第2部 第26話 とある少女の御伽噺
魔王少女ラディカルこのは。
熱血バトルアニメのキャッチフレーズに相応しく、出てくるキャラクターは戦闘要員も大概女の子なのだが、どいつもこいつもそこらへんの男よりも遥かに度胸があり、言ってみれば漢らしい。
激しいバトル描写に定評があるという点で、伝説の戦士として戦う『プレキュア』シリーズとラディカルこのはシリーズは双璧を成している。プレキュアは肉弾戦が主体で、その内容も朝の番組に相応しく女の子のたちの友情を基本とした道徳的なものであるのに対し、シリアスな背景と語りきれないほどの詳細な設定を骨組みに女の子の友情を描きつつも少し苦めの演出で、砲撃戦から格闘戦まで網羅した幅広いバトル描写なのがラディカルこのはだ。
4クールの通年番組として、ほぼ毎年設定のリセットとキャラの入れ替えがあるプレキュアと異なりラディカルこのはは深夜枠ゆえの1クール放送を1期2期と積み重ねている。
この違いが生み出すのは、設定のインフレである。
積み重なっていく物語というのは、主人公が変わらずこのはであるが故に、嫌が応にもこのはの成長を強いる。
どれだけこのはが強くなっても新しいシリーズが始まれば前シリーズで成長したこのはでも敵わない敵が現れるので、このははさらに強く成長しなければならない、というループ構造をとるのである。
だから、このは初登場の10歳の時と、最新シリーズにおける15歳の時を比べると、15歳の時の戦闘力が、とんでもないものになってしまっていたりする。単純比較で数十倍の差はあるだろう。
無論ここまで来ると、単なるパワーインフレの繰り返しでは視聴者の興味も薄れていくので、特殊能力を追加して戦術を複雑にしたり、相性を持ち出したりしてマンネリを防ぐ試みがなされたりもしているが――とにかく。
――ラディカルこのはの15歳はやばい。
康太郎は知らず冷や汗をかいていた。
穂波が変身した姿はラディカルこのは最新シリーズの15歳バージョン。
初登場時の初代は高層ビルの倒壊程度がスタートだったが、15歳ともなれば島の一つや二つは平気で吹き飛ばし、終盤には月を半壊させるまでに至っているのだ(無論それなりに無茶をしているし、厳しい条件もあったのだが)。
まさにパワーインフレ極まれり、である。
さて、穂波の能力、固有秩序が、地球の道具の生成であることは、康太郎も予想がついていた。
例えば帝国の宰相が使っていた連絡用の携帯端末や、皇居地下へ向かうエレベーターなど、それらはまさに地球の文明の利器だった。
また帝国の首都限定で、少々レトロなデザインながら自動車が走っていたのを康太郎は目撃していた。
なにより、北大陸で見たICBMはD世界ではありえない産物だし、極めつけは先ほど穂波が出現させたベレッタM92F型の拳銃だ。
ここまでくれば、穂波が地球の道具を若干のアレンジを加えて生成できると確信に至る。
しかし、厳密には違っていた。
穂波の固有秩序は地球の道具と限定しない。
穂波がイメージし、創造したいと思う道具ならば、空想のモノだろうと生成できるのだ。
目の前の魔王少女の姿をした穂波がその証拠だ。
穂波の固有秩序を名付けるとすれば『創 造 主』といったところだろうか。
生成できる範囲が不明なところが問題だが、とにかく強敵であることは間違いない。
何しろ穂波は都合8年、D世界で生きてきたのだ。
理力の扱いは、康太郎よりも遥かに習熟していることだろう。
――とにかくヤバイ。こんな場所では戦えない。
そして戦場としては最悪だった。
穂波の力は、先の紅い理力による攻撃を受けてその一端を垣間見るだけでも凄まじいものだとわかる。
そんな相手に、徒手空拳のみで挑むのは無謀。必然、こちらも理力の放射による応戦を余儀なくされるだろう。
となれば――問題となるのは、戦闘の余波だ。
互いに用いるのは魔力よりも純粋で高密度のエネルギーである理力。
その相克で生まれるエネルギーは尋常ではない。
そしてここは帝国首都、その最重要施設である皇居の地下。
ここで戦うだけで、こんな地下の施設など簡単に崩落する。
そして地下が崩落すれば、上の皇居はどうなる? そこに住む皇帝陛下や役人や使用人の安全は?
仮にこの場を抜け出して首都に出たとしよう。
そこに住まう多くの帝国臣民は、果たして、康太郎と穂波の戦闘の余波に巻き込まれて無事いられるか?
否、断じて否だ。
康太郎に穂波は、このD世界では超越者だ。
超越者同士の戦闘はそれだけで環境に重大な影響を与えかねない。
特に穂波は、この世界に対して配慮というものはまるで無いはず。
最終的に全てを滅ぼすのなら、帝国にどんな被害が出ようと構いやしないだろう。
北大陸に向けてICBMを打ち出したのも、要はそういうことだ。
――ここは、逃げの一手だ。
穂波は説得に応じる相手ではない。
二人は決定的に相容れない。これはそもそも自分の意を通すための戦いなのだ。
「おおっ!」
康太郎は頭上に両腕を交差させて、頭を庇うようにすると、両足に力を込めて跳躍した。
深い地層を突き抜けて一気に地表へ、そのまま皇居の天井を突き抜けて帝都の空中へ躍り出た。
「知ってた」
空から帝都の様子を伺う康太郎の背中越しに、穂波の声が掛かった。
「え――」
振り向く間もなく後頭部に衝撃、康太郎は流星の如く落下する。
康太郎が落ちて行く先は、立派な建物の並ぶ住宅街の一画――屋根を突き破って地面に激突し、轟音を立てた。
「な――ああ……?」
平和な日常を過していた家族を襲った突然の闖入物、康太郎。
床にめり込んで動かない康太郎を、危険なものと認識し、固唾を呑んでその家の家長が見た。
「お、おい君……」
動かない康太郎に、家長は思わず声をかけた。
「……がはっ!」
「ひぃいいい!?」
家長の声にピクリと反応し、次の瞬間には勢いよく康太郎が跳ね起き、その様に家長が驚いた。
「あっ……」
康太郎はほんの一瞬気絶してしまっていたことに気付いた。
――強い、こいつは、掛け値なしに本物だ……!
康太郎を捕捉出来る速力に、迷い無く人間の後頭部を打ち抜くためらいの無さ。
単純に比較は出来ないが、穂波は、
――人型になったアンジェルに勝るとも劣らないほどの相手だ……!
ふと、康太郎は今の自分の姿を確認した。
靴は既に踏み込んだ時の摩擦で壊れ、服はところどころ破れていた。
「ふう……はっ」
康太郎が大きく息を吐いた、その直後。
康太郎は上空から、巨大なプレッシャーと力を感じ取った。
穴の開いた屋根から見えた空には、杖の穂先を康太郎に向けた、穂波がいた。
その穂先には紅い鳴動する光が見えた。
「あれは……!」
康太郎はすぐにそれが何なのか理解した。
魔王少女ラディカルこのはにおける代表的な必殺技の直射型砲撃呪砲、その名も。
「「デーモニックバスター」」
康太郎の呟きと穂波の号令が重なった。
同時に放たれる紅い閃光。
康太郎が先に受けたベレッタの弾丸よりも遥かに大出力なのは明らかだった。
数秒後には、こんな家屋は跡形も無く消滅するだろう。そこに住む家族も一緒に。
「うわあああああああっ!!」
康太郎は慣れない理力操作で拙い障壁を空に展開した。
「ぬうううっ!」
力任せに編まれた障壁は構成が甘い。出力が足りない魔法ならば防ぐには十分だが、デーモニックバスターの出力は凄まじく、障壁には亀裂が奔った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
障壁が壊れてしまうまで、あと一息というところで、デーモニックバスターの照射が終わった。
しかし、穂波の持つ杖の穂先に、理力は再度チャージされていく。
「ふざけんなよ……ここには、関係ない人がいるんだぞ……?」
康太郎は、その容赦の無さと他者を巻き込む姿勢に、ようやく穂波を真の意味で敵と認識した。
――無拍子・昇龍!
康太郎の本気の踏み込みは、ゼロから一瞬で最大戦速への到達を実現する。
空中へ神速で飛び上がった康太郎は、第二射発射寸前の杖を蹴り、跳ね上げた。
「歯を食いしばれ、穂波……!!」
蹴り上げからの連携、間隙を突いて康太郎は遠心力をつけた拳を打ち出した。
「ふっ」
穂波は空いた手で顔面を庇った。
神速で放たれた拳が、穂波の腕を押し込むように打ちこまれた。
――なんだ、これ?
インパクトの瞬間、形容しがたい違和感を感じながらも康太郎は拳を振りぬいた。
衝撃を殺して彼我の距離を空けた穂波を康太郎は追撃する。
――天式無拍子。
天を蹴り、康太郎は再度加速。一瞬で間合いをつめて穂波に浴びせ蹴りを叩き込む。
「があっ!」
裂帛の気合を込めて上から叩きつけた蹴りが、穂波を地上へと叩き落した。
――やっぱり、何かおかしい。
蹴りは、穂波の頭部を捉えたがやはり先ほどの違和感があった。
しかし今は追撃のとき。
穂波が地上へ落ちるよりも早く康太郎が空を翔けた。
先回りした康太郎が穂波の身体を回し蹴りで上に向かってへと蹴り戻す。
「おおっ!」
追撃、追撃、追撃!!
空に身を晒した穂波を康太郎は、蹴って、蹴って、蹴りぬいた。
「らあっ!」
何度目かの蹴りの後、渾身の回し蹴りを康太郎は叩き込んだ。
空に投げ出される穂波は、しかしぴたりと静止した。
穂波はくるりと回って体勢を立て直した。
彼女の顔色は、いささかの疲労も感じさせないものだった。
康太郎の連撃を受けたのにも関わらずである。
「やっぱりダメージが通っていない、のか。どうなってる?」
怪訝な表情を浮かべる康太郎に、穂波は笑いかけた。
「なぜ、って顔をしているね。答えは単純よ。ラディカルこのはを知っている九重ならわかるでしょ? プロテクトドレスそのものの防御力だよ」
プロテクトドレス。
ラディカルこのはにおける防御術式の一つだ。
穂波がまとう黒い衣装は、ラディカルこのはではプロテクトドレスと呼ばれる服の形状になった防御術式そのものである。
そして見えないだけでプロテクトドレスは身体の全て及ぶ。
だから、むき出しの顔面を殴っても、プロテクトドレスに設定された防御力を貫通する攻撃でなくては、まともなダメージを与えることは出来ないのだ。
「だけど、それでも防御力が高すぎる。原作でもここまでじゃない。強化したのか、防御機能を」
「正解、私は改良を加えてモノを生み出すことが出来るんだ」
穂波はその場で横に一回転。康太郎にドレス見せ付けるように回って見せた。
「まあ、それでも、衝撃は殺しきれていないんだけど……あいにく私は痛みを感じないんからさ。問題にならないんだよね」
「痛みを、感じない?」
言葉を反芻した康太郎に穂波は笑みを深くした。
「そう。私は痛みを感じないんだ。生まれつきじゃない。この悪夢にさいなまれるようになってからね」
穂波が杖を構え、穂先を康太郎に向けた。
そして杖の先端の刃を除くパーツが分離して、鋭利な先端を持つパーツが穂波の周囲に浮遊した。
「それが、私がこの世界を憎む理由の一つであり、そして九重の気持ちを受け入れられなかった理由でもある」
分かたれたパーツ――三次元オールレンジ攻撃を可能にする攻撃端末・オービットメタルに理力が集中していく。
「向こうでは決して話す気はなかったけれど、こちらを知る九重には話してもいいかな。正直気分のいいものではないけれど――お人よしの君の心変わりを誘発しよう。動揺して、崩れる様を見せてよ」
穂波の攻撃指令を受け取ったオービットメタルが一斉に光線を放ち、攻撃を開始した。
「ちっ」
縦横無尽、立体的に機動するオービットメタルの砲撃の雨を康太郎は紙一重で避け、時に理力を込めた拳で弾き返しながら、御伽噺の語り口で話す穂波の言葉を聞いた。
***
「無力な女の子がいました」
「生贄の女の子がいました」
「女の子は、何一つ纏わず見知らぬ世界に投げ出されました」
「女の子は、あるときは慰みものになり」
「またあるときは、泥の中に押し付けられました」
「またあるときは、暗い暗いところに閉じ込められました」
「またあるときは、すべすべの肌に、刃で模様を刻まれました」
「汚れて、穢れて、汚されて、穢されて 侵して、犯して、侵されて、犯されて」
「目を覚ますと、いつも苦しいのです」
「目を覚ますと、いつも安心するのです」
「夢は現実より残酷で」
「現実は夢より儚くて」
「目が無くなりました」
「舌が無くなりました」
「足の先が無いのです」
「手の先が見当たりません」
「おなかの中が空っぽになりました」
「脈うつ心臓が小さな灯りに照らされていました」
「でも目が覚めたら、全部元通り」
「そして目が覚めたら、また無くなりました」
「繰り返し、繰り返す」
「気が付くと、痛みを感じなくなりました」
「痛みがわからなくなりました」
「だから相手の心がわかりません」
「故に自分の心がわかりません」
「だから私は、見ているだけでいい」
「故に私は、理解されなくていい」
「痛みがわからない私は、誰の気持ちもわかりません」
「痛みがわからない私は、誰のことも想えません」
「見ているだけでいいのです」
「見させて欲しいのです」
「あなたが幸せである光景を」
「あなたが幸せになる瞬間を」
「駄目ですか」
「だめですか」
「こわします」
「壊す」
「すべてを」
「全てを」
***
オービットメタルの理力の砲撃に乗せて打ち込まれるのは断片的な穂波の想念だ。
康太郎の動きは鈍り、撃たれるままになって。
最後には体中にオービットメタルが突き刺さった。
「あ……」
がら空きの腹部に穂波の杖が突き刺さった。
「デーモニックバスター」
ゼロ距離デーモニックバスターが康太郎を貫いた。
康太郎の身体が二つに分かたれて、空の海を落ちて行った。
「さようなら、九重」