死に至る速度
「っと、こんなもんかな」
ベルトの金具を留めて砂船とオルートとを繋いだクァルクは、オルートの背を優しい手付きで撫でながら呟く。今の彼女はカジノに居た時から被っていたフードを下ろしており、黒に黄褐色が混じった髪と頭のから生えている二つの犬耳は隠されることなく露わになっていた。
「さて、あいつを呼ぶとするか」
最後にしっかりと留め具が留まっていることを確認してからクァルクは振り返る。その視線の先には、壁の方を向いているヴィショップの姿があるだけで、この場所の見張りをしていた船員達の姿は無かった。恐らくは今頃上に出て、客達にこれから行われるイベントの宣伝を行っているのだろう。
「おい、こっちは準備終わったぞ!」
「…あぁ、そういうことで頼む。じゃあな」
クァルクに呼ばれるとヴィショップは、小さな声で別れを告げると腕に填めているブレスレット型の通信用神導具を袖の中に隠す。そしてさっそく砂船に乗り込み始めているクァルクへの許へと向かった。
「何してたんだ?」
「何、賭けに勝つ仕込みを少しな」
物珍しそうに砂船とオルートの姿を眺めながら、ヴィショップはクァルクの放った質問に答える。すると彼女から、自信に満ちた声が返ってきた。
「あの連中に砂船を快く貸させちまうあんたの口の上手さは素直に驚くけど、残念ながらあんたの仕込みとやらは使うことなく終わりそうだぜ」
「というと?」
「だって今からやるのは砂船を止めることなく十五分間動かし続けるだけなんだろ? そんなのオレにかかれば、目を瞑ってても出来るぜ」
「…あぁ、成る程。そうだったな、お前は耳だけじゃなく頭も犬並だったな」
クァルクの能天気な言葉を聞いたディンゴの口から盛大に溜息が漏れる。それを見たクァルクは不満そうな顔つきでヴィショップを睨む。
「何だよ。それ、どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。とにかく、仕方がねぇから今から説明してやる」
ヴィショップはそう言いながら砂船に乗り込む。そしてホルスターから魔弓を引き抜き、魔弾が装填されていることを確かめながら、今から行われる“賭け”の概要をクァルクに説明し始めた。
「俺が連中相手に、ルールは十五分間砂船を走らせ続けられれば勝ち、つうの以外に無いって言ったのは憶えてるか?」
「あぁ、そんなこと言ってたな」
「つまり勝ち負け以外には何やってもいいってことだ。船の上から矢で撃とうが、魔法をぶっ放そうが何でもな」
ヴィショップの説明を聞いた途端、クァルクの顔から余裕の色がみるみる消えていく。
ただし幸いなことに彼女から余裕こそ消えたものの、逆に恐怖に支配されるということもなかった。消えた余裕の代わりに彼女の表情に浮かんできたのは、腹を括った者が抱く緊張の色だった。
「ほう、てっきりみっともなく騒ぎ出すかと思ったんだけどな」
クァルクの表情を見て、ヴィショップが意外そうな声音で声を漏らす。それに対して彼女は、微かに八重歯を覗かせた微笑を返した。
「まぁ驚いたけどさ、どの道ミライアス・ラグーヌに出るんなら避けられねー道だしな。むしろ、丁度良い予行演習になるぜ」
手綱を握りしめながら、クァルクはそう返事を返した。その言葉が単なる威勢だけの代物ではないことは、ヴィショップをしっかりと見据える彼女の双眸が物語っていた。
(頭は回らねぇが、根性は十二分にあるみてぇだな。悪くねぇ)
確かな覚悟を宿したクァルクの琥珀色の瞳を見て、ヴィショップは彼女に対する評価を些か改める。そして微笑を浮かべると、一つの決断を下した。
「良い目付きするじゃねぇか。気に行ったぜ。こいつを無事に生きて終えられたら、お前の話に乗ってやるよ」
「それって…!」
ヴィショップの言葉を聞いたクァルクが、嬉しそうな表情を浮かべて顔をヴィショップへと近づける。それと同時に彼女の頭上の耳も忙しなく動き始める。
「出てやるよ、お前と組んでミライアス・ラグーヌにな」
「…っ! よっしゃあっ!」
とうとう我慢できなくなったのか、ガッツポーズと共にクァルクが飛び跳ねる。その結果、二人が乗っている砂船が揺れ、それを不満に思ったのか砂船に繋がれているオルートが鳴き声を上げた。
「あっ、やべっ」
「…おい、その魔獣大丈夫か?」
室内に響き渡る唸り声のような鳴き声で我を取り戻したクァルクは、慌てて砂船の上に座る。ヴィショップは手にした魔弓をオルートへと向けつつ、オルートが暴れ出したりしないかをクァルクに訊ねた。
「大丈夫だろ。競技用とかの奴ならともかく、この手の客船で使われてる類の奴等は、去勢とかもされて大人しくされてるし。こんくらいじゃ暴れ出さねーって」
「…ならいいんだけどよ」
小さく安堵の溜息を漏らしながら、ディンゴはオルートへと向けていた魔弓を下ろす。そして空いた方の手でズボンの尻ポケットから懐中時計を取り出すと、現在の時刻を確認した。
「そろそろだな。準備しとけよ」
「そいつはもうバッチリだぜ」
ヴィショップの呼びかけに答えると、クァルクは視線は船員達が開きっぱなしにしていった壁と向ける。
一拍置いて、クァルクが手綱を軽く動かす。すると砂船に繋がれたオルートが、脚の様な前ヒレを使って地面を這い出した。オルートは砂船を引きずりながら鈍重な動きで開きっぱなしになっている壁の方に向けて動く。その動きが止まったのは、オルートの鼻先が砂漠の乾き切った風に触れ始めた辺りで、クァルクが手綱を引くと素直にその動きを止めた。
「一応、言う事は聞かせられるみたいだな」
「…疑ってたのかよ?」
「自分の目で見たことないものは信用出来ない性質なんでね」
「舐めやがって……そういや、あんたがさっき言ってた仕込みってゆーのは、一体何なんだ?」
思い出した様にクァルクがヴィショップに訊ねる。ヴィショップは意味有り気な笑みを浮かべて、短い返事を返した。
「まぁ、その内分かるさ」
「何だよそれ…」
「…時間だ。船を出せ」
懐中時計を床に置くと、ヴィショップはクァルクに砂船を出すように告げる。
「ちぇっ、分かったよ。…舌噛むなよ?」
口角を吊り上げて意地の悪い笑みを浮かべると、クァルクは脇に置いてあった鞭を手に取る。鞭を手にしたクァルクは調子を確かめるように一度空を切って鞭を振るうと、勢いよくオルートの背に鞭を打ち付けた。
背を鞭で打たれたオルートは先程の唸りとは比べ物にならない声量の咆哮を上げると、身体を沈み込ませて溜めを作る。そして次の瞬間、全身を使って自らの巨体を飛び上がらせ、カーキ色の海に向けてその身を投げ出した。
「うおっ!?」
まさか飛び込むとは思ってなかったヴィショップは、浮遊感を感じながら驚きの声を上げる。しかし浮遊感を感じていたのもつかの間の間で、声を上げた直後には衝撃と共に砂塵を巻き上げて、オルートとヴィショップ達の乗る砂船は船を出て砂漠の中に着地していた。
「くそっ、もうちょっと静かに入れねぇのかよ…」
「おい、出て来たぞ!」
「アレだ、アレ!」
舞い上がった砂を被る形になったヴィショップは、浴びてしまった砂を払い落としつつクァルクに文句を飛ばそうとする。しかし全てを言い切る前の上方から興奮し切った調子の複数の声が飛んできて、ヴィショップは顔を声のした方向へと向けた。
ヴィショップが顔を向けた先には、ヴィショップの乗る砂船を見下ろしている客達の姿があった。客の大半は船縁に立ち柵から身を乗り出してヴィショップとクァルクを見下ろしていたが、中にはマストによじ登っているような客が数人混じっていた。
果たして自分達を見下ろしている視線の内の、一体何パーセントがヴィショップ達が生き残る方に賭けているのか。オッズ表のようなものはヴィショップの居る位置からは見えないので正確な数字は分かるはずもなかったが、それでも自分達が生き残る方の倍率がとんでもない値になっていそうなことだけは、見下ろし地得る客達の顔を見てれば簡単に知ることが出来た。
「さぁーっ! 主役が登場しました! ルールは単純、十五分間の間砂船で走り続ける、ただそれだけ! それ以外のルールは一切無しッ!」
船上から客を煽り立てる船員のものと思しき声が聞こえてくる。よくよく聞いてみればそれは、ヴィショップとクァルクがこのギャンブルを持ち掛けた船員の声だった。
「スタートまで五秒前ッ! 5! 4!」
「始まるぞ」
「あぁ」
カウントダウンを告げる船員の声を聞きながら、ヴィショップはクァルクに声をかける。
「3! 2!」
「とにかく動きを読まれるような動き方はするな。もし魔法が来たら出来る限り教えるから、ちゃんと躱せよ」
「魔法以外が来たら?」
振り返らずにクァルクが訊ねる。彼女の問いかけに対し、ヴィショップは迷うことなく答えた。
「1!」
「俺が撃ち落としてやる」
ヴィショップがそう答えた直後、
「スタァァァァトッ!」
船員のシャウトと共に太鼓のような音色が青空に響き渡る。それを合図にクァルクがオルートに鞭をやり、背と頭だけを出して身体を砂の中に埋めていたオルートは力強く砂船を曳いて砂漠を泳ぎ始める。
そしてヴィショップ達が乗る砂船が動き出すのを待っていたかのように、船上から十個近くの細い影が飛び出て砂漠の空に舞った。
「いきなりかっ!」
「い、いきなりって、何が!」
船上から飛び出した影が矢であることを瞬時に見抜いたヴィショップは悪態を吐く。前で手綱を握っているクァルクが焦りが混じった口調で問いかけてくるが、ヴィショップはそれを無視して右手で構えた魔弓を空へと向ける。
飛んでくる矢に向けて魔弓を向けたヴィショップの動きが、一瞬だけ止まる。その一瞬の間にヴィショップは、飛んでくる矢の内撃ち落とすべきものとそうではないものを見抜いて、二度引き金を引いた。
砂漠の乾いた大気を震わせて、白銀の魔弓が持ち手の意思に応じて二度、怪物の咆哮のような重低音の調べを奏でる。射出口からは深紅の魔力弾が二発、立て続けに飛び出していき、一秒と経たぬ間に船上から放たれた十本近い矢の内の二本を捉える。そして直径一センチ程度の小さな身に込められた暴威を十全に発揮し、その身に触れた二本の矢を粉々に打ち砕いた。
『うおおおおおおおっ!?』
「な、何だ!?」
空中で撃ち落とされた二本の矢を見た船上の客達から、驚愕の声が上がる。それにつられてクァルクは背後を振り返りかけるが、危うい所でそれをヴィショップが止めた。
「前見てろって言ったろ!」
「だって凄い声が上がってたし…あんた一体、何やったんだ!?」
「矢を撃ち落としただけだ、それより…ッ!」
次の攻撃に備えろ、と言い掛けたところで突如前方で、まるで柱のように砂が真上へと巻き上がる。
ヴィショップは口を動かすのを止めると、目を凝らして前方で起こった異変の正体を確かめる。舞い上がった砂が重力に負けて地上に戻っていく中、熱砂の雨の隙間に二メートルを超える濃い茶色の巨大な物体の姿を見て、慌てて声を上げた。
「クソッ、壁だ、避けろ!」
それが魔法で作り出された岩石の壁であることに気付いたヴィショップは、クァルクに壁を避けるように告げつつ、万が一の場合に備えて魔弓の魔力弁に指をかけた。
しかし彼が魔力弁を引き起こそうとしたまさにその時、強烈な横殴りの力に襲われてヴィショップはバランスを崩し、砂船の上に倒れ込んでしまう。
「なっ…!?」
自分を転倒させた力が、砂船が急カーブを切った際の遠心力であることに気付いたのは、船縁の数センチ横を岩石の壁が掠めて行ってからのことだった。
クァルクによって操られた砂船はスピードを一切落とすことなく、魔法によって作り出された岩石の壁の群れの中へと突っ込んでいた。そして未だに巻き上げられた砂が落ち切っていない壁の群れの中を、砂船はまるでサンゴ礁の中を泳いでいく魚の様に、巧みに壁を躱しながら突き進んでいく。ヴィショップは猛スピードで左右を横切っては消えていく壁の姿を、船縁にしっかりとしがみ付きながら眺めていた。
三十秒ほどで砂船は岩石の壁を後方に置き去りにして、障害物の無い砂漠へと舞い戻る。ヴィショップが背後を振り向き、魔力の供給を断たれて崩れ去っていく壁の数々を眺めていると、手綱を握っているクァルクが彼の方を振り向いた。
「これで満足かよ?」
「……あぁ。少なくとも大口叩くだけの実力はあるらしいな」
得意気な表情を向けるクァルクに向かって、ヴィショップは諦めた様に肩を竦めてみせる。かと思えばその次の瞬間、ヴィショップは右手を振り上げ、手にしている魔弓をクァルクへと突き付けた。
「へっ、ちょっ、何して…!」
いきなり魔弓を突き付けられたクァルクが混乱しながらも何事かを言おうとしたが、それは魔弓が上げた三度の轟音によって遮られた。
目を瞑ることも咄嗟に手で顔を守ることも出来ずに、クァルクは三発の魔力弾が放たれた魔弓の射出口を放心した様子で見つめる。轟音に前後して彼女の背後で鳴った何かが砕けるような音以前に、そうしてまだ彼女の世界が続いていることが、ヴィショップが狙っていたのがクァルクではなかったことの何よりの証明だったものの、それでも彼女が自分が死んでいないことに気付くのには少しの間を要した。
「…前方に魔法で作られたデカい氷柱が三つだ」
「……えっ? ど、どこだ!?」
呆れた口調でヴィショップに告げられて、やっとクァルクは前方に視線を戻す。しかし戻した先にあったのは砕かれた氷が太陽の光を反射して光る、この場には到底不釣り合いな美しさを持った光景だけだった。
「もうぶっ壊したよ。実力はあるが、まだまだだな、お前は」
「い、いきなり魔弓を向けられたこっちの身にもなれってんだ!」
そうしてやっと攻撃が仕掛けられていたことに気付いたクァルクに、ヴィショップは一層呆れが深まった視線で見つめる。それに対してクァルクは逆にヴィショップの行動を非難していたが、少しは思う所もあったらしく顔はきちんと前方へと向けていた。
しかしそんな会話を交わしている間にも攻撃の手は休みなく続いていた。今度は砂船の後方の温度が一時的に上昇したかと思えば、四つの火の玉が空中に現れる。
「後方から火だ。こいつは魔弓じゃ撃ち落とせねぇぞ、きっちり躱せ」
「任せとけって!」
「来るぞ!」
クァルクは砂船を左右に蛇行させて狙いを定まらないようにしつつ、ヴィショップが声を上げたタイミングでタイミングで砂船を思いっきり曲がらせる。立て続けに飛来した火の玉は砂船が砂漠の中に描いた曲線の軌跡をに次々と突っ込んでいき、周囲の砂を巻き上げて小規模の爆発を起こす。
しかしそれで終わりではなかった。休む暇も無く砂中から、砂漠にはおおよそ不似合な人の腕程の太さの植物の蔓が生えてきて、砂船を操るクァルク目掛けて襲い掛かる。しかしそれらは彼女の犬耳に触れる前に、もう片方のホルスターから魔弓を引き抜いたヴィショップによって全て撃ち砕かれた。
「あ、あの連中、いくらなんでもやり過ぎだろ!」
立て続けに襲い掛かる魔法による攻撃に、クァルクが声を上げる。ヴィショップはそれに答えることなく、左手の魔弓を口に咥えると右手の魔弓のシリンダーを開いて、新たな魔弾を装填し始めた。
「おい! あんたが言ってた勝ちへの仕込みってやつはどうしたんだ!?」
新たに飛来した岩石の槍が巻き上げた砂を浴びながら、クァルクは背後のヴィショップに問いかける。
「どうやら、やっと動き出したみたいだぜ」
右手の魔弓を振ってシリンダーを閉じたヴィショップは、咥えていた魔弓を離してクァルクの問いかけに答えた。その彼の視線は、距離が開き大分小さく見えるようになってしまった本船へと向けられていた。
「何…ん? 攻撃が止んだ?」
言葉の意味を問い質そうとしたところで、クァルクは魔法による攻撃が止んだことに気付く。それを機と見た彼女は怪訝そうな表情をヴィショップに向け、彼の言っていた勝利への仕込みとやらの正体を訊ねる。
「あんた、一体何したんだ?」
「別に難しいことじゃねぇ。向こうに残っている連れに、頃合いを見て一暴れするように言っておいただけの話だ」
これから行われるギャンブルの内容と、それが始まった後にとるべき行動。それこそがヴィショップが砂船に乗り込む直前に神導具を使って行っていたやり取りの内容だった。
実質的に反撃が殆ど行えない状態で船の人間全てを相手に戦うような分の悪い勝負をわざわざヴィショップが行うことに決めたのは、単にそれ以外に方法が無かったからというだけではない。それに加えて勝つ算段が付いていたからこそ、そのような勝負を提案したのだ。そして、船内で他の仲間と行動を殆ど共にしていなかったが為に、まず間違いなく自身の仕込みが見抜かれることがないという判断の下に。
「そういや、連れが居るって言ってたな、あんた…。でも、それってルール違反になんねーのか?」
感心した様子で呟いていたクァルクが、打って変わって慌てだす。しかしヴィショップは彼女の懸念を、下らなそうに鼻を鳴らして一蹴した。
「ルールは十五分間、俺達が砂船を止めずにいられればいいってだけで、それ以外は一切ねぇ。だからこそ向こうもこんだけ好き放題やってるんだ。今更文句は言わせねぇさ」
そう返したヴィショップは、視界の端に見えた二つの影に気付いてそちらに視線を向ける。そしてその正体を見極めると、面白そうに唇の端を持ち上げた。
「まぁ、向こうは相当キテるみたいだけどな」
「あれ?」
ヴィショップが顎で本船の方を指し示す。クァルクはヴィショップに言われるがままにに顔を向けた途端、浮かべていた表情を驚きで歪めた。
視線を向けた先で視界に飛び込んできたのは、本船から真っ直ぐこちらへと向かってくる、二隻の小型の砂船だった。どうやら船上からの妨害が満足に行えなくなったが為に、残っていた二隻の砂船を持ち出して直接仕留めにかかりに来たようだった。
本来ならその形振り構わぬやり口だけで充分彼女は驚けていたが、今回はそれだけでは済まなかった。何故なら二隻の砂船に乗っている男達はどれもつい最近顔を合わせたことのある連中だったのだから。
「あいつ等……この船の見張りやってた奴等じゃん!」
ヴィショップ達の乗っている砂船を追う二隻の砂船に乗っていた男達、それは先程ヴィショップが持ち出したこのギャンブルを受け入れ、砂船を貸し与えた見張り番の船員達だった。
「大方、客が大負けしそうになってきたんで、慌てて出て来たんだろう。ここで客が負ければ、怒りはこのギャンブルを持ち掛けた連中に向く。そうなった時にその責任を追うのは当然連中だ。そうなったらあいつ等、生きてあの船を降りられないだろうしな」
船員達がこのような無茶苦茶な行動に出た理由を、ヴィショップはクァルクに説明する。ただ、その間にも砂船で追ってくる船員達が気が触れたように矢を射かけてくるおかげで、クァルクは矢を避けるのに追われてまともに聞いていられはしなかったが。
「呑気に説明してる場合かよっ! 撃ち返せっ!」
後ろについてくる砂船を振り払おうと必死です手綱を操りながら、中々撃ち返そうとしないヴィショップに向けてクァルクが声を張り上げる。だがヴィショップは切羽詰まった彼女の態度とは裏腹に、余裕のある声音で返事を返した。
「そうカリカリすんな。あんなジジイの小便みてぇに出鱈目にぶっ放したところで、当たるもんかよ」
ヴィショップの言葉通り、船員達の放つ矢はどれも見当違いの方向に飛んでいた。揺れる砂船の上にという状況に合わせて、這い上がるチャンスだと思って掴んだ糸が実際は地獄への片道切符だったことに気付いたことに起因する焦りのせいで、今の彼等は酔っ払いもかくやとばかりの狙いの悪さを晒していた。唯一まともに飛んでくるのは、嵌められたことに気付いた彼等のヴィショップに対する怨嗟の声ぐらいのものだった。
そんな船員達の醜態を両の瞳で見据えつつ、ヴィショップは左手の魔弓をホルスターに収め、右手の魔弓を両手で構える。
「こういうもんは、一発で決めるもんだ」
ヴィショップの親指がゆっくりと魔力弁を押し上げる。ガチッ、という何かが噛み合うような音が奏でられると同時に、ヴィショップの中の魔力が魔弓に流れ込む。魔力の流し込まれた魔弓は、彫り込まれた装飾が青白く発光する。煌々と照りつける日光の下ではかつてのような派手さこそ失われているものの、それでもなお白銀の中に青白く光る模様が浮かび上がるその様は、並大抵の芸術品を圧倒する程の美しさを持っていた。
しかしその美しさも、ヴィショップが引き金を引いた瞬間に霧散した。代わりに魔弓の射出口から、血の様に深い赤色の魔力弾が飛び出す。見た者に絶対的な死のイメージを植え付ける冷たい紅に染まった魔力弾は、砂船に乗り込んでいた船員達を突き動かしていた怒りを意図も簡単に吹き飛ばし、空いた隙間に泥の様な恐怖の感情を流し込む。そして船員達が自分達がどのような愚行を犯したのかを知った時には、既に魔力弾は爆ぜ、込められた暴力の奔流を周囲に無差別に放出していた。
ヴィショップが狙ったのは、船員達の乗る砂船でなければ、砂船を操る船員達でもなかった。彼が狙ったのは、砂船を曳く魔獣オルートの足元の地面だった。放たれた魔力弾は狙い通りに先行していた片方のオルートの鼻先の地面に命中する。魔力弾が爆ぜると同時に、その衝撃は命中した周囲の砂と一緒に真上にいたオルートの身体をも打ち上げた。
木が砕ける鈍い音と共に、打ち上げられたオルートの曳いていた砂船が浮き上がり、一瞬の間を置いて回転しながら地面に激突し、乗っていた者達を周囲にばら撒きながら粉々になる。そして打ち上げられたオルートは、後方を走っていたもう片方の砂船を巻き込んで地面に倒れ込み、乗っていた人間諸共もう片方の砂船をその巨体で押し潰した。
「こんな風にな」
片や仲良く揃って砂漠に出来た赤い染みと化し、片や勢いよく地面に叩き付けられて人としての形を保たぬ躯と化した船員達を眺めながら、ヴィショップは満足気に呟くと、右手の魔弓を手の中で三度回転させ、ホルスターに収めた。




