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Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
121/146

多頭狗の怪物

「そういうことだから、それは返すわ。これで私達の間に、貸し借りは無くなった」


 淡々とした口調のカーミラの言葉で、ヤハドの意識は過去から現在に舞い戻る。彼の目の前に広がる光景は建物の隙間に隠れるようにして建っている古ぼけた建物と、そこに住む子供達の姿ではなく、夜の砂漠が運んできた冷たい空気に晒された『ミッレ・ミライア』の街並みと、外行きの際に身に着ける外套に身を包んだカーミラの姿だった。


「貸し借りは無くなった、か」

「そう。これで私達とあなたが会う理由も無くなる。さよなら、ワーマー」


 無理矢理渡された硬貨の入った袋を掌の中で弄ぶヤハドが零した呟きに、カーミラはそう答えると夜の闇の中に姿を眩まそうとする。ヤハドはカーミラの後姿を一瞥すると、あえて彼女に聞こえるように嘲りの笑みを漏らした。


「フッ、随分と調子の良いことをいってくれるな」

「何…?」


 立ち去りかけていたカーミラの足が止まり、ヤハドの方を振り向く。振り向いた彼女の眉間にはしわが刻まれており、見るからに不機嫌そうだったが、ヤハドはそんなことはお構いなしに言葉を吐き出し続けた。


「金を返したくらいで借りが返せる訳ないだろう。そもそも、事の発端はお前の仲間がこいつをすろうとしたことだ。そっちの方の借りすらまだ返してもらってないのに、金だけ返して終わりにしようなどとは、虫が良すぎるんじゃないか?」

「あなた……やっぱり、腹の内ではそういうことを考えていた、って訳ね」


 苛立ちが怒りに変わり、そこに軽蔑が合わさった眼差しでカーミラはヤハドを睨みつける。だがヤハドは怯む様子も無く肩を竦めて見せると、彼女に押し付けられた硬貨の入った袋を投げ返した。


「そっちがあんまりにも強情だから、少し意地の悪い真似をしてみただけだ。そう睨むな」

「…どういうつもり? これは受け取らないと…」

「そいつを受け取ったら、リリーヌのやった盗人紛いの行為はチャラにしてやろう。それで貸し借り無しだ。どうだ?」


 再びヤハドに向かって袋を投げ返そうとしたカーミラを制して、ヤハドはそう告げる。

 カーミラの顔に、まさしく鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような表情が浮かぶ。彼女はその表情のまま、じっとヤハドを見つめた後、ゆっくりと袋を持った手を下げて問いかけた。


「どうしてこんな真似をするの? あなた、一体何が目的?」

「そうだな……強いて言うなら、自己満足だ。俺のやっていることなど所詮は偽善に過ぎないことは承知の上だが、その偽善をやっておかないと後悔をズルズル引き摺ることになるんでな。だから余計なことは気にせず、むしろ俺に貸しを作るつもりでその金を受け取れ」


 ヤハドはそう言って、手を振ってカーミラに帰るように告げる。しかし彼女は判然としない表情のまま、その場に立ち尽くして動こうとはしなかった。


「頑固だな、お前も…」


 その余りに強情な姿勢に、ヤハドは呆れ混じりの笑みを浮かべる。そして大きく息を吐き出すと、両手を打ち鳴らして乾いた音を鳴らした。


「なら、こうしよう。この街に居る間に、俺はお前等に頼みごとをする。そいつはその報酬の前払いだ。それなら構わないだろう?」

「何を言ってるの、こんな大金ちょっとやそっとの仕事じゃ…」


 唐突なヤハドの提案に、カーミラは思わず声を上げる。だがヤハドはそれを取り合おうとはせずに、彼女の背中を向けて『ホテル・スパノザ』の入り口に向かって歩き出した。


「これなら、しかるべき対価としてお前も納得出来るだろう? そういうことだから、今日はもう帰れ。今は特に頼みたいことは思いつかないからな」

「だから…!」

「とにかく、これ以上の議論は受け付けん。何なら貸しをもう一つ追加して、お前を気絶させて家まで送って行ってもいいんだぞ」


 ヤハドの脅しめいた文句で、ようやくカーミラは口を動かすのを止めた。ヤハドは振り返って、口を堅く結ぶ彼女の姿を見て満足げに微笑を浮かべると、「おやすみ」とだけ言って『ホテル・スパノザ』の中に姿を消した。

 一人取り残されたカーミラは、ヤハドの入っていた扉をしばらくじっと見つめていたかと思うと、不意に硬貨の入った袋を持った手を振り上げる。だがそれを振り下ろすような真似はせず、腕を振り上げた体勢のまま苛立ちに満ちた視線で扉を睨みつけた後、そっと腕を降ろして背を向け、今度こそ夜の闇の中に姿を消した。







 ヤハドが『ホテル・スパノザ』の前にやってきたカーミラと別れてから、九時間後。時計は時刻H0800を指し、砂漠の街である『ミッレ・ミライア』にうだるような暑さと人の活気が舞い戻り始めた頃。ヴィショップ達四人はこの街を訪れた時に最初に歩いた大通りを、砂船の港とは逆方向に向かって歩いていた。行き先は今回の旅の目的である、ミライアス・ラグーヌの開催本部である。

 ちなみに、この一行にクァルクが欠けているのは何てことは無い、前日の疲れのせいでこの時間帯に彼女が起きることは出来ず、ヴィショップ達に置いて行かれたからだ。


「しかし、門一つ抜けただけで随分と景色が変わったな。まるでバザールを抜けたら、いつの間にかラスベガスにでも連れて来られたような気分だ」


 周囲に立ち並ぶ建物と、後方にそびえる今しがた四人が通り抜けてきた門を眺めながら、ヤハドは皮肉気に声を漏らす。

 彼の言葉通り、一般区を抜けて街の中心部である賭博区に足を踏み入れた瞬間、周囲の建物の様相は一変していた。圧倒的に足りないスペースを空へと求めることにより五階建てを超える建物がひしめき合い、数本の大きい通りの他は人が二人通れるか通れないか程度の路地が網の目のように広がるのが一般区の光景だった。それとは対照的に賭博区は大体が三階程度、高くても四階建ての建物しかない。その代りに一軒一軒の建物はかなり広く、大抵が一般区に立ち並ぶ建物の四倍近くの広さを持っている。建物の合間を通る路地も、一般区のように狭い上に薄暗いなどといったことは無く、馬車だろうと悠々と通れそうな路地が何本も走っている。

 とどのつまり、一般市民と上流市民の間にある格差が開き直ったように開けっ広げに晒された光景が、四人の前には広がっていたのだ。


「…お前、どっか行くたびに気に入らなそうな顔付きしてるが、それで人生楽しいのか?」


 やはりそういった光景には思う所があるのか、気に食わなそうな表情を浮かべているヤハドを見て、ヴィショップが呆れたような表情を浮かべる。それに対してヤハドは、気に食わなそうな表情のままヴィショップに顔を向けて、素っ気無い口調で言葉を返した。


「楽しくなんぞない。ただ、やらずに死ねないことがあるから生きてるだけだ」

「成る程、ね。まぁ、確かに一理あるな」


 ヤハドの返しを聞いて、ヴィショップが感心したように頷く。ただそんな趣のある余韻も、背後から飛んできたレズノフとミヒャエルの声がぶち壊しにしてくれた。


「えー、ヤハドさん、そんな寂しい人生の使い方してるんですか? いやぁ、勿体無いですよ、凄く。人生、楽しんで生きなきゃ意味無いじゃないですか」

「まァ、俺達もう一回くたばっちまってる訳だけどなァ! ヒャハハハハハハッ!」


 本気で憐れんでそうなミヒャエルの声と、レズノフのけたたましい笑い声が通りに響く。ヤハドの横を歩いていたヴィショップは、かれのこめかみが小刻みに震えているのを見て思わず溜息を吐いた。


「うるせぇぞ、馬鹿共。何も考えずに下半身に従って人生無駄に生きてるてめぇ等と違って、俺達みたいに腰から上で物事考えてる連中は、朝っぱらからキャンキャン騒がれると頭に響いて仕方がねぇんだよ」

「それ、単に酒の飲み過ぎじゃないんですかね?」

「生き物、雄なら大抵はタマをちょん切っちまえば大人しくなるもんだ。当然、人間だって例外じゃあねぇ。なぁ、どうせお前等の子孫何ぞ作ったところで社会不適合者なのは間違いねぇんだし、そろそろ切り落として身軽になっちまった方がいいんじゃねぇのか?」


 ヴィショップは薄ら笑いを浮かべながら振り返ると同時に、外套をずらしてホルスターに収まった魔弓のグリップを覗かせる。それを見たレズノフは口笛を吹きながら肩を竦め、ミヒャエルは何事かを言おうとしたものの、ヴィショップの指先がグリップの表面を撫でたのを見て口を噤んだ。


「ったく、いい年して何でこんな時間からあんなにはしゃげるんだ、あの馬鹿共は」

「まぁ、あれならまだかわいいものだろう。お前の場合、帰ったら更に酷いのが待っているだろうしな」


 殆ど切れかけていたお前が言うのか、と口に出しかけたところで、ヴィショップはヤハドの言わんとしていることを察してカウボーイハット越しに頭を掻いた。


「起きなかった向こうが悪い。俺はベビーシッターに転職した記憶はねぇしな」

「それで納得するといいけどな。どうやら向こうは、これに出るのを楽しみにしていたんだろう?」

「何なら、お前が引き受けてくれ。こういう類い、お前ならむしろ願ったり叶ったりじゃねぇのか?」

「諦めろ、米国人。俺が望むと望まずとに関わらず、あの子はお前に食ってかかるだろうさ」


 妙な確信の籠ったヤハドの言葉に、ヴィショップは舌打ちを打つ。ヤハドはそれを一瞥して小さく微笑を浮かべた。

 そうこうしている内に段々と人が増え始め、それに合わせてドーム型の周囲の建物と比較しても巨大な建物が見えてきた。ヴィショップ達は近づくにつれて明らかになっていく、明らかにギャンブラーとは違う人種の人間の多さや砂船にのっていた時の独特の獣臭さで、眼前のドーム型の建物こそが目的地であることを悟る。


「さ、流石にガラの悪い人達が増えてきましたね…」

「まぁ、ダリの野郎曰く、こんなもんに出る人間なんぞ二種類ぐらいらしいからな。金とスリルのどっちかの為なら命も捨てられる大馬鹿者か、金で身柄を買われて選択権も無い奴隷化のどちらかだとか」


 少し怯えの入ったミヒャエルの言葉に返事を返しながら、ヴィショップは周りの人物に視線を向ける。この場に居る人間は恰好からしてはっきりと分かれており、どれが大馬鹿でどれが奴隷か、そしてどれがこの連中の死に様に金を出している人間かは一目で見極めることが出来た。

 そんな連中の隙間を縫って、ヴィショップ達はドーム型の建物の中へと入る。建物の中にも似た様な人種が多く集まっており、周囲の目など気にしない会話を交わしているせいでかなり騒々しい。ドーム内は横に長い造りになっており、微妙に横の輪郭が湾曲していることから、建物の中心部に何か大きな施設を据えそれを円形に囲むように部屋が伸びているドーナツ型の構造をしていると思われた。事実、入り口からでも建物の奥へと続く大きな扉がいくつもあるのが見て取れる。


「何か、劇場とかスポーツ会場とかを思わせる造りですね」

「そうだな。ただ、ミライアス・ラグーヌをやるにしたらどれだけ広かろうが室内じゃ無理だろうし、ここが会場になるってことはねぇだろう」


 周囲を見渡して感想を漏らしたミヒャエルにそう返すと、ヴィショップは奥に見える受付に近づき、係りの人間と思しき浅黒い肌で露出度の高い踊り子染みた格好をしている女に声を掛ける。


「ちょっといいか?」

「はい、なんでしょう?」

「ミライアス・ラグーヌに参加しようと思ってるんだが、手続き頼めるか?」

「かしこまりました! では、こちらにチーム名をご記入ください!」


 女性は愛想よく返事を返して、ヴィショップに羊皮紙と羽ペンを差し出した。差し出されたそれらをヴィショップは受け取りながら、怪訝そうな声で女に訊ねる。


「最初にするのがチームの名前決めでいいのか? もっとほら、参加規約の説明とか参加者の名前とかは?」

「ミライアス・ラグーヌの参加規約は、一つの砂船の搭乗者が十人以下であること、使用するオルートが母艦級のものでないこと、そして運営側の指示には反発することなく従い、四肢がもげようが二度とタテなくなろうが死のうが、決して裁判を起こしたりしないことの、三つだけですから。それに参加者の名前も、出場した大半が死ぬので一々書き留めてたところで意味がありませんですし」

「あっそ……」


 実に見ていて気持ちの良い晴れ晴れとした笑顔で言い切った女に、ヴィショップは引きつった笑みを浮かべて見せると、後ろにいる三人の方を振り向いた。


「って訳だが、どうする? 何かいい案あるか?」

「暁の聖戦(ジハード)でいいだろう」

「いいわけねぇだろう、コーラン馬鹿。次」


 即断で案を却下されたことに憤るヤハドを無視して、ヴィショップは視線をレズノフへと向ける。もっとも、一番まともな案を出しそうだったから最初にヤハドに訊いた訳であって、レズノフに対する期待度はどん底に近かったのだが。


「クラースヌイ・ジラントで、赤き竜っつーのはァ?」

「別に赤くもないし竜でもないぞ。どっちかっていうと犬だ。それも頭のイカれた狂犬(マットドッグ)の方な」

「いいじゃねぇかよォ、細けぇことはァ」

「……保留だ。残念ながら、そこの阿呆よりはマシだったからな」


 少し考えた末にヴィショップはレズノフの案を保留にする。そして妙に期待に満ちた眼差しを向けるミヒャエルを一瞥したかと思うと、すぐに視線を逸らして虚空を見つめた。


「さて、となると残るは俺だけか」

「いやいやいやいや、ちょっと待って下さいよ!」


 少なくともレズノフ以下のは出すまいと頭を捻り始めた直後、ミヒャエルがやかましく声を上げてそれを遮った。


「んだよ、うるっせぇな。考えてんだから邪魔すんな」

「いや、まぁ、薄々予想してましたけどね!? でもそれでもあえて言わせて頂きます。僕の意見も聞くべきでしょう!?」


 うっとうしそうな冷たい目付きを向けるヴィショップに、ミヒャエルは無駄に高いテンションで詰め寄る。参加すること自体を拒否していたくせに何を言う、といった言葉がヴィショップの喉元まで込み上げてくるものの、それを何とか呑み込んで速く案とやらを出すようにミヒャエルに告げた。


「分かった。じゃあ、とっとと言え。ヤハド以下ってのは無いだろうが、レズノフ以下のを出した時は覚悟しとけよ」

「な、何で僕の時だけペナルティ付きなんですか…」

「自分の胸に手を当てて聞いてみな。そうすりゃ、途中で三度の休憩を挟まなくちゃ付き合い切れないぐらいに、長々とてめぇの悪行を語り出してくれることだろうよ。分かったら、とっとと言え」


 思わず一歩距離を取ったミヒャエルの後頭部を軽く叩いて、ヴィショップはチームの名前の案を言うように急かす。後頭部を叩かれたミヒャエルは大げさに痛がると、文句混じりに自分の案を出した。


「スキュラ、っていうのはどうですか? クァルクさんのお兄さんのチームの名前は双頭狗(オルトロス)だったんですし、丁度良い名前だと思いますけど。ギリシア神話繋がりで」

「…どういう意味だ?」


 ミヒャエルの語る“丁度良い”の意味が分からず、ヴィショップが聞き返す。するとミヒャエルはどこか得意げな様子で語り始める。


「スキュラはギリシア神話に出てくる化け物ですよ。名前は、犬の子という意味を持っていて、上半身は女性、下半身は魚で、腹のところから犬の頭が六つ生えてるんです。人数的には一人余りますけど、犬の頭の数的にも名前の意味的にも、オルトロス(双頭狗)と繋がりが有ってよくないですか?」

「スキュラ、ねぇ…」


 ヴィショップはミヒャエルの提案した名前を呟きながら、その名前の他に何かいい案が無いか頭を捻る。

 元々、彼自身チームの名前などどうでも良かった。それこそヤハドの提案したようなよっぽどのものでさえなければ。その為ヴィショップ自体何か名前の案を持っている訳でもなく、ある程度のものが出てくればそれで決めてしまう気でいた。

 故に意外とまともなものを出してきたミヒャエルの提案を受け入れるのに必要なのは、ミヒャエルが決めた名前で参加するということをプライド的に許せるかどうかだけとなっていた。


「……まぁ、それでいいいだろ。全く関係ないってわけでもねぇし」

「嘘!? 本当ですか!? 後からやっぱ無しとか言いませんよね!?」


 ヴィショップがスキュラという名を受け入れることを告げた瞬間、ミヒャエルは目を輝かせながら鬼の首でも取ったかのように、生き生きとしてヴィショップに顔を近づけてくる。ヴィショップはうっとうしそうに顔をしかめてミヒャエルに背を向けると、受付の女の方に向き直り彼女が差し出した書類にその名を書いた。


「じゃあ、これで頼む」

「かしこまりました、スキュラで参加登録をさせてもらいます! …それにしても、皆様はオルトロス(双頭狗)と御関係があるのですか?」


 背後でやかましく騒ぐミヒャエルと、それに苛立ちの声を上げるヤハドのやり取りと無視してヴィショップはチーム名を書いた書類を差し出す。女はヴィショップが差し出した書類を受け取りつつ、声を下げて問いかけてくる。その声音にはつい先程までの営業用のものとは違って、純粋な好奇心が混ざっていた。


「あー、内の連中の一人がな。何でも、当時の操縦者の妹らしい」

「当時の操縦者、といいますと…ルァイズさんですか? それは、是非とも一度お目にかかってみたいものです」


 やや熱のこもった口調で女は言葉を漏らす。段々と仕事を忘れ始めた彼女の態度に興味を示したヴィショップは、クァルクからも未だよく聞かされていない兄のルァイズについて知っていることを訊ねることにした。


「あんた、そいつのファンか何かか?」

「えぇ、まぁ、その、お恥ずかしながら…」

「かなりのやり手だったって話は聞いているが…だが結局は今のチャンプに負けたんだろ? 確か、フランケン・シュボルツとかいう奴に」

「確かにルァイズ様は負けはしましたけど……あの人は砂船の技術もさることながら、あの人はかなりの美形でして…。あっ、美形と言っても優男っぽい感じではなくて、こう、野性味の溢れる感じで。亜人だからっていうのもあるんでしょうけど、とにかくそれが格好良くて。女性のファンは相当な数がいたと思います。実際、今でもあの人に思い馳せている人は少なくありませんし」

「…その言い振りだと、フランケンとやらは名前通りの大層な醜男のように聞こえるな」


 完全に仕事だということを忘れている女の態度に関して心中で苦笑を浮かべながら、ルァイズを下した現在のチャンプの容姿について訊ねる。すると女は困った様な笑みを浮かべ、周囲を見渡してからヴィショップの問いかけに答えた。


「フランケン様はその…美形だとかそういう以前の話でして…」

「というと?」

「まぁ、それは実際に見てもらっった方が速いと思います。…っと、あらいけない、私ったら」


 見た方が速いらしきフランケンの容姿とやらを思い浮かべたおかげで熱が冷めたのか、女は今が仕事中であることを思い出して、慌ててカウンターの下に手を伸ばす。そしてそこから一枚の地図を取り出して、ヴィショップに差し出した。


「こちらを。ミライアス・ラグーヌ予選のコースになります」

「予選だと?」

「えぇ、その通りです」


 驚いた様子で聞き返したヴィショップに女は頷き返すと、ミライアス・ラグーヌの予選に関しての説明を始める。


「えぇ。ミライアス・ラグーヌは例年参加者が多いため、前回のミライアス・ラグーヌの完走者以外の参加者には予選を行わせて頂いております。コースは、この街を中心に周囲の砂漠をぐるっと回る形になります。翌日のY0000から始めて頂き、レースを続行可能なチームが十チーム以下になるまで周回を繰り返してもらいます。続行可能なチームが十チーム以下になると最終ラップとなり、次の一週を終えた順番で順位が決定されることになります」


 カウンターの上に置いた地図を使いながら、女は説明する。いつの間にか後ろで騒いでいた三人もヴィショップの周りに来て女の説明に耳を傾けており、実力の高い者を選定するというよりも明らかに参加者の頭数を減らしにかかっているとしか思えない、殺し合い前提のレースのルールを、レズノフは楽しみで堪らないといった様子で、ミヒャエルは先程までとは一転して半ば青ざめた表情で、ヤハドはまるで下水の中身を覗き込んでいるかのような渋面で、ヴィショップは半ばあきらめたような半笑いを浮かべて聞いていた。


「予選の時点で、頭がおかしいとしか思えない内容だな」


 小さく呟かれたヤハドの言葉に、反論する者は誰一人としていなかった。ヴィショップも、レズノフも、ミヒャエルも。そしてヴィショップに予選のルールを説明した受付の女でさえも。誰一人として、いなかった。

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