表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
136/146

Adverse Reality

「はああああッ!」


 気合の籠った掛け声と共に、一振りのナイフの切っ先が空を割いて突き出される。速度もさることながら、小柄な体格を利用した嫌らしさを兼ね備えたその一撃は、ヤハドの思考から早々に剣で受け止めるという選択肢を除外させた。


「っと!」


 突き出されたナイフを避け、ナイフの持ち主の側面に回るようにヤハドは動く。だが彼の相手である少女の紅の瞳は、その動きを見逃さない。

 刺突の勢いを利用して、更に一歩踏み込みつつ身体を翻らせ、もう片方の手に持っているナイフを振り回す。ヤハドが後方に跳んでそれを躱すと、右脚を勢いよく振り上げて地面に積もる砂を巻き上げた。

 ヤハドの視界が砂で覆われ、同時に少女から見たヤハドの姿も砂の中に消える。だが少女にとってそれは些細な問題に過ぎない。何故なら彼女には紅の双眸以上に研ぎ澄まされた感覚が存在するのだから。

 彼女の頭部から生えた、ツンと尖がった一対の耳。それが目で見るよりも詳細に、砂の中のヤハドの居場所を教えてくれた。場所さえ判ってしまえば、迷うことは無かった。ただ数日間の短くも濃厚な教えを、全て解き放つのみ。

 少女は砂の中のヤハド目掛けて左手のナイフを投擲する。ナイフは一筋の銀閃の尾を引いて飛んでいき、立ち込める砂塵の中に姿を消した。しかし、それだけで仕留められると思うだけの甘さは、既に少女の中から消え去っていた。


(死は自分の手で確かめろ。さもなくば、死に足を掬われる)


 教えの言葉を脳裏に浮かべながら、少女はナイフの投擲と同時に走り出す。案の定、次の瞬間には彼女の大きな耳が、ヤハドが投擲したナイフを曲刀で叩き落としたのを教えてくれた。

 それこそが、少女の待ち侘びていた瞬間だった。走りながら巻き上げた砂が霧散しない内に、残ったもう一本のナイフをヤハドに向けて投げつける。そしてナイフが手から離れると、両手を広げ彼女の腕から生える羽の無い翼を広げ、それを羽ばたかせつつ地面を蹴りつけて飛び上がった。

 一呼吸の合間に、少女の身体はヤハドの頭よりも上へと舞い上がる。先程まで見上げるだけだったヤハドを、今度は逆に見下ろしながら少女はタイミングを見極めようとする。

 殆ど晴れた砂塵の中でヤハドがナイフを弾く為に曲刀を振り切る。少女はそれを好機と捉えると、右脚を折り畳み膝をヤハドの頭目掛けて突き出しながら落下していく。


(勝った…!)


 少女が心の片隅で勝利を確信する。だがその小さな確信は、直後にヤハドと視線が合ったことで完全に打ち砕かれた。


「なっ…」


 頭上という死角からの不意打ちに加え、二度のナイフの投擲による自分へと向けられた注意の疎外。それらを意図も容易く乗り越えて、少女の姿を補足するヤハドに恐怖染みたものが込み上げてくる。

 だが、そんな感傷にうつつを抜かしている暇は無かった。少女の身体は重力に任せるがままに落下していく、既に彼女の姿を捉えたヤハドは横に動いて攻撃を避ける体勢を取っているのだから。

 少女の膝は宙を掻き、直後に衝撃と共に地面に着地する。しかし、呑気にヤハドの姿を探して振り向くなどということは出来ない。彼女の耳は既に、着地の瞬間を狙って曲刀を振り被るヤハドの姿を捉えていたのだから。

 少女は着地と同時に地面を蹴って前方へと転がる。視界が一瞬反転する中、空を切り裂くヤハドの曲刀の姿が視界に移り、自分の判断が間違っていなかったことを悟った。

 前方へと転がってヤハドの斬撃を避けると、少女は彼の方を振り返りながら立ち上がる。振り向いた時には既にヤハドは目の前まで迫っており、鞘に収まった曲刀を少女の側頭部目掛けて勢いよく振り抜こうとしていた。少女は咄嗟に上半身を後方に逸らして、真一文字の斬撃を躱す。そして両手を身体の前で交差させると、直後に襲い掛かったヤハドのショルダータックルによる追撃を受け止めようとした。


「くっ…!」


 防御こそ間に合ったものの、元々の体格の差を埋めるには至らなかった。ヤハドのタックルを受けた少女は、二歩三歩と後ろに後退した後、堪えきれずに転倒する。そして一度地面の上を転がってうつ伏せに倒れ込んだ。


「まだ…!」


 新雪の様な肌を砂で汚しながら、少女は両手を地面に突いて立ち上がろうとする。しかしヤハドの手にした曲刀が少女の後頭部に突き付けられ、立ち上がろうとする彼女の身体を抑え込んだ。

 それが決着の合図だった。少女は地面に突いていた手を上げ、浮かび上がっていた身体を地面に横たえると、囁くような声で「参ったわ」と発した。

 その声を受けて、ヤハドは後頭部に突き付けていた曲刀を退ける。代わりに空いている左手をを少女に差し出した。


「もしかしたら最後のチャンスだったっていうのに……結局勝てないままだったわね」


 少女…カーミラは残念そうに漏らすと、差し出されたヤハドの手を受け取った。


「縁起でもないことを言うな。それに、俺がお前に教え始めたのはここ数日間のことだ。そう簡単に追い越されて堪るか」


 ヤハドはカーミラを引き起こしてやると、腰から吊るしていた水筒を彼女に差し出した。

 差し出された水筒をカーミラは受け取る。栓を抜き、口を唇に押し当てて傾けると、冷水の心地よい冷たさが口内に広がっていった。カーミラは少しの間その感覚を堪能してから、口を離して栓と一緒にヤハドに水筒を返す。ヤハドは水筒を受け取ると、乾いた喉を潤すべく口元へと運んだ。


「でも、一回もあなたにまともに一撃を入れることが出来なかったわ」

「…確かにそうだが、最初の時と今では一撃を決められない理由が全く異なる」

「どういうこと?」


 水筒から口を離して答えたヤハドに、カーミラが訊き返す。


「最初は単に、鋭さに欠けた単調な動きだったから捌けた。だが、今は違う。動きのキレは格段に上がっているし、どうすれば相手の裏を突けるかも考えて動けている。それでもお前が俺に一撃入れられないのは、俺の教えに忠実に動きすぎているからだ」


 レズノフはそう告げると、カーミラの頭に手を置いた。


「教えることが全く無い、という訳ではないが及第点だ。後は、教えられたことをなぞるのだけではなく、自分の技術として吸収する作業だな。それが終われば、まぁ、俺に手傷ぐらいは負わせられるようになるかもしれんぞ」


 微笑を浮かべて、レズノフはカーミラの頭を撫でる。カーミラは恥ずかしさ半分、不満半分といった感じの目付きでヤハドを見上げながらも、自分の頭を撫でるごつごつとした手を振り払おうとはしなかった。


「…そろそろ、時間じゃないの?」

「そうだな。そろそろ向かわないと間に合わなくなる」


 呟く発したカーミラの言葉で、ようやくヤハドは彼女の頭から手を退けた。そして、カーミラと彼女の仲間達の住処になっている建物の入り口の所に立てかけて置いた弓と矢筒を取りに歩き出した。


「もう行くのね?」

「ああ」


 入り口の段差に腰かけて、カーミラとヤハドの戦いを眺めていたリリーヌが、腰を浮かせて訊ねる。首を縦に振って答えると彼女は、段差の所に立てかけて置いた弓と矢筒を取ってヤハドに差し出した。


「生きて戻ってきてよね。何だかんだいって、あのお金のお礼だって出来てないんだから」

「何回か飯を御馳走になった。それで充分だ」

「馬鹿言わないで。そんなので釣り合う訳ないでしょ」


 頑なな彼女の態度に、ヤハドの顔に思わず苦笑が浮かんでくる。ヤハドは彼女から矢筒と弓を受け取ると、それを背中に背負った。


「そうか。じゃあ、次に来る時までに何か欲しい物でも考えておこう」

「そう言って、もう戻ってこないなんてのは無しだからね」

「何も思いつかなかったら、戻ってこないかも分からないぞ? どうせ正直に言ったところでお前達は納得しそうにないからな」


 冗談めかしたヤハドの言葉に対し、後ろから「一緒にしないで」という声が飛んでくる。ヤハドは声のした方を振り向くと、腕を組んで立っているカーミラへと近づいていった。そして彼女の真横まで来たところで歩みを止めると、リリーヌには聞こえないように声のトーンを落として語りかける。


「何の為に戦うのかを見失うな。それを見失えば、例えどれだけの勝利を積み重ねても待つのは後悔だけだぞ」

「……分かったわ」


 同じく小さな声で、カーミラは答えた。その答えを聞くとヤハドは満足そうに頷き、「またな」といって彼女の横を通り過ぎようとした。


「…………」


 人生の中には決定的な瞬間というものが存在する。他愛の無い決断が、重みを伴わない行動が、選択を下した人間の人生を大きく変化させてしまう瞬間が。そういった瞬間は、往々にして当人にはそれと気づくことが出来ない。あの時のこの瞬間がそういった性質の瞬間だったと気付くのは、全てが終わってからのことだ。

 その法則は、ヤハドにとっても例外ではなかった。戦場で培われ研ぎ澄まされた感覚が彼に教えた、微かな異変。この地を離れる前に、少女に振りかかる火の粉を払っていく。自らの実力を過信している訳でもないが、それでも大して時間も掛けずに全てを終わらせることが出来るとヤハドは思ってしまった。


「隠れている奴、出てこい。何かは知らないがベタベタと塗りたくっているおかげで、ここまで匂ってきているぞ」


 辺りを囲う建物の一角。その四階部分にある窓に向けて、ヤハドは声を発する。それから一拍遅れて、カーミラがナイフを抜いてヤハドの視線の先を見た。


「オイオイオイオイ、マジかよ。臭いで分かるってヤバいな。しかも塗りたくってるって、アレか? 髪染めてるこれか?」


 若い男の声と共に、窓が開く。そして開いた窓から、白いコートに身を包んだ派手な金髪の男が顔を出して、眼下のヤハド達へと視線を向けた。

 現れた男の姿を見てヤハドの双眸を驚きに見開かれ、身体は硬直する。

 何故ならば、姿を見せた若い男の姿は、数日前にヴィショップから聞かされたとある人物の特徴を全て網羅していたからだ。


「どうやらその様子だと、気付いたみてぇだな」


 男はヤハドを見下ろして、微笑みかける。


「片桐蓮之助だ。取り敢えずは、始めまして、か?」








「……遅い」


 『ミッレ・ミライア』郊外の砂漠の一角に設置された巨大なテントの入り口で、照りつける日差しを受けながら、ヴィショップが苛立たしげに呟く。

 右手が尻ポケットへと伸びて、懐中時計を取り出す。盤面を動く針は、参加者に割り当てられた準備時間があと十分程で終了することを指し示していた。

 ヴィショップが、人の息遣いを遮断する砂漠に不釣り合いに設置されたテントの前で一人で突っ立っているのには、もちろん理由がある。その理由というのが、ミライアス・ラグーヌ本戦開始まで一時間を切っているにも関わらず、ヤハドの姿が一向に見えないからだった。


「ねぇ、ヤハドさん来ましたか? こっちはもう粗方準備終わりましたけど」


 テントから出てきたミヒャエルが、額の汗を拭いつつ問いかける。彼の方を振り向かずにヴィショップが首だけを横に振って返事をすると、ミヒャエルはかなり大きな溜息を吐いた。


「どうしちゃったんですかね、ヤハドさん。レズノフさんに一人で突っ走るタイプの人には、余り思えないんですけど」

「安心しろ。今の面子は俺以外、どいつもこいつも一人で勝手に突っ走っていく猪武者しかいねぇよ」

「冗談言ってる場合じゃないですよ、ヴィショップさん。一人足りないですけど、本当にどうするんですか?」


 呆れ混じりのミヒャエルの質問が、ヴィショップの背中に投げ掛けられる。ヴィショップは溜息を吐いてミヒャエルの方を振り向くと、テントに向かって歩き出した。


「あの金髪は?」

「居ますよ。仲間っぽいフード姿のデカブツも一緒に居ます」


 ミヒャエルの返事を聞きながら、ヴィショップはテントに入る。テントの中には予選を突破してきた十チームと、前回のミライアス・ラグーヌを生き残ったという四チームがそれぞれ本戦に向けて黙々と準備を進めていた。その中には協定を結んだ紅猫(ガーネット)の連中も居れば、予選で演説をかましてくれた骸骨を象った拘束具染みた仮面を填めている『ミッレ・ミライア』の英雄、フランケン・シュボルツのチームもあった。特にフランケンのチームは中々に個性的な面子が揃っていたが、今のヴィショップにとってはそんなことはどうでもよかった。

 彼の視線は、テントの奥で黙々と準備を整える一つのチームにのみ注がれていた。前回合い見えた時と同じように、顔にボディペイントを施した金髪の男と、その取り巻きの外套の人物三人。ヴィショップはじっと金髪の男を睨みつけた後、外套の人物達へと視線を向ける。だが、外套のせいで身体の輪郭がいまいちつかめず、片腕の無い人間が混じっているのかどうかは判別出来なかった。

 ヴィショップの脳裏に、この場に居ないヤハドの姿が思い浮かぶ。彼が連れてきたカーミラという少女に当たらせていた闇医者に関する報告では、結局腕の治療に来た人間は居なかったとのことだった。

 普通なら手当が間に合わずに死んだか、助かったとしても戦力として使えなくなったから処分したと考えるところだろう。もしくは例の仮面の人物によって治療して貰ったか。しかし、とある酒場でのカタギリとの邂逅を経た今のヴィショップには全く別の可能性が色濃く浮かび上がっていた。


(あんなのが三体……奴が連れてた他のガキもそうだとすれば、五体か。考えたくもねぇな)


 酒場で戦った、肉体を経た悪夢とも言うべき怪物との戦いがフラッシュバックする。


(あの弾丸なら、一発で殺せる…かもしれねぇ。だが、一体あれは何発まで撃てるのやら…)


 『ウートポス』で青肌の女を、『ミッレ・ミライア』で子供が変容した怪物を一撃で屠った純白の魔力弾。二回目の使用以降も撃てないかと試してみたものの、再びあの白い光を魔弓が発することはなかった。ただ、微かながらそれ以前には感じることの出来なかった変化も存在した。それは、倒すべき異形が眼前に居るなら撃つことが出来ると言う、根拠の無い確信だった。ヴィショップ自身、どうしてそう思うのか全く分からないものの、その核心は終ぞ頭から離れることはなかった。


「どうですかね、やっぱりヤハドさんが来ないのって、あの人が…」


 物思いに耽るヴィショップの意識を、いつの間にか真横に立っているミヒャエルが引き戻す。


「見たところ面子は全員揃ってそうだがな。可能性としてはむしろ、もう一人の方か」

「カタギリ、って人ですか。何か聞いている限りだと、ヤハドさんと滅茶苦茶相性悪そうですけど」


 心配してというよりは、困った様な口調のミヒャエルに対し、ヴィショップは肯定も否定もしなかった。

 ヴィショップ自身、カタギリと相対した場合ヤハドがどのような反応を示すか分からなかったのだ。子供を殺しの道具に使う彼に対して怒りで奮起するとも考えられたし、逆に子供を相手にする躊躇いから後れを取る可能性も考えられた。


(あのガキも俺と同じで兵役の経験はねぇ。単純に人を殺す技術なら、ヤハドの方に分はあるだろうが…)


 ヤハドの勝算について考えを巡らせつつ、ヴィショップは左腕の袖を捲り上げてブレスレッド型の通信用神道具に視線を落とす。相変わらず変化はなく、神道具は微動だにせずに手首の辺りで沈黙を貫いていた。

 ヴィショップは小さく溜息を吐くと、レズノフとクァルクの待つ自分達の砂船の方に向けて歩き出した。


「どうだった? ヤハドのやろーからは、何か連絡あったのかよ?」


 近づいてくるヴィショップの存在に気付いたクァルクは、撫でていたヴォルダーから手を離して問いかけた。ヴィショップが首を横に振ってみせると、彼女は焦りを滲ませた表情で舌打ちを打つ。


「チッ、どうすんだよ。このままだと、あいつ抜きでレースに出ることになっちまうぞ?」

「というか、もう間違いなくそうなるだろうな。今あいつがどこにいるかは知らないが、この時間じゃまず間に合わないだろう」

「ハッ、気にするこたぁねェ。相席する奴が一人減った分、食える馳走が増えるだけの話だァ」


 自分の荷物が入ったナップザックの様な袋を砂船に投げ込みながら、レズノフが会話に割り込む。


「どの道、今更退くなんて選択肢はねぇんだ。生きて帰りたきゃ、あいつが抜けた穴を埋めて勝つしかねぇ」


 予想外の事態に不安に蝕まれ始めたクァルクを見下ろして、ヴィショップはそう告げた。そして柱に立てかけて置いたレズノフのと同じ意匠の袋を拾い上げると、砂船の中に投げ込む。


「そろそろ時間だ。地獄の五番街をひとっ走り突っ切ってくるとしようぜ」

「……あぁ。遅刻やろーに、この場に居なかったことを後悔させてやるぜ」


 クァルクの背中を軽く小突いて、ヴィショップは砂船に乗り込む。背中を小突かれたクァルクは、一瞬鳩が豆鉄砲でも喰らった様な表情を浮かべて後、笑みを浮かべてヴィショップの後を追い、砂船に乗り込んだ。

 その直後に、テントの奥の入り口が運営の人間によって開かれる。それで時が来たことを悟った参加者達は、入り口に近い者から順に砂船を外に向かって動かしていく。クァルクもその流れに従って、砂船を動かし始めた。


『さぁ、本年度のミライアス・ラグーヌ本戦出場者達の入場です! 前回出場四チームと予選突破十チームの、合計十四チーム! 皆様、勇者の凱旋を拍手をもってお出迎え下さい!』


 予選の開始前にも聞こえたテンションの高い実況の声がヴィショップの耳朶を打ち始めたのは、『ミッレ・ミライア』近郊の砂漠を、打ち立てられた看板に従って数分程進んだ辺りのことだった。

 実況の声の直後に、鼓膜が割れんばかりの歓声がヴィショップ等参加者達の上にのしかかる。その余りの熱狂に顔をしかめつつヴィショップは周囲を見渡すが、予選の時にあったような観客席の姿はどこにもなかった。


「上だよ、上」


 声の出所を探して周囲を見渡していると、数日前に聞き覚えのある声がヴィショップに向かって投げかけられる。聞き覚えのある声の方に反応して後ろを振り向くと、槍を抱いたノルチェと視線が合った。

 何か言おうかとも思ったが、先に彼女の言う通りに視線を真上へと向けた。すると参加者達の頭上で、大きな翼を広げて空を泳ぐ少なくとも鷲より二回りは大きい鳥らしき生物と、その脚に括りつけられた水晶の様なものが見えた。


「神道具か」

「そういうこった。あれで街の連中にこっちの姿を送ったり、逆に向こうの連中の声を送ったりしてんだよ。次に戻ってくるのは数時間後だっていうのに、こんな所に観客席作って座らせとく訳にもいかないからね。で、一人足りないようだけど?」


 まるで話のついでの様に、ノルチェはこの場に居ないヤハドに話題を振る。ヴィショップは視線を彼女に戻して答えようとしたが、レズノフが先手を打った。


「それが、来てねぇんだよアイツ。ったく、どこで子猫ちゃんと遊んでやがるんだ、って話だぜェ」

「フフッ、ならあんた等は女に愛想尽かされた寂しい独り身集団ってことかい? おっと悪いねぇ、お嬢ちゃんも居たんだった」


 ノルチェは手綱を握るクァルクに顔を向けて微笑みかける。クァルクは横目で彼女の姿を見ると、ノルチェに向かって舌を突き出してみせた。

 ノルチェはそんなクァルクの反応を苦笑を浮かべて眺める。かと思えば、不意に表情から暖かみが消えて、刺す様なものに変化した視線がヴィショップへと向けられる。


「言っておくけど、それはあんた等の問題だからね。貸すだけの価値が無いと思えば、あんた等に手は貸さないよ」

「安心しろ、すぐに手やら何やら貸したくて堪らなくなるからよォ」

「…だ、そうだ。まぁ、好きにすればいいさ。あんたは一番自分の利になると思った行動をしてりゃあいい」


 一瞬呆れを孕んだ眼差しをレズノフに向けてから、ヴィショップはノルチェにそう告げた。ノルチェはヴィショップを少しの間睨みつけると、口角を吊り上げて不敵な笑みを浮かべた。

 そこで、不意に砂船が動きを止めた。一瞬遅れて、ヴィショップ達は自分等が鼓膜を割かんばかりの歓声の中心に立っていることに気付く。


「言われなくても、そうさせてもらうつもりだったさ。さて、互いに精々最後まで生き残るとしようじゃないか?」

「そうだな。互いに人生最後の瞬間が、こんなクソッタレなレースにならないことを祈るとしようぜ」


 いつの間にか選手の紹介を終えていた実況が、高らかにスタートまでのカウントダウンを宣言する。それに倣って観客席からも、一斉に数字を叫ぶ声が上がった。


「そうかい? 死ぬには中々良い日だと思うけどね」


 薄笑いを浮かべて、ノルチェがそう返した瞬間。カウントはゼロを刻み、砂漠に鳴り響くオルートの叫び声が、ミライアス・ラグーヌ本戦の開始を告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ