第2部 第29話 パラダイス・ロスト
前回までのあらすじ
D世界で、康太郎と穂波が激突する。己の固有秩序の真の使い方を開眼した康太郎は終始、穂波の攻撃をしのいでみせる。そして穂波は切り札であるFDAモードに変身し、戦いは最終局面へ向かう。
「いくよ、九重」
手許に、穂先を一回り大きくした錫杖、ソロモンオメガを出現させ、穂波は静かに宣言した。
黒い5対10枚の羽が鈴の音を響かせてはためき、穂波が飛翔して、
「デーモニックバスター」
ノータイムでソロモンオメガから紅い閃光が放たれた。その初速は通常時の倍以上だ。
「くっ」
九重(棍)で防御する暇もない。康太郎は障壁を展開して、デーモニックバスターを受け止めた。
「ああああああっ!」
デーモニックバスターは障壁を突破し、康太郎は腕で光線を受け止めた。
「こいつは……っ」
デーモニックバスターを受けきった康太郎の腕は、じんじんとしびれていた。篭手のおかげで酷いダメージは避けられたのは不幸中の幸いだ。
「ふっ」
穂波は間髪いれずに穂波は翼から湾曲する光線――ディアボリック・レイを発射した。
「威力の桁が、違う!」
康太郎は障壁を展開せずに空中を旋回、追尾するディアボリック・レイを避けつつ、直撃するもののみを九重(棍)で弾く。D4ドライブの補正を受けた状態にある康太郎の防御障壁を破るほど、今の穂波の砲撃は極まっていた。
「甘い」
回避に気を取られていた穂波は滑り込むように康太郎へ肉薄し、ソロモンオメガを叩きつける。
「おおっ」
拳の届く至近距離こそが康太郎の本領である。
ソロモンオメガの穂先が康太郎の拳が激突した。
「「……!」」
一撃が交錯するごとに反発して距離を置き、二人は何度も接近戦を仕掛けていく。
「ここは俺の距離だ。絶対にやらせはしない」
「なら。その自信ごと屠るだけ。オービットミラー射出」
FDAモードの時のみ使用可能な遠隔攻撃端末が3基展開した。
ミラーの名が示すとおり、薄い円盤の形をしていた。その特性は砲撃を単体でこなすだけでなく、それ自身による斬撃と、攻撃の反射だ。
オービットメタルよりも大型で数も少ないが、それだけに攻撃力はオービットメタルよりも遥かに高く頑健だ。
遠距離攻撃端末とはそれ自身による立体的な飽和攻撃以上に、本体に追随して補助的に作用する役割を持つ。
近接戦闘で本人以外で手数が増えることは歓迎できない。
――天式無拍子。
天を踏み込み、康太郎は神速で突撃し、拳を打ち出す。
その拳が穂波の体の胸部を捉え、十字の金属パーツを打ち抜いて、穂波の体に届いた。
D4ドライブの補正を受け、プロテクトドレスの防御を打ちぬく一撃だ。
「っっっ~!?」
渾身の一撃を決めた康太郎はしかし、穂波が取った行動に対して思わず唸った。
プロテクトドレスを突破した今、人間はもちろん、王種でさえ悶絶ものの一撃だ。
その証拠に穂波の口からは血がこぼれている。
だが、痛みを感じないというその特性は、痛みに対しての反応を無視できるということだ。
穂波は、康太郎に打ち込まれた拳をむしろ導くように腕を掴んで引き込んだ。
そして一瞬の静止を見逃すことなく、オービットミラーが康太郎の腕を断ち切った。
「ぐっ、がああああああっ!?」
何度切られようと痛みには慣れそうにない。そう思いながら、迫る追撃のソロモンオメガの一刺しを、よろめき回転しながら躱し、そのままの勢いで回し蹴りを穂波の側面に叩き込んだ。
インパクトの瞬間、穂波は背中の翼を動かして身を守るように包み込んで、康太郎の蹴りを受け止めた。
それ自体が強大なエネルギーフィールドである翼は、康太郎の蹴りの威力を極限まで殺してみせた。
康太郎は手応えのなさに舌打ちすると、たった今切り離された腕を掴んで、距離を置いた。
「D4ドライブ・拒否指令」
康太郎は、切断された腕を切り口に近づけた。腕が青く光ると、次の瞬間には腕は繋がっていた。
「なにそれ」
「D4ドライブ・否定指令。俺の理想の姿以外を否定する。否定から生まれるのは腕を切られた現実の拒否、まあつまり身体の再生、復元を可能にする」
「汚い、さすが九重。やることが畜生以下」
「……褒め言葉どうも!」
康太郎は五条を抜き、鞘ともども空へ放る。放られた刀と鞘は、九重と共に康太郎の周囲を浮遊し、旋回する。
砲撃や、オービットミラーの攻撃への防御を三つの武具にゆだねたのだ。
「おおおおおっ!」
三つの武具が捌ききれない砲撃は、篭手と足具を頼りに弾きながら康太郎は前進する。
康太郎が拳を引き、打ち上げるように穂波の腹部へ打ち込んだ。
確かな手ごたえを感じる間もなく、顔に衝撃。穂波が康太郎の顔を殴りつける。
康太郎が上段蹴りを放てば、穂波はソロモンオメガをふるってそれを叩き落す。
穂波がソロモンオメガで康太郎の胸部を切り裂き、康太郎が穂波の肩の骨を砕く。
「穂波ぃっ!」
「……!!」
互いの攻撃の衝突が、白い光を伴う爆発を生み出し、空を輝かせた。
***
戦いは、互いに至近距離で攻撃を交し合う泥仕合の様相を呈していた。
穂波の、というよりベースとなった魔王少女のこのはは、遠距離からの砲撃を身上としている。
しかし穂波は、そのスタイルをここに来てあえて捨てた。
FDAモードの極限まで高められた出力を、砲撃よりも拳の一振り、錫杖の一振りへ込めるほうへシフトした。
すべては、康太郎により確実にダメージを与えるため。
痛みを感じないということは、こと戦いに勝つという点ではプラスに働く。
自身が負うダメージを感じないから、相手の攻撃後の一瞬の硬直を狙うことが出来る。
康太郎が受ける損傷は、現時点では一瞬で回復できない。
それは、康太郎がまだD4ドライブという力に慣れておらず、また神速の戦いの中ではそちらにまでリソースを割くことができないからだった。
それほどまでに穂波は苛烈であり、D4ドライブで体現された理想を上回っていることの証左であった。
しかし、穂波との戦いで穂波の固有秩序の限界が見えていた。
――設定からスケールアップしていても、あくまでそれは設定の延長線上にしか過ぎない。設定に縛られた創造、それが彼女の固有秩序の限界。
穂波のこれまでの人生が、穂波から想像力を奪った。未来への展望を奪った。
結果として穂波は、模倣することは出来ても、自ら形を考えて生み出すことはできない。
D4ドライブを応用して精神感応能力を得て、彼女の過去を垣間見た康太郎はそう結論付けた。
でなければ、アニメのキャラを模倣するなんて奇をてらったことをするはずがない。
現代兵器を量産する必要もない。
穂波は、知りえたもの、理解したものしか創造できない。それが『創 造 主』の現時点での限界だ。
故に、穂波の最大戦力も見えてくる。彼女が勝負を掛けるフィニッシュブローを放つとき、FDAモードの最大攻撃、それを受け止め打ち砕くときが、決着のときだ。
そして、戦いは最終局面へ動いた。
***
互いに重傷とも言えるダメージを負いながら、しかし疲弊しているのは康太郎のほうだった。
身体のあちこちを血に染めて、肩で息をしていた。
一方穂波は、顔をやや腫らし、片腕が使用不能になり、あばらや足の骨を折られながらも、呼吸は整っていた。
痛みを感じないことを逆手にとって、ただ康太郎を倒すことだけに意識を向けた結果だった。ダメージを負っていても、今の穂波はそれを感じない。
この戦いの後にどうなろうとも、今この瞬間だけは、穂波は立ち止まりはしない。
「終わりにする、九重」
穂波が全身を黒い翼で包み込むと、康太郎に向けて突貫した。
康太郎はこれを正面から迎え撃ち、拳を打ち込んだが黒い翼を散らすには威力が不足していた。
「ぬおおおっ!」
穂波の突進は康太郎の身体に直撃し、そのまま地上へと落下する。
康太郎は地面に叩きつけられ、その衝撃で大きなクレーターが出来上がる。
翼を広げた穂波は、ソロモンオメガを康太郎の心臓めがけて突き刺した。
「ぐ、が、あぁ……!」
悶絶する康太郎に、穂波はさらに手を緩めず術式を展開する。
「グレイプニル・バインド」
康太郎の四肢に、穂波が装着していた4つのリングがつけられた。
それらは、康太郎のあらゆる動きを拘束する術式だ。同時に、穂波の限界を制限していた術式でもあった。
穂波は立ち上がり動けなくなった康太郎を見下ろしながら、天高く舞い上がり、手許に新たに生成したソロモンオメガを掲げた。
「黄昏の焔、終末の鐘。天地万物はいま、終わりの時を刻む」
この局面で初めて、穂波が詠唱した。
同時、ソロモンオメガに集まるのは、これまでと比しても差がはっきりとわかるほどの絶大な理力。
空間は歪み、次元の境界はあいまいになる。
空には暗雲が立ち込め、雷鳴が轟き、穂波の髪と目が紅く染まっていく。
「嘆きはまどろみのなかへ。後悔は過去の彼方へ。終わりこそが唯一の救済。我は森羅万象の救世主」
ソロモンオメガの穂先に幾何学模様の巨大魔法陣が展開した。
そこに集まるのは、暗黒。
全てを潰して塗りつぶす、大極の黒色。
「さよなら。九重、この星ともども消えてなくなれ」
地表に向けて今にも振り下ろされそうになる錫杖を目にして康太郎は。
「そうだ、全力を込めてみろ。その力を、想いを、すべてを受け止めて、越えて、俺はこの道の先をいく」
***
「う、ああ、あああ、があああっ」
康太郎は拘束術式で金縛りにあった体を無理矢理動かして、リングを破壊に至らしめる。
胸に刺さった錫杖を引き抜き、失った血にめまいを覚えながらも立ち上がる。
「D4ドライブ、コネクト」
康太郎から蒼い光が噴出した。そしてその光は、全て右足に集束する。
「イメージ・シンクロニシティ、オーバーハンドレッド……!」
構え、見据えるは、天高く破壊の光を撃たんとする堕天魔王。
「|理力、超々加重圧縮(オーダー、アルティメイタムコンプレッション)」
右足の蒼い輝きが極まり、直視もままならない。
康太郎が飛び上がるのと、穂波がソロモンオメガを振り下ろしたのはほぼ同時。
「あまねく災厄に滅びの静寂を。 パラダイス・ロストーー!!」
パラダイス・ロスト――惑星破壊呪砲。FDAモードの解除と一定期間の魔力の減衰を条件に放たれる星砕きの閃光。
ネックとなるのは条件以外にも、詠唱を必要とするチャージ時間だ、この場ではそれもバインドでクリアした。
放たれれば太陽さえも絶滅せしめる至大至高の黒い閃光、それがパラダイス・ロストだ。
「はああああああ……」
深い呼吸の後、天へ、黒い光へ向かって康太郎が飛翔した。
「アイン・ソフ・オウル――スプラッシュブレイカー!!」
康太郎が輝く右足を天へ向かって伸ばした。
本来放射する技のアイン・ソフ・オウルのエネルギーを右足に圧縮し、蹴りと共に叩き込む技、それがアイン・ソフ・オウル――スプラッシュブレイカーだ。
戦隊ヒーローと双璧を成す、もう一つのヒーローシリーズの往年の必殺技から拝借した、康太郎のオリジナルフィニッシュブロー。
破壊する規模で言えばパラダイス・ロストに遠く及ばないそれは、しかし、遍く災いを蹴り抜く力をもった至大至高の蒼穹である。
黒い閃光に吸い込まれるように康太郎は向かっていき、輝く右足が黒い光に触れた。
瞬間、生まれる理力の相克は、目もくらむような白い光となって現れた。
空間そのものが揺れ、海は割れ、大地が裂けた。
およそ生命と呼べるものは、この白い光を至近で浴びれば理力中毒となって死に至り、そうでなくとも気絶は免れないだろう。
「ぬう、おおおおおおおっ!!」
「…………っ!」
互いに死力を尽くして理力を注ぎ込む。
拮抗が続き、この力が行き場を失くせば星は無事でも生命は無事ではすまないだろう。
だが、拮抗は、黒い光に亀裂が走り始めたことで崩れだした。
「えっ……?」
「まだ、まだだ。俺の理想はこんなもんじゃない!」
亀裂どころか、徐々にパラダイス・ロストが押し込まれ始める。
「……っ、終わらない、私の力はまだ」
「いいや、終わりだ、穂波さん!」
「え……?」
康太郎は、パラダイス・ロストを徐々に蹴り砕きながら、穂波に吼えた。
「君の力には未来がない、明日への展望がない。アニメの模倣が限界の穂波さんは、今を消すことしか出来ない。だけど理想って奴は、今を、現実を越えて、明日を手に入れるための力だ。それが俺の力だ。理想を、未来を描けない君では、俺を倒せない。俺を塗りつぶすことなんて出来ない!」
穂波は必死に理力を吐き出しながら、唇を噛んだ。
「……何を。未来を描けなくて何が悪い。私だって好きで未来を望めなくなったわけじゃない」
「だから! その悔しさを! 絶望を! それらを込めたこの黒い光を! 俺が吹き飛ばしてみせてやる、君が見えなかった未来って奴を!!」
「……っっ!」
康太郎の背中から、蒼い理力がバーナーのように噴射して彼の身体を後押しした。
砕かれていく黒い光。
「砕け散れぇーーー!!」
そしてついに黒い光の全てが、康太郎によって砕かれ、ソロモンオメガを破壊し、そのまま穂波の胸部へ、康太郎の右足が突き刺さった。
「……っ!!!」
痛みは感じなくとも、全身に理力を、心臓に衝撃を打ち込まれ、一瞬穂波の体は硬直する。
元々限界で戦っていた穂波は、いよいよ戦闘不能のダメージを叩き込まれた。
無防備な姿を空に、穂波は晒した。
そして康太郎は、穂波へ最後の攻撃を敢行する!
「D4ドライブ・ジェネレイト、天式無拍子・八百万ーーー!」
時の流れを超越し静止した空間の中で、康太郎は穂波の全身へ拳打を叩き込んだ。
「今、俺は、君を越えて行く……!」
そして時が、再び元の早さを刻みはじめて。
「……へっ、いひゃい」
穂波は呆然と、声を上げた。
康太郎が、穂波の頬を引っ張っていた。
「なんで、痛いの……?」
穂波の顔から一切の感情が消えていた。
8年ぶりに戻った痛みの感覚、身体の鼓動、熱を持った己の体。
失った全てが今、穂波に戻っていて。
そして康太郎の攻撃を受けてボロボロだったはずの身体は傷一つなくて。
いよいよ以って事態は、穂波の理解を完全に越えていた。
そんな穂波に康太郎は、ボロボロになった顔で笑いかけて、頭を撫でた。
「俺の勝ちだ、穂波さん」
戦いは、決着した。
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