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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第5章 軍勢の愚帝(後編)
76/113

閑話 夏の陽炎

注意、この話はあくまでまどろむ愚者のD世界です。




 高校2年の夏休みも残り一週間を切った頃。

 D世界とR世界、不可思議な夢と現実を行き来する康太郎は寝袋を抱えて、東日本縦断という名の小旅行に出ていた。


 無論、D世界で得られ、現実でも使えるようになった力、理力を濫用してである。


 C県からスタートし、北上して北海道へ。宗谷岬を折り返し地点として南下し、最終的には東京経由で帰る計画だ。

 単純に縦断するだけなら半日と掛からないのだが、観光目的であったため、3泊4日ほどの行程だ。


 地方の名産の料理や土産物を物色しつつ、各地のアニ〇イトを巡ってスタンプラリーを制覇しつつ、日本が誇る自然の雄大さを強化された五感で味わいながら東日本縦断を順調に消化していた康太郎は、その道中、うっかり無意識に強化されていた第六感のせいで、とんでもないものを見つけてしまった。


 東京の上を遊泳飛行していた康太郎は、その日の晩御飯にありつこうと繁華街へ降りようとしていた。

 そんな康太郎の目に映ったのは、巫女服姿の金髪の少女が、全身黒装束の集団に追われていたのである。

 繁華街の中心を駆けるその一団は、しかし、他の通行人の視界には映っていないらしく、まったく感心を示していなかったのだ。

 とりわけ、少女の方など狐耳をつけて、もふもふした尻尾を揺らしているというのに。これで目を引かないほうがおかしい。


「いやねーよ。巫女さんと忍者のコスプレ集団が、なに街中でチェイスしてんだよ」


 そのまま無視を決め込んでも良かったのだが。


「これも何か縁かな」


 などと、つい興味を優先してしまった。

 康太郎は、旅行先での出会いは素敵なハプニング、などと甘っちょろいことを考えていた。

 所詮、自分の力を過信しがちな高校2年である。

 だが残念なことに、今の康太郎は過信がわりと本気で通用する超人なのだ。


 少女と集団の未来位置を予測、繁華街を出て、人気の少なくなったところを狙う。


――天式無拍子・やや弱め。


 空を軽やかに蹴って、康太郎は急降下した。




  



~~~~~~

~~~~~~



「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 巫女服姿の少女、茉莉まつりは、追われていた。


「もう、いい加減しつこい!」


 彼女はとある大神霊の眷属の娘である。ちょっと反抗期が高じて母親と喧嘩してしまい、家を飛び出したのがその日の昼前。

 バイト代(家業の手伝い)を切り崩しながら、電車を乗り継ぎ、目的地に到着。ひとしきり楽しんだ後、さあいざ帰ろうと思ったら、妖しげな黒装束に尾行されていることに気づき、とうとう馬脚を現して追いかけられ始めた。

 隠行を用いて認識の位相をずらし、一般人の目からは見えないようにしたのだが、黒装束たちは、特殊な装置を使って茉莉の姿を特定していた。


(そんなあ、ウチは、ウチはただ、大好きなバンドのライブを見にきただけなのにぃ!)


 大神霊の眷属だが、基本的には人間と変わらぬ生活を営んでいる茉莉。ごく普通に飲み食いするし、学校にも通っている。

 そんな茉莉は思春期らしく、マイナーなインディーズのバンドに嵌り、そのバンドが東京のライブハウスで単独ライブを行うとのことで、盛り上がっていたのだが。


「駄目よ茉莉、その日は神霊会合があるから」


 神霊会合は、地域に住まう神霊・妖怪の集会であり、彼らを悪しざま付けねらう<霊長会>を名乗る霊的武装組織対策や地脈管理の経過報告など、様々なことが議題に上がる場所だ。

 特に数年前に起こった大地震で、日本のパワースポット化はさらに深刻化していて、日本は経済、外交といった表層的な問題以上に危機的な状況にあるといってよい。


「いいじゃない、そんなのお母様たちだけで行ってきてよ」


 しかし茉莉は若輩で、会合に行こうが隅で落とし無くしているだけなので、参加の意義を見出せないでいたこともあって、そんな言葉が口をついて出た。

 無論、そのようなことは許されない。

 恥知らずなその武装組織は、動きが活発化しているし、茉莉は跡取り娘なのだ。

 事情に精通し、また護身する必要があるのだ。

 

 そして茉莉は家を飛び出し、このザマというわけだ。


 繁華街を通り過ぎ、静まり返った路地へと逃げ込む。

 すると何故か街灯が消えていき、周囲を闇に覆われていく。

 これは淀み、あるいおりと呼ばれる一種の霊的な結界である。

 通常とは異なる位相に限定的な別の空間を作り上げる呪術、また陰陽術だ。

 作り上げたのは、黒装束。

 茉莉はこの場所まで追い込まれたのだ。

 黒装束に先回りされ、ついに囲まれてしまう茉莉。


「ちょ……あんたらなに? まさか霊長会とかいうの、ふざけないでよ」


 だが黒装束たちは答えない。答えぬまま、じりじりとつめてくる。


「オン ノウマク サラバタタギャテイビャク ――」


 火の業だ。茉莉が真言を唱え、火炎を起こして黒装束たちを攻撃した。

 だが黒装束たちは懐から符を取り出し、


「急急如律令――」


 符に込められた水行の術が作動、火炎を払いのけた。

 

「あ、う……」

 

 術の鍛錬をサボりがちだった茉莉は、得意とする火行以外は、並以下であった。

 得意の火行が通じなければ、茉莉に自衛の手段は無い。



 そこへ蒼い彗星が降ってきた。




「え、な、なに!?」


 突然だった。濃密な蒼い霊気を身に纏いリュックサックを背負った少年が、茉莉の前に立っていた。

 こんな名も無い土地に、大神霊に匹敵する霊格の持ち主がいるなど、茉莉も黒装束たちも知らない。

 無言を貫いていた黒装束たちからも、戸惑いの声が漏れていた。


「多勢に無勢……しかもか弱い婦女子を追い掛け回すとは、いい趣味じゃないな。一体どういう了見だ」


 少年が口を開いた。威厳という意味ではいささか足りない年若い少年の声色だ。

 だが、霊気の質は、まちがいなく大神霊クラス。

 一体どこぞの神の眷属というのか。


「我ら霊長会、そこな狐女を捕縛する任を負っている。邪魔立てしないでもらおうか」


「霊長会? ……何の目的があって。このが悪さでもしたっていうのか」


「そ、そんなわけ無いじゃない! いきなりこいつらが追いかけてきたのよ」


 茉莉が抗議の声を上げた。必死な声音に嘘は無い。


「だ、そうだが」


「霊長会は、日ノ本の裏の秩序を司るもの。その狐女は我らの管理におかねばならんのだ」


「はぁ!? ふざけんじゃないわよ、あんたらただのテロ集団じゃない! 地脈をいじったり、霊体系を都合のいいように操ってる極悪人でしょう!」


「なにもわからぬ雑霊風情が……!」


「なに言っちゃってるの! ウチは、由緒正しい稲荷の――」


「あーはいはい、わかったわかった」


 茉莉たちの言い争いを、少年がさえぎった。


「とりあえず、女の子の方が正しいっぽいし――」


 少年が、腰を落として戦闘態勢をとった。


「この子に手を出すなら、容赦はしない」


 蒼い霊気に殺気が混じった。

 彼の周りが濃密な霊気で歪んで見えるほど。

 それが自分に向けられたものではないとわかってはいても、茉莉は身動きをとることができなかった。


「……ふん、およそ野良の神霊だろう。かまわん、やるぞ、お前達」


 霊長会は退却せず、少年と戦うことを選んだ。

 馬鹿な、こんな埒外の霊格を相手取るなんて、それこそ、土御門の本流だって――

 茉莉のその考察は正しかった。

 

 一つ、強い風が吹いた。

 同時に、黒装束たちはその場で倒れていた。


「え、え?」


 茉莉には何が起こったのかはわからない。

 あえて彼女に説明するのならば、少年と黒装束とでは、感じる時間の流れが異なっていた、というだけのことなのだが。 

 

「ふあっ……?」


 不意に、動けるようになった。

 少年が気を抜いたからだ。


「大丈夫?」


 少年が、茉莉に声をかけてきた。


「は、はい、大丈夫です!」


 茉莉はその場に構わず平伏した。

 顔など上げられようか。

 相手は大神霊。気まぐれに助けてくれたようだが、少しでも機嫌を損ねれば、そこで倒れている黒装束と同じ目に……いやもっと酷い目に会うに違いないと、茉莉は混乱する頭で考えた。


「え、ちょ、ちょっと」


 ところが、聞こえてきたのは狼狽する少年の声だった。 

 なぜうろたえる必要があるのだろう。

 格はこちらが遥かに下なのに。


「いや、頭上げてくれよ、そんなに畏まられても困るよ」


 頭を上げろと命じられたのだからしょうがない。

 茉莉は頭を上げた。


 月明かりが、蒼い瞳に蒼い髪の少年を照らしていた。


「えっと、君、名前は」


「あ……ま、茉莉と申します」


「茉莉さんね。とりあえず、こいつらどうしたらいいと思う?」


「へ?」


 少年は、倒れている黒装束たちを指差した。


「ど、どうしたらって言われても……」


「……わかった、とりあえず、無力化しておこうか」


 そう言って、少年は黒装束の身ぐるみをはがした。


「とりあえず武器っぽいのは回収して……」


 そして額に肉。一体何の冗談か。


「さて、茉莉さんも災難だったね」


「は、はぁ……」


 少年からは既に濃密な息も詰まりそうな霊気は感じられない。何処にもでもいそうな少年だ。


「ところで、この耳って本物?」


 少年が、茉莉の化生の象徴たる狐耳を不意に触った。


「ふひゃああ!」


 変な声が漏れた。耳は弱いのだ。


「え、本物?」


 少年も驚いたらしい。


「し、失礼しました!」


 機嫌を損ねたのではと、茉莉は反射的に謝った。

 

「いや、こちらこそゴメンね。まさか、本物だったなんて」


 少年も平謝りだった。


「あの、どうして私なんかを助けに……」


 やはり普通の少年にしか見えないと思った茉莉は、そんな疑問がつい口をついて出た。


「いや、危なそうだったし……なんかシュールだったし、これもなにかの縁かなって」


 いまいち要領を得ないことを少年は言う。


「またあんな連中に絡まれてもあれだし、家まで送るよ?」


「ふえ!?」


「あ……俺も俺で信用ならないよね、こんな頭と目だし」


 少年がふと自嘲めいた笑みを浮かべた。


「い、いえ。いえいえいえいえいえ! そうではなくてですね」


「いや、無理しなくていいよ」


「無理とか、そういうのではなくてですね……そのウチの家、京都なんです。だから送ってもらうって言っても……」


 そこそこの近所なら、この大神霊っぽい少年に送ってもらうのもありだが、家は京都、そういうわけにもいかない。


「うん……別に、いいよ。道案内してくれるなら、京都でも何処でも送るよ」


「はいぃ!?」


 ほんの少し迷っただけで、少年は送ってもかまわないとのたもうた。


「よいしょっと」


 少年は背に抱えていたリュックを身体の前側で抱えて、茉莉に背を向けてしゃがんだ。


「じゃあ、乗って」


「へ?」


「背中に乗って。おんぶするから」


「え、ええええ?」


 茉莉には少年が何を言っているわからなかった。

 まさか、茉莉を背負って京都に行くとでも言うつもりなのか。


「ほら」


 構わず、催促する少年。

 やはりそういうつもりなのか。


「えっと、それじゃあ」


 おずおずと少年の方に掴まり、茉莉は身体を預けた。


「じゃあしっかり掴まっていてね」


 少年の霊気がまた高まった。


 瞬間、景色が一変した。


「え」


 気がつけば、少年は茉莉を抱え、空高く舞っていた。


「え、えええええええええ!!」


「それじゃあ、いくよ」


 景色が置いていかれる。

 少年が空を駆ける。


「ふわーーーー!?」


 茉莉は思わず声を上げた。

 月明かりだけが照らす空を少年が駆ける。

 天より眺める日本は、人工の灯りに照らされて、けど、それはそれで綺麗だった。文明の光だ。


 そして凄まじい速度で駆けているはずなのに、風は穏やかだった。


「ねえ」


 不意に、少年から声が掛かった。

 それからしばらく、少年は色々なことを聞いてきた。

 その耳も尻尾も本物なのかとか、もしかして妖怪の人なのとか。

 まるで、こちらの世界の住人ではないとでも言わんばかりの少年に、茉莉も、貴方こそ大神霊じゃと質問を返した。


「なにそれ」


 少年は、自分はただの高校生で、今は夏休みを利用しての旅行の最中なのだと語った。


 そんな高校生がいるか! と茉莉は声を上げそうになったが、ぐっとこらえた。

 それからは二人とも打ち解けて他愛の無い話をした。勉強のことや好きなバンドの話、お勧めの観光スポットとか。

 せっかくだから京都も回ると少年は言った。


 そうこうしているうちに、茉莉の家についてしまった。

 まさか新幹線と同程度の速さで走っていたとは茉莉も思わなかったが、もはや常識など通じないことはわかっていたので軽く流した。


「茉莉!!」


 家の戸を開ける前に、武装した一族が茉莉を向かえた。

 理由は明白で、大神霊並みの霊気が何の連絡も無く近づいてきたのなら、それは警戒もするだろう。


「お母さん、この人は……!」


 少年の背から下りた茉莉は事情を説明しようとして、そのまえに叱責と抱擁を受けた。


「あ、あのー」


 あからさまに警戒されている少年が、声を上げた。


「ち、違うの! お母さん、あの人は!」


 茉莉は必死に説明した。

 状況を理解した母たちは、青ざめた顔で頭を下げてそして礼を言った。


「あーいやいや。じゃあ、送り届けたんで、俺はこの辺で」


 用も済んだと少年は背を向けて去っていく。

 それに気づいた茉莉は、まだお礼も言ってないし、名前すらも聞いていなかったことに気づいたが、


「あ、あの――」


 少年は影も形も無かった。


「一体なんだったのかしら、あの人……」


 唐突に現れて、守ってくれた少年。


 その存在は、まるで夏の陽炎のようで。


 茉莉は家に帰った後、説教を受けている最中も、ずっとそんな幻の少年のことを考えて、気もそぞろだった。


 少年を思い返した茉莉は、熱くなった頬をおさえていた。




 これより一年後、霊長会と神霊・妖怪連合は全面戦争に突入、その際に茉莉は少年と再会するのだが、そのときに彼の名前を聞けたかどうかは、また別の話。
















~~~~~~~

~~~~~~~



 一方で少年こと九重康太郎は。


「やっべ……本物の妖怪だったよ」


 実在にビビッていた。

 





重ねて言いますが、これは、まどろむ愚者のD世界です。


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