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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第5章 軍勢の愚帝(後編)
68/113

第2部 第8話 VS.確真支配2

「ふっ」


 大気が破裂する乾いた音が響いた。


 ティアケイオスの衝撃波――ドラゴンブレスは、その射線上に何者を残しはしない。


「受ける、逸らす、相殺する……これに避けるが加わると戦術の幅が段違いだよなぁ」


 だが、九重康太郎は健在だった。それは当然。ドラゴンブレスの射線上にいなかったのだから。


 キャスリンの見間違いでなければ、康太郎は空を蹴り出して横に跳んだ(・・・)んで射線から逃れた。


 忌々しい。今更・・今更・・自分の前に、しかもこちらの世界に現れるとは。

 カミサマもとんだ気分屋だ。2度と逢わないだろうと思っていたあの男をこんな形で引き合わせるなど。


 しかし、アレが真実、九重康太郎であるかどうかは、ともかくとして、こちら側の人間であるかどうかは、確かめる必要はあるとキャスリンは考える。

 この世界に没入ダイブできる存在は限られている。

 もし仮に万が一、康太郎が天然の“Dファクター”であるとすれば、それはサンプルとして手に入れる必要があるだろうから。

 逆に自らと同じ存在であるならば、それは、外部に同じ環境を持っている人間が要るということだ。

 そのほうが不味いだろう。プロジェクトの成否にキャスリンはさほどの興味は無いが、ビジネスとして手を抜くことを良しとはしない。


 キャスリンは使用言語を英語に切り替えて、康太郎に話しかけた。


「あんた、本当に九重康太郎? あの“ココノジ”だって言うの?」


 康太郎は一瞬面食らいながらも、額を軽く指先で数回叩き、


「そうだよ。そっちこそ、本当に前島なんだな。ココノジなんて呼ぶのは、後にも先にも君だけだ」


 淀みない英語で返した。発音が綺麗で、癖というものがない。

 ネイティブでもそうはいないほど流暢で、それはそれで気持ち悪いが、通じるのならば目を瞑ることにした。

 どうやらあの康太郎は少なくとも幼少のキャスリンを知っており、なおかつこちら側の世界の人間のようだ。

 ならば、一体どういう目的を持って現れたか、背後には何があるのか、確かめねば成るまい。

 キャスリンはティアケイオスに命じ――


 

 大気が破裂した音がした。


 

 命じようとする前に音をキャスリンの耳が拾うと同時、不意に彼女の左側から衝撃が来た。

 脚の踏ん張りが効かず、キャスリンはティアケイオスから落ちた。

 

 混乱した、しかし反射的にティアケイオスを呼ぼうとしたが、


「えっ……!?」


 筋張った黒翼の少年と銀髪の女が、ティアケイオスの行動を阻害していた。


 キャスリンは、姿勢を正せないまま地面への激突を覚悟して目を瞑り、歯を食いしばった。


「……ん?」


 だが痛みも衝撃も何もこなかった。

 あるのは、何か受け止められた感触だけだ。


「ああ、悪い。空ぐらい飛べるかと思って」


 康太郎が、キャスリンの体を抱いていた。


 よっと声を漏らしながら、康太郎はキャスリンをそっと降ろして立たせた。


「征竜はあいつらがいるから、ここまで来れないぜ。この辺一体の魔物もなんか気を失っているし、これでお前はまるはだ――」


 キャスリンは全部言わせなかった。

 丁度拳の届くいい位置に顔面があったので、その顔面を力任せに殴りつけたのだ。


 そのエネルギーは、康太郎を数十メートルほど吹き飛ばし、途中あった城壁を何枚も貫くほどだった。


 死んではいないだろう。でなければ、壁にぶつかった時点で康太郎の体はむごたらしいことになっている。

 キャスリンの殴打を受けてなお原型を留めていたし、壁の強度よりも康太郎の体の方が頑健でなければ、石壁を突き抜けることはないだろう。


 ティアケイオスを素手で屠ったのは、伊達ではない。

 しかしこれでキャスリンにとって一つはっきりしたのは、康太郎もこちらと同程度の身体能力はあるということだ。


 キャスリンはゆっくりと、康太郎が飛んでいったほうへと歩いていく。


 歩いて何歩目だったか、右足を踏みしめた瞬間、轟音と共に土煙が上がり、その中から先ほど殴り飛ばした康太郎が飛び出してきた。


――遠慮は要らないよな?


 そう目で語る康太郎を鼻で笑うキャスリン。  


「馬鹿ね、それはこちらのセリフ」


 康太郎の伸びてくる拳を捌き、驚きに変わるその顔をつかんで突進を押さえ込み、そのまま掴んだ顔から地面へと投げつけた。


 僅かにバウンドするほど激しく投げつけられた康太郎によって地面が割れ、生まれた瞬間的な地響きが城を揺らす。

 

 目に星を散らした康太郎の顔面を、キャスリンは遠慮呵責なく踏みつけ、地面には小さなクレーターできた。


 足りないとばかりにキャスリンはもう一踏みした。クレーターがさらに広く、深くなった。


 それでも康太郎の目には光があった。動こうとする体があった。


 だから、もう一度踏みつける。轟音と共にさらにクレーターが深くなる。

 足りない、足りないから、頭といわず、腕も足も胴体も何度も何度も踏みつける。

 そのたびに地鳴りがして、康太郎の体がピクリと震える。


 康太郎から目の色が失われ、反応がなくなったところで、ようやくキャスリンは踏みつけるのをやめて、止めにその体を蹴飛ばした。

 

 現実では人間は愚か、どんな生物でも到達し得ない次元の力で連続で踏みつけたにもかかわらず、康太郎の頭はつぶれず、元の形状を保っていた。流石に鼻血は出ているし、顔は内出血していて酷いものだったが、大したものだとキャスリンは思った。


 しかし原型があるからといって、死んでいないとは限らない。

 多少やりすぎたかと、キャスリンは思った。

 もう少し、ゆっくりとなぶってやればよかったかと。

 あっけなさ過ぎて、思い出した恨み辛みを解消するどころか、中途半端になってしまっていた。


 近づいて康太郎の安否を確認しようとするキャスリン。

 だがその前に、康太郎の腕がピクリと動いた。

 そして手で地面をついて、体を震わせながら、起き上がろうとしていた。

 

 キャスリンの口の端が、キャスリンが意識することなく、自然と曲がった。

 流石は、ココノジだ。あれで終わるような安い男ではなかった。        

 自分は成長し、この世界ではさらに強大な力を得た。だがそれでもココノジは折れない。

 恨み辛みはあれど、かつて憧れた存在は今でも健在であると知ると、キャスリンの鼓動は自然と高鳴った。


 呆れるほどにヒーローでキャスリンをお姫様に仕立て上げてしまった男、ココノジ。


 立ち上がったヒーローが何をしてくれるのか。そして、どれだけ自分はそんな彼を蹂躙できるのか。キャスリンの興奮は、早くも最高潮に達しようとしていた。


 その一方で、気になるのは上空でのティアケイオスの戦いだ。

 康太郎の連れと思しき二人は、思いのほか善戦しているらしく、ティアケイオスはいまだ、彼らを殲滅できずにいた。


「何やってるのよ、ティアケイオス。さっさと片付けなさい」


 キャスリンが檄を飛ばすと、


(ふむ、結構難儀だぞ、こやつらは。貴様ほどではないが、優れた力量の持ち主だ)


 楽しげなティアケイオスの声が返ってきた。

 ティアケイオスは、大雑把で気風がいい。悪くいえば、杜撰だ。

 楽しむ余裕があるということは、勝ちは揺るがないだろうが、それでも不安は残る。一瞬の間隙をつかれ、やられでもしたら、せっかくの水入らずに水を差される事態にもなりかねない。


 そう思ってキャスリンは、もう一つ、レイラインを接続する。


 つい先日隷属した存在だ。それを呼びつけ、ティアケイオスの援護に回すため、キャスリンは指示を飛ばした。


 



 

~~~~~~

~~~~~~


 



 康太郎が一方的に蹂躙されている間、やや遅れてキャスリンの居城へやってきたアルティリアとシンは、征竜・ティアケイオスと一進一退の攻防を展開していた。

 基本的に手数ではアルティリアたちの方が上のため、パワーの差を立ち回りで補っている形となっていた。


 アルティリアがけん制を行い、シンが渾身の一撃を加えるというのが二人のスタンダードスタイルだ。


 アルティリアも瞬間的な一撃ならばシンと同等以上の域に達していたが、彼女の場合、シンよりも多量の魔力を使ってしまう。

 元々彼女の戦闘は、遊撃手としてどのような立ち回りも出来るフレキシビリティが持ち味だ。

 よってダメージディーラーをシンに任せ、自らは補助に徹している。


「GRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAA!!!!」


 まだ幼さを残すシンが、獰猛な咆哮を上げた。

 筋肉が隆起し、骨が延長して身長が伸び、顔が凛々しいものへと変化していく。

 シンが康太郎との特訓の僅かな期間で編み出したわざ、竜気転身だ。

 ドラゴニュートの奥義であり己のなかの竜の因子を活性化させて、力を増幅させる強化術の一種だ。

 

 本来、シンの年齢では体の負担が大きすぎるため、教えることも使用も禁じられている業であるが、シンはこれを独力で僅か一週間足らずで身に着けてしまったのだ。

 恐るべきは理力の恩恵か、はたまたシンの執念か。


「GAAAAAAAA!」


 翼をはためかせてティアケイオスに向かって突進。ふところへとかいくぐり、拳を力任せにその巨体へと打ち付けた。


(ふぬうう……!)


 ティアケイオスの巨体が揺れた。


(やるではないか、竜人の子よ)


 そこで初めて、ティアケイオスはシンやアルティリアに聞こえる形で念話を飛ばした。


「しゃべった!?」


「征竜様!」


 二人とも驚きを隠せない。金髪の悪魔に支配されているからてっきり意思などない物と思っていたからだ。


(貴様らほどの若い子が、一体どうしてこれほどほどの力を身につけたかは知らぬが……いい理力の波長だ)


 その声は理知的な雰囲気を乗せたものだった。それだけにシンは動揺を隠せせない。


「征竜様! 何故です! はっきりとした意思がおありなら、どうして金髪の悪魔なんかの命令を聞くのです!」


(ふふ、青い、そして若いな。瑞々しさに溢れている。熟せばいい戦士になるだろうな、貴様は)


「答えてください! 奴は、我々の里を襲い、蹂躙し、今また世界に混乱を成すものです! そんな者の命令をどうして!!」


 シンの泣き叫ぶような慟哭に、ティアケイオスは穏やかな口調で答える。


(キャスリンは強き王だ。我よりも格が上の名。強き王に従うのは当然と思わぬか)


 シンもアルティリアも信じられない思いだった。王種であるティアケイオスが、自分よりも上の存在を認めているのだ。 


(強きものが弱きものを弄るのは当然。世界に混乱? 貴様の言う世界とは、所詮はヒトが積み上げた脆い石の塔に過ぎぬ)


「そんな……王種とは、この世の管理者。孤高にして王道を往く、絶対者ではないのですか!!」


 手が白くなるほどに握り締めた拳を胸に当て、アルティリアはティアケイオスに問いただした。


(そう大層なものではない、妖精女王の眷属よ。ただ強いから我らは君臨していただけ。管理者というのは間違いではないが……それはヒトの世を指したものではない)


 常識が覆る瞬間だった。自らを取るに足らないものだという王種。

ヒトの世などどうでもいいという王種。


 アルティリアの胸中は、複雑だ。康太郎との旅が、どんどん自分の中を常識を壊していく。今までは驚きと若干の呆れ、そして未知に出会う喜びだったが、今回のこれはあまりにも悲しい。


 シンは、友人を奪い、里を蹂躙した金髪の悪魔を肯定したティアケイオスに恐れ多くも怒りを感じていた。

 そんなものに、今まで自分達は敬い、畏れていたのかと。


「ぐ……がああああああああああ!!」


 シンが吼える。体にさらに鞭を打って竜気転身による強化を行う。


「シンやめて、それ以上したら、貴方の体がもたないわ!」


 アルティリアがシンを諌めるが、その声はシンに届いていない。


「だったら……僕が……オレが……!!」


 シンの体から、紫色の魔力の光が、あふれ出る。体内に納まりきらないほどに魔力をオーバーロードさせた結果だ。


「貴方を倒して……王になってやる!!」


 シンが、再度ティアケイオスに突貫する。

 ティアケイオスもシンを向かい打つべく、ドラゴンブレスの発射体制をとる。


 そんな二人の間をさえぎるように、天から炎の壁が現れた!


「え……!」


(ぬう……)


 凄まじい熱量の炎に、二人はそれ以上を近づくことが出来なかった。


(遊びすぎだ、竜よ)



 アルティリアたちの頭に、ティアケイオスではない声が響いた。


 アルティリアは、この声に聞き覚えがあった。


「そんな……!」


 気配を感じて、天を仰ぎ見る。

 そこに長い長い体を持つ、世界の名を冠する王種が、宙にあったのだ。


 宙にあり、極温の炎を操る蛇など、アルティリアは一匹しか知らない。


「世界蛇様……!!」





バイオレンスでごめんなさい。

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