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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第1章 まどろむ愚者・誕生編
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第6話 愚者は寝床に在りついた

(後ろ盾、だと? )


「異世界人の俺は、これからこっちで生活していかなきゃならん。だがその上で必要なものがある。生活基盤だ」


ま、これっきりって可能性も無くはないが。


(生活基盤?)


(具体的には着る物、食べ物、当面の住む場所の三つ。加えてこの世界の常識、世情を教えてくれる施設、もしくは人がいればいう事なしだ。そして――)


 俺は少しだけ<ため>を入れて、


「おあつらえ向きに、そこに提供者候補がいる」 


 倒れているエルフを指差した。ククク、きっと今の俺は酷い顔をしてるに違いない。


(守り人に、それらを用意させると?)


「アンジェルに頼むわけにもいかんでしょ? 特に着るものに関しちゃなあ」


(ククク、確かにな。)


「だが、問題があってな。俺にはエルフ達が<困っているから>というだけで貸しを作ってくれる義理人情に溢れる連中とはどうしても思えん」


 そうなのだ、この世界がオーソドックスを好む俺の夢であるならば。

 エルフの性が俺の予想通りであるならば、それは俺にとっては非常に不都合なのである。


 現代日本、そこに住まう隠れオタクたるの俺の中にあるエルフ観。

 総じて美形、長命、高い魔力、非力などの特徴を持つ彼ら。

 

 だが彼らをして最も厄介な特徴がある。それは自尊心、ともすれば選民思想とも取れる自種族以外への排他性だ。


 大体のファンタジーで協力や団結が必要なときに限って、彼らは風習やその自尊心、あるいは過信から協力の類をしなかったりする。無論、一概に責められるものばかりではないが。


 まあ、そのあとは大概因果応報なしっぺ返しを食らって、手のひらを返すように協力するようになるのだが。


「そこで、アンジェルの協力がほしい。こいつらに、俺に協力してくれるように口添えしてほしいんだ。後ろ盾っていうのは、そういうことだ」


 長いものには巻かれろ。それはエルフとて同じことだ。

 王種・世界蛇であるアンジェルは、いってみれば神様寄りの存在だと俺は睨んでいる。

 

 根拠としてはアンジェルの言葉の端々に、それを匂わせる言葉もあった。

 <守り人は、世界蛇の始祖に縁があるから~>とかな。

 

「殺しあった間柄で、昨日今日知り合ったばかりの俺が、王種なんてもの凄い存在のお前にこんなことを頼むなんて、身の程知らずにもほどがあるとは思っている。だけど――」


 俺は地面に正座し、その状態から地面に手をついて、アンジェルに向けて頭を下げて平伏した。世に言うDOGEZAである。


「頼む、アンジェル。俺にはお前しかいないんだ……!」


 蛇様相手にDOGEZAする全裸の男――なんてシュールな光景なんだ……!

 だがしかし、俺は事実しか言っていない。今、一番頼れるのは、死闘を繰り広げたこいつしかいない。


(駄目だ、と言ったら、お主はどうする?)


 ……難しい質問だ。俺はどう答えるべきか。……いや、答えなぞ、一つしかない。


「どうもしない。それでも俺は、お前に頼むことしかできない」


 俺の言葉に、アンジェルは答えようとしない。しばしの静寂が場を支配する。しかし、


(ココノエよ、頭を上げよ)

 

 頭は上げない。まだ確約はもらっていない。

 そんな俺の態度に、アンジェルが嘆息したような気がしたのは、俺の勘違いだろうか?

 

 だが、そんな思いは。唐突に感じた冷たさにかき消される。

 その冷たさに命の危機を感じた俺は思考と体が戦闘モードへシフトする。これで都合3度目の切り替えとなり、ある程度任意で切り替えができたようだ。

 

 すぐさま後ろへ跳躍して、アンジェルが放ったであろう冷気のブレスを避ける。

 俺がDOGEZAしていた場所は見事に巨大な氷塊ができていた。

 

 俺は顔を上げてアンジェルを見据えた。今のアンジェルの攻撃の意図はなんだったのか。

 そんなにDOGEZAはお気に召さなかっただろうか?

 

 なまじくだらないプライドなんぞ無い俺なもんで、必要とあれば平気で頭を下げるのは、俺なりの処世術だった。

 DOGEZAはこちらの世界ではよく知られてはいないとおもうが、それでもあの姿勢から醸し出される独特なオーラの意味はアンジェルにもわかるはずだった。

 

 もし、アンジェルがまた敵意を俺に抱いたとしたら、俺はもう一度戦わなくてはいけないのだろうか。

 だが、俺はすでにアンジェルの人となりを知ってしまっている。

 

 最初の戦闘のときはよくも知らないから殺意すら簡単に抱けた。だが、今は……

 しかし、次のアンジェルの態度は俺の危惧を否定するものだった。

 

(まったく、ココノエよ。お主には我が名を呼ぶことを許しているのだぞ? お主を同等以上であると認めているからこそ、名を許したのだと、あの時言ったであろう!)

(対等である相手のあのような情けない姿なぞ……お主を認めた我の立場が無いではないか!)

(まったく……2度とあのような態度をとるでないぞ、よいな!!)


 アンジェルはご立腹だった。その怒りの矛先は俺のDOGEZAに対してのものだった。

 けれど、それは俺を対等な相手としてみているからで……つまるところそれは、俺への善意からの言葉なのだ。

 だがそれにしたって、


「いや、まあ、そう思ってくれるのはありがたいんだけどな。あの攻撃はやりすぎじゃないか? 言っとくが俺、アンジェルと違って頑丈じゃないから、一発で死ぬんだぞ?」


「ふん! 我が同等と認めている者があの程度どうにかできんでどうするというのか。我の目は節穴では無いぞ」


 ずいっと俺に顔を寄せてくるアンジェル。俺への過分な信頼は光栄だが、なんだろう、少々重い。

 

 ……なんとなく王種という存在は孤高なのかもしれないと俺はふと思った。無論、穂波さんのようなタイプとはまったく異なるが。 

  

「えっと、じゃあ、頼まれてくれるか、後ろ盾」


「彼奴らにココノエの世話をするように言えばよいのだろう? まあ、かまわんが、この貸しは高くつくぞ」


 あ、なんか意地悪く笑ってやがる……様な気がする。実際に蛇の表情を読み取っているわけじゃない。

 ともあれ、こうしてアンジェルの協力を得られたのだった。



~~~~~~~~

~~~~~~~~






 エルフの二人は兄妹で、兄はシオン。妹はアルティリアという名前だそうだ。

 アンジェルは身を低くして寝そべっているような状態。俺はそのアンジェルの体に隠れている格好である。

 

 俺は、アンジェルの仲介を受けて彼の魔法で、二人に俺の現状と希望を説明する。なお、エルフは魔力に関しては他の種族よりも優れていることが常であり、アンジェルの魔法による念話も問題なく伝わっているらしい。

 俺が異世界人であり、この世界で何の後ろ盾(正確には違うが)も持っていないこと。しばらく守り人の元で庇護を受けたいこと。そしてそのことについては何らかの形で礼をしたいこと。この3点を伝えてみた。

 

「断る!」


 さもありなん、にべもない。

 今の言葉は妹のアルティリアの方だった。まあ印象は最悪だからな。

 だけど、普段の俺ならいざ知らず、これで引き下がるとこのままずっと全裸でいる羽目になるので俺は食い下がった。


(いや、そこを曲げて、お願いします、助けてください!)


 頭は下げていない。アンジェルに怒られたばかりでもあったし。

 

「断るといったら断る! あなたみたいな得体の知れない、ましてや人間を私たちで匿うなんて!」 

 

 うーん、妹さんの方はまったく脈が無いね。

 では兄のほうはどうだろうか?


(シオンさん、何とかお願いできませんか……?)


「駄目だ。貴様が異世界人であるか知らんが、我らが里に迎えることはできない」


 やっぱり駄目か。まあ、こちらもこちらで印象としては妹ほどではないだろうが最悪に近いからな。

 となれば、やはり……


「アンジェル先生、お願いします」


 ここは念話を使っていない。まあ、念のためだ。


 アンジェルがその巨体をそっと起こし、エルフ二人を見据えた。

 思わず身をすくめる二人に、俺は苦笑を禁じえない。

 この化け物蛇にすっかり慣れ、わずかな時間にも関わらずある種の友情すら抱いている俺としては、ビビリまくっているこの二人の態度がおかしくってしょうがない。


(守り人たちよ)


「「は、はっ」」


 アンジェルに呼びかけられて、二人は同時に片膝をついて頭を垂れた。


(この異世界人の頼みを聞いてやれ)


 流石アンジェルさん、尊大な上にストレートすぎる。


「し、しかし、世界蛇様。異世界人とはいえ、この者も人間です。そもそも異世界人という話も怪しいですし、それに、その……」


 アルティリアが反論する。最後のほうは尻すぼみになってよく聞こえなかったが。


(この際、異世界人というのはどうでもよい。この者は我と同等の力を持っている。遇するにはそれだけで十分だとは思うが)


 肝心なのは素性ではなく、力量である。そう言うアンジェルは極めて堂々としている。王種というだけあって、その姿には貫禄がある。

 だがそれに反論したのはエルフ兄のシオンである。

 

「僭越ながら世界蛇様。それならば尚のこと、この男を我らが里に招くのは賛成できません。王種と同等の人間など、災いの種になることは必定です。叶うことならば、今すぐにでもこの男を殺すべきです。世界のためにも」


 本人を前にしてよく言うね。まあ悔しいが一理ある。素性も怪しい上、相手は王種と張り合える。

 エルフたちにしてみれば人の形をした爆弾みたいに感じる気持ちもわからなくも無い。


(災いの種になるなら、尚のこと、ココノエには保護が必要となる)


 しかしアンジェルはシオンの話を頭ごなしに否定せず、その危険性を認めた上で話をつなげた。


(我と同等な異世界人だぞ? ここでお主たちの手元に置かず、好き勝手にさせて見ろ。それこそ、災いになるとは思わぬか? 何しろココノエは、この通りの無手で会ってすぐの我を倒してしまったほどだからなあ。仮にこやつが気の向くまま他の王種を倒しに行くようなことになったとしても驚かんがな)


 なるほど、アンジェルさんやりおる。ちと誇張しすぎな気もするが。

 アンジェルは、俺の危険性を肯定することで、逆に庇護下におくことの必要性を説いた。

 

 つまるところ脅しをかけているわけだが、これを俺が言うのではなく、アンジェルが言いくるめていることがポイントだ。

 仮に俺が同じようなことを言ったとすると、プライドと妙な使命感のあるエルフたちは、一族総出で、俺を殺そうとするだろう。

 だが、それを王種のアンジェルが言ったならば? 別の意味が生まれてくる。つまり――


(お主たちがこの世界のことについて教えてやれ。鎖に繋ぐことは叶わぬだろうが、行動を諌めることはできるだろう。埒外の存在だが、こやつは分別のつく頭はある)


 こうなる。一定の方向性を持たせてやれば、下手なことはしないだろうと。

 俺としても悪戯に暴れる気なんてさらさら無い。

 むしろ自粛するために、この世界のことや、この世界における自分の立ち位置について、知る必要があるのだ。

 

 その事を俺はアンジェルに話してはいないが、アンジェルはその事を分かっていた。

 ずいぶん柔軟な感性の持ち主であると、俺はアンジェルのことを感心した。

 王種という孤高の存在であるにも関わらず、他者の事情を鑑みる懐の深さ。

 その存在の上に胡坐をかいているわけじゃないのだ、この御蛇様は。


(なんなら、おぬしらの長にでも直接我自身が赴き、話してもいいが?)

「なっ、世界蛇様、御自らですか!?」


 駄目押しである。正直、そこまでしてやろうとというアンジェルの心意気に惚れそうになる。

 ま、相手は蛇な上に、ナイスミドルな声の持ち主なわけで、実際に惚れたりはしませんが。

 

「に、兄さん……どうしよう」

「…………」

 

 アルティリアに問われ、シオンが黙考する。


(ふむ、お主らに説いても無駄か。ならば、おぬしらの里まで行くまでだ。行くぞ、ココノエ)


「ま、待ってください!」


 エルフたちを置き去りにして、エルフの里に向かおうとするアンジェルをシオンが引き止めた。


「分かりました、その人間を我らで保護致します」


 YES! 持つべきものは王種の友である。


(そうか、ならば、我が赴く必要も無かろう。 ココノエこれでよいのだろう?)


「ああ、ありがとう、アンジェル。恩に着るよ」


 俺は隠れるのをやめると、シオンに向かって右手を差し出した。

 しかし、シオンは俺の手を一瞥しただけでそっぽを向いてしまう。

 まあ、力技だからな。これから徐々に仲良くなることにしよう。

 

「保護はする……だがな人間」

「なに?」


 シオンは懐から、厚手の長い布切れを差し出してきた。


「その格好はなんとかしてくれ」







――ああ、そうでしたね。









~~~~~~~

~~~~~~~









 俺は、アンジェルに再開の約束をして別れた。

 最後にアンジェルが更地に元の森の姿を取り戻させたのにはたいそう驚いたが、それもまた、王種たる所以なのだろう。


 俺は嫌々ながらの案内でエルフ里への入門を果たした。里の住人の奇異の視線が痛いのなんの。

 人間云々以前に格好の問題だろうな、

 

 長や里の人間への俺についての説明は、シオンたちが行った。アンジェルがいないので、言葉が伝わらないからだ。

 皆明らかに納得していないようだったが、それでも一応の理解は得られたようだった。

 

 俺はとりあえずシオンたちの家に厄介になった。

 服は、シオンのものを借りたが、結構キツかった。こんなスタイルには一生なれそうも無いので、服のほうは後で手に入れるしかないな。

 

 その日の食事は野うさぎの肉を煮込んだシチューとパンだった。

 エルフといってもベジタリアンではないらしい。

 

 食事も終え、今後についての話し合いも含めて明日行うこととなったようで、俺は簡易的な薄いマットレスと掛け布団を押し付けるような形で渡され、そのまま床で寝る形と相成った。

 まあいきなり押しかけて、空きのベッドがあるとも思えなかったが。


 ともあれ、こうして衣食住の3つを確保できたわけで。

 問題は言葉だが、これについてはジャスチャーなどで凌ぎつつ、アンジェルやシオンたちに協力を仰ぎながら地道に覚えるしかないな。

 

 それにしても今日はイベントがありすぎた。体のほうも、今更ながらに疲れが出てきた。 

 しばらくはこの場所で、いろんな準備をしていこう。

 もっとも、この夢が今後も続いていけばの話だが。

 


 布団の中でそんなことを考えつつ、次第にやってくる眠気に身を任せて俺は眠りについた。

 







~~~~~~~

~~~~~~~






~♪ ~♪ ~♪


(携帯の……アラーム……)


 携帯電話のアラームが鳴り響くのは、俺の自室だ。

 目を覚ました俺の目に、最初に映りこんだのは。

 

「なじみの天井だ……」


 やっぱり夢だった。

 しかもはっきりとした記憶がある。

 もしこれで、今日も あの夢を見ることになれば……


「ま、そのときは、そのときか……」


 俺は眠気でぼうっとしたまま、HDDレコーダーのリモコンを手に取った。

 無論、録画した深夜アニメをチェックするためだ。


(……どんな夢を見ようが、俺のすることに変わりない)


 3度目の正直で、次はあの夢を見なくなるのか。

 2度あることは3度あるで、またあの夢を見ることになるのか。

 それについてとやかく思うことはしない。

 

 

 それは自ずと、また今日の夜に分かることなのだから。


~~~~~~

~~~~~~


第7話に続く。


感想、評価等お待ちしております。

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