第2部 第7話 VS.確真支配
(キャハッ……やばいやばいやばい。マスター、面倒くさがりにも程があるってものでしょうっ!!)
ナビィは圧倒的かつ幻想的すらあるその光景を見て狂喜した。
空が白一色に染まり、大地に白い光が容赦なく降り注いだ。
それは本来ありえない、大出力の理力同士の相克によるものだ。
遅れてやってくる相克による衝撃は、もはや理すらも捻じ曲げ空間そのものを振動させていた。
このとき生まれ降り注いだ白い光は、相克で生まれた純粋な理力だ。
これを浴びた北大陸のヒトも魔物も、理力中毒とも言うべき状態に陥り、昏倒した。
D世界の生命体は外部から取り込んだ理力を魔力に変換する。
だが今回、外部から強制的に与えられた理力は自然吸気で得られる理力よりも遥かに多く、時間あたりの魔力変換量を超えて飽和状態になっている。
受容しきれず変換できない理力は多ければ多いほど体調に異常をきたす。
これを便宜上、理力中毒と呼ぶ。
冒険者達も例外ではなかった。
魔力変換量の多いものはかろうじて立っていられる程度で、とても戦闘ができるような状態ではなかった。
そんな中、アルティリアとシンは、眩しさに目を細めながらも体調を崩すことは無かった。
一週間行われた康太郎の理 力 譲 渡である程度は耐性が付いていたし、魔力変換量も上がっていたからだ。
そしてナビィも無事だった。彼女の場合は、アルティリアたちのような大量の理力短期間に譲渡された経験こそ無いものの、セプテントリオンのマスターは固有秩序遣いであることから、理力には長い間それなりに触れてきていたことにより、ある程度の耐性が付いていたのだ。
(本当にやる気でしたのね、マスター。“ボタン一つで終わる戦争”を!!)
ナビィは十日ほど前のセプテントリオンの円卓での会議を思い返していた。
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D世界時間、10日前。
「命令書だけ寄越してくるなんて頼み方がなってないわ」
セプテントリオンの幹部が集まる円卓の上で、マスターはキャスリン=グッドスピード撃墜命令書を無造作に放った。
「立場は上なのだから、せめて呼び出して命じるくらいはして欲しいものね」
弐番星の位置に座る男が、投げすてられた命令書を拾い上げた。モノクルをかけたタキシードを着こなす男、リンクスである。
「……以上の理由により、キャスリン=グッドスピードを抹殺せよ。手段は問わず、か。確かに、これはあまりにも……」
鉄面皮とも評されるリンクスが顔をしかめなが、命令書を隣のナビィに渡した。
「……うはッ、なんとも命知らずな。マスターを直接動かそうなんて」
ナビィは嘲るような笑い声を上げた。
他の幹部も命令書を一読してはそれぞれ別の反応をしたが、コンテにあるのは同じ、呆れの感情だった。
「では、ご命令を、マスター」
リンクスがマスターに命令を促した。
弐番星リンクスは、幹部であると同時に、マスターの副官でもある。
「――全員、待機。この命令に関しては、私だけでやる」
円卓の全員がぎょっとした。マスターが珍しく、やる気を見せているからだ。
マスターは基本的に自ら動くことをしない。
「マ、マスター、理由を伺っても?」
リンクスがマスターに問うた。
「私の世界ではね、ボタン一つで戦争するのよ?」
マスターは普段と同じ、冷ややかな声で告げた。
「動けば、皆死ぬ。だから待機」
マスターは時折言葉が足りない。そこから言葉を引き出すこともリンクスの仕事の一つだ。
「マスター。貴女様は、これから、何をするおつもりですか。何を起こすというのです」
マスターはリンクスを一瞥し、よどみなく答える。
「北の大陸を灼くわ、そのキャスリンもろとも全て。そういうことができる爆弾をキャスリンとやらいる場所へ落とすの。だから貴方たちが直接赴く必要も無い」
リンクスは、これまでのマスターの“発明”を把握している。無論、爆弾もその中にはあるが、それほど大規模な爆弾などは聞いたことも無い。
「マスター。今回の命令を実験に利用するつもりなのですか」
「ええ。今、色々頭に浮んでいる。だから試してみたい」
マスターは知的欲求を満たしたいだけの子供のようだった。
大人びた容姿とのギャップは、ただ幹部達の肝を冷やすだけだった。
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「はぁ、はぁ、はぁ……くそッ、なんだよ、これ」
康太郎は、存在超強化を使っているにも関わらず、呼吸を乱し、汗をかいていた。
ファンタジーそのもののD世界にICBMなどという現実の戦略兵器を持ち出されたことには流石に動揺したし、キャノンブリッツを放つために相応の無茶をした駄目だ。
ICBMの存在が示すのは康太郎でもなく、キャスリンでもない現実(R)世界の第三者の存在だ。
「ホント、動くときは一気に動くもんだよな……」
「コウー!」
アルティリアたちが追いついてきた。そこにナビィの姿は無かった。
「あれ? ナビィさんは?」
アルティリアは首を横に振った。
「わからない、途中で姿が見えなくなって。もしかしたら、さっきの白い光のせいかも。ここに来る道中、魔物や森の動物を見かけたけどもみんなぐったりしていたわ。 それよりもさっきのは、一体なに?」
「あれはICBMっていってな、俺の世界にある兵器だよ。俺も実物は見たこと無かったけど」
アルティリアは眉をひそめた。
「え? あれって、キャスリンのいる方向から来たわけじゃないよね? ってことは――」
「ああ、なんかわからんが、俺の世界の住人が、キャスリン以外にもう一人いる可能性が出てきた」
康太郎がアルティリアの言葉を引き継いだ。
「最悪以上だ。想定よりもおかしなことになってる。とにかく急ごう」
康太郎たちは気をとりなおし、キャスリンの居城までの道へ再度目指した。
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キャスリン=グッドスピードは、今まさに眠ろうとしていた。
だが、まどろみに溺れるその直前に響く轟音、震える寝室の震動により、キャスリンの意識は無理矢理覚醒状態にさせられた。
「はぁ!? なにが起こったの、一体!?」
キャスリンはベッドから起き上がった。無理矢理な覚醒だったせいか、軽くめまいを感じながらもキャスリンは窓から空を見た。
「何よ、この白いの――」
同時に今度こそ、キャスリンは意識を覚醒した。
空から感じる膨大な理力にキャスリンも中てられたのだ。
(ありえない、こんな……私以外に“Dファクター”がいるとでも?)
キャスリンは椅子にかけていた黒色のジャケットを、ネグリジェの上から羽織り、寝室を出た。
「ちょっと、誰かいないの」
城内は先の白い光にまつわる一連の騒動を意に介していないように静かだった。
キャスリンは、元々あった小国の主となっていた。
北大陸では、主がすげ変わることはよくあることだった。
そのため、待遇さえ用意すれば、武官文官はともかくも使用人レベルでは従順に従っていた。
その使用人たちは軒並み昏倒していた。
「ちょっと、どうしたっていうの!?」
倒れている使用人の女を揺さぶって起こそうとするが、目を覚ます様子は無かった。
「まさか」
キャスリンは固有秩序を発動させ、ネットワークの構築を図る。魔物を支配下に置くための霊的なつながりを全方位に敷くのだ。
「やっぱり、こっちも駄目か」
レイラインで構築されたネットワークは、魔物は捕捉していたが、
肝心の受信側の手ごたえがない。
唯一無事なのは、常時接続している黄金の竜。征竜・ティアケイオスのみだった。
キャスリンは城の中庭まで移動し、
「ティアケイオス!」
征竜を呼びつけた。
ティアケイオスは、彼女が唯一常時接続を行っている数少ない個体だった。
ちなみに彼は、一度キャスリンが力ずくで降してから、改めて彼女の固有秩序で支配下に入っている。
これにより彼女の固有秩序は、無条件で王種以下の人間以外の生物を無条件で服従できるようになった。
突風と共に中庭の上空に現れたのは、黄金の巨大竜・ティアケイオスだ。
キャスリンは、少しだけ膝を曲げ、そして両足で空高く飛び上がり、ティアケイオスの頭の上に乗った。
「ティアケイオス。さっきの白い光、アレは何」
(あの光は、純粋な、原初の理力だ。だが、今の世界に何者にも染まっていない白い光など、存在しない)
キャスリンの頭の中に響いてきたのは、精悍な男の声――ティアケイオスの念話だ。若々しさは無いが、精力、威圧感は十分すぎるほどに感じる。
「でも現にあるじゃない」
(純粋な白は創造の色だ。擬似的な再現ともなれば、異なる理力同士が相克ならば、あるいは生まれるかも知れぬが)
ティアケイオスはキャスリンに隷属している身だ。だが、彼には、
そのことに対する、恨み辛みは一切無い。
これが、キャスリンの固有秩序の恐ろしいところだ。
キャスリンの格さえ十分ならば、隷属した段階で、主に対する忠誠には一切の混じり物も存在しない。それどころか、親愛の情すら隷属者は主に抱くだろう。
キャスリンはこの力に、特に名前は付けていない。気がつけば出来ていたし、便利だから使う。それだけのこと。
固有秩序だの理力だのは後から説明を受けて知ったことだ。
だが、その秩序、もしも康太郎が知り、名付けたとするならば、こう呼称される。
――確真支配
「まどろっこしい言い方は好きじゃないわ。はっきり言いなさい」
(理力を操る存在がいるやもしれん。一人、あるいは二人)
「ふーん」
キャスリンは、ティアケイオスの話を聞きながら、手持ち無沙汰なのか、長く手入れされた金髪を指に巻きつけたりして弄ぶ。
「でもさ、理力ってあんたらじゃあ使えないものとかって設定じゃなかったっけ?」
(設定とか言うなキャスリン。我は、貴様の創作物ではない)
「うるさいよ。で、どうなの」
(うむ、この世界に理力を操る存在など、そうはいない。貴様のような例外を除けばな)
つまり、同類がいるということだ。キャスリンと同じく、理力そのものあやつり、固有秩序と言う名の新たな法則を裁定できる輩が。
「おーい、前島ぁーー!」
そして声が、空から降りてきた。蒼い光を背中に背負って。
そして、男が話したのは、この世界で話されている公用語ではなく、日本語だった。
見た目は東洋人。その顔には特に見覚えも無かったが、唯一つ、キャスリンには自身を前島と呼んだことが引っかかった。
キャスリンの本名は、キャスリン=前島=グッドスピードだ。
だが、どんなメディアにもプライベートでさえ、前島の名前はキャスリンが記憶する限り出した覚えが無かった。
「なんだよ、前島。久しぶりだっていうのに、なんの反応もないのかよー」
気安い男の声が耳障りだった。自分を見下ろしているのも気に食わない。キャスリンは日本語をもう随分と使っていないから、よくわからない男の言うことがいまいちわからず、余計にいらだった。
キャスリンは、男をにらみつけた。
「おお、怖い怖い。ま、らしいといえばらしいけどさ。――俺だよ、九重! 九重康太郎ー!!」
KOKONOE……?
キャスリンを前島とよび、ココノエと名乗る男。この符号が、キャスリンの旧い記憶を呼び起こした。
――おい、ガイコクジン! なんだよこの髪
――いたい! はなして!
――ガハハハ、ニホン人だから、ニホン語で話せよ! えいごで喚いたってわかんねえよ!
――ほら、何とかいえよ!
一時期、キャスリンは日本にいた。
そこで彼女は、ガイコクジンという理由で目をつけられ、男子からの虐めを受けていた。
――やめて! やめなさいよ!!
日本語が話せないわけではなかった。だが、錦糸ような金髪と碧い瞳、愛らしい容貌は、子供にはただの異端に映ったらしかった。
――こら、なにやってるんだ!
そこへ乱入してきたのは、一人の少年だ。
特に特徴らしい特徴もない。同じような顔をしているから当然だ。
――なんだよ、九重、ガイコクジンをかばうのかよ!
少年は言葉の変わりに、虐めの大将格の少年のすねに蹴りを喰らわせた。
――いってえ!
――この、九重!
――なにすんだよ!
大将格の少年のほかに2人いて、九重と呼ばれた少年を囲む。
九重は包囲をかいくぐり、ひたすら少年達のすねを蹴る。
それを何度か繰り返して、
――お、おまえ、ヒック、な、あ、うわあああああん!
最初に音を上げたのは大将格の少年だった。
それにつられて、大将格の取り巻きの少年達も泣き出した。
――うるさい。
泣き出した少年たちのすねをさらに九重は蹴った。
バランスを崩して少年達はバランスを崩して倒れた。
――いじめかっこわるいって、学校でならっただろ!
九重は泣いている少年達に大声で言った。
――ぶたれるかくごがないやつが、いじめなんてもってのほかだって、お父さんが言ってたぞ!
その後も少年達への九重の罵倒は続き、もう二度としませんと何度も言わせられたあと、少年達はとぼとぼと帰っていった。
そして九重は、キャスリンに向き直り、
――えっと、もうだいじょうぶだ!
――え?
九重がキャスリンに手を伸ばしてきた。
キャスリンは得体が知れない、少年達の撃退した九重のことが怖くなり、とっさにその手を跳ね除けた。
――あー、うん、だいじょうぶならいいんだ!
やってしまったと思ったときはもう遅かった。
九重は、キャスリンを結果として助けたのに。
――じゃあ、おれ、もう帰るから。
結局九重は、キャスリンとそのまま何かを話すことなく帰っていった。
後日、思いがけない形で再会するのだが、とにかく、これが、二人の出会い、最初の記憶だった。
キャスリンは思い出した。
空に浮ぶ、東洋人のことを。よく見れば、面影が無くも無いというレベルだったが。
少なくとも、九重と名乗る人間を、キャスリンは一人しか知らない。
「ああ、思い出した……九重とか言うそんな馬鹿もいたわね」
キャスリンの小さくつぶやいた独り事は、康太郎の耳に果たして届いただろうか。
「やれ、ティアケイオス!!」
キャスリンは、言葉の代わりに。ティアケイオスに命じてドラゴンブレスを康太郎に向けて発射した。