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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第6章 東の空の一番星
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第2部 第21話 九重康太郎の帰還

 




 統一帝グラント。

 D世界の大陸が一つだった頃。

 あらゆる種族間での闘争が絶えなかった時代。

 そんな戦乱の最中、突如として現れた謎の男。

 類稀な武力と知力を兼ね備え、伝説の固有秩序(オリジン)を使いこなしたといわれる人物。

 そのカリスマで次々と各種族を制圧し、統合し、瞬く間に統一帝国を気付き上げた唯一無二の覇者。 

 人工言語の開発に自由な経済の奨励など、大胆で革新的な執政を振るったとされる名君。


 それが、康太郎の知る統一帝グラントの人物像だ。

 しかし、そんな彼はD世界では数千年前の人物だ。

 それが、グッドスピードの祖先だとしたら……。


『グラントはD世界では、伝説の人物でした。D世界のグラントと、貴方たちの先祖は同一人物なのですか?』


 康太郎の問いに、ルイージは頷きで返した。


『我々は、そう見ている。グラントが残したADSの話と、キャスリンが調べた現地の情報は、一致する点が多々あるからね』


『でも、向こうのグラントは――』


『数千年前の人物、そう聞いている。これについてはこちらでもわかっていなくてね。グラントの現役時代はこちらでは100年ほど前のことだ』


 その事実からわかる一つの仮定、それはD世界と現実側では流れる時の速さに差があるということだ。

 しかしそれでは、康太郎の転移の説明が付かない。


『それについては、また別の仮説がある。ひとまずそれについてはおいておこう。さて、ADS側のグラントはほぼ君の知る通りだ。現実側での彼について話そう』


 グラントは、何の変哲も無い農家の生まれだった。しかしある日突然ADSへの転移を経験する。

 夢を入口にして、彼は戦乱の新天地に降り立ったのだ。

 そのADSでの経験が、やがて現実での彼も強く、賢くしていった。

 成長した彼は時流に乗り、事業を興して成功させ、今のグッドスピードの基礎を作り上げた。

 そして彼は晩年、家族にADSについて話し、一人研究を始めた。

 彼はもうその頃には、ADSに転移することはなくなっていたという。

 彼は死ぬ前にもう一度、ADSの大地を踏みたいその一心で研究に乗り出したという。

 

 グラントは、私財を用いて世界中を渡り歩いて情報を集めた。

 民間伝承から都市伝説、ナチスドイツのアーネンエルベに秘密結社・射手座の銀……信憑性のあるなしに関わらず彼は貪欲に集め続けた。

 すると、意外なことに、同じような夢を見たことがある、という人物が少数だが確かに存在していたことが浮かび上がってくる。

 グラントは彼らにも協力を仰いだ。

 そして彼らと共に秘密裏に研究機関を立ち上げ、徐々にその規模は拡大していく。

 これがプロジェクトADSの基礎になった。

 彼の死後も研究は続けられているが、研究途中で得られた副産物や将来性に目をつけた好事家や一分の国の独占したいという思惑が絡み、研究は各国で独立した。


『そして現在に至るというわけだ。ここまでは良いかな?』


 ルイージがプロジェクトの成り立ちについて軽く説明を終えると、一気に話したせいか、ふっと一息ついた。


『さっき言っていた、D世界……ADSと現実側の時間のずれについては?』


 康太郎は、軽く手を上げて質問した。


『これは後にも触れるが、結論だけ先に言おう。ADSへの転移は魂が形成した肉体を基準に、時間移動も兼ねている。我々はそう考えているよ』


『……なるほど、わかりました』


『ほう、随分すんなりと受け入れるんだね。その根拠はあるのかな?』


『経験談なんですけどね。D世界との転移は一日ずつ交互なんですよ。もし仮に二つの世界が同じ時間の流れなら、俺は、一方の世界で過した分、一方では眠り続けていることになりますが、実際にはそうじゃない。現実で一日目を過した次に目覚めるのは、D世界での一日目の朝(・・・・・)です。同じ時間の流れ(・・・・・・・)なら(・・)D世界の二日目の朝で(・・・・・・・・・)なければおかしい(・・・・・・・・)ですもんね』

 

 康太郎は自分の考えを述べた。それまでは夢であるからと片付けていたことも、こうして別の世界であることを前提に話すと、まったく別の仮説が浮かび上がってくる。

 まったく以って一筋縄でない。そのことに内心、康太郎は思わず笑ってしまいそうになる。うれしくて(・・・・・)


『ところで先ほど、魂が形成した肉体と言っていましたが』


 康太郎の問いにルイージは、そう、と頷きを返した。


『ADSでは、魂そのものが肉体を形成する。ああ……そもそも魂の実在証明について話さなければならないかな。といっても、実在が先で、理論についてまだ未完成な代物なんだが……』


 ルイージはそう言いながらも話したくてしょうがないといった様相だ。

 口外できない分野だけに、説明するのが楽しいのだろう。

 しかし、あるとわかっているものの理論は、今はそこまで重要ではないと康太郎は判断して、断りを入れようとした。


『あんたにしろ、私にしろ、実際にADSに転移しているのは魂。肉体ごと転移しているわけではないってことを知ってたら、今はそれで十分でしょう、ドクター?』


 しかし、康太郎が口を開く前に、キャスリンが話を打ち切ってしまった。


『ああ、そう、だね……』


 ルイージは、どことなく残念そうだった。


『ココノジ、他に質問は?』


 キャスリンが康太郎に言った。康太郎は、じゃあと前置きして、


『Dファクターっていうのは? 俺はネイティブとか呼んでたけど』


『次元を超えて魂を飛ばすにも適正がないと駄目なのよ。その適正を持つ者を私たちは、ディメンション(D)ファクターと呼んでいるの。そしてココノジみたいに、何の装置も無しに転移しえる人間をネイティブDファクターと呼んでいるの。私の先祖のグラントもアンタと同じネイティブよ』


『そういえば、ネイティブは、お前達の側にはいないのか?』


 康太郎の問いに、キャスリンは重く息を吐いた。


『ちょっと考えればわかると思うけど、そうそう簡単に見つけられるものじゃないわ。なにしろADSへの転移は形としては夢を見ているのと一緒なのだからね。精神科の検診記録なんかも秘密裏に入手して、これはって思うものを探しても、結局は全部外れよ』


『でも、グラントは、同じネイティブを見つけたんじゃ』


『彼は特別よ。その手について鼻が利いたのか、探知に向いたそういう能力を持っていたか、定かではないけれどね。今じゃそのネイティブも全員死亡してるし、その頃は、精査できるほどデータが取れる環境でもなかったからあんまり研究の役には立っていない……そういえば、アンタ、どうやって私を見つけ出したの?』


『ああ、理力の波長? みたいなものがあって、それを覚えてたからだな。向こうの連中は希薄だから同じ手は使えないけど、キャスリンの場合はあんだけ濃密な理力をやり取りをしたからな。そこに神経集中させて見つけ出した』


 キャスリンは康太郎の言葉に、少しだけ顔を赤くしたが、咳払いして間を持たせた。


『なるほど。……やはりネイティブは、向こうでの力を程度の差はあれど、こちらでも使えるようになるのね。グラントもアンタほどぶっ飛んでは無いけど、それでもかなりの傑物だったときくしね。向こう側の力をこちらでも使えるのなら、納得だわ』


 これで、ADSについての大まかな理解は得られたといっていい。

 ルイージたちの認識が正しければ、D世界とはやはり夢ではなく、異世界。康太郎は直接、D世界へ魂を直接転移させることの出来る、ネイティブDファクターという存在。

 本来康太郎は、確認しなければならないことが他にもあった。それは、良心に基づく正義感のようなものから来るものだったが、今の康太郎にとってはD世界との繋がりこそを優先するべきものだったため、それを黙殺した。また、言い換えればそれは身勝手な独善とも呼べるものだとわかってもいたからだ。


『さて、これから俺は実験台になるわけだけど』


 康太郎が、話を切り出した。


『まえ……キャスリン。お前に一つ確認したいことがある』


 康太郎の声音には、それまでのルイージとの問答とは異なる敵意とも呼べるものが含まれていた。


『……何よ』

  

 それを知ってか、キャスリンも雰囲気を改め、気を引き締めるように顔を真剣な顔つきになる。


『おまえ、D世界でどうして戦争なんて吹っかけたんだ?』


『いつか私たちがADSに進出するときの面倒を無くしておこうと思ったことと、必要な情報を得るのにやりやすいからよ』


『やりやすい?』


『わざわざ向こう側の機嫌を伺って情報を集めるのも手間でしょ? 全部支配してしまえば煩わしくないじゃない? グラントだってやったことよ』


『……そうか。納得した(・・・・)よ』

 

 支配すればやりやすい。そういう考えもあるのかと、康太郎は、その身勝手さに怒りを覚えたが、同時に納得もした。

 力あるものの傲慢な考えだが、康太郎がキャスリンにしていることもまた、同じ種類の話であるからだ。

 正味の話、地球上の軍隊の全てを相手にしようと康太郎は平然とそれを屈服させるだけの力量は持ち合わせている。単純に張り合っても打ち勝てるが、自身が超音速で電撃戦が可能な存在である以上、これを迎撃できる存在はそうはいないだろう。

 キャスリンの誘拐――キャスリンの手配で特に騒ぎになっていない――などという大胆なことが出来たわけのは、そんな己の力に自信があってこそだった。

 ついでに言えば康太郎は、無断で国境を越えているため、この時点で十分犯罪者である。監視網でも捉えられないスピードでの入国なため、早々露見することは無いだろう。


 だから、康太郎は、キャスリンにあの南の大陸で見た惨事や、竜人族のシンの一族にたいして行った侵攻の責任を咎める権利は無いのだ。康太郎自身の制裁は、既にキャスリンを降したことで済んでいるのだから、それ以上は只の偽善でしかない、下手すれば悪だ。


『何よ、変な奴』


 康太郎から、プレッシャーが消えたところを見計らってルイージが声をかけた。


『よし、モニタリングの準備が出来た。ミスター・ココノエ。カプセルまで案内しよう』




 

 

『こんな未来的な装置、映画くらいでしか見たこと無い』


 ルイージは、間の抜けたことを言う康太郎に、どこと無く安心を得て苦笑した。


『そうかい? 今時は酸素カプセルなんかも似たような形状じゃないかい?』


 カプセルの側の操作盤でルイージがかちゃかちゃと操作すると、カプセルの背後の大型機械から稼動音する。


『ADSシフター……これの稼動には多大な電力を必要としてね……だからこんなにも大型化しているわけなのだが……おっと今はそれはどうでもいいね。さあ、カプセルの中で横に入ってくれ』


 康太郎は言われたとおりにカプセルに入り込んだ。

 クッションが効いていて意外と心地がよい。


『カプセルのふたが閉じられたら、睡眠導入剤が君に注入される。君が眠りに付いた後、ADSシフターにより、君の魂はADSへと転移する……はずだ』


 ルイージは若干言いよどんだ。


『何分、ネイティブであるものをこの装置で使ったことは無い。正直不測の事態が起こることも予想される。それでもやるかい? 今ならまだ中止に出来るが』


 意外なルイージの康太郎の身を案じる言葉に驚きつつも、康太郎は苦笑を返す。


『いいですよ、やってください。それに成功するとは限らないし、成功したらそっちのいいデータになるでしょう? ギブアンドテイクですよ』


『そうかい。ならよかった。正直なところワクワクしているところもあってね。僕もグラントほどではないが、地球とは異なる異世界というものに憧れていてね。それを体験している君やキャスリンがうらやましい限りなんだ。私には、適正は無かったからね。将来は、ADSに誰もが往来できる……いや、交流出来るようにするのが、私の夢だ』


 少年の心を持った大人とはこういう人物を指すのだろうと康太郎は思った。

 だが、ロマンを現実にと努力することがどれほど困難で、そして尊いことか。


『では、始めるとしよう』


 カプセルの蓋が閉じてゆく。

 睡眠導入剤が康太郎の首筋に打たれ、徐々に眠気が襲ってくる。

 成功するとは限らない。

 だが次に目覚めるとき、あの世界であれば言いと願いながら、康太郎は眠りについた。







『何だこれは……!』


 ADSシフターの各種データのモニタリングをしているルイージが驚嘆の声を上げた。


『どうなってるの?』

 

 キャスリンが問う。


『稼働率が100%を越えて上がり続けている。カプセルへの負荷が上がり続けているんだ!』


 これがネイティブとの違いか! とルイージは目を血走らせながらデータに目を走らせる。


『ココノジ……アンタ、何かしているの?』













 不思議な感覚だった。

 康太郎の意識は、赤と黒のまだら模様のトンネルの中を超高速で駆け抜けていた。

 身体の自由は無い、しかし不思議と恐怖は無かった。

 トンネルを抜けた先は、エネルギーの奔流とも言うべきものが渦巻く翠色の流動の世界だった。

 その流動の世界を突破した先に見えたのは、境界線を間を挟んだ二つの星。

 一つは地球だろう。ではもう一つ、これがD世界だろうか。

 そんな風に思っていると境界線から白い光が漏れ出して二つの惑星を含めた何もかもを飲み込んでいく。


 康太郎は存在しない手を必死に伸ばそうとした。けれどもようやく見えたD世界。たかが10日程度離れていた程度なのに、今はこんなにも焦がれたあの世界へまた行きたい、その思いで必死に手を伸ばす。

 

 しかし白い光は無慈悲に康太郎の意識すらも飲み込んでいく。

 

 訪れるのは無の静寂。


「ぶはっ……!」


 だがそこに康太郎は産声を上げる。

 意志の力で、自我の存在を確立させたのだ。


「こんなところで終われるか……俺は行くんだ、俺の、D世界へ!!!」


 康太郎は吼えた。

 咆哮が力を生み、力は推力となって、康太郎の身体を前へ押した。


 無の空間にひびが入る。

 康太郎の体はそこにめがけて突撃した。


「越えろおおおおおおおおおおーーー!!!」


 パリン、と割れるような音と共に、康太郎は、無を突き抜けた。







「えっ……?」


 気が付いた先、最初に目に入ったのは、空の蒼と雲の白。

 康太郎の身体は、空の中にあり、重力と引力に従って墜ちていた。

 この空の輝きは、地球のそれとは違う。

 吸い込む空気も地球のそれとは違う。

 夢で見て、感じて、体感したD世界のもの。


「あは、はははははは」


 康太郎の口から、笑い声が漏れた。

 次第に笑いは止まらなくなり、康太郎は、


「ははははははははははーーーーーー!!!」


 喉もつぶれよと、笑い声を上げた。


「帰ってきたぞ、俺は! 帰ってきたぞ俺の、俺の!!」


 感情の昂ぶりに従い、理力がオーラとなって康太郎の体から吹き出した!


「D世界! 俺は、帰ってきたぞーーーーーー!!!! 」



 康太郎が放つ強烈な理力は、空間そのものを震わせた。

 そしてそれは、D世界の力あるものに、九重康太郎の帰還を知らせるのには十分なものだった。




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