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Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
135/146

Prepare Oneself for Death Race

 ミライアス・ラグーヌ予選が終了してから、四日が過ぎた昼下がり。『ミッレ・ミライア』の一般市民街に居を構える収容人数百人を超える大衆向けの大型食堂の一角のテーブルに、ヴィショップとレズノフの姿があった。


「…もう三十分は過ぎてるな。お前、本当にあのアマ口説き落としたのか?」


 不揃いに切り分けられたステーキが盛られた皿を前に、ヴィショップは新調したカウボーイハットを両手で弄びつつ、食堂の壁に掛けられた時計を見て批判的な眼差しを目の前に座るレズノフに向ける。


「そのつもりだったんだがなァ。もしかすると、振られちまったかァ?」


 それに対しレズノフは、周囲の喧騒に負けないぐらいの声で悪びれもなく返事をした。ヴィショップは小さく溜息を吐くと、フォークをステーキに突き刺して口に運ぶ。そしてステーキに過剰気味にかけられて肉本来の味が分からい辛いステーキを咀嚼しつつ、ソースで濡れたフォークをレズノフに突き付けた。


「何他人事みたいに言ってやがる。あの連中が来ないなら、ここで阿呆面晒して飯食ってるこの時間は、まとめて無駄になっちまうんだぞ?」

「まだ一時間も経ってねぇだろォ? そうカリカリすんなよォ」

「暑さで脳味噌が蕩けちまってる連中の為の、半ば自殺同然のレースが三日後に迫ってるんじゃなきゃ、数十分程度を溝に捨てるぐらい気にしねぇさ。だが今は不幸なことに、そのクソッタレ・レースがすぐそこまで迫ってる、言ってること分かるか?」


 苛立ちを滲ませた声音でヴィショップはそう告げると、フォークをレズノフが手を伸ばしつつあったグラスの中に投げ入れた。

 ミライアス・ラグーヌの運営側から正式なアナウンスがあったのは、二日前のことだった。五日後、つまりは現在から三日後のY0800。それがミライアス・ラグーヌ本戦の開始日時だった。

 そのことを知ったヴィショップ達は最後の準備を整えるべく、つまりはやり残したことを失くすべく動き出していた。ミヒャエルは右腕と左脚の怪我を完治させる為に動き、ヤハドは“約束”を果たすとだけ言い残してダリの家を出て行った。そしてヴィショップとレズノフは本戦に向け、ある人物に会う為にこの大衆食堂を訪れていたのだった。

 にも関わらず、問題の人物は一向に現れる気配が無い。それ故ヴィショップが苛立ちを覚え、その矛先が問題の人物との約束を取り付ける役割を担っていたレズノフに向かうのは、当然の事と言えた。


「そう言うなってェ。ジイサンだって、後一歩で連れ込めるって所で逃げられたことぐらい、何度かあるだろォ?」

「生憎俺は惚れた女に尽くすタイプなんでね、盛りの付いた犬みたいに目に入る女のケツを片っ端から追っかけるような真似はしなかったよ。それよりお前、何か神道具か何かで連絡取れないのか?」


 フォークの浮かぶグラスを脇に退け、新しく酒を注文するレズノフが手首に当たりに付けている、通信用のブレスレッド型神道具を顎で指してヴィショップは問いかける。レズノフは視線を手首の神道具に向けると、首を横に振った。


「無理だなァ。その手のを持ってるって話は聞かされてすらいねェ」

「このデカい街で活動するとして、その手のを持ち歩かないっていうのも無いだろうしな…。何だよお前、全然ガード崩せてねぇじゃねぇか」


 思わず呆れ混じりの声を漏らすヴィショップ。それに対しレズノフは、さして重く受け止めた様子も無く「みてぇだなァ」とだけ返した。


「チッ、マジで時間の無駄になりそうだな。オイ、帰るぞ」

「待てよォ、今酒頼んだばっかだろォ?」

「そんなに飲みたきゃダリの家に付いてからたっぷりと飲ませてやる、ケツからな」


 席を立とうとしないレズノフを一蹴すると、伝票刺しから伝票を取ってヴィショップは席を離れようとして立ち上がって、入り口に向かって歩き始める。

 その時、不意に入り口の所に燃える様な赤毛を生やした女とその少し後ろに立つ茶髪の男の姿が目に入る。よくよく見てみると、二人の男女の髪をかき分けて一対の猫のような耳が頭から生えているのが見て取ることが出来た。


「おっ、来たじゃねぇかァ。まだまだ俺のウデも錆びてねぇってこったなァ」


 背中に薄ら寒いものを感じつつも、目的の人物の姿を確認したヴィショップは、振り返って席に座ろうとする。だがその前に背後から、気分の良さそうなレズノフの声が飛んできた。


「……一つだけ訊いとくぜ。お前、今の状況が分かってるか?」

「ん、まぁなァ」


 苛立ちに任せて握りしめた拳を振り回したくなる欲求を抑えて、ヴィショップは顔だけを向けてレズノフに訊ねる。レズノフが軽く手を振りながら気の抜けた返事を返すと、息を吐き出すのに合わせて拳に込めた力を抜き、椅子に再び腰を降ろした。


「いやぁ、せっかくのお誘いなのに遅れちまってすまないねぇ! こっちも色々立て込んでてさぁ! ほら、なんたって晴れ舞台が遂に三日後にまで迫ってる訳だしねぇ!」


 二人の目的の人物である猫耳を生やした赤毛の女、ノルチェは人混みをかき分けてヴィショップ達の席の前までやってくると、明らかに遅れたことに責任を感じていないであろう明るい声音で話し掛ける。


「みたいだな。何たって、いつもの三人組が一人欠けてるぐらいだ。確かボウガン持ってて神導魔法使う奴だったか? とにかく、よっぽど忙しいみてぇだな。察するよ」


 だがヴィショップは彼女の態度に対して特に追求はしなかった。ただ、この場に来ていないもう一人のノルチェの仲間について触れると、笑みを浮かべて二人に椅子を勧めた。


「それはお互い様だろ? あんたんとこだって、二人ほど欠席じゃないか」


 ノルチェは笑みを浮かべたまま、勧められるがままに椅子に腰かける。ヴィショップは一瞬だけ視線を、ノルチェの背後に立つ仲間の男、クスルの方に向ける。彼の顔にも同様の差し障りの無い笑みが浮かんでいるのを確認すると、ヴィショップは空のグラスを差し出しつつ返事をした。


「まぁ、色々とやり残したことはないようにしとこうと思ってな」

「へぇ? こいつは意外だね。予選の最後であんな走りを見せてくれた男から、そんな言葉が出てくるなんて。…ちょっと、そこのお兄さん!」


 ヴィショップの返答に対し、楽しげな笑みを浮かべてノルチェは答える。しかし彼が差し出したグラスを受け取ることはなく、食堂を忙しなく歩き回る給仕の男を一人捕まえるて自分と仲間の分の酒を注文し始めた。

 ヴィショップは肩を竦めると、グラスを手元に戻す。そして酒瓶の中身をグラスに注ぎ、一口に飲み干して見せた。


「そこの馬鹿がどんな伝え方したか知らねぇけど、こっちにはやり合う意思はねぇぜ?」

「…悪いねぇ。まっ、今までの経験からくる癖みたいなもんさ。許しておくれよ」


 見せつけるようにグラスを置いたヴィショップに視線を絡ませて、ノルチェは形だけの謝罪を述べる。ただし、それでもヴィショップが置いたグラスや酒瓶に手を伸ばすことはなかった。


「何だァ? 少し見ない間に、気高い白ユリ様にでも変わっちまったかァ? 悲しいねェ、あれだけ熱い一夜を過ごした仲だってのによォ」

「は? え、ちょ、マジすか、姐さん!?」


 ぴったりとノルチェ達の顔に張り付いた笑顔の仮面を剥がしたのは、大仰な口調で発せられたレズノフの軽口だった。

 彼の品の無い冗談を真に受けたクスルが、本気で驚いた表情をノルチェに向ける。ノルチェは今までの努力が灰燼に帰したことを悟って深い溜息を吐くと、ぐいぐいと近づいてくるクスルの鼻っ柱に拳を叩き付けた。


「痛い!」

「あのねぇ、どうせボロ出すにしたって、もっと恰好の付く出し方ってもんがあんだろう? こんなしょうもない冗談を真に受けてるんじゃないよ、まったく…」


 悲鳴と共に鼻を抑えるクスルに一通り悪態を吐いてから、ノルチェはヴィショップとレズノフに顔を向けた。そこには先程まであった快活な笑みは無く、警戒と敵意をむき出しにした表情が浮かんでいた。


「で? どういう了見だい? こんな時期に呼びつけたりしてさ。目的は一体何なんだい?」


 出方次第によっては一戦交える覚悟があることを、ヴィショップに向けたノルチェの視線は雄弁に物語っていた。それは彼女の隣に座っているクスルも同様であり、同時にこの光景をどこかで見ている筈のもう一人の仲間も同じ様な状態にあるのを、ヴィショップは自身に向けられた殺気が強まるので悟っていた。

 はりぼての団欒が剥がれ落ち、一触即発の重々しい空気がテーブルに広がる。しかしそのような変化を受けてヴィショップが抱いた感情は苛立ちなどではなく、安堵だった。


「……あんた等、何がおかしいんだい?」


 感じた感情を隠すことなく、ヴィショップは顔に出す。そんなヴィショップと、彼とは全く違った理由で笑みを浮かべているであろうレズノフを見て、ノルチェは僅かな困惑が混じった声音で二人に問いかけた。


「いや、正直不安だったっていうのもあるからよ。あんた等は確かに予選を抜けてきたが、俺等は実際には実力を見てない。見たもんと言えば、あんた等の酒癖くらいなもんだ」

「何が言いたいんだい? それとも、単に喧嘩売ってるだけかい?」


 苛立ちの籠ったノルチェの言葉に混じって、彼女の槍が立てかけられているテーブルから離れる微かな音が、二人の耳朶を打つ。レズノフはそれで浮かべていた笑みを一層深めると、胸から下げている大型のナイフを、ノルチェたちに見えるように僅かに鞘から抜いた。


「止めろ、レズノフ。こいつ等には殺し合う為に来てもらった訳じゃない」

「何、こいつは礼儀みたいなもんだよォ、ジイサン。お辞儀されたらお辞儀で返す、それと一緒さァ」


 ヴィショップには一切視線を合わせずにレズノフは答える。それを見て、無理矢理にでもヤハドを連れてきた方が良かったかと考えると、ヴィショップはさっさと本題に入る決意を固めた。


「とにかく、こっちにあんた等とやり合う気は無い。互いに武器を置いて、平和的に話し合おうじゃねぇか」


 そう言うと、ヴィショップは両手をホルスターへと伸ばす。その仕草を見てノルチェ達が露骨に武器を構えようとしたので、一端動きを止める。二人が落ち付きを取り戻すと、ヴィショップは再び緩慢な動作で両手をホルスターに伸ばし、二挺の魔弓を引き抜いてテーブルの上にそっと置いた。

 日の光を受けて光る二挺の魔弓をノルチェは睨みつける。それから視線をヴィショップに戻すと、隣で腰を僅かに浮かしていたクスルに座るように手の仕草で指示をした。


「平和的に、ねぇ? さっきも言ったけど、平和的に一体何を話し合うっていうんだい?」


 槍から手は離さずに、ノルチェが訊ねる。ヴィショップは彼女の問いかけには答えずに、隣に座るレズノフを目を細めて睨みつけた。


「そこの大男はちゃんとここに呼びつけた理由を言ってくれたよ。でも、流石にそれが本音って訳じゃないだろ?」


 それを見たノルチェは、棘のある口調でそう告げた。

 彼女にとってすれば、茶番は抜きにしてとっとと本題に入って欲しいという思いから出した言葉だった。様々な土地を渡り歩き幾多の殺意と悪意に身を晒してきた彼女からしてみれば、彼女達の許に訪れた時にレズノフが発した言葉が真実だとは思えなかったからだ。そして実質、彼女の疑惑は概ねの場合にて正しい。この様な土地でレズノフの様な人間から掛けられた言葉を鵜呑みにしているようでは、到底今の歳まで生き長らえることは出来なかっただろう。

 しかし、世界とはいつも規則正しく回っているとは限らない。今まで間違いなど無い思っていた法則でさえ、不意に役に立たなくなるような瞬間が存在する。ノルチェ達にとっては、それがまさにこの瞬間だった。


「なら、今更説明する必要もないだろ? 本戦で互いに手を組もう、それが俺達があんたをこの場に呼び出した理由さ」

「……へ?」


 ヴィショップのその一言で、今までノルチェが纏っていた剣呑な雰囲気が消え失せ、口を半開きにした魔の抜けた表情が現れる。

 ヴィショップの放った言葉の意味が分からずに、ノルチェは少しの間固まる。そしてようやく彼の言った言葉の意味を正しく理解すると、口をポカンと開いた緊張感に欠ける顔付きのままヴィショップに問いかけた。


「あんた、自分が言っていることの意味が分かってんのかい? 本戦は予選とは違って、勝者は一人だけだ。そんな状況下で手を組もうなんてのは、不意を突いて殺して下さいって言ってるようなもんだよ?」


 ノルチェが信じられない様な口調で発した言葉に、彼女が浮かべている表情も相まって、思わず口角が吊り上りかける。


(それ言わないで素直に手を組んどけば、ライバルが一人消せたかもしれねぇのにな)


 甘いんだかそうでないんだかはっきりとしないノルチェの姿は、ヴィショップの目には滑稽に移った。もっとも、レズノフと違いそれを顔と声に出すような真似はしなかったが。


「確かに、最後まで仲良しこよしって訳にはいかねぇな。ただまぁ、バラバラに好き勝手やり合うよりは、こっちの方が優勝出来る確率も高くなるってもんだ」


 ヴィショップの返事で、ノルチェは自分の底から急速に熱いものが込み上がてくるのを感じた。奥底から込み上げてきたソレは、瞬く間に身体の隅々、血管の一つ一つにまで行き渡り、皮膚の下を流れる血を温めていく。


(あぁ、そういうことかい。あんたは全部分かった上で、あたい達と手を組もうとしてるって訳かい)


 気付けば、彼女の手は小刻みに震えていた。クスルが彼女を戸惑いの眼差しで見つめているが、今のノルチェには一々クスルに気を向けているだけの余裕は無かった。


(あたい達なんぞ、いくらでも対処しようがある。そういうことかい)


 それに気付いた瞬間、今までのヴィショップの動作の一つ一つが全く違う様相を呈して見えてきた。二挺の魔弓をテーブルの上に置いたのも、ノルチェ達の真意に気付いても慌てるどころか笑みさえ浮かべていたことも、そもそも三人で来るノルチェ達に対し、一人少ない二人で会いに来たことも。

 それらに気付いた時点で、ノルチェは口角が吊り上り犬歯が剥き出しになるのを止めることが出来なかった。そしてテーブルを力強く叩いて立ち上がると、鼻先が触れ合う距離まで一気に顔をヴィショップに近づけ、クスルの制止も聞かずにヴィショップの要求に対する返事を告げた。


「いいじゃないか、面白い。あんたの提案に乗ってやるとしようじゃないか」

「そうか。平和的に話が纏まって何よりだ」

「あぁ、全くだね。精々、本戦では後ろからザックリいかれないように気を付けるこった」


 互いに言葉を交わすと、二人は顔を近づけた体勢のまま睨み合う。二人の顔にはどちらも笑顔が浮かんでいたが、その有り様は実に対照的で傍から見れば虎と兎が顔を突きつけ合っているようにしか見えなかっただろう。

 もっとも、実際に虎に向き合っているのは兎なのか、それとも兎の皮を被った毒蛇なのかまで分かった者は、傍から見ている連中の中には存在しなかったが。

ノルチェは顔を引くと、腰にぶら下げているポーチから小さな宝石で装飾されたピアスを取り出すと、ヴィショップの手元に置く。それを手に取ってヴィショップが軽く顔の横で振って見せると、ノルチェは机に立てかけて置いた槍を手に取りつつ、渡したピアスについて説明した。


「通信用の神道具さ。宝石の部分を捻じりな、それでこっちに繋がる」


 そう言って自分の左耳に付けている同じ意匠のピアスを見せると、ノルチェとクスルは二人に背を向けて食堂の出口に向けて歩き出す。

 ヴィショップとレズノフは、それを引き止めることなく見送った。そしてノルチェ達の姿が消え、自分に向けられていた殺気も消えたのを感じ取ると、ヴィショップは机の上に置いていた魔弓をホルスターに収め、ノルチェから渡されたピアスを左耳に付け始めた。


「勿体ねぇなァ」

「何がだ?」


 不意にレズノフが呟く。ピアスを付けつつヴィショップが訊ねると、彼は残念そうに答えた。


「殺しちまう前に一回ぐらい抱いときたかったんだがなァ。あの調子だと無理そうだ」

「…安心しろ。どの道お前に可能性は無かったさ」


 呆れた眼差しをレズノフに向けてそう告げると、ヴィショップは伝票を手にして立ち上がった。

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