第2部 第31話 東の空の一番星
穂波とのD世界での死闘から二日あけた月曜日。
康太郎はかなり早い時間から登校していた。
担任を始めとする教師陣にすべてが蒼くなった髪について認可を得るためである。
康太郎の髪質の変化は、過去に医師の診断書も出ているものだから、今回もその延長線上で話が出来る。
茶髪程度でどうこう言うほど規律の厳しい学校ではないものの、流石に蒼髪では事前説明を必要とする。
職員室では好奇の視線と嫌悪の視線が半々といったところ。茶髪程度では目くじら立てない教師たちも、流石に蒼髪には目をむいて誰もが最初は絶句した。
しかし蒼い目とメッシュになっていた以前の容姿から事情を納得した教師達は、その日の朝礼での連絡事項として伝えることとなり、一応認可された。
毛染めで黒色に染めてしまえばいいのかもしれないが、生え際が蒼くなっているのもそれはそれでよろしくないし、なにより面倒であると康太郎は考えた。
説明の際、今朝になってこの症状が出たという発言をしたので、近いうちに病院に再度診断書を書いてもらうようにとの通達も受けてしまったが。
朝では図書室も空いていないので、仕方なく教室で大人しくしていることにした。
ライトノベルは、読んでいることがバレると事なので擬装用のベストセラー小説を読んで時間を潰していた。今はだれもいないが、いつやってくるかはわからない。
擬装用とはいえ、久方ぶりのベストセラーである。面白いものは一般文芸だろうが面白いのである。康太郎自身は、一般文芸だろうとアニメタッチの挿絵がついてライトノベルレーベルで出てしまえば同じ内容だろうとライトノベルになるだろうし、その逆も然りと思っている。
現に一般文芸で再販されるものには挿絵がなかったりしているあたり、概ねそれは正しいと思っていた。
「……九重」
そんなベストセラーを読みふける康太郎の横から掛かる声。
康太郎は、本から顔を上げて声の主を見た。
「――穂波さん」
それは穂波のものだった。違うクラスの穂波が、わざわざ康太郎のクラスに足を運んでいた。
穂波は珍しく、というよりも久方ぶりに長い髪を三つ編みのお下げにしていた。
「調子はどう? もうあの夢を見ることは無くなった? それに痛覚が戻ったばかりだろうから、色々大変じゃない?」
「ふふ、そうだね。あの夢については、もう見なくなった。感覚の方も……ちょっと刺激が強いときもあるけど、普段どおりに振舞えるから、心配はいらない」
「そうか、それは良かった」
「うん……」
穂波はまだ立ち去らない。挨拶をするだけならもう用事は済んでいるだろう。離れないということは、まだ彼女は何か康太郎に言いたいことがあるのだ。
若干言いよどんでいたが、決意したかのように瞳に力を込めた。
そして穂波は頭を下げて。
「九重、酷いことをしてごめんなさい、そして……ありがとうございました」
「え……」
「私は、肝心なことをしていなかった。謝罪も、お礼も私は九重に何一つ出来ていなかった。特に私の体の感覚を元に戻してくれたことは……本当に感謝してもしきれない。現代医療では匙を投げられ、向こうの世界の魔法でも、私の力でもどうすることもできなかったし」
穂波はうっすらと、そして今まで見た中でももっとも晴れやかな笑顔で、
「だから……本当にありがとう、九重」
康太郎は、穂波の心からの感謝を受け止め、
「うん、どういたしまして、かな。成り行きだったけど、君が幸いでよかった」
康太郎は、穂波がこのように晴れやかに笑えることが出来るようになったことが嬉しかった。
元々、凄まじい才女で美貌の持ち主だ。有象無象も湧くだろうがこれから彼女もようやく人並みの、あるいはそれ以上に素敵な青春が送れるようになるはずだ。
「あの……それから、九重」
話は、あれで終わりではなかったらしい。
しかし、徐々に同じクラスの人間が登校してきていた。
あまり長引くようでは場所を移すか、また時間を改める必要があるかなと思う康太郎を余所に、若干頬を赤く染め、手許を遊ばせている穂波が言う。
「もう一つ、話が、ある」
何故、急にどもりだす。康太郎は嫌な予感がした。
「康太郎が以前言ってくれたあの言葉の返事……変えても、いい?」
「えっ……」
駄目ともなんとも、そもそもあの言葉とは、どの言葉だ。
特にD世界では色々ぶちまけたから、候補なんぞ一杯あるのだが、そんな風に困惑する康太郎に構わず、穂波は続ける。
「あの時の私は、感覚もなくて女として何も感じなかったし、夢のことだけど汚されていたから誰かと付き合うなんて考えもしなかった。でも、本当は叶うのなら、私は、九重がこと、す――」
「――断る!!」
二人の会話に気付いていた生徒も、そうでない者も、突然声を張り上げた康太郎に視線を向けた。向けざるを得ない、この場合は。
穂波が勢いをつけて一方的に自分の心情をまくし立て、あまつさえ告白リターンまで使用としていた所である。
康太郎がやらかした公開告白はその結果も含めて同学年なら誰もが知るところである。
すでに2週間近く経過し過去の産物として風化したそれを、その相手たる穂波が蒸し返して同じ手法を返したのだ。
まさかの逆転ホームランである。
目の前でカップルが生まれるのかと数少ない傍観者は見物としてドキドキしていた。
ところが、康太郎は穂波の言葉を途中で遮って、しかも交際の申し込み……であったろうそれを、拒否してしまったのである。
「へ……」
これにはさしもの穂波もぽかんとならざるを得ない。
「わかってる!? 俺は君に完膚なきまでに振られたんだよ! 二度も! 一回目でだけでも致命傷なのに、二回目で完膚なきまでに叩きのめされたの! 『トキめも』で言えば、卒業式の日に信じられないくらい罵倒されて振られた感じ! アレくらい打ちのめされてんの! せめて……せめて、2回目の時に色よい返事を聞かせてくれていたら……! でも! 実際にはそうじゃないしぃ? こちとら振られたショックでD世界に(多分)いけなかったし、落ち込みすぎて神木君には駄目だしされるし、クラスの人間からもうっとおしがられたし! ようやっと思い出にしてふっ切って、色んな葛藤を昇華した矢先に言われても! 恋のこの字もないほどすっかり消火してるよ、鎮火してるよ! YESなんて今の俺に言えるわけがないだろう!!」
康太郎は立ち上がり、身振り手振りを交えて説明した。
康太郎は康太郎で、割と錯乱していたからこその惨事であった。
ぜーはーと息を切らす康太郎を穂波は目を丸くして見ていた。
康太郎は息を整え、頭をガシガシと掻くと、居心地を悪そうにしながら、
「改めて、ごめん。今は、誰かと付き合うとかそういうことは考えられないんだ。まあ考え直してくれたことはうれしかったけどさ」
康太郎は穂波を正面から見据えて言った。それは明確な拒否のメッセージ。
「はは」
穂波から笑みがこぼれた。もっともこれで嘆き悲しむのも穂波のキャラからは考えられないのだが。
「うん、そう、だね。――振ったのにやっぱり考え直してなんて、虫のいい話もないか」
途端、穂波の口調が流暢なものになった。
以前D世界で見せた、もう一つの意図的な人格の切り替え。単純に切り替えて使っているというわけではないだろうなと康太郎は思った。
もはやD世界にいることもなくなったのだから……今までのように意図的に人格を切り替えることも無くなっていくのかもしれない。
「だけど――」
穂波は康太郎に近づき、その顔を康太郎に近づけて、唇が重なりそうになって……しかしそれて康太郎の耳元へ。
「今はっていうことは、これからはまだ可能性があるって事だよね?」
耳元で囁く穂波の声は、どこか楽しげで――
「それじゃあ、またね、康太郎。――それと今度からは私のこと、名前で呼んでくれると嬉しいよ」
穂波は康太郎から身体を離して颯爽と去っていった。去り際、名前を呼んでと付け加えて。
兎も角、こうして康太郎は、また一つ、厄介な伝説を作ったのであった。
一方、この告白を聞いて、拳を握り締めるほどに喜んでいた人物がいた。
――よしっ……流れが、ついに私に流れがやってきましたよーー!!
佐伯水鳥である。
外面は平然としていたが、彼女の内面を知る神木などにはその喜びようはバレバレである。
確かに、ライバルの事実上の脱落は彼女にとっては朗報だろうが。
しかし、彼女は忘れていた。そもそも自身が何度も告白して、既に玉砕を繰り返していることを。
そして、今は誰とも付き合えないということは、水鳥自身も、例外ではないということを……。
幼馴染の残念さに、ため息を禁じえない神木であった。
もっとも、穂波も水鳥も同じラインに立ったということであれば彼女は喜んでもいいだろう。なにしろ水鳥は、穂波に水を開けられていた状態が長く続いていたのだから。
***
放課後の帰り際、タイミングよく康太郎の携帯が着信を知らせた。
知らない番号だ。あまり取りたくはないが、しつこく鳴り続けるので、間違い電話の類ではないだろうと通話ボタンを押した。
「はい、九重――」
「Hello?」
聞こえてきたのは、涼やかな英語だ。その声には聞き覚えがあった。
「まえじ……キャスリンか?」
「そうよ。――アンタ、何のうのうと日本で学校に通ってるわけ?」
言われてみればそうだった、という認識の康太郎だった。
そもそも前回のD世界への転移は、キャスリンを脅しつけて実現したものである。
そういう意味で康太郎は彼女には大きな貸しがあると言えた。
しかし、この言い草では、康太郎にはある程度の監視の目があるらしい。どういう情報網かは不明だが。
「アンタのおかげで装置は壊れるし、関係各所への言い訳も大変だったんだから」
「ああ、それは悪かったよ。つうか、教えてもいないのに電話番号わかるとかキモいな」
「キモっ……!?」
「でも、俺だって人体実験に進んで協力したんだ。何かいいデータだって得られたはずだろう?」
「まあ、それはそうだけどね。……でもアメリカでの研究は打ち切りになったわ」
「打ち切り?」
「ADSシフターの損傷が酷くてね……研究を日本に移すことになったわ。近いうちに私も日本に移ることになるわ」
「ふうん……そっか」
「なによ、その反応。まあいいわ、今後もうちに協力するのであれば悪いようにはしないわ。それなりの待遇は用意するし……日本の高校生にはいい小遣い稼ぎになると思うけど?」
「……ん、まあ考えとく」
「また連絡するわ……言っとくけどこれ、私のプライベートラインだから。プレミア物よ?」
最後にそんな言葉を付け加えて、キャスリンからの通話は途絶えた。
康太郎は、通話ボタンを押して回線を切り、ポケットに携帯電話をしまった。
「……ふう。お前らのプロジェクトなんて俺が潰すつもりだ。なんて正面切って言ったら今は面倒なだけだものな。……そうだ、アレが使えないかな」
康太郎は踵を返して、校舎へと戻った。
痛覚を取り戻した真・遅れてきた高校デビューほなみんは、まだ図書室にいるはずだったからだ。
***
皇居地下のセプテントリオン基地。復旧が進む中、彼らの主たる一番星、穂波紫織子は、未だにその姿を表さないでいた。
「おい、まさか本当に隊長が死んだって言うのか」
真新しい円卓に座ったセプテントリオン6人の幹部の一人、大柄でざんばら頭の男、五番星ベルダンが言った。
諜報部隊におよそ似つかわしくない粗野な男に見えるが、その見た目どおり彼の領分は爆破を用いた破壊工作だ。
「マスターとナインが出て行って、二人とも消息不明。殆ど確定したようなものでしょう」
ベルダンに応じたのは、人形を用いた情報網で組織内でも一番の情報通の参番星ナビィだ。
「……まあこれでよかったんじゃあなぁい? いい加減マスターのお遊びに付き合いきれないところもあったし」
妖艶な色香を振りまきつつ、つめの手入れをしながら主の不在を喜ぶ発言をした美女は、幻術のエキスパートで、潜入工作から拷問まで幅広く手がける四番星イゾルテ。
「不敬だぞ、イゾルテ」
イゾルテを注意したのは、燕尾服にモノクル、金髪をオールバックにした男。マスターである穂波の秘書的存在であり、穂波不在のセプテントリオンのまとめ役でもある弐番星リンクスだ。
「僕としては、玩具をくれない隊長がいなくなるのは辛いなあ」
まだ成長期にも満たない10歳くらいの少年は六番星ヴィットリオ。穂波が生み出した道具の数々をより汎用性を持たせる研究をしている開発部門の主だ。
「うむ、マスターがいてこその我らセプテントリオンだ。あの方がおらんとどうも場が締まらんのう。この会議も緊張感というものがまるでない。我らはひりつくくらいが丁度良いのだが」
ヴィットリオに便乗しつつ、自分達をいつ空中分解してもおかしくない寄せ集めだと指摘したのは初老の男、七番星ラザロフ。この中で唯一表向き一等外交官という肩書きを持つ、暗殺術の使い手である。
彼ら幹部達が集まっているのは彼らの主たる一番星・穂波紫織子が二日以上経過しているにもかかわらず、未だにこの基地に帰還していなかったからだ。
事の発端は突然始まったマスターと同じく固有秩序遣いと目されていた闘神ナインとの戦闘だ。
地殻変動が起こるほどの戦いを繰り広げたこと、帝国から遠くはなれた荒野地帯で行われたといった情報は集まったが、その後の消息がわからなくなっていたのだ。
各々が好き勝手に振舞っているように見えて、芯の部分では穂波の手足であり、彼女の下にまとまっていた幹部を含めたセプテントリオンという組織は、実に穂波ワンマンの組織であり、バックボーンのなさをここに来て露呈したのである。
いわば彼らは飼い主を失ったリードつきの犬達だ。
そんな彼らがセプテントリオンという犬小屋に固執する理由のない今、組織は解体するかどうかの局面になっていた。
穂波の捜索は現在でも進められているが、進展はない。
今回の会議は、いわば各々の意思確認といったところだ。
「こんなことになったのも全部、ナビィ。お前のせいだからな?」
ベルダンが戦端を開き、ナビィに噛み付いた。
「ふん、あの二人は同じ出身よ? 存在を知ればお互いを求めずにはいられないだろう相手同士。私の介入がなくても、いずれはああなる運命だったわよ」
「そうかなー、僕はもっと彼に媚を売っていたらもう少し違っていたかなと思うけど?」
鼻を鳴らすナビィにヴィットリオは椅子を揺らしながら批判した。
「そうじゃのう、ナビィのやり方は強引で稚拙に過ぎたな。あれでは普通の精神構造を持っておれば我らに悪印象しか持たんだろう」
「つまりぃ……全部ナビィちゃんが悪いってことでファイナルアンサー?」
ラザロフもヴィットリオに乗ってナビィを糾弾、イゾルテがびしっと指差して話をまとめた。
視線がナビィに集中し、そこに込められた思いは一つ。要するにテメエのオフサイドのせいだコノヤロウということである。
「うぐっ……だって、あの子、こっちの言うこと素直に聞きそうじゃなかったのだもの」
ナビィが涙目で答えた。この問題においては穂波直々に一回殺しの制裁を受けているから、彼女も多少の負い目はあった。
「まあ、ナビィいじめはその辺りでいいでしょう。問題はつい先ほど送られてきた皇帝陛下からの公式文書です」
リンクスが纏めて、話題を変えた。この公式文書というものが曲者で、なんと穂波の変わりに新たな隊長職を派遣するという内容だったのだ。
穂波の生死もわからずに何を馬鹿なと一笑に付すところであるが、一応念のために幹部の間で所感をまとめていたのが先の会話だった。
「問題外だぜ。お前らもそうだろう? 一番星はあの人以外にいるかよ」
ベルダンの言葉に全員が頷いた。
「17:00……そろそろですね」
時間通りに、セプテントリオン基地へ直通のエレベーターの扉が開いた。
現れたのは二人。一人は帝国将校用の濃い赤色の軍服を着て、首に白い蛇が巻きついている蒼い髪の少年。もう一人は、その後ろについている若草色の服を着た銀髪のエルフ。
「なっ……」
「……(ニヤニヤ)」
「……ふうん?」
「なんだと……」
「へえ……」
「ほう……」
幹部達の視線は、蒼い髪の少年に吸い寄せられた。
その姿を見て、ナビィ一人を除いて、反応は様々だが誰もが剣呑な光を瞳に宿した。
少年はそんな幹部達を意に介することなく、彼らの傍を通り過ぎ、彼らを見渡せる一段高い位置へ立った。
「俺が、今日から穂波紫織子に代わり、お前達の隊長になったナインだ。よろしくな、セプテントリオン」
少年は、不敵な笑みを浮かべたのだった。
「ふざけんなよ、てめ――」
いの一番で抗議の声を上げたのは、五番星のベルダンだった。
しかし、彼は言葉の全てを言い終える前に、見えない何かによって壁に叩きつけられてしまった。
「力の差もわからないのか。お前、本当に彼女の部下だったのか?」
冷淡に少年、ナインが吐き捨てた。
「ま、こういう反応もあると思って、権利移譲の言葉を彼女から預かってきた」
「なんだと……?」
モノクルをかけたリンクスの眉に皺が寄った。
ナインが懐から出したのは、帝国でも使われている携帯端末だ。
スライドさせて操作して、ナインはその画面を、幹部達に見えるように前に出した。
画面に映っているのは、動画だった。黒髪の美しい少女が映っている。
「マスター……!?」
少女は、彼らの主である穂波紫織子だ。
動画の中の穂波は明らかにやる気がなさそうな気だるさを見せながら、
『えー……セプテントリオンの皆へ。私は、今日限りで隊長を辞任する。後任にはここの、じゃなくてナイン……彼を指名する。以後は彼の指示に従い、任務に励むこと。私はもう元の世界に帰還したので、そちらには二度戻らないのであしからず』
動画はそこで再生を終えた。
「ま、そういうわけだ。これからお前達には世界の平和のために動いてもらうよ」
「……ふうん? 世界の平和ねえ、一体何と戦うつもりなのかしら、新しい隊長殿は」
陸番星イゾルテが怖気ずにナインにたずねた。
「決まってるだろ――」
ナインから蒼いオーラが吹き出した。それを見て、幹部達は思わず息を呑んだ。マスターが魅せた紅い理力の輝きに勝るとも劣らない存在感だったからだ。
そしてナインが笑みを深くして、言う。
「異世界からの、侵略者達とだ」
***
康太郎の新たなD世界での目標とは、それぞれの世界を完全に独立させることだった。
つまり、夢で魂を飛ばすような事態の阻止と、同時にD世界を食い物にしようとしている『連中』からD世界を守ることにあった。
正義感などではない。
これは、康太郎の独占欲が働いた結果だった。
すなわち、あのD世界を楽しんでいいのは、俺だけであると。
同時に、自分はD世界の住人ではなく、あくまでR世界の、地球の人間であり、干渉すべきではないという矛盾した思いもあった。
だから康太郎が選んだのは、すべてのR世界の因果を断ち切り、最後には自分も去る。そういう計画だった。
手法として、R世界側からのアプローチを一切やめた。例えば研究施設を壊したところで、研究が何処にどういった形で流れているのか、把握するのが骨だ。なにより、現実で人質などを取られたりすると……自制が効くかわかったものではない。
だから、元から断つことにした。夢で魂が転移する現状は、言い換えれば、次元を隔てた世界同士が何らかの繋がりがあるのだと予想される。ならば、その繋がりを断ってしまえばいい。
雲を掴むような、天を裂くような、世界そのものに挑む大偉業だが、やらねばならない。
それが康太郎の大それた望みで、理想なのだから。
そこでまず、康太郎は多くの手駒を求め、白羽の矢を立てたのが穂波が率いていたセプテントリオンだ。
諜報のエキスパートの連中であれば、他の潜伏しているDファクターや転移してしまったネイティブを見つけることも出来るはず。
そう思って、気乗りしない穂波に無理言って、あの動画を作ったのだ。
そしてあらかじめ帝国皇帝アウグストスに事情を説明し、隊長職に就く命令を出した。
いずれにせよセプテントリオンの舵取りをする人間は必要だし、それは穂波か、それ以上の力を持つ人間でなければ不可能なことだったから、皇帝は、康太郎の申請を二つ返事で了承したのだ。
隊長専用の執務室に、ナインこと康太郎と、副隊長という隊長付きの人材として位をもらったアルティリアがいた。
ひとまずファーストコンタクトを終えて、一息ついているところだった。
「肝が冷えた……でもこれでうまく行ったかしらね」
「まあ少なくとも、ナビィは従いそうだがな」
「私……あの女は嫌いよ」
「わかってる。俺も嫌いだ。だが奴の人形の人海戦術は使える。それにどうもあれは、強いものに巻かれるタイプだ。穂波さんに心酔していたみたいだし、他の連中も似たようなもんだ。穂波紫織子って力のあるカリスマでまとまったいただけの組織だ。俺にカリスマはないが、とりあえず力は穂波さん以上にはあると思ってる。それでも従わなきゃ……まあお話するだけだよ、丁寧にな。どの道、この世界の未来が掛かっているんだ。他の連中にも絶対協力させてやる……!」
「……私も微力を尽くすけど……でもそれじゃあ、最後にあなたは……」
「うん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもないわ」
その日、東の空の一番星は、新たな輝きを手に入れた。
第2部 ~D&D~……~Despair&Desire~ 完
次回第3部 最終章 予告。
帝国特殊超部隊の長となった康太郎。
そんな彼に待ち受けているのは、新たなDファクターたちとの戦いだった。
「そんな、なぜ君が……!?」
「これも仕事なんだ」
「申し訳ございません、お覚悟を」
「はっ、なにもかも俺が奪いつくしてやるよ!」
そして再び対面する奈落の獏!
「君の心に嘘はないかい」
「理想って奴は一人じゃ生まれないんです」
想樹にまつわる秘密とは!
「ここが君の終着点だ」
謎の転校生、キャスリン登場!
「うわー、今更ライバルとか無いわー」
(どうでもいい)康太郎の恋は何処へ向かう!?
「女怖い、まんじゅう怖い」
ついに康太郎の青春に一つの終止符が打たれる!
「コウ……私は、貴方のことを……!」
「アティ?」
まどろむ愚者のD世界 第3部最終章 遥か蒼のD世界(仮)
2013年11月より連載再開ーー!
というわけでしばらくお待ちください。