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Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
112/146

The Jackal

 ヴィショップ達がこの世界、『ヴァヘド』に訪れてから決して短くない時間が経った。その生活の中で彼等は様々な自らの常識を大きく外れる事象を目にしてきた。この世界に広く普及している魔法という存在を始めとして、元居た世界では考えられないような姿をした魔獣と呼ばれる生物等と言ったものである。

 しかし今ヴィショップ達が味わっている体験は、そういった経験の中でも特に強烈なものだった。


「しっかし、こんな馬鹿げた移動手段があるとはな……」


 木製の船体の上で、ヴィショップは手すりから顔を突き出して下を覗き込みつつ、呆れた声音で呟く。

 彼が立っているのは確かに船体だったが、その下に広がっているのは底の見えない深い青色の海などではなく、生命の気配が悉く排除された砂漠の光景だった。

 ヴィショップ達が乗っている船は、海ではなく砂漠の中を突き進んでいたのだ。


「砂船、か。砂漠での移動手段としちゃ、元居た世界にあった奴よりも速いかもな」


 視線を船首へと移したヴィショップは、この船を引っ張って砂の海を泳いでいる巨大な手の生えた魚のような魔獣を眺めて、感心したように呟く。

 ヴィショップ達が砂船と呼ばれるこの船を初めてお目にかかったのは、ジードからの情報提供があった十日後のことだった。ジードから、『レーフ地方』にある『ミッレ・ミライア』という国でマジシャンと思しき人物が目撃されたとの情報を受け取ったヴィショップ達は、すぐさま準備を整えて『ミッレ・ミライア』へと出発した。旅は順調に進み四日で『グランロッソ』を抜け、六日後には間にある『ヘイルホーク』を抜けて『レーフ地方』に入ることが出来た。そして『レーフ地方』に入った矢先に現れた広大な砂漠の突破方法を考えていたヴィショップ達の前に現れたのが、今彼等が乗船している砂船だった。

 砂船とは『レーフ地方』の中でも砂漠地帯の多い地域で用いられている移動手段で、砂漠に生息する魔獣を人の手によって調教し、それに船を曳かせるという相当に強引な思想の元に生み出された移動手段である。それは科学の発達によって、わざわざ砂漠を堂々と突き進む必要のなくなったヴィショップ達が元居た世界では生まれようの無い存在であり、船を牽引する鯨並の大きさの魔獣の存在も合わさってヴィショップ達に大きな衝撃を与えていた。


「と、いつまでも驚いていられる状況でもないんだったな」


 新たに抱えてしまった問題の存在を思い出して、ヴィショップは手すりから身体を離す。そしてこの砂船に乗船する直前に受け取った一枚の紙切れを見て、どうしたものかと無精髭を擦った。

 ヴィショップの手の中の紙切れには、彼等がこれから訪れようとしている『ミッレ・ミライア』で行われるレース、ミライアス・ラグーヌの宣伝が書かれていた。ヴィショップの視線はその文章の中に記された一文に注がれていた。


「てっきりレースっていうのは馬を使ったもんだと思っていたが……まさか砂船(こいつ)を使ったレースだったとはな」


 手すりを拳で軽く叩いてヴィショップは呟く。マジシャンが参加すると言われている賭けレース、ミライアス・ラグーヌとは、ヴィショップ達がつい先程初めて目にした砂船を用いて行われるレースだったのだ。


「流石に馬と同じようにはいかねぇだろうしな…さて、どうしたもんか…」


 馬ぐらいなら殆ど経験が無くても乗りこなせたヴィショップだったが、流石に魔獣となればそのような付け焼刃は通用しないだろう。それは同じく別の世界からやってきた他の三人にも言えることだった。


「一応レースに使う船はこんな大型船じゃなく、四人乗れる程度の小型船みたいだが……にしたって本番勝負は無謀が過ぎるってもんだろうな…」


 大きさが違ったところで、結局何のノウハウも無いのでは意味が無い。となるとまずは砂船操縦の為のノウハウを学ばなくてはいけないのだが、生憎とそういった技術を教えてくれそうな人間に心当たりは無く、加えてレースの開催日も差し迫っていた。


「今日中に向こうに着くとして、レースが始まるまで二日…そんな短期間で習得出来るような技術ならよかったんだがな」


 ミライアス・ラグーヌの詳細を知った時点でヴィショップは砂船の操舵手に、小型の砂船を操れるようになるまでどれくらいの時間が必要かを聞きに行った。それに対する返答は無情なもので、まず魔獣に船を付けさせるだけで一年近くはかかるというものだった。


「となれば、残るは現地調達だな…」


 自分達で砂船を操ることが到底無理だと判明した以上、残された手は代わりに砂船を操ってくれる操舵手を見つけることだった。

 ヴィショップは咥えていた煙草を砂漠の中に投げ捨てると、甲板を離れて船内へと歩を進める。行き先はこの砂船の中で客が最も集まる場所である船内カジノだった。


「ふん、随分と盛り上がってんな」


 扉を抜けて船内カジノに足を踏み入れたヴィショップは、耳を劈く歓声に顔をしかめる。カジノといってもかつてヴィショップがラスヴェガスで見た様な煌びやかなものではなく、安酒場のような雰囲気の漂う小汚い広場に過ぎない。にも関わらず、まだ昼ごろだというのにカジノには乗客の殆どが集まっており、カードゲームやルーレット、その外ヴィショップが見たことも無いようなものなど様々なギャンブルに興じていた。

 ただ、それもこの砂船の到着予定地を考慮に入れれば決して不思議なことではない。というのも、『ミッレ・ミライア』は賭博国家の別名を持ち、国家収入の大半が国の至る所で行われるギャンブルで成り立っているような場所だからだ。

 元々『ミッレ・ミライア』は砂漠のど真ん中に商人たちが作った娯楽用の街でありまともな産業など存在しない。その状況は金の力に任せて国家宣言をした後も続いており、『レーフ地方』にひしめく小国の例に漏れず国と言っても国土は一都市程度な為に、ギャンブルの収入だけでも充分に国を動かしていくことが可能だった結果、ギャンブルに収入を依存したままの状況が続いて賭博国家と呼ばれる今の姿がある。

 当然、そのような国を喜んで訪れるような人間は根っからのギャンブル好きばかりである。そしてそんな連中が挙って集まる、『ミッレ・ミライア』最大の規模を誇るギャンブルこそが、参加者の八割が死体に化ける賭博レース、ミライアス・ラグーヌという訳だった。


「取り敢えず、先にここに来てるあのロシアン・ゴリラを探すとするかね」


 傷が痛むと言って部屋に引っ込んだミヒャエル、そして砂船においても船酔いに負けたヤハドとは異なり、意気揚々と船内カジノに向かっていったレズノフの後ろ姿を思い浮かべたヴィショップは、彼の姿を求めてカジノ内を見渡す。しかしこの時期はミライアス・ラグーヌ観戦の為にやってくる為に砂船には定員ギリギリの数の乗客が乗船しており、その多くが集まっている船内カジノは人でごった返している。その為いくらレズノフが大柄だったとしても、高所にでも上がらない限り見渡したぐらいでは到底見つかる筈がなかった。

 ヴィショップは小さく溜息を吐くと、完全に熱狂の渦中にある人混みに突っ込む覚悟を決めて歩き出す。僅かな隙間を身体の向きを一々変えながら潜り抜け、歓喜の絶叫と共に振り上げられた腕を躱し、落胆の悲鳴を上げながら不規則な動きを見せる身体を避けて、船内カジノの奥へ奥へとヴィショップは進んでいった。


「チッ、あの野郎一体どこにいやがんだ?」


 しかしいくら進んでも一向に見覚えのある銀髪は見えてこなかった。ヴィショップは舌打ちを打つと、ウェイターが運んでいたカクテルの注がれたグラスを一つ掠め取り、一端人混みから抜け出る。そして壁に背中を預け、カクテルで喉を潤しながら一息ついた。


「ふぅ……駄目だ、こいつ等の熱気にはついていけん」


 カクテルを飲み干したところで、ヴィショップはレズノフを見つけ出すことを諦める。


(流石にあいつも一日中ここには居ねぇだろう。待ってればその内部屋に戻ってくるだろうし、そのタイミングで話しはすればいいか)


 空になったグラスを床に置いたヴィショップは、今一度目の前に広がる人混みを見つめる。喜怒哀楽に任せて躍動する肉の壁を前に戻る気力すら萎えてしまう前に、頬を軽く叩いて覚悟を決めるとヴィショップは再び人混み目掛けて突っ込んでいった。


「むぅ…くっ…」


 人の背中を押し退け、遠慮無く振られた腕を避けながらヴィショップは、人々の頭越しに見える出口に向かって進み続ける。


「あと…少し…!」


 カジノの出口まで後数メートルもないというところまで迫ったヴィショップは、邪魔な背中を押す腕に力を込めてラストスパートをかけようとする。

 だがその瞬間、不意に後ろから衝撃を受けてヴィショップはバランスを崩した。


「なっ!?」


 バランスを崩したヴィショップは近くの人を支えにしようと手を伸ばすが、邪魔そうな素振りで身体を捩られて躱されてしまう。その結果ヴィショップは、近くでカードゲームをしていたみすぼらしいフードを被った小柄な人物に向かって背中から倒れ込んでしまった。


「うおっ」

「ふぎゃっ」


 小柄な人物を下敷きにヴィショップはカードゲームの行われていたテーブルに倒れ込む。衝撃で巻き込まれた人物の手にしていたカードと、積まれていたチップがテーブルの上にぶちまけられ、同じテーブルにいた三人の男とディーラーがぎょっとしたような表情を浮かべて僅かに身を引いた。


「くそっ、どこのどいつだ、押しやがったのは…」

「おいおい、兄ちゃん気を付けろよ」


 テーブルに手を突いて身体を起こしたヴィショップは背後を振り返るが、当然彼を押した人物など分かる筈もない。そこに隣に立っていた安っぽいシルクハットを被ったやせ気味の男から声を掛けられて、ヴィショップはそちらに顔を向けた。


「悪いな、ゲームの邪魔しちまった」

「まぁ、ここではこういったことは珍しくないからな。どいつもこいつも自分のチップのことしか見えてないような連中ばかりだし。だからそんな気にすることはねぇよ」


 素直に謝るヴィショップに一瞬意外そうな顔付きを浮かべるも、シルクハットの男はすぐに気さくな笑顔を浮かべる。


「そいつはどうも。とにかくゲームの邪魔しちまったんだし、このあんた等には一杯奢らせてもらう…」

「おい!」


 硬貨の入った袋を取り出そうと懐に手を伸ばしたヴィショップの言葉を遮って、怒気の籠った甲高い声が上がる。その声はすぐ真横から聞こえてきており、ひょっとしなくてもヴィショップが倒れ掛かってしまった人物から発せられたものだった。


「だから悪かったって。一杯奢るからそれで…!」


 面倒なことになったと心中で悪態を吐きつつ、ヴィショップは声の主の方に顔を向ける。しかし自分の目線より幾分か下にあるその人物の顔を見た瞬間、ヴィショップは絶句する。


「お、お前…」

「あん? 何だよ、何か変なものでも…っ!」


 ヴィショップの向ける奇異の眼差しを受けて、ようやく自信が被っていた頭をすっぽりと覆うフードが外れていることに気付いたその人物は、慌ててフードを被り直す。しかし既に遅く、その人物の素顔はヴィショップの記憶に焼き付けられた後だった。

 フードの下にあった顔は、日に焼けた肌の健康的というよりは野性的な印象を見る者に与える少女の顔だった。目の色は綺麗な琥珀色で、髪は黒を中心にところどころ瞳と似た黄褐色の毛が混じっている。背丈からして年は十五程度といったところだが、砂やら土やらで薄汚れてはいるものの可愛らしい顔立ちをしており、それに八重歯が合わさって彼女をかなり幼く見せていた。

 しかし、ペドフェリアのケがある訳でもないヴィショップにとってはそんなことはどうでも良かった。彼が目を奪われたのは、彼女がフードで再び頭を隠してしまう前に見えた、頭の上でぴこぴこと動いていた大きな犬のような二つの耳だった。


「何だよ、嬢ちゃん。あんた、チャスカールかよ」

「チャスカール? 何だ、それ?」


 人間であれば本来ある筈の無いところにある、人間が本来持ち得ているものとは大きく異なった造形の器官にヴィショップが言葉を失っていると、シルクハットの男が驚いたような声で聞き慣れない単語を漏らす。その単語の意味をヴィショップが訊ねると、シルクハットの男は驚いたような顔を今度はヴィショップに向けた。


「あんた、チャスカールを知らないのか?」

「こっちに来るのは初めてなんでな」

「でもこの次期にこの船に乗ってるってことは、お目当てはミライアス・ラグーヌだろ? よくチャスカールも知らずにあの賭けに参加しようと思ったな」

「小言なら後で聞くから、さっさと教えてくれ」


 一向に質問に答えようとしないシルクハットの男に辟易しつつさっさと話し出すように促すと、シルクハットの男は一度喉を鳴らして声を整えてからヴィショップの質問に答え始めた。


「チャスカールっていうのは、ここら一帯の砂漠を拠点にしている亜人(デミヒューマン)の一種さ。一つの街に定住して生活しているようなのもいるが、大体は砂漠を放浪しながら遊牧生活を行ってる」

「遊牧って、ここは砂漠だぜ?」


 砂漠で馬やら牛やらが生きていける筈が無い、と続けそうになったところで、ヴィショップはそれらに代わる家畜の存在を思い出す。


「…まさか、この船を曳いているのデカブツを家畜にしてんのか?」

「大抵はもっと小さな奴を飼ってるらしいが、砂船を牽引するような大きさの奴を連れてる連中も偶に居る。まっ、殆どお目に掛かれないけどな」

「成る程な…ん?」


 遊牧の文化がすっかり廃れた世界で生きてきたヴィショップにとっては、砂漠で、しかも場合によっては鯨のような大きさの魔獣を家畜にするというスケールの大きさに思わず感心する。しかしそれから一秒と経たぬ間に、ヴィショップはあることい気付いて上下に動かしていた頭を止めた。


「ってことはこのガキは…」

「いい加減にしろ、てめぇ! オレの話を聞きやがれ!」


 頭の中でに浮かんできた考えを言葉にしようとした直後、すっかりヴィショップから無視されていた少女が地団駄を踏みながらヴィショップに怒鳴り声を飛ばす。


「何だよ、うるせぇな…」

「何だよじゃねぇよ! あんたがぶつかってきたせいで、オレの手札がテーブルにぶちまけられちまったじゃねぇか! 勝てたかもしんねぇのに、どうしてくれんだよ!」


 考えを邪魔されたヴィショップが面倒臭そうに振り向くと、少女はテーブルの上にばらまかれたカードを指差す。ヴィショップは仕方が無さそうにテーブルにばらまかれたカードに視線を向ける。テーブルの上のカードは、ヴィショップが『フレハライヤ』で酒場のマスターから譲り受けたトランプに瓜二つのカードで、数字も描かれている柄にも一貫性は無くバラバラだった。


「…なぁ、訊いときたいんだがよ。こいつの手札、こりゃあ勝てる役なのか?」

「はっきり言いますと、ブタです。数字も小さいものばかりですし、最弱と呼んで差支えありません。無理でしょうね」


 ヴィショップが試しにテーブルを挟んで参加者と向かい合うように立っているディーラーに訊ねてみると、予想通りの答えが帰ってくる。


「だとよ。むしろオジャンになって良かったじゃねぇか」

「な、何言ってやがる! これから巧みにブラフを使って他の連中を降ろさせるつもりだったんだ!」

「他の連中見て見ろ。ゲームが駄目になってブチ切れてんのはお前だけだ。そんな奴がブラフで他の全員を降りさせるなんて芸当、出来る訳ねぇだろ」


 声をどもらせながらも引くに引けないのか抗議を続ける少女を一蹴すると、ヴィショップは視線を再度テーブルの上へと向ける。彼が視線を向けたのはテーブルの上にばらまかれた少女のチップの方で、その数はお世辞にも多いとは言えず、バスト目前といったところだった。


「負けてて気が立ってんのは分かるけどな、こういうもんは冷静さ欠いた奴から負けるもんだ。分かったら一杯飲んで頭冷やしてから仕切り直すんだな」


 ヴィショップは少女にそう告げると、ウェイターの姿を探そうとして少女に背を向けた。


「悪いな。ところで、当然何を飲むかは選ばせてくれんだよな?」

「好きにすりゃあいいさ。ただ、俺の身形を見て酒を選んでくれると…」


 少女に背を向けたところでシルクハットの男に声をかけられたヴィショップは、彼の方に顔を向けて返事を返そうとした。しかし言葉を全て吐き終えない内に、不意にヴィショップの口が動きを止める。


「ん? どうしたよ?」


 不自然に黙りこくったヴィショップに、シルクハットの男が怪訝そうな表情を向ける。ヴィショップは彼の問いかけには答えずに、顔を俯かせると僅かに口角を吊り上げ、シルクハットの男に聞こえない程度の声量で呟いた。


「フッ、どうにも大物ぶった態度が鼻につくと思ったら、そういうことか…」

「何?」


 ヴィショップは俯いていた顔を上げる。ヴィショップの呟きを聞き取ろうと顔を近づけていた男は、自身へと向けられたヴィショップの顔に怯んで身体を固まらせた。

 その瞬間、ヴィショップの左腕がシルクハットの男の右腕へと伸びる。突然の出来事にシルクハットの男は避けるのはおろか、振り払うことすら出来ずにヴィショップに腕を掴まれ、顔の高さまで無理矢理持ち上げられた。


「お、おい、何の真似だよ…?」


 焦りを滲ませた表情を浮かべ、右腕に力を込めながらシルクハットの男はヴィショップの行動の真意を問い質す。

 しかしヴィショップはその質問に答えようとしなかった。彼は無言のまま右手をシルクハットの男の右腕の袖口に運ぶと、指を突っ込んで袖口に仕込んであった物体を取り出した。


「次からはあんた等、もうちょっとマシな手を思いついた方が良いな。こういう場合、次が有るのかは知らねぇが」


 ヴィショップがシルクハットの男の袖口から取り出したのは、彼等が行っていたゲームで使われていた一枚のカードだった。

 ヴィショップは袖口から抜き出したカードをシルクハットの男の目の前で軽く振って見せてから、テーブルの上に落とす。シルクハットの男は何かを言おうとしながらテーブルの上に落ちたカードを眺めていたが、やがて諦めた様に目を瞑る。


「糞があああああっ!」


 そして次に目を開いた時、シルクハットの男は少し前までの気さくな表情をかなぐり捨て、怒りに満ちた表情を浮かべて左の拳を振り上げた。

 だが拳が振り下ろされる前に、ヴィショップの右手がシルクハットの男の側頭部を鷲掴みにし、そのまま勢いよくテーブルの角に頭を叩き付ける。鈍い音が上がると共にテーブルに叩き付けられた男の頭が跳ね返り、男はあっさりと床に倒れ込む。そしてそこに男の被っていたシルクハットは落ちてきて、白目を剥いた男の顔を隠すかのように覆いかぶさった。


「野郎っ!」


 シルクハットの男が倒れたのを見て、彼の隣にいた男がヴィショップに襲い掛かる。しかしヴィショップの初動の方が完全に速く、男はヴィショップの繰り出した前蹴りを胸元に受けて蹴り飛ばされ、人混みの中の数人を巻き込んでひっくり返る。


「うわっ!?」


 二人目を蹴り飛ばしたヴィショップはチャスカールと呼ばれていた少女の声に反応してすぐさま背後を振り返る。すると丁度、三人目の男が少女を押し退けながらヴィショップに一歩踏み込み、右ストレートを放とうとしているところだった。

 ヴィショップは右手をホルスターに奔らせつつ顔を動かしてパンチを躱す。そしてホルスターから抜いた魔弓のバレルを握ると、男が繰り出してきた二撃目のパンチに合わせて魔弓のグリップを金槌のように振り下ろした。


「ぐおおおおおおっ!?」


 男の野太い悲鳴がカジノ内に響き渡る。ヴィショップが振り下ろした魔弓のグリップは、男の拳を意図も簡単に砕いた。拳を砕かれた男は悲鳴を上げながら床に座り込み、曲がってはいけない方向に曲がっている自分の指を目を白黒させながら見つめる。

 ヴィショップはホルスターからもう片方の魔弓を抜き取ると、拳を砕いてやった男に突き付ける。そして右手の魔弓をバレルからグリップに持ち変えてさっき蹴り飛ばしてやった男へと向けた。


「……」


 立ち上がろうとして床に手を突いていた男は、ゆっくり床から手を離して顔の高さに上げる。男が手を上げた瞬間に、いつから見ていたのかは定かではないものの、すっかりギャラリーと化した周囲の客達が歓声を上げる。


「な、何で他の二人も…?」


 周囲の歓声に混じって、不思議そうな少女の声がヴィショップの耳に入る。ヴィショップは男達を周囲の客に任せると、左手に持っていた魔弓をホルスターに収めて少女の方を振り向き左手を床に座り込んでいる彼女に差し伸べて、身体を引き起こしてやる。


「全員グルだったってことだよ。ここのテーブルの奴等全員な。…だろ?」


 そして少女の疑問に答えるかの様に、右手に残った魔弓の射出口をテーブル越しに立っているディーラーに突き付けた。


「えっ!? こいつも!?」

「当たり前だろ。ディーラーと参加者が向かい合うこの位置関係なら、よっぽどの節穴じゃない限り袖に仕込んだカードと手札を入れ替えるなんてイカサマ、一発で見つけられる。それをしなかったってことは、こいつもグルだ。大方、プライベートでも友人関係か何かで、適当なカモを引っ掻けてやろうと算段でも…って、あん?」


 いつの間にか少女の視線が床に向き、わなわなと小刻みに身体を震わせているのを見て、ヴィショップは説明を中断する。どうやらヴィショップが見る限り、彼女は騙された悔しさの余り震えているように見えた。


「まぁ、悔しいのは分かるが、こんな手に引っかかる嬢ちゃんも嬢ちゃんだぜ。悪いことは言わねぇ、ここのカジノの奴から詫び貰ったらもう…」

「見つけたっ!」


 このまま放っておけばまた一騒動起きそうだと感じたヴィショップは、大人しく部屋に戻って到着までの時間を過ごす様に諭そうとするが、それは喜色めいた少女の声によって遮られた。


「見つけた……って何をだ?」

「決まってるだろ!」


 脈絡の無い反応に、思わずヴィショップの顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。しかし少女はそんなことはお構いなしに、変な物でも見ているかのようなヴィショップの顔を指差して、彼に告げた。


「オレのレースの相棒だ!」

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