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Bad Guys  作者: ブッチ
Death Race XXXX
111/146

新しき鼓動

 人の手によって作られてから数百年という年月が過ぎ去り、すっかり作り手達は滅び去り廃墟と化した都市の中に、二人の男と三人の少年少女が立っていた。三百年ぶりの訪問者である彼等の足元には、真っ赤な魔法陣のようなものが描かれている。空気中に漂う生臭さが、その魔法陣が何かの血を使ってつい今しがた描かれたばかりのものであることを物語っていた。


「完成か?」


 二人の男の内、白いロングコートを身に着けた、天然のものではない派手すぎる色合いの金髪の男が、床にしゃがみ込んでいる金刺繍の入った紅いローブの人物に問いかける。


「あぁ。下がっていろ」


 声を掛けられたローブの人物は立ち上がると、鳥を模した仮面を被った顔を金髪の男に向けて魔法陣の外に出るように告げる。金髪の男は素直にそれを受け入れ、彼の後ろで一言たりとも発せずにその光景を見ていた子供達を連れて魔法陣の外に出た。

 金髪の男と子供が外に出たのを確認すると、仮面の人物は魔法陣の中心に移動する。そして右手を魔法陣の中心に乗せて、まるで宣言でもするかのように高らかに声を上げた。


「罪を抱き冥府の底に落ちし亡者よ、我が偉大なる主の呼びかけに応え、ここに馳せ参じられたし。汝の知と暴と意を以ってして、此度の戦の勝利を我が主の許に捧げられたし」


 仮面の人物が言葉を紡ぐに従って、床に描かれた魔法陣から光が発せられる。光はすぐに薄暗い廃墟内を真昼の如く照らし上げるまでに強まり、思わず傍から見ていた金髪の男は目を細める。


「さすれば我が主の大いなる権能を以ってして、汝の大望は叶えられるだろう。さぁ、いざ参られよ!」


 仮面の人物が声を張り上げながら床に突いた右手を離した瞬間、魔法陣から発せられる光は最高潮に達し、何も見えなくなる。そして廃墟内を照らし出していた光が消え去り、薄暗闇が再び戻ってきた時には、仮面の人物の前に一人の男が倒れていた。


「成功だな」

「そのようだ。…知っている人物か?」


 立ち上がった仮面の人物は目の前で倒れている男を見下ろしながら金髪の男に問いかける。

 仮面の人物の目の前に倒れている男の身に着けているものは、彼からしてみればどれも見たことのないようなものばかりだった。何やら筒の様なものがついた兜のようなもの。鎧というには明らかに軽装過ぎるいくつかの小物が付いたベストらしき装備。そして手に握られた、魔弓と似た造詣の物体。そのどれもが全く見覚えのないものであり、故に仮面の人物は金髪の男に助けを求めた。

 何故なら金髪の男もまた、目の前で倒れている男と同じようにしてこの地に呼び出した存在なのだから。


「いや、知らねぇな。ただ、そいつがどんな人間だったかのかは知ってる」

「ほう? どんな人間なんだ?」

「まぁ、兵士みたいなもんだよ。肩のとこについてるマークみたいなの付いてんだろ?」


 金髪の男に言われるままに仮面の人物は倒れている男の肩に視線を向ける。金髪の男の言葉通り、倒れている男の肩には紋章のようなものがあった。赤と白のよこしまで、左上の部分に深い蒼色を下地に白い星が五十個描かれた紋章が。


「そのマークは、俺の住んでいた世界で最も力を持っていた国の一つが掲げている国旗だ」

「成る程、そいつは期待出来そうだな。…これは魔弓か?」


 満足気に呟いた仮面の人物は、視線を倒れている男の握っている魔弓らしき物体に移して、金髪に男に問いかける。


「いや、違ぇ。似た様なもんだがな。コルト・ガバメントっていう、銃の一種だ」

「銃…前にお前が話していた、お前の世界での主力の武器か」

「っ、うぅ…」


 かつて金髪の男から聞かされた話を仮面の人物が思い返していると、足元から苦しげな声が上がる。その声が倒れている男のものであることに気付いた仮面の人物はしゃがみこんで、倒れている男に顔を近づけた。


「大丈夫か?」

「っ!? な、何だお前は! 俺は確か輸送機に乗って…!」


 鳥を模した仮面を近づけられた男は慌てて後ずさりながら周囲を見渡す。そして自分の周りに広がる光景が見知った輸送機の内部でないことに気付いた瞬間、彼は全てを思い出した。


「そうだ…俺はムスリムの連中に…だが、どうして…?」

「そう、君は死んだ。しかし、こうして生き返った。いや、生き返らせたと言った方が正しいか」


 現状を把握出来ずに戸惑う男の悩みを揉み消すかのように、立ち上がった仮面の人物は頭上から声を浴びせる。


「い、生き返らせただと? 何を言って…」

「そう焦るな。私との契約の言葉を思い出せ」

「契約の言葉だと? そんなもの…あっ」


 知らないと言い掛けて、男は思い出した。乗っていた機体が墜落し、それで死にきれずかといって残骸に身体を挟まれ動くことも出来ず、自らをこんな目に遭わせた連中に呪詛の言葉を吐き出しながら迫ってきた火の手に身体を焼かれている最中、まるで脳内に直接語りかけてくるかのように鮮明に聞こえた言葉のことを。


「お前が聞いたその言葉こそ契約の言葉だ、兵士よ。お前は今、再び肉体を得て戦場へと舞い戻ってきたのだ」

「俺が…戦場に…?」


 呆けた表情を浮かべる男に仮面の人物は頷いて見せると、彼に手を差し伸べて訊ねる。


「教えてもらおうか、兵士よ。お前の名と、お前の望みを」


 男は差し出された手をじっと見つめる。そして恐る恐るその手を掴むと、仮面の人物の発した問いに答えた。


「ハンフリー。ハンフリー・ヘイルマンだ。俺は…英雄になりたい」






 『フレハライヤ』での一件に片が着いてから約六十日後、『クルーガ』から馬で三時間程の距離に位置する丘陵地帯。いくつかのなだらかな丘が連なる中の、丁度窪みの様になっている丘同士の狭間から甲高い断末魔の叫びが青空に響き渡った。


「キィアアアアアアアアアア!」

「オラァ、次ィ!」


 血飛沫で周囲の草を真っ赤に染め上げながら、レズノフが喜色めいた咆哮を上げる。彼の右手に握られたよく使いこまれた長剣の刀身は、今しがた切り殺した緑色の肌をしたレズノフの腰程の高さの身長しかない生物の血を浴び、降り注ぐ太陽の光を浴びて光を放つ。

 今レズノフが切り殺した生物は、ゴブリンと呼ばれる魔獣である。人間よりも幾分か小柄な身体付きに緑色の肌と尖った耳と鼻が特徴の魔獣で、原始的な武器を製造したり鳴き声によるコミュニケーションを取るなど、魔獣の中では比較的知能の高い種族である。

 その知能の高さゆえ学術者達の間ではゴブリンを、人間に近い知能を持ちコミュニケーションを取れる、もしくは取ることの出来る可能性のある生物…亜人(デミヒューマン)に分類しようとする動きがあるものの、未だにコミュニケーションを取れる目処が立たない上に、獣人を始めとした他の亜人達からの反発を受けて、未だに魔獣として分類されたままとなっている。

 そんなゴブリンをレズノフが屠っているのは、極めて単純な理由に基づいている。この丘陵地帯に出没するゴブリンの一団の駆除、それが彼等に依頼された仕事だからだ。


「ギギィ!」


 レズノフの咆哮に応えるかのように、新たに三匹のゴブリンが彼目掛けて突っ込んでくる。

 レズノフは野獣めいた笑みを浮かべると、真っ先に突っ込んできたゴブリンの首を、手にした石斧を振り下ろそうとした両腕ごと切り飛ばす。二匹目のゴブリンが突き出してきた石のナイフの切っ先は身体を翻しつつ横に動いて躱し、身体を回転させた勢いを乗せて左肘を後頭部に叩き込む。そして最後に突っ込んできたゴブリンの喉元に長剣の切っ先を突き立てると、両腕で力任せに長剣を真上に跳ね上げて頭を両断、振り返り背後でうつ伏せに倒れて痙攣している二匹目のゴブリンの頭に長剣を振り下ろした。


「ヒャハハッ、いいねェ、絶好調じゃねぇかァ!」


 約二か月前に撃ち抜かれた左肩を回しながら、返り血に塗れた顔に笑みを浮かべるレズノフ。すると彼に向かって、呆れた様な声が飛んできた。


「やかましいな、貴様は。少しは黙って戦えないのか」


 声の主は同じくゴブリン相手に切り合いをしているヤハドだった。彼は手にした曲刀でゴブリンが振り下ろした石斧を弾き、真一文字に首を切り裂きながらレズノフを諌める。


「全く、こんなことなら腕を切り落としでもしておけば良かったものを、米国人め。中途半端な仕事をしてくれたものだ」

「おいおい、俺から殺し合いを取ったら、後は女抱く以外残んねぇじゃねぇかァ」


 手近なゴブリンの顔面に前蹴りをいれ、仰向けに倒れたところに胸元目掛けてレズノフは長剣を突き立てる。そしてすぐさま引き抜くと、突進してきたゴブリンが持つ石斧を後ろ回し蹴りを手元に叩き込むことで弾き飛ばし、長剣を勢いよく振り下ろしてゴブリンの身体を両断する。


「なら、股の下にぶら下がっているモノも必要無いな」


 ヤハドは切りかかってきたゴブリンの顔面に曲刀を投げつけて殺し、背後から迫ってきたゴブリンの一撃を躱すと同時に背後に回り込むと、ゴブリンの耳を掴んで引き寄せ後ろから喉にナイフを突き立てる。柄を通してゴブリンの命の灯が消えたのを感じると、ナイフを引き抜き新たに突っ込んできたゴブリン目掛けて死体を蹴りつけ、逆側から襲い掛かってきたゴブリンを足払いで仰向け転倒させ、無防備になった胸元にナイフを突き刺した。


「まァ、どれも失う気はねぇけどよォ。人間、上と下で三本の“腕”が揃ってなんぼだからなァ!」

「下のは腕でも何でもないだろう」


 平然と軽口を叩き合っているにも関わらず、二人の戦いぶりは圧倒的だった。数で勝り殆ど包囲状態にあったにも関わらず、ゴブリン達はまともに傷を負わせることすら出来ずに次々と二人の凶刃に倒れていく。二人の周囲の草はすっかりゴブリンの流した血で染まり、積み重なる仲間の躯と会わせてそれを見たゴブリン達からは、数分前の戦いが始まった時のような意気軒昂で殺意に満ち足りていた様子はなく、じりじりと二人から距離をとるように後ずさりし始めていた。


「ぎ、ギギギッ!」


 レズノフが新たに一つゴブリンの死体を拵えたところで、とうとう群れの中の一匹が背を向けて逃げ出そうとする。

 その瞬間、空に低い轟音が響き渡ったかと思うと、逃げ出そうとしたゴブリンの頭が弾け飛んだ。


「歩合制なんでな、全員纏めて死んでもらうぜ」


 その声はレズノフ達の上方から発せられた。

 丘の頂上に立ち両手で魔弓を構えるヴィショップは、そう呟くと他の撃ち殺した周囲のゴブリンに魔弓の狙いを定める。


「ギギィ! ギギギ、ギギ…ギャウッ!」


 丘の上に立つ自身の存在気付いたゴブリン達に向けて、ヴィショップは立て続けに魔弓の引き金を弾く。撃ち出された魔力弾は一発一発確実にゴブリンの急所を撃ち抜いていき、ヴィショップがシリンダーを開いて使用済みの魔弾を排出するころには、撃ち出した魔力弾の数と同じだけのゴブリンの死体が転がっていた。


「ミヒャエル、追撃しろ」

「はいはい、分かりましたよ」


 シリンダーに新たな魔弾を装填しながら、ヴィショップは隣で座っているミヒャエルに指示を飛ばす。

 他の三人と違い、未だに左脚と右腕、そして左の手の甲に包帯を巻いているミヒャエルは面倒臭そうに頷くと、背を向けて逃げ出し始めた数匹のゴブリンを見下ろして呪文を唱え始める。


「四元魔導、流水が第百三十二奏、“ジェイル・ニドルス”」


 ミヒャエルが呪文を唱え終えると、ミヒャエルの頭上に逃げ出そうとしているゴブリンと同じ数の氷の槍が生成される。それらの氷の槍はミヒャエルが合図するとゴブリンに向かって真っすぐ飛んでいった。


「ギャギギッ!」


 狙い通りに氷の槍はゴブリン達の身体を貫き、ゴブリン達から悲鳴が上がる。狙いが甘かったらしく何匹か致命傷を免れていたが、身体を貫く氷の槍の穂先が深々と地面に突き刺さることで身体を地面に縫い止められてしまっており、身動きを取ることが出来なくなってしまっていた。


「狙いが甘いぜ、サイコパス。無駄弾使わせるなよ」


 死にきれずに弱々しくもがいているゴブリンに魔力弾を撃ち込んで止めを刺しながら、ヴィショップはミヒャエルの狙いの荒さを指摘する。


「すいませんね。どうにも両手が満足に動かせないと、狙いを付けるのが難しいもんでして」

「その程度で済ませた俺の慈悲に感謝してもらいたいもんだがね。普段なら、両手両足切り落とした後で豚に食わせてやるっていうのによ」


 不満気に返事を返すミヒャエルを、ヴィショップは一蹴する。

 未だに癒えていないミヒャエルの傷こそが、ヴィショップ達が『フレハライヤ』の一件に関して彼に下した罰だった。ヴィショップとレズノフは前回の一件で負った傷を、教会に金を払って治癒魔法を施してもらうことで早々に治したのだが、ミヒャエルにはそれをさせなかったのだ。無論、暫くの間ミヒャエルの所持金をヴィショップ達の管理下に置いたり、『フレハライヤ』から返ってきた早々に鼻をへし折ったりなどいくつかの罰はあるが、傷の自然治癒がミヒャエルに課せられた最も大きな罰だった。


「そんなことやってた人に、他人をサイコパス呼ばわりする権利は無いと思うんですけど」

「何言ってやがる。お前は楽しんでやってただろうが。俺は楽しんでやってなんかいなかったぜ」


 ミヒャエルの返しに心外そうな表情を浮かべて、ヴィショップは視線を下方へと向ける。見て見れば既に下で動いているゴブリンの姿は殆ど無く、あったとしても残る力を振り絞り地を這ってでもこの場から逃げようとしているのがいるだけだった。


「片が付いたみたいだな。行くぞ、討伐の証しとして鼻を持って帰らなきゃならん」

「言っときますけど、僕はこのザマだから手伝えませんよ」

「安心しろ、お前は荷物持ちだ。切り取った鼻を詰めた袋を身体に括りつけて運んでもらう」


 そう告げてヴィショップは丘を下り始める。ミヒャエルも溜息を吐きつつそれに続き、二人はまだ息の根があるゴブリンに止めを刺して回っているレズノフとヤハドに合流した。


「おう、ジイサン。随分と大量だぜ。三十は居るんじゃねぇかァ、こりゃあ」


 下りてきたヴィショップの姿を見たレズノフが、ゴブリンの首を切り飛ばしながら話しかける。ヴィショップは自分の方に転がってきたゴブリンの頭を足裏で止めると、呆れ顔をレズノフへと向けた。


「首は斬るなって言っただろうが。てめぇの馬鹿力で切り飛ばしたら、すっ飛んで行ってどっかに行っちまうだろ」

「その切り飛ばした首の行方を見張る為に、ジイサン達は上に居たんじゃねぇのかァ?」

「はいはい言ってろ。自分ですっ飛ばしたもんは自分で見つけろよ」


 ヴィショップはそう返してナイフを抜き取ると、リフティングでもするかのように足でゴブリンの頭を蹴り上げてキャッチする。そして目を見開いた醜悪な死に顔を一瞥して、顔から突き出た長い鼻にナイフの刃を当てた。







「や、やっとついた…」


 『グランロッソ』の首都である城塞都市『クルーガ』に居を構える、ヴィショップ達が所属するギルド『蒼い月』の中に一歩足を踏み入れた瞬間、ミヒャエルは大げさに声を上げながら床に座り込んだ。


「おら、座ってんな。受付までちゃんと運びやがれ」


 座り込んだミヒャエルの尻を蹴り上げて、ヴィショップはすっかり見知った顔となった、カウンターに肘を突いてパイプを吹かす女に近づく。


「いらっしゃい。ここんとこ随分と精が出るじゃないの」

「おたくの雇い主が休ませてくれないんでね」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる女に、ヴィショップは肩を竦めて返事を返す。

 『フレハライヤ』での一件が片付いてから二か月近く、ジードからマジシャン絡みの情報は来ていなかった。精々、ブルゾイと組んでいたセグの身柄が抑えられ無事に極刑が下されたことや、消えた子供達のものと思われる骨が『ヴァライサール』付近に生息する魔獣の糞の中から見つかった等といった、ヴィショップにとってはさして興味も湧かない情報ばかりだった。

 結果としてヴィショップ達が『クルーガ』を離れる理由も無く、戻ってきたヴィショップ達を逃すまいと必死なギルド長から押し付けられた依頼をこなし続けていた。


「どこそかという村での事件を解決したせいで、またあんた等の名が売れたみたいだからねぇ。しかも隣町の市長が捕まる程の大捕物だったみたいだし、今のうちに稼ぎたくて仕方が無いんでしょ」


 無関心を装って女性はそう告げる。だが、彼女の使っているパイプが前に見たものよりも上質なもの代わっていることや、態度が幾分か丁寧になっているのを見る限り、彼女もヴィショップ達の恩恵にきちんとあやかっているようだ。


「っ、ふぅー…」

「遅ぇな、たったこれっぽっちの距離にどれだけ時間かけてんだ」


 他愛の無い会話を交わしている内に、ミヒャエルがカウンターまでやってくる。ヴィショップは彼が身体からぶら下げている血生臭さ漂う袋を取ると、カウンターの上に置いた。


「数えてくれ。うちのデカブツは三十はいってると言ってたが」

「レズノフが? なら、きちんと数えなきゃ駄目そうね」


 そう言って女は袋を開くと、漂ってくる血臭に顔をしかめながらゴブリンの鼻を一つづつ取り出し始めた。


「そういえば、あんた等指名の依頼が来てるわよ」

「依頼? どいつからだ?」


 思い出したように女はヴィショップに告げる。ヴィショップが依頼者の名前を訊ねると、ゴブリンの鼻を数える作業を中断してカウンターの下に手を伸ばした。


「はい、依頼書。自分で確認して」


 血に濡れた手で差し出してきた依頼書をヴィショップは受け取ると、依頼者の欄に目を通す。そこには丁寧な字でロッソ・マルキュスと記されていた。


「やっと来たか。レズノフ、ヤハド!」


 お目当ての名前が記されていることを確認したヴィショップは、テーブルについて酒を飲むなり軽食を摘まむなりしているレズノフとヤハドに声をかける。


「どうした?」

「野郎からの依頼だ。待たせてくれたが、やっと次の情報が来たみたいだぜ」


 そう言うとヴィショップは二人の座っているテーブルに向かって歩き出そうとする。しかしそれをカウンターにもたれかかっていたミヒャエルが慌てた様子で止めた。


「あっ、待って下さい僕も行きます」

「駄目だ。てめぇはここでそいつが鼻の数を数え終えるのを待ってろ」

「はぁ!? 何でですか!? 次の行き先が決まるかもしれない訳ですし、僕も話を…」


 明らかに納得出来ていないと分かる声音で捲し立てるミヒャエル。ヴィショップはそんな彼の右肩に手を置いてその言葉を遮ると、痛みに悶絶するミヒャエルに告げた。


「今のお前の意見に影響力なんぞ無いし、拒否権なんて高尚なものはもちろん無い。だから、お前が居なくても話は問題なく進むから安心しろ」


 そう言ってヴィショップは呆気に取られた表情を浮かべるミヒャエル一人をその場に残して、二人が座っているテーブルに向かい腰を下ろした。


「何やらドイツ人と話してたみたいだが?」

「何、報酬の受け取りの方を奴に任せてきただけさ。さてと、今回の情報は…?」


 椅子に座ったヴィショップは早速依頼書の無いように目を通し始める。


「何々…『レーフ地方』の『ミッレ・ミライア』において“友人”の姿を確認、確認してもらいたい…って、次の行き先は国外かよ」


 依頼書に書かれてあった地名を見てヴィショップは面倒臭そうな声を漏らす。

 『レーフ地方』とは『グランロッソ』に隣接する『ヘイルホーク』という国を超えた先にある土地で、一つの都市に申し訳程度にいくつかの村があるような小国が乱立する土地である。信仰や文化の違いはもちろんのこと、人間以外の種族によって構成される国も少なくない為に情勢は混沌としており、どのような国家がどれだけの数存在するのかすら未だにはっきりとは判明していない土地である。


「『レーフ地方』……って、ああ、確か例の黒坊主共もそこの出身だったなァ」

「黒坊主?」


 ヴィショップの発した言葉を聞いて思い出したように声を出したレズノフに、ヤハドが怪訝そうな表情を向ける。


「ほら、ジイサン達が別行動取ってた時に俺等と一緒に動いてたガキ共だよ」

「あぁ、あの連中か」


 ヤハドの脳裏に、夜道で剣を交えた少年の姿が思い起こされる。

 『パラヒリア』での一件の際に、レズノフ達が協力者として現地で行動を共にしていたジェードを始めとする四人組みの少年少女。彼等の出身もまた『レーフ地方』であり、事件解決後は命を落としたジェードの妹の埋葬の為に四人共故郷へと戻っていた。


「となると、また会えるかもしれねぇなァ。少し面白くなってきたじゃねェか」」

「同じ地方の出身だと言っても、星の数ほどの国が乱立してるような地域だ。会える可能性はそれこそ天文学的確率ってやつだろうよ。ただ安心しろ。今回は中々に退屈せずに済みそうな上に、お前好みのイベントが用意されてるみたいだぜ」


 ヴィショップはそう言うと、依頼書に書かれた一文を指で指し示してレズノフに突き出す。ヴィショップが指を指した場所には、“この時期の『ミッレ・ミライア』では、参加者の八割が命を落とすと言われる賭けレース、ミライアス・ラグーヌが開催されており、情報提供者曰く走者としてそれに参加しようとしている模様”と記されていた。

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