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まどろむ愚者のD世界  作者: ぱらっぱらっぱ
第5章 軍勢の愚帝(後編)
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第2部 第6話 開戦の号砲



 いずれの世界がいかような情勢にあろうとも、夜が明ければ陽が昇るのと同じく、眠って次に目を覚ますのはもう一方の世界というのは、九重康太郎にとっては数ヶ月前から――体感時間で半年以上前からの決まりごとスタンダードだ。


 だからD世界でどれだけシリアスな状況が極まっていても、眠ってしまえば或る意味D世界なんて目じゃないくらいに平和で混沌のR世界に問答無用で回帰する。


 康太郎の家から電車を乗り継いで2時間のところにある室内競技場で、全国高校バドミントン選手権、男子シングルスの決勝大会が行われていた。


 強豪ひしめく中、去年まで無名だった進学校の生徒が一人、とんとん拍子で勝ち上がっていた。

 彼の名は神木征士郎。天から二物も三物も与えられた、カリスマあふれる康太郎の親友であった。


 そんな彼を階上の観客席から――ただし、彼の応援団からは距離を置いて――見物していたのは、我らが主人公、九重康太郎だ。


 応援団といってもクラス有志の集まりが殆どだ。そのまとまりとは別に彼を応援する黄色い声援を送っているのもいた。

 康太郎もはじめはクラス有志の元へ向かったのだが、彼の頭を見たものは一様に目を丸くしていた。


 その一房だけ蒼い髪に。


 それなりに整っているとはいえ純正(?)日本人の康太郎には蒼色メッシュは荷が勝ちすぎていたのだ。

 

 髪染めで対処しなかったのは、夏休みだから良いかという思いと、そもそも成りたくなったわけではなく病気の一種ということになっているなのだから堂々としていればいいという父親の言葉に従ったからだった。


 だが康太郎は、クラスメイトからは、越えてはいけない一線を越えてしまったと認識されてしまったらしく、


「おい、九重、なんか悩みがあるんだったら、電話でも何でもしてくれよ?」


 だの、


「九重君、^高校デビューには遅すぎるんじゃないかな……?」


 だの、


「あ、私ぃ、いい毛染め知ってるんだぁ」


 だのと、心配と引きが半々くらいのなんとも微妙な反応をされてしまったので、康太郎もつい、


「なんだいなんだい、俺が背伸びをするのがそんなにおかしいか! って違うわ! 好きでこんな頭してるんじゃないわ!」


 拗ねて彼らから逃げて離れたところで、親友の試合を観戦していたのだった。合掌。


 そんな些事はさておき、康太郎は神木征士郎の試合を安心して・・・・見ていた。


 ちなみに存在超強化を使って、視覚聴覚、それらを統括した観察眼を強化して、である。


 数々の検証の結果、R世界における固有秩序オリジンを黒歴史扱いした康太郎だが、人と競い合うフィールド以外においては、使用を解禁した。

 自らの力は軋轢を生む類のものだが、例えば生活レベルで使う分には何の問題も起こらないことに気づいたのだ。 



 実に、現金なものである。



(神木くんだけレベルが段違い、だな……超高校級というのはああいうのを言うのだろうな)

 

 康太郎の見立てでは、神木はまだ数段階の余力を残していた。

 それほどの差があるのに、油断する気配がまるで無いのは、さすがと言えよう。

 神木のスマッシュが、シャトルを相手コートに叩き込みブザーが鳴る。

 神木の勝利だった。


 これにて神木は決勝進出。つまり栄えあるファイナリストになったのである。

 前回はこの段階で負けたのだから、神木は見事壁を超えたのだ。

 歓声があがり、神木は応援団の方に手を振った。


 それからキョロキョロと観客席を見渡して、ぴたりと止まる。一瞬だけ、眉をひそめたがすぐに輝かんばかりの笑顔で、手を振った。


 神木が目に留めたのは、康太郎だった。


 それに気づいた康太郎も手を振り替えした。


 そして口を大きく動かして、彼にわかるように、応援の言葉を伝えた。


 た・た・き・つ・ぶ・せ。


 そしてサムズアップ。


 神木も康太郎の言わんとしたことが伝わったのか、彼にしては不敵な笑みでサムズアップを返し、控え室へと姿を消した。


「へえ、アレもそれなりに頑張るのですね」 


「……応援する気が無いのなら帰れ、佐伯」


 いつの間にか、康太郎の隣には、和装姿の佐伯水鳥が納まっていた。


「いえいえ、康太郎君が応援するのでしたら、私もちゃんとしますよ」 


「……はぁ」


 水鳥のいつもどおりのgoing my wayぶりに康太郎は嘆息した。

 

「つうか、おまえ、もう隠す気無いんだったら、神木君とどういう関係なのか、教えろよ」


 康太郎は話題提供としてかねてより気になっていた話を水鳥に振った。


「あら、あらあら、そんなに気になります? 私と神木征士郎の関係が」


 口に手を当てながら、にやにやと康太郎の顔色を伺う水鳥。

 

「果てしなくうざいな、お前。お前が想像するのとは違うから」

 

 嫉妬とかそういう類の話ではないと康太郎は、釘を刺した。


「なるほど、康太郎君がそこまで言うのなら吝かではございません。では教えて差し上げましょう」 


「え、なに、なんなの? お前どういう聴覚してんの? お前の耳には悪意ある翻訳機が標準装備なの?」


「私と神木は、ふるくから家同士で付き合いがあるのです。まあカビの生えたような言葉で言うのなら、幼馴染、という奴なのですよ、私と神木は」


 ああ、と水鳥の言葉は康太郎の胸にすとんと着地した。


 康太郎は思い出していた。神木アニメやゲームの話をしたとき、幼馴染ヒロインには、まったく食指が動かないことを。


(そうか、幼馴染ヒロイン、いたのか……)


 天は神木に一体いくつのものを与えるというのか。


 幼馴染ヒロインなど、てっきりファンタジーだと思っていた康太郎はショックを受けた。


(あ、でも佐伯は幼馴染ではあっても、ヒロインではない、か)


 すぐに康太郎は思い直した。

 康太郎が見てもわかるくらい、二人は反目し合っている。最初は他人のフリで通そうとしたくらいだ。

 それでも時折、仲の悪さがにじみ出る。

 なまじ康太郎が二人にとって親しい存在であることが影響しているのだろうが。


(いや、逆にこれは幼い頃の思い出(イバント)が原因だとすれば、何かのフラグを立てれば、あるいは逆転もあるか?)


 ない。そんなものはないのだ。


(つうか、仲良くないなら、幼馴染っていうか、腐れ縁だよなあ)


「もし、康太郎君?」


 存在超強化で無駄に高速思考でどうでもいい考察を展開していた康太郎に、水鳥が呼びかけた。


「んあ? なに……あ、こりゃ、黒いほうが勝つな……」


 水鳥の声には気もそぞろ、康太郎はもう一人のファイナリストの試合を見物しながら応じた。


「こちらも康太郎君に聞きたいことがあるのですが」


「……なに?」


 意外なほど真剣な声音だったので、康太郎は水鳥の方をむいた。


「康太郎君、あなたは今、何と関わっているのですか?」


 存外にストレートに聞いてきた。


「はぁ? 意味がわかんないんだけど」


「康太郎君は死から蘇りました。それ自体は大変喜ばしいことですが……あまりにも異常ですよ」


「死んでねえから。あれ、仮死状態ってやつだから」


 まったく以って事実と違うのだが、病院ともそういう結論で対外的に通すとした。

 

「誤魔化さなくてもいいのですよ。破棄される前の死亡記録を入手しました。脳挫傷、内臓破壊、出血多量、全身骨折……助かったとしても植物状態になっていたような有様であるとこちらは既に把握しているのです」


 臆面も無く、とんでもないことを方法で裏を取っていることを述べる水鳥。

 

 


「……おい権力財力濫用女、温厚な俺でも怒るぞコラ」


 康太郎の瞳に剣呑な光が宿る。水鳥は一瞬たじろぐが、気丈に見つめ返した。 


「流石にやりすぎだ。お前が何様で、どれだけ超法規的な越権行為が出来るか知らんがな」


「私は康太郎君が心配なだけで」


「あのなあ、心配なだけでそこまでされるこっちの身になれよ。友人ってだけで、何をしてもいいってわけじゃあないぞ」


「……好きな人の力に成りたいと思うのは、いけないことですか」


 佐伯水鳥は康太郎に好意を抱いている。それも現在進行形で。

康太郎にして一目ぼれして告白するも振られ、しばらくしてから再度拒絶の意を示されたが、へこたれずに友人として傍にいることを康太郎に了承させた。

 恋を馬鹿にしていた少女は、自らがその深みに嵌るとあっさりと恋を肯定し、邁進した。


「けっ、これだから極大スイーツは。恋がなんでも免罪符になると思うな」


 そんな水鳥を康太郎はばっさり切って捨てた。

 しゅんとなって下を向く水鳥。

 恐らく、自分は佐伯水鳥を知るものからすれば、非常にレアな光景を見ているのだろうと思いながら、康太郎は嘆息し、トーンを変えた。


「なあ佐伯、俺は実のところ、お前のことがそんなに嫌いではない」


「……へ?」


「むしろ好意的に思っているところもあ――いや、寄るなよ、近いよ、付き合うとは言ってないよ」


 しょぼーん。


「そんな相手に心配してもらうのは嬉しいが……逆に言えば、その程度の(・・・・・)相手に、踏み込んで欲しくない領域に踏み込まれるのは、俺も面白くない」


 康太郎ははっきりと一線を引いた。これまでと同様の付き合いをするのなら、聞くなと。お前とはそこまでの仲ではないのだと。

 

 しかし水鳥は、ポジティブだった。逆を言えば、深い仲になれば教えてもいい。だから、俺を本気にさせてみろ。康太郎がそう言った気がした。後半は水鳥の行き過ぎた妄想である。

 とはいえ、あながち間違っているとも言えない。


 未来の可能性を康太郎は否定していないのだから。


 元々拒絶から入った厳しい道だ。決定的なものになるまでは、追いかける心積もりが水鳥にはあったのだ。



「わかりました、康太郎君に嫌われるのは、こちらとしても本意ではありませんし、これ以上聞くのはやめにしておきます」


「ああそう。……ていうか、多分、お前と付き合うこと、無いと思うわ」


「ええっ!?」


「ああ、そんなことより、もう神木君の決勝戦が始まるぞ!」


「そんなことって! 聞き捨てなりませんわよ、康太郎君!」


 戯言に興じる二人とは関係なく、試合開始のブザーが鳴る。


 今年の優勝者は、昨年の雪辱を果たした神木征士郎に決まった。





 

~~~~~~

~~~~~~

 




「神木君ががんばったんだから俺もがんばらないとな……」


 大会のあった、その日に転移したD世界。

 康太郎たちは、北大陸の南端に船が寄港する直前に船を飛び出し、一路キャスリンのいる居城まで速力強化した状態で走っていた。


「やっぱ只者じゃないじゃないですか、ナビィさん……」


 康太郎たち三人に、涼しい顔して追随するのは冒険者協会の受付嬢、ナビィ=レイルだ。


「協会の人間として、正式に貴方たちのパーティのたんとうにしてもらいましたからね~、って! 何やってるんですか康太郎ナインさん! 戻ってくださいよ!」


「いや、今回のクエスト、協力はしますけど、だれも足並み揃えてなんて言ってませんよ」


 船が北大陸に突く前に、既に情報はまとめられており、事前にミーティングが行われており、キャスリンの居所は既に特定されていた。

 

 情報が精査された段階で、康太郎はクエストに便乗する意味は無くなった。


 故に隠行の術式を使用しつつ、駆け抜けていた。


「で、でも貴方がただけでは危険すぎます! 相手は、王種も従えているとの情報もありますのに!」


「うん、だから、ナビィさん。危険なんで帰ってくれていいですよ」


「そ、そんなこと出来ません! ここまで来たら、もう戻れませんよ~!」


 アルティリアが康太郎に並走する。


「いいの? 彼女」


「しょうがないだろう。大方、ギルド側の監視ってとこだろう……ちょ!」


 康太郎以外にアルティリアもシンも気がついた。そしてナビィも。


 膨大な理力の塊が、凄まじい速さで遠方よりやってくるのを。


「なにこれ、私たちよりも早い!?」


康太郎ナインさん!」


「飛ばすぞ、二人は後から来い!」


 康太郎は、アルティリアとシンに指示を出し、自らは最大戦速へ突入する。


 無拍子。踏み込んだ大地に爆発が生まれた。


 神速の疾さで、康太郎は遅延する時の中を駆け抜ける。

 

 背中から理力を噴射、さらに加速をつけて、康太郎は空へと躍り出る。


 そして康太郎が見たものは、この世界に似つかわしくない、空を翔ける大質量。


 細長く丸い胴体。先端は赤く尾の部分からは、バーニアユニットが火を吹いている。


 実物は、康太郎も見たことは無い。だが、高高度を進むあの形状のものを康太郎は一つしか知らない。


 それはミサイルの中でも大陸越えの超長距離攻撃を可能とする戦略兵器。


「ICBM……?」


 大陸間弾道ミサイル。それがD世界の空を切り裂いて飛行していた。



「ふざ……けんなああああああああああああ!!」



 ICBMに込められた理力・・は凄まじいものだ。


 もしあれが、着弾し誘爆したのなら、大陸そのものがなく(・・・・・・・・・)なっても(・・・・)おかしくない(・・・・・・)



 直感でそう感じた康太郎は、反射的に右腕に理力を加重圧縮、さらにその速度を爆発的に高め、時間にして一秒足らずで術式を完成させる。

 


「飛べええええええええええ!!」



 本来、キャノンブリッツと呼ばれる放出型攻撃理法のバリエーションの一つを、最大出力で右腕から撃ち出した。


 蒼い光弾は、まっすぐにICBMに向かい、追随する。


 そして着弾と同時に、ICBMも誘爆し、空を白い光が染め上げた。

 

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