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Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
127/146

American Spirit

 砂嵐に醜きワームの群れ、そして駄目押しの砂地獄を超えて、ようやく落ち着きを取り戻した砂漠の風を、ノルチェは自らの種族の象徴でもある頭から生えた一対の猫の耳で受けながら、右手首に身に着けている宝玉の放つ光を見つめていた。


「どうやら、これで第一関門は突破ってとこみたいだね」


 燃える様な赤毛を書き上げて、ノルチェが静かに言い放つ。それを受けて砂船の手綱を握っている男と、クロスボウを片手に周囲への警戒を行っていた男が、ほぼ同時に安堵の溜息を漏らした。


「何なんだい、あんた達。この程度で恋破れた女の子みたいな溜息吐きやがって。だらしないったらありゃしないね」

「でもよ、姐さん。はっきり言って、全然この程度何かじゃなかったですぜ」

「そうですよ。これ運営の連中、どう考えても暑さで頭がイカれちまってますぜ。クソッタレの耳無しどもめ」


 そんな仲間二人を見て呆れた様な表情を浮かべるノルチェに、二人は交互に反論を並べ立てる。だが彼女はそんな二人の言葉を聞いて、更にその表情を険しいものへと変えた。


「何言ってるんだい、この軟弱者ども。そういうあんた等は、マタタビで睾丸まで腐らせちまったのかい? この後に本戦が控えてるっていうのに、情けない口叩きやがって。これならまだ、途中で出会ったの連中を仲間にした方がマシだったね」

「途中のって、あの姐さんが勧誘してた連中ですか?」


 手綱を握る男が降り返ってそう問いかける。ノルチェは頷くと、砂嵐に襲われる直前に出会った五人組の参加者の姿を脳裏に思い起こす。


「そうさ。あの連中なら少なくとも、あんた等みたいな弱音は吐いたりしないね。もしかしたら、今だってちゃんと生き残ってて一位を狙ってるかもしれないよ」

「いやいや、姐さん。いくら何でもそれはないでしょう。見て下さいよ、他の連中を」


 気分良さそうに語るノルチェを見て、クロスボウの男は苦笑を漏らすと周囲を走っている数隻の生き残りの砂船に視線を向ける。彼が視線を向けた砂船はどちらも先程までと違ってスピードを落とし、余裕のあるペースで走っていた。その理由は単純明快で、どの参加者にもこれから他の連中と事を構えるだけの気力が残っていないからである。


「姐さんが填めている腕輪の玉が光って、参加者が十チームになった時からもう本戦に出れることは決まってるんだ。どうせ順位だって、賭けをやっている連中が誰に賭けるのかを選ぶ判断材料にしかならない。それなのに無駄に命を懸けようなんて真似、する訳がないですよ。そんな真似する奴は度胸とか根性があるんじゃなくて、ただ単に馬鹿なだけですよ」

「か~っ! 全く、お前って奴は、本当に根性がないね! 実はあんた、婆様に去勢済みだったりしないのかい?」


 クロスボウを持つ男の返してきた冷めた意見に、ノルチェは額に手を置いて空を仰ぐ。すると今度は手綱を握っている男が、彼女に質問を投げかけた。


「そこまで言うなら、今から俺達で一位を狙いに行きます? 周りの連中に喧嘩を売りながら」

「なっ、いや、それはほら、また別の問題じゃないかい…。それに、周りの連中も疲弊してるし、そんなのを手を掛けるのは紅猫(ガーネット)の名が廃るし…」


 その提案を聞いた瞬間、直前までの勢いはまるで最初から無かったかの様にノルチェから消え去り、代わりに歯切れの悪い返事が返ってくる。その返事を聞いた男二人が苦笑を浮かべると、ノルチェは僅かに頬を朱に染めて声を荒げた。


「あ、あんた達何笑ってんだい! いいかい、これは戦術的…」


 しかし声を大にして言い訳を吐き出す彼女の口は、本題に入った直後に後方から聞こえてきたオルートの雄叫びによって動きを止める。だがそれは何も彼女に限った話ではなかった。少なくともこの場に居る七席の砂船に乗っている参加者全てが、各々が行っていた行為を止めてオルートの叫びが聞こえた後方へと視線を向けていた。


「今のって…」

「あぁ、オルートの鳴き声だね。しかも、明らかに何かを威嚇するような感じの」


 鳴き声の聞こえた方向から目を離さずに、ノルチェはクロスボウを持った男の問いかけに答える。

 果たして、その鳴き声の主がこの場の全員の目に映ったのは、全員の視線が一点に集中したまま三十秒以上が経過してからのことだった。己の二倍以上の高さの砂煙を上げながら、二頭のオルートに曳かれて二隻の砂船が姿を現す。その二隻は、紛い無きトップスピードで併走しながらノルチェ達の方に向かって一直線に向かっていた。そしてその内の片方、牙を生やしたままのオルートによって曳かれている砂船に乗る面々の姿に、ノルチェ達は見覚えがあった。


「おいおい、嘘だろ…!」

「ハッ、どうやら飛びっきりの馬鹿ってやつは、いるもんだね」


 呆気に取られた表情を浮かべるクロスボウを握った男とは対照的に、ノルチェは楽しげに口元を歪めてぐんぐんと距離を詰める二隻の砂船を眺めていた。その笑みは手綱を握っている男に指示を出し、後方から突っ込んでくる二隻に巻き込まれないように距離を取っている間もずっと浮かんでいた。

 ノルチェ達の砂船に倣って、他の砂船達も後ろから来る二隻の為にスペースを開け始める。そうして砂漠に開いた一本の道に、二隻の砂船は微塵もスピードを落とすことなく飛び込んでいくと、左右に別れた砂船の乗り手達の顔を暴風で張り飛ばしながら、瞬く合間に駆け抜けていった。





 唐突にヴィショップ達へと向けられた殺気。それが明確な形を伴って彼等に牙を剥いたのは、最後の砂地獄を抜けた直後のことだった。

ヴィショップ達とほぼ同じタイミングで、迷彩塗装を施した金髪の男の乗る砂船も砂地獄を抜けてきたかと思うと、金髪の男の背後に三本の眩い光を放つ槍が出現する。突如として出現した三本の光の槍は、その正体をヴィショップ達に悟らせる暇を与えることなく、空を切り裂いてヴィショップ達目掛けて飛来し、そしてヴィショップ達の砂船より僅か数十センチ後方の砂漠に突き刺さった。


「…危ねー。あんたのゆーとーりにしてなかったら、いまごろ串刺しだったかもな」


 砂漠に突き刺さった光の槍と、ヴィショップとを見比べてクァルクが小さく漏らす。

 金髪の男が放ったと思しき光の槍が的を外して砂漠に突き刺さったのは、相手のミスでも幸運に助けられたからでもない。光の槍の穂先が乾いた砂漠の地面を穿つ結果になったのは、予め気配と僅かに見える相手の視線の動きから、いつどこに向けてどのタイミングで攻撃が放たれるかを予測したヴィショップが、クァルクに砂地獄を抜けるタイミングで砂船を加速させるように言っていたからだった。


「礼はここを切り抜けてからだ。それより…」


 ヴィショップはクァルクに返事をしつつ、視線を金髪の男の放った光の槍へと向ける。ヴィショップの視線の先で砂漠に突き刺さった三本の光の槍は崩壊を始めており、既にその殆どが崩れ落ちて槍の形を留めていなかった。


「どうやらあの金髪、神導魔法の使い手のようだな。それも攻撃用のものが使えるとなると、かなり腕が立つらしい」


 そう呟いて、ヴィショップは視線を金髪の男の乗る砂船へと視線を向ける。乗っている人数は四人で、金髪の男を除いた全員がフード付きのローブに身を包んでおり、その顔はおろか性別まで全く分からない。手綱を握っている者と、一見したところ徒手空拳の金髪の男を除いた残り二人の人物は武器を持っており、一人は身体の横幅以上の大きさの刃を持った両刃の大斧、もう一人はヤハドの使用しているものより更に一回りは大きい弓を手にしていた。


「らしいな。で、お前の考えは米国人?」


 矢を弓に番え、弦を引き絞りながらヤハドが訊ねる。ヴィショップは視線を、ヤハドが番えた矢の鏃の先端へと向けて彼が誰を狙おうとしているのかを確かめると、口角を吊り上げてヤハドの問いに答えた。


「殺すさ。真っ先にな」


 返事を告げるや否や、ヴィショップは魔弓の引き金を弾いた。自らの言葉の余韻を爆音で掻き消しつつ放たれた魔力弾は、狙いを定めるように右手をこちらに向けていた金髪の男目掛けて真っ直ぐに突き進む。しかし魔力弾は、金髪の男の胸元の肉を抉る直前で真横から割り込んできた大斧の刃の腹に阻まれ、刃に傷一つ付けることも出来ずに霧散した。


「チッ、良い反応しやがる」


 ヴィショップは舌打ちを打つと、狙いを金髪の男から大斧を持った人物へと移して引き金にかけた指に力を込める。


「米国人ッ!」


 だが引き金を弾く寸前で別の方向からの殺気を感じたかと思うと、ヤハドに思いっきり背中を突き飛ばされる。

 バランスを崩したヴィショップは耐え切れずに砂船の床に手を突く。その直後、ヴィショップの真後ろを何かが物凄い風切音を伴って通過していった。


「何だ、今のは…!」


 ヴィショップは身体を起こして、殺気の飛んできた方向に視線を向けた。視線の先には、金髪の男のもう一人の仲間である大きな弓を手にした人物が居り、丁度足元に置いた矢筒に向かって手を伸ばそうとしていた。

 直前に聞いた低く重い風切音を思い出して、ヴィショップの背中を薄ら寒い者が走る。別段弓矢に親しい人生を歩んできたヴィショップではなかったが、それでも先程の風切音が弓矢で出る様な類のものではないことぐらいはすぐに想像が付いた。事実、ヤハドに突き飛ばされた当初は鉄球か何かでも飛んできたのではないかと思っていたのだから。

 だが、規格外の相手を前にして我を忘れて呆けてばかりいるような連中では、ヴィショップ達はなかった。先程の攻撃が誰によるものだったのかを確認したヴィショップは、すぐさま視線を弓を持つ人物から金髪の男へと移して、魔弓を突き付ける。当然、それを見ていた弓を持つ人物は矢を番えてヴィショップを狙う。しかし弦に指をかけて引こうとした瞬間、弦に伸ばした右腕に一本の矢が突き刺さった。


「…ッ!?」


 弓を持つ人物が思わず弦から右手を離す。そして顔を矢の飛んできた方向へと向けると、既に次の矢に手を伸ばしているヤハドと視線があった。

 弓を持った人物はヤハドを見据えてまま、荒々しい動作で足元の矢筒へと手を伸ばす。ヤハドは矢筒へと伸びたその腕を狙って矢を射かけ、弓を持った人物の右腕にもう一本矢が生えた。だが弓を持った人物は自分の腕に刺さった二本の矢を意に介さずに矢筒から矢を引き抜くと、弓に番えて弦を引き絞り始める。


「クソッ、効いてないな。フードの下に鎧でも着込んでいるのか」

「さぁな。どうやら、小技じゃ埒が開きそうにねぇな」


 傷に怯む素振りも見せない弓を持った人物の挙動に、ヤハドが悪態を吐く。彼の隣で魔弓の引き金を引いていたヴィショップも、大斧の刃に防がれる魔力弾を眺めながら同調した。

 そこに、弓を持った人物の放った矢が飛んでくる。先程と同じく、弓を使って放たれたとは思えない風切音を奏でながら飛んできた矢は、先程の意趣返しのつもりかヤハドへと向かっていた。ヤハドは咄嗟に身体を伏せてそれを躱そうとするが、その瞬間彼の前にレズノフが割り込んできてヤハドの視界を塞いだ。


「ッしゃァ!」

「なっ、貴様…ッ!」


 獣の叫び染みた掛け声と共にレズノフは長剣を振り抜き、飛んできた矢を切り落とす。そして背後のヤハドから掛けられた声を無視すると、レズノフは腰から吊るしていた手斧を左手で引き抜き、頭の後ろまで振り被って溜めを作ってから、弓を持つ人物目掛けて投擲する。

 レズノフの手を離れた手斧は、縦に回転しながら彼が打ち落とした矢に負けず劣らずの異様な風切音を上げて、弓を持つ人物の頭へと迫る。弓を持つ人物は矢が二本刺さった右腕でそれを受けようとしたが、直前で右腕を引っ込めると身体を横に倒して手斧を回避した。


「成る程ォ、あれくらいなら受けようとは思わずに避ける訳かァ」

「はいはい、ゴリラ同士の楽しいキャッチボールはそこまでにして座っとけ。おい、クァルク」


 得心のいった表情を浮かべて相手の砂船を眺めるレズノフを、ヴィショップが座らせる。それが終わるとヴィショップはクァルクの肩を叩き、彼女に声をかけた。


「で? 何をする気なんだ」

「察しが良くて助かるよ。…そうだな。スピードを落として、相手の後方を半円を描く感じで動くことは出来るか?」


 魔弓の射出口で宙に半円を描きながら、ヴィショップはクァルクに問いかける。クァルクは、新たに敵が放ってきた矢と光の槍を避ける為に手綱を切りながら、首を縦に振った。


「よし。レズノフ、お前は剣を持って準備してろ。俺がしくじったら次はお前だ。ヤハドとミヒャエルは俺の援護に入れ」

「何だ、ジイサンが仕掛けるのかァ? 一体何やんだよォ?」


 長剣の刃を肩に乗せて、レズノフが問いかける。ヴィショップはもう片方の魔弓をホルスターから引き抜いて、彼の問いかけに答えた。


古き良き時代(ホース・オペラ)式ってやつを、一つ連中にご教授してやるのさ」

「ハッ、OK牧場の決斗をやろうって訳だなァ。そいつはいいぜェ…! ぶちかましてやりなァ!」


 レズノフの上げたその一言を合図に、ヴィショップ達の乗る砂船はスピードを落として金髪の男達の乗る砂船の後方へと回る。金髪の男達は背後に回ったヴィショップ達を追うようにして視線を動かすが、そこにミヒャエルの放った魔法が襲い掛かった。


「四元魔導、疾風が第百二十二奏、“ルァース・フラッペン”!」


 呪文の詠唱が終わると同時に、魔法で生成された突風が砂漠の砂を巻き上げて金髪の男達の視界を潰す。その隙にヴィショップは砂塵の中に埋もれた金髪の男達に向かって立て続けに引き金を引き、ヤハドも弓矢でそれに続いた。

 轟音が立てつづけに水気の無い乾いた大気を震わせ、深紅と銀色の閃光が空に一条の軌跡を描きながら次々と砂塵の中へと吸い込まれていく。そしてその光景とは対照的に、砂塵の中からは先程までのような光の槍や矢は飛んでこない。にも関わらず、ヴィショップの顔もヤハドの顔も勝利を実感したもの浮かべる表情とはかけ離れた、冷たい殺意に満ちた顔のままだった。


「…チッ」


 両手の魔弓の魔弾をそれぞれ五発づつ使ったところで、ミヒャエルが魔法を止める。魔力の供給が無くなったことで突風は止み、金髪の男達の乗っている砂船を包み込んでいた砂塵は次第にその姿を消し始める。そして砂塵の晴れた先にある光景を見たヴィショップは、小さく舌打ちを零した。

 最初にヴィショップの双眸が捉えたのは、ぼんやりとした橙色の光。その次に視界に入ってきたのは、金髪の男達の砂船を覆う半透明のドーム状の障壁だった。


「神導魔法の障壁…」

「どうやら凌がれちまったようだなァ、ジイサン?」


 一度金髪の男達の砂船を覆っているものと同じ魔法を見たことのあるミヒャエルがその正体を見抜き、同じく一度その魔法を見たことのあるレズノフが、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてヴィショップに問いかける。ヴィショップは顔を近づけてきたレズノフを横目で見ると、もう一度舌打ちを零してから返事を返した。


「しゃあねぇ、プランBと行くか。クァルク、俺が撃ったら連中の右側を掠めろ!」

「あいよ!」


 仕方なさそうに返事を返すと、ヴィショップはクァルクに指示を送る。最後に顎先で砂船の左縁を指すと、ヴィショップは両手に持った魔弓の魔力弁を押し上げた。

 レズノフはそのヴィショップの動作を見て、彼の考えていることを察した。そして長剣を片手に意気揚々と砂船の左側に立つと、前方の金髪の男達の砂船をじっと見据えた。


「突っ込め、クァルク!」

「おうっ!」


 魔力弾に魔力が注ぎ込まれ、魔弓に彫り込まれた装飾に青白い光が灯るや否や、ヴィショップは両手の魔弓の上げる雄叫びに負けない程に声を張り上げて、クァルクにその瞬間が来たことを知らせる。クァルクは彼の言葉通り、砂船を金髪の男達の乗る砂船の右側面を掠めるようなコースへと乗せた。

 直後、ヴィショップの放った二発の強化魔力弾が神導魔法の障壁に当たり、爆発音のようなものに混じってガラスの割れるような音が砂漠に響き渡る。衝突の衝撃で舞い上がった砂煙が消え去った時には、金髪の男達の砂船を覆っていたドーム状の障壁は跡形も無く消え去り、そしてヴィショップ達の砂船が守るものの無くなった金髪の男達の砂船の真横を掠めるまで、後数秒というとこまで迫っていた。


「ヒャッハァ!」


 狂喜に顔を歪ませたレズノフが、手にした長剣を振り上げる。彼の瞳には、あろうことか最高速度で突っ込んでくるヴィショップ達の砂船を迎え撃とうと大斧を構える、フードの人物の姿だけが映っていた。

 そして二隻の砂船のシルエットが交わった刹那、レズノフが長剣を渾身の力を以ってして振りおろし、フードを被った人物が低い唸りを轟かせて大斧を真一文字に振り抜く。

 直後、鈍い音が二隻の砂船に乗る全員の耳朶を打ったかと思うと、ヴィショップ達の砂船が金髪の男達の砂船を追い越して前に出る。


「…生きてる?」

「まぁ、あの変な空間送りになってないことは確かだな」


 床に頭を擦り付けるようにして伏せていたミヒャエルが、ゆっくりと身体を起こして自分の身体の無傷を確かめる。ヤハドはそんなミヒャエルの背中を軽く叩くと、今しがたの一瞬の決闘の勝敗を確かめるべくレズノフに視線を向けた。


「…ッ!」


 レズノフの姿を見たヤハドは、思わず息を呑む。何故ならば、構えを解いて長剣をだらりと下げたレズノフは、上半身の左半分を鮮血で真っ赤に染めていたのだから。

 当然、そのような姿を見れば最悪の結果が頭を過ぎる。ヤハドはただならぬ面持ちでレズノフを見ていたが、不意にヴィショップに肩を叩かれてその予想が今回は裏切られたことを知らされる。


「安心しろ。今回はあのマッチョの勝ちだ」


 ヴィショップはそう告げると、砂漠の一点を指差した。彼が指差した先には砂漠に突き刺さる、フードを被った人物の内の一人が使っていた大斧の姿があった。そしてその柄からぶらさがっている、人の腕らしきものも。


「…つまり、あれは返り血か」

「そういうこった。これであの厄介な斧野郎が消えた。つまり…」


 ヤハドの肩から手を離すと、ヴィショップは魔弓を後方を走る砂船の方へと向ける。


「あの金髪野郎を仕留められるって訳だ」


 そう告げて、ヴィショップは金髪の男の頭に狙いを定める。風は穏やかで、距離もヴィショップの腕を持ってすれば十分に射程圏内。目の上のタンコブだった存在も今や武器と片腕を失っている。後は引き金さえ引いてしまえば、まず間違いなく金髪の男の命を奪うことが出来た。

 だが引き金を引き切る寸前で、ヴィショップの指は動きを止めた。ヴィショップはミヒャエルやヤハドの訝しげな視線を無視して、一点を凝視したまま固まり眉一つ動かさない。


「…おい、どうした米国人? 何を呆けている?」


 痺れを切らしたヤハドが、ヴィショップに声を掛けよる。

 その瞬間、今まで石膏像の様に固まっていたヴィショップの身体が不意に動いたかと思うと、ヤハドの肩を掴んで床に引き倒しながら、自身も床に倒れ込んだ。


「貴様、何を…!」


 唐突に引きずり倒されたヤハドは、ヴィショップの手を振り解いて抗議の声を上げる。だが彼の上げた声は、直後に上がった一発の轟音によって掻き消された。


「これは…この音は…」


 ヤハドの声を遮った轟音は、魔弓が魔力弾を撃ち出す時の音に瓜二つだった。それだけならば、特に驚くこともない。魔弓を使える人間の数は多くないとはいえ、一生の内に一度会えるか否かといった程にまで少ない訳ではないのだから。

 にも関わらず、ヴィショップとヤハド、そしてレズノフの表情には驚愕の感情がありありと浮かび上がっていた。そしてその表情は段々と、興奮が綯い交ぜになったものへと変貌していく。

 動きを見せたのは、距離の離れた砂船相手に仕掛けることの出来るヴィショップとヤハドだった。二人は即座に起き上がると、得物を後方の砂船へと向けて狙いを定めようとする。だが彼等が起き上がった時には既にそこに金髪の男の乗る砂船の姿は無く、丁度ヴィショップ達の砂船の横を抜けて走り去ろうとしているところだった。


「クソッ!」

「バカ、立ち上がるな!」


 ヴィショップは逃げようとする砂船に魔弓を向けて、引き金を引こうとする。だが引き金を弾く寸前で、金髪の男の放った光の槍がヴィショップ達の砂船目掛けて迫る。それを避ける為に砂船はきついカーブを描いた回避軌道をとり、その際の遠心力に身体を振り回されたヴィショップはバランスを崩して膝を突き、辛うじて一発発射したものの撃ち出された魔力弾は見当違いの方向に飛んでいって姿を消した。


「チッ…!」


 砂船の動きが落ち付きを取り戻したタイミングで、ヴィショップは舌打ちと共に身体を起こして、金髪の男の乗る砂船の姿を追う。しかし彼が視線を向けた先には、彼の求める砂船の姿は影も形も無かった。


「逃げられた…?」

「…そんな差を付けられるだけの時間は無かった。多分、魔法か何かを使ったんだろ。全く、本当に便利なもんだぜ、魔法ってやつはよ」


 同じように弓を構えて砂船の姿を追っていたヤハドの漏らした疑問の言葉に、ヴィショップは皮肉交じりに返事をして床に腰を降ろす。その際のヴィショップの仕草は、苛立っているとも興奮しているともつかない奇妙なものだった。


「あの…相手が魔弓を使ってたことが、何か…?」

「魔弓じゃねェよ」


 ミヒャエルの言葉を、レズノフが遮る。そして言葉の意味が理解出来ずに、呆気に取られた表情を浮かべるミヒャエルにヴィショップが答えを教えた。


「あの金髪は、銃を…コルトを使ってやがった。間違いねぇ、あの男が俺達の獲物だ」

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