り囲んでいる兵士の内の一人の指揮官らしき男に近づいて声をかける。


「だったら何だ! それより貴様は何者…」

「魔法を用いる専用の部隊のようなものはないのか? 教会が扱っているようなものではなく、炎を出せたりするような類の魔法を使う部隊だ」


 指揮官の言葉を遮ってヤハドは質問を投げかける。指揮官は咄嗟に言い返そうとしたが、それを寸での所で押し留めてヤハドの質問に答えた。


「あるにはあるが、国家運営理事会の直属部隊だ。行政区の警備が任務だから、ここのような住民区への派遣は…」

「御託はいいから、そいつらをここに寄越せ。さもなければお前等もここの住人も死ぬぞ」


 再び指揮官の言葉をヤハドは遮る。そして怒りと驚きとで目を白黒させている指揮官が、二の句を発するのを待たずにもう一つ質問を投げかけた。


「それと、あのレースの本戦の方はどうなっている? 向こうにも魔獣が出ただろう」

「……さぁな。ミライアス・ラグーヌに不確定要素は付きものだ。魔獣が出たぐらいで運営が対応するとは思えん」

「なら、そちらにも部隊を派遣するように伝えろ。というより、その国家何たら理事会だのに連絡を入れて、非常事態宣言みたいなものでも発令させろ。いいな」


 一方的に指揮官にそう告げたヤハドは、怒りを通り越して呆気に取られた表情の指揮官に背を向け、カーミラが隠れた建物に向かって走り始めた。


「カーミラ!」

「何かしら!」


 彼女の名を呼ぶとすぐに返事と共に窓から顔が突き出される。ヤハドは建物の中に駆け込みつつ、叫ぶようにして会話を続けた。


「お前、飛ぶことは出来ないが滑空は出来たな!」

「えぇ、それがどうかしたの?」


 階段の上方からカーミラの返事が響く。階段を駆け上がり、二階まで上がってきたところでヤハドはカーミラと再会する。


「俺を抱えたまま滑空は出来るか?」

「多分ね。何する気?」


 ヤハドは立ち止まらずに階段を駆け上がる。その後に続きながら、カーミラは質問の意図を尋ねた。


「急いで向かいたい場所がある。ショートカットにお前の力を借りたい」

「分かったわ。場所は?」

「北東、街の外れに立っている小屋だ。終わったらお前はリリーヌ達を探し出して合流し、安全な場所へと連れて行け。あの廃墟には戻るなよ」


 片桐達の目的に別れたリリーヌ達の安否等、霧に包まれた情報は多く、どれもが一刻も早く把握しなければならないものばかりであった。

 ただ一つだけ、ヤハドには確信の持てることがあった。山程転がる懸念事項が転がっている今の状況下において、唯一確信している事が。


(とにかく、早く米国人どもと合流しなくては…。あの怪物を排除するには、あいつが不可欠だ)


 口に出すどころか、自らがそれを確信している自覚すらないものの、その考えは揺らぐことなくヤハドの脳裏に根を張っていた。

 ミライアス・ラグーヌ本戦に参加しているヴィショップ達四人の生存、ヤハドはそれを確信し、そしてそれを前提に動き出すことを迷わなかった。







「な、何さ…これ…」


 顔を濡らす生温かい液体、砂漠に立つ伝説の龍種を彷彿とさせる大きさの巨大な鳥の魔獣、耳朶を打つ甲高い魔獣の叫び声、そして魔獣の周囲に散らばった砂船の木片とかつて人の形を為していたいくつかの欠片。

 動きを止めた砂船の床に座り込んだノルチェは、五感を刺激するそれらの現実を受け入れることが出来ずに、震える声音でぽつりと呟く。

 決して死なないと考えていた訳ではなかった。命の取り合いの最中に身を置いているのだから、いつかこういった瞬間が来ることは覚悟していた筈であった。それでも彼女の心は現実を受け入れることが出来なかった。幾度となく視線を潜り抜けてきた二人の仲間が、一切の前触れも無く突如として現れた魔獣によって呆気無く命を落とす。その瞬間を瞼に焼き付ける暇すら無く。そんなモノが長年共に戦い抜いてきた仲間との別れであると信じたくなかった。

 だが一方で彼女の身体は仲間の死を受け入れつつあった。五感が感じ取った情報全てが仲間の死を物語っていることを、ノルチェの身体は冷静に理解しようとしていた。


「レース前に自分で言っていた言葉を覚えてるか? それともわざわざ口に出して言ってやらなきゃ思い出せないか?」


 故に、肩に手を置いてヴィショップにそう声をかけられた時、ノルチェはヴィショップの冷淡な言葉に激怒することなく、返事を返すことが出来た。


「貸すだけの価値が無ければ、あんたらに手は貸さない……合ってるだろ?」

「あぁ。今のこの船にお荷物を乗っけてるだけの余裕は無いし。俺はわざわざお荷物を抱え込むようなマゾヒストでもない」

「……分かってるさ。あたいは大丈夫だから、自分達の身の心配しな」


 そのノルチェの言葉で、折れかかっていた彼女の心がギリギリのところで踏み止まったのをヴィショップは察する。彼がノルチェの肩から手を離すと、彼女は砂船の縁に手を置いて身体を起こした。ヴィショップは槍を手にした彼女の姿を一瞥すると、手綱を握って固まっているクァルクの方を向く。


「出せ」

「えっ? あっ…」

「出せって言ったんだよ。死にたくなかったらとっととしろ」


 ヴィショップに声をかけられてようやく正気を取り戻したクァルクは、慌ててヴォルダーの背に鞭を入れる。

 ヴォルダーが咆哮を上げ、砂船を曳いて砂漠を泳ぎだす。紅猫の砂船を曳いていたオルートを足で抑え付け、腹にくちばしを突き立てていた巨大な鳥型の魔獣が、顔を上げて動き出した砂船の方に白濁した瞳を向ける。

 額に苦悶に歪んだ少女の形相が浮かばせた巨鳥は、濃い褐色の翼を広げると周囲の砂を吹き飛ばして羽ばたいた。二度、三度と巨鳥は羽ばたき、その度に巻き上げられた砂が周囲を覆い巨鳥の姿を包み込む。動き出した砂船の上で、ヴィショップ達はその光景を眺めていた。


「おい、どーなってんだよっ!」


 手綱を握っている為に満足に後ろを振り向くことの出来ないクァルクが、震えの残る声でヴィショップ達に問いかける。しかし彼等が彼女の質問に答えるまでもなく、答えは自ずと彼女の許にやってきた。

 耳障りな鳴き声を上げて、巨鳥が自身の翼に巻き上げられた砂によって作られた砂のドームの天井を凄まじい勢いで突き破り、青空の只中に躍り出る。瞬く左右にそびえる王家の谷を越える高さまで舞い上がった巨鳥は、空中で翼を広げて制止する。そして黒目の無い瞳で砂漠を突き進む一隻の砂船の姿を捉えると、翼を羽ばたかせてその後を追い始めた。


「き、来ましたよ、ヴィショップさ…」


 遠近感が狂いそうな大きさの巨鳥が自分達を追い始めたのを見たミヒャエルが、声を上げてヴィショップに縋り付く。その時には既にヴィショップの手に握られた白銀の魔弓は、純白の光を放ちながらその矛先を空中の巨鳥へと向けていた。


「あんた…それは…」


 純白の光を放つ魔弓を見たノルチェが、呆気に取られた声を上げる。だが今は彼女にいちいち説明している暇はなかった。ヴィショップは彼女へと視線を向けすらしないまま、空中の巨鳥に狙いを定めて引き金を引いた。

 純白の魔力弾が射出され、巨鳥へと迫る。その瞬間、巨鳥は腹を自身の右側へと向ける形で身体を傾けると、一際大きく羽ばたいた。


「何ぃ…?」


 巨鳥が羽ばたくと同時に、その巨体が一瞬にして左に数メートル移動した。

 大型戦闘機を超える程の質量を持った生物が、たった一回の羽ばたきで瞬時に数メートル真横に移動する。そんな冗談染みた光景に、思わずヴィショップの口から声が漏れる。そんな彼を尻目に撃ち出された純白の魔力弾は青空に消え、巨鳥は短く一鳴きして砂船との距離を詰めていく。


「前のやつはろくに躱すなんて真似、する素振りすら殆ど見せなかったんだがな」


 以前酒場で戦った怪物のことを思い出しながら、ヴィショップは呟く。以前戦った怪物は、不死身染みた生命力を盾にヴィショップの攻撃を受け止めることはあっても、避けることは殆どせずに襲い掛かってきた。

 それに対して上空を舞う巨鳥はヴィショップの放った純白の魔力弾を明確に躱してみせた。この差異が巨鳥が純白の魔力弾の能力を知っているが故に生まれたのか、それ以外の理由によるものなのかは分からないものの、少なくとも純白の魔力弾を速攻で打ち込んでカタを付けるようなことが出来ないのは確かだった。


「おいおい、どうするよジイサン。避けられちまったぜェ」

「みてぇだな。お前、魔法で吹っ飛ばしてやるからあのくそ鳥を…」

「オイ、あんた!」


 絡んできたレズノフにうっとうしそうに言葉を返そうとすると、ヴィショップは不意にノルチェに肩を掴まれた。

 ヴィショップがレズノフに向ける筈だった視線を彼女の方に向ける。しかし今の彼女にはそんなことに一々憤っているだけの余裕はないようで、ヴィショップと視線が合うなり即座に彼を問い詰め始めた。


「あの化け物のこと…あんた、何か知ってんのかい!?」


 肩を掴んで引き寄せながら、ノルチェはヴィショップの顔を睨みつける。返答次第によっては右手に握られた槍を喉目掛けて突き出しかねない彼女の表情を、ヴィショップはつまらないものでも見るような目つきで眺めていた。


「普通の方法じゃ殺せない化け物だってこと、それととある糞野郎のペットの内の一体だってこと。俺が今話せるのはそれだけだ」

「…今話せるのは、ね」


 そう呟くと、ノルチェはヴィショップの肩を掴んでいた手を離した。


「なら、あの化け物を殺した後にたっぷりと聞かせてもらう。それでいいかい?」

「ああ、構わねぇよ」


 そのヴィショップの返答を聞くと、ノルチェは微かに持ち上げていた槍をゆっくりと下ろした。それに合わせて、ヴィショップもノルチェの胸元へと突き付けていた魔弓を下ろす。


「何だよ、殺し合わねぇのかァ?」

「良いことだろ、女の血で手を汚さなくて済むのはよ。んな下らないことより、あの鳥だ。どうにかしてあの鳥の動きを止めないことには、どうにもならねぇ」


 残念がるレズノフにそう告げると、ヴィショップは空中の巨鳥に魔弓を向けて引き金を弾いた。撃ち出された深紅の魔力弾が巨鳥の頭へと向かうが、巨鳥は先程と同じように羽ばたいて魔力弾を躱してしまう。


「完全に反応してるな。ただ普通の魔力弾にも関わらず避けたってことは、弾の種類までは分かってない可能性があるが」

「それか、地べたに叩き落とされるのを嫌ったかのどっちかだなァ」

「連続で撃ってみたらどうですか? 魔弓は二挺あるんですし、躱した先に撃ち込んでやっていうのは?」


 ミヒャエルの提案に対し、ヴィショップは首を横に振った。


「あの機動力だ、二発ぐらいなら躱しちまうだろう。普通の魔力弾の方も、いざとなれば死角に回っちまうだろうしな」


 左右にそびえる崖を見ながらヴィショップはそう返した。自身の提案を却下されたミヒャエルは、手が無いにも関わらず平然としているヴィショップとレズノフを恨めし気に眺めていたが、やがてハッとした表情を浮かべて声を上げた。


「あの鳥、どうしてこっちを攻撃してこないんでしょうか?」

「あの巨体で谷の間に入れば、撃って下さいと言ってるようなもんだろうが。少しは自分のお頭で考えろ」


 溜息を吐いてミヒャエルにそう返したところで、ヴィショップの表情が固まった。


「おい、どうかしたのかい?」


 唐突に固まったヴィショップを、ノルチェが怪訝そうに睨む。しかし当の本人はそれを全く意に介さずに、一言呟いた。


「どうしてこのタイミングで、〝こいつ〟を差し向けたんだ?」

「えっ?」


 その一言で、一人を除いたこの砂船に乗る全ての人間の顔に訝しげな表情が浮かぶ。


「この谷を走っている間は俺達とあの鳥は膠着状態だ。こっちから決定打を与えるのは難しいが、向こうもこっちを攻撃する為に近づけば谷に挟まれて動きが取れずに狙い撃ちされる。それどころか、こっちはこのまま谷に居座って自体が好転するまで待つって手も取れる。もし本気で俺達を殺したいなら、この谷を抜けた先でこいつをけしかけるべきだった」

「単に、相手が馬鹿だっただけじゃ?」


 ミヒャエルの言葉に、ヴィショップは首を横に振る。他の面々の顔は、ますます不可解そうな顔付きへと変わっていった。


「そうさせたかったから。つまり、俺達にこの状況下において最適解と思しき、谷に居座るという選択をとらせたかったから。そう考えてるんだろォ、ジイサン?」


 ヴィショップを除いた四人の中で、唯一訝しげな表情を浮かべることなく彼の話を聞いていたレズノフが、ヴィショップにそう問いかけた。


「恐らくは、な。つまりはあの鳥の化け物をけしかけてきた理由は、俺達の足止めってことになる。そうなると問題になってくるのは、何の為の足止めなのかってことだ」


 レズノフの言葉に頷いて、ヴィショップが話を引き継ぐ。すると今まで黙っていたクァルクが、顔を動かしてヴィショップ達の方を振り向きながら口を開いた。


「目的って、レースに勝つ為じゃねーのかよ?」

「それはないな。もしレースに勝つ為の足止めなら、他の連中も巻き込む方が効果的だ」

「じゃあ、何だってゆーんだよ!?」


 痺れを切らして来たのか、クァルクが声を荒げる。ヴィショップは彼女から視線を逸らすと、背後へと双眸を向けた。

 視線を向けた先にあるのは、今まで自分達が走ってきた谷の風景が広がっている。しかし視線を向けてはいるものの、ヴィショップは見ていなかった。彼が今見ようとしているのは、それよりも遥か後方、この砂漠の只中に佇む享楽の都市の姿だった。


「今ははっきりとは分からねぇ。だが一つだけ分かってることがある」

「何だよ!?」


 ヴィショップは視線をクァルクの方へと戻すと、彼女とそしてこの砂船に乗り合わせている全ての者達に向けて告げた。


「ドツボにはまりたくなけりゃ、走り続けるしかないってことさ。例え行く先に、スターリングラード顔負けの地獄が口を開けて待っていたとしてもな」

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