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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第6章 東の空の一番星
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第2部 第25話 最低最悪の本物以上


 康太郎は、自分の知っている全てを穂波に話していた。

 穂波はそれに口を挟まず、目を瞑ったまま聞き続けた。

 

「……と、こんなところだよ。裏付けはどうしても取れない部分もあるけど、ただの夢だったというよりは説得力があると思う」


 康太郎も穂波も、互いに深く息をついた。


「くくく、――他次元に魂か。まったく、8年もこちらにいた私よりも、半年程度の九重の方がよっぽど真実に近づいているなんてちょっとショックだよ」


 穂波は苦笑を漏らした。


「言い訳させてもらえば、現実での私は無力な婦女子であるし、人間不信も手伝ってあちらからのアプローチに積極的ではなかったから、ということもある」

 

 穂波に対し、康太郎は首を横に振って返した。


「俺の場合、現実への影響が多分にあったからね。それが無ければリアリティのある夢だとして積極的に動くことも無かった」


 そもそもの話、康太郎の場合はキャスリンというDファクターが、かつての知己であったことが幸運だっただけだ。

 たとえばキャスリンよりも先に穂波に出会っていたとして、他次元に魂の転移という発想は出てこなかっただろう。


「ところで穂波さん、君のことも少し聞かせてくれないか? どうして君が帝国の諜報部隊の長に? それと、8年もこのD世界にいたというのは……」


 穂波は両手を軽く前に押し出すように動かして、抑えてと康太郎に向けてジェスチャーをした。


「大した話じゃないわ。8年前、突然この悪夢(・・)……あえて悪夢(・・)と呼ぶよ? この悪夢(・・)の中に放り出された。九重と同じように、一糸纏わずにね。それから私は自分を鍛え、力を売り込んで帝国特殊諜報部隊を纏め上げた。それが2年前よ。どう? 本当に大した話じゃあないでしょう?」


 朗らかな笑みを浮かべて穂波は言った。

 だが、康太郎でも初日から食い殺されたような世界だ。彼女が語らなかった空白の6年、幼い穂波が体験した日々は、康太郎も想像を絶する苦労があったに違いない。

 だから康太郎は、無暗に聞き出すことをしなかった。


「でもねえ、私が思うに九重がこの世界に来た切っ掛けは、私にあるんじゃないかなとは思っているよ?」

「どういうこと?」


 康太郎は聞き返した。穂波は肩をすくめて、


「あくまで主観で確証なんてないけれど。私が現実で親密な関係を築いたのが、九重くらいしかいないんだ。九重が春先にこちら側に来たのなら、時期としてもつじつまが合う(・・・・・・・)。その頃には、私は九重に大分心を傾けていたから。つまり、私に深く関わっていたから、九重はこちら側に着たのではないか、ということよ」


 乱暴な話だが、穂波の予想が本当だとしたらとんでもないことだ。 


「それは……ないんじゃないかな? 穂波さんの予想が本当なら、俺が心を許している人が次々とこちら側に来ることになる。そうしたら、あとはもうねずみ算的にこちら側に来る人たちが増えているはずだ」


 康太郎は、穂波の意見を否定した。だが穂波は構わず話を続ける。


「まあ、そうだね。けれど、この世界との関わり方が、私たちと同じとは限らないでしょ?」

「関わり方が、同じじゃない?」

「――私たちは、この世界で肉体を得ている。けど、そうじゃない……それこそ、夢を見るように、ただこの世界を俯瞰しているだけの人もいるかもしれないじゃない? 夢なんだから、どんな荒唐無稽も受け止められるし、忘れる事だってある。案外、私たちが知らないだけで、この世界を知っている人は多いかもしれないよ? それに――」


 穂波は、人差し指を立てた。


「九重は、思わなかったかい? 例えば、エルフ。例えばドワーフ。例えばドラゴン。例えば魔力に魔法。私たちが知るファンタジーと、酷く酷似しているって」


 康太郎は、頷きを返した。

 それもまた、康太郎がD世界を夢と位置づけた要素だったのだから。


「夢ならこれらも納得も出来るけど、九重の言うADSという惑星ならば、これは奇妙なことだ。でも、自分達が思うよりも、この世界と関わる人が多くて、そういう人たちが昔からいるのだとしたら、案外そうでもないかもしれない。つまり――」


 康太郎が、穂波の言葉を受け取り、続きを言う。


「つまり俺達は、遥か昔からこの世界からファンタジーの概念を学んでいて、それを空想の物として今にまで伝えてきているっていうこと?」


 穂波は、立てた人差し指を康太郎の方へと向けた。


「その通り。昔からあるこれらの概念の源流が、この世界にあったならば。そしてそれを、先人達が、無意識的にでも感じ取って、そこから物語を起こしたりしたならば」


――つまり、自分達の知るファンタジーにD世界が似ているのではなく、その逆。ファンタジーの源流がD世界にあるということ、か。

 

 逆転の発想だが、康太郎には不思議と納得が行った。D世界と地球の時間の流れの差異という問題もあったが、それにしても確証は無い。単純に、魂が転移している時代が異なっている可能性もある。どちらにせよ、それらの裏付けを取るのは、今後の趣味(・・・・・)の話になるだろう。


「ま、これらはあくまでただの推測よ。それに、今となってはそれもどうでもいいこと」


 穂波が姿勢を正し、康太郎を見る目を細めた。穂波から気安さが消えた。


「さて。私は、私と九重が共にあれば、この世界で出来ないことは無いと思っている。だから、九重には是非、私の協力者となって欲しいところだけど――」

「その前に。いくつか、確認したいことがある」


 康太郎は穂波の話を遮った。


「どうぞ」

「まず一つ。半年前、西の大陸のエルフの里……想樹の森に、部隊を送り込んだのは君の指示か?」


 康太郎がある種の確信を持って問うた。


「半年前の西の大陸? ――ああ、それなら私だよ。ちょっとした実験と下見のためにね」

 

 穂波はさらりと答えた。エルフへの襲撃とばかげた火力の自爆が行われた、あのことをさらり(・・・)と答えたのだ。


「じゃあ、次に。少し前、北の大陸に向けてICBMを打ち込んだのは、君か」

「ああ。――それも私だよ。そう、一体何がアレを止めたのかと思っていたけれど、九重だったのね」


 穂波は得心したように薄く笑って答えた。

 康太郎は、これから起こるだろう事に、覚悟を決めつつ、口を開く。


「そして最後に。君の目的は何だ。俺に何を協力させたい」


 穂波から微笑みが消え、残るのは全てを射殺すような冷たい無の表情。


「――この世界の、完全なる消滅。それだけよ」


 今の康太郎でさえ、一瞬、気圧されるほどのプレッシャーだった。

 人格に意図的な二面性を持ち、人間不信、空白のD世界での6年、そして、穂波が起こした二つの出来事から、このような答えが出てくるのは、康太郎には予想がついていた。故に、


「そう、か。なら、俺は穂波さんに協力できないな」


 康太郎と穂波は決定的に相容れないことが確定してしまったのだ。


「……九重はどうしてこの世界にやってきたの? 今の君は魂だけではなく、肉体ごと(・・・・)やってきた存在でしょう? 一時はこの世界と切り離されたのに、無茶を押してこちらへと来たのは、どうして? 私にとって悪夢でしかないこの世界に、何をしにきたの?」


 康太郎は、ほんの僅かな間目を閉じ、そして開く。

 その瞳に、揺ぎ無い意志を込めて、穂波に言う。


「俺は、俺なりの決着をつけるために、D世界に来た」

「決着?」

「俺は、俺自身の意志で、このD世界と決別する。そして今後、もう誰にも、D世界へ迷わせたりさせないし、介入もさせないために、俺自身の手で、地球とD世界の繋がりを断つ」


 康太郎の言葉を聞いた穂波は、胡乱気(うろんげ)に康太郎を見た。


「……ねえ、それってさあ。私がこの世界の消滅を願っても同じことだよねえ? この世界が消滅したら、否が応にも九重の望みは叶ってしまうじゃない」


 康太郎は、首を横に振って否定する。


「違うよ。俺はこの世界がどうなってもいいと思ってない。それぞれの世界を独立したものにしたいんだ。なによりそんな結果じゃ、俺は納得できない。俺は納得するために、今、ここにいるんだから」


「……だから九重は、私に協力できないと?」


 康太郎は頷き、それを答えとした。

 穂波は天井を仰ぎ一つ大きく息を吸って吐き、そして俯いて唇をかんだ。


「はぁ。そうか。だったら、私がこの世界を破壊しようとしたら――」

「当然、止める」


 康太郎が間断なく答え、穂波はうっすらと口の端を曲げた。


「だよね。残念、本当に残念。……ねえ、もし私が、今からでも九重が言ってくれた好きという言葉に応じたら、そうしたら、どう?」


 穂波が、非常に打算的で魅力的な提案をした。

 ずるい女だと思った。彼女に気があった男としては、願っても無い提案だ。

 超然とした穂波がこんな提案をしてくることに康太郎は落胆を覚えながら、しかし同時に安心もした。

 存外に、俗っぽくて却って親しみを覚えたのだ。

 同時、こんな提案をしてまで康太郎との戦いを避けたい程度には、穂波は康太郎を意識しているのと感じた。

 しかし、康太郎が恋したのはそんな提案をする女ではないし、康太郎は既に、想い出に出来ている。

   

「終わったことを蒸し返すなんて、穂波さんらしくないよ。俺は、君に受け入れられなかった。それが結論で、俺もそれに納得した。それに、打算の下で付き合えても俺は嬉しくないよ」


「どうしても? どうあっても九重は私の邪魔をするの?」


「逆に聞こう。D世界との繋がりを俺が断つことが出来れば、君はこの悪夢ともおさらば出来る。それでは、駄目なのか?」


「だめ」


 穂波が康太郎の言葉に即答した。


「私はこの悪夢で色んなものを失った。磨耗したものは、もう戻らない」


 すっと穂波が右手の先を康太郎に向けた。

 その手には、いつの間にか無骨な拳銃が握られていた。

 拳銃のタイプは米軍に制式採用され、あらゆるメディアで御目に掛けるベレッタM92F型。

 

「これが最後よ。九重。私の邪魔をしないで。死にたくなかったら(・・・・・・・・)

 

 互いが互いに、望む結果よりも、その過程を重視した。それが両者を決定的に分かつものだった。

 穂波が向ける殺意を正面から受け止めて、康太郎は言う。


「断る」


 康太郎のはっきりとした拒絶の言葉と同時、引き金が引かれた。

 しかし銃口から放たれたのは鉛弾ではなく、紅い一筋の光――ビームだった。

 放射状に広がっていくそれは瞬く間に膨れ上がり、康太郎の体を押し出して壁を貫通しながら一直線にセプテントリオンの基地を突き抜けていった。



***



 康太郎が吹き飛んだ先は遠く、土煙が立ち込めていた。


「…………」


 穂波は立ち上がり、続けて引き金を何度も引いた。

 紅いビームが何度も康太郎が吹き飛んだ先へと放り込まれていく。

 

「……っ!」


 穂波は、手の内にある拳銃を消すと、別のものを手の内に出現させる。

 それは先端に黄金の三角形の刃を付け足した錫杖にも似た杖だ。

 一種の槍にも見えるその先端から、紅い光の刃が伸びる。

 その長さは全長2km。セプテントリオンの基地の全長をも上回る。

 杖を両手で持った穂波は横薙ぎに振るった。

 基地を両断する一閃は、手ごたえもなく穂波によって振り切られた。

 手ごたえがないのは、その光の刃は人体はもちろん、石壁や金属の扉もたやすく断ち切るからだ。

 基地に居残っていた幹部や構成員は、思い思いの方法で刃を避けた。

 あるものは地面に這い蹲り、あるものは天井に張り付いた。

 もちろん刃を避け切れなかった者もいた。

 しかしセプテントリオンに所属するということは、理不尽にその身を晒されるということでもある。

 そんな理不尽に対し成す術も無いのは力不足の証であり、どうせ任務でも役に立たない。


「九重は、死んだかな?」


 無表情に小首をかしげながら、穂波は言った。

 あっけないといえばあっけない。

 穂波が知る九重康太郎ならば、あれらの攻撃を防ぐ術など持っていないはず。

 しかし、穂波が理力で創り(・・・・・・・・)だしたICBM(・・・・・・・)をどうにかできるだけの力を康太郎は保持しているのは確定している、ならば。


「九重は、まだ生きている……!」


 穂波がゆっくり歩き出す。その姿を見止めたセプテントリオンの幹部に構成員達は自然と平伏の礼を取った。

 本気になった穂波の恐ろしさは、実はセプテントリオンでもよくわかっていない。本気になったところを見たことが無いからだ。

 それでも穂波は、彼らの長は、強すぎた。

 皆、本気になったら帝国ぐらいは戦闘の余波で(・・・)滅びるだろうな、くらいには思っていた。

 力、ただ圧倒的な力を見せ付けられ、恐れ、ひれ伏し、しかし魅せられたのがセプテントリオンの正体だ。 

 

 穂波の眼前に紅い光で編まれた、幾重の紋様を組み合わせた多層平面の魔法陣が現れた。

 その魔法陣を穂波は通り抜ける。

 通り抜ける中で、穂波の服装、髪型までもが変化していく。

 その様は、ちょっとした変身プロセスだ。

 変身した穂波の表す基調色は黒。

 上半身はインナーの上から丈の短いジャケットを着込んだ形。

 下半身は膝下まで覆うロングスカートで、くるぶしまでカバーするブーツを履いている。また上下とも、ところどころに赤い意匠がマーキングされ、赤いラインが走っている。

 手首足首には、それぞれ金色のリングをつけていた。

 胸元には十字架をモチーフにした大き目の金属パーツ。

 そして髪型は、穂波の長髪が紫色のリボンで左右二つに結われている、いわゆるツインテールだった。 

 その出で立ちは、とあるアニメのキャラクターのものと酷似していた。

 康太郎が穂波に紹介したライトノベルにもそのアニメのノベライズはあった。

 日本最大の同人誌即売会で、穂波が手に入れた同人誌にもその作品関連のものが多くを占めていた。 

 

 穂波の『変身』が終わると、次いで爆音が上がる。

 康太郎だった。

 無傷の康太郎が、土煙の中から飛び出してきたのだ。

 一足で間合いをつめる康太郎は、速さを乗せたまま、蒼く輝く右の拳を突き出した。

 対する穂波は、杖を持たないほうの手を前に突き出し、手の平から、赤く光る障壁、バリアを展開した。

 

 次の瞬間にはパンチとバリアが激突し、衝突で生じたエネルギーはスパークとなって奔り、激しく火花を散らした。


「さすが九重だ! やっぱり、あの程度じゃ死なないか!」


 自然と穂波の顔に笑みが浮んだ。

 穂波の内にあるのは、歓喜。康太郎への殺意を滾らせながら、しかし生きていてよかったと矛盾する感情があふれ出していた。


 対する康太郎の顔に浮んでいたのは、困惑と驚きで彩られた険しさだった。

 

「なんだそりゃあ、ふざけんな!」

 

 理力の相克で、弾かれるようにして穂波と康太郎は互いに距離をとった。

 そして腕を左右に広げ、康太郎に自分の姿を見せ付けるようにして、穂波が言う。


「どう、九重。この姿、似合っているかな?」


 嬉々として問いかける穂波に康太郎は吐き捨てるように、


「……似合っている。だから(・・・)、余計に最悪だ。俺は、君とこんな戦いをするために勧めた(・・・)んじゃない!」


 穂波の姿は、康太郎もよく知るものだった。

 それは当然だ。

 何しろソレは、康太郎が穂波に紹介した作品のものだからだ。


「――魔王少女ラディカル(・・・・・・・・・)このは(・・・)と戦うなんて、最低最悪の気分だ……!」


 魔王少女ラディカルこのはとは。

 地上波6局ネット、衛星放送でも放送されている少女と名のつくくせに、呆れるほどに過密な設定が設けられた熱血バトルアニメ番組で康太郎のマストバイ。

 そして穂波が変身したのは、その主人公たる真都(しんと)このはが魔王少女(しかも年齢の近い15歳ver)へ変身した姿――超音速で空を駆け、あらゆる攻撃を跳ね除け、破壊の光を撒き散らし、全てを滅して覇道を往く、正義の闇を纏いし黒き魔王の少女――だった。

 

 そして理力によって現実に構築されたその力は、本物以上(・・・・)




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