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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第6章 東の空の一番星
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第2部 第18話 賢者モード

復活初回で予告もぶっちした上に短いですが、そのうち改善します。



これまでのあらすじ。

康太郎が穂波に告白する→断られる→なんかすっきりしないのでもう一回告白する。→丁重に拒否される→むせび泣く


 ひとしきり泣いて。ひとしきり後悔して。

 涙に濡れた目は赤く腫れて。

 無様に垂れ流していた鼻水をティッシュに吐き出して。


 すると意外にすっきりした――そんな感想を康太郎は持った。

 もちろん思い出せば、また心がじくじくと痛むけれども。

 

事実上の初恋。かつての裏切りの過去を跳ね除けるほどに膨れ上がった想いを穂波にぶつけたが、穂波は揺るがなかった。

 ならば、これが決着なのだ。

 





「ふう……」


 穂波への告白の翌日。

 盛大に気の抜けた康太郎は、事の真偽を問い正そうとするクラスメイト達の喧騒や指される後ろ指にも気にも留めない、常時賢者モードとも言うべき状態だった。


「かったるいなあ……」


 授業中、康太郎が漏らしたやけに情感のこもったつぶやきが教室に響いた。


「「「「…………」」」」


 一瞬、それまでと種類の異なる凍りつくような静寂の後、教室中の視線が康太郎の方へ向かう。

 対する康太郎は、そんな視線に気づきもしない。


「おい、九重、そんなに私の授業は“かったるい”か」


 教師に名指しで呼ばれ、康太郎はぼんやり外へと向けていた視線を教室内へと戻した。


「はい……?」


 康太郎は、何故教師がそんなことを尋ねておるのか、まるでわかっていない様子だった。

 普段の康太郎が、臆面も無くかったるいなどと言う生徒ではないことは教師も承知していたため、これも一過性のものかと諦めることにした。

 先日康太郎がやらかした衆人観衆の中での告白は、教師も耳にしているだけに、恐らく原因はそれなのだろうと当たりをつけたのだ。


「……まあ気晴らしだ。ちょっと黒板の問題を解きなさい」

 

 黒板に教師が書いたのは、数学の証明問題。本来別の生徒が答える番であったものだった。


「わかりました」


 康太郎は特に嫌そうな素振りも見せずにノートも持参せず、淀みなく答えを書き込んで行く。

 数分後、見事に完璧な証明が黒板に記された。


「……見事な模範解答だ。戻っていいぞ九重」


 自分の席に戻った康太郎に、教師はただしと付け加え、


「かったるいと思うのは勝手だが、せめて口には出してくれるな。他の人間のやる気をそぐからな」


 教師の言葉に、顔を赤くする康太郎。

 ようやく自分が何をしたのか理解して、康太郎は慌てて謝罪の言葉を口にした。


 康太郎がD世界の夢を見なくなって、早6日目の出来事だった。


 


~~~~~~





「コウ……!」


 ドレスを着せられ、魔力を封じる首をつけさせられたアルティリアがヴァンガード・クラスタの職員を名乗っていた帝国の女、ナビィに連れられたやってきたのは、棺が一つ置かれただけの小部屋だった。


 棺の中に入っていたのは首筋を切られた康太郎の死体だった。

 物言わぬ死体は、特別険しい様子も無く、静かに目を閉じ横たえていた。


「死後間もなくの身体に防腐処理の魔法をかけてあるから、綺麗なものでしょう?」


 ナビィが臆面も無く言った。

 アルティリアは、今すぐにでもナビィを殺してやりたいと願ったが、あいにく魔力を封じられた自分はあまりにも無力だった。

 それよりも今は康太郎だった。

 本当に死んでいるのだろうか。一度死んでも、また土の中で甦った男なのだ。例え寝首をかかれるようなことがあっても……


「……ねえ、コウは、いつ死んだの。いつからこんななの?」


 慎重に、震えを抑えながら、努めて冷静な声音でアルティリアナビィに問いかけた。


「死んだのは五日前ですよ」


 ……五日前? そんなに?


「残念だわ。貴女を連れて来たらもしかして、彼の身体に変化が起こるのかもと思ったけれど」


 アルティリアは、恐る恐る棺の中の康太郎の腕に触れた。


「……えっ」


 アルティリアが触れた瞬間。康太郎の体は、砂のように崩れてしまった。


「なんてこと……!」


 ナビィは、アルティリアを突き飛ばして、棺の中に手を差し入れ康太郎だった砂を手に取った。


「これは……何度殺しても死ななかった彼が意識を取り戻さなかったのは、本当に死んでいたからとでも? ということは、不死身ではなく、その蘇生には限度があったということなのかしら……」


 突き飛ばされ尻餅をついたアルティリアは、目の前で起こった事実にあっけに取られながら、いよいよ自制が効かなくなりそうだった。


「やれやれ、彼がマスターと同質の存在かもしれないと、少しばかり遊びが過ぎた弊害ですかね……なんです、その目は」


 アルティリアの殺気に満ちている視線を受けてもナビィはそれを平然と受け流した。

 ナビィはしゃがんで、アルティリアの首輪についている鎖を引っ張った。


「もう貴女をここに置いておく理由もなくなりました。死んで人形になりたいのなら、殺してあげますけど?」


 すっかり感情を失くした声で冷たく囁くナビィ。

 アルティリアは、死など恐れていなかった。だが、何も出来ず、ただ死ぬだけなのは嫌だった。

 だから弱い自分が出来る精一杯のことをしなければならないのだと、恨み辛み怒りの感情をあえて捨てた。


「……噛み付いたりしないわ。用が無いのなら、解放してもらえないかしら」


 アルティリアは精一杯の自制心で震えながらも命乞いをした。

 しばし、感情の色の無いナビィの視線に射抜かれるが、


――ぱきん。


 ナビィが触れていた鎖から力が伝わり、アルティリアにつけられた首輪が割れて、二つに分かたれて地面に落ちた。

「いいですよ。あ、少々お待ちを、貴女の持ち物と服を人形に持ってこさせます。そのままの格好で追い出したりはしませんからご安心を」


 ナビィはギルドの受付嬢らしい笑顔で言って、部屋を出ようとした。


「待って。彼の装備品を持ち帰ってもいいわよね? 遺品として持ち帰りたいわ」


「いいですよ。お好きに。あ、但し、ナインさんだったものはそのままに一応調べたいですから」


 ナビィが去り、誰もいなくなった部屋でようやくアルティリアは瞳を濡らした。


 連れ去られた挙句、相棒と言ってくれた康太郎に対して何にもしてやれなかったことが腹立たしくてしょうがなかった。

 ただ、それでも。

 あの人畜無害そうな化け物の康太郎が。

 たかが何度か死んだ程度でどうにかなる存在だとは思えなかったから。


 今の自分に出来るのは、無事に生き延びることだけ。

 だから、それをするのだ。


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