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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第5章 軍勢の愚帝(後編)
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第2部 第10話 VS.確真支配4

今回、性的な表現があります。ご注意ください。

 

 怒りの感情は、形はどうあれ、攻撃性と凶暴性を助長させる。しかしそれは人間の性能が向上することと同義ではない。

 ただ、そのベクトルが偏向しただけのことである。


 



 空を睨む康太郎の視線の先には、地ではなく空を這っている世界蛇・アンジェルだ。


「駄蛇いいいいいぃーー! 聞いてるのか、てめえ! 何こんなところまでしゃしゃり出てきてるんだ、想樹はどうした!!」


 乱暴な言葉遣い。余裕のない、むき出しの感情。

 康太郎が、豹変した。原因は火を見るよりも明らかだった。


「ひっ……あ……くっ……ううっ……!」


 キャスリンは、握りつぶされた手を庇いながら、必死に呼吸を整えていた。


(くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ……!!)


 甘く見ていたわけではない。油断していたわけでもない。

 いや、そもそも棒立ちで隙だらけの敵を攻撃することはごく自然なことだ。

 康太郎は、キャスリンの方を向いていない。まったく眼中に入れていない。

 これが屈辱でなくてなんだ。

 だから、意地でも振り向かせる。キャスリンは、なりふり構っていられなかった。


「ティアケイオス、アンジェル、この男をやれええええーーーー!!」


 キャスリンが2体の、隷属した王種に命じた。

 レイラインで繋がっているのだから、本当は、声に出す必要もない。

 だがそれでも声を出さずにはいられなかった。

 感情を滾らせた命令は、最上級の強制力を以ってティアケイオスを(・・・・・・・・)動かした。

 流星の如く降下しようとするティアケイオス。


「待っ……!?」


 ティアケイオスを止めようとしたシンの体に急に痺れがはしった。

 竜気転身を維持するだけの魔力が底をつき、反動がやってきたのだ。

 それはつまり理力譲渡オーダートランスファの時間制限がやってきたことを意味する。

 

「シン……!?」


 力を失い、落ちていこうとするシンを受け止めようとするアルティリアの耳に、


「GRUAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


 ティアケイオスの悲鳴が聞こえた。


「えっ?」

 

 キャスリンは空に釘付けになった。

 ティアケイオスの持つ雄大な翼、その片方が引きちぎられたのだ。


「ピーピーくなよ、王様だろ」


 康太郎の手によって。

 ティアケイオスは反転し、その巨腕で宙にいる康太郎を掴もうとした。


 (き、きさ、まっ――!?)


 だが、すでにその場所に康太郎はいない。

 腕が空を切る頃には残ったほうの翼も引きちぎられていた。


「GRYUUUUUUUUU!!!!」


 ティアケイオスは飛ぶことに、本来翼を必要とはしない。だが、その翼は自身の誇りの一つだった。それを両翼とも奪われたのだ。

 怒りがわかないはずがない。ティアケイオスを最大級の屈辱が支配した。

 いよいよ以って本気も本気だ。もはやキャスリンの命令など関係なく、ティアケイオスの逆襲が――


――大気が破裂した。

 同時にティアケイオスの身体に鈍く重い衝撃が突き刺さった。

 

「GRYUUUUUAAAAAA!」


 ティアケイオスの理解の及ばない衝撃だ。竜の反応速度を優に越えている。しかも――



――ど。

 悲鳴を上げている最中にまた一つ衝撃。

――ど。

 また一つ。

――ど。

 また。

――ど。

 ま。

――ど。

  。


 衝撃がティアケイオスのあちこちに突き刺さっていく。

 ティアケイオスの強靭で巨大な体躯が、たやすく蹂躙されていく。

 ティアケイオスは意識を何度も手放しそうになるが、次々とやってくる衝撃に落ちる(・・・)ことすらままならない。

 ほんの僅かな時が、何倍にも引き伸ばされているような感覚だった。

 この光景を把握できたのは、外から俯瞰できた者のみだ。

 アルティリアはその光景を見て固唾を呑んだ。 


「コウが……空をはしっている」


 空を踏み込み(・・・・・・)、康太郎が加速する。そして拳が、蹴りがティアケイオスを削っていく。

 上、左、下、右、と康太郎の軌跡は空に多角形の結晶を描いていく――康太郎は、空を鋭角的(・・・)はしっていたのだ。

 

 ……康太郎が新たに生み出した天を足場にする理法・天土。

 理力消費が少なく、単純な効果しか生まないこの理法は、しかし康太郎の戦闘力を飛躍的に向上させる。

 

 空を足場にするということは、康太郎の最大戦力<無拍子>の空中での使用を可能とする――すなわち<天式無拍子>の誕生だ。

 <天式無拍子>は空中で、地上と同等の速力と近接格闘能力を求めた康太郎の新たな力だった。 

 

 これにより空での単純な機動力はもちろん、多角的な三次元機動が可能になり、戦術の幅は格段に広くなった――そして理力による推進を併用すれば、康太郎の攻撃力がさらに強化される。


「GRU……AAA…………」


 四方八方からの無拍子による攻撃で、ティアケイオスに抗う力は残されていなかった。

 あとは地に向かって落ちて行くだけのティアケイオスだが、


「おおおおおおおおっ!!」


 康太郎が吼えた。背に背負った棍<九重>を抜き放ち、


「伸びろ、九重!」


 <九重>の先から光の帯が伸び、康太郎が<九重>を振るうと見る見るうちにその長さを伸ばしていく。

 そして長く伸びきった光の帯を<九重>を振るってティアケイオスの身体に巻きつけた。


(な、何を……)


「俺の、邪魔をするな」


 九重を自身を中心に振り回す康太郎。<九重>から出る帯に繋がれたティアケイオスの巨体もまた遠心力をつけられて振り回される。


「俺の用が済むまで、もう出てくるな」


 康太郎は、ティアケイオスに巻きついていた光の帯を解いた。

 拘束が無くなったティアケイオスは、康太郎に振り回された勢いそのままに北の山へと飛ばされた。


 この日、王種・征竜は二度目の敗北を味わった。





~~~~~~

~~~~~~



 

 ティアケイオスが、完膚なきまでやられた。

 その事実に唖然としながらも、キャスリンには解せないことがあった。

 アンジェルだ。アンジェルが自身の命令を聞かなかったことだ。

 アンジェルが動いていれば、ティアケイオスだけが、ああもう無残にやられることは無かったはずだ。


「アンジェル、何をしているの。その男を、九重康太郎を斃すのよ!!」


 しかし、アンジェルは空で身体を躍らせるだけで、


(断る)


 あまつさえ、拒否の意思まで帰ってきた。


「!? なんで……」


 信じられない。レイラインは確かにアンジェルに繋がっている。命令も昨日までは聞いていたのだ。

 なのに、この土壇場で聞かないとは一体……。


「――前島」


 気がつくと、康太郎が地に下りてきていた。


「コ、ココノジ……」


 心の臓が、その鼓動を早くする。

 キャスリンは、拳が潰されたほうの腕をだらりと下げて、もう片方の腕を前に突き出して構えた。

 康太郎はゆっくりと、悠然とキャスリンに歩み寄っていく。

 そして互いの声が届くほどに接近した。

 キャスリンから見た康太郎は、先ほどの激昂が嘘のように静かで、その顔からはいかような感情か読み取ることが出来なかった。


「ココノジ、一体何をしたの。アンジェルが私の命令を聞かないなんて、ありえない」


 途端、康太郎は不機嫌を隠そうとせず、眉を潜めた。


「何をした、だと。それはこっちのセリフだ。アンジェルを、こんな所まで引っ張り出して」


 康太郎は、あのアンジェルと顔見知りであるらしい。

 あの蛇と一体どんな因縁があるというのか。

 少なくとも、康太郎の感情をあそこまで動かす程度には……。

 こうして逢うまで、当時のことも、想いも、まったく思い出さなかったというのに。

 投げられて、拳を潰されて、追い詰められて……これがなぜか■■■。


 だが、これは戦いで喧嘩で。仲裁者もいないのだから、決着をつける以外には無い。


 康太郎が動く。それまでのような苛烈さは無く、ほんの少しだけ踏み出して駆けよってくるだけのような。

 敵意もまったく感じないステップに、キャスリンは康太郎の接近を許した。

 そして――


「パイ、ターッチ」


 康太郎の手が、キャスリンの豊かでそれでいて重力にも負けず型崩れしていていない胸に触れた。


「きゃっ……」


 思わず目を瞑り、女らしい嬌声を上げてしまうキャスリン。

 しかも康太郎は触れただけでなく、二、三度、強すぎも弱すぎもしない力で胸を揉んだのだ。


「な、何す……!」


 羞恥とかすかな疼きで顔を染めたキャスリンだが、すぐにその顔が青くなった。

 胸から手を離した離した康太郎がキャスリンに背中を見せて肉薄していたのだ。


「呼吸を乱すなよ。ここは戦いの場だ」


 呼吸を乱し、相手の呼吸もつかめない。これでは合気を使えない。


――八極、勁技の一、鉄山靠。


 康太郎は踏み込みから背中を打ちつけるように体当たり。

 流すことも出来ず、キャスリンは鉄山靠の直撃を受けた。

 キャスリンの身体は盛大に吹っ飛び、城壁に背中を強かに打ちつけた。

 それでも意識を失わないキャスリンに、康太郎が迫る。


 今度は胸を揉まれようが身包みをはがされようが決して動揺しない。

 そう自分に言い聞かせて構えをとるキャスリンだったが、


「……えっ」


 両腕が動かなかった。気がつくと両の手首に光の輪があり、それが動きを阻害しているようだった。

 

「こんな……も、の!」


 無理矢理力任せに動かすと、光の輪が霧散した。

 康太郎が殴りかかる前に体勢を立て直すことができたが、


っ……!」


 急に足に鋭い痛みが走った。呼吸が乱れ意識が散漫になる。

 足を見ると、康太郎の足がキャスリンの足の甲を踏みつけていたのだ。

 キャスリンがそんなセオリーから外れた卑怯ダーティな手段をなじる前に、康太郎の手のひらが、キャスリンの乳房の間にスッと入り込んで。


――寸勁。


 衝撃が、胸を貫いた。


「かはっ……」


 空気が漏れ、気が遠くなる。

 両膝を突く。

 そうしたらもう、あとは前のめりに倒れて意識を手放すだけだ。

 だが、キャスリンは諦めることは出来なくて。

 レイラインを、不可視の支配の繋がり(パス)を康太郎へつなげた。

 駄目で元々。この世界の人間には通用しなかったが、同じ世界の、Dファクターならば―― 


 キャスリンの最後の賭けは、限界を超えて放たれた彼女の固有秩序ルールが、思いも因らぬ結果をもたらした。


 



 康太郎が、突然意識を失ったのだ。




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