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Bad Guys  作者: ブッチ
Kinky Love
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来訪

 ヴィショップ達三人が『フレハライヤ』へと戻ってきた翌朝、ミヒャエルも含めた四人は寝床にしている宿屋の一階にある酒場で、それぞれこの数日間にあった出来事を教え合っていた。


「何だよ、あの女コブ付きだったのかよ。しかもガキだしィ?」

「何で残念そうなんだ…いや、理由は言わなくていい。朝から吐き気を催したくはないからな」


 ミヒャエルからシューレにグレイという名の息子がいることを聞かされて残念がるレズノフを、ヤハドが呆れ混じりの視線で睨みつける。それは話をしている当人のミヒャエルも同様だった。


「そうですよ。レズノフさんにはあげ……じゃなくて、勿体無いですよ、あの二人は」

「別に息子の方はいらねェよ。部下にはそっちもいける奴がいたが」

「もういい。お前は大人しく酒を飲んでるか、上に行って買ってきた女に情欲をぶつけてろ」


 レズノフの口を塞ぐようにヤハドは酒の注がれたジョッキをレズノフの口元へと突き出した。レズノフは肩を竦めてジョッキを受け取ると、口を付けて中身を一気に喉に流し込む。


「まぁ、取り敢えず家には上げてもらえるくらいには仲が深まった訳か。俺達の居ない間に遊んでいただけではなかったという訳だな」

「当たり前じゃないですか。何なら、この村は僕に任せてヴィショップさん達は隣町に行っててもいいぐらいですよ」

「ありがたいことに、今回の件でそうすることがどれだけヤバいかを実感出来たよ」


 胸を張って答えるミヒャエルにヴィショップは皮肉を飛ばす。既にミヒャエルがシューレの家に潜り込む為に行ったマッチポンプは他の二人も知るところとなっており、ヴィショップの言葉に反対する者は居なかった。


「しかし、ダンナは居なかったか。となると、あの美人を孕ませたラッキー・ボーイがどこのどいつなのか、俄然気になってくるところだなァ」


 ジョッキの中の酒を飲み干したレズノフが意地の悪い笑みを浮かべながらそう発した。


「別に知りたくもないですよ、そんなの。多分、どっかでくたばってんじゃないですか?」


 露骨に不満そうな顔でミヒャエルが呟く。


「んだよ、随分と不機嫌じゃねェか。元カレが誰だか知るのが怖ェのかァ?」

「別に誰だっていいですよ。あんな美しい人を捨てた救いようの無い馬鹿だってことは確定な訳ですし。それ以上のことは別に知りたくもありません。精々、どんな死に方したかぐらいですよ、知りたいのは」


 ミヒャエルはそう言い切ると、レズノフの近くにあった酒瓶をひったくって煽り始める。それを見たレズノフはからかうように口笛を吹き、ヴィショップは呆れたように首を左右に振った。


「まぁ、あの女の夫は今回の話には関係ないだろう。それよりも問題は、あの女は一体子供達の失踪にどれだけ関与しているのかという点だ」

「関与なんてしてる訳ないじゃないですかぁ、あんないい人が!」


 ヤハドが話を元に戻そうとした矢先、ミヒャエルが酒瓶を振り回しながら声を上げる。思わずヤハドの口からは舌打ちが漏れていた。


「確かに出来過ぎな点もあるが、それでもあの女が一番犯行が用意なのは間違いないだろう。最初の数人の子供が消えた場所である森に住んでいる上、怪しげな薬について精通しており、しかも近くに沼まである。もし子供を殺していたとしたら、子供の死体を隠すにはうってつけだ」

「何言ってるんですか、沼なんてありませんでしたよ!」


 ミヒャエルの発したヤハドの言葉への反乱が、ヤハドとヴィショップの表情を瞬く間に訝しげなものへと変えた。


「沼……無かったのか?」

「えぇ、ありませんでしたよ」

「だが、村長は魔女は沼地に住んでいると言っていたぞ」

「そうなんですか?」

「あぁ」


 ヴィショップ達と一緒にミヒャエルも頭を捻り始める。

 どうやら村長の言葉と事実の間には齟齬があるらしかった。しかもその齟齬というのは、沼が有るか無いかという重大なんだか重大でないんだか微妙な齟齬だった。


「単なる記憶違いじゃないのか?」

「それとも村長が知らない間に干からびちまってるかだなァ」

「…やはりそんなところか? それとも、単にミヒャエルが沼を見落としただけか…」


 真実がどうなのかいまいち釈然としないものの、この話題をこれ以上追及することはこの場では出来ないしする意味もないので、そこで沼に関しての話題は一端の終わりを迎えた。そして今度の話の矛先は、ヴィショップ達三人と『ヤーノシーク』に関してへと向けられた。


「ところで、そういうヴィショップさん達はどうなんですか? 結局まんまと罠に嵌められて魔獣と殺し合ってきただけのようにしか思えないんですけど」

「全然違う。罠には嵌まったのではなくこちらから飛び込んでやったのだし、奴等が今回の一件に絡んでいるという確信も得ることが出来た」

「でも、証拠はないんですよね? それじゃあ、意味ないじゃないですか」


 ミヒャエルの言葉を受けたヤハドが額に青筋を浮かべて立ち上がりかける。ヴィショップはヤハドを手で制すと、ヤハドの代わりにミヒャエルへと話しかけた。


「ついでに、連中が魔獣を操る何らかの技術を持っているという確信も得ることが出来た。証拠に関してはこの後連中ともう一度顔を突き合わせることだし、時間をかけて引きずり出すさ」

「でも…」

「それ以上言うんだったら、レズノフとてめぇの役割を交代させるぞ。そこまで食いついてくるんだ、さぞ華麗なお手並みを見せて貰えるんだろう?」

「分かった、分かりましたよ。それでいいです」


 慌てて言葉を撤回するミヒャエルを見たヴィショップは軽く頷くと、次いでヤハドへと視線を向ける。そしてヤハドが納得したのを確認した。


「よし、それでいい…。レズノフ」

「何だよ?」

「俺とヤハドはこれから『ヴァライサール』に行って『ヤーノシーク』の棟梁と話してくる。お前はここに残ってミヒャエルが面倒を起こさないように見張ってろ」

「あいよ」


 ヴィショップの指示を、レズノフは欠伸を噛み殺しながら受け入れた。だがミヒャエルは冗談じゃないとでも言いたげな表情を浮かべると、ヴィショップの指示に反発する。


「ちょっと、何ですかそれは! レズノフさんも連れて行ってくださいよ!」

「てめぇには前科があるだろうが。それに、今日はあの女とは会わないんだろ?」

「それはそうですけど…」


 ミヒャエルの言葉が言い淀む。その淀みを突いて一気に押し切ってしまおうと、ヴィショップは更に言葉を重ねた。


「ならいいだろうが。あぁ、それとついでに村長の所に行って沼の件を聞いといてくれ。一応、気にはなるからな」

「ちょっ、別に沼なんてどうでも…」

「薄幸美人の妄想でマスかく時間を労働作業にしてやるっていってんだ、感謝しろ。ついでにこれは、そっちの原人野郎に対しての言葉でもあるからな。…行くぞ、ヤハド」


 ヴィショップはそう言い残すと立ち上がり、ヤハドを連れて外へと出て行った。

 後に残されたのは釈然としない表情のミヒャエルと眠そうなレズノフだけだった。レズノフは半開きの眼でヴィショップとヤハドが出て行った扉をぼうっと眺めていたが、やがて一際大きな欠伸と共に背を伸ばして立ち上がった。


「んじゃあ、二階の女が腹壊す前に行ってくるとしようぜェ」

「は? 僕まだ朝ご飯食べて……」


 そしてそうミヒャエルに告げると、彼の背中を掴み引きずるようにしてレズノフも店を後にした。








 宿屋を出たヴィショップとヤハドが『ヴァライサール』に辿り着き、昨日の依頼者である『ヤーノシーク』のギルドの目の前まで来たのは、日が自分の真上に昇ってきた辺りのことだった。


「行くぞ」

「あぁ」


 短いやり取りをしてから、ヴィショップとヤハドは扉を開いて中へと入る。二人ともまさか真昼間に襲い掛かってくるようなことは無いとは分かっていたが、それでも自分達を待ち伏せて殺そうとしていた連中の本拠地に入るだけあって、身体には普段よりも余分に力が入っていた。

 ギルドの中は簡素なロビーのようになっていた。依頼の書かれた紙と思しきものが張られた掲示板がいくつか部屋の中にあり、数人の武装した人間がそれを眺めている。奥にはカウンターもあり、事務係らしき眼鏡を掛けた禿げ面の男がニコニコ笑いを浮かべながら立っていた。


「いらっしゃいませ。『ヴァライサール』における厄介毎ならおまかせ、『ヤーノシーク』にようこそ」


 扉を開けて入ってきた二人に向かって、禿げ面の男が場の雰囲気にそぐわない謳い文句を言いつつ歓迎する。ヴィショップとヤハドは互いに一度顔を見合わせると、そのままカウンターに向かって歩み出した。

 前日のこともあってか、ヴィショップとヤハドは完全武装してこの場を訪れていた。その為か、部屋にいる数人の『ヤーノシーク』のは怪訝そうな表情でカウンターへと進む二人を眺めていた。もしかしたらその内の一人や二人、あるいは全員がブルゾンがヴィショップ達に出した依頼の真意を知っていて、それで視線を向けているのかもしれなかったが。

 そんな視線の中を堂々と歩いて二人はカウンターの前へとやってくる。禿げ面の男は眼鏡を押し上げて二人の顔を見ると、ニコニコ笑いを浮かべたまま問いかけた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用事で?」

「お前達のとこのボスに頼まれた依頼の報告に来た」


 ヤハドは答えるとブルゾイから渡された依頼書を禿げ面の男へと突き出した。禿げ面の男は依頼書を受け取ると、書かれている内容だったりサインだったりを確認し始める。


「確かに、当ギルドによる正式な依頼書のようです。では、報酬をお渡ししますので二階に上がって下さい。ギルドリーダーがお待ちです」


 禿げ面の男はそう言って部屋の奥の階段を指し示した。ヤハドは「分かった」とだけ告げると階段に向かって歩き出し、ヴィショップがその後を追う。


「話が早くて助かるな」

「個室に連れ込んでグサリ、なんてのじゃなきゃいいがな」


 二人は階段を上がり切ったところにある扉を開いて中へと脚を踏み入れた。


「あぁ、来たかよ。心配したんだぜ? 山には魔獣の死体がどっさり。にも関わらず、依頼した当の本人達は影も形もなければギルドにも顔を見せやしないらよぉ」


 部屋の中ではブルゾイがソファーに腰かけながら二人の方に振り向いていた。

 部屋に入ったヴィショップは視線を動かしてブルゾイ以外に部屋に居る三人の人間の姿を確認する。三人共一階にいた連中と同じように武装しているが、最大の違いはヴィショップとヤハドの二人から目を離そうとする素振りが無いことと、いつでも武器を構えることが出来るような位置に手が置かれていることだった。


「村の方で問題があったようでな。そちらの対処の為に向かっていた」

「あぁ、それは俺も耳にしてるぜ。そいつについても、是非聞かせてもらおうと思ってたんだよ」


 ヤハドが昨日の内に現れなかった理由を答えると、ブルゾイは微笑を浮かべながら自分の向かいにあるソファーを手で指し示した。

 ヤハドが目だけをヴィショップに向ける。ヴィショップが小さく頷いてみせると、ヤハドはブルゾイに勧められるがままにソファーに腰を下ろした。ヴィショップも被っていたカウボーイハットを外してヤハドの隣に座ったところで、ブルゾイが空のグラスを二人の前に置き手元の瓶から酒を注ぐ。


「で? 昨日『フレハライヤ』の方で起こった揉め事っていうのは一体何なんだ?」

「大したことじゃない。住人がどこかの誰かに息子を連れ去られたと勘違いして、大騒ぎしただけの話だ」


 グラスには手を付けずにヤハドは答える。するとブルゾイは大きな笑い声を上げた。


「おいおい、情報は正確に頼むぜ? 大騒ぎにはあんた等の仲間も関係していたんだろ?」

「……」


 そう言って、ブルゾイは手にした瓶の口から直接酒を喉へと流し込む。口の端から一筋の酒を垂らすブルゾイの姿を、目の前に座るヤハドは剣呑とした表情で眺めていた。


「情報は正確に、というのはこちらの台詞ですヴィルレイザーさん」

「ほう?」


 その表情を見てヤハドに任せておくと話がこじれる可能性を見出したヴィショップが話題を反らす。


「貴方は依頼の前に討伐するべき魔獣は大したものじゃないといいました。ですが実際には、数も質も貴方の提示したものとは一線を画していました」

「単にお宅らの腕が悪いだけじゃないのか?」

「牛を一飲みにしかねないデカさの蛇が貴方がたにとって大したことのない相手だというのなら」


 ヴィショップの返事を聞いたブルゾイは微笑を零した。


「いや、悪いな。少しからかってみただけだ。確かにそいつは完全にこちらの見込み違いだ。報酬に色でも付けようか?」

「いえ、結構。それよりも一つ気になったことがあります」

「気になったこと?」


 ブルゾイが面白そうに聞き返す。ヴィショップは首を縦に振って口を動かす。


「現れた魔獣はどれもこちらが攻撃を仕掛ける前から襲い掛かってきたかと思うと、他の魔獣と一緒になって死んだ魔獣の死骸を踏み砕いてでも襲い掛かってきました。客観的に見てあれらの魔獣の目には自分達以外の存在が目に入っていませんでしたし、執拗さに関しては異常としかいいようがありません」

「つまり何が言いたいんだ?」

「あの山で戦った魔獣達の行動からは明確な意思を感じました。私達を殺すという明確な意思を」


 数秒の沈黙が部屋を覆った。ブルゾイは何も答えずに黙ってヴィショップの顔を見据えていたが、やがてまるで下らない質問でもされたような表情を浮かべて口を開いた。


「魔獣が人間を襲うのは何もおかしなことじゃない。よっぽど腹でも減っていたんじゃないか?」

「かもしれませんね。ですが、そうではないかもしれない。ヴィルレイザーさんは、何か魔獣を操る技術に関して知っていたりはしませんか?」


 ヴィショップの言葉を聞いたブルゾイの笑みに浮かんでいた笑みが微かに引きつった。ブルゾイはすぐに手で口元を覆ってそれを隠したが、ヴィショップがそれを見逃すことはなかった。


「さぁな。心当たりは無い」


 少し考えてブルゾイが答える。するとヴィショップはわざとらしく意外そうな表情を浮かべて、ブルゾイに問いかけた?


「何も無いんですか? 例えば例の魔女辺りなんかはそういった技術を持ってそうですけど…」

「俺の知っている限りではそんなのはねぇよ。それに、あの村での騒動とあんた等が山で魔獣共を殺し回ってた時刻は大体同じだ。例えあの女が魔獣を操れたとしても、魔獣を操ってあんた等にけしかけるのは不可能だろうが」


 口元を隠したままブルゾイはヴィショップの考えを否定する。ヴィショップに向けられた彼の眼には、まるで剣の切っ先のような鋭さが宿っていた。少なくともそんな眼差しは、自分達の代わりに魔獣を殺してきてくれた客人に向けるものでは到底ないと言えるだろう。


「……そうですね。確かに、仮に彼女が魔獣を操る技術を有していたとしても私達へと魔獣をけしかけるのは無理でしょう」

「だろ? それに、あの女に魔獣を操るなんて真似が出来るかどうか事態怪しいしな」


 そう言ってブルゾイは満足気に頷く。ヴィショップはそんな彼の表情を見ると、酷薄な笑みを浮かべてブルゾイに語りかけた。


「随分と彼女を信用しているんですね」

「……何だと?」


 その言葉で、ブルゾイの顔から満足そうな気配は呆気なく消え去った。


「違うんですか? だってヴィルレイザーさん、彼女の犯行であることは絶対に無いって言い切ってるようなものではないですか。相手は魔女と呼ばれる存在で、何が出来て何が出来ないのかも不明瞭だっていうのに」


 ヴィショップは大仰に首を傾げてそう発する。ブルゾイは先程までと同じ、あるいはそれ以上に鋭い視線をヴィショップへと向けて彼の言葉を否定した。


「信用なんてしてねぇ。ただ単に理屈で考えてそう結論付けているだけだ。奴に魔獣を操ってあんた等にけしかけるなんて真似は不可能だ」

「何でそう言い切れるんです、ヴィルレイザーさん? 貴方だって彼女の手口を全て知っている訳ではないんでしょう?」

「…てめぇよりは知ってるさ。余所者のてめぇよりはな」


 ブルゾイはヴィショップの顔を睨みつけてゆっくりと噛み砕くように告げる。しかしブルゾイが発した言葉は彼自身が言っていた理屈とは程遠いところにあり、それはこれ以上の議論を彼が打ち切ろうとしていることに他ならなかった。

 ヴィショップは数瞬の間黙ってブルゾイの視線を受け止めていたが、小さく息を吐き出して視線を逸らすと、


「成る程、確かにその通りです。差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ありません」


 表面上だけは丁寧な言葉を見繕い、ブルゾイの望みどおりにこの会話に終止符を打った。

 望みどおりに話が終わったものの、ブルゾイの機嫌は良いとは言えなかった。むしろ更に悪化したともいえ、彼は荒い手付きでテーブルの上の瓶を掴んで中身を飲み干す。ヴィショップは微笑みを浮かべてそんなブルゾイの姿を眺めつつ隣にヤハドに一瞥をくれた。ヤハドは視線だけを動かしてブルゾイとヴィショップの姿をちらちらと見ていたが、ヴィショップと視線が合うと一瞬考え込んだ後、諦めた様に首を左右に振った。それはこの先の会話の主導権もヴィショップに託すという、ヤハドの意思表示だった。

 それを見たヴィショップは小さく頷いて、床に置いておいた荷物袋の口に右手を突っ込む。それを見たブルゾイの身体が一瞬硬直したので、ヴィショップは見せつけるように笑みを浮かべて、荷物袋の中から『ヴァライサール時事録』を取り出してテーブルの上に置いた。


「そいつは?」


 音を立てて置かれた『ヴァライサール時事録』を見て、ブルゾイが訝しげな口調で問いかける。


「前回お会いした時、ロイシュさんから借りた本です。この中に気になる記載がありましたので、質問させていただこうかと」

「そんなことなら、本人に訊けよ」

「勿論本人にも訊きます。ですが、どうせなのでこの町のことに精通していらっしゃるヴィルレイザーさんにも訊ねておこうと思いまして」


 一回は断ろうとしたブルゾイに向かってそう告げて、ヴィショップは昨晩読んでいた謎の歌と子供の失踪に関するページを開き、ブルゾイへと差し出した。ブルゾイは隠そうともせずに舌打ちを打ってから、ヴィショップが開いたページの文面を読み始める。そして書かれている記述を全て読み終えると、苛立った様子でヴィショップに『ヴァライサール時事録』を突き返した。


「こんなアホみてぇに昔の話、町で隠居してるジジイにでも聞くんだな」

「分かりませんか。残念です」


 ヴィショップはさして残念でもなさそうにそう言うと、『ヴァライサール時事録』を荷物袋の中へとしまった。


「それで? あんた等が俺達に話しておきたいいちゃもんや無駄話はこれで全部か?」

「いいえ、まだ一つ残っています」


 荷物袋に『ヴァライサール時事録』をしまって顔を上げたところでブルゾイがヴィショップとヤハドの顔に視線を向け、うんざりした表情で問いかける。だがその表情はヴィショップの返事を聞いた瞬間に更に深まった。


「なら、次で終わりにしろ。俺達だって暇じゃねぇ」

「すいません、重要にも関わらずすっかり忘れていてしまって…」

「勿体ぶるな。さっさと言えよ」


 一刻も早く会話を終わらせたいのか、ブルゾイは頻りにヴィショップに話を急かす。ヴィショップは頷くと、ニッコリと笑みを浮かべてブルゾイに訊ねた。


「今回の依頼の報酬の方は、どうなっているんですかね?」









 ヴィショップがブルゾイに最後の質問をぶつけてから数分後、二人は『ヤーノシーク』のギルドを後にし、前回『ヴァライサール』に滞在した時に使ったのと同じホテルで遅めの昼食を摂っていた。


「最後のあの質問、何の意味が有ったんだ、米国人? 報酬なんてどうでもいいんじゃなかったのか?」


 スープに浸したパンを食べながらヤハドが目の前のヴィショップに訊ねる。ヴィショップは口の中に放り込んだ牛肉のステーキを咀嚼すると、口角を僅かに吊り上げて応えた。


「意味なんてねぇよ。ただの嫌がらせだ」

「…だろうな。まったく、貴様の意地の悪さは折り紙つきだ」

「でも、少しはお前も気分が良くなったんじゃないか?」


 呆れたようにヤハドが漏らしながらも、ヤハドは微かに首を上下に振った。それを見てヴィショップは苦笑を浮かべると、水の注がれたグラスに手を伸ばす。


「まぁ、とにかくこれではっきりしただろ。あの野郎と例の魔女には何らかの関連性が有る」


 ヴィショップがそう結論付けた理由は、ブルゾイのシューレを擁護するような態度にあった。

 現状、『フレハライヤ』で起こっている子供の失踪の犯人と最も思しき存在はシューレである。となると、彼女が子供達の失踪の真実を解き明かしに来たヴィショップ達を排除する為に魔獣を操って殺そうとした、という仮定が立っても何らおかしなことはない。そして実際に魔獣をけしかけて殺そうとしたのがブルゾイ達であった場合、その仮定を支持して疑惑の目をシューレの方へと向けさせるのが当然の行動と言えるだろう。

 だがブルゾイははっきりとシューレの関与を否定した。しかも、最後は強引に話を打ち切ってまで。この行動は明らかにシューレに対する擁護であり、それはブルゾイとシューレの間に何らかの繋がりがあることを示唆していた。


「あの女とあいつがグルだと?」

「まだはっきりとは分からないが、その可能性は充分あり得る。だが、そうなると一つ疑問が出てくる」

「最初の数人の子供たちが消えた場所、か」


 失踪した子供達の内の数人はシューレの住んでいる森の中という、あからさまとも言える場所で姿を消している。このことが、ブルゾイとシューレが協力関係にあるという考えを仮定以上のものに押し上げる際の障害となっていた。


「協力しているなら、わざわざ協力相手が動き辛くなるような状況は生み出さない筈だからな」

「単にあの男が馬鹿というだけかもしれんぞ?」

「だといいんだが…」


 グラスを口元へと運ぶヴィショップの脳裏では、もう一つの疑惑が蠢いていた。それは、シューレは魔獣を操る術など持っていないというブルゾイの言葉だった。


(魔獣を森から追い払うような薬を作れる以上、魔獣を操る薬ぐらい作れてもいい気はする。だがそうなると、今あの女が置かれている状況が分からねぇ…)


 もしヴィショップの考え通りに魔獣を意のままに操れる薬をシューレが持っているのなら、ミヒャエルが言っていたような住人達への仕打ちに黙って耐えて細々と薬を売っているのはおかしい、というのがヴィショップの考えだった。


(魔獣を操って住民を脅すなり、魔獣を家畜同然の存在にして肉なりなんなりを売っ払うなり、いくらでもそんな生活から抜け出す手段はある…。それをしねぇってことは、やっぱり魔獣を意のままに操る薬なんて有りはしねぇのか…?)


 グラスを唇につけたままヴィショップは考え込む。しかしその結論が出る前にヤハドが彼に声をかけた。


「ところで、飯を食い終わったら次はどうするんだ? あの男に言っていた通り、この町の町長に過去の事件の話でも聞きに行くのか?」

「……いや、あいつの言う通りアホみてぇに昔の話だ。どうせ知ってなんかいないさ。だから飯を食ったら、とっととあの馬鹿二人の所に帰るぞ。仕方が無かったとはいえ、今の状況は爆弾に雷管を突き刺した状態で発火装置を手放してるみたいなもんだ」

「生きた心地がしない、か。そいつには同感だな」


 ヴィショップの軽口にヤハドは僅かに口角を持ち上げると、皿の上に残った料理を始末すべくフォークを動かす。ヴィショップは手に持ったグラスの中身を一瞥すると、一気に中身を飲み干した。グラスの中の水が全てヴィショップの喉を通った時には、もうヴィショップの頭の中で渦巻いていた疑惑は一端頭の隅に追いやられており、後は目の前のステーキをおいしく頂くことに専念した。

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