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Bad Guys  作者: ブッチ
Four Bad Guys
1/146

終わりと始まり

どうも、ブッチと申します。拙い作品ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

 生命の息吹など微塵も感じられない冷たい煉瓦造りの床を、両足に繋がれた鎖のジャラジャラという音だけを聞きながら歩き続ける。


『被告、ヴィショップ・ラングレン。この者は…』


 感じられる視線は看守達のものだけ。その視線は例外無く無慈悲で冷徹だった。


『…以上、九十九の罪を犯し、尚且つ本人に反省の色も無い事から…』


 目の前に終着点が近づいてくる。傍らには看守と若い神父を侍らせて。


『…求刑通り、被告に死刑を宣言する』


 看守に促され、木で作られた質素な椅子に腰掛ける。年老いた人間に共通の、大儀そうで緩慢とした動きで。


「何か言い残す事はあるか?」


 看守が装置を頭にはめると、椅子に腰掛けた男にそう訊ねる。その表情には、決まりだから仕方なくやっている、という意思を隠そうともしない、億劫な表情が張り付いていた。


「あぁ、あるな」

「分かった。なんだ?命乞いか?それともあの世での言い訳のリハーサルか?」


 男の返事を聞いた看守は、馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら男に訊ねる。恐らくは、全てが終わった後で酒の肴にでもする気なのだろう。

 男はニカッと笑って言い放つ。


「愛してるぜ、リリアン。今までも、そしてこれからもな」

「ふん。そうかい」


 看守は、やはり馬鹿にした様に鼻を鳴らすと、男の顔にマスクを被せる。これで男の視界にはもう何も映らない。これから映ることも。


「天に坐します我らが…」

「ヘイ、俺は無神論者だ。どうせ地獄行きは確定してるんだから、無駄な手間を掛けることもないだろう。さっさと終わらせてくれ」

「…Amen(エイメン)


 耳に飛び込んできた神父の言葉を、男がしわがれ声で遮って止めさせる。マスクのせいでどうなっているかは分からないが、恐らくは祈りの言葉を遮られた神父が動揺しながら聖書を閉じて脇に退いていることだろう。マスクを被せられる前に見た神父の顔は、どこからどう見ても若造だった。


「減らず口を叩くんじゃねぇよ、クズ野郎が」


 先程と同じ看守の声が耳に飛び込んできたかと思うと、口に何かを詰め込まれて言葉を出せなくなる。


(はっ、やっとかよ、待たせやがって)


 男は心中で悪態を吐くと、今までの人生を振り返る。それは牢獄の中で延々と繰り返した行為だったし、振り返った人生も殆ど人の道を外れた行いばかりだったが、それでも男は不思議と心が安らいでいくのを覚えることが出来た。


(最高にクソッタレな人生だったが…まぁ、悪くもなかったか…)


 男が一つの結論を頭の中で弾き出したその瞬間、一瞬の強烈な刺激のみを味わい、男の意識は闇の彼方へと消えた。






「…ん?」


 しわがれた声が耳に飛び込んでくる。男がそれが自分自身の声だと気付くのに、軽く十秒は必要だった。

 目を閉ざしていてもはっきりと分かる、もう二度と味わうことはないだろうと考えていた感覚、すなわち眩しさによって、男はその両目をゆっくりとこじ開ける。


「…何だ、これは?」


 男の口から漏れる、間の抜けた言葉。だがそれも仕方が無いことだと言えるだろう。なんせ、二度と覚醒することなど無いと考えていた意識が戻り、その上目の前に広がる景色は、本当に地球上のものかどうかも怪しい、ただひたすらに純白以外の色の無い世界なのだから。


「どうなってるんだ?俺は、確かにあの電気椅子で…」


 男は震えた声をだしながら視線を下に向ける。そこにはすっかりお馴染みとなった囚人服と、年老いた事の証明である深いしわが刻まれた両手が小刻みに震えていた。

 男はその震えた両手を自分の顔へと当てる。その両手から伝わってくる肌のざらつきが、自分が命を“散らしたであろう”電気椅子に腰掛けた時と寸分違わぬ姿であることを実感させてくれた。


「…まさか、ここが天国か?宣伝ほど派手な所じゃなかったな」

「う…あがぁ…」

「ッ!?」


 男が自分の状態を確認し終えて軽口を叩いていると、不意に後ろから低い呻き声が発せられる。

 男は呻き声のした後方に向かって、歳不相応の俊敏さで振り向く。その際、男の人生の沙我故か、男の右手が何も存在しない腰の辺りに伸びていた。


「うぇ…クソッタレ、何処だここは…?」


 男の視線の先では、いつの間に現れたのかも分からない、スキンヘッドの大男が悪態を吐きながら立ち上がろうとしていた。

 スキンヘッドの男の身長は2m近くはあり、身に纏っているものは黒が基調の戦闘服だった。タクティカルベストには自動小銃のマガジンやら小さな鉈程の大きさのあるナイフやらが装備してあり、カーゴパンツにはシルバーのオートマチックピストルや小型のナイフを装備していた。


(チッ…面倒なモン持ちやがって…)


 男はスキンヘッドの男に気付かれないように小さく舌打ちすると、なるべく音を立てず、それでいて俊敏な動作で立ち上がり、スキンヘッドの男の意識が完全に覚醒し切る前に万が一の時に近接戦に持ち込める位置まで近寄ると、スキンヘッドの男に声を掛ける。


「ヘイ、ミスターオクトパス。調子はどうだい?」

「アァ?何だ、ジイサン。あんた誰だ?」


 スキンヘッドの男は訝しげに言うと、タクティカルベストに装備していたナイフを引き抜きながら立ち上がる。

 その際、スキンヘッドの男が半歩程下がって男との距離を調整したのを見て、男はこのスキンヘッドの男がただの見かけ倒しではないことを悟った。


「そう殺気立つなよ、こんな老いぼれ一人に。別に敵意は無いんだぜ?」

「ケッ、人に忍び寄ってくる人間の科白じゃねぇだろうが、それ」

「…まぁ、そう言うなよ。とりあえず自己紹介から始めよう。俺はヴィショップ。ヴィショップ・ラングレンだ」


 男…ヴィショップは、自分の行動の真意が見抜かれていたことに驚きつつも、それを表には出さずに友好的な態度を貫く。

 その一方で、ヴィショップの名を聞いたスキンヘッドの男は名前を聞いて少しの間難しそうな表情を浮かべていたが、不意にその表情が霧散したかと思うと、今度はニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべていた。


「そうか、ジイサンあんた、かの有名なクラブ・ネメシスのトップ、ヴィショップ・ラングレンか!」

「…まぁな」


 ヴィショップはどこか疲れを見せる表情を浮かべながらスキンヘッドの男の言葉を肯定する。それに対し、スキンヘッドの男はヴィショップのそんな態度などお構いなしに口を動かし続ける。


「構成員は四桁に届くとまで謳われ、世界各国に拠点を持つ世界有数の規模を持つ犯罪組織、クラブ・ネメシスのトップと会えるとはねぇ。こいつは奇妙な偶然があったモンだぜ。噂じゃ自首して死刑判決喰らってた筈だが、脱獄でもしたのか?」

「知るか。電気椅子でこの世にオサラバしたと思ったら、ここに居たんだ。それより、お前も素性を明かしたらどうだ、ミスター・オクトパス?」

「へいへい。ウラジーミル・レズノフだ。よろしく、ミスター・マフィア」

「ウラジーミル・レズノフだと?」


 ヴィショップに促されて渋々といった口調で語ったスキンヘッドの男の名前を聞いて、ヴィショップの声音に驚きの色が混じる。

 ウラジーミル・レズノフといえば、世界二十ヶ国以上から指名手配されているギネス級の戦争犯罪人であり、世界各国の特殊部隊から付け狙われながらも一度として身柄を確保されたことがないことから、本当に実在するかどうかすら怪しまれている程の人物である。だがそれ以上に驚くべき事実が存在した。それは


「冗談言うなよ。ウラジーミル・レズノフは死人だ。三日前にリビアで米国だか英国だかの特殊部隊に殺された筈だぜ」


 ヴィショップの言う通り、ウラジーミル・レズノフは三日前に米国のタスクフォースと英国のSASの共同作戦により殺されていた。実際、ヴィショップも獄中で読んだニューヨークタイムズで確認したし、面会に来た部下の話からテレビでも大々的に取り扱っていたらしく、両国が大衆への公表を許可した事実からしても、ウラジーミル・レズノフの死は確定的な出来事だと言えた。

 その為、ヴィショップは半ば馬鹿にする様な口調でスキンヘッドの男…本人曰くウラジーミル・レズノフに言葉を返したのだが、その返しはヴィショップに恥を掻かせる結果に繋がってしまう。


「知るかよ。M4の5.56mm弾で頭をブチ抜かれたと思ったらここに居たんだからよ。つーか、それならアンタにだって同じ理屈が当て嵌まるだろうが」

「…そういやそうだな」

「うっ…クソッ…」

「「ッ!」」


 ヴィショップがレズノフの反論に言葉を濁していると、二人の耳に呻き声が飛び込んでくる。ヴィショップはデジャブを感じながらも声のする方向に振り向き、レズノフもナイフをしまいつつ逆の手で拳銃を引き抜いて、声のする方向に突きつけながら声の正体を確認しようとする。


「何だここは…?俺はアブ・ヤハロの訓練キャンプに居た筈では…?」

「おうおう、こいつはまた、分かりやすい奴が現れたなぁ」


 レズノフの時と同じ様にいきなり現れた、ターバンに野戦服姿のアラブ系の男を見て、ヴィショップは半ば呆れ混じりの声を上げる。


「ッ!何だ、貴様等!アメリカの手先共か!?」

「いんや、むしろ敵だ」

「俺は敵というより非国民かな」


 ヴィショップの声に反応して、腰の辺りに捩じ込んでいた拳銃を抜き取って突き出しきたアラブ系の男に、レズノフは拳銃の銃口を向けたまま、ヴィショップはだらしなく両手を上げながら、二人しておどけた口調でアラブ系の男の詰問に答える。


「…とりあえずその銃を捨てろ。そして名を名乗れ」

「おいおい、それはこっちの科白だぜ?じゃねぇと、ここが何なのか教えてやんねぇぞ?」

(ほぅ…)


 ヴィショップは、アラブ系の男の要求に対するレズノフの返しに感心する。

 目の前のアラブ系の男は、今までの言動から考えて現状を全く把握出来ていない。となれば、このレズノフの提案を無下に切り捨てて撃ち合いを始めるというのは、まず無いだろう。むしろ、この提案に乗ってくる確率の方が大きいといえる。つまり、レズノフはたった一言でこのアラブ系の男に対して有利な立場に収まったのである。

 そして何よりも、レズノフの大胆さにヴィショップは感心していた。当然の事ながら、ヴィショップもレズノフも今自分達が居る場所の事など欠片も理解してはいない。それにも拘わらず、アラブ系の男に対して自身満々に答えた態度、そしてその提案をあっさりと申し出た思い切りの良さに、ヴィショップは感心すると共に警戒心を抱いていた。間違い無く、今この場で最も厄介なのはこの男だと。


(何はともあれ、状況はこのハゲに有利に進んでいる。“もう一吹き”すればな…)


 ヴィショップは心中そう呟くと、駄目押しの一手を打つタイミングを計る。そして、それは概ねヴィショップの予想通りのタイミングでやってきた。即ち、レズノフの提案から数秒後、その提案を呑むかどうか決めかねているアラブ系の男の視線がヴィショップに注がれた、その瞬間である。


「悪いが…俺はこの場所の事は知らないぞ?俺がここ居たと気付いた頃には、このハゲが“もう居たんでね”」

「…分かった。だが、銃を捨てるのはお前もだ」

「オッケィ。別にそれで構わないぜ。それと、ジイサン。誰がハゲだ、誰が」


 ヴィショップの言葉を聞いたアラブ系の男が諦めた様子でレズノフの提案にある程度同調の意を見せ、レズノフもアラブ系の男の妥協案を受け入れる。そしてそのやり取りを眺めていたヴィショップは、予想通りの展開に内心ほくそ笑む。

 アラブ系の男がレズノフの提案を受け入れるかどうかを決定する要素、それにはレズノフが語る言葉や周りの状況以上に重要な要素が存在した。つまり、ヴィショップ・ラングレンその人、ひいてはヴィショップの語る言葉である。

 アラブ系の男は現在、右も左も分からない状況。故に、情報提供者であるレズノフを殺害する訳にはいかない。勿論、レズノフの言っている事はただのハッタリだが、それをアラブ系の男が見極めるには材料が少なすぎる上に、確かな確証も無いまま引き金を弾くことを許してくれる状況ではない。そんな厄介な状況に陥っているからこそ、レズノフの言葉は真意を発揮しているのだが、それには絶対に欠かせない前提がある。即ちレズノフが唯一の、あるいはこの場で最もこの場所に精通している人物であるという前提が。

 そしてその前提を打ち崩すことも生かすことも出来るのは、ヴィショップ・ラングレンの言葉だけだった。もしヴィショップが真実…とはいかなくても、自分がレズノフより先にこの場所に居ることを教えれば、アラブ系の男に“レズノフを殺し、ヴィショップから情報を聞き出す”という選択肢が生まれる。そしてそうなってしまった場合、ほぼ間違い無くアラブ系の男は引き金を弾くだろう。誰だって銃を持った大男と話し合うか囚人服姿の薄汚い老人と話し合うかの二択を迫られたら、後者を選ぶだろう。そしてもしアラブ系の男がレズノフを殺すことに成功すれば、銃を持った男が一人消える上に残った銃を持つ男と友好的な関係を結べる可能性も生まれる。それはヴィショップにとって悪い状況では無かった。

 だが、ヴィショップの決断はその選択肢を選ばなかった。理由は一つ。こちらの姿を確認した時にアラブ系の男が発した言葉である。


(あの物言い……イスラム過激派の人間ってところか…。流石にそんな人間と友好的関係は結び難いかな…)


 彼の心に深く根付いてそびえ立っているいるであろう思想、それこそがヴィショップにその選択肢を選ぶことを拒否させた理由だった。何故なら、人が強い混乱に陥った時にその意思決定に最も強く影響するのは、往々にして考え抜いた先に見出した損得勘定などではなく、自らの生き方が育んだ信念や思想といったものなのだから。


(まっ、こっちの状況も悪い訳じゃないしな…。後は手を加えてやるだけ…)


 ヴィショップは心中でそう呟くと、眼前で拳銃をしまおうとしている二人に声を掛ける。


「ヘイ、あんた等。今から話合いするんだろ?だったら未練がましくそんなモン握ってないで、どっかに捨てちまえよ」


 ヴィショップの提案に、拳銃をしまおうとしていた二人の動きが止まる。

 そしてアラブ系の男の視線がレズノフからヴィショップに移り、再びレズノフへと視線を戻してからアラブ系の男は口を開く。


「断る。提案は受け入れたが、俺はお前等を信用した訳では…」

「いいぜ。んじゃ、捨てるか」

「オイ!」


 だが、思考の末に出てきたアラブ系の男の拒絶の言葉はレズノフによって打ち砕かれてしまう。そしてその言葉を聞いた提案者であるヴィショップの頬が緩む。その裏側にある悪意ある笑顔を覆い隠す、穏やかな表情へと。


(まっ、やっぱり戦争馬鹿の知能はこんなモンか。扱いやすくていいねぇ…)


 ヴィショップは二人の手から銃が離れる瞬間を、今か今かと待ちわびる。

 この場にある銃はレズノフとアラブ系の男の持つ二挺のみ。そしてそれが二人の手から離れるということは、ヴィショップにこの場で最大の“暴力”を手に入れるチャンスが回ってくるという事になる。


(ムカつくが、老いぼれの俺じゃ、奴等と殴り合ったところで負ける可能性の方が圧倒的に高い。奴らもそれは承知の上だろう。となれば、俺が有利な地位を築いても簡単にひっくり返されちまう、俺を殺してな。つまり、俺が主導権を握りたければあの二挺の拳銃の内どちらか…出来れば二挺とも手に入れる必要がある訳だ…)


 ヴィショップは頭の中で現在の状況を整理しつつ、どうやって二人の手から離れた拳銃を手に入れるかを、レズノフに言いくるめられて渋々拳銃を手放そうとしているアラブ人の男を眺めながら考える。

 出来れば手から離れた瞬間に手に入れておきたいが、おそらくそれは無理だろう。ならば、会話で気を逸らしている内に手に入れるか…などといったことを考えていたのだが、考え事に意識を向けすぎて、銃を握っていない方のレズノフの手に対する注意を怠ってしまう。そしてその結果、ヴィショップは今まで考えていた策略は意味を為さなくなる状況へと追い込まれる羽目になってしまう。


「お、おい、いくらなんでもそこまでしなくてもいいんじゃないか?」


 ガチャガチャという音に反応したヴィショップが思考を一旦手段する。そしてレズノフとアラブ人の男の行っていう行為に気付いて慌てて二人の行動を止めようとするが、目の前の二人はヴィショップの言葉などお構いなしに作業を続ける。即ち、拳銃の分解作業を。

 両者共に止めどなく手が動き、二挺の拳銃をただの部品群へと変えていく。分解したパーツはそのまま地面に落とされ、二人の足元には拳銃だったものが溜まっていく。そして最後に、二人は抜き取っていた弾倉と拳銃の予備弾倉を取り出すと、親指でテンポ良く、弾倉に込められた弾丸を地面に落としていった。

 そして全ての作業が終了すると、レズノフがヴィショップに振り向き、ニヤッと笑ってヴィショップに告げる。


「こんなもんで如何ですかな、親善大使殿?」

「…あぁ、よくできました、ご立派なこって」


 ヴィショップは何とか表情を崩さずにレズノフに言葉を返す。

 何はともあれ、これでヴィショップが場の主導権を握るのは不可能に近くなった。


「よし。これで怖い武器もなくなって、平和な話し合いが出来る訳だ。で?あなたのお名前と職業は?」

「名乗るときは自分から名乗ったらどうだ?それとも米国人共はそんな常識すら知らんのか?」

「悪いな。俺は育ちが悪くて、あまり賢くないんだ。大統領だってハリソン・フォードがやってるってことしか知らないんだよ、俺は。で?名前は?」

「…チッ。ヤハドだ。アブラム・ヤハド」

「ほぉう。ヤハドって言えば、最近売出し中のテロリストグループ、暁の聖戦(ジハード)の創設者にしてリーダーじゃねぇか」


 ヴィショップに促されたアラブ系の男が、相変わらず渋々といった様子で語った名前を聞いて、レズノフが、先程ヴィショップに見せたのと同じ様な表情を見せる。

 レズノフの口から出てきた暁の聖戦(ジハード)とは、近年知名度の上がってきたイスラム過激派組織の一つである。その規模は比較的小規模であるにもかかわらず、既存のイスラム教の宗派とは違う、独特の教義を持つことから他のイスラム過激派組織からも異端視されて接点が薄い為、メディアで名前がよく出てくる現状とは裏腹にその全貌が未だに掴めずにいる組織である。


「オイ!訂正しろ。我々はテロリストではない、革命家だ!この欺瞞に満ちた世界にコーランの教えを浸透させるという使命を受けた…」

「御高説は結構。とりあえず勝手に名乗らせてもらうぜ。ヴィショップ・ラングレンだ」

「何だと…ヴィショップ・ラングレンだと…?」

「俺はウラジーミル・レズノフだ。よろしく、テロリスト(革命家)殿」

「…フン。先程のお前たちの言葉、そういう意味だったか」


 レズノフの発言に抗議していたヤハドだったが、二人の名乗りを聞いた瞬間に平常心を取り戻し、そして二人の身元に気付いたのか、顎髭を触りながら挑発的な視線を二人に向ける。

 だが、当の本人達はそんな視線の事など意にも介さずに話を続ける。


「そういうことだ。ところで、お前さんはどうやってここに来たんだ?」

「分からん。我々の下部組織が管理する訓練キャンプでいきなり爆発が起こり、それに巻き込まれたと思ったらここに居たんだ」

「へぇ、そりゃあご愁傷様なこって」

「クソッ!一体、何が起きてるという…」

「ヘブッ!」

「ッ!」

「「またか…」」


 二人がヤハドから話を聞いていると、ヴィショップにとっては三度目、レズノフにとっては二度目、そしてヤハドにとっては一度目となる状況が訪れる。


「あ、あれ?ここは…?僕は警官に撃たれて死んだはずじゃ…グエッ!」

「おい、貴様、何者だ?どこから現れた?答えろ!」


 ヴィショップとレズノフが新たに現れな訪問者の姿を、デジャブを感じながら確認しようとすると、二人が振り向く動作よりも俊敏な動きでヤハドが地面に倒れている、黒い外套の様な服に身を包んだ男に近寄り、胸ぐらを掴み上げ、ナイフの刃を首筋に当てながら男に詰問する。


「おい、ほどほどにしとけよ。殺したら元も子もねぇんだからよ」

「貴様に指図されなくても分かっている。さぁ、早く答えろ!」

「ハ、ハイ!ミ、ミヒャエル・エーカーといいます!神父です!」


 男はヤハドに詰め寄られ、不健康そうな相貌を歪めて必死に声を上げ、己の名前と職業を告げる。

 外套に見えた男の服装はどうやら神父服だったらしく、胸元には首に紐で掛けられている十字架がしっかりと存在していた。

 だが、今まで現れた三人の中で最も平凡とも言えるこの男を見て、ヴィショップ達三人の顔が訝しげに変化する。


「おい、ミヒャエル・エーカーなんて聞いたことあるか?」

「いんや。少なくとも、戦場にあんな体格で乗り込んでくるような奴なら、噂にならない筈がねぇしなぁ。あんたはどうだ?」

「知らん。他宗教での知人はあまりいない」

「…だろうな。おい、あんた」

「ハ、ハイィ!?」


 ヴィショップに声を掛けられ、ミヒャエルはヤハドに胸ぐらを掴まれたまま応対する。


「お前さん、何やらかしたんだ?」

「へ?言ってることの意味が…」


 当然の如く話についていけていないミヒャエルに、ヴィショップは自分達三人が何者か、そして現在置かれている状況を説明する。


「……という訳だ。分かったか?」

「はぁ。にわかには信じられない話ですけど…」

「とにかく、ここに居るってことは今までの傾向から考えても、何かしらのヤバイ事をやらかしてくたばったに違いねぇんだよ。だから、とっとと質問に答えな」

「は、はい…」


 ヤハドから解放されたミヒャエルは少しの間、自分の経歴を話すことを躊躇っていたが、再びヤハドがミヒャエルに近づこうとしたのを横目で捉えると、口をもごもごと動かして話し始める。


「えっと…その…女の人と…何人か……その、ね?」

「あぁ、連続強姦魔ってやつか」

「ち、違いますよ!合意の上で…!」

「連続強姦魔か。クールだねぇ、そりゃあまた」

「…下衆が」

「だから違いますって!」


 ミヒャエルが両手をブンブンと振り回しながら自分に掛けられた疑いを解こうと必死になっている丁度その時だった。彼等四人の頭の中に、まるで澄んだ歌声のように美しい声が響いたのは。


『どうやら、互いに自己紹介は済んだようですね』

「「「ッ!」」」

「え?何、何ですか!?」


 その声に反応し、四人の内三人が弾かれる様にしてある方向へと振り向き、残りの一人が遅れて三人の振り向いた方向に振り向く。


「オイ、マジかよ…!」

「へぇ、こいつはスゲェ…!」

「何だ、これは…!」

「女神…様…?」


 そしてそこに現れた存在を見て、四人が思い思いの驚嘆の声を上げる。

 四人の視線の先に現れたのは、白い衣を身に纏った一人の女性。風も吹いていないのにたなびくその銀髪はまるでプラチナを思わせる美しさを誇り、衣から覗く白肌はまるで大理石を彷彿とさせる荘厳さを纏っていた。だが、その一方で女性の顔だけは、影に隠れている訳でも靄がかかっている訳でもないのに不思議と見ることが出来なかった。

 四人は茫然としてその姿を眺めていると、再び頭の中に声が響き渡る。


『ようこそ、欲望に呑み込まれた罪深き咎人達よ。貴方達の来訪を心より歓迎いたします』

「お、おう。そりゃ、どうも。ところで、あんたは何者だ?もしかしてカミサマってやつなのか?」


 その声を受けて、四人の中でいち早く正気を取り戻したヴィショップが、女性の物言いに文句を付けることも忘れて、目の前に現れた女性に問い掛ける。


『えぇ。その判断で間違いはありません』

「馬鹿を言うな!(アッラー)は姿形を持たない、意思のみの存在だ!“目無くして見、耳無くしてて聞き、口無くして語る”、それが(アッラー)…!」

「はいはい、分かったから黙ってろ。話が先に進まねぇだろ」


 ヴィショップは、声を張り上げて神と名乗る女性の言葉を否定するヤハドの脇腹に肘を入れて黙らせると、続きを話すように促す。


『貴方達はいきなりこんな所に放り出されて、さぞ混乱なさっていることでしょう。なので、今から私が貴方達の疑問を解消していきます』

「あぁ、頼むよ」

『はい。まず初めに、この場所のことですが、死後の世界…それも、貴方方が天国と地獄とを二分化している、その中間地点のような場所だと言っておきます』

「なっ…!」

「へぇ、つまり、俺達はもう死んでる訳だ」

『その通りです』


 女性の説明を聞いて、レズノフがニヤニヤと笑いながら訪ね返す。

 神と名乗る女性はその問いを肯定すると、反論しようとするヤハドを無視して話を先に進める。


『次に、なぜ貴方達が地獄でも天国でもなく、このような中途半端な場所に居るのかについてです。その理由は貴方達に“贖罪の旅”に出てもらう為です』

「“贖罪の旅”?何です、それ?」


 その言葉を聞いて、いまいちピンとこない様子のミヒャエルの言葉を聞いて、女性はその言葉の意味を語りだす。


『“贖罪の旅”とは、言葉通りの意味ですよ、ミヒャエル・エーカー。貴方達には、これから私が生み出した無数の世界の内の一つに行ってもらいます』

「…どういう意味だ?」

『言葉通りですよ、アブラム・ヤハド。世界は貴方達の住む世界のみではない。他にも、独自の法則と文明を持った世界が存在するのです。それこそ無数にね。そして、そこで貴方達にはその世界の存在に左右する“問題”を解決してもらおうと思っています』

「それが…“贖罪の旅”…?つまり、これから地球じゃない他の世界に行って、マーヴェルのヒーローよろしく、世界を救えと?」

『そうです、ヴィショップ・ラングレン。その“問題”を解決した時、私は貴方達の罪を赦し、望みを一つだけ叶えましょう。無論、何でもという訳にはいきませんが』


 女性の説明を聞いた四人は口を半開きにしたまま、言葉を返せずに佇む。

 もっとも、死んだと思ったらいきなり神を自称する女性が現れ、その上自分達が住んでいた以外の世界が存在し、あまつさえその世界を救ってこいというのだから、無理もない話ではあるが。むしろ冷静になって考えてみれば、今の状態を考慮しても与太話だと割り切ってしまいそうな話なのだが、四人に冷静になるまでの時間は残念ながら与えられなかった。


『…ところで、申し訳無いのですが、これ以上説明している時間は無いようです』

「はぁ?…って、うおぉぉっ!?なんだこりゃあ!?」


 女性の声によって思考の渦から這い出て、ふと下を向いたヴィショップが叫び声を上げる。


「おい、どうした…って、おいおい、何なんだ、こいつはァ!?」

「何だこれは、クソッ!どうなっている!?」

「うわっ!?何、これ!?死にたくない!出して、出して!」


 そしてヴィショップの声に反応して下を向いた三人が、それぞれ思い思いの悲鳴を上げる。

 何故なら地面が水面のように波打ち、四人の体がズブズブとまるで底無し沼にでも呑み込まれているかのように沈んでいっているからだ。


「おい、アバズレ!どうなってやがる、こいつは!」

『心配せずとも大丈夫ですよ、ヴィショップ・ラングレン。貴方達を目的地の世界へと送り届けているだけですから』

「んだとォ!?」

「なぁ、ねぇちゃん。俺達、まだその“問題”ってのが何か聞いてないんだけど?」

『それは貴方達自身で確認してください。それも含めての“贖罪の旅”です』

「チッ…。まぁ、しゃーないか」

『でも、ある程度の“贈り物”はさせてもらう予定です。楽しみにしていて下さいね』

「おっ、そいつはいいねぇ。わくわくしてきたし、ムラムラしてきた」

『あらあら。向こうについてからは基本的に貴方達の自由ですが、欲望に走りすぎて“問題”を解決できなければ、問答無用で地獄行きですからね?』

「了解だぜ、カミサマ。ご褒美楽しみにさせてもらうよ」

「おい、ハゲ!テメェ、なんでそんなに余裕ぶっこいていられんだ…グボォア!」


 和気藹々と女性と話しながら沈んでいくレズノフに声を張り上げている途中で、ヴィショップはその年老いた肉体は完全に地面へと呑み込まれて消えた。そして言うまでも無く、レズノフ、ヤハド、ミヒャエルの三人も。


『……全力を尽くしなさい、罪深き咎人達よ。そして、私に人間が学ぶことを知らない愚か者でないことを証明して頂戴』


 そして四人が消えた空間に、女性を物憂げな声のみが響き渡った。

いかがでしたでしょうか。ご意見、ご感想、ご指摘等、お待ちしております。

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