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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第5章 軍勢の愚帝(後編)
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第2部 第11話 VS.確真支配F





 不可視の糸、キャスリンの固有秩序オリジンの触媒たる霊的な繋がり(レイライン)は、しかし、康太郎にはうっすらと見えていた。

 だが触ることまでは叶わず、不意打ち気味なこともあってレイラインは康太郎の頭へと吸い込まれるように繋がってしまった。


 瞬間、電源を落としたテレビのように意識が暗転する。

 

 そしてやってくるのは、情報の流入と放出だ。情報が津波のように押し寄せてきて、逆に康太郎の側ではダムが決壊したかのように流れ出す。情報同士がぶつかり合い、混ざり合い、自意識が曖昧になる。

 しかし康太郎は歯を食いしばり意識を繋ぎとめた。

 コーヒーにフレッシュを溶かし、混ぜてしまっては元には戻らないように――意識を手放しては二度と戻れないような、そんな予感が康太郎にはあった。


 絶え間ない情報の対流を抜けたその先は――。






~~~~~~

~~~~~~




 

 康太郎の視界には、夕暮れに染まる黄昏時の公園。

 そこで、遊具のシーソーを使って、男の子と女の子が遊んでいた。


「て、てんこう~~!? な、なんで!?」 

 

 ぎっこん。一人は金髪碧眼の少女。


「なんでって……お父さんの仕事のつごうだよう」


 ばったん。もう一人は、黒髪の少年。


「どうして今までだまっていたのよ!」


 ぎっこん。少女が大声を上げる。


「いやあ、急な話だったし……言い忘れてた」


 ばったん。少年は少女とは対照的に落ち着いたものだ。


「いい忘れていたって……アンタねえ」


「なんでそんなに怒ってるんだよう」


「怒りたくもなるわよ! だって、もう会えなくなるんだよ」


 一転、少女は怒り調子を潜め、しゅんとなって動きを止めた。


「ああ……そうかな?」


「そうよ!」


「でも、お父さん“てんきんぞく”らしいから、こんな風に転校することもこれからもあると思うし。だから」


「だから?」


「こうやって遊ぶのも、今日で最後だ」


 少年は、笑顔で言った。


「……んんんんん!」


 少しだけ俯いた後、少女は、勢いよく地を蹴った。


「うおおっ!」


 当然、そんなことをすれば、少年の乗る側は急降下したよう感覚になる。しかもがたっと乱暴に地面に付くから、座っている尻が少し痛い。


「いきなりなんだよ!」


 少年が声を荒げて、少女に問うた。


「最後なんて、やだ」


「いや、最後だし」


「じゃあ、また会う。絶対、■■■■と会う。だから、もし、また会えたら」


「会えたら?」


「……また、遊ぼっ」

 

 そして景色にノイズが走る。少年も少女も周りの景色もノイズにかすんで消えていく。


 


 ノイズが消えさると、また別の場面を映し出した。


 どこかの中学校の教室。先ほどのシーソーで遊んでいた男の子が成長した姿でそこにいた。

 ざわつく教室。それも普通ではなかった。転入生が男の子のクラスに入るという話題で持ちきりだったのだ。

 いよいよ教室の戸が開き、担任教師とその後に転入生が入ってきた。

 転入生の姿を見て、一瞬教室は静まり返った。

 金髪碧眼、欧米系の顔立ち、しかもすこぶる容姿に優れた少女だった。

 だから男の子は気づかなかった。

 あまりにも美しく成長していたから、その少女が、シーソーで一緒に遊んだ女の子であることを。

 教師に促され、少女が自己紹介をした。見た目とは裏腹に、流暢な日本語だった。


「……あ」


 名前を知って、少年はようやく思い出す。目を丸くした少年に少女の目が合ったとき、少女は仕掛けが成功した時のような、してやったりというような顔をした。


 そしてまたノイズが走った。

 

 季節は巡る。少女は、すっかり学校の同級生たちにも打ち解け、それなりの地位を確立した。

 一方少年は、いまいち、少女との距離感をつかめずにいた。

 無理もない。少女は、美しく成長した。だが、少年は、埋没するかのように没個性だったのだ。

 誇れるものも特になく。


「■■■■、皆でカラオケに行くんだけど、■■■■も行こうよ」


「ん~、遠慮しとく。もう今月、小遣い無いんだ」


 誘われてもそっけなく断る少年。

 そんな少年に少女は不満たらたらだった。

 そもそも彼女からすれば、中学校の勉強など簡単すぎてつまらないし、その精神性は同年代と比べても上をいっていたのだ。

 それでも少年の学校に転入したのは、少年とまた共にあることを望んだが故。


 

 そして変化が起きる。

 少年が、とある女子生徒と付き合い始めたのだ。

 少女としては気が気ではなかった。そうとも知らず、少年は浮かれていた。


 しかししばらくして、それが、少しばかり大げさなドッキリ企画であることが公表される。

 少年は表面上落ち込むこともなく、ドッキリはただの笑いのネタになった。


 だが――。


 帰り道。少年と少女は二人きりで寒空の下を歩いていた。

 示し合わせたわけではない。

 少年の行く先は家とはまったくの別の方であったし、少女は少年の心中を察して、放っておけなかったのだ。



「なんで、怒らなかったのよ」


 切り出したのは少女の方だった。


「……ドッキリなんだ。笑い話にしておきゃ、角は立たない」


「それじゃあ、アンタの気持ちはどうなるのよ! こんな風に人の気持ちを弄ばれて! 私の気持ちだって――」

 

「……歯止めが聞かなかったろうからな」


「えっ?」


 少年は、少女を見ないまま言った。


「悔しくてたまらないさ。はらわた煮えくり返ってる。でも、そんなんだから、口よりも先に手が出そうだった。そうしたらもう、全部壊すまで止まりそうになかった」 


「……壊せばよかったのよ」


「そうもいかないさ。笑い話で終わらせておけば、記憶の片隅にしか残らない程度には風化するだろうし」


「刻み付けてやればよかったのよ! いかに愚かなことをしたのか! 心を陵辱することは、肉体のそれに引けをとらないってことを!」


 淡々と語る少年に対し、少女は激昂した。若干の嗚咽も交えて。


「お前が怒るなよ」


「■■■■が怒らないから! 私が代わりに怒ってるだけよ!!」


 少女はそっぽを向いた。

 少年は、なだめるように、少女の頭に手を置いた。目線の高さは殆ど同じだったが。


「美人になったけど、意外と変わんないなあ、お前」


「ちょ、やめろよぉ……」


 撫で付ける少年の手をうっとおしがる少女。だが、その割には少女の言葉には力がなかった。


「ありがとな。俺の本心をわかってくれる奴がいるってだけで、結構楽になったわ」


「バカ……」


 少年にすがりつく少女。二人をただ天高く昇った月だけが見守っていた。


 そして季節が巡り、桜が咲く頃。二人は恋人として付き合いだした。


 同じ高校に通い、友人に恵まれ、神木たちと出会い、騒がしいながらも充実した毎日を――。







「そんな、都合のいい話、あるわけないだろう」


 世界が、ガラスのように音を立てて砕け散る。








~~~~~~

~~~~~~







「精神を同調させ、記憶を改変させる。それがお前の固有秩序オリジン……いや、魔物を操っていたのとはまた別物だな、これは。亜種……新しい可能性かたちか」


 康太郎は意識を取り戻した。

 実際の時間としては、ほんの十数秒のことだった。

 だが、康太郎が、そしてキャスリンが感じた時間は、いままで歩んできた人生じかんに等しかった。


「だけど、俺は、お前に引っ越すことをわざわざ告げた覚えもないし、俺が辛かったとき、俺は一人で膝を抱えた。欲しかった時に欲しい手は伸びてこなかったんだよ。お前と同じでな(・・・・・・・)

 

 康太郎は、距離を置いて壁にもたれていたキャスリンに言った。


「……ずーっと忘れていたのに」


 しばらくしてキャスリンは口を開いた。


「思い出した途端、一気に抑えが効かなくなった……」


 そして、乾いた笑みを浮かべていた。

 俯くキャスリンに、康太郎が言う。


「俺と同じ、欲しいときに無かった救いの手――見たよ。お前の過去」


 改変された記憶を見る前の情報の奔流の中で、康太郎は見ていた。

 それは処理しきれず過ぎ去るだけだったものだが、自意識を手放さないようにしていただけで、図らずも存在超強化による恩恵でその一部を理解したのだ。


 康太郎とキャスリンは、一時期同じ小学校に通っていた。

 先に離れたのは、康太郎の方からだ。父親の仕事の都合、というありふれた理由による転校だ。

 問題は、そこからだった。


 康太郎が転校してから、キャスリンはいじめられるようになったのだ。


 小さい頃の康太郎は、向こう見ずな性格で、いじめの類は許さない性分だった。幼い同級生達にとっては、そんな康太郎はヒーローであり、リーダーであった。

 人気があったのだ。康太郎自身はそんなことに無頓着であったが。 

 キャスリンは良くも悪くもそんな康太郎にべったりだった。いじめから救ってくれて、しかも自分を邪険にしない相手なのだから、ある意味では当然だった。

 しかし、そのことを一部の女子や男子は内心では気に入らなかったらしい。

 だから康太郎がいる間は、<康太郎の友達>として仲良くしていても、その康太郎がいなくなれば、もはや仲良くする理由もないとばかりにいじめが始まったのだ。

 無視され、物を隠され、時に集団で囲んで暴力を。教師には巧妙に隠して味方に付け……康太郎を通してしか同級生と関わりを持てなかった(・・・・・・)キャスリンには、味方は一人もいなかった。

 幸いにして、キャスリンも家庭の事情で引っ越すことが決まり、いじめられた期間は短いものですんだが、その時期のことは、キャスリンにとっては汚点であり、今のキャスリンを作る原点になったのだ。

 

 いじめられている間、キャスリンは思った。

 康太郎がいれば、康太郎さえ……と。それが今はいない康太郎への恨みへと転化し、そしてキャスリンは自身は強くあろうと心に決めたのだ。

 


「せめて、別れの挨拶をしてれば、また違っていたかもってことか、あれは」


 当時の康太郎は、キャスリンをはじめ、誰かを特別視はしていなかった。あえて言えば、全員大事で、ことさら特別に別れを告げるのは悲しいと思ったから、何も言わなかったのだ。

 だが、自身がキャスリンの防波堤として機能しているとまでは考えが及んでいなかった。

 まさか自分と遊ぶためにキャスリンも仲間にしていたなどとは思いもしない。今も昔も、方向性は違えど、自分は特別ではないと思っていたが故に。

 

 しかし、康太郎に出来るのは同情までだった。過去のこととはいえ、謝ってすむ問題ではないし、そもそも謝罪すること自体、何かおかしいと康太郎は思った。


 だから、 


「まあ、なんつーか……大変だったな」


 そう言うだけで、精一杯だった。


「……っ! わかったような、ことを!」


 キャスリンは悔しそうに唇をかんだ。


「まあでも、今のお前は天才で、スーパーモデルで、お金持ちの勝ち組だ。俺たちと比べるまでもなく、あの時の連中には、今のお前をどうこう出来そうな奴はいないよ。だから仕返しは勘弁だ、やられるほうが気の毒すぎる」


 康太郎は本心から、キャスリンに言った。

 キャスリンについてネットで調べ、その輝かしい経歴と、美しく成長した姿を見たときには、何だこのリア充爆発しろと思ったほどだ。


 しかし――。


「それと、D世界での行動は別問題だ」


 康太郎は、右手を胸の前に、左手を胴の前に構えた。


「好き放題やって……極めつけにアンジェルだ。アイツはどう思ってるか知らないが、俺はアイツを友達だと思ってるんでね」


「ふん……知らないわよ、そんなこと」


「ああ、そうだろうよ。だが、色んな人たちの生活を踏みにじり、しかも俺の友達の心を弄んだのは事実だ。色々聞きたいことはあるが、その前にお前はぶっ飛ばす」


 康太郎は腰を落とし、存在超強化を臨界点まで持っていく。

 高められた理力があふれ出し、蒼い光となって康太郎を包んだ。


「ふん、こんな世界に何入れ込んでるんだか。来なさいよ……逆に終わらせてあげるわ」


 キャスリンは、潰された拳もかまわずに両手で構えを作って、康太郎を迎え撃つ。


「色んなことが、いよいよ動き出した。けど、俺のすることは変わらない。俺はお前を踏み越えて――」


 康太郎が、右足を踏み込んだ。


「――この道の先を往く」


 時の歩みが、徐々に停滞を始める。


――無拍子・八百万(やおよろず)


 限りなく零に近い時の中、康太郎が動いた。


 キャスリンが反応できたのは、ほんの僅かに拳一つ分程度。


 康太郎の右掌底が、がら空きになっているキャスリンの顎を捉えた。

 キャスリンの脳が揺れる。それでも意識を失うには未だ浅い。

 康太郎は、さらにもう一歩踏み込んで懐へ。


――八極、勁技の一、立地通天炮・改。


 拳を掌底にした変形の打ち上げがキャスリンの顎を捉え、そのまま身体ごとかち上げた。

 

 時間の感覚が元にもどる。結果は明白だ。

 白目をむいてキャスリンは地に伏していた。しかし息はある。

 康太郎の完全な勝利だった。


「スピードに関しては間違いなく全力全開だった。加減したと思ったのなら、それは買い被りってもんだ」


 届かないとわかっていても、康太郎はキャスリンを制する言葉を康太郎は投げた。


 一瞬、二人の間を風が吹きぬけ、静寂が包んだ。

 それが勝敗を告げる合図となった。


「コウ」


 康太郎の後ろから声をかけたのはアルティリアだ。

 疲弊はしているが、ダメージは無く壮健だった。

 肩でシンの腕を抱え、彼を支えていた。


「終わったのね。生きてるの?」


 アルティリアの視線の先には、キャスリンがいた。


「ああ。っていうか、生きてないと話が聞けないからな。……というわけでシン。この女は俺が預かる。思うところはあるだろうが、見逃せ。少なくとも、もうこいつを暴れさせないことは、約束する」


 シンは目をきつく閉じ、深く嘆息した。そして、無理矢理感情を落ち着かせ、強がった笑顔で、言う。


「はい。悔しいですけど、俺では、倒すことなんてできなかったでしょうから」


「悪いな……さて、後は」


 康太郎は空を見上げた。不気味なほどに沈黙を保ち、介入をしてこなかった、世界蛇・アンジェルを視界に入れた。


 その意味をおぼろげながら、康太郎は察していた。


「アンジェル、降りて来いよ。俺に用があるんだろう?」


 空のアンジェルに向かって、康太郎は言った。


 それを聞き入れたのか、アンジェルが静かに下りて往く。


 途中、アンジェルの身体が白い光に包まれ、その形を巨大な蛇から人の形へ、大きさも人間大へと変化していく。


 地に降り立つころには、白い光も消えていた。


 康太郎の前に立つのは薄紫の外套に赤のラインが入った豪奢な服、ともすれば和風の趣がある長衣をまとった女性だ。白い肌、風になびく髪は腰まで伸びるほどに長く、色は白銀。目には金色の輝きを湛えた破格の美しさの容貌。


 世界蛇・アンジェルが人化の法を使って変化した姿だ。


 だが、かつて想樹で見たのは、康太郎たちよりも若干幼い少女の姿。

 しかし今の彼女は康太郎よりも幾分年を取った妙齢の女性で、背は康太郎と同等か少し高い程度。女性としてはかなりの高身長だった。

 華奢だった身体は、程よく肉感的な艶のあるものになり、胸元を押し上げている。


「よう、ココノエ。久しいな。随分と見違えたな」


 アンジェルは康太郎に、旧来の友人のように気安く声をかけた。





 感想200件到達という題目の活動報告でアンケートを引き続き実施中です。

 

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