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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第6章 東の空の一番星
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第2部 第27話 Deep Dream Distortion Desire Drive




「……ウ、ああ、コウタロウ……!」


 泣き腫らしてなお美貌のエルフが康太郎を見下ろし、名を何度も呼んでいた。


「――あ」


 暖かいしずくがぽたぽたと顔をぬらし、そこで康太郎は意識を取り戻した。

 どうやら康太郎は、アルティリアの胸のうちに抱き起こされていたようだ。

 そしてわかるのは胸から下の感覚が無いこと。そして痛みも無いこと。

 血は失いすぎているはずで、今こうして意識があること自体おかしかった。

 だが、まあ、しかし――

 

「久しぶり、アティ。元気そうで何よりだ」

「コウ!!」

「――オウフ」


 アルティリアが康太郎を抱きしめた。痛みは無いのだが息苦しさは感じた。身体の感覚が失われた不自由さは、なんともいえず不快だった。


「ご、ごめん!」


 康太郎が息を漏らして苦しいことに気付いたアルティリアが慌てて身体を離して謝った。


「いや、いいさ……つーか、俺、これで生きているって言えるのかね、ヒヒ」


 思わず乾いた笑みが漏れた。もはや心臓が動いている感じもしなかった。


「……コウ、もしかしてアンデッドの類になったの?」

「いやあ。そういうのじゃ無い、よ。俺が思う限りはな」


 康太郎が今こうして生きているのは、康太郎の固有秩序によるものだと、康太郎は考えていた。


「え? でも、コウの固有秩序は、存在超強化(ハイパーブースター)よね、強化って、こんなことも出来るの?」


 それは最も話だ。しかし康太郎の固有秩序が強化の力だったのは、実のところ勘違い(・・・)の可能性が高いのだ。


「……ええ?」


 何を言ってるんだコイツ、みたいな反応をアルティリアは示した。

――うん、まあその反応は、無理も無い。まあ実のところ、その確信に至ったのはついさっきのことなんだぜ?


 ふいに康太郎の耳に、不意に轟音が聞こえてきた。

 同時に感じる二つの大きな力。


「アンジェルと穂波さんが、戦っているのか」 


 ようやく自分以外のものに、康太郎は意識を向けることが出来てきた。

 

「ええ、世界蛇様が、あの女と戦っているわ」


 アルティリアが、康太郎との合流の経緯をかいつまんで話した。

 アルティリアは、ナビィに解放された後、康太郎の反応を感じ取って再び首都に入り、そこで食い倒れの旅をしていたアンジェルと合流した。

 そして康太郎との再会のタイミングを図っていると、強大な理力が二つ。

 それを追って首都を駆けると、ちょうど康太郎が腹を打ち抜かれているところだった。


 アルティリアは落ちて行く康太郎の上半身を受け止め、一方でアンジェルは穂波に戦いを挑んだらしい。

 曰く、あれは我のものであってうんたらかんたら邪悪だから世界のためにぶっとばす、とのことだ。

 本当に康太郎を思っての行動が、はたまた王種としての義務感か、はたまたバトルジャンキーひいては美食家の血が騒いだのかは不明だが――康太郎の血肉、より正確に言うならば理力はアンジェルには美味らしいから穂波もそうなのだろう。

 空を見上げる康太郎の視界の端に一瞬だけ二人の姿が映った。

 アンジェルは九重(棍)を見事に操って大立ち回りをしていた。


――アンジェルの奴、なんであんなに棒術がうまいんだよ。


 思わず康太郎は心の中で突っ込んだ。アンジェルはそもそも蛇なので人型で戦うのは本来は正道ではないはずだ。

 まあ、康太郎クラスの相手で人間大の相手ではスピードの面から人型の方が都合がいいとアンジェルは言っていたのだが、それにしては堂に入っている。

 そんな風に思える辺り、今の康太郎には心の余裕があった。


「とりあえず、ここを離れなきゃ……」


 アルティリアは、康太郎の上半身を抱えて立ち上がろうとした。


「ストップ、待ってくれ、アティ」


 アルティリアが康太郎を制止させた。

 

「えっ、でも」


 反論しようとするアルティリアだったが、二人がいる近くに、アンジェルが弾いた穂波の砲撃が落ちてきた。

 爆風が広がり、強い風がアルティリアを襲う。

 そして上がる悲鳴。避難を始めていた人たちに混乱が伝播した。

 これは既に首都のあちこちで起こっていることのようで、火の手も上がっており、首都は恐慌状態であるらしい。


「ここじゃあ危険よ、とにかくここを離れて」

「駄目だあいつらを止めなきゃこの街は終わりだ」

「そんなこと言ったって、私はあんな力の前じゃ無力だし、それにあなたもこんな姿になってるんじゃ――」


 アルティリアも精神的には参っているらしい。

 康太郎がこうして意識を取り戻して少しだけ考えが回っているだけのようだった。


「俺が止める。俺が止めたいんだ」


 康太郎は断固とした意志をはっきりとした口調でアルティリアに伝えた。


「そん――私は、どうしたらいい? あなたにどんな協力が出来る?」


 アルティリアは一瞬言いよどみ、しかし自分に出来ることを康太郎に問うた。

 流石は相棒だと、康太郎は思った。康太郎の評価するアルティリアは、強大な相手に立ち向かう気概を持ち、敵わないなら敵わないで、仲間にどんなアシストをすれば貢献できるか、という点で挽回を図ろうとするところだ。

 時にネガティブになったりすることもあるが、ヒトなら誰でもそんなことはあるし、戦闘における戦力という意味では、基本的に眼中には無い。ちょっとしたサポートをしてくれれば御の字で、今現在のアルティリアに求めているのは、共に旅をして感情を共有できる人間というものであり、つまり友人である。

 康太郎が無理を押してD世界にやってきて帝都で騒いだのは、その友人が連れ去られて気が気でなかったからだ。無論、D世界と当たり前のように往復できていたときと比べて行動に差があるのは、当然、D世界への転移が出来なかったせいで鬱憤がたまっていたのと、日にちが立ちすぎていたせいだ。

 

 とにかく、そんな友人の姿勢を好ましく思いつつ、


「あー、そうだな、このまま手を握っててくれ」

「手を?」

「ああ――始めるぞ」


 康太郎が言ったが直後、康太郎の身体が蒼い輝きに包まれた。

 髪は一房だけだけだった蒼が、全ての髪を染めていく。

 蒼い光は糸のごとき無数の光の筋に形を変え、康太郎の胸から下に向かって降りていく。


――イメージしろ、深く自分の願いを、思い描け、矛盾を孕みそれでも往く理想の俺の形を。

 

 康太郎が目を瞑って集中すると、断裂した身体の先から伸びる光る糸の数が爆発的に増えていく。

 無数の光る糸が康太郎の身体の形に編まれていく。

 ついには足の先まで、光る糸が身体の形を作り上げると、康太郎は一際まぶしく光った。

 その後光は徐々にその輝きを弱めていく。 

 光が止み、そのシルエットがあらわになる。


「……す、すごい」


 思わずアルティリアが感嘆の言葉を漏らした。

 それは見事に、完全に復元された康太郎の身体であった。

 ご丁寧なことに裸ではなく、元々着ていたジーンズを身に纏っており、血で汚れていたシャツも綺麗に復元されていた。


「よし、うまくいった」


 むくりと上半身を起こし、康太郎はそのまま立ち上がった。

 

「どういうこと? これが本当のコウの力ってこと?」

 


 

 確かめるように身体をひねったりして身体の出来を確認する康太郎に、アルティリアは疑問を投げかけた。


――うん、心臓は動いてる。感覚も正常だ。


「うーん、まあ、こういうことも出来るってだけさ。それとアティ。アティが持ってるその荷物、もしかして――」


 言われてアルティリアは、慌ててリュックの中身を開け放った。

 出てきたのは、康太郎が身に着けていた想樹の外殻で作られた篭手に足具、胸当てだ。


「さすがアティ。完璧じゃないか」


 康太郎はすばやく装備を身に着けた。


「準備完了。さあ、始めようか」


 康太郎が手を横薙ぎに振るった。

 その後に生まれ宙に浮くのは、二つの光弾。

 力はそれほど込めていない。当たればただ物理的な衝撃を与えるだけのものだ。


「まずはあの二人の戦いを止める。それから穂波さんをこのD世界から切り離す」


 康太郎は、二つの光弾を蹴り飛ばした。

 光弾はそれぞれ違う軌道を描き、空中大決戦を展開するアンジェルと穂波を横から強襲した。


「ぬうっ!?」

「……っ!?」


 アンジェルと穂波、二人の視線が康太郎の方へ向いた。 

 

「じゃあ、アティ。行ってくる。今度は俺がいない間にさらわれたりするなよ」

 

 康太郎はアルティリアの方を向いて言った。


「……あんまり期待しないで、私、前科あるし」


 アルティリアは、少しだけばつが悪そうに、視線をそらした。

 そんなアルティリアに苦笑しつつ、康太郎は空に視線を移した。

 

「まあ、そうなったら、また迎えに行くよ」


 康太郎の言葉に、アルティリアは少しだけ頬を赤くした。

 それを見ずに、康太郎は空へと舞い上がった。



***

 


 戦闘に横槍を入れられたアルティリアと穂波は、戦闘を中座させていた。

 二人から見て丁度同じくらいの中間地点に康太郎がやってきた。

 アンジェルからは非難、穂波からは驚愕の視線を康太郎は向けられた。


「遅いぞ、ココノエよ」

「……ちょっとは驚けよ」


 康太郎がこうして戦場にもどってきて何の驚きも見せないアンジェルに、康太郎は口を尖らせた。


「阿呆め、あの程度で死に切るお主でないことことなど当の昔に承知している。今更何を驚くというのか」


 アンジェルは、ふんと鼻を鳴らした。


「九重。どうして、生きているの? 身体ごとこちらに来たというのは嘘だったの?」


 穂波は康太郎に不審な表情を向けた。

 康太郎もそれは無理も無いことだと思った。

 仮にこれが夢のこと、魂が肉体を作っているのであれば、復活はありえる話だからだ。だが、その場合では一日、向こうで目覚めてもう一度眠るというプロセスが必要だ。前者はあり得ない。


「だったら、その再生能力があなたの力だとでもいうの?」


 穂波の発言は、ある意味正解だった。だがそれはそういうことも出来るということでしかない。


「さてと、アンジェル、こっから先は俺の領分だ。お前は引いてくれ」


「何を言うか。このような輩は、どんな手を使っても倒さねばなるまい。お主も加勢せよ」


 アンジェルは、穂波を倒すことに余念が無いようだった。

 アンジェルは穂波の思惑に気付いているのだろうか?

 穂波がアンジェルにわざわざそんなことを語るとも思えないから、恐らくは理力の質で判断したのだろう。

 アンジェルが感応能力が優れているのは、康太郎もこれまでの付き合いで知っていた。

「というかだな、九重と五条(刀)、返してくれ」


 康太郎は、アンジェルに素早く近づくと、九重と五条をぶんどってしまった。


「なぬ!? 九重よ、そっちの棒は我に寄越せ。結構気に入ったのだ」


「断る」


 即答だった。

 むきーっと怒りの声をアンジェルは上げたが、康太郎は構いやしなかった。


「アンジェル」


「こら、ココノエよ聞いておるのか!」


「俺の脚が、あっちの方で落ちているぞ」


「むむっ?」


 康太郎の言葉にアンジェルは顔色を変えた。


「自分のものだったから、存在を感じるぞ。お前好きだったろ、俺の身体」


 卑猥な意味は一切無い。

 康太郎が指差す方向に、アンジェルは視線を移した。


「……確かに、感じるのう」

「行けよ。それ食ってる間に、俺はこっちを何とかするから」

「いや、しかしだな……」


 アンジェルが唸りを上げた。康太郎の身体が彼女の好みにかなり合致しているらしいことと、穂波の脅威の程度の間でかなり天秤が揺らいでいるらしい。

 

「ほれ、行けよ」


 再度アンジェルを促して、康太郎は彼女の背中を押した。


「むう……ではしばし任せた。食し終わったら、必ず戻る」


 アンジェルは、渋りながらも神速の勢いで康太郎の分裂した下半身の方へと向かった。

 無論、康太郎はこれ以上アンジェルに関わらせるつもりは無かった。

 アンジェルは世界への影響は考えるが、人間種族への配慮はそれほど無い。

 美食家になっている関係で多少人間種族への評価を変えつつあるが、それでもその辺の石ころより多少マシな程度の価値しか彼女は認めていない。


「さて、ここじゃ少々都合が悪い。場所を変えよう」


 言った直後、康太郎は一呼吸で穂波に接近し、九重(棍)を横薙ぎにたたきつけた。

 

「くっ」


 拮抗する九重(棍)と杖。

 何合かのう打ち合いの後、


「せいやあああああっ!!」


 大きく回転して康太郎が打ちこんだ九重(棍)の一撃が、穂波の体を吹き飛ばした。


「オービットメタル!」


 後方へ大きく距離を開けながら、穂波は杖から攻撃端末を分離させ、立体機動を行いながら砲撃を康太郎へ打ち込んだ。

 

 康太郎は身体を捻りつつ避け、どうしても避けきれないものを篭手で弾く。

 D世界最高の強度を持つ想樹の外殻製だから出来る芸当だ。

 康太郎は、九重(棍)を手から離した。それでも康太郎の理力を装填された九重(棍)は空中で浮遊していた。


「抜くぞ、五条!」

 

 斬守刀の意志を呼び覚まし、斬撃の概念を具現化した刀を康太郎は鞘から抜いた。

 陽の光を鈍く反射する刀身は、見るものを魅せて引き込む不思議な引力を秘めている。


「経験解放・再現絶技」


 五条が振るわれてきたその記録を引き出し、数多の使い手の戦技を現世に甦らせる。

 康太郎の固有秩序オリジン存在超強化(ハイパーブースター)のままであれば不可能だったこの手法も、康太郎の本来の固有秩序ならば強引に実現させてしまう。


「――零身れいしん鎌鼬かまいたち――」


 康太郎が一声と共に五条を袈裟懸けに振り下ろした。

 瞬間、康太郎を襲う数々の砲撃と、オービットメタルの全てが両断された(・・・・・).


「なっ――」


 穂波の目が、動揺で大きく見開かれた。

 それでもそれは一瞬のことで、すぐに穂波は次の行動へ移す。


「デーモニックバスター」


 チャージの時間を、ラディカルこのはの設定通りの手法、魔力カートリッジの打ち込みによる瞬間的な出力アップで短縮させ、赤い閃光が発射された。


「廻れ、九重」


 康太郎の声に答え、康太郎の前に浮遊していたが九重(棍)現れ、超高速で回転する。

 回転した九重(棍)がデーモニックバスターを消し飛ばした。


――天式無拍子。


 攻撃が止んだ一瞬の間隙の中を康太郎が往く。

 神速の居合い切りが穂波の杖を両断した。 


「っ、九重ーーー!!」


 穂波は片方の手を天に掲げた。そこに現れたのは無骨な工作機械。

 白刃の無限軌道が、あらゆるものを切断する――チェーンソーだ。

 手を加えたのか、片手持ちが可能なほど本体部分は小型化されていた。

 穂波が、ハンディ・チェーンソーを振り下ろした。

 あわせて康太郎は、五条で切り上げた。

 地球製の実物では実現し得ない超耐久の小型の刃が一閃ごとに研磨されるチェーンソーとぶつかり合い、しかし五条の刃は刃こぼれ一つ起こさない。

 はじける火花は、チェーンソーのほうが上げる悲鳴だ。

 僅かな拮抗の後、チェーンソーの刃が切り咲かれた。

 五条を鞘に戻し、康太郎は拳を握った。


「言っただろ、場所を移すって。穂波、お前の意志は関係ない!」


 すでに彼我の距離は、康太郎の拳が届くクロスレンジ。

 鋭くコンパクトな一撃が、がら空きの穂波の胸部へ吹き刺さる。


「――っ」


 それでもプロテクトドレスの防御を突破するには至らない。

 だがこの場はそれでいい。

 今は穂波をこの首都上空から遠ざけることだけが目的。

 防御力でダメージが通らずとも、衝撃を与えて吹き飛ばすことは出来る!


「だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ・だ!」


 間髪いれず二撃目、三撃目が続く。 

 攻撃のダメージを散らすため、プロテクトドレスは、慣性制御で威力を殺す。

 物理的な衝撃は術者の身体を直接侵す事は無い。

 しかし、殺された分のダメージは、少なからぬ距離へ還元される。

 故に殴った分だけ、蹴った分だけ、穂波は街から離されることになる!

 打ち込まれる無数の攻撃。


「――あっ」


 穂波から思わず声が漏れた。

 攻撃の圧力は、まるで押し込んでくる壁のよう。

 無意識に穂波の意識は防御に回っていた。手から防御障壁を展開させていた。

 痛みは感じなくても、それでもなお身構えてしまう。

 それだけのプレッシャーが康太郎の攻撃にはあった。


「ラストぉ!!」


 締めの一撃は両手を前に突き出す双掌打。

 

 ふっ飛ばされた穂波。ふっと飛ばした康太郎。

 いまや二人のいる場所は、東大陸の外れ荒野。

 何人も寄せ付けない無毛の大地だった。



「九重。私の過去をわかってくれたのでしょう? だから、さっきは動きが鈍っていた」


「ああ。自分で余計な手を加えた(・・・・・・・・)から、穂波さんの当時の映像も断片的に見てしまったよ」


 穂波の過去を垣間見た康太郎は、ショックで動きを鈍らせた。同時に黒い怒りを沸かせたものだ。

 そして知ったからこそ、穂波の復讐はどうやっても満足しないだろうこともわかった。


 すでに彼女に惨たらしい数々をもたらした畜生は、穂波自身の手で処断されている。

 だが、穂波の心はこの時点で磨耗し歪みきっているし、失われた痛覚は元に戻らなくなっていた。

 過去の経験で、何とか日常生活を送る穂波は本当に天才と言っていいだろう。

 

「私の怒りを、恨みを、願いを、あなたはわかってくれたはず」

「ああ、理解したとも」

「だったら――」

「理解したけど、それで俺の願いを引っ込めるのは、また別問題だ」


 康太郎は納得するためにここにきた。

 だから、どんなに穂波に同情しても、怒りを共感しても、穂波の方法は納得できないのだから、その一線は譲れないのだ。


「君が願いを果たしても、きっと君は満足しない。だから――」


 康太郎は、蒼い理力を噴出させる。今の康太郎の中にある理力は無尽蔵だ。

 康太郎の思いをかなえるため、そのとおりに稼動する。


「君を越えて、君ごと一緒に、俺は、この道の先をいく」


 先ほどとは打って変わって揺ぎ無さと落ち着きを見せる康太郎を、穂波は信じられないものを見る目で見た。


「ああ、あああ、ああああ!」


 穂波の体からあふれ出す紅い光。

 それは先ほどまでよりも、黒の色身を増していた。

 穂波の黒い感情を反映させた、赤黒い憎しみだ。


「一瞬で、まるで別人みたいね、今の九重は」


「そうさ、ある意味で、それは正しい」


 そう、康太郎は先の一戦交えた康太郎とは違う。

 それは使っている固有秩序の違いだ。

 これまでの康太郎の固有秩序は、康太郎のあらゆる性能を強化する存在超強化(ハイパーブースター)だった。

 だが、それは康太郎の勘違いで思い込みだ。

 康太郎の力が固有秩序由来のものと考えたのは、アンジェルがもしかしたらそうかもと言ったことから発想し、状況証拠から康太郎が規定したからだ。


 しかし、キャスリン、そして穂波。自分とは異なるD世界の異邦人達と出会って、あることに気付く。

 

 キャスリンも穂波も、力が康太郎並みに強く、康太郎並みに早いのだ。頭の回転もそうだ。

 存在超強化で強化している康太郎と拮抗するのだ。

 そのくせ、別の固有秩序を二人とも持っている。

 だとすれば、こんな仮定が生まれてくる。存在超強化は実は、固有秩序でもなんでもない。ただの康太郎の基本性能ではないのかと。

 いわゆるDファクターが等しく理力操作の特権を受けているとしたら。キャスリンたちの強さに説明もつくだろう。

 

 康太郎の疑問は、キャスリンとの出会いで生まれ、穂波との戦いで確信に至る。

 康太郎を支える固有秩序はもっと別のものだと。

 では、固有秩序とは一体何なのか、そもそものそこへと話は移る。

 康太郎はそれを「願い」と位置づけた。

 キャスリンは、幼少の体験から自分の心を守るため、他者の心に干渉する確真支配を生み出した。

 穂波は、弱い自分が生残な環境から抜け出すため、非力な自分でもあらゆる物を打ち倒せる道具を求めて創造主を発現させた。

 では、康太郎の願いとは、何だ。


 それは理想の自分だ。


 届かない理想。果たされない最高の未来。それに届きたいという願いだ。

 思えば、その片鱗は今までにもあったのだ。

 アンジェルとの再戦でも、五条との試合でも、キャスリンと戦うときも、人型のアンジェルのときも。

 足りない要素を求めて、喘いで、ついには理想を手に入れ、そこからさらに上を目指した。

 その結果を強化の上限が上がったからだと思っていたが、そうではない。

 

 強化していたの(・・・・・・・)ではなく(・・・・)


 理想の自分に(・・・・・・)成っていた(・・・・・)


 康太郎の固有秩序オリジンは、己という世界を理想のものへと変えていく自己変革の固有秩序。


 己という最小の宇宙を康太郎の意志で開闢する、生誕のひらめき。


 Deep Dream Distortion Desire Drive――D4ドライブ(愚者の閃き)。


 康太郎は今まさに、己の願いに順じた、真の固有秩序を手にしたのだ。


「さあ、穂波。俺の理想を越えてみろよ」





 


アルファポリス様のファンタジー小説大賞にエントリーしています。

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