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Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
137/146

魔と力

 とうとう幕を開けたミライアス・ラグーヌ本戦。その実情が予選とはまるで比べ物にならないことに予選通過者達が気付くのに、一時間とかからなかった。


「クァルク! 左だ、左に躱せ!」


 熱砂にヴィショップの荒々しい叫び声が響き渡る。怒鳴るようなクァルクの返事と共に、彼等の乗る砂船が左方に向かって軌道を曲げる。


「オイオイ、くるぜくるぜェ!」


 長剣を片手に、空いた手で砂船の縁を掴んで振り落とされないようにしているレズノフが、空を見上げて楽しそうな叫び声を上げた。

 彼の相貌が捉えていたのは、燦々と輝く太陽でも雲一つ無い青空でもない。青空の中を扇ぎ、太陽の光を背負ってヴィショップ達の砂船目掛けて降下しようとしている、龍の形をした巨大な砂の塊だった。


「ひいいいいっ!?」

「だーっ、クソッタレ!」


 砂で出来た一匹の巨大な龍は、彼等の砂船のすぐ真横の地面に頭から突っ込んで大量の砂を巻き上げた。その砂を頭から被りながらミヒャエルが情けない悲鳴を上げ、それとは対蹠的にクァルクが頼もしさすら感じさせる悪態を吐いた。


「凄かったなァ、今のよォ! ありゃあ、ジャパニーズ・ドラゴンかァ? それともチャイニーズ・ドラゴン?」

「どっちだろうと知ったこっちゃねぇよ。分かってんのは、あれに呑み込まれたら間違いなく脱落だってことだ。御叮嚀に前例も見せられちまったからな」


 新調したカウボーイハットを外して砂を落としつつ、ヴィショップはレズノフの質問に答える。

 彼の言う前例とは、本戦開始直後に脱落した予選突破組の二チームのことだった。レースが始まってから十分程走ったところで出現した砂の龍は、呆気に取られてろくに反応も出来なかった二チームをあっという間に呑み込んだ。拍子抜けするほど一瞬の出来事であり、砂船の速度もすっかり加速し切っていた為に砂の龍に呑まれたチームの姿をしっかりと確認することは出来なかった。だが、衝撃で回転しながら五メートル近く浮かび上がった砂船の姿を見れば、その危険性は充分に承知出来た。


「流石はサジェルフォスって感じだな。前回のミライアス・ラグーヌを三位で生き抜いただけのことはあるぜ」


 後ろを振り返りって最後尾で一定の感覚を保って走っている、派手な赤塗に龍の頭のような意匠の船首を持つ砂船を見ながら、クァルクが笑みと共に呟く。

 真っ赤な砂船の上には、船体と同じ目によろしくない派手な赤装束を身に纏った四人の男達が乗っていた。彼等に共通しているのは赤装束以外に、全員が部屋に籠って書類に向き合っている方が似合っているような、学者然とした雰囲気を身に纏っていることだった。凡そこのような戦いに出ているのが場違いに思えるような男達だったが、彼等の中の一人が魔法を使って砂漠の砂を操り巨大な龍を生み出したところを目撃した今となっては、その雰囲気通りに彼等を見ることは既にヴィショップ達には出来なかった。


「敵を褒めてる暇があったら、何か打開策を考えて下さいよ! 早くしないと…っえ、ああっ!」


 命を奪いに来ている相手に勝算の言葉をかけるクァルクを非難しようとしたミヒャエルだったが、砂漠の中から再び鎌首をもたげた砂の龍の姿を見ると、即座に口を噤んだ。


「よくもまぁ、あんなデカブツを平然と動かしてられるもんだ。おまけに……」


 まるで本物の龍のように身体をくねらせてながら生命の籠っていない視線を向ける砂の龍に対し、ヴィショップは呆れ混じりで呟くと、後方での真っ赤な砂船に魔弓を向けて引き金を引いた。

 しかし撃ち出された魔力弾は、砂船のに乗る赤装束の男達に届くことはなかった。命中する直前で現れた氷の障壁に阻まれたのだ。


「守りも硬いときてる。厄介な連中だ」


 悪態を吐いて魔弓の射出口を上げると、砂船の縁に捕まり急なカーブに備える。案の定、突っ込んできた砂の龍を躱す為に砂船は急カーブを切り、強烈な遠心力がヴィショップの身体を襲った。


「どうする、ジイサン? 愛しのガールフレンドに助けでも乞うてみるかァ?」

「向こうにそれだけの余裕があれば、な…」


 レズノフの提案に対してそう返すと、ヴィショップは前方へと視線を向けた。彼の視線の先ではノルチェを始めとした紅猫(ガーネット)の三人を乗せた砂船が、一隻の砂船と派手に戦っている真っ最中だった。加えてその相手はヴィショップの記憶が確かならば、後方で砂の龍を操っているサジェルフォスと同じく前回出場の四チームの内の一角だった。


「じゃあ、どうするんです!? このままだとあの砂の怪物に食われて、僕達お陀仏ですよ!」

「そうだな。そろそろ例の谷も見えてくる。あの手の連中を谷みたいな場所で野放しにしておくのは、得策じゃねぇな」


 すがりこうとしてくるミヒャエルの顔面を蹴りつけて引き剥がして、ヴィショップはそう答えた。そして直後、そのヴィショップの言葉通り手綱を握っているクァルクが前方を見て叫んだ。


「そろそろ王家の谷に入るぞ!」


 その声に反応して、ミヒャエルを含めた全員の視線が前方へと向けられた。

 彼等の視界に入ったのは、砂漠にそそり立つ一対の巨大な岩石の壁だった。数十メートルは下らない高さを誇る巨大な岩石の塊、その間にあるそれと比較して余りにもちっぽけな一本の道。ミライアス・ラグーヌ本戦最初の関門、王家の谷が参加者達の眼前に悠然と佇んでいた。


「よし…! クァルク、加速させろ! 連中を引き離せ!」

「リョーカイッ!」


 威勢の良い返事と共にクァルクがヴァルダ―の背に鞭を入れる。ヴァルダ―を鼻先を空に向けて一鳴きすると、砂船を牽引して力強く砂をかき分け始めた。

 ヴィショップは縁に掴まりながら、視線を左斜め前方へと向けた。彼が視線を向けた先には、運良く前回出場のチームに目を付けられずに走っている予選突破組の二つのチームの砂船があった。


「クァルク、あの二隻の砂船に寄せろ」

「多分じゃなく、死にもの狂いで攻撃してくると思うよ?」


 急激な加速を始めたヴィショップ達の砂船に合わせて、慌てて加速を始めた砂の龍を横目で見つつ、クァルクが問いかける。ヴィショップは彼女と同じように後ろに視線をやり、砂の龍を操っている張本人達も自分達から距離を離されないようにスピードを上げていることを確かめると、首を縦に振った。


「あぁ、やれ」

「はいよー、っと…」


 肩を竦め、クァルクは砂船を前方の二隻の方に向かわせる。

 ヴィショップが狙いを定めた二隻の砂船が、目的は何にしろ狙われていることに気付くのに、十秒とかからなかった。二隻の砂船の乗員達はヴィショップ達に気付くや否や、クァルクの言葉通り矢なり魔法なりを次々と撃ち込んで、何とかヴィショップ達とそれを狙う砂の龍を近づけないように奮戦し始める。

 しかし悲しきかな、冷静さを欠いた彼等の攻撃の狙いは甘く、そして単純だった。クァルクはそれらを背後に気を配りつつ、何てことはないように躱して二隻の砂船との距離を詰めていく。そしてヴィショップは魔弓を用いて、攻撃を行っている乗員を次々と撃ち抜いていった。


「でー? 近づいたら、次はどーすんだよ?」

「ちょっと待てよ……よしっ、いいぞ。連中の前に出ろ。…おい、ミヒャエル!」


 引け越しでボウガンを構えていた男を撃ち殺して、二つの砂船から操縦者以外の全ての人間を排除すると、ヴィショップはクァルクに砂船を目の前の二隻より前に出すように指示する。それから、砂船の底に伏せるようにして攻撃から身を隠していたミヒャエルを呼びつけた。


「な、何ですか!?」

「俺が合図したら、魔法でその砂船を後ろの派手な赤い砂船目掛けて吹き飛ばせ」

「は、ハァッ!? 何言ってるんですか?」

「いいからやれ、死にたくはないんだろ?」


 そう言ってそれ以上のミヒャエルの反論を封じると、ヴィショップはクァルクの方に向き直ろうとする。それをレズノフの声が止めた。


「相変わらず、楽しそうなことを考え付くなァ、ジイサン。でよォ、俺にも一口噛ませちゃくれねぇのかい?」

「安心しろ、お前に予選で最後にぶちかましたアレをもう一度やってもらうつもりだ」


 レズノフにそう返事をすると、ヴィショップは砂船の上で腹這いに寝そべった。


「ハッ、成る程なァ。そいつはイイぜ、最高だァ」


 レズノフが歯を剥き出しにして、狂気を孕んだ笑みを浮かべる。

 ヴィショップは、笑みを浮かべながら後方の赤い砂船をじっと見つめるレズノフから視線を外して、魔弓のシリンダーを開いて使用済みの魔弾を排出し、新たに魔弾を装填した。


「前に出たぞ!」


 装填作業を終えた直後、クァルクが振り向かずに叫ぶ。もっとも、彼女の声がなくとも視界に入ってきた、揃って情けない表情を浮かべている二隻の砂船の操縦者のおかげで、彼女がヴィショップの指示を完遂したのは分かっていたが。


「よし、準備しとけよ、ミヒャエル!」

「分かってますよ!」


 ミヒャエルに釘を刺してから、ヴィショップは改めて後方の二隻の砂船の操縦者に顔を向けた。そして彼等に向かって薄ら笑いを浮かべてみせると、魔弓の引き金を弾いた。

 撃ち出された魔力弾は咄嗟に顔を庇った操縦者達ではなく、砂船とそれを曳くオルートを繋ぐ留め具に命中していた。甲高い金属音に気付いて視界を潰していた手を退けるが、既に時遅し。二隻の内の片方はオルートとの繋がりを絶たれて後方に遠ざかりつつあった。

 もう一隻の砂船の操縦者はそれを呆けた顔で見ていた。彼が最終的に正気を取り戻してヴィショップの方に顔を向けたのは、直前に聞いたのと同じ金属音が耳朶を打ち、オルートと砂船とをつなぐ留め具が撃ち抜かれてからのことだった。


「ミヒャエル、奥のからだ!」

「四元魔導、大地が第三十二奏“ウォール・イレクト”!」


 ヴィショップの合図に合わせて、ミヒャエルは過剰気味の魔力を込めて呪文を詠唱する。

 直後、最初に留め具を撃ち抜かれた方の砂船の船首の下方から、勢いよく岩石の壁が飛び出してくる。垂直にではなく角度を持って砂漠から飛び出した岩石の壁は、操縦者と仲間の死体ごと木造の砂船を軽々と吹き飛ばした。後方からヴィショップ達の乗る砂船を追う、サジェルフォスの砂船へと明確に狙いを付けて。

 そこで初めて、サジェルフォスの面々に動揺が走ったのを、ヴィショップは見逃さなかった。

 手綱を握っていない三人の内の一人が、右手を勢いよく横に振る。するとヴィショップ達を追っていた砂の龍が起動を変えて、サジェルフォスと彼等目掛けて飛んできた砂船の間に割って入った。咢を開いた砂の龍と砂船が正面から衝突し、派手な音と共に砂船が砕け散った。しかし流石に砂の龍の方も、砂船一隻分の質量が相応の速度で突っ込んできたのを真っ向から受け止めて無事ではいられなかったらしく、周囲に砂をばら撒いて砕け散った。

 そこに更に、もう一隻の砂船が砂塵のカーテンを突き破って迫る。それに反応したのは砂の龍を操っていたのとは別の男で、彼が何かを口ごもった直後、直径三メートル程の巨大な火球が現れて飛んできた砂船を迎え撃った。両者がぶつかり合った瞬間、爆音と共に火球が爆発し秘められた威力の全てを解き放った。砂船は耐えきることが出来ずに粉々に粉砕され、衝撃はサジェルフォスの面々をも襲った。彼等は身体を伏してその衝撃に耐えていたが、その中で唯一、先程ヴィショップの魔力弾を氷の障壁で防いだ男だけが注意しなければ聞き取れない程の声量で呪文の詠唱を行っていた。


「四元魔導、流水が第百九十二奏、“ジェイル・シェルタス”」


 呪文の詠唱終了と同時に砂船の船首から、氷の障壁が生える。そして先程の火球が巻き上げた砂塵を突き破って飛んできた六発の魔力弾を、しっかりと受け止めた。


「……甘い」


 ほくそ笑みながら、氷の障壁を創り出した男はぼそりと呟く。

 この時、サジェルフォスの面々は誰一人として気付いてはいなかった。氷の障壁に刻み込まれた六つの弾丸が円形を描いていたこと、そして氷の障壁の向こう側に薄らと一人の男の影が見えていたことを。


「ラァッ!」


 彼等がヴィショップ達の本当の意図に気付いたのは、長剣を手にしたレズノフが氷の障壁を突き破ってサジェルフォスの砂船に降り立ってからのことだった。


「な、何ッ!?」


 手綱を握っていた男が、突如として眼前に舞い降りた巨漢に思わず目を剥く。器用にも船首の僅かなスペースに着地してみせたレズノフは、手綱を握る男に笑いかけると右手一本で長剣を振り下ろして、彼の首を刎ね飛ばした。

 刎ね飛ばされた男の首が宙に血の軌跡を描きながら、砂船の外へと飛んでいって姿を消す。しかし流石は一度ミライアス・ラグーヌ本戦を生き残っただけのことがあるのか、首を切り飛ばされた男の身体がバランスを崩して倒れ始めた頃には、三人が三人共呪文の詠唱を始めていた。


「四元魔導…!」


 砂の龍を操っていた男の詠唱が、首に突き立てられた長剣の刃によって防がれる。レズノフが荒々しく長剣を引き抜くと、砂の龍を操っていた男は喉から鮮血を噴水の如く噴出させながら白目を剥いて息絶えた。


「烈火が第……!」


 巨大な火球を放っていた男がレズノフに右手を翳す。だが次の瞬間にはレズノフの左手に握られた手斧が、男の右手を手首の辺りで切断していた。

 男の顔に驚愕が浮かぶ。それが彼の死に顔となった。レズノフは、砂船の底へと向かって落ちていく自分の右手を目で追っている男の側頭部目掛けて長剣を振り抜いた。男の顔の鼻から上が一刀の下に切り飛ばされて、砂漠の中に消える。男は残った口を呆けたように開いたまま後ろに倒れ、そのまま砂船から落ちて先に砂漠に消えた自身の顔の上半分の後を追っていった。


「ラストォ!」


 最後に残った障壁を生み出した男に向かって、レズノフは咆哮と共に手斧を投げつける。


「…サーダ・ファルスト」


 直後、甲高い金属音が上がり、レズノフの投擲した手斧が回転しながら真上へと跳ね上がる。手斧はそのまま後方へと流されていき、両手に氷で出来た剣を手にした男の背へと消えた。


「ヒャハハッ、いいねェ、そう易々とは殺されねェってかァ?」


 楽しげに呟くレズノフと二振りの氷の剣を構えた男の視線が、一瞬交錯する。

 刹那、二人は同時に一歩前方へと踏み出し、互いの剣を振るった。

 男の右手に握られた氷の剣の切っ先が、レズノフの心臓目掛けて突き出され、身体を捩って冷たい切っ先を交わしたレズノフの長剣が、男の頭へと振り下ろされる。男は氷の剣を用いて長剣を受け流し、右手の剣をレズノフの腹を狙って真一文字に振り抜いた。

 一歩後方へと動いてレズノフが斬撃を避ける。それを追って男が一歩前に踏み込み、左手の氷の剣を斜めに振り上げるが、レズノフは左の手甲でそれを受け止める。だが、男の顔に動揺の色は浮かばない。男は顔を俯かせたまま、右手の氷の剣をレズノフの喉元目掛けて突き出した。

 レズノフは突き出された氷の剣の切っ先を、長剣の腹で受け止めた。そしてその瞬間、彼は男の顔に浮かんだ狩人の笑みを、確かに目にした。


「“ジェイル・ニドルス”」


 呪文の最後の一節が詠唱された瞬間、レズノフの背後に四本の氷の槍が現れた。

 俯いていた男が顔を上げ、レズノフは男の青色の瞳の中に、地震の背後に浮かぶ氷の槍の姿を見る。背後に音も無く佇む死を目の当たりにしたレズノフは、口元を歪めて言葉を発した。


「ハッ、やるじゃねぇかァ」


 笑みと共に出てきたのは、嘘偽りの無い勝算の言葉だった。

 自分が殺そうとしている相手の口から出てきた予想だにしない言葉に、男の動きが一瞬止まる。だが、それは本当に一瞬の出来事だった。次の瞬間には男は僅かの間意識の彼方にあった殺意を引き戻し、レズノフの背後に浮かべた槍を射出させようとした。

 だが、男はおろかレズノフですらも気付くことは出来なかった。そのほんの僅かな時間が片方にとっては命取りになり、もう片方にとっては生き長らえるチャンスだったことを。

 男が氷の槍を射出させようとした瞬間、轟音がレズノフと男の二人の耳朶を打った。轟音が聞こえたのは一度だけだった。にも関わらず、レズノフの背後に浮かんでいた四本の槍全てが砕け散った。

 発射音が重なって一発にしか聞こえない程の早撃ち。それを熟せる人間など、この場においては一人しか存在しなかった。


「何呆けてやがる、同士フニャーチン! てめぇの唯一の取り柄ぐらい、きっちり熟しやがれ!」


 レズノフの背後から飛んできた、ヴィショップの怒声。レズノフは小さく鼻を鳴らすと、自分の心臓に指をかけていた男に向けて呟いた。


「悪いなァ、どうもまだ死ねねェらしい」


 その言葉と同時に、レズノフは右手に持っていた長剣を手放した。

 長剣が消えた直後、レズノフの右手が掻き消える。男は氷の剣を振るうことも忘れて、反射的にその動きを追ってしまった。余りにも速く鋭い、その動きを。


「かはっ…!」


 男がレズノフの右手の姿をはっきりと捉えることが出来たのは、胸に差していた愛用の大型ナイフを引き抜きその刃を男の喉に突き立ててからのことだった。

 声にならない空気の漏れるような音と共に、男の口から赤黒い血が漏れる。レズノフは男の青い目をじっと見つめてから、喉に突き立てたナイフを引き抜いた。

 男は一歩後ずさった後に、仰向けに砂船の床に倒れた。レズノフは男の返り血で真っ赤に染まった顔のまま、主が全ていなくなったオルートが動きを止めつつあることにも気づかずに、仰向けに倒れた男の死体を眺めていた。


「おい、ボサっとしてんなよ。お前がもたついてる間に他の連中が先に行っちまってるぞ。一位なんぞ興味はないが、あの金髪が他の奴に殺されるのは困る」


 結局、ヴィショップから声をかけられるまでレズノフは男の死体を眺めていた。顔を上げたレズノフは、併走するヴィショップに視線を向けると不満気に呟いた。


「死に損なっちまったじゃねぇかァ」

「んだよ、死にたかったのか? なら後で殺してやるよ、迷惑かけた分だけは俺の役に立ってもらった後でな」

「死ぬかもしれないからこそ、楽しいんだろうがァ。まァ、ジイサンとなら結構楽しめそうだし俺は構わねぇけどなァ」


 並走する砂船に飛び乗って、レズノフはニィと笑みを浮かべる。それを見たヴィショップは露骨に嫌そうな表情を浮かべると、手綱を握るクァルクに声をかけた。


「おい、飛ばせクァルク。ゴール直前でこのウォー・ジャンキーがくたばるくらいにな」

「安心しろよ、レズノフのオッサンだけじゃなくてあんた等全員、ゴールした時には足腰立たなくなるぐれーにブッ飛ばしてやるからさ。オレは誰かさんと違って、一位には興味津々なもんでね」


 手綱を振いながら振り返ったクァルクの顔には、レズノフのと良く似た笑みが浮かんでいた。


「チッ、どいつこもいつも…」

「それに、そっちの方があんた等にも都合がいーだろーよ」

「…何だと?」


 面倒臭そうに舌打ちを打ったレズノフだったが、後に続いたクァルクの言葉を聞くと、一瞬の沈黙の後に聞き返した。

 クァルクは少しだけ視線を上げ、鼻をひくひくと動かしながらヴィショップの質問に答えた。


「少しずつだけど、谷に近づくに連れて臭ってきてんだよ。獣の臭い、それも結構な数の奴がな」


 そのクァルクの言葉を、三人は黙って聞いていた。

 開かれた地獄の門を彷彿とさせる王家の谷は、ヴィショップ達の行く手でぽっかりと口を開けて待っていた。彼等の視線の先では、砂漠の死線を越えた強者たちが次々とその中に飛び込んでいっていた。前回優勝チームのフランケンを始めとした前回参加チーム、そして紅猫などを始めとした最早半分以下のヴィショップ達を入れても四チームしか残っていない予選突破チーム。それらが皆一直線に、谷に向かって突き進んでいた。

 そしてヴァルダーが雄叫びを上げると、ヴィショップ達もその一員となるべく加速し始める。生と死、英雄と愚者の狭間で踊る者達の列に並ぶために。

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