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Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
115/146

狂騒のオアシス

「これはこれは……随分と好意的な歓迎だな」


 条件通り十五分間砂船を動かし続けて砂船を降り、本船の甲板へと戻ってきたヴィショップとクァルクを待っていたのは、乗り合わせている乗客達の突き刺さるような視線だった。

 ヴィショップが今回の賭けの提案を持ち掛けた船員達が砂船ごと死んだことで、事実上今回の賭けの決着は付いていた。甲板ではレズノフとヤハドが暴れ回ってろくに妨害を行わせず、それを逃れて直接妨害を行う手段も失われた。そして何より賭けを仕切っていた連中がまとめて死んでしまったのが決定的だった。ぽつぽつと客の中から傍観に徹し始めた者が現れたかと思えば、それは瞬く間に他の客へと広がっていった。結局、残り時間を四分残した時点で甲板での喧騒も完全に収まり、ヴィショップとクァルクは悠々と砂船を動かして本船まで戻ってきたのだった。

 しかしいくらルールに反していないとはいえ、その穴を突くヴィショップの手は乗客達にとっては笑顔で受け入れられるものなどではない。しかも本来ならそうした不満をぶつけられる筈の存在である、賭けを彼等に持ち掛けた船員達は死んでしまっている。となれば、そうした不満がヴィショップ達に向けられるのはある意味では当然の流れだった。


「な、なぁ、これ大丈夫なのか? いきなり襲って来たりしないのか?」


 甲板に上がってくるまで、ヴィショップと手を組むことが決まって舞い上がっていたクァルクが、途端に気弱な声音で問いかけてくる。


「何、こいつらも腐ってもギャンブラーだ。自分で乗った勝負の勝ち負けぐらい、ちゃんと呑み込めるだろ。それに、見る限りこれから一戦交える程の気力があるようには見えないしな」


 ヴィショップはそう返して、甲板にの乗客達を見渡す。彼がざっと見渡しただけでも、半分近くが青痣だったり切り傷だったりと何らかの怪我を追っていた。それに加えて、甲板や手すりには本船を離れる前には付いてなかった筈の血痕が所々付着している。それらがヴィショップがこの場を離れている間に、彼等が受けた仕打ちがどのようなものであったかを物語っていた。


「おォーい、返ってきたかよォ、ジイサン!」

「レズノフか。…お前、どこにいるんだ? 出て来いよ」


 すると不意に乗客達の中からレズノフの声が飛んでくる。しかし声を出すだけで目の前に出てくる気配は無く、それをヴィショップが訝しげに思っていると、彼の眼の前の乗客達が渋々と周囲に散り始めた。


「いやぁよォ? せっかく稼がせてもらったんだし、ちぃっとばかし労ってやろうと思ってなァ」


 人垣の向こう側にあったのは、丸テーブルに腰かけて酒を煽るレズノフとミヒャエルと、机に突っ伏したまま面を上げる気配を見せないヤハド、そして机上にその面積の大半を占めて構築された、銀と銅の輝きで構成された城の姿だった。


「うわぁ…」

「それが今回の勝ち分か?」


 大量の銀貨と銅貨で作られた城を前に、クァルクは茫然と口を半開きにさせる。そんな彼女を尻目にヴィショップは椅子を引いてテーブルに突くと、日の光を受けて煩わしい程に輝く銀と銅の城壁を軽く手で撫でた。


「そうですよ。これから船員さんが来て、数えた上で金貨に変えてくれるそうです」

「まぁ、こんだけの量を持ち歩けはしないからな」


 自身の身長よりも高いところにある城の頂点を見上げて、ヴィショップは苦笑を浮かべる。どれだけの量があるのか正確には分からないものの、少なくとも金貨二十枚程には化けそうだった。ざっと、『グランロッソ』の一般的な平民の年収十年分ぐらいであり、今までのヴィショップ達の『ヴァヘド』での報酬の類の中でもトップの金額だった。


「こ、これだけあればオルートを何体買えるんだろうか…」

「…でェ? その横の人間だか犬っころだかハッキリしねぇガキは、一体何者なんだァ?」


 ふらふらとヴィショップの隣にやってきて、危なげな瞳で銀貨と銅貨の城を見上げるクァルクを、レズノフが指差して訊ねる。


「こいつについては……まぁ、俺自身もまだよく分かってない。とりあえず、出会ったのはついさっきだ」


 そう言って、ヴィショップはクァルクと知り合った経緯を語る。元々かなり突発的な出会い方だった為、途中クァルクが椅子を欲し出して中断したりしながらも、五分足らずで経緯を含め先程のギャンブルを行うに至った経緯まで語り終えることが出来た。


「イカサマされてるところを助けたら一目惚れ、ねェ。まるで三文恋愛小説だ。なァ、ジイサン?」

「俺に言うな、俺に。文句なら頭と尻の軽いこっちのガキに言え」


 話が終わるや否や軽口を叩き出したレズノフの矛先を、ヴィショップは面倒臭そうに手を振って隣のクァルクへと向けさせようとする。


「おい、何だよその言い振りは。お前、あの金は誰のおかげで儲けられたと思ってるんだ?」


 ヴィショップの言葉を聞いたクァルクが、不満そうに唇を尖らせて抗議する。彼女の指先は、机の上から床の上に移され、船員達が数人がかりで勘定している大量の銀貨と銅貨に向けられていた。


「大方俺のおかげだろ。勝負を持ち掛けたのは俺だし、予め布石を打っておいたのも俺だ」

「そ、そりゃーそうだけど、オレだって…」

「だから大方だって言ったろ。お前のは、そうだな、大体あれぐらいが丁度良いだろ」


 そう言って、ヴィショップは船員が取り分けた銀貨の小山を指差す。


「なっ!? いくら何でも少なすぎだろ! あれの二倍くらいはオレの功績だろーが!」

「うるせぇな、それは今いいんだよ、どうでも。問題はお前がの活躍じゃなくて、お前自身だ」

「オレ? 自己紹介ならもうすんだろ?」


 納得がいかずに声を上げるクァルクをあしらうと、ヴィショップは銀貨の小山へと向けていた指先をクァルクへと向ける。指先を突き付けられたクァルクは、不思議そうに頭を傾げてみせた。


「まだ、お前の目的を聞いてないだろうが。お前、何の目的があってミライアス・ラグーヌに出るんだ?」


 ヴィショップの発した質問は純粋なクァルク自身への疑問であると同時に、ミライアス・ラグーヌ自身の持つ価値を問う質問でもあった。

 ミライアス・ラグーヌは『ミッレ・ミライア』で行われるギャンブルでも、トップクラスの規模を誇るギャンブルである。動く金は莫大であり、優勝賞金は回毎に若干変動するものの、大抵は金貨三百枚相当が支払われる。それに加えミライアス・ラグーヌ全体で『ミッレ・ミライア』が弾き出す収益は、国家予算の十数パーセントを担うと噂される程だ。しかしヴィショップ達が追っているマジシャンが、金の為だけに下手な戦争より生き残る確率の低いギャンブルに参加するとは考え難い。恐らくは金とは別に、ミライアス・ラグーヌで得られる何かが有るとヴィショップは考えており、クァルクに対する質問はその“何か”を探る意味合いも持っていた。


「何が目的って、そんなもん金に決まってるだろ。それ以外に何があるんだよ」

「……まぁ、薄々そんなところじゃねぇかとは思ってたよ」


 しかしやはりと言うべきか、クァルクの返した返事は何の参考にもならない、平凡極まるものだった。ヴィショップは予想を裏切らないクァルクの返答に肩を落としつつも、それでも何かあるのではないかと質問を重ねる。


「何か、もっと他に無いのかよ、もっとほら、こう…」

「他にぃ…? あっ、そうだ。優勝すれば有名になれる、っていうのも目的の一つだな!」


 何とかして別の答えを引き出そうとしていたヴィショップだったが、そのクァルクの返答でこれ以上彼女の目的からアプローチをかけることを、完全に諦めた。どうやら完全にクァルクは、金と名声の為だけに手っ取り早い自殺染みたレースに参加する気でいるらしかった。


「ヒャハハ。いいねェ、妙な屁理屈並べねぇでよォ。素直なイイガキじゃねぇかァ、なァ、ジイサン」

「単に、自分はどうあっても死なないと勘違いしてる、ありがちなミドルティーン(馬鹿)だろ」

「ヒャハハハハッ! 違げぇねェ。で、どうすんだ、ジイサン?」

「あ?」


 レズノフの質問の意味が分からずに訊ね返す。するとレズノフは底意地の悪そう、というより腐ってそうな笑みをヴィショップに向けた。


「その馬鹿に、命を預けるってことでいいのかァ?」

「それは…」


 レズノフの問いで、ヴィショップはクァルクと交わした約束の存在を思い出す。

 思わず言いよどんだヴィショップは、ゆっくりと視線を隣に座るクァルクへと向ける。すると半開きになった琥珀色の瞳が、じっとヴィショップを睨みつけているのが視界に入った。


「約束だからな。どのみち、操縦者は欲しかったとこだ」


 嘆息混じりにヴィショップが返事を返すと、隣から満足気に鼻を鳴らす音が聞こえてきた。レズノフは、鼻を鳴らした張本人とヴィショップを交互に見てから、自身のごつい右手をクァルクへと差し出した。


「そういうことなら、よろしく頼むぜ、嬢ちゃん」

「あぁ。こっちこそよろしく頼むぜ、オッサン」

「ハッ、言うねェ。ますます気にいったぜ」


 子供扱いの呼び方に対抗するかのようなクァルクの返しに、レズノフは面白そうに唇を歪める。そして彼女が差し出してきた手を取り、力強く握手を交わした。


「い、痛い! 少し加減しろ!」

「あん? 何だよ、口はいっちょ前でも、身体の方は…」

『乗船宙中のお客様にご連絡いたします』


 慌てて手を引っ込めたクァルクをレズノフがからかっていると、不意に拡声器を通した様な声が船上に響き渡る。その声がマストの上で見張りをしている船員が、神導具を用いて拡大させている声だと気付いたのは、声の聞こえてくる上方を見上げてからのことだった。


『本船はまもなく、目的地である『ミッレ・ミライア』に到着します。お手持ちのお荷物をお纏めの上、お忘れ物のないようにお気お付け下さい。本日は本船をご利用頂き、まことにありがとうございました』

「何だ、もう着くのか。意外と速かったな。もう一日ぐらいかかると思ってたぜ」


 目的地が迫っていることを告げる船員のアナウンスを聞いて、ヴィショップが意外そうな声を漏らす。それは声に出してこそいないものの、他の二人も同じのようだった。


「砂流に乗って進んでるからな。景色は代わり映えしないし揺れも少ないから気付きにくいけど、結構な速度を出して進んでるんだぜ、コイツ」


 その疑問に答えたのはクァルクだった。試しにヴィショップが手すりから下を覗き込んでみると、地表の砂が船の進む方向に合わせて動いているのが見て取れた。


「確かに河みたいに砂が流れていってるな。こいつは一体、どういう現象なんだ?」

「砂船には、経路毎にそこを仕切ってる元締めみたいのがいんだよ。で、そいつらが砂船の航行時間に合わせて、魔法で砂を動かしてるらしーぜ」


 そう言ってクァルクは、指先を船外の砂漠へと向けた。彼女の指差した方向には、柱を支えに地表から二、三メートル程の高さに建てられた小屋のようなものがあった。


「あそこに魔術師が住んでるんだ。で、あんな感じの奴が経路毎に、一定間隔で立ってんだよ」

「そういや、あんなのがいくつかあったような…」


 船内カジノに入る前、クァルクが指差しているような建物をいくつか見ていたことを、ヴィショップは思い出す。その時は灯台のような役割でも持っているのではと考えてたが、実際にはそれよりも重要な役割を持っていたようだ。


「それはそーとさ」

「ん?」


 自然そのものに変化を促し得る、魔法という存在の力に改めてヴィショップが簡単していると、不意にクァルクが彼の袖を引っ張った。


「こいつはどうすんだよ?」


 振り向くと、クァルクは先程から机に突っ伏したままのヤハドを指差して、問いかけた。ヴィショップは小さく溜息を吐くと、ヤハドが腰かけている椅子の脚目掛けて爪先を振り上げた。








「……これが、『ミッレ・ミライア』か」


 今まで乗ってきた砂船を背後に、港に降り立ったヴィショップは目の前に広がる光景を眺めながら、一言呟く。

 ヴィショップが『ヴァヘド』を訪れてから見てきた、“都市”と呼べるような場所は『グランロッソ』と『スチェイシカ』の首都の二つだけだった。そして今、目の前に広がる『ミッレ・ミライア』はその二つと肩を並べ得る規模を誇ると同時に、その二つは大きく異なっていた。

 まず否応なしに気付いた違いは、人の活気だった。厳しい警備体制の下抑圧されていた『リーザ・トランシバ』はともかくとしても、『グランロッソ』の首都『クルーガ』を遥かに凌ぐほどの活気を、ここ『ミッレ・ミライア』は有していた。人の数はもちろん、人々の発する熱気も段違いで、時期の要素はあるにしても圧倒的と言わざるを得ない程の活気がこの地に渦巻いていた。

 次に気付いた違いは、建物の違いだった。精々が高くて二階程度の建物が基本だった両都市に対し、『ミッレ・ミライア』の建物は背が高かった。三階、四階は当たり前で、五階建てや六階建ての建物まで何食わぬ顔で鎮座している。また建物の高さに比例するかのように看板の数も多く、その猥雑とした雰囲気はどちらかと言えば、ヴィショップ達が元々生きていた世界の持つ雰囲気に近かった。

 もっとも、そういった街のどこか歪な構造は、必要があって生まれたものであることは間違い無かった。なにしろ、国としての機能の全てがこの一つの都市に集約されているのだ。その上で国益の為に賭博場を始めとし、それを目的に外国から集まってくる人々の為の宿泊施設等を用意をしなければならない。かといって、それら全てを用意するだけの広さはこの街にはない。結果、建物の上に建物を積み重ねていく手段が取られたのだろう。


(この調子なら、近い内に地下にも手を伸ばしそうだな)


 妙な懐かしさを覚えながら、ヴィショップは心中で呟く。たかが一望しただけに過ぎないにも関わらず、ヴィショップはこの粗野で脈絡の無い街を悪くないと感じ始めていた。


「うっわ。何ですかこの街。何か、もう胃が痛くなってきましたよ」


 感慨に耽っていると、レズノフ、そして額に汗を浮かべてヤハドに肩を貸すミヒャエルが姿を現す。


「そうかァ? 俺は好きだぜェ、こういう感じ。さて、取り敢えず酒が飲めて博打が出来て女が抱ける店でも探すかァ?」

「そんな店なら、探さなくても嫌と言う程転がってるから安心しろよ」


 明らかに優先順位のカーストにおいて下位に位置づけされるであろう目的を、レズノフは生き生きとした表情で達成しようとしだす。それを嗜めたのは、後から続いて降りてきたクァルクだった。


「来たことあるのか?」

「ミライアス・ラグーヌを観に何度かな。取り敢えず、泊まる場所を探そうぜ。色々と揃えなきゃなんねーものがあるし、さっさと拠点を作っちまった方が良い」


 クァルクはそう言って、金貨が入った布袋を振る。それは先のギャンブルで稼いだ金のクァルク分の取り分で、中には五枚の金貨が入っていた。


「そいつの意見に賛成だ。行くぞ、三大大罪馬鹿共」


 クァルクの意見に賛同したヴィショップは、彼女に先導を任せ市街地に向けて歩き出した。

 足を踏み入れる前から分かり切っていたものではあるものの、市街地の混み様はかなりのものだった。決して広いとはいえない道に人々が命一杯詰まっており、自身の周囲にあるスペースは三十センチあれば良い方だ。人々の頭の間を縫う様にして視線を向けながら周囲に何があるのかも知ることが出来ず、少しでも立ち止まろうものなら次の瞬間には人の波に呑み込まれることとなる。そのような状況であるからまともに景色を見ることが出来るのは上方ぐらいで、そこでヴィショップはやけに数の多い看板の意味を知ることになった。


「成る程。まともに周りのもんが見れないから、こんだけ看板があるってわけか」

「そういうことだな」


 感心して呟くヴィショップだったものの、実際は呑気に看板を見ている暇はなかった。というのも、背の低いクァルクは他の人間の影に隠れてしまいやすく、見失わないようについて行くのは中々に骨だったからだ。


「あっ、そうだ。スリには気を付けろよ。ここら辺はそういうのが多いんだ」

「…そういう台詞が、カモ臭さを際立ててると思うがな」

「痛たたたたたたっ!」


 小刻みにぴこぴこと動くクァルクの犬耳を目印に追いながら、ヴィショップがクァルクの後を追っていると、不意に後方から甲高い悲鳴が聞こえてくる。


「何かあったのか?」

「さぁな。俺等の知ったことじゃ…」

「何すんのよ、あなた!」

「何をするのだと? それはこっちの台詞だ、売女が」


 厄介事は御免だとばかりに先を急ごうとするヴィショップだったが、女の声に続いて聞こえてきた声を聞いて、既に自分がその厄介事に片脚を突っ込んでいる状況であることを悟る。


「おい、今の声って…」

「いいから行くぞ。ミヒャエルの野郎が連絡手段を持ってる。何とかなるだろ…レズノフ、居るか?」


 戸惑うようなクァルクの声を遮り先に進むように告げると、ヴィショップは残った一人の名を呼んだ。


「呼んだかァ、ジイサン?」

「居るんなら別にいい」


 前回の一件があるまでは、単独行動させたくない人物のトップだった人物がきちんとついて来ていることを把握すると、ヴィショップは一切の未練無く後方より聞こえてくる揉め事から遠ざかっていった。

 そうした約二名の犠牲が功を為したのか、以降は特に揉め事を起こすことなく進むことが出来、大体三十分程で目的地にクァルクが定めていた宿屋まで辿り着くことが出来た。


「『ホテル・スパノザ』…泊まったことはあんのか?」

「前に来た時にな。逸れちまったあんたの仲間のことや手に入れるべきものなんかのこともあるし、とっととチェックインしちまおーぜ」


 建物の中に入りやっと一息吐いたところで、ヴィショップはクァルクに問いかける。クァルクはその問いに答えると、小ぢんまりとしたフロントに近づき、髭を生やした痩せ気味の男に近づいていく。


「で、ジイサン。逸れちまった連中はどうするんだァ?」

「部屋に上がったら、連絡を入れるさ。ミヒャエルはともかく、ヤハドの方はプロだ。女に絡まれた程度、何とか出来るだろ」


 クァルクがフロントに向かうと、何時の間に手に入れたのかレズノフが酒瓶を手に取りつつ、ヴィショップにヤハドとミヒャエルについて訊ねてくる。ヴィショップはレズノフに右手を突き出し、酒瓶を要求しつつ質問に答えた。


「でもよォ、ターバン野郎の方は随分と参ってたぜェ?」

「船酔いが原因で死ぬ国際テロリストか。ラングレーの連中を笑い死にさせる兵器としちゃ、文句無しだな」

「取れたぞ。四階の402号室だ」


 ヴィショップが軽口で答えていると、チェックインを済ませたクァルクが部屋の鍵を、指にひっかけて回転させながら戻ってきた。


「一部屋だけか?」

「そうだけど?」

「一つの部屋に男四人とガキ一人がすし詰め状態か。いいね。間違いは起こらなそうだし、サウナ並に蒸し暑くて健康にも良さそうだ」

「この時期は一部屋しか取れねーんだよ。広めの部屋を取ったから我慢しろ」


 そう言うと、クァルクは部屋の鍵を弄びながら階段を上っていく。ヴィショップは溜息を吐き、レズノフから受け取った酒瓶を一口飲むと、レズノフと共にその後に続いた。


「…まぁ、何とか五人いけるか」


 四階まで上がり、402号室に足を踏み入れたヴィショップは部屋を一通り眺めて一人ごちる。

 部屋の中には一つのテーブルと四脚の椅子、そして二段ベッドが二つ置いてあった。それ以外には何も置いてはおらず、カーペット一つ敷かれていない殺風景な部屋ではあったものの、その代わりなのか掃除自体は意外とちゃんと行われており、衛生面での不備は一瞥したところそこまでなさそうだった。


「しかしそうなると、誰か一人嬢ちゃんと一緒に寝なくちゃならんことになる訳だがァ?」

「ざけんな、あんたが床で寝ろ」


 二つの二段ベッドを眺めながらレズノフがからかってみると、即座にクァルクから冷たい返事が返ってきた。返ってきた返事は照れといった要素は微塵も無い冷たい声音で、それを叩きつけられたレズノフは苦笑を浮かべて肩を竦める。


「にしても……こうして見ると、随分と人間じゃない奴が多いな」


 そんな二人のやりとりを尻目に、窓から通りを見下ろしていたヴィショップが呟く。

 通りの真っただ中を歩いて居た時は、忙しなさに気を取られて中々気付くことが出来なかったが、こうして上から見下ろしてみると、山羊の様な角が生えている者や猫の様な耳が生えている者、頭の上で爬虫類の尾先を揺らしている者など、亜人と呼ばれる存在の姿が目に付いた。そうした面々を見ている内に、ヴィショップはまだ自分はこの世界(ヴァヘド)の多くを知り得ていないのだ、ということを再認識していた。


「まぁ、人間じゃねー連中の多い国も結構あるからな、ここら辺は。それより、そんな台詞外では絶対言うなよ。相手によっちゃ、その場で殺し合いになりかねねーからな」

「そういうのはむしろ、そっちのデカブツに言うべき台詞だな」


 軽口を叩きつつ、ヴィショップは忠告をしてきたクァルクの方に向き直り、窓枠に腰を降ろした。


「取り敢えずこれから逸れた連中と連絡を取るが、その後はどうする?」

「そうだな。取り敢えずミライアス・ラグーヌにエントリーする為にも、必要なものを揃えなくちゃなんねーな」

「必要なものっていうとォ?」


 いつの間にか二段ベッドの上層に移動していたレズノフが、酒瓶を傾けながらクァルクに訊ねる。クァルクは顔を上げてレズノフに視線を向けると、彼の質問に答えを返した。


「ミライアス・ラグーヌに必須なものっていったら、決まり切ってんだろ。オレ達が乗る砂船と、それを曳くオルートだよ」

「成る程ね。しかし、それは今からここで買っても、間に合うようなもんなのか?」


 納得したように頷きつつも、ヴィショップはクァルクに質問を投げかける。


「当然、無理だね。揃えることは一応出来るけど、勝ち抜くことはおろか生き残ることも出来ねーと思うぜ。だから大抵の参加者は、予め自前の砂船とオルートを用意してここにくる」


 言葉の内容と裏腹に、クァルクの顔には自信が満ち溢れていた。どうやら、彼女はこの問題に関しても何らかの対策を既に用意しているらしい。

 しかしどういう訳か、クァルクはそれを中々切り出そうとはしなかった。ヴィショップとレズノフが次の言葉を無言で待っているにも関わらず、彼女は隠し切れていない自身と、むず痒さのようなものが入り混じった表情を浮かべたまま、若干顎を上げてヴィショップを見つめたまま、沈黙を貫いていた。


「……なんだってー、それじゃーおれたち、これからどうすればいいんだー」


 数秒程訝しがったところでヴィショップは、ようやくクァルクが自分達を最大限驚かせる為、焦り出すのを待っていたのだということに気付く。そこでヴィショップは仕方なく、吐き出しかけた溜息を呑み込んで下手糞な芝居を一つ打ってやった。


「なぁーに、安心しろ! ちゃぁんとそれについては、オレが考えを用意してある!」

(マジかよ)


 見るからに演技臭いヴィショップの反応だったが、それでもクァルクにとっては充分満足だったらしい。彼女は、その単純さにヴィショップが呆れかえっていることも知らずに、誇らしげに胸を張り、嬉しそうに頭の上の耳を動かしながら、宣言するかのように声を上げた。


「とびっきりの船とオルートを確保する考えをな!」


 物足りないのか、今一度クァルクは声を上げる。ヴィショップはそんな彼女の様子を苦笑を浮かべながら眺め、レズノフはニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべつつ眺めていた。

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