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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第6章 東の空の一番星
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第2部 第19話 握る拳はまだ繋がっている 



 昼休み、康太郎は学校の本棟と別棟を繋ぐ渡り廊下の壁に背中から寄りかかっていた。


「あーあ、つまんないなー」

「コウ、危ないよ。それじゃあ落ちちゃうよ」


 康太郎を注意したのは神木だ。

 康太郎は半ば上半身を外へと出していたため、万が一誤って転落しそうだったからだ。

 

「え、あー、うん」


 気乗りしない風に康太郎は返し、晒した上半身を引っ込めた。


「ねえ、そりゃあ僕は、いい加減にしろとかそんなことを言ったけどさぁ……別に告白しろとは言わなかったし、しかも前より酷くなっているじゃないか」


 穂波に最初に振られたときはドス黒い陰鬱な空気を発していた康太郎だが、今では空気が抜けてしぼんだ風船のごときありようだった。


「まあ初恋は実らないって言うしね。それにコウならすぐにいい人が見つかるって」

「……なんで初恋って知ってるの?」

「あっ……」

 

 康太郎の問いに一瞬だけ神木の表情が凍りつく。

 康太郎の恋愛トラウマの過去について、神木は調べをつけているため、そうした遍歴もわかるのだが、それを康太郎に知られるのは不味かった。

 一般庶民の心理も理解している神木は、水鳥からまた聞きし、更にはわざわざ自身の家の力を用いて裏づけ調査していたことが、それがどん引きされるに値する行為であるとしっかりと認識していたからだ。


「いや、コウは、二次元にしか興味ないって言ってたし」

「ああ……そういえばそうだ……」


 納得した、というよりどうでもいいという感じの康太郎。

 とはいえ、誤魔化すことには成功した神木はそっと胸をなでおろした。


「神木君にはわからんだろうね。恋愛弱者の気持ちはさ……」


――うざい。


 神木といえども、親友といえども、この康太郎には不快な感情を禁じえない。

 とはいえ。親友だからこそ見ていられないし、立ち直らせたい。 


「――そうだね、わからないよ。僕は、恋愛なんて望めないからさ」

「……いや、聞かないからね、神木君」

「コウ、僕は――」

「あんがと。励まそうとしてくれてるのはわかるよ。けど、今は終わったことに落ち込んでるだけなんだ。まあ、時間が解決すると思う……って感じじゃないかな」


 神木の言葉を遮って、康太郎は言った。

 そして、壁から背を放して向きを買え、教室の方へ去っていった。


「今は、そっとして置くしかないか。……無力だな、僕は」


 神木は、無理に追いすがることはやめ、その小さく見える背中を見送った。







 

 そんな神木たちを物陰から見ていた女が一人。

 佐伯水鳥だ。

 無論、彼女も康太郎のがやらかしたことについては知っているし、康太郎の様子も知っていた。

 距離を置くと一度は決めた矢先に、この展開。

 康太郎の告白は、片恋慕している彼女としては最悪の展開であり、だが結果は彼女にとっては最高だった。

 女としての勝負では水鳥は負けたのだろうが、終わりよければ全て良しと言うように、最終的に水鳥が選ばれればそれでよいのだ。

 もはや、障害であった穂波はもはや障害でなく、しかも康太郎は傷心だ。付けいる隙は幾らでもある。

 だというのに。


「康太郎君……」


 水鳥は動けなかった。

 今が絶好の好機と理解しているにもかかわらず、浅ましい良心が水鳥を押し止めていた。傷心に付け入るのではなく、康太郎には真に佐伯水鳥に心を傾けて欲しいと。

 下手に手をこまねいていては、また別の女が寄ってくるとも限らないというのに。


 ああ、何故。


 そんな言葉を反芻して、水鳥は、踏み出せないでいた。

 




 

 


 眠りにつく。

 長く、長く。深く、深く。

 そして康太郎が次に目を覚ますのは、やはり(・・・)元の自室だ。

 D世界と名付けた夢ではない。

 時計が指し示すのは朝日がそろそろ顔を出してくる頃の時間。


「本当に、あれで終わりなのか」


 すでにD世界への転移をしなくなってから、10日というところ。

 アルティリアをさらったナビィを追って東大陸の帝国へ行き、そこで何度か殺されたりもして。

 真っ当な手段では情報を得られぬまま、最終的にはいかにも怪しいアンダーグラウンドに手を出そうとしていたところだったのだが。

 その矢先にD世界には行けなくなっていた。

 恋に夢中になっていたからか? などとも考えたが、原因などわかりようも無い。


「どうして、俺はこんなにイライラしてるんだろう」


 元々、D世界との決別が最大の目的だった。

 それが期せずして果たされたのだから、文句は無いはず。

 だけど実際はどうだ?

 D世界との繋がりが絶たれたことで落胆している自分がいるのだ。

 

 録画していたアニメをチェックする。

 微妙だ。今期は食指に合わないものばかりだ。

 本当に? それだけが本当に理由か?

 振られたから何事にも興味を持てなくなっているとか? 

 あるかもしれない。

 でも、本当に? 

 考えれば考えるほど、深みに嵌っていく。

 答えなんて、とっくに出ているはずなのに、何故かそこへたどり着けない。


 不意に、拳を強く握りこんでいることに気づいた。


「オーダー・エンチャント」


 何かを確かめるように静かにキーワードを唱えてイメージすれば、次第に淡く蒼い光が右の拳をから溢れてくる。


 康太郎は、じっと蒼い光を見つめる。

 その光は淡い。けれど康太郎の想いへの道筋を照らしていく。


 つながりは、まだ消えていない。


 まだ、終わっていない。


 恋も夢も同じなのだ。


 自分が納得しなければ、終わった気になれない。


「よし、決めた」


 そう一人呟く康太郎の顔は晴れやかなものになっていた。

 人間は恋だけに生きているものではないからだ。

 夢中になれるものは、康太郎には、恋のほかにもう一つあったのだ。

 恋の衝撃が強すぎて、まぶしすぎて、暗すぎて、見失っていたけれど。


「時間が解決する、か。自分で言ったりゃ世話無いぜ」


 康太郎は、期を見て動き出すことにした。

 もっともそれは、単純に、金曜日の授業が終わってから、というだけに過ぎないのだが。


 

 



 学校で康太郎は、神木に明るく挨拶した。

 それは自分はもう大丈夫だという合図だった。 


「やあ、コウ。ようやく調子を取り戻したみたいだね」

「おうともよ。今まではすみませんでした」

「その様子だと、何か新しい夢中になれることを見つけたのかい?」

「いや、これから見つけるのさ」

「そう。まあ、なんにしても、君が元気になってくれたのなら、僕はいいんだけどね」


 そういえば、この親友にも随分と暴言を吐いた気がすると康太郎は思ったが、神木が流してくれるのなら、その好意に甘えておくとした。


「穂波さんのことは完全に吹っ切れたみたいだね」

 

 神木がこんなことを言うのは、康太郎を試しているのだろう。

 康太郎は神木に問われ、少しだけずきんと胸のうちに痛みを感じた。

 けれどそれも、すぐに引いていく。

 確かにあった思慕の過去。それはやがて想い出になっていく。酸味を伴う、すこしだけ甘い想い出として。


「ま、俺には嫁が沢山いるからね。やっぱ3次元――」

「なんですって!!」


 二人の話にかぶせるように後ろから叫んだのは、


「おう、おはよう、佐伯」


 水鳥だった。


「あ、う……」


 至極まともに康太郎は挨拶を返したのだが、水鳥は何故か狼狽していた。


「なんだろうな?」

「さあ?」


 康太郎は神木と顔を見合わせた。

 一瞬、神木が黒い笑みを見せたのは、果たして、康太郎の気のせいだったか。


「あ、あのその、康太郎君……」

「そういや、最近、あんまり佐伯と話してなかったな」

「えっ……?」

 

 一瞬、呆気に取られたような顔をする水鳥。


「なんか知らんけど、最近は物陰がひっそりと見られるばかりだったよな。あれ、ぶっちゃけキモかったな」

「き、キモ……?!」


 絶句、といった風の水鳥に、構わず康太郎は続ける。


「用があるなら、普通に声をかけろよ。あんまりしつこいのはアレだけど、普通に来るなら、俺だってそう邪険にはしないんだぜ?」


 それは康太郎にとって、初めての水鳥への歩み寄りだったかもしれない。

 もっとも、二人の距離は変わったわけではない。

 水鳥が離れたから、相対的に離れた康太郎が近づいただけで。


「は、はい!」


 水鳥は、頬を少しだけ赤く染め、頷いた。

 瞳が潤んでいたのは、康太郎には、あずかり知らぬことだ。追求する気も無い。


 

 






 

 

 


 アメリカ。

 夜中の高級住宅街をリムジンと、それに前後して黒塗りのセダンが軽快に走り抜ける。

 ふんぞり返ってリムジンの後部座席に座るのは、金髪の美姫、キャスリン=グッドスピードだ。

 勝気な瞳が今は胡乱げに、外の景色を映して行く。

 ところが、車は急停車する。何事かと、前後のセダンに乗っていたSPたちが騒ぐ。

 車にはロックがかけられた。

 対弾仕様のボディとガラスは早々破れることは無い。

 響く銃声、一体何事か。

 しかし今は守られる立場のキャスリンは、気にしない。

 Spは一流のエージェントばかり。

 何者だかしらないが、自分がどうなるとは思えなかった。

 

 ところが――。


 いきなり車体が悲鳴を上げた。

 かと思うと、がしゃりと聞いたこと無い音がして、次の瞬間にはドアが引きちぎられた。

 あまりの事態に混乱しながらも、キャスリンは座席の奥へと移動し、拳銃を取り出して構えた。

 高鳴る鼓動。

 見知らぬ人間なら遠慮なく引き金を引く。

 

 空いたドアから顔をのぞかせたのは、スポーツタイプのサングラスをかけた男だ。若い。まるで少年だ。

 だがそれはどのSPとも運転手とも一致しない。

 ためらわず、キャスリンは、引き金を引いた。

 引いたはずだった。


「……えっ」


 ところが拳銃は、キャスリンの手から消えていたのだ。

 一秒にも満たない一瞬、引き金の感触が指にあったはずなのに。


「あぶねえな。流石、アメリカ。護身用とでも銃がでてくるのかよ」


 その声音は、やはり少年のものだ。

 そしてその言葉は、日本語だった。

 加えて、その声は、キャスリンの記憶にも新しい声で――。


 少年が、サングラスをほんの少しだけずらす。

 そこから覗かせる瞳を、キャスリンは知っていた。

 あの世界で、あるはずの無い再会を果たした――、


「よお、キャスリン=グッドスピード・さん。ニンジャココノエーです」


「お、お前のようなNINJAがいるか、ココノジ……!!」


 日本人離れした蒼い髪に蒼い瞳の九重康太郎だった。





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