第2部 第14話 愚者は嘲笑って(わらって)、東を目指す
第5章最終話です。
「知らない天井だ」
一体何度その手のセリフを吐いてきたか。
康太郎がアンジェルとの戦いの後、力尽きて気絶した後。次にD世界で目覚めたのは、北大陸にある、とある都市の一角にある治療院の一室だった。
身体のあちこちに包帯が巻かれガーゼが張られていたが、既に傷の類は殆ど無く、あってもカサブタになっていた。
特筆すべきは、気絶する前に無くした左腕がしっかりと身体についていたことだ。
握って捻って、軽く突き出してみてもまるで違和感がない。
R世界においては左腕は――当たり前かもしれないが重要なことで――無事であり、懸案事項であった両世界観の肉体のフィードバック機能は順調に働いた、ということなのだろう。
康太郎が目覚めたことを看護士が見とめると、すぐに医師がやってきて――やはり左腕の存在には驚いていたが、いくつかの問診、触診を行った。
結果は問題なく健康体。康太郎が、ここに運び込まれた経緯と、治療費などの扱いはどうなっているのか聞くと、
「俺達が運び込んだのさ。治療費も当然冒険者協会持ちだ。といっても、ほとんど必要なさそうだな――気分はどうだ、独断専行の闘神殿?」
ちょこんと生えた虎耳の偉丈夫、A級冒険者のタウローだった。
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「簡単に言えば、斥候役のパーティが倒れているお前達と、死体になってたキャスリン=グッドスピードを見つけて、保護・搬送したってだけなんだが、それじゃあ納得いかねえわな。ん、じゃあ、順を追って説明するぞ」
まず康太郎たちが、独断専行で突撃したことは、タウローたちも把握はしていたらしい。ただ、誰も闘神という戦力を扱いきれるとも思っておらず、せっかくなので陽動役になってもらうほうがいいだろうという結論になったそうだ。
そしてやや遅れること、タウローたち冒険者連合が行動を開始しようとする前に事件が起きた。
「空を覆う白い光がいきなり現れて、あれを浴びた途端、途端に体調が優れなくなって、全員動けなくなっちまった。酷い奴は昏睡までしてたな」
白い光とは、康太郎のキャノンブリッツと謎のICBMがぶつかった時の理力同士の相克によるものだ。光は巨大で北大陸の大半に降り注いでいたらしい。
「それでようやく動けるようになったわけだが、これがまた妙で、魔物たちの襲撃が無かった。低位の魔物はこっちをみても逃げ出すだけ。高位の魔物もいたが、どうにも体調が優れないようで、俺達を見つけても、静観を決め込んでいた」
降り注いだ白い光――高密度の理力により、人間種族、魔物問わず影響を受けていたのだ。
「それで俺達は何の障害も無く移動できた。いやそれどころか」
標的そのものが既に仕留められていた、とタウローは苦笑した。
斥候部隊が先んじて見つけたのは、ボロボロに崩れたキャスリンの居城、そして、その外れの森の中で倒れていた康太郎とシン、そして物言わぬ身となっていたキャスリンだった。
状況から激しい戦闘が繰り広げられたのは明白であり、またこれも状況証拠でしかないが、キャスリン討伐は康太郎たちが果たしたのだと判断された。
独断専行をした点は褒められたものではないが、そもそも康太郎たちは責任の少ない外部協力者であるし、死傷者が出ても致し方ないともされていたクエストが結果として冒険者側の被害がゼロであった――というより何も出来なかったというのが正しいが――こともあって、そうしたマイナス点は相殺され、キャスリン討伐は康太郎たちの手柄が大きいという評価になった。
とはいえ、元からの規約に従い、報酬については康太郎たちは、少し色がつく程度でほぼ均等に冒険者達に配当されている。
何もしていないのに、報酬が出るのかよと思うかもしれないが、緊急クエストかつ上級限定という特殊性、クエストに対する拘束時間などなど、参加するだけでも割と手間がかかっているのでしょうがない部分であると割り切るしかない。
これが康太郎にしてみれば、そもそもキャスリンを無力化した上で拉致して雲隠れするという計画だったのだから、報酬が出ること事態、本来はおかしな話であるのだ。
「それで、お前とあともう一人の無事が確認されてクエストは真の意味で完了というわけだな」
「あの」
康太郎は、一つ気がかりなことを切り出した。
「キャスリン=グッドスピードの遺体は、どうなりました」
「ああ」
タウローは眉をひそめた。
「遺体は討伐対象だったこともあって、お前らと一緒に運んだんだが、今朝になって砂みたいに崩れちまってな」
「え……?」
「一応影武者って線も考慮して、引き続き調査はさせてるが……ま、何も出て込んだろうなあ。本人が生きてたら今頃魔物どもを率いて反抗しているだろう」
「そう……ですか」
康太郎はタウローから視線を外し、俯いた。
「なんだ、何か気になることでもあるのか」
「ええ……てっきり、朝には蘇生しているかな? なんて思ったものですから」
「あん? どうしてそう思うんだ?」
康太郎はしばし明後日の方をみて悩むしぐさを見せて、
「彼女は実は同郷で、俺と同じ呪いに掛かっているんです」
康太郎の口から出た思わぬ話に、タウローは目をむいた。
「おいおい、そりゃあ……」
「ええ、あまりおおっぴらに出来る話じゃありませんから、出来れば内密に。と言っても、強制は出来ませんから、出来ればってことで」
「まあ、クエストは終わったし、他ならぬお前自身が討伐してる。変な疑いをかけるような真似はせん。俺の胸のうちで止めておくよ」
康太郎は軽く頭を下げて話を続ける。
「で、呪いの話なんですが、不死の呪いというべきですかね。起源はよくわからないんですが、とにかく死なない。死んでも蘇るんです。ほら、俺の左手生えてるでしょ? こっちに運ばれるときは無かったはずですよ」
康太郎はタウローに綺麗な左手を見せた。
タウローはそれをまじまじと見てからはっとなり、
「た、確かにそうだ! お前さんがあんまりにも自然なもんだから気がつかなかったぜ」
「キャスリンも俺と同じ身なんです。同じ邪神教団の実験に巻き込まれた仲だったんですよ」
急に穏やかではない単語を出した康太郎にタウローはあっけに取られた。
「じゃ、邪神教団?」
「ええ、俺とキャスリンと他にも何人かは……彼らの実験体になったんです」
康太郎はその悲劇の半生を朗々とタウローに聞かせてやった。そもそも呪いの話からはじまり、殆どが嘘八百の話なのだが、一部に表現を変えただけの真実が含まれていたことが、康太郎を役者に仕立て上げたのだ。
下手に隠すよりは、ある程度話したほうが納得が早いだろうと思ってのことだった。
全てを聞き終えたタウローは侠泣きをしていた。
「うっ、ぐす……そうがああ……辛かったろうなあ、そりゃあ……」
気の良い男である。独断専行のわけも、その辺りのエピソードと搦めて、説得するためとか適当にでっち上げた。
「……それで、てっきり蘇っているものとばかり。いえ、きっと彼女も限界だったのかもしれません。呪われた自分の存在に……誰かに止めてもらったのかもしれません」
乾いた笑みを浮かべた康太郎に、タウローはさらに涙した。なんて悲しいサダメを背負った侠なんだ、と。
こうして康太郎は、タウローの信用を改めて勝ち取った。
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タウローとひとしきり話した後、康太郎は、シンの病室を訪れていた。
「そうですか、結局金髪の悪魔は」
「ああ、状況から察するに、ナビィっていうあのヒトがやったんだろう」
しばしの間、病室を沈黙が包んだ。
沈黙を破ったのは、シンの大きな深呼吸だ。
「なんか、すっきりしませんね」
そう言ってシンは悲しげに笑った。
その言葉に、一体どれだけの悔しさ、切なさ、やりきれなさ、そういった諸々の複雑な思いを込めたのかは、康太郎には計り知れない。
ただ、シンが、そうした感情を吐き出すことで前に進もうとしたことだけは理解できた。
彼にはやることが沢山ある。自分自身の手では叶わなかったが、一応の決着はついているのだから、そこで立ち止まっているわけにはいかないのだ。
さて、シンの場合は、外部からのダメージより、竜気転身による反動のダメージが殆どだった。
理力譲渡によるブーストがあったとはいえ、シンは己の力で王種を抑え込んでいたことになる。
であるならば、彼はやがて、単独で王種とも互角に渡り合える凄腕の戦士になるのかもしれない。
なんとも将来が楽しみな少年だ。
「とりあえず、怪我を治すことに専念……ま、俺の力も加味して2.3日って所だろうが、そうしたら、シンはそれからどうする?」
「まずは、エールを探して、そこからですね。僕以外の一族の生き残りも見つけて……あ、征竜様の面倒ももしかしたら見なきゃいけないかも」
そう言われて、康太郎も少々ばつが悪い顔をした。
振り返って康太郎は征竜・ティアケイオスに対してはダメージ以上にやりすぎた感があるからだ。
翼をもぐのはやりすぎた。
「いや、別に責めてないですよー。僕も征竜様に向かって、越えてやるって啖呵を切っちゃってますし」
そう言って、シンは冗談めかして笑った。
「あの、ところでアルティリアさんは」
「それはこっちのセリフだったんだけどな」
「……どういうことですか」
シンは、康太郎たちと別れてからは、疲れから気を失っていて、次に目を覚ましたのはこの病室であったらしい。
だから、アルティリアがナビィによって拉致されたという現場を一切見ていなかったのだ。
逆に、今初めてアルティリアがここに居ないという事実を知ったシンは、見ていてわかりやすいくらいに落ち込んだ。
「そ、そんな……」
短い期間であったが、シンとアルティリアは、康太郎に鍛えられた兄弟弟子の間柄で、シンはアルティリアに懐き、アルティリアもまた、シンを励まし、可愛がっていた。
ならばその落胆もしょうがなしというところだった。
「帝国にいるってことだけはわかっているからな、迎えにいくさ」
「あの、僕も一緒に」
「駄目だ」
ぴしゃりと康太郎はシンの願いを拒否した。
「シンには、シンの目的があるだろう?」
「そうですけど、でもアルティリアさんの事だって僕にとって大事で……」
泣きそうなシンの頭を康太郎はくしゃっと撫でた。
「――知ってるよ。でも元の目的を忘れるなよ。お前は親友と一族を取り戻すためにがんばったんだ。まずはそっちが先だ」
「はい……」
「俺の方で、アルティリアはなんとかする。そうしたら、お前に会いに行くよ。復興の具合とか気になるしな」
「ナインさん……」
「俺は俺の、シンにはシンの道がある。お互いの道がまた交わる時もあるさ」
「はい……ナインさんたちが次に会うときのために、わかりやすくしておきます」
「ん、了解だ」
そして康太郎とシンは互いの拳を軽くあわせた。
数日後、康太郎は回復したシンの背中を見送った。
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D世界で、砂のように崩壊したというキャスリンの身体。それが意味するところは一体何か。
康太郎はそれを、R世界での死と考えた。
D世界でキャスリンを倒した後のR世界で、康太郎はキャスリンに関するニュースを追った。
しかし、これといったトピックスは出てこなかった。
スーパーモデルといっても四六時中活躍しているわけではないから、最新のニュースが出てこなくてもしょうがない。
逆に死んでしまったのなら、すぐにニュースに上がるものではないかとも思っていた。
だからニュースに出てこないことに、康太郎はひとまず納得した。
キャスリン=グッドスピードはまだ死んでいない。
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北大陸から早めに離れたほうがいいとはタウローの言葉だ。
北大陸は元は戦国大陸だ。数々の小国が覇を競っている。
そこに現れたのがキャスリンという風雲児だ。
もしも彼女が、他大陸への攻撃などせず、北大陸への内政に力をいれ、社会を整え、地盤を固めたのなら。
あるいは、他大陸との平和な外交がスタートしたかもしれない。
または、余勢を駆って、今までどの国もやってこなかった、世界大戦を引き起こしていたかもしれない。
だが現実にはキャスリンは、電光石火というような速さで全世界に宣戦布告し、そして秘密裏に討伐された。
だから数ヶ月もすれば、また元の戦国大陸へ戻ることだろう。
あるいは、この混乱に乗じて、他国の介入があるかもしれない。
最も可能性があるのは東大陸のグラント正統帝国とのことだ。
そうした状況にあるから、タウローは康太郎に早めに移動することを勧め、彼は既に北大陸を発っていた。
康太郎はタウローに誘われたが、冒険者になるつもりも無かったのでやはり断った。
タウローは、やっぱりなと苦笑しながらも、また会おうと友好の握手をして二人は別れた。
そして、康太郎は。
「なあ、本当についてくるのか。想樹はいいのかよう」
康太郎は、東大陸行きの船が出る港町にいた。
(少しくらい構わん。今の想樹は、外殻にお主の攻撃を受けてさらに強固になっておるからな。もはや今の時代に、あれをどうこう出来る者がおるとは思っておらん)
康太郎が話しかけていたのは、ヒトではない。
首に巻きついている、白い小さな蛇だ。
地元のエルフが見れば信じられないであろうが、この蛇こそが世界蛇・アンジェル、その真・省エネモードだ。
康太郎に身体の大半を吹き飛ばされ、命の核と僅かな魔力を残すばかりのアンジェルはこの形態になって回復に努めていた。
といっても、数日前から康太郎からの理力譲渡を受け続けており、既に元の形態に戻れるのだが。
(だがお主は言っておったろ、“あいしぃーびぃえむ”だったか。それが飛んで来たのは、東の方角であったと。それを飛ばした主ならば、想樹を破壊することが出来るかもしれんと。ならばこの際、こちらから出向いてその真偽を確かめるのも一興よ)
そう、北大陸に放たれた場違いなICBM。D世界ではないR世界の産物をこちらに持ち込んでいる者は確実に存在する。
康太郎でも、キャスリンでもない、第三者がいる。
自ら馬脚を晒したその人間に康太郎は会う必要がある。
そしてアルティリアのこと。
(結構、酷いこと言っちゃったままだもんな、俺)
康太郎は、あの混乱の最中、興奮していたこともあって、アルティリアにキツい言葉で迫った。
邪魔をするのなら、覚悟しろと。
本心ではある。
だが、その言葉はもっと冷静に、ちゃんとした話し合いの中で言うべき言葉だ。
それに、アルティリアには一度となく二度と無く助けてもらっていた。それに気づいたのは、こうして別れた今になってだ。
戦闘力という意味ではない。
一度回復役として腕をつなげてもらったことはあるが、あれは他にも戦力がいて時間稼ぎができたからこそ。
まだ相手が一流どころならいい。アルティリア自身もオールマイティな一流だ。すでにその域にはある。
だが康太郎が相手にしているのは奇しくも世界の頂点クラスの埒外ばかりだった。
そんな中にあっては、アルティリアの戦闘力というものは当てにはならない。
しかし――旅の友というのは、ただ戦闘のときに協力するだけの存在ではない。
寝食を共にし、時に泣き、時に笑い、時に悩み、時に駄弁ることの出来る、良き話し相手なのだ。
戦闘が全体に占める時間を考えれば、そうして話し相手となっている時間の方がよほど長い。
最初は二人で旅をすることの不都合さから、康太郎はアルティリアを若干疎ましく感じていた。
だがそれは慣れとともに感じなくなり、同時に康太郎の旅に、彩りが加わり始めた。
同じ景色を見て、思い思いに感想を言い合う。食事に舌鼓を打って、喜びを共有する。時に悩み、話すことで整理する。
旅に連れがいるだけで、退屈が無くなるのだ。
その友の存在の大きさを、康太郎は痛感していた。
時に衝突することもあるだろう。違う人間なのだから。
だから、道を違える事だって間違いじゃない。
だけど、謝りもできていないまま離れることは、康太郎は嫌だったのだ。
別れるなら、せめて笑って気持ちよく別れたい。
康太郎にとって、アルティリアはもはやただの足手まといではない。気の置けない大事な友人なのだから。
「だから、アルティリア、君は必ず取り戻す」
そして、帝国特殊諜報部隊。
どこかで聞いたことがあると思ったら、かつてエルフの里を襲った一団の裏にいた存在だ。
結局、因果が巡り巡ったということだろう。
康太郎は自身の都合を優先したから、積極的に追うことはしなかったが、今度ばかりは、そうは行かない。
人好きのする笑顔を振りまいていた受付嬢ナビィがその一員だという。
騙されたと嘆きはしない。相手はプロ、こちらは素人だ。ある意味で当然の結果。
だが。
人の身内を餌にしたことは必ず後悔させてやる。
ただの素人でもD世界では超人だ。最近はR世界でもそうではあるが。
そんな素人を敵に回してただで済むと思うな。
何しろ素人だ、加減を知らない。
「アルティリアに何かしていてみろ……そのときは、必ず潰す。そして、生きていることを後悔させてやる」
(ふっ、ココノエよ。どうせなら笑うが良い。お主の場合は、笑ったほうが相手は恐怖するぞ?)
首に巻きついている友人の軽口を聞いて、康太郎は口の端を曲げた。
第5章 軍勢の愚帝……完
第6章 東の空の一番星 へ続く
これにて第5章は終了でございます。 お疲れ様でした
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