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Bad Guys  作者: ブッチ
Kinky Love
105/146

Friendly Casualties

 ヴィショップとレズノフと別れたヤハドが『ヴァライサール』に辿り着いた時、死体が確認されたのは早朝にも関わらず『ヤーノシーク』の前にはまだ人だかりが出来ていた。

 走って『ヴァライサール』までやってきたヤハドは袖口で瞼の上に垂れてきた汗を拭うと、水筒の中身を一気に流し込む。そして乱れた呼吸が整うのも待たずに『ヤーノシーク』の前にできている人だかりへと近づいた。


「すまないが、この人だかりは?」

「ん? これか? いやぁ、このギルドの人間が夜の間に殺されたんだよ、それもかなりむごい殺され方で」


 人だかりの中の一人の肩を叩いてヤハドは話しかける。振り向いた男の返事で、『ヤーノシーク』のメンバーが本当に皆殺しにされたことを確認したヤハドは、開け放たれた扉から覗く建物の内部に視線を向ける。室内には未だに大量の血痕が残っており、殺された当時の状況から殆ど手を付けられてはいないようだった。


「もう昼近いが、中には未だに血痕が残っているな。調査などはもう済ませたのか?」

「いや、それがまだなんだよ。この町は警備だとかはギルドの人間に全部任せていたからさ、そのギルドの人間が居ない今、どうやって動けばいいのか分かる人間が居ないんだよ」

「町長が居るだろう?」

「いやぁ、あの人には無理だね。『ヤーノシーク』の腰ぎんちゃくみたいな人だったし」


 肩を竦めて男は答える。彼の声音は無能な町長を嘲笑っているようでもあり、そんな彼と殆ど変らない自分達を自嘲しているようでもあった。


「無能かどうかはいいとして、町長はどこに居るんだ?」

「教会に居ると思うよ。少し前に死体だけでも何とかしようって話になって、男手を集めて教会に運び込んだんだ」

「そうか。礼を言う」


 町長が教会に居ることを聞き出すと、ヤハドは男に礼を告げて駆け出した。

 教会までの道のりは、かつて訪れた際に既に教会の場所を知っていたので特に迷うこともなかった。『ヴァラーサール』の教会は木造の年季の入った建物で、『オートポス』でサラが身を寄せていた教会と同じくように百合に似た花を咥えたフクロウをモチーフにした紋章が掲げられている。ヤハドは教会のシンボルであるその紋章が描かれた扉に近づくと、躊躇うことなく手を押し当てて開いた。

 か細い悲鳴のような軋みがこじんまりとした礼拝堂の中に響き渡る。その音で中に居た人々は一斉に視線をヤハドの方へと向けた。

 長い間に渡って改修されることもなく使われ続けてきた礼拝堂は殆ど満員に近い状況にあった。そしてその最奥には、くすんだステンドガラスの真下には六つの棺桶がステンドガラスの色の映ったカラフルな日の光を浴びて鎮座していた。

 その傍らに、ヤハドの探していた人物は立っていた。元より青ざめていた顔をヤハドの姿を見た瞬間に、更に青く染めて。


「見つけたぞ、セグ・ロイシュ……少し聞きたいことがある」


 セグの姿を捉えたヤハドは微笑を浮かべると、扉から祭壇に向かって一直線に引かれたすすけたカーペットの上を歩き始めた。

 セグは怯えた表情を浮かべて立ち尽くし、近づいてくるヤハドの姿を見ていた。だがヤハドが礼拝堂を半分程横切ったところで正気に戻ったらしく、慌てた様子で右手にある神父の部屋の扉へと逃げ始めた。


「ちょ、町長!? どうしました!?」


 セグの隣に立っていたふくよかな体型の給仕服の女性が驚いた様子でセグを呼び止める。祭壇に上がったヤハドはセグの後を追おうとする彼女の肩を掴んで引き留めた。


「あの男のことなら問題無い。それより君は、ここでそいつ等の鎮魂を祈ってやっていてくれ」


 給仕服の女性は、柔和ながらも有無を言わせぬヤハドの声音に押されておずおずと頷く。彼女が頷くとヤハドは肩から手を離し、祭壇に立つ神父とシスターにも視線を向ける。そして彼等も同じ様に首を縦に振ったのを確認すると、セグの逃げ込んだ部屋へと入っていった。


「頼む、殺さないでくれ! お願いだから!」


 扉を開いて部屋に足を一歩踏み入れた瞬間、情けないセグの命乞いが飛んできた。ヤハドは背中に突き刺さる神父達の視線を断ち切る為に後ろ手で部屋の扉を閉めると、机の影に隠れているセグに向かって声を飛ばした。


「安心しろ、殺すつもりはない」

「ほ、本当か!?」


 机の影から頭を覗かせてセグが疑惑に満ちた声を発する。

 その瞬間、ヤハドの両手が伸びてきてセグの襟を掴んで引き上げ、彼を机の影から引きずり出した。


「こ、殺さないと…」

「殺しはしないさ。こちらの望む話を聞かせてくれればな」


 避難するような口調のセグの言葉を遮ってヤハドはそう告げると、彼の身体を壁に勢いよく押し付けた。

 衝撃で肺から空気を絞り出されたセグの口から小さな悲鳴が漏れる。ヤハドは左手を襟から離し、右肘をセグの胸に押し付けて彼が動けないようにすると、空いた左手で太腿のナイフを抜いて彼の鼻のすぐ下に刃を突き付けた。


「ひいっ!?」

「時間も無いからとっとと話してもらうぞ。今回の一件についての全てをな」


 ナイフを突きつけられたセグの口から悲鳴が漏れる。磨き抜かれた刃の表面に映った自身の顔と、ナイフを突きつけるヤハドの顔の間で彼の視線が忙しなく動き、セグの震えが腕を伝わってヤハドにへと伝わる。

 ヤハドはセグにナイフを突き付けたまま、黙って返事が返ってくるのを待った。結局セグが返事を返すだけの余裕を取り戻したのは、たっぷり十秒は黙り込んだ後のことだった。


「な、何のことを言っているの……痛だだだだだだだ!」


 セグの口から出てきたのがその場しのぎの戯れ言だと分かった瞬間に、ヤハドは突き付けていたナイフを押し込んだ。ナイフはゆっくりとセグの鼻の肉を切り裂き、流れ出た血が白銀の刃を伝り切っ先から滴る。


「分かった、話す! 話すから止めてくれ!」


 顔の一部でありなおかつ目で確認することが出来ない部分であるということもあって、小さな傷であっても得られる効果は大きかった。実際には小さな切り傷を付けただけに過ぎないにも関わらずセグは大げさに叫び声を上げて、白を切ることを放棄した。


「次下らないことを口走ったら、鼻を切り落とすぞ」

「分かった、分かった! 全部話すよ! どうせブルゾイも死んだんだし、どの道何もかも終わりだ!」


 ヤハドはナイフと右腕をセグから離して最後通告を叩き付ける。セグはヤハドのナイフで付けられた傷口に指先で触れて傷の深さを確かめつつ、自分達が行ってきたことについて話し始めた。


「貴方の読み通り、『フレハライヤ』で起こっていた子供の失踪事件は我々の起こしたものです。…といっても、実行していたのはブルゾイ達で私は実際には何も…」

「さっき言った言葉の意味が分からなかったか?」

「分かりました、言い訳はもうしませんから、そのナイフをこっちに向けないで下さい!」


 解放されて幾分か冷静さを取り戻したようで、セグの口調はかつて会った時のような敬語へと戻っていた。愚痴の半分混じった言い訳をヤハドに遮られた彼は、一つ咳払いをして話を再開する。


「最初に起きた森での子供の失踪事件。あれ以降の八件全てが、我々の手で引き起こされたものです」

「方法は? 最初の子供以外は全て自宅で寝付いてから攫われている。しかも、忍び込んだ形跡は全くない」

「薬を使いました。『フレハライヤ』の森に居を構える魔女に代々伝わる、人心を操る薬です。その薬には色は無く、臭いも有りません。その薬を吸い込むなりして体内に摂取した人間はある程度の時間の間、何も考えることが出来なくなります。そしてその期間の間最初に聞いたり見たりした言葉の内容を行うようになるのです」


 セグの話を聞いてヤハドは、子供達が自分の意思で家を出て行ったのだという予想が正しかったことを改めて知った。セグの語るような薬が実在するのだとすれば、二人目以降の子供達のような不可解な状況を引き起こすことは充分に可能だった。

 そして魔女が生み出した薬を使っていたという事実は、ヤハドの思考を一つの帰結へと導いた。


「成る程。やはり、あの魔女とやらはお前等とグルだった訳だな」

「魔女が、ですか? いえ、彼女は仲間などではありませんよ」

「何だと?」


 しかし、ヤハドが導いた結論は即座にセグによって否定される。

 魔女の作った薬を使っているにも関わらず、その薬の製造者である魔女とは手を組んでいないというセグの言葉に、ヤハドの顔が訝しげに歪む。ヤハドは説明を求めてナイフの切っ先をセグに突き付ける。セグはナイフの切っ先に視線を吸い込まれたまま、喉仏を大きく動かして唾を呑み込むと説明を始めた。


「魔女…シューレ・ヴィレロは今回の件には関わっていません。といいますか、我々が子供達の誘拐を行ったのは彼女を仲間に引き込む為なのです」


 セグの口から発せられたのはヤハドはおろか、この場に居ないヴィショップやレズノフですら予想だにしていなかった真実。だが、それは決して受け入れられない事実ではなかった。それは、まるでシューレを疑えとでも言いたげな最初の子供の失踪場所や、村人達の嫌がらせに一切抵抗を示さないシューレの態度など、彼女が黒幕ないしは誘拐犯の一人であると考えると納得のいかない点は確かに存在していたからだった。


「シューレ・ヴィレロの持つ薬の知識は素晴らしい。今回子供の誘拐の為に使った薬を代表に、上位の神導魔法や魔導魔法に匹敵するような効力を持った様々な薬の製法を彼女は知っています。そういった薬の数々を用いれば、貴族の爵位を買うことが出来る程の大金を手に入れるのも容易く行える。そう我々は考えたのです」


 貴族の爵位を買い取るなどというセグの発言がどれだけ大それたことなのかは、貴族という風習に馴染みの無いヤハドにも理解することが出来た。そしてそれ以上に、その大それた発言を決して笑い飛ばせないものに変え得るだけの力をシューレの作り出す薬が持っていることも。

 むしろ、貴族の爵位を買い取ることなどちっぽけな野望にしかヤハドには思えなかった。今判明している人を操る薬だけで充分にそのようなことは可能だとヤハドには思えたし、それどころか、他にどんな薬があるのかは分からないものの下手をすれば国を手中に収めることすら可能なのではないか、という冗談染みた考えすらヤハドの脳裏に浮かんできた。


「だから、お前もブルゾイもあの女を欲した訳か。だが、それと子供の誘拐がどう繋がる?」


 ブルゾイ達がシューレの身柄を欲した動悸は充分に理解出来た。しかし、彼女を手に入れるのにどうして子供を誘拐する必要があったのか、それがヤハドには腑に落ちなかった。


「我々は彼女に子供の誘拐の罪を擦り付けるつもりだったのです。そうすることで彼女を村人から真の意味で孤立させる。そうなれば彼女は子供を養っていく為に、自分達を養ってくれる人間を見つけなければいけなくなります」

「分からんな。その話を聞いていると、お前達はあの女が自分達を頼ってくる確信を得ていたように聞こえるぞ」


 怪訝そうな表情を浮かべるヤハドに向かって、セグはそう告げた。

 セグの話す通り、村人達はシューレが子供を誘拐しているかもしれないという疑惑だけで、迷うことなく彼女を切り捨てるだろう。そして切り捨てられた彼女は子供の為に死ぬことも出来ず、新たな食い扶持を探す必要にかられるだろう。

 しかしそうなった彼女が、追い出された村から殆ど離れていない町のギルドに身を寄せようと考えるとは考えづらかった。それに加え、シューレは森の奥で世捨て人染みた暮らしを選ぶような女である。そんな女があらぬ疑惑で住処を追われるという裏切りにあったにも関わらず、中心部よりは遥かに劣るとはいえ人の活気のある場所を新たな居住地に定めるとはヤハドには思えなかった。


「得ていたようではなく、実際に得ていたんですよ」

「どういう意味だ?」

「……私達が子供達を誘拐する際に用いた薬。あれの製法をどうやって私達は知り、誰が作っていたと思います?」


 ヤハドの質問を無視して唐突に切り出されたセグの問い。その内容もまた、ヤハドが疑問に抱いていた点についてだった。

 セグの話ではシューレは仲間などではなかったらしい。しかし彼は、子供達を誘拐する際に用いたのは魔女のみが製法を知る様々な薬の中の一つだと答えた。シューレが仲間ではなかったとなると、彼等はどうやって薬の製法を知り得ることが出来たのか。


(他に魔女が居た…? いや、それならわざわざシューレを確保する必要などない…。なら、その魔女が何らかの理由で死んだか、必要な薬の製法を知らなかったのか……いや、待てよ…!)


 無言で考え込むヤハドの脳裏に浮かんできたのは、ブルゾイの指に填められていた琥珀の指輪だった。そしてその指輪は、ヴィショップ達がブルゾイ達とシューレの間に何らかの関係があると判断するに至った切っ掛けでもあった。

 何故なら、シューレの息子がそれと同じものを填めていたからだった。


「まさか、その薬を作っていたのは…ブルゾイか?」

「その通りです。ブルゾイとシューレ・ヴィレロは、かつて夫婦だったのですよ」






 出口へと通じる扉を挟んで、虚ろな目で同じフレーズを繰り返すレズノフとヴィショップが対峙してから、五秒程が過ぎた時だった。今までその場に突っ立ったまま全く動こうとしなかったレズノフが、肩を大仰に揺らしながら一歩前へと踏み込んだのは。


「……」


 両腕をだらんと垂れ下げて、レズノフは一歩ずつゆっくりとヴィショップの方へと歩いてくる。レズノフの緩慢な行進を塞ぐように立ったヴィショップは、魔弓の矛先をレズノフへと向けたまま思考を展開させる。


(……もしミヒャエルの野郎がこの場に仕込んだのが、例の人間を意のままに操る薬とやらならば、こいつは放っておけばそのまま家に帰るのか?)


 魔弓で自分の脚を撃ち抜いて気付けとするまで頭の中で響き渡っていた歌声、『ヴァライサール時事録』にのっていた記述、そしてレズノフの現状から、ヴィショップはこの場にミヒャエルが仕込んだ薬こそが子供の失踪事件に用いられ、ミヒャエルがシューレの子供から聞き出してきた薬と同一の存在だと考えていた。

 そして、その可能性に行き着いたヴィショップは新たな選択を突き付けられていた。それは、自分と同じようにレズノフを撃って彼を正気に戻すか否かである。


(脚にしろ腕にしろ、暫くは身体の一部が使い物にならなくなる。ならいっそ、このまま薬の効力に逆らわずに家…今回の場合はあの宿屋に帰らせた方がいいんじゃねぇか?)


 もしレズノフが、自害しろだの仲間を殺せだのといった命令に突き動かされて動いていたのならば、ヴィショップは何の躊躇いもなく引き金を引いただろう。しかし今の彼を突き動かしている命令は、どうも家に帰れというものらしかった。それならば、無理にレズノフを負傷させずに宿屋まで返し、正気に戻るまで放っておくという選択の方が良いのではないかとヴィショップは考えていた。


(…いや)


 だがヴィショップはその考えをすぐに放棄した。


(本当に奴が仕込んだのが例の薬だという保障は無い。したがって、こいつがこのまま宿屋に帰るなんて保障も無いし、仮に例の薬だったとしても正気に戻る保障が無い。こいつを盛られたと思しき連中は皆、行方知れずになっているしな。それにここにミヒャエルが居なかった以上、奴を探さなくちゃならねぇ。それもシューレとかいう女が奴にボロ雑巾同然にされる前にだ。となると、こいつに今ここで欠けらるのは拙い…)


 はっきりと分かっていることなど殆ど無いに等しい薬を信用するなど、あまりにも危険過ぎる賭けと言えた。そうするくらいならば、現状で唯一分かっている痛みで正気を取り戻すことが出来るという方法に賭ける方はヴィショップは選んだのだった。

 ヴィショップは一歩横に退いてレズノフの進路を空けてやる。レズノフは緩やかな足取りを維持したまま、ヴィショップの横を通り抜けて扉へと向かう。ヴィショップは背中を向けるレズノフの右肩に狙いを定めると、改めて引き金に指をかけた。


「……!?」


 ヴィショップが引き金に指をかけた瞬間、レズノフが不意に歩みを止めた。まだレズノフと扉の間には三歩程の間隔があり、立ち止まるにはまだ早い。突然に立ち止まったレズノフにヴィショップは怪訝そうに顔を歪めていたが、レズノフがゆっくりとヴィショップの方を振り返り始めたのを見て、慌てて引き金を弾いた。


「チッ!」


 魔弓が轟音を轟かせたのと、レズノフが一気に身体を床に沈み込ませたのは同時だった。

 ヴィショップが放った魔力弾はしゃがみ込んだレズノフの頭上を通過して扉に風穴を開ける。ヴィショップは舌打ちを打つと、もう一度レズノフに照準を合わせようとした。だがそれよりも、レズノフが身体を沈み込ませたままヴィショップ目掛けて突っ込んでくる方が速かった。


「がふっ…!」


 巨体に似合わない避けることすら許さないスピードのタックルが炸裂する。ヴィショップは咄嗟に右脚をレズノフの顔目掛けて振り上げるも、レズノフはヴィショップの蹴りを左腕で容易くいなして、右肩をヴィショップの鳩尾に叩き込んだ。

 レズノフのタックルはヴィショップをまるで子供の様に吹き飛ばした。吹き飛ばされたヴィショップは体勢を立て直すことすらままならずに、勢いよく背中から床に倒れる。


「ッ…効くぜ…!」


 下腹部に奔る痛みに顔を顰めながらもヴィショップは上半身を起こして、レズノフに魔弓を向けようとする。しかし上半身を起こした瞬間に、既に目の前まで肉薄していたレズノフの蹴りがヴィショップの側頭部目掛けて放たれた。


「クソッ!」


 ヴィショップは起こしたばかりの上半身を再び倒すことでレズノフの蹴りを避け、同時に魔弓を握る右手だけをレズノフに突き付けようとする。だが、数センチと動かす前にレズノフが左足を振り下ろしてヴィショップの右腕を踏みつけた。

 音を立ててヴィショップの右腕が床に叩き付けられる。元々の馬鹿力に加えて己の体重も加わり、ヴィショップの右腕は彼がどれだけ力を込めようがピクリとも持ち上がらなかった。それどころかあと数秒もしない内に骨もろとも踏み砕かれてしまうのではないかと思える程の激痛がヴィショップの右腕を駆け巡り、血の流れをせき止められたヴィショップの右手はだんだんとその色を失い始めていた。


「調子に乗るなよ、ヤク中ゴリラが…!」


 相変わらず虚ろなままの瞳でヴィショップを見下ろすレズノフに悪態を吐くと、ヴィショップは空いている方の左手で魔弓をホルスターから引き抜き引き金を弾く。しかし覇気の欠片も感じられない割りには瞳はきちんと働いていたらしく、引き金を引く直前でレズノフは後ろに下がって魔力弾を躱してしまった。


「何だよ…静かなままでも戦えんじゃねぇか…だったら、いつもそうしてろよな…」


 右手を床に着き、撃ち抜いた右脚を庇いながらヴィショップが立ち上がる。額に汗を浮かべて軽口を叩く彼の視線は、レズノフの頬につけられた一筋の傷に向けられていた。


(どうやら、あの程度じゃ無理みたいだな…)


 起き上がる直前にヴィショップが撃ち込んだ魔力だによってついた傷を眺めつつ、ヴィショップは心中で呟いた。退治するレズノフの目は未だに虚ろなままであり、口からは同じフレーズを繰り返し呟いていてまともな状態に戻っているとは言い難かった。


「…来るか」


 だが、そんなことを考えていられるのもつかの間の話だった。

 レズノフが腰を落として姿勢を低くし、突撃の準備を整える。それを見たヴィショップも両手の魔弓をレズノフへと向けて応えた。

 一瞬の沈黙の後、レズノフがヴィショップ目掛けて駆け出す。ヴィショップはレズノフが走り出したのに合わせて右手の魔弓の引き金を弾くも、レズノフは真横に飛んで撃ち出された魔力弾を躱した。しかしそれは予測済みだったのか、ヴィショップは眉一つ動かさぬまま腕を交差させて左手の魔弓をレズノフへと向ける。狙うのは動きが一瞬だけ止まる着地の瞬間だった。


「野郎…」


 しかしレズノフは理性の大半を失ってなお、獣染みた本能でヴィショップの攻撃を察知していた。

 腰に吊るしていた手斧をヴィショップ目掛けて投げつけるレズノフ。空を切って飛来する手斧を躱す為にヴィショップは引き金を弾くことを諦めると、真横に飛んで手斧を回避する。

 今度は逆にレズノフがヴィショップの着地の瞬間を狙うところだった。レズノフは右手で大型のナイフを引き抜くと、床を踏み抜きかねない強さで蹴りつけて一気に加速しヴィショップへと突っ込む。ヴィショップは咄嗟に左手の魔弓をレズノフへと向けて引き金を弾いた。

 だが撃ち込んだ魔力弾は火花と共にレズノフが左腕に填めている手甲によって弾かれる。ヴィショップは舌打ちを打って第二射を発射しようとするも、引き金を弾く暇すら与えずにレズノフはヴィショップに肉薄し、彼の心臓目掛けてナイフを突き出した。


「ッ…!」


 刃が肉を断つを音がヴィショップの耳にはっきりと聞こえた。頭の中で爆発した痛みに自然とヴィショップは歯を食いしばり、突き立てられた刀身から滴り落ちた彼の血が音を立てて床に落ちる。

 ナイフの柄を握るレズノフは、光の失せた瞳で自分がナイフを突き立てた存在を見つめていた。

 レズノフと自身の心臓の間にヴィショップが向かって無理矢理割り込ませた、彼の右膝に。


「ッラァ!」


 右手に握る魔弓のバレルを逆手に握ってヴィショップがグリップをレズノフの鼻っ柱へと振り下ろしたのと、レズノフがヴィショップの胸元に蹴りを叩き込んだのは同時だった。

 鼻から鮮血を撒き散らしながらレズノフが後退する。レズノフの蹴りを受けたヴィショップも右脚から血を流しながら後ろによろめく。


「……イカれててもタフな野郎だな、てめぇは」


 ぼたぼたと鼻孔から血を垂らしながら顔を上げたレズノフの瞳を見て、ヴィショップは忌々しげに呟く。グリップの強烈な一撃をくらったレズノフの鼻は変な方向に捻じれていたが、それでも彼を正気に戻すには不十分らしく、依然として瞳は正気の色を失ったままだった。


「ったく、しょうがねぇ奴だ」


 敵になった瞬間、一転して厄介の極みとかした銀髪の大男に向けてヴィショップは嘆息する。そして自分の右膝に突き刺さったままの大型ナイフを引き抜いて部屋の端に向けて放り投げると、


「タマァ、吹き飛ばされても文句言うんじゃねぇぞ」


 両手に握った二挺の魔弓をレズノフに向かって突き付けた。

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