第7話 その名は、ハイパーブースター
2回目の明晰夢から覚めた今日は、お昼前にあいにくの雨天と相成った。
そんなわけで外のグラウンドが使えなくなったため、本日の体育の授業は体育館でのバドミントンとなったわけなのだが。
「ふん、ふん!!」
バドミントンは好きである。数あるラリーを続けるスポーツの中でも随一の間口の広さを誇っている。
その要因はテクニックがなくてもラリーを繋ぐことができる容易さにあると俺は思っている。
「せいりゃ、そうりゃ!!」
俺は今、全力かつ連続のスマッシュでシャトルを相手コートにぶち込んでいる。
「まだまだ! 甘いよ!」
俺のスマッシュをすべて返すのは、全国高校ランカーの神木君だ。
というか、今の俺は神木君にスマッシュを打たされているというのが正しい。
彼のレシーブは、すべて打ちごろに返されているのだ。
いったいどういう意図があってのことか。
バドミントンのスマッシュの初速は400km/h以上と言われている(この手の知識は、神木君が全国に行ったことがきっかけで調べた)
もっとも、空気抵抗がかかってすぐに減速するし、そもそも俺のスマッシュはそんなレベルには達していないのだが、それでも中々のものを打てている気がする。
しかし、そのすべてを神木君は難なく返してくるのだから凄まじい。
「あ」
ずっと飛んだり跳ねたりでスマッシュを打っていた俺はついに打ち損じた。
「それは見逃せないな!」
神木君のコートに入った打ちごろのシャトルが、彼の強烈なカウンタースマッシュによって俺のコートに突き刺さった。
「「「「「おおおおおおお~~~!」」」」」
コート待ちをしているギャラリーから歓声が上がった。
「九重の打ち込みも結構えぐかったのに……」
「それを全部リターンした神木は流石だよな~」
まったくだ。
センスある人間が必死に努力してるんだから、そりゃかなわないってもんだ。
「あーもーだめ、動けん!」
俺は体育館の隅に移動してごろんと仰向けになった。
こりゃ筋肉痛確定だな。絶対腕上がんないわ。
「ははっ、コウ。もうバテたのかい」
さわやかな笑みで、俺を見下している神木君。
汗はかいているが、呼吸は乱れていなかった。
「そりゃ、あんな風に遊ばれてたら、バテもするって……」
「遊ぶなんてそんな。こっちも真剣だったさ。コウのスマッシュ、結構強烈だったしね」
神木君は俺の隣に腰掛けた。
汗をかいていても彼に暑苦しさを感じないのは、やはりイケメンだからだろうか。
「さっきのゲーム、なんであんなことしたの?」
俺は神木君に聞いてみた。別に他意はない。純粋に疑問だった。
「あんなことって?」
「ほら、なんか打ちごろばかり返してたやつ」
「ん~、新しい練習方法ってところかな。相手に流れがある中でひたすら粘る練習」
「んで、相手のミスを虎視眈々と待つってわけだ」
俺は上半身を起こした。確かにバドにもああいった場面はなくもない。
「そういうこと。コウのスマッシュはコウが思うほど甘くない。何でもかんでもうまく拾えているわけじゃなく、危ない場面も結構あった。だから、いい練習になったよ」
「そいつはどうも。全国ランカーの練習相手になれたんなら、光栄だね」
俺は肩をすくめて、少々演技がかった口調で彼に返した。
神木君は、そんな俺に苦笑する。
「コウはさ、どうして運動部に入らなかったの」
急に何だろう。
「俺はインドア志向だぜ? そして絶望的に体力がない。運動部恒例の走りこみなんて考えただけでもゾッとする」
俺はまったく持って運動部向きじゃない。体育会系のノリにもついていけないし。
だが、そんな俺の言葉を神木君は否定した。
「嘘はいけないな。コウは器用万能選手だ。体育の授業、体育祭、球技大会、それにさっきのゲームもそうだけど、運動のカテゴリーには大概活躍している」
「俺のは器用貧乏っていうのさ。しかも俺の場合、勝負事は全部、時の運さ。相性がよかったりってだけ。それに体力測定の結果は、酷いもんだぜ? 大概平均以下だ」
「それは君が真剣にやっていないだけさ」
神木君の言葉には思いのほか熱がこもっていた。なんだろう、俺は過大評価を受けているのか。
しかし、彼の意図するところがわからない。
「む~、何が言いたい、神木君」
「いや、もしコウがバド部に入っていたら、きっと面白いことになっていたんじゃないかな~と」
俺は首を横に振って否定した。
「ないない。俺がどうしようが、面白くなるのは神木君だけだよ」
「……コウはブレないよね、色んな意味で」
軸がブレてる人生を歩んでいるつもりもないが、その軸があらぬ方向に曲がっている可能性は否定できない俺である。
「なんだいそれは、褒めているのか?」
「さあて、どっちかな」
神木君は冗談めかして答えをぼかした。
少し間をおいて、神木君が彼にしては珍しい自嘲めいた笑みを浮かべた。
すると、他の人には言わないでね、と彼は前置きして話し始めた。
「どうもね、浮いている気がするんだよね。半端にいい成績を取れたせいか、みんなとのやる気に乖離があるのか。一つ一つの練習が段々、僕一人でやっているような錯覚に陥るんだ」
……これは。部活の話、か。
「うちは進学校で、運動系の部活はそれほど熱心ではないと思う。それでも入ったからにはみんな真剣に取り組むものだと思ってた。事実、そうだった。だけど……」
そこまで言って彼は口をつぐんだ。うまく言葉にできないのか。あるいは、それ以上の言葉は憚られたのか。
しかし、彼の言いたいことはなんとなくだがわかる。
張り合いがないのだろう。日々の練習に、部活の仲間に。要するに、これはモチベーションの問題だ。
上を目指すのであれば、周りから人が減っていく。当然だ、上のステージへ行くチケットには限りがある。
自分だけが上のステージに行ってしまったが故に、彼は望む望まざるに関わらず、孤独に……いや、孤高になっていくのだ。
彼には自然と人が集まる。かく言う俺もそのうちの一人だ。
だからそうでない状況になって、彼はそのギャップに戸惑いを覚えた……と俺は考える。
「さっきのゲーム、コウはがむしゃらにプレイしてたよね。僕にも負けまいと必死だった」
俺はのめりこむ性質だし、存外負けず嫌いでもある。遊びという気軽さもあったが、確かにやるからには勝ちたいとは思っていた。
無論、勝てるとは思っていなかったけど。
「そういう、がむしゃらさっていうか、熱意っていうかさ。そんなのをコウ以外の人に求めることって……やっぱり我がままなのかな」
彼はそういうと、ため息をついて顔を下に向けた。
俺は彼でも、こうしてダウナーな気分になることもあるのだなと、ある意味で当然のことを感心した。
だが彼の問いに、俺は返す言葉がなかった。これはバド部の空気を知らない俺が答えられる問題じゃない。
しかし、一つだけ。
「ちょい待て神木君。コウ以外にはって、俺に求めることは、我がままではないのか!?」
俺はこの空気を壊すべく、あえて大げさに言ってみた。
彼は、そんな俺をキョトンとした顔で見つめていたが、少しして破顔した。
「だってコウは、そんなの求めるまでもなく、僕と本気で戦ってくれるだろ?」
……なんでそんな確信してるんだ。まあ事実だけどさ。そんなに俺は見透かされやすいのか。
「ま、あれだ。ウサ晴らししたかったら、昼休みの時間くらい、いつでも付き合うさ」
「……ありがとう、コウ」
なんてまぶしい笑顔をするんだ、神木君。俺が女なら今のでやられていたかもしれない。
「さて、と」
神木君は立ち上がると、俺に手を差し伸べた。
「コウ、今度は、ダブルスやりに行こうか」
俺はニヤリと笑みを返すと、彼の手をとって立ち上がった。
「俺と神木君のコンビだろ? すぐに終わっちゃうんじゃないか」
「コウが僕の足を引っ張らなければね」
はは、言いおるわ、こやつ。
俺は元気を取り戻した神木君とともに、コートに戻った。
……ダブルスで試合をしながら、俺はふと穂波さんのことを思った。
彼女は、神木君以上に孤高の人である。
そんな彼女も、神木君のような悩みを持つようなことがあるのだろうかと、そんな益体も無いことを。
ちなみにダブルスでは、俺たちはパーフェクトゲームを連発した。無論、俺の活躍など、ほとんど無かったが。
その日の夜。
自室にて宿題と明日の予習を軽く済ませた俺は、部屋に備え付けのクローゼットの奥にしまいこんだ、あるものを引っ張り出した。
「お、あったあった。懐かしいなあ」
それは黒一色で染められたA4サイズのリングファイル。ルーズリーフを200枚は閉じることができる、厚手のしっかりしたつくりのものだ。
ファイルの中身は、いわゆる設定集。若気の至り、その集大成である。
中二病全盛期の瑞々しくも痛々しいころに書き綴った設定の数々は、懐かしくもあり恥ずかしくもあり。
このファイルを作っていたころの自分は決して嫌いではない。
さて、なぜにこのファイルを広げたかというと、俺が見るあの夢について少しばかりまとめようと思ったからだ。
無論のこと、今日その夢を見なければ、このファイルは再び、思い出とともにクローゼットに収まることになる。
だが、もしそうでなければ? 今後もあの異世界での夢を見続けるのであれば。
……自然と俺の口が歪んでいた。痛々しい日々を思い出す。
まずは、……固有秩序に名前でも付けようかな。
あれこそまさに、俺の生命線だ。
その使い方を漠然としたものではなく、明確にできることを把握したものにしなければ、上手く使えない。
名前をつけることで力をイメージしやすくもなる、というのはなんともこじつけっぽいけど。
さて、俺の固有秩序だが、まずは能力をまとめよう。
一つ、反応速度の強化。二つ、身体能力の強化。三つ、知覚能力の強化。四つ、思考力の強化。
今わかっているのは、この4つくらいだろうか。
アンジェルの攻撃をよけられたのは、反応速度と身体能力の二つが強化されたからだし、アンジェルの動きがゆっくりに感じられたのは身体能力の強化にあわせて、知覚も強化されたからだ。
そして4つ目の思考力の強化。この4つ目は特にオーバースペックだといえる。
あのような現実とはかけ離れた状況下でも、冷静かつ高速で思考し戦術を組み立てるなど、普段の俺では到底不可能なことだ。汎用性も高そうで、使い勝手がよさそうだ。
以上の4つをまとめると……俺の固有秩序は、九重康太郎という存在の全性能を強化するもの、ということか。
この世に新たな法を作り出すというアンジェルの言葉からは遠い、随分と限定された法じゃないか。
これに名前をつけるとするならば……存在……全性能……強化……。
決めた。
俺の固有秩序の名前は、そのままズバリ「存在超強化――ハイパーブースター」だ。
安直だが、下手な名前にするととっさに名前が出てこないかもしれないし。
そんなこんなを決めていたら、時計の針は午後10時を過ぎていた。
いつもの俺の就寝時間である。
俺は早寝早起きを身上としているので、夜更かしなどしない。
「さて、もうあの夢が来たって驚かないぞ。はた迷惑とは思うけど」
俺の意識は、目を瞑ってすぐに闇に落ちていく。寝つきのよさは昔からだ。
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「う……ん……」
鳥のさえずり、差し込む朝日。
意識の覚醒とともに吸い込む空気は自身の部屋のそれではなく、どことなく澄んでいる。
「見慣れない天井ですね……っと」
案の定、俺はあの夢の世界の中にいた。
俺は今の体をまさぐるとほっと一息ついた。
前の2回と異なり、今回は全裸ではなかったからだ。
立ち上がり、両腕を上げて体全体で伸びをして、覚醒を促した。
部屋を見渡すも、人の姿は無い。やけに静かだ。
俺は手近な部屋の扉に手をかけた。
木製の扉は抵抗なく開き、その先に待っていたのは。
「…………えっ?」
「…………へっ?」
お着替え中で裸身を晒していた、アルティリア嬢でした。
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もきゅ、もきゅ。
頬に赤いモミジが出来た俺は、朝食のサラダを貪っていた。
無論、このモミジはアルティリア渾身の作である。
避けるのは簡単だけど、今回は俺が悪いので甘んじてビンタを受けました。
でも窓から差し込む光がまぶしくて、実際には肝心なアレやコレは見えませんでした。
何がラッキースケベか。これでは殴られ損である。
朝食を食べ終えると、俺はシオンとアルティリアに里の外に連れて行かれた。
言葉は相変わらず通じないので、とりあえず従う。何を意図しているかはわかりかねる。
20分くらい歩いたころだろうか。
一件のコテージが目に入ってきた。
コテージの周りを白い柵を囲っており、庭園と思しき場所には彩り豊かな花が咲いていた。
シオンが扉をたたき、何事かを話した。
少しして扉が開き、シオンたちに入室を促された俺は、そのコテージに住む一人の女性と面会した。
淡いクリーム色のブラウスの上にほんのりピンクのカーディガンを羽織り、ブラウスとは多少異なる色合いなクリーム色のロングスカートを履いた上品な佇まい。
金の髪に、蒼い瞳。そして長く尖った耳。
若々しさこそ薄れているものの、男であれば骨抜きにされてしまいそうな微笑みを浮かべる北欧系のエルフ美女だ。
シオンが彼女と二言三言、言葉を交わすとアルティリアと共にコテージを出て行ってしまった。
去り際、俺のすねへの蹴りという置き土産をアルティリアは残していって。
この女性に会わせることが、シオンたちの目的だったのか?
けど何を話せばいいのかわからず、また緊張からか、しどろもどろにしていると――
(ふふ、そんなに硬くならないで。異世界人のお方)
頭の中に、声が響いてきた。見た目どおりの、優しげで気品のある声だ。
これは、アンジェルの念話と同じ……?
俺は、ある予想から彼女に俺自身の言葉を投げかけた。
「あの、俺は、九重 康太郎って言います。俺の言葉、わかりますか?」
女性は一つ頷いて見せて、
(ええ、ちゃんと伝わっていますよ。ココノエ・コータローさんというのね? 変わった響きだわ。名前の区切りからして、どちらかは家名なのかしら?)
やっぱり!
彼女には俺の言葉がわかるのだ。
(里の長、それにシオンたちからも話は伺っています)
彼女こそは、かつて世界中を旅し、四体の王種との面会を果たした賢聖と賞賛される伝説の存在。
(私の名前はカーディナリィ。宜しくね、ココノエ・コータローさん)
俺の、この世界の最初の先生となる賢聖・カーディナリィであった。
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第8話続く。
先生、カーディナリィ女史の登場です。
アルティリアと仲良くなるのは、まだまだ先になりそうです。
感想、評価等、お待ちしております。