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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
最終章 遥か蒼のD世界
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第3部 第2話 知の万華鏡、再び


 現在の康太郎の一日は、48時間だ。

 地球での一日とD世界での一日。肉体ごと転移し、それぞれの世界で一日を過ごしている。

 康太郎の転移は、時間遡行と空間転移の二つを組み合わせたものだ。

 ただし、夢という形でD世界と行き来をしていたからこそ出来ることであって、自由な転移が出来るわけではない。出来たとしても、それは当分先の話であるし、そんな力を求めるかどうかという問題でもある。

 

 何故現在でも、一日おきの生活を続けるかといえば、D世界との決着をつける決意を固め、事実そのために行動している康太郎だが、地球に属する者として、自分がただの高校生であることが本分と考えていたからだ。

 

 また、D世界との決着をつけたとしても、D世界との関わりがある地球での後始末は避けられないものとも。なにしろ、現状でもそれなりの(・・・・・)いざこざがあるのだから、地球を放ってD世界に居続けることは出来ないのである。


 そして現在、康太郎は南の大陸を拠点に活動していた。






***






「……」


「もう一週間……こんな方法で本当に会えるのかしら」


「アティ、疑問を持つな。強い想いが、獏を呼べる唯一の手がかりなんだから」


「……悪かったわよ」


 康太郎とアルティリアは、南大陸の平原に座り込んで瞑想をしていた。

 アルティリアは体力の限界もあるので時折休憩を挟みつつ、康太郎は休むことなく瞑想を続けている。

 無論、ただの瞑想ではない。

 練り上げた高濃度の理力を放ちながら瞑想するのだ。

 

 D世界中のDファクターを一通り退けた康太郎は、新たなDファクターの出現までの間に、南大陸で瞑想することにしていた。

 もう一度、王種・奈落の獏に接触するためだ。

 

 地球とD世界の繋がりを断つ方法は、D4ドライブに覚醒した康太郎をもってして、わかりえないことだった。

 D4ドライブはあらゆる目的を達成しうる無限の可能性を秘めた固有秩序オリジンだが、それを使いこなす康太郎自身もまた、使いこなすには、理想に見合った精神的スケールを求められる力だった。

 康太郎の精神は、日本の高校生というアイデンティティーがある種の枷を嵌めている。 

 しかし理想を体現するD4ドライブは、人間スケールの精神では限界があるのだ。

 より多くの事象を、より大きな理想を求めるのなら、精神もまた、人であることに固執してならない。

 しかし康太郎は、高校生であり、それが本分だと自らを律しているし、目的もまたそこにあった。 

 

 D4ドライブがその性能を発揮したならば、無から情報を発生させて、新たな解答を作り出すことすら可能だったが、そうは行かない。


 康太郎は手がかりもつかめない難問を解決するべく、解決の糸口をかつて出逢った『奈落の獏』を求めた。

D世界のあらゆる事象を夢として観測する奈落の獏は、掛け値なしにD世界最大のデータベースだ。

 獏自身は、康太郎の転移についての問題はわからないと言っていたが、それが本当かどうかは今になって考えると真実か怪しいものだし、仮にそれが本当だったとしても、獏が蓄えた知識には、文献にも口伝にも残されていないようなものが山ほどあるはずで、D世界を紐解く糸口が必ずあるはずなのだ。

 

 というより、これで駄目なら、康太郎でもお手上げなのだ。

 ヒントがあることを祈るばかりである。

 

「…………」


 強い想いが獏を引き寄せる。

 康太郎がかつて獏に会えたのは、D4ドライブが少なからず働き、僅かでも獏を引き寄せる確率を上げることができたからだ。

 だからそれを再現すべく、康太郎はD4ドライブを稼動させ続けているのだ。

 

 だが、アルティリアの言うとおり、この試みは一週間ほど続けられているが、芽は出ていなかった。

 元々、出会えること自体が奇跡の存在だ。

 意図して同じ奇跡を起こそうというのだから、それは並大抵のことではない。

 だがそれでも康太郎は、奈落の獏と会えるという理想を追い求め続けている。 

 紛れも無く愚者の行いだが、そもそも手の届かぬ理想を追い求めるのが康太郎の骨子だし、D4ドライブとは、愚者の願いを具現化するものだ。

 いまさら、利口である必要などないのだ。


「雲行きが怪しくなってきたわね。一雨来るかしら」


 既に雨雲が平原一体の空を覆っていた。

 

「先に、宿に帰ってていいぞ」


 康太郎は瞑想を続けながらも、アルティリアに声をかけた。

 アルティリアは帰しても、自分一人は雨風程度ではここを離れるつもりは無いということだ。


「少しでも確率を上げたいからって、あの時一緒にいた私も一緒にいるんでしょう? 私だけ帰るわけにはいかないわよ。とはいえ、このままだと濡れてしまうから、雨よけのマントを貰ってくるわ」


「うん、助かるよ」


「こんなことくらいしか出来ないしね。もうどうやっても私じゃ追いつけない領域の話だもの」


「……悪いな、つき合わせて」


 康太郎の言葉にアルティリアは苦笑して、 


「元は私から付いていったのよ、あなたに。ただのお荷物でないのなら、私にとって、それはいいことなのよ。きっとね」


 そう言ってアルティリアは、近場の町に向けて歩き出そうとして、


「……え?」


 自分の影が異様に伸びて大きいことに気付いた。


「……なに、これ、どうなって――」


――違う、そうじゃない


 影は人の形をしていなかった。

 大きく大きく、どこまでも伸びて広がって、瞬く間に平原一体を、黒が支配していた。


「コウ、これって――」


 振り返ってアルティリアが康太郎を見た。

 康太郎は、既に立ち上がっていた。


「――ああ、来てくれた。アティ、行くぞ」


 二人は闇の中へ墜ちていった。



 


***



 

 康太郎とアルティリア、二人は闇の中を凄まじい速さで落下して行く。

 何を以ってこのような加速が起こるのか皆目検討がつかないが、すでに闇の中は奈落の獏の体内だ、何があっても不思議ではない。

 知の万華鏡とも称される獏の知識領域は、深く深く潜行した深層領域にある。

 二人は墜ち続けて、遂に終点にたどり着く。

 

 大樹を中心に幾つもの木々が生えている円形の自然公園の中に、所狭しと本棚が並んでいた。

 この部屋はあくまでイメージのものだが、脳に直接情報を叩き込まれているため、それは本物と相違ない。

 部屋全体がかなり乾燥している。恐らくは、木々が水分を吸収しているのだ。

 本の保管場所には適してはいるが、長時間いると人によっては悪影響出てくるだろう。

 あくまで知識の保管場所ということだろう。


「ここは……どこかしら」


「奈落の獏の中さ。知の万華鏡の書庫、幻想図書館。アティも前に来ただろう?」


「私が視たのは、コウが元々居た世界の風景よ。こんな場所ではなかったわ」


 そうだったか。そのあたりはあまり記憶をしていなかったが。

 確かに、本来は知りたい情報だけを教えて、獏は迷い人を放逐する。

 このエリアまで来ることが出来るのは、獏自身に用がある場合か、獏が話す必要のある相手だけ、ということか。そして今回は、アルティリアにもその資格はあると。


「とにかく、このまま部屋の中を調べよう。俺が前来たときと同じ構造なら、この先が大きな広場で読書スペースがある。そこで獏と学鬼に会えるかもしれない」


「そういえば学鬼がいるのよね、それは少し楽しみだわ」


 王種・奈落の獏の中には学鬼と、呼ばれた伝説の冒険者が獏の体内を間借りしている。

 アルティリアの師匠とも言うべき、賢聖・カーディナリィの仲間の一人、学鬼・ウォル=ロックだ。

 御伽噺の鬼そのもののような出で立ちだが、その中身は、やや退廃的なインテリだ。


 通りすぎていく中で本棚に納められている本を流し見ながら、二人は歩みを進めた。

 途中明らかに見てはいけない18禁的なにかとか、とある王国の興亡記(という名の王室スキャンダル全集)とか、あげくアニメDVDっぽい何かまであった。

 

 どうなってんだD世界と言いたくなるが、D世界も地球でいうところのアトランティスだのムーだのといった古代超文明があったのかもしれないではないか。

 地球と似通った人間種族がいる世界なのだから、一周逆回りしたら、案外今の地球と似た文化があっても不思議ではない。


 とりあえず、康太郎はそう思うことにした。

 そうやってスルーしないと、本来の目的にたどり着けそうに無かったからだ。

 大掃除をしようとして、しかし昔の本が見つかってつい読みふけてしまい、本来の目的を見失うというアレだ。


 以前の万華鏡の書庫ではなかった現象だった。前に見たときは全部が白紙だった気がするのだが。


「さて、広場に出たが……居たな」


「あの人が学鬼……?」


 探すまでも無く、意思疎通が可能な片割れが発見できてしまった。

 大樹の傍のベンチで、本をアイマスク代わりにして寝ている白衣の男が一人、ニルヴァーナよろしくそこにいた。


 伝説の冒険者の一人、ウォル・ロックである。




***



「ヘイ、ウォル。起きてくれ」


「――なんだ、ただの神か」


「前も似たような反応だったよな……! こら、二度寝すんな。起きろっちゅーに」


 本を取り去り、大きな身体を揺さぶって、康太郎はウォルを起こした。

 ウォルから神速で放たれたパンチを受け止めて、である。その衝撃で、乾いた衝撃が風圧となってアルティリアの顔を軽く叩いた。


「……久方ぶりだな。九重康太郎。奈落の獏に二度目の訪問が叶うのは、そうあることじゃないぞ、強欲者め。確率を言ってやろうか、きっと一日では言い切れない数字の羅列になると思うが」


 起こされて不機嫌そうなウォルは、彼の顔からすれば小さな丸眼鏡を掛けながら、恨めしそうに言った。

 

「俺の世界じゃ、そんな数字は0で計算するそうですよ。お久しぶりです、ウォル」


「ああ。ま、確率なんぞ、所詮は確率でしかない。当たるときは、どんなにありえなくともありえる(・・・・)というのが真理だ。おや、そっちのエルフは……カーディナリィか」


 ちらりと、ウォルはアルティリアを一瞥して言った。 

 

「あ、いえ、私はアルティリアです。カーディナリィ様は、私のお師匠様と言いますか」


「……ああ、そうなのか。いや、失礼。どうもエルフという奴は整いすぎていて特徴が無くていけない。おまけに魔力で識別しようにも波長という奴は、師弟関係にある者とにかよる傾向にあるから、これが余計混乱させる」

 

 有体に、本当に失礼だった。

 アルティリアも成長してそれなりの度量があるから、軽く受け流しているからいいものの。


「さて、ようやく本当の願い・・・・・を得て、ここへ来たか、九重康太郎」


「……はい」


 神妙に頷く幸太郎に、ウォルは目を細めた。


「ふむ。前のときとは違い、覚悟と決意に満ちた表情だ。それならば、今度は獏も応えられるかもな」



 康太郎はかつて、この場所へ到達し、D世界の夢を見る原因とその解決を求めた。

 だが、それはその時点の康太郎の本心とは言えなかったのだと、今の康太郎は認めることが出来た。

 旅の目的は本心だったが、同時に名目でしかなく。

 本当は、もっと旅をしたかったのだ。明晰夢の中で見られる様々な景色を楽しみ、刺激的な力に酔いしれたかった。

 夢だから残る物は何も無い。けれど、旅の思い出や、一日を二度経験する人生の倍加は康太郎自身だけが胸に秘める報酬として得られるものだ。

 康太郎は、それを失うことを本心では望んでいなかった。

 だから、万華鏡の書庫からも獏からは何の情報も得られなかった。


 あの時、獏を引き寄せた熱情は、万華鏡の書庫という場所へ行ってみたいという、それそのものだったのだ。

 

「獏だけが頼りなんです。ウォルと違って悠長に研究している時間は俺にはありませんから」


「いいだろう、ついてくるがいい。獏に会わせてやる」

 

 ウォルは立ち上がり、康太郎たちを先導する。


 向かうは書庫の中心の大樹。その前に立つと、木の幹がぱっくりと割れて、木の内部へ入れる入口が出来上がった。

 中は暗闇になっていて、見ることが出来ない。恐らく木の見た目の大きさと内部の空間には大きな隔たりがあるのだろう。


「獏は、この先で待つそうだ。康太郎、アルティリア。正直に、誠実に獏と向き合え。一つでも不純を孕むなら、獏がお前に望みの知識を与える可能性は低くなると思え」


「……獏は、俺のことやっぱりお見通しだったんですね」


 苦笑する康太郎に、ロックは当たり前だと鼻を鳴らした。


「康太郎以上にアルティリア。君の方が今回は重要かもしれん」


「えっ?」


「康太郎だけでいいはずの今回の訪問。同じ答えを知るものが二人必要というのもおかしい。君には必ずなにかあるのだろう」


「えっと……」


 言われてアルティリアは困惑した。思い当たる節は無いという風だ。

 だがここに居るということは、アルティリア自身にも望みはあるのだろう。

 知りたいことが無ければ、ここには居ないのだから。


「すまない、気負わすつもりは無かった。ただ、心の命じるままに。それをきもにおいておけ」


 アルティリアは拳をぐっと握って頷いた。


「ウォル、なんでそんなにアティにはやさしいんだ?」


「カーディナリィの知己だからな。友人の知り合いならば、親切にもなるさ」


 康太郎には割りと厳しいウォルだが、そんな彼にも仏心はあるということだろうか。面白くは無いが。


「さて、行こうか、アティ」


 康太郎がアルティリアに手を差し出した。


「うん、行こう、コウ」


 アルティリアがその手を取り、康太郎が一瞬意外に思うほど力強く握った。



***



 二人同時に暗闇の中へと歩き出した。

 しばらくして見えてくるのは、アリクイのような、小動物。

 地球の伝承にもある、夢食らう化生の姿。


「また会えたね、九重康太郎。そしてアルティリア」


 頭に直接響いてくるその声は、目の前の化生のものだ。

 甘い優男を思わせるイケメンボイスは、康太郎が声優ファンでなくとも唸ってしまう。




 王種・奈落の獏である。

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